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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第143話『閉幕』

廊下に座り込んだ北上は、力なく壁にもたれかかっていた。その顔に浮かぶのは、諦めにも似た表情。そして終夜に言われた通り、彼は事の全貌を明かし始める。


「あれは──」



***

あれは、今年の夏休みが始まったばかりの頃だった。

ネットサーフィンが趣味の俺は、毎日冷房の効いた部屋で動画を漁ったり、掲示板を眺めたりしたりと、自堕落な生活を送っていた。

そんなある日、一つの掲示板に目が止まった。


『神の力で夢を叶える方法』


初めは、よくある妄想じみた書き込みだと思った。いわゆる厨二病の奴が妄想を書き殴った、自己満足な与太話。

だが、そういう掲示板こそ暇つぶしに丁度いい。いつものように、何の気なしに掲示板を開いた。


そして──目を疑った。


そこに書かれていたのは、あまりにも突拍子のない内容だったから。


「神力を簒奪し、その身に宿すことで、神魔術師(しんまじゅつし)となる」

「神の力を操れば、何事も思うがままに上手くいく」

「協力者よ集え。我々は新世代の人間である」


他にも思想の強い書き込みが多くあった。

でも一つ確実にわかることは、掲示板の主は『魔術を認知している』ということ。

だから同じく魔術を知る俺からすれば、神魔術の信憑性は高かった。

彼らは仲間を探していた。目的を共にし、神魔術師の素体となってくれる仲間を。


──俺は、その欲望に抗えなかった。


俺も黒木先輩や三浦のような、凄い魔術師になりたかった。

気がつけば、俺は連絡先にメッセージを送っていた。

完全に信じていた訳ではない。こういうリアリティを重視した体験型のコンテンツを提供する、酔狂な輩がいることも知っている。

期待と不安が入り交じる中、数分もしないうちに返信は届いた。


──そして俺は、スサノオの一員となった。


最初の役目は、魔導祭の情報をリークすること。

開催日時や開催場所、日程やスタッフの数まで、事細かに伝えた。

その結果はあの惨状。あそこまでやるなんて、俺は知らなかった。

そこでようやく理解した。

俺が足を踏み入れた場所は、思っていたような集団じゃない。

奴らは目的のためなら手段を選ばない。平気で人を傷つける。

早く逃げなければ。

このことを誰かに伝えなければ。


──でもそれよりも早く、次の役目が回ってきた。


それが今回の、日城中学校の襲撃。

目的は、鏡の神(やたの)様の力を利用して、夢の神(つくよ)様の目覚めを促すこと。

次に、神魔術師の素質を持つ人材……つまり、神力への適性が高い人を探すこと。

魔術師だけでなく、一般人にまで被害が出かねないこの作戦に、当然俺は意義を唱えた。

しかし断れば、別のメンバーに作戦を一任すると。その場合、どんな被害が出るかは未知数だと。


──選択肢なんて最初からなかった。


俺は協力者と共に、作戦を実行した。

そして、今に至る。



***

北上は驚くほどあっさりと真相を語った。だが、その内容はとても一度に飲み込めるものではない。晴登は言葉を失った。


「そんなことが……。すみません、何も知らないのに偉そうなこと言って」

「いいんだよ。実際お前の方が立場が上だしな。それに自業自得みたいなもんだ」

「北上先輩……」

「俺の知ってることはこれで全部だ。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」


彼はもう抵抗はしない。自分の過ちを認め、来る処分を待っている。


「どうするのハルト?」

「どうって、何もするつもりないよ。先輩はこれからどうするんですか? その、スサノオでの立場とか」

「神の力こそ与えられたが、所詮俺は捨て駒だ。この学校で自由に動けるから使われただけ。今はその力も失ったし、こんだけべらべら喋ったから口止めに消されても何らおかしくねぇ」


北上は乾いた笑いを漏らした。自分自身を嘲るような、力のない笑いだった。
しかし、捨て駒と自称する割には、彼の作戦は綿密に練られていた。本気で『誰も傷つけない』ように努めたのだ。
スサノオと同じように、手段を選ばなければ確実に作戦は成功しただろう。だが彼の優しさがそれを許さなかった。
結果、作戦は失敗して、彼の身に危険が迫っているかもしれない。しかしそれも全部、彼は覚悟している。

