『月と太陽と星』騎士時代編
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騎士時代編(劇場版ルート)4
14
翌朝。私たちナイレン隊は駐屯地の中庭で整列していた。
私は双子の隣。隊長から見て、一番右側に整列している。
「これより本部隊は川沿いを進み、湖にある遺跡に入る。
目的は遺跡の調査、及びエアルの異常原因の特定と解決にある。
帝都からの援軍を待ちたいところだが、事態は急を要する。
これ以上エアルの影響を放って置くと、この街が危険にさらされることになる」
隊長は、これからするべき事、
私たちが守るべきものがどんなに大きなことかを改めて言葉にする。
「街の人はオレたちが守る!」
と、気合を入れたものの。
「えーっと。あ、じゃ、行こうか」
と気軽に締め括るのが隊長らしい。…照れくさいのかな?隊長。
隊のメンバーみんなで街の外へと向かう時。
隊長は何かに気付き、ユーリを呼ぶ。
「ユーリ」
隊長やユーリの視線の先には、ぬいぐるみを持った可愛い女の子が。
ユーリは前に出て女の子の前まで行って、目線を合わせるように前屈みで頭に手を置く。
「なんだよ。どうした。こんな朝っぱらから」
「お兄ちゃんたち危ないところへ行くの?」
「ったく、どっから聞いたんだ。大丈夫。兄ちゃん、強いの知ってんだろ?」
安心させるように、朗らかに笑って話すユーリに、
私はやっぱりユーリって子供に優しいんだなって思った。
「ん?」
するとユーリの目線の先で気付いた。あ、街の人たちが何人も集まってきていた。
ユーリも立ち上がって街の人たちを見る。困ったように後ろを振り返る。
「隊長~」
ユーリの声で後ろを振り返った隊長は、一瞬で察し溜息を吐いた。
街の人たちへと歩み寄る。
「なんだよぉ。辛気臭ぇ面、揃えて。
少しの間、街を空けるが結界の外には出ないで待っててくれな」
街の人はみんな心配そうに隊長を見ていた。私もその一人だ。
「いつもの生活に戻るまで、もうちっと辛抱してくれ。行くぞー」
そう言って隊長は手を挙げて歩き出した。ユーリも、私たちも付いていく。
街の人たち、もう少しだけ待っていてください。
街を出る時、色んな個所から視線を感じた。
例えば、ガリスタ。例えば、メルゾムとその一味。
(それぞれ、何を考えているのやら。私は私の出来ることをするだけだ)
崖の上からナイレン隊を見ている、メルゾムとレイヴン。
「あーあー。相手の規模も分からないのに無茶をしますなぁ」
「わざわざ忠告してやったってのに。ナイレンの野郎。ま、やつらに貸しを作るってのも悪くねえ」
「本心で?」
レイヴンがメルゾムに首だけ振り返る。
「てめえはドンに報告するんだろ!とっとと失せろ!」
「へーい」
蹴られる前に、ぴょんと一段崖を下りるレイヴン。
「んじゃ、ご無事で」
そう言い、レイヴンは崖をぴょんぴょんと降りていった。
川沿いをナイレン隊は進む。
川沿いは特に赤いエアルが集中していて、紅葉化も進んでいる。
進むたびに枯葉の踏みしめる音が響き、辺りはピリピリしている。
その時、隊長が立ち止まって、辺りを見回した。
「隊長?」
副官のユルギスが訊く。
「ユルギス。ちょっと魔導器を発動させてみ?」
「は?はい」
他のメンバーもキョトンと不思議そうにしている。
ユルギスが魔導器を発動させ、足元に陣が展開すると、
なんと魔導器の魔核が赤く光り、
赤いエアルがゆらゆらと吸い込まれるように魔核へと。
ついには赤く電撃がスパークし始め、ユルギスを始め皆は驚く。
まるで暴走するような様子だ。そこに隊長が何かの札をぺたりと魔核へと貼ると。
何かの陣だけが残り、魔核へと吸い込まれてゆくと、あっという間に暴走が収まる。
(こ、これはいったい…?)
皆は固まっている。
「エアルの影響だ」
「魔導器が使えないんですか?」
ユルギスが魔導器を発動した姿勢のまま隊長に訊く。
「で、こいつを使う」
そう言って隊長は何枚もの透明のお札を手にして見せてきた。
「エアルの過剰な反応を抑える術式だ。人数分は複製できた。
ただし長くは持たねぇ。いざという時に使え」
「魔導器が暴走することを知っていたんですか!?」
フレンが顔を険しくさせた隊長に問い詰める。
「ああ。だから急を要すると言ったんだ。
街の結界魔導器を暴走させるわけにはいかん。進むぞぉ」
隊長は、説明は終わったというように踵を返して進み始める。
私たち皆メンバーは呆れた顔、ジト目をしている。
「てか。何でここで言う?」
「出発前に準備させてよね」
双子が文句を言う。すると隊長の歩みが止まる。
「悪ぃ。忘れてた」
首だけ振り返り、悪びれた様子もなく、いひっと笑った。
それにナイレン隊のメンバーは大ブーイング。
もちろん私もだ。大きな溜息を吐く。…って、待てよ?
