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トリコ~食に魅了された蒼い閃光~

作者:joker@k
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第七話 初めての市場

 
前書き
この主人公は前世から数えれば精神年齢二十六歳ですが、この世界に来てからずっと無人島で暮らしていたので正直当時(18)のままです。ただ食に対して、生きることに対しての思いは前世の時よりずっと大人な価値観を持っています。 

 


 あれから15日程たったある日、俺はいつものように湯に浸かりながら、ときたま素潜りで適当な獲物を見つけて食していた。あの無人島から持ってきた食材はわずか三日で消え去った……ペース配分を間違えたみたい。中に残っているのは葉巻数本と手帳、そして衣服だけだ。

 そしてその手帳と衣服に異変が起きたのだ。俺が無人島にいた頃はまったく汚れず傷つかなかった手帳。さらには俺の成長に合わせて伸縮していたあの黒皮の衣服が傷つき始めたのだ。どうやらこの機能はあの無人島時限定だったらしい……こういうことは早く教えておいてくれ。

 おかげで衣服を着用し手帳をポケットに入れていつものように素潜りをしたせいで、海中にいた生物との戦闘で上下ボロボロになってしまったのだ。元々衣服は二着あったので何とかなったが、手帳は天に召された。南無三。ん?下着?そんなもん最初の半年で擦り切れて消滅したわ!

 そんな事態にもめげずに懸命に生きていると、温泉鮫が急に泳ぎを止めた。

「ん? どうした。なんかヤバい敵でもいるのか」

 そんな俺と同じくやる気の無さそうな目をしている鮫を見ると真っ直ぐ前方を見ている。何を熱心に見つめてるんだと同じ方角を見てみるとその先には港があった。

「お、おぉぉぉおおお!! 鮫っちデカした!!」

 あぁ、夢のようだ。少し遠いが前方には大小様々な船が立ち並んでいる。漁業だろうか。人がいることには間違いない。この世界に来て八年、ようやく人に会える!
 とにかく鮫が止まったということはこれ以上先には進めないということだ。俺は海に飛び込み温泉鮫の目の前に行く。

「よし、今までありがとな。世話になった。お前も元気でやれよ」

 温泉鮫は返事変わりとばかりに背中のしぶき穴から湯を大量に吹き出し、まるで噴水のように水しぶきを上げ俺の門出を祝ってくれた。良い奴だ。

 そして別れの挨拶を澄ませてその港へと泳いで……は行かずに水面を猛ダッシュで走り抜けた。実はこれワンピースの六式を練習していた時に習得したものだ。まぁ結局あまり習得できなかったのだが、奇跡的に習得できたものもあった。あの時は感動したもんだ。

 その中でも「剃」と呼ばれる技法で、地面を瞬時に十回以上蹴り爆発的に加速させる技は出来た。その応用技の月歩と呼ばれる技で空を蹴り、宙に浮く技がある。この月歩は出来なかったのだがその練習の際、偶然にも同じ要領で海上を走れるようになったのだ。

 勿論、そんな長距離は走れないが数キロ程度なら余裕だ。
 その途中襲ってきたなんかデカい鮫を荒いノッキングで返り討ちにし換金のために持ってく。ノッキングする時のコツはこの辺かなと思ったところに適度な威力の電気を針状にして打ち込む。これで万事OK。

 そしてこいつは数十トンはあるため電気による肉体活性を行い一時的に身体能力を強化させ、背負いながらまた走る。正直それでもしんどい。俺はすれ違う漁船の乗員達の驚く顔を見ながら目的の陸地へと一直線に向かっていった。

 そして無事港に到着したのだが大勢の人が俺の周りに集まり、大騒ぎになっている。

「おい、何だあの馬鹿でかい鮫! 体長四十メートル以上はあるぜ」
「もしかしてあれ鰐鮫じゃねぇーか!?」
「鰐鮫っ!? 捕獲レベル27の大物だぞっ! 初めて見たぜ」
「最近ここら一帯の生物が食い荒らされてるって噂があったが犯人はこの鰐鮫のだったようだな」
「しかも見てみろ。ノッキングされてやがる。生け捕りだぜ」
「うちの店に出してぇなっ! 売ってくれないかなぁ」
「あいつ美食屋か? あの鰐鮫を捕獲したにしては随分若い兄ちゃんだな」

 呆気にとられている俺を尻目にどんどんと野次馬は増えていき、見る見るうちに人が増えていく。いや、確かに人には会いたかったがこんなには望んでないぞ。さて、どうするかと困っているとその野次馬の中から一人俺に向かって色黒の男が歩いてきた。