──そんなの、いい訳がない。

現に彼はスサノオの情報を持ち帰って、スパイの役割を果たした功労者なのだ。敵なんかじゃない。見捨てる理由がどこにある。


「先輩のことは俺たちで守ります!」

「……またそれかよ。言っておくが、スサノオはこれからもこの学校を狙ってくるぞ。今度は威力偵察じゃない。本気だ。正直、今の戦力でどうにかなるとは思えないぞ」

「なら強くなればいいんです。それでもダメなら助けを呼びます」

「どうしてそう前向きなんだ。そういうとこが嫌いって言ってんのに」


晴登の正直な回答に、これ以上の忠告は意味をなさないと北上はため息をついた。
一方、正しいことを言ったつもりの晴登は困ったように頭をかく。


「よう、話は終わったか?」


話が一段落ついたところで、見回りに行っていた終夜と緋翼が戻ってくる。


「黒木先輩。どうでした?」

「ざっと見た感じ、異常はどこにもなさそうだ。連れ去られた人たちは特別教室と、あと体育館に収容されていたみたいだ」

「体育館……そうだったのか」


捜索のために鏡の世界に入ったはずだが、北上との交戦に没頭してすっかり忘れてしまっていた。
連れ去られた人たちは数百人規模だろうから、体育館に集められるのは当然の結果だ。


「それと面白いことに、全員ここ一時間の記憶──襲撃を受けてからの記憶がないらしい」

「記憶、ですか」


終夜が告げた衝撃の事実に、晴登は息を呑む。記憶喪失──それも連れ去られた全員というのは奇妙な話だ。
北上の方を見ると、彼はなにも知らないと言わんばかりに首を振った。


「大人数が同時に同期間の記憶を失ってる。人為的じゃねぇだろうな」

「まさか……夢の神(つくよ)様の仕業ですかね?」

「十分ありえる話だ。なぜなら俺たちには影響がない。おそらく、魔術を認知しているか否かで変わるんだろう。確証はないが、他の関係者に訊けばわかることだ」


夢の神(つくよ)様。この学校を守護する神。
みんなが夢を見ていたわずか五分の間で、彼女は北上の暴走を止め、学校の崩壊すら元通りにした。
この時に記憶を失ったとすれば、それもまた彼女の仕業に他ならない。


「薄々この学校はおかしいと思ってたんだ。人前で魔術を使っても、明らかに怪しいのにマジックって言えば誤魔化しが効いたからな。さしずめ、催眠ってところか」


それが何のためかなんて、訊くまでもなく察しはつく。魔術の存在が大きく広まらないため、夢の神(つくよ)様が自身の身を守るため、他にも理由はあるはずだ。
この学校には魔術師育成機構なんて大層な肩書きがあるらしいが、一般施設と遜色ない統治のために必要だったのだろう。


「ま、おかげで手がかりが残ってない訳だけどな。なぁ北上、みんなを拉致した後どうしてたんだ?」

「俺がやったのは、非魔術師を一時的に鏡の世界で拘束し、その後順番に保健室に送っただけです。そこで神力との適性を調べるための実験をするんです。詳しくは知りませんが、体内に直接神力の欠片を打ち込むって、協力者が言ってました」

「適性? 欠片? いきなり知らない情報をたくさん出すな。俺はまだ、そこに寝っ転がってる昨日の狐っ子がどうしてああなってたのかすら理解してないんだからな。もっと最初から話せ」

「えぇ、また話すんですか?」

「うるせぇ。これはお前の義務だろ」


その要求に北上は難色を示すが、終夜はお構いなし。説明責任というやつだ。
それにしても、一つ気になる手がかりがあった。


「ちなみに、協力者ってのは誰のことだ?」

「すいません。顔は見たことなくて、誰かわかりません。でも、女性なのは確かです」

「……そうか」


その答えを聞いて、終夜は一瞬だけ視線を落とした。その反応はほんの僅かだったが、何か思い当たる節があるようにも見えた。
終夜は一呼吸置いてから、再び顔を上げる。


「続きの話は状況が落ち着いてからだ。じゃあ三浦、今聞いたことをアローさんに報告だ。行けるな?」

「わかりました」


夢の神(つくよ)様へ余計な刺激を与えないためにこの場を離れたアローには、北上から聞き出した情報を伝える手筈だ。
加えて、直接夢の神(つくよ)様と話したことも重要な情報になるだろう。伝達役なのは都合が良い。