ふと、昨夜のことを思い出す。
(ホントに忘れてただけ?私の魔導器のことは訊いてたよね…?)
もしかして…。
隊長は実際に危険を承知で魔導器をわざと発動させた…?
その方が説明するより早い。習うより慣れろ、というが。
赤いエアルがあるのはここだし。
「だーいじょうぶなんか?あんな、おっさんに任せておいて」
「論より証拠ってね。
説明するより実際やって見せた方が分かると思ったんじゃないかしら」
あの隊長のことだもの、と私がユーリに言い返す。
「ふぅん。確かに現場じゃないと分からないわな、これは」
「強ち忘れてたって線も無きしもあらず、だけど」
「どっちだよ」
さあ?と私は首を傾げた。それこそ本人に訊かないとね。えへ、と笑う。
あ。ユーリが溜息を吐いた。
がやがやと騒ぐメンバーに隊長は「あーもう」と説明を放棄した。
「うっせぇ!いくぞ」
隊長は歩き出す。皆も不承不承だが隊長に付いていく。
赤いエアルが立ち込める中、
進んでいくと沼の中を覗くと獣や魔物などの骨がたくさん沈んでいた。
「魔物が出てこねえと思ったら、こんなことになってんのか」
隊長の言葉に、副官のユルギスも他の皆も警戒して辺りを見回している。
「ねえ、これヤバいんじゃないの?」
「あたしらも、ああなっちゃうの?」
双子の言葉に、私は瞬時に首の後ろがチリッとして擦る。
「ここ。何かいる…!皆、気を付けて!」
「ヒロミが首の後ろを擦ってる。やっぱり…!」
「用心しろ!何が起こるかわからん」
用心しろ、のユルギスの言葉に皆は気を引き締める。
さらに首がビリビリとする。これは…!
「ヒロミ?」
私が立ち止まり、皆が私を振り返る。
「皆、水の方からくるよ!構えて!!」
私の声に隊長を始め、皆は瞬時に武器を構える。
「うわっ!」
が、一歩遅かった。デイビッドが水の奥へと引きずり込まれた。
「うわああああっ!!」
そして水に捕まり、上空へと投げ出され、
やがて、バシャンと水面へと叩き付けられ中に引きずり込まれる。
デイビッドは溺れ、必死に水面へ顔を出して抗っている。
水の中の魔物に捕まっているんだ…!
ユルギスが魔導器をを使おうとするが隊長が抑え、別の命令を出す。
「フローズンアロー構え!!」
すると3人の仲間が、ボウガンに射出する昌術を構える。光は青だ。
「デイビッドには中てるな!」
私も瞬時に早口で詠唱を唱える。
「冷えし鋭きもの―――」
「ってぇー!」
「アイシクル!」
隊長の号令と共に、ボウガンの射出と、
私の水の下位昌術である氷昌術の発動は同時。
デイビッドの周りと、上から何本もの氷の氷柱が降って来て、水を凍らせる。
完全にデイビッドだけを残し、氷で固まったチャンスだ。
「引き揚げろ!」
仲間の男子たち数人がすぐに引き上げ作業に水へと入って行く。
私は警戒を解かず、また詠唱に入れるよう唇を舐める。
デイビッドは仲間たちに寄って沼の端まで引き上げられ、事なきを得た。
ゲホゲホと咽ているが、無事なようだ。
沼には未だに私たちを捕食しようと、ゆらゆらと浮いては様子を見ている。
「沼から離れるぞ!急げ!」
ナイレン隊の皆は沼からじりじりと下がっていく。
そうして奥へと進み、濃い霧の中、奥に遺跡が薄っすらと見えている。
「さっきの沼のバケモンは動くものや音に反応しているようだった」
隊長は私たちに振り返って、班分けをする。
「ここから先は隊を2つに分ける!橋を渡り遺跡内に行く班と援護班だ」
此処から見えるのは、橋がずっと続いている。
向こうに渡り切る前に沼に襲われたように、くるに違いない。
「橋の向こう、遺跡の入り口まで援護。
その場で待機。帰路を確保しろ。突入班の帰りを待て」
「隊長、ランバートの弔いをさせてくれ」
ユーリの鋭い、真剣な瞳に。私も同意したくなった。
ランバートは私にとっても家族も同然の仲間だったのだから。
「隊長。私も突入班に。お願いします」
ユーリと一緒に隊長に頼み込む。
すると隊長はニッと笑ってくれた。これは了承の意だ。
「当てにしてるぜ。ユルギス、分けてくれ」
「はっ。ボウガン使用者は援護に回る。
突入班は剣、アックス、防御魔法使用者。
援護班、隊長から貰った術式を使う」