「よう! 随分な大物を仕止めやがったな。っと悪い、その前に自己紹介しなきゃな。俺の名前はトムだ」

「あ、あぁよろしく。俺の名前は……名前は……」

 何だ?あれ?名前が出てこない。まさかあの無人島生活で自分の名前を忘れちゃったのか。いや違う。いくら何でも十八年も共にした前世からの名前を忘れるはずがない。昔の思い出話だって薄れてはいるものの思い出せたんだ。自分の名前ぐらい思い出せるだろ。

「お、俺は……」

「……訳ありみてぇだな。取り敢えずこっちこいよ。そのデカい鰐鮫をいつまでもここに置いとくわけにもいかねぇしな。俺が確保してるスペースがあるからそこに置いとけばいい。何、売ってくれと言ってるわけじゃねぇんだ。その辺は安心しな……できれば売って欲しいけどな」

「あっまたトムの所の美食屋だったのか!? ちくしょう、狙ってたのに」
「クッソ~運良いよなぁ。この間だって有望な美食屋と契約したってのによ」
「やれやれ、またトムか。まいったね、どうも」

 笑いながら俺の背中を叩くトムのおかげで心の動揺が収まってきた。多分俺の動揺を感じ取って陽気に接してくれたのだろう。まだ少しの間しか接してないけど良い奴だということは分かる……ん?待てよ?トムだって?

 そのスペースに案内して先導してくれているトムをよく見てみると色黒でサングラスをしており顔には左目から頬にかけて大きな傷跡がある。
 そうだ、確か原作一巻から出てきたトムだ!うわっ!すげぇ、本物だよ。感動だぁ。前世では芸能人に対してワーキャー言う人達を理解できなかったけど、うん今ならその気持ちがよく分かる。この溢れ出る感動を伝えるため俺もワーキャー言いたい。

「ん? 急に立ち止まってどうした。あと少しだから頑張れ。いくら俺でもそんなデカい獲物を運ぶのは手伝えねぇからな。はっはっは!」

「あ、あぁ大丈夫だ。問題ない」

 あぁ良い人だぁ。これが人の温もりか……久しく忘れてたぜ。ってそれよりもまず自分の名前だ。しかし一向に思い出せる気がしない。というよりポッカリと穴がいているようなそんな感じだ。思い出せる出せないの話ではなく、無くなっていると言った方がいいかもしれない。少し寂しいが、それならそれで……

「着いたぜ。ここならその馬鹿でかい鰐鮫でも置けるだろう」

「助かる。有難うな」

 見た感じ歳もそんな変わらないし別に敬語使わなくてもいいよな。最近の若者らしく敬語そんな得意じゃないし。俺は鰐鮫をその場所にゆっくりと置いた。といっても重量が重量なだけに凄まじい地響きがなったが。

「うおっ!すげぇ音だな。こりゃぁ二十五、いや二十七トンはあるぜ」

「よくそんなこと分かるなぁ」

「これでも卸売業やってるからな。ワールドキッチンやつなら大体目測で測れるもんだぜ」

「ワールドキッチン? そうか、ここワールドキッチンだったのか!」

「おいおい、まさか知らずにそんなもん持ち込んだのかよ」

「どおりで皆寄ってくると思ったんだよな」

「そうじゃなくても、そんな大物持ってれば寄ってくると思うけどな」

 世界の台所(ワールドキッチン)。もうそんなに細かいことは覚えてないけど、原作でも最初の頃はよく登場していた市場だ。詳しくは記憶にないが、凄い面積と金が行き来してる化物市場だってことは覚えてる。

「それで、もう一度聞いていいか? 名前」

 トムは鰐鮫を見ながらもう一度その質問をしてきた。いやしてくれた。そう、俺はやはり思い出せていない。恐らくそれはこの世界に来たとき、抜け落ちてしまったのだろう。それ以外考えられないし、それで納得せざるを得ない。本当のことなど考えたって分からないのだから。ならばこの世界での新たな名を考えればいい。新たな門出には丁度いい。

「――雷電。俺の名はライデン。よろしく頼むよ、トム」

「ライデンか。良い名前じゃねぇか。こちらこそよろしく、ライデン」

 お互い固い握手を握り交わし、男の友情を深めた……気がするのは俺だけではないはず。

「ところで、ここがワールドキッチンってこと知らずに来たとなると、もしかしてまだ専属契約を誰とも結んでないのか?」

「ん? あぁしてないな。ってか専属になると何かいいことでもあるのか?」

「ライデンはそんなことも知らずに美食屋やってんのか。なんつーか、実力と知識が釣り合ってねぇな。よし俺が簡単に教えてやる」

 トムの説明を簡単にまとめると、どうやら専属契約を交わすと様々な情報や現地までの船や飛行機など手配、もしくはその契約者自身が操縦し送ってくれるらしい。ただその代わりその現地で狩った獲物を安く(法に沿った最低ラインがあるが)売らなければならないらしい。その値段は交渉次第だ。