「三浦」

「はい?」


アローは正門近くにいるとのことだったので、早速向かおうと思っていた矢先、北上に呼ばれた。
なんだろうと振り返ると、彼はこっちを見ることなく告げる。


「お前のことは嫌いだが、憧れてもいたよ」

「それは……ありがとうございます」


嬉しいはずだった。けれど、その言葉は妙に胸に引っかかる。
自分が彼を追い込んだのかもしれない。そんな思いが、どうしても消えなかった。






場所は正門。帰宅する人々もちらほらと見かけられる時間帯だ。
北上から聞き出した有力な情報を胸に、晴登はアローの元へと向かっていた。
彼の格好は遠目からでもよく目立つ。だから見つけるのは簡単だった。
そして、その周囲にいる見知った少女たちにもすぐに気づく。


「アローさん! 【花鳥風月】のみなさん!」

「どうも三浦くん。月と花織から聞いたよ。大変だったみたいだね」


それは魔導祭で知り合った【花鳥風月】の面々だった。もっとも、ここにいること自体は不思議ではない。風香を通じて招待状を渡したのは晴登自身なのだから。


「まぁあたしたちは外に逃げて、アローさん呼んだだけだけどね」

「その甲斐はあったんだから、そんなに拗ねなくてもいいのよ月ちゃん〜」

「なんかよくわかんないけど、みんな無事ならオッケー!」


どうやら彼女たちも襲撃に巻き込まれていたらしい。招待した側としては申し訳ない気持ちもある。
だが、アローを呼んできてくれたことには感謝しかなかった。もし彼が来ていなければ、事態はもっと深刻になっていただろう。
そんなことを考えながら、晴登はふと気になった点を口にする。


「外に逃げたって……どうやってですか?」


月の言い方からすると、北上の領土(テリトリー)から脱出したということになる。晴登が何度も破壊を試みても突破できなかった鏡の壁を、どのように攻略したのか。


「単純だよ。領土(テリトリー)領土(テリトリー)をぶつけて相殺したの」

「へぇ〜、そんなことできるんですね」

「ま、まぁあたしぐらいの魔術師にしかできないけど!」

「調子が戻ってきたね〜」


感心したように声を上げると、月が得意そうに胸を張る。素直に反応しただけだが、励ましになったようだ。

晴登にとって『領土(テリトリー)』はまだ未知の部分。普通の魔術とどう使い方が違うのかすら理解していないので、時間があったら月か終夜に詳しく聞いてみようと思う。


「じゃあアローさんが鏡の世界にいたのも?」

「あれはまた少し違う。ただ相殺するだけなら校舎を出入りするだけだけだからな」


この答えに晴登が首を傾げると、アローは説明を続ける。


「某が行ったのは言わば"同調"。相手の領土(テリトリー)の構造を理解し、自分の領土(テリトリー)の構造を作り変えることで内部にまで侵入できる」

「うーん……?」

「今は理解できなくても無理はない。詳しく知りたければ、ぜひ魔術解析学を履修するといい」

「さらっと中学生に勧める難易度じゃないですよね、その学問……」


アローの解説の意味はわかるが、魔術の構造という概念がわからない。
今まで魔術を感覚的に扱ってきたため、それを論理的に学べることに興味はあるが、風香の補足を聞いて機会を改めることにする。


「それで、ここに来たということは、話は聞き出せたのか?」

「はい。北上先輩の話もありますが、一つ共有したい話がありまして──」


ようやく本題だ。

晴登が北上から聞き出した情報に加え、夢の神(つくよ)様とのやり取りについても順を追って説明した。

話している間、アローは一度も口を挟まない。腕を組み、静かに耳を傾けている。

やがて全てを聞き終えると、彼は目を閉じてしばらく考え込んだ。その表情は決して明るくない。


「……報告ありがとう。どうやら認識を改める必要がありそうだ」

「どういうことですか?」


晴登が問い返すと、アローはゆっくりと言葉を選ぶように続ける。


「我々はスサノオの目的を『神降ろし』と仮定し、日城中の襲撃は神力を集める過程の一環と考えていた。しかし、奴らの最終目的こそが日城中の可能性がある」

夢の神(つくよ)様、ですか」

「うむ」


アローは静かに頷いた。


「其方が言うように、何らかの形で夢の神(つくよ)様が夢を叶えられるとするならば、それは奴らの目的そのものだ。神力を集めて神魔術師を生み出し、夢の神(つくよ)様に対抗する──それなら筋は通っている」


