機動戦士ガンダムSEED DESTINY -白き翼-
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PHASE-04 ―失ったものと得たもの―
リハビリが始まって、一週間が過ぎた。
マユは毎朝、決まった時間に病室を出る。
規則正しい生活。
決められた食事。
決められた検査。
決められた訓練。
そのどれもが、「生きるため」に必要なことだと理解はしていた。
「はい、今日は握力測定をしてみましょう」
療法士が柔らかく微笑む。
マユは黙って頷き、金属製の測定器を右手で握った。
「力を入れて」
ゆっくり。
恐る恐る。
指先へ意識を集中する。
人工筋肉が静かに収縮を始める。
内部で小さく駆動音が鳴った。
測定器の表示が一気に跳ね上がる。
療法士の目が見開かれた。
「えっ……」
数字は一般成人男性の平均を軽く超え、そのままなお上昇を続ける。
「マユさん、もう十分!」
慌てて声を掛ける。
その瞬間だった。
――パキッ。
乾いた音。
測定器のグリップ部分に亀裂が走る。
マユは驚いて力を抜いた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて測定器を差し出す。
療法士は壊れた測定器とマユの右手を何度も見比べた。
「……大丈夫よ」
苦笑しながら受け取る。
「壊れたのは機械だけだから。」
しかし内心では、驚きを隠せなかった。
これほど細い腕から発揮される力ではない。
義肢の性能は、資料で読んでいた以上だった。
午後。
義肢開発チームの技術者たちが病室を訪れる。
白衣姿の男女が数名。
皆、どこか緊張した面持ちだった。
「少し調整をさせてもらってもいいかな」
主任技術者が尋ねる。
マユは素直に頷く。
ベッド脇へ小型端末が運ばれる。
右肩の付け根にある小さなメンテナンスカバーが開かれた。
そこから細いケーブルが接続される。
マユは思わず肩をすくめた。
「痛い?」
女性技術者が優しく尋ねる。
「……ううん」
少し考えてから首を振る。
「痛くはないです。」
「でも……」
「まるでロボットにでもなっているみたい」
その言葉に、その場の空気が静かになる。
誰も返事ができなかった。
端末には無数の数値が流れていく。
神経伝達速度。
人工筋肉出力。
関節可動域。
「適応率……九二パーセント」
若い技術者が驚いたように呟く。
「普通なら一年以上掛かる」
別の研究員が資料をめくる。
「年齢を考えれば異常です。」
「脳が義肢を完全に身体の一部として認識し始めている。」
その会話を、マユはぼんやり聞いていた。
自分のことなのに。
どこか他人の話のようだった。
調整が終わる頃には、外は夕暮れだった。
病室の窓から、オーブの海が見える。
夕日に照らされ、黄金色に輝く海。
マユはその景色が好きだった。
毎日、ベットに腰掛けて夕暮れを眺めている。
その日も、静かに外を見つめていた。
「……きれい」
思わず零れた言葉。
もし戦争がなければ。
今頃は家族四人で、この夕日を見ていたのだろうか。
父はきっと新聞を読みながら笑っていた。
母は夕食の支度をしていた。
兄は学校の話をして。
自分は隣で笑っていた。
そんな未来は、もうない。
左手で窓ガラスへ触れる。
――冷たい。
そのまま右手も重ねてみる。
人工皮膚越しの感触は、ほんの少しだけ鈍かった。
「……冷たい」
小さく呟く。
「やっぱり、違う」
その時だった。
控えめなノックが響く。
振り返ると、昼間の女性技術者が立っていた。
両手には小さな紙袋を抱えている。
「こんばんは」
言いながらおずおずと病室に入ってくる。
「邪魔じゃなかった?」
「ううん」
女性は少し照れくさそうに紙袋を差し出した。
「これ」
「え?」
中には、一匹の白いぬいぐるみが入っていた。
小さな白ウサギだった。
「みんなで選んだの。病室が少し寂しいかなって」
マユは目を丸くする。
しばらく何も言えなかった。
やがて両手でそっと受け取る。
「……ありがとう」
そう言って、ぬいぐるみを胸へ抱き寄せる。
柔らかい。
温かい。
その温もりに触れた瞬間、張り詰めていたものが少しだけほどけた。
「かわいい」
自然と笑みが零れる。
女性技術者はその笑顔を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
「その顔」
「初めて見た気がするわね」
マユは首を傾げる。
「え?」
「今の笑顔、十歳の女の子の笑顔だったよ」
その言葉に、マユは少しだけ照れたように笑う。
「……そう、かな」
「うん」
女性は優しく頷いた。
「その笑顔を忘れないで」
「あなたはまだ、十歳なんだから」
その言葉を聞いた瞬間。
マユの瞳から、一筋だけ涙が零れ落ちた。
悲しい涙ではなかった。
嬉しい涙でもない。
誰かが、自分を「十五歳の少女」ではなく、「十歳のマユ」として見てくれた。
そのことが、どうしようもなく胸に沁みた。
白いウサギのぬいぐるみを抱き締めながら、マユは小さく呟く。
「……お兄ちゃん」
窓の向こうでは、夕焼け空が静かに夜へと色を変え始めていた。
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