 他にも定期的に出される依頼をこなしたり、他のライバル業者には売ってはならないといった契約もあるらしいがトムの所は前者はあるが後者はないとのこと。つまり……移動手段が徒歩だけの俺からしてみればそれはかなり有難いサポートなのだ。

「なぁ、俺なんかどうだ?」

「おっ! 契約するかっ!?」 

 顔を全面に出し、凄い勢いで迫ってきやがった。ちけぇよ。トムじゃなかったらぶっ飛ばしてるところだ……女性はウェルカム。

「あぁ移動手段が増えるのは有難いからな。さしあたってこの鰐鮫だっけ?これ売るよ」

「マジかっ!? って安くしてくれんだろうな?」

「トムの言い値で売ってやる。いろいろ世話を焼いてくれたお礼だ」

「お礼って、ただスペース貸してちょっとした説明しただけだが」

 それでも俺には有難かった。見知らぬ俺にここまでしてくれたのは嬉しかった。何より俺の新たな名前が出来たことの祝いでもある。トムがいなかったら、まぁいつか気がついただろうけど、名が無いことを気づかせてくれたからな。
 トムはウンウンと唸りながらもまるで子供が買い物時におやつをねだるかのように控えめに言ってきた。

「じゃあ……八億で、どう?」

「良いよ良い……よ? はははは、八ィィ億ぅぅ!?」

 八億っておい。桁が凄まじいな、家が何件立つんだよ。確か前世の平均生涯年収でもそこまでいかなかったよな。それをこいつ一匹でって。久しぶりに頭がショートしそうだ。

「あぁ~さすがに安すぎたか。鰐鮫なら1kg五万近くするもんな。こいつなら十二億はくだらねぇ」

「い、いやそうじゃなくて。こいつそんな価値あんのかよ。八億って」

「あぁ別に驚く程のことじゃねぇだろ。捕獲レベル27の鰐鮫。体長は目測四十三メートル。体重も目測だが二十七トンはある。それに何より生け捕りだからな。魚獣類は鮮度が命。それにこいつの肉は高級で、刺身でもクセなく食べられるらしい。当然そのぐらいの値段はするさ」

「はぁ~こいつそんな凄い奴だったんだなぁ」

「俺から言わせてもらえば、それを生け捕りにして、背負いながら海上を走ったお前の方が凄い奴だけどな」

「修行の賜物ってやつよ。あぁ、そうそう八億だっけか。それでいいや」

 マジか!?と驚きながらも嬉しそうにトムが飛び跳ねている。何というか無邪気な奴だな。思わず父親目線で見てしまう……いや前世の時との年齢を加算すれば、いやいやそれでも二十六歳だ。父親はねぇな。兄貴止まりってとこか。

「んじゃあ、勿論支払いは手渡しより口座だよな。口座番号教えてくれ。これからもそこに振り込むからさ」

「はっははは。い、いやぁその何というか」

「ん?どうした。おいおいまさか俺が悪用するとでも思ってるんじゃねぇだろうな。俺はそこまで腐ってねぇし、最近は警備も厳重でそんな簡単には」

「いや違うって。トムは信頼してるよ。ただ――俺口座持ってないんだよね。ははっ」


「はぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

 その瞬間、鰐鮫を下ろした時以上の地響きがするトムの雄叫びがこだました。
 この日、広大なワールドキッチン全体に響き渡った「トムの大絶叫」と言う伝説が語り継がれる最初の日となった。



 
 

 
後書き
鰐鮫のこの価格は1kg4万7000千円から計算したものです。全体重27トンをそのまま価格計算したため12億円ほどの価値があるとしました。まぁでも実際は骨やら皮やら血液を除くと肉のみの体重は減り価格も下がると思うんですけど、さすがにそこまで調べて計算するのも面倒だったのでこのままにしときます。

公式では100g4万7000円だったのですがそれで計算すると凄まじい金額に膨れ上がるのでこうなりました。公式のまま計算するとグルだらけの年商がしょぼく感じる額まで膨れ上がるんですよね。ちなみにこいつはここら一帯のボスだった奴なのでもういません。つまり荒稼ぎはできないってことです。残念雷電。

「荒いノッキング」
主人公のノッキングは正直デタラメな手法です。本来ノッキングは豊富な経験と知識がなければ成功しません。種によっては刺激に弱い者や痛みで肉の質が劣化してしまう獲物もいます。それをライデンは第六感、勘のみで威力や場所を判断しノッキングします。デタラメですがやってのけます、こいつは。ただし失敗することも多々あります。初見の相手では明確な位置や威力は勘では判断つきませんから。

【トムの大絶叫】まぁワールドキッチンは総面積3000ヘクタールもあるので全体に聞こえるわけないのですが、それほど凄い絶叫だったと笑い種になった伝説。 
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