晴登は眉をひそめる。話としては理解できた。だが、どうにも引っかかる。


「なんか……随分と回りくどいですね。神力を奪えるなら、最初から夢の神(つくよ)様を狙ったら良かったんじゃないですか?」

「慧眼だな」


アローは感心したように目を細める。


「その点は確かに気になるが、現状では結論は出せない。それだけ夢の神(つくよ)様が最上級の神様であると考える他ない。敵は相当慎重に動いていると言えよう」


最上級の神。
その言葉の重みを、晴登はまだ完全には理解できない。だが少なくとも、相手が想像以上に厄介な存在であることだけは伝わってきた。


「情報提供感謝する。連盟もこの土地に人員をより割くことになるだろう」

「ありがとうございます」

「これは魔術の未来に関わる戦いだ。出し惜しみはしない」


その言葉には力があった。
つまり、今回の一連の騒動の中心にはこの日城中学校があるということ。魔術連盟が直々に動くほどだ。これまで以上に気を引き締める必要がある。


「今入手した情報は一度魔術連盟に持ち帰ろう。そこで方針を固めて、改めて伝える。成り行きではあるが、【花鳥風月】のメンバーにも協力を仰ぐかもしれない」

「問題ないですよ。隣町なんで、すぐ来れます!」


月が勢いよく手を挙げる。先ほどまで落ち込んでいたとは思えないほど元気だ。
その様子に、花織たちも苦笑を浮かべながらも、同意する意思を見せる。


「頼もしいな。それでは失礼」


アローは軽く一礼すると、その場を後にする。
彼の背中を見送りながら、晴登は胸の内に不安を覚えていた。

敵の目的。

神様の力。

そしてスサノオという組織。

知れば知るほど、話は大きくなっていく。


「この学校の生徒でさえ知り得ない情報を、スサノオはどうやって得たのか……」


去り際、アローが小さく呟く。


「他にも腑に落ちない点は多い。今度はこちらから先手を打たねば」


その声には、連盟の一員としての決意が滲んでいた。




その後、文化祭は再開した。

非魔術師たちにとっては、今日の出来事は説明のつかない不可解なものだっただろう。記憶が抜け落ちた違和感も、胸のどこかに引っかかっているはずだ。

それでも時間が経つにつれ、生徒たちは少しずつ日常を取り戻していく。

日は沈み、文化祭の締めくくりであるキャンプファイヤーが始まった。大きな炎を囲むように生徒たちが自由に集まり、楽しそうにフォークダンスを踊っている。
まるで事件などなかったかのように、穏やかな時間が流れていた。


「な〜んかモヤモヤする〜! 今日の昼間のことが全然思い出せない〜!」

「お、落ち着けって莉奈ちゃん」

「これが落ち着いていられないよ! 私教室にいたはずなのに、気づいたら体育館で寝てたんだよ? 他にも同じような人がいっぱい! 意味わかんなくない!?」

「ふ、不思議なこともあるんですね」


莉奈は両手を振り回しながら不満をぶちまける。対する大地と優菜は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「二人は体育館にいなかったよね? どこにいたの?」

「私たちは家庭科室にいました。確かに変な体験でしたが、あまり気にしなくても良いと思いますよ」

「そうそう。怪我した訳じゃないんだし」

「なんで二人ともそんなに気楽でいられるの? 私、なんか腕のとこ痒いし……」


莉奈は左腕をぽりぽりと掻く。見たところ虫刺されも傷もない。それでも何か引っかかるような違和感があるらしかった。
だが本人も、それが何なのかまではわからないようだ。


「おーい!」


そんな三人のもとへ、一人の少女が手を振りながら駆け寄ってくる。


「あれ、結月ちゃん。どうしたんだ? 晴登と踊らねぇのか?」

「さっきまで一緒にいたよね? まさか結月ちゃんのこと置いて帰ったの?」


大地と莉奈が問いかけると、結月は首を振る。


「違うよ。昼間からシンタロウがいなくて、今ハルトと探してるとこ。みんなは見てない?」

「暁が? 確かに片付けの時にいなかったな。連れ去られてたのか?」

「ううん。みんなが眠らされて、起きてからだよ。誰かを探してたらしいんだけど、そこから行方がわからないんだって」

「……穏やかな話じゃなさそうだな」


大地の表情が曇る。
今回の騒動を詳しく知らなくても、ただ事ではないことくらいはわかる。
まして大地にとって伸太郎は恩人だ。優菜を助けられたのも、彼の作戦があったからこそ。まだ礼を言えていないのだ。いなくなられては困る。