隊長の命令で、副官のユルギスが突入班と援護班に分かれて編成する。
私たちはすぐ持ち場に着く。
「フレン!」
すると突っ立っていたフレンに隊長から声がかかる。フレンは顔を上げる。
隊長はただ、一言。
「来い!!!」
その言葉にフレンの顔が引き締まる。
「ユルギス!」
「はい!」
「フレン、こっちだ」
フレンが私たち突入班へと加わる。
隊長はユルギスとボウガンの者たちの所へと歩み寄る。
フレンがユーリの近くまで来た時、ユーリが口を開く。
「納得してないんじゃないのか」
「任務だからな」
「フン」
もう。2人とも…。
さあ、これから気を引き締めねば。
ボウガンの3人は何度も点検をする。本番で暴発しないように。
援護班には副官のユルギスも残る。隊長は頼んだぞ、というように肩をポンと軽く叩く。
そして隊長はこっちに歩いてきた。
いよいよ、突入だ。
赤くどんよりと濁った水面。
まるで腐った血のような色がどこまでも続き、
そこから立ち上る鉄錆に似た生臭い臭いが鼻を突く。
この禍々しい水の上を貫く、細く頼りない一筋の道――。
それだけが、私たちに残された唯一の、そして最後の希望だった。
「準備いいか」
隊長の低い声に、援護班のボウガン使い3人が短く頷く。
彼らが手にする矢には、リタから授けられた術式の札が巻き付けられていた。
指先が札に触れた瞬間、淡い光を放つ術式だけが、生き物のように魔核へと吸い込まれていく。
準備は整った。彼らが入り口の配置につくのと同時に、空気がピリリと震える。
「――行くわよ!!」
私の号令とともに、突入班の私たちは弾かれたように走り出した。
一度踏み出せば、向こう側に辿り着くまで足は止められない。
止まれば、この濁った泥濘に引きずり込まれるだけだ。
自分の足音と、激しい鼓動が耳の奥で乱打する。
すぐ前を走る双子の背中だけを見据え、私は剣の柄を、指が白くなるほど強く握りしめた。
すると、私たちの走る音を聞きつけたのか。
静まり返っていた水面が、ボコボコと不気味な泡を立て、再び「それ」が姿を現した。
(――来た!!)
水飛沫を上げ、私たちを食い止めようと同じスピードで迫ってくる影。
「来たぞ!急げぃ!」
背後から飛ぶ隊長の檄。
一歩、また一歩。死線の上を駆け抜ける感覚に、全身の毛穴が逆立った。
ボウガンの3人が放つ「氷昌術」が鋭い音を立てて空間を裂き、
横側から蠢く魔物の足を止める。そのわずかな隙を、私たちは逃さない。
「一歩でも前へ!」
叫びながら私は走り出した。
心臓の鼓動に合わせ、体内の魔力を指先に集束させる。
本来なら長い呪文を要する高位魔術を、私は思考の速度で解き放った。
「詠唱破棄、アイシクル!」
「詠唱破棄、アイシクル――ッ!!」
一発、二発ではない。
私の言葉が空気に触れるたび、頭上の空間が歪み、巨大な氷柱が次々と産み落とされる。
ドォォン!と大地を震わせる衝撃音。
降り注ぐ氷の礫が、魔物の悲鳴をかき消していく。
「詠唱破棄、アイシクル! アイシクル! アイシクル!」
呼吸さえ忘れるほどの連射。
私が撃ち漏らした死角は、ボウガン隊の精密な援護射撃が確実に氷漬けにしていく。
後ろを走るユーリとフレンの視線が刺さるのがわかった。
彼らは剣を構えたまま、戦慄に目を見開いている。
「……嘘だろ、あんな規模の術を、走りながら、無詠唱で……?」
「これが……ヒロミの、本当の力……」
二人の呟きを背に、私はさらに速度を上げた。
振り返れば、そこにはかつての戦場など存在しなかった。
ただ陽の光を反射して静まり返る、白銀の氷の湖が広がっている。
だが魔物はしぶとく氷を突き破ってきそうな気配を感じる。
私は眼力をさらに鋭くさせ。
「しつこいわね。そうまでお望みなら…いかがかしら!?」
そしてトドメの一発を右側にやってやる。
「いくわよ!氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!――インブレイスエンド!!」
刹那、私の指先から発せられたのは「冷気」なんて生易しいものではなかった。
鼓膜を震わせるほどの轟音とともに、絶対零度の吹雪が湖面を薙ぎ払う。
ガシャァァァン!!