「暁くんは誰を探していたんでしょう?」

「ハルトが言うには、トキじゃないかって」

「刻ちゃんも連れ去られてたんですか?」

「いや、結月ちゃんや暁と一緒にいたよな。そこから見失ったってことか」

「うん。ボクとシンタロウが用事で離れた間にいなくなっちゃったみたい」


話を整理するとこうだ。
大地が晴登と合流し、作戦会議をしていた頃。
そして家庭科室で突然眠気に襲われたあの瞬間。
その間に刻は姿を消し、彼女を探していた伸太郎までもが行方不明になった。


「二人とも行方不明……心配だな」

「問題は解決したんですよね? もしかして、何かあったんじゃ……」


不安そうに優菜が呟く。
すると、それまで黙っていた莉奈が両手を上げた。


「ちょっとちょっとストップ! 三人とも何の話してるの!? 私全然わかんないんだけど!」


深刻そうな雰囲気は感じ取れても、話についていけない莉奈は待ったをかける。
顔を見合せた三人はどう説明するかを視線でやり取りし、代表して大地が口を開いた。


「まとめると、莉奈ちゃんが寝てる間に色々あったってこと」

「えー? 説明雑すぎない?」

「馬鹿にしてる訳じゃないけど、説明しても理解できないと思うから……」

「馬鹿にしてるじゃん!」


大地の言葉に、莉奈が頬を膨らませて不満を露わにする。しかし、仕方ないのだ。相手が莉奈に限らずとも、今回の件を説明することは難しい。なぜなら、大地自身も全容を理解できていないのだから。


「それより、暁と天野さんの行方とか知らない?」

「むぅ……暁はともかく、刻ちゃんはすぐ見つかりそうだけどね。ほら、あそこでマジック披露してる人とか刻ちゃんにそっくりで──あれ?」

「「「いた!!」」」


話題を変えようとした途端、事態は思わぬ方向へ転がった。

莉奈の指さす先──そこには、キャンプファイヤーの炎を背に、一人の少女が人だかりの中心に立っている。
その手には一本の松明。少女が軽やかに振るうたび、炎の軌跡が夜空へ描き出された。赤く揺らめく線が幾重にも重なり、まるで見えないキャンバスに絵を描いているかのようだ。


「「「「すごっ!!」」」」

「んぇ!? びっくりした! ……なんだ、みなさんでしたか。脅かさないでくださいよ」

「驚いたのはこっちの方だよ。なぁ天野さん、暁見てないか?」

「伸くんですか? うちは見てないですよ」


驚いたというのは、マジックもそうだが、何より行方がわからなくなっていた彼女がすぐ近くにいたことだ。
早速大地は伸太郎の行方を尋ねるが、彼女はきょとんとした顔で首を傾げる。


「トキのことを探してると思うんだけど、心当たりとかない?」

「え、うち何か伸くんの機嫌を損ねるようなことをしましたっけ?」

「違いますよ。暁くんが見当たらないからみんなで探しているところなんです」

「なんと、それは大変ですね! うちも探すの手伝いますよ!」

「ありがとう!」


刻は事情を理解すると、すぐに表情を引き締めた。先ほどまで観客に向けていた笑顔はそのままに、どこか心配そうな色が混じる。
伸太郎のことを気にかけているのは同じなのだろう。

文化祭はもう終わり、空はすっかり暗くなって、生徒たちも少しずつ帰路につき始めている。
本来なら、みんな自由に帰ってもいい時間だ。それなのに誰一人として帰ろうとはしない。

伸太郎を探すために。そして、晴登を手伝うために。

その事実が、結月には嬉しかった。


「ハルト……」


小さく名前を呼ぶ。
早く、伸太郎を見つけて帰ってきてと。






キャンプファイヤーに彩られ、生徒たちの声で賑やかなグラウンドとは対照的に、晴登は暗くて静かな校舎裏に来ていた。


「伸太郎〜! どこ〜?!」


声は遠くまで響くが、返事はない。
校舎の外にいると踏んで、かれこれ一時間は探し回っているが、成果は全くなかった。
人が多いのもあるが、"晴読"にも引っかからないあたり、晴登の想像の及ばない場所にいるということか。