硬質な、けれどあまりに巨大なガラス細工が粉砕されたような音が響き渡り。
右側の湖は瞬時に、そして深く、底まで届かんばかりの勢いで白銀へと凍りついた。
「こっちも! 氷結は終焉、せめて刹那にて砕けよ!インブレイスエンド!!」
間髪入れずに左側へも同じ絶技を叩き込む。
荒れ狂う氷の魔力が左右から押し寄せ、先ほどまで波打っていた湖は。
今や鏡のような静寂を湛えた氷一面の世界へと変貌した。
「……なぁ、これ援護班いるか?」
静まり返った氷原に、ユーリの呆然とした声が響く。
「え。あ、あはは。どうでしょー?^^;」
頬を伝う冷や汗が凍りそうなのを感じながら、私は苦笑いするしかない。
「おまえなぁ。最初から飛ばし過ぎるなよ」
呆れ顔の隊長に、頭をすこんと軽く小突かれた。
「ごめんなさーい」
「さ、寒い…。まつ毛まで凍ったんだけど」
「ごめん、ちょっとやり過ぎた。……けど、これで足場は完璧でしょ?」
「ヒロミが居てくれて良かったというか、なんというか…。
見てくれよ、すごいな、一面氷の世界だ」
仲間たちは白い息を吐きながらも、その圧倒的な光景に気圧されたように足を止めた。
砕け散った氷の破片がダイヤモンドダストのように舞い踊る中。
私たちは速度を落とし、いよいよ遺跡の入口へと辿り着いた。
皆、顔を引き締めて遺跡へと入る。赤いエアルが漂っている。
ユーリとフレンは遺跡の城を見上げる。
私はさっきから首の後ろを擦っていた。遺跡の中に何かがある。
これは間違いない。用心して進まねば。
「これからが本番だ。気ぃ抜くなよ!」
入り口を、アックスと剣の仲間が両側を固め、私たちは中へと突入する。
用心して辺りを見回す。するとフレンが下を見て入り口を見つけたみたいだ。
「隊長」
隊長を呼び、フレンは目線の先で示す。隊長もそこを見る。私も。
入り口がある。2人がようやく並んでは入れるくらいの狭い通路だ。
しかも首の後ろがさらにチリチリする。擦って様子を見る。
…エアルが流れている。これにフレンも気付いてた。
「…流れてますね」
「エアルの流れを辿ろう」
「用心して進んでください」
私の言葉と様子に、隊長とフレンも頷いた。
皆で階段を下りて、下の入り口に向かう。
入り口から赤いエアルが出てきている。
入り口前で皆で両側を固め、入り口前は隊長とシャスティルで警戒する。
しかし何だこれは。
さっきからビリビリと最高潮に野生の勘が伝えてきてる、警戒をしろと。
私は辺りをさらに深く警戒する。そして見つけてしまった。…宙に浮く石を。
(――っ!!!)
シャスティルも気付いたか。恐れるように震え、2・3歩下がる。
そのとき、シャスティルの魔導器の術式札がはがれてしまった。
「? どうした」
ユーリがシャスティルの様子に気付く。石は赤い糸で宙を舞い、切れた。
石の落ちる音がカンカンカンと階段から遺跡内に反響させる。
その不気味たるや、嵐の前触れみたいだ。首の後ろも警戒は最高潮である。
皆も、その音に警戒し、そっちに視線を向ける。
石は下に落ち、一瞬の静けさの後、すぐに地中から盛り上がって、
何かがものすごい勢いで迫ってくる。皆は慌てて後ろの入口へと退避する。
私は殿になって、入口へと防御壁を発動させる。
「堅固たる守り手の調べ!フォースフィールド!!!」
するとバゴォーン!という大きい音と、ビリッと防護壁に電撃が走る。
何という衝撃だ。
石という石に赤い筋が繋がっているのを見た私は、この魔物の生体をなんとなく把握する。
しかし冷静に観察している場合ではない。
今でも砕けた石礫という礫が一つになろうとしている。
そして一つの塊となって、通路を転がってくる。私たちをぺしゃんこにする気だ。
殿にはユーリが走っている。時間を稼がねば!
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
喉の奥が焼けるような熱さを無視して、叫びを繋ぐ。
本来なら複雑な術式を編み上げるべき高位魔術。
それを無理やり短縮し、ただ「形」だけを空間に固定する。
一回、二回、三回。
ユーリの背中が遠ざかる時間を稼ぐためだけに魔力を注ぎ込み続けた。
ドォォォォン! と、大気を震わせる衝撃音。
背後から迫る「塊」が、展開したばかりの半透明の壁を紙細工のように粉砕していく。
破片が火花のように散り、頬をかすめて血が滲む。それでも足は止めない。
「詠唱破棄、フォースフィールド…ッ!」
五度目の壁が砕かれた瞬間、肺の空気がすべて押し出されるような圧力が襲った。
そうして角を曲がり切ったところで、ユーリは転進。猪突猛進の塊は壁にぶつかった。
だがユーリの走る先は道がない。
私はまた大きく息を吸い、肺から全力で吐き出した。
「詠唱破棄、フォースフィールド!!」
咄嗟に防護壁を展開。ユーリが出てきたところを見計らって馬鹿力で抱き付く。
「う、うわわわっ!?」
「おわっ!?」
ガンッ。と防護壁にぶつかり、痛い音が響いた。
勢いがよすぎてユーリは防御壁にぶつかり。私もろとも倒れ込んでしまった。
ちょうどユーリに押し倒されている形で。
「痛ってえええ!」
「ユ、ユーリ!大丈夫!?」
危うく落ちるところでドキドキと心拍がうるさい。(本当にそれだけ…?)
私はユーリに手を伸ばし、頬を撫でた。
「良かった間に合って。ファーストエイド。…どう?痛みは引いた?」
差し出された回復魔法の淡い光が、ユーリの傷口に染み込んでいく。
私は、まだ荒い彼の鼓動を感じるほどの至近距離で、そっとその顔を覗き込んだ。
「…ああ、治った。ありがとなヒロミ」
至近距離で私の手と、心配そうに覗き込む瞳を受け止めて。
ユーリは少しだけきまずそうに視線を逸らすと、私の肩に置いていた手に、ぎゅっと力がこもった。
(心臓の音がうるさいのは、きっとさっきまで走ってたから。……そうよね?)