一度校舎の中も探そうか。そう考え始めた時だった。


「……っ、伸太郎!」


校舎裏の森の中から、伸太郎がおもむろに現れた。暗くてもわかるぐらいには制服が土や枝葉で汚れており、足取りもふらついている。何かあったことは明白だ。


「あぁ、晴登か。くそっ、頭痛ぇ……」

「どこに行ってたの?! てか大丈夫?!」

「大丈夫……じゃねぇな。実は今日の記憶が全くねぇ」

「えぇっ!?」


伸太郎から告げられた衝撃の事実に、思わず大声が出た。
今日一日の記憶がないなんて、そんな話がありえるのだろうか。


「いや、夢の神(つくよ)様なら……」


襲撃後、夢の神(つくよ)様の力によって、無関係の人たちの記憶が消された。
だが、それはあくまで『無関係な人たち』であって、魔術を扱う伸太郎は対象ではないはず。
それに、伸太郎の様子を見るに、何か一悶着あったに違いない。



「それとも、スサノオ……?」

「何だその選択肢。今日何かあったのか?」

「うーん説明すると長くなるんだけど……」

「……いや、それならまた今度でいい」


伸太郎は額を押さえながら首を振る。今はそれどころではないらしい。そして胸ポケットへ手を伸ばした。


「じゃあ、これの意味わかるか?」


取り出したのは一枚の紙。ノートの切れ端だろうか。そこにはびっしりと細かい文字が並んでいる。


「これは……?」

「俺にもわからない。でも今日書いたものだ。俺の筆跡だし間違いない。よっぽど急いでたのか、字は少し汚いが……」


紙を受け取り、晴登は目を走らせる。確かに字はお世辞にも綺麗とは言えないが、読めないほどではない。ただ、内容を理解するには少し時間が必要そうだった。
そんな晴登の様子を見て、伸太郎がある箇所を指差す。


「ここ、『実験結果』って書いてある。もしかして俺は、知っちゃいけないもんを知っちまったんじゃないのか?」

「実験……まさか」


その言葉を聞いた瞬間、晴登の脳裏に北上の証言が蘇る。

──神力との適性を調べるための実験。

つまり、この紙に書かれている名前は──


「──これは」


結論を出す前に、晴登は一人の名前に目が止まる。決して特徴がある名前ではない。しかし、それは晴登にとって他の名前よりも大きな意味を持っていた。


「おい晴登、聞いてるのか」

「……っ」


返事ができない。頭の中が真っ白になる。どうして、その名前がここにある。理解が追いつかない。


──名簿の中には、『三浦 智乃』という名前があった。

 
 

 
後書き
お久しぶりです。波羅月です。すぐに更新できると思いきや、結局いつも通りでした。まぁ、今回の章をまとめるにはこれぐらい必要だったということで。全部は補足しきれていない気はしますが、もうそこはニュアンスで理解していただくということでお願いします。

ということで、今回で晴れて6章完結です。
振り返ってみると、今回の章はこれまでで一番大変でした。何せ次の章の準備をしながら、この章自身も盛り上げる必要があったので、とても頭を悩ませました。
せっかく用意したプロットもかなり初期にボツになってしまい、そのせいでいつものように雰囲気で書くことになって、所々拙い表現になってしまいました。自分の不徳の致すところです。

しかし、なんとか乗り越えて、次回から幕間なしで7章に入ります。7章ではやりたいことが色々ありすぎて、逆に全くまとまっていないのが現状です。おいおい、またかよ。
しかし、考えることに時間をかけるよりも、とりあえず書き始める方が自分の執筆スタイルに合ってそうなので、ひとまず更新ペースは保ちたいと考えております。

更新ペースを保つにあたって、近況報告になりますが、やはり社会人とは忙しいもので。平日は中々暇な時間が取れませんし、土日は平日の疲れを癒すために消えてしまいます。
今回の更新も、ある程度の下書きがあったのにこれだけの時間がかかってしまったことを考えると、更新ペースを保つためには、やはり一話あたりの文字数を犠牲にする必要があると考えました。一話に数パート詰め込むのではなく、一話一パートでやっていく方が負担も少ないでしょう。これで更新頻度をむしろ上げることができればいいなと考えています。

長くなってしまいましたが、更新頻度も増えればこんなに後書きに書く必要もなくなるので、これからは先述の通りにやってみたいと思います。
一度にたくさん読みたい方は、しばらく本棚に積んでおいてください。思い出した時に読んでいただければ幸いです。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 
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