「あのさ、…まだ、どいてって言わねーの?」
不意に重なった視線。
ユーリの顔が少しだけ赤いのを見て、私は自分の頬も一気に熱くなるのを感じた。
気まずそうに、けれどどこか名残惜しそうに、ユーリが視線を泳がせる。
その場に流れた一瞬の沈黙。
しかし、それを切り裂いたのは冷徹なフレンの声だった。
「……で。いつまで、そうしてるつもりだ。ユーリ」
「ぐえっ! 首! 首締まるっ!?」
情けない声を上げたユーリの体が、宙に浮く。
フレンが背後から、一切の容赦なく彼の襟首を掴み上げ、
獲物を引き剥がすような手つきで私から遠ざけた。
地面に横たわっていた私に、すかさずヒスカが手を差し伸べてくれる。
「不可抗力よ、フレン。そう殺気立たないで、放してあげて。…大丈夫、ヒロミ?」
「うん。大丈夫。フレン、解放してあげて」
「ヒロミがそう言うなら、今回は不問に処すが……」
フレンはあからさまに不満げな表情を浮かべつつも、掴んでいた手をパッと離した。
案の定、ユーリは地面に転がり、喉を押さえて咳き込む。
「ごほっ、げほっ!…フレン、てめぇ、本気で締めやがったな!」
「はいはい、そこまで。せっかく助かったんだから、喧嘩しない」
今にも掴みかかりそうなユーリと、氷のような視線を返すフレン。
その間にシャスティルが割って入り、慣れた手つきで二人を左右に押し広げた。
いつものやり取りに皆は苦笑する。
エアルの流れを辿り、漏れ出ているところに辿り着けば。
大きな塔が崩れているところに出た。
塔の下を覗き込む、隊長とフレン、私とシャスティル。
「フレン、気を付けろ」
「はい」
よくよく見れば、
塔の根元から赤いエアルが大きく全体に周りから漏れているではないか。
また首の後ろが最高潮にビリビリとする。これは…。
「さらに下か」
「入り口あっちですね」
シャスティルが顔をそっちに向けて場所を示す。
「フレン!隊長!また何か―――」
私がそう言い掛けた時だった。
塔の下から漏れていた赤いエアルから、フレンに向かって赤い光る筋が伸びてきた。
咄嗟に私とフレンを突き飛ばす隊長。
「うっ!」
「っ!隊長っ!!」
伸びてきた赤い光は、まるで飢えた獣の舌のようだった。
触れた空気が焦げるような、鉄錆びの混じった嫌な臭いが鼻を突く。
エアルが纏っている筋が、隊長の左腕を直撃したんだ。
(…そんな。そんな!!!
私が昨夜、天啓のように直撃を受けた野生の勘ってこれだったの…?)
皆が隊長を振り返る。隊長は後ろ後ろへと距離を取る。
ボーッとしてる場合じゃない!早く引っこ抜かないと!
私が起き上がり、剣を持った時だった。
上から、ヘルメットを被ったメルゾムが降ってきた。
ドォォォォンッ!と床が爆ぜるような轟音と共に、頭上から巨大な影が降ってきた。
土煙の中から現れたメルゾムが振るった棍棒は、その赤い筋を引き千切る――否、踏み潰す勢い。
赤い筋は塔の中へと引っ込んでいった。
「痛ててて。いよぉ」
メルゾムは高いところから飛び降りた影響からか、腰をグキッと直す。
「メルゾム」
他のギルド員も続々と遺跡内に入ってきた。
「年だなあ、ナイレンよ」
「お互い様じゃなねえか」
「フン」
ナイレン隊長とメルゾムが言い合っている間にも、
私は慌てて隊長に駆け寄るシャスティルを制し、自分がやる言う。
そして己の出来る最大限の回復術を掛ける。
「隊長!今、治します!命を照らす光よ、此処に集え。ハートレスサークル!」
隊長だけじゃない、ここにいる皆を包み込む広範囲の回復術を使用した。
隊長を助けてくれたメルゾムも腰を痛めているだろう。
他のギルド員もここまで来るのに怪我をしているかもしれない。
私は目を瞑りイメージする。このエリアにある“人間”だけを回復させることを。
私の掌から溢れ出した純白の光は、波紋のように、このエリアの隅々まで広がっていく。
荒れ狂う赤いエアルを押し返し、空気そのものを浄化していく感覚。
視界が白く染まる中、魔力を絞り出す私の心臓が、早鐘のように胸を叩いていた。
「こりゃあ…すげえな。嬢ちゃん何もんだ?」
「うちの隊の魔術の“切り札”だ。足の速さや勘に関しては騎士団一だぜ」
「ほお~?」
魔術の残光が消え、静寂が戻る。
荒い息をつく私の耳に、メルゾムの感心の混じった声が届いた。
(…え? 私、何かとんでもないことをしちゃった?)
隊の皆の面々までが言葉を失って私を見ていることに気づく。
「え、えーと。メルゾムさん、腰の方はもう痛くないですか?」
「おう。嬢ちゃんのお陰でバッチリよ」
「そうですか。隊長を助けて下さり、ありがとうございました」
「いいってことよ。持ちつ持たれつだ。嬢ちゃん、ありがとよ」
「はい。隊長、腕は大丈夫ですか」
「ああ…なんとかな」
「(なんとか、ね…。エアルの影響を受けたんだ…隊長…)」
顔に出してはいけない。皆に気付かれてはいけない。隊の士気に関わる。
そんな私が考えている間にも、メルゾムがユーリに気付いた。
「よぉ、ユーリ。随分と余裕のない顔してんな」
「ふっ…お節介なんだな」
ユーリがフッと顔を和らげてメルゾムに言い返す。
「がはははは!可愛くねえのぉ。
街が無くなっちまったら、俺らも商売が出来ねえからな。
それに子分の仇も取らなくちゃなんねぇ。とっとと片付けちまおう」
隊長が動こうとする。シャスティルが心配そうに窺う。
「隊長!」
「痛みは取れたよ。大丈夫だ」
「あ…」
その時、隊長がシャスティルの手首を掴む。
正確にはシャスティルの魔導器を見ている。魔核が赤く怪しく鈍く輝いている。
隊長は恐らくもうその魔核は使えないのだろうと判断したのだろう。
「もう魔動器を外せ」
「あ…でも…」
「暴発したらみんなを巻き込むぞ」
そう言って隊長は立ち上がる。
「あ…はい!」
シャスティルは慌てて魔動器を外した。
そしてメルゾム一味とナイレン隊は一緒に奥を目指す。
中に入り、狭い螺旋階段を一人ずつ順番に一列に降りていく。
下に降り切った時。エアルが一段と濃くなった。
私は首のうしろを擦る。ビリビリと先程から最高潮にうるさい。
何なんだ、ここは。
「…隊長」
「ヒロミ。奥に居るんだな」
「ええ。恐らく。さっきのようなものが…いえ、さっきの規模よりも。用心してください」
「分かった」
するとユーリが気を引き締める。
「いかにもだな」
「頼むぜぇ。2人とも」
隊長が声を上げると、場に漂っていた硬い沈黙が霧散した。
ユーリとフレン。反発し合いながらも、どこかで深く共鳴している稀代のコンビ。
隊長はその危うさと強さを誰よりも理解し、慈しむように視線を向けている。
自分の腕がどれほど酷い状態であろうと、彼が弱音を吐くことはない。
自分が「柱」として立ち続けることが、今の二人にとって。
そして、この隊にとって、どれ程の意味を持つか、彼は理解し過ぎているのだ。
信頼と、決意。
隊長の背中に宿るその熱に当たるようにして、私も武器を握り直し、後に続いた。
15
少し進んだあたりで、私はビリッと首の後ろが痛くなる。
首の後ろを擦り反射的に殿のメルゾムに向かって叫んだ。
「――くる!メルゾムさん!後ろ!!」
私の叫びにメルゾムが後ろを見た瞬間、地中に潜っている“何か”が迫ってきていた。
「ナイレン!!!」
メルゾムが叫ぶが遅かった。
通路にいた皆は地中の中の魔物に弾き飛ばされる。
私たちの目の前より離れたところで、ようやく本体を姿を現したと思ったら。
奴は固い大きな手で地面を叩きつけ、土煙と衝撃波をお見舞いしてきた。
仲間の一人が魔導器で火の魔術を使うが当たらない。
「やつは地中を媒介に潜って移動してるんだ!気を付けて!!」
ユーリとフレンの隣にいた私も剣を構える。
後ろからも!?2体も!仲間の一人、また一人と弾き飛ばされていく。
ユーリが剣を振りかぶって外殻に当てるが、キンッと音が響き弾かれる。
(…硬い!)
「剣じゃ無理だ!」
ユーリが言うが。それならば、と。
フレンが本体の隙間、目に当たる位置に突き刺すが、逆に挟まれた。
剣が抜けない。フレンが持ち上げられ、振り払われる。壁に激突し、落ちて倒れた。
ユーリと私が叫ぶ。
双子が何とか牽制している間に、私は俊足でフレンへと駆け付けファーストエイドを掛ける。
この魔物の生体、なんとなく宙に浮いていた石の時と原理は同じだ。
私はフレンが起き上がるのを待つのも惜しく、剣を翻す。
そして立ち上がったフレンにも声を掛ける。
「フレン、こいつは赤い筋で操られている!赤い筋を斬って!!」
「っ!わかった!」
私はフレンと一緒に赤い筋をぶつぶつと斬ると本体が崩れ落ちた。
赤い筋が引き戻っていき、岩が塞がっていく。やはり弱点だったか!
「ユーリ!赤い筋を斬れ!」
フレンが言い、ユーリが別の本体とジリジリと距離を詰めていく。
そこをメルゾムが棍棒で叩き、引き付けてくれている。
だがメルゾムが吹っ飛ばされる。もう猶予がない!
本体はメルゾムと一味を狙って追いかけようと捕捉している。
そこを隊長は好機だと判断。ただ名前を呼ぶ。
「ユーリ!ヒロミ!」
私は駆け出したユーリに、全力俊足で追いつき、
共に背後が、がら空きの本体を狙う。一点突破だ!!
ユーリと私、互いに別の壁に足を掛け本体の上にある赤い筋をぶつ斬る。
下からは隊長が赤い筋を断ち斬った。本体は粉塵を上げて崩れ落ちた。
だが、何体も出現する。…きりがない!メルゾムが叫ぶ。
「キリがねぇ。先にいけえぃ!!」
「すまねえ!」
隊長は踵を返して先へと走る。私たちも後に続く。
この血路、絶対に無駄にはさせない!
遺跡の奥へ奥へと走り――。
開いた空間に待っていたのは。
これまでにないくらいの巨大な土人形(ゴーレム)だった。
ウオオオォォォ――…!
地響きにも似た魔物の威嚇に。私たちは巨大土人形を見上げた。
「デカいって…」
ユーリが片眉を寄せて、マジかよ…というような顔をする。
うん、私もそんな気分だよ。どないせいっちゅーの。
巨大土人形は腕を武器に、私たちの居るところへ腕だけ飛ばして来た!
皆は避けるため、すぐに走り出した。
私たちの居たところが、もうもうと土煙を上げる。
(こいつ、筋を操って四肢を武器に吹き飛ばせるんだ!)
筋を操り、岩を始め石礫までをも本体に完璧に元に修復している。これは厄介だ。
私たちは周り込み、牽制しようとするが、防御を使おうとしたヒスカが飛ばされる。
私は隊長やシャスティルと別れ、
ユーリとフレンと私となり、本体を見上げ走りながらもチャンスを窺う。
本体はレーザーをあちこちに撒き散らして、私たちを狙ってくる。
一回りして、ヒスカたちが疲弊しているのを見つけ、早口で詠唱を唱える。
「命を照らす光よ、此処に集え。ハートレスサークル!」
私が回復を行っている間でも、ヒスカが左腕が瓦礫に腕を取られて動けない。
右手首に挟まっている魔導器の魔核が赤く光り始め、ヒスカはパニックを起こす。
「嘘っ!やだっ!ちょっとぉ!」
それをユーリが籠手ごと抜いて向こうへと放り投げる。ユーリ、ナイスよ!
魔導器はすぐに爆発した。危うく一歩間違えばヒスカの腕が吹き飛ばされるところだった。
その爆発で本体が気付いたのか、此方に振り向き、地響きを鳴らし足先を此方に向けた。
エルヴィンが、ユーリに向かって叫ぶ。
「ユーリ、おまえを上まで投げる!」
成程。上の筋を斬ろうってのね。
エルヴィンが本体の前まで来て、「来い!」と叫び手で示す。
それじゃあ、私も魔術の使い方の神髄ってのを見せてやろうじゃないの!
「私も行くわ!」
私はニヤリと不敵に笑う。
「ヒロミ!?待ちなさい!」
ヒスカが言うが待たないわ。
ユーリがエルヴィンに向かって走り出し、私も同時に走り出す。
私は息を多く吸い、早口で作り上げる。上への“階段”を。
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
ユーリはエルヴィンの手に足を乗せ一気に上へと飛ぶ。
私は防護壁を繋ぎ合わせるよう空中に一時的に階段を作り出し、俊足で駆け上がる。
それには地上で見ていたヒスカやフレン、皆は絶句していた。
土人形本体の上に近くなると、私は一気に跳んで、ユーリと同じ場所にストッと着地する。
そしてユーリと背中合わせで、一息に赤い筋を斬り落とす。
「はぁ!やぁ!」
「たぁ!はぁ!」
2人してすべて斬り落とし、土人形がボロボロと崩れていく。
一か八か。私はユーリの襟首を引っ掴んで、瓦礫から飛び降りる。
「お、おい!ヒロミ!?」
「詠唱破棄!トラクタービーム!」
く、土煙が酷い。でも上手くいったようね。私とユーリはゆっくりと降下していく。
本来は敵を浮かせ重力で叩きつける技だが、詠唱破棄のお陰で不発で終わりそうだ。
「ユーーーリーーーーっ!!!」
「ヒロミーーーーーーっ!!!」
大きな土煙、私たちの姿はまだ見えてないみたい。
やっと土煙が晴れた時には。私はユーリに小突かれていた。
「おまえの魔術ってホントにすげえな。しかし、いきなり飛び降りるのは勘弁してくれ」
「ごめんてば~。上手くいったでしょ。心配させた皆にも申し訳ないわね。えへへ」
土煙が晴れて、皆が私たちの姿を見てホッとした。
そして、私とユーリに隊長は気遣ってくれた。
「2人とも、怪我、ねえな?」
「ああ」
「もちろん」
そうして、崩れた壁の瓦礫の先に在ったのは。――脈打つ、大きな大きな魔導器だった。
その大きな紫の魔導器は脈打ちながら、赤いエアルを吸い上げていた。
いくつもの管に繋がれて、どこかに供給されているようである。
「こいつでエアルを吸い上げて魔核の変わりをしているのかぁ」
敵を倒したというのに、私はまだ首の後のビリビリが収まっていなかった。
首の後ろを擦る。…警戒しなきゃ。
魔導器を警戒し注視すると、私はハッとする。
…この魔導器。
書庫にあった、ガリスタの研究するスペースに似たようなのが壁になかったか?
それに、あの眼玉のような造り。まるで私たちを監視しているみたいな…。
隊長も、違和感を覚えたのか、目を僅かに見開いている。
「ずいぶんと大掛かりな仕掛けだな」
其処に部下を引き連れたメルゾムが辿り着いて、歩み寄ってきた。
「無事か」
「一人やられちまった」
「そうか。すまん」
「誰がこんなものを」
魔導器を見上げて、フレンが呟く。
「詮索は後だ。こいつでエアルの流れを遮断する」
隊長が荷物からゴソゴソと何やら取り出す。
その前に、私は隊長に嫌な予感を伝える。さっきから首の後ろがおさまらない。
「隊長」
「ん?どうした、ヒロミ」
私は首の後ろを何度も擦る。肌が粟立ち、冷たい汗が止まらない。
まるで背後に、巨大な獣が顎を開いて立っているかのような錯覚。
私の様子に、隊長の顔が険しくなる。
「敵を倒したのに、まだ首の後ろのざわつきが収まりません。
……それどころか、さっきよりひどくなってます」
私は、部屋の中央で怪しく脈動する『吸い上げの魔導器』を指差した。
「この装置、イヤな気配が混じっています。私の推測ですが…。
先に供給していた魔力の圧力が逃げ場を失って逆流し、暴発するかもしれません。
もしそうなれば、この遺跡ごと吹き飛ぶ可能性もあります。
念のため、撤退の準備も視野に入れておいてください」
私の声は、自分でも驚くほど冷え切っていた。
「っ!……分かった。お前のその勘には、何度も救われてきたからな」
隊長は即座に表情を引き締め、背後の隊員たちへ鋭い視線を飛ばす。
「総員、各自、警戒は怠るなよ」
皆、私の真剣な顔と声に頷く。
そして隊長は手に持つ“それ”に術式札を貼り付け、術式を吸わせる。
「なんだ、これ?」
ユーリが訝しげに訊く。
「なんだ、これ?」
って、持ってきたのは隊長がじゃないですか。貴方も知らないんですか。
それを床に置くと、ひとりでに起動し、大きく円形に広がり、
双眼鏡みたいなところがきょろきょろとし、
四足歩行でカシャカシャと魔導器の方に向かっていき。
やがて吸い上げていた赤いエアルを蓋をするように広がり遮断した。
エアルの供給が断たれた魔導器は、不気味に静まり返り、脈も止まる。
「止まった!」
ユーリの歓喜の声が響いたのと、私の首筋が総毛立つのは同時だった。
本能が告げている――これまでとは比較にならない「死」の気配。
「いけない…ッ!」
視界の端で、不吉な紫の光が幾重にも交差し、膨れ上がる。
私は反射的に最前列へと躍り出た。
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
――ドォォォォンッ!!
爆発の衝撃と、急造の防御壁が展開されるのは同時だった。
しかし、短縮されたプロセスで編み上げた盾はあまりに脆弱で。
バリンッ!という硬質な音を立てて、光の障壁は容易く粉砕された。
「きゃああぁっ……!」
爆風をまともに浴び、視界が上下に揺れる。
背中から地面に叩きつけられた衝撃で、肺の空気が無理やり押し出された。
「……シャスティル! シャスティル、返事をして!」
ヒスカの悲痛な叫びで、混濁した意識を強引に引き戻す。
立ち込める黒煙の向こう、ぐったりと倒れる彼女の姿が見えた。
私は這うようにして駆け寄り、震える手で治癒術を叩き込む。
「……だめ、気を失ってる。……っ、シャスティル、今助けるから!」
意識のない彼女を背負い、立ち上がろうとしたその瞬間。
「…ッ、ぐ、あぁ…っ!」
足首に焼けるような激痛が走り、膝から崩れ落ちた。
関節が明後日の方向へ曲がったような錯覚に陥る。捻挫――いや、剥離骨折かもしれない。
今ここで自分に回復魔法を掛ける余裕なんて、一秒たりとも残されてはいなかった。
その時、視界を塞いでいた瓦礫が弾け飛ぶ。
「ここはオレが引き受ける! シャスティルをよこせ!」
駆けつけた隊長が、迷いのない動きで彼女を私の背から引き取り、強靭な腕で担ぎ上げた。
「隊長……!」
「走れるか!? 遺跡が保たんぞ、一気に抜ける!」
轟音と共に天井が剥がれ落ち、頭上から巨大な石塊が降り注ぐ。
遺跡が崩れ出し、皆は瓦礫から避けながら走る。
「こりゃあ、やべえって!」
ユーリが上を見ながら言う。
「ユーリ!ヒロミ!逃げるぞ」
フレンのとこで、隊長は剣をフレンに預ける。
私は痛む足を叱咤し、埃と絶望が渦巻く出口へと、ただ無我夢中で走り出そうとして。
身体中には走り抜ける激痛に蹲ってしまう。限界だった。
「おっと、危ねえ……っ!」
ユーリの腕の力強さと、鼻をかすめる彼の匂い。
一瞬の浮遊感の後、視界がまた猛烈なスピードで後ろへ流れ始める。
「悪い、少しの間、我慢してろ!」
そう言いながら、片手で軽々と私を抱え上げ。
何事もなかったかのように走る足を止めないユーリ。
その並外れた身体能力に驚きつつも、私は必死に意識を集中させた。
「癒えよ――ファーストエイド!」
淡い光が私の足を包み込み、ズキズキとした痛みが引いていく。
回復を確認して声をかけると、ユーリはフッと口角を上げた。
「支えてくれて、ありがとう、ユーリ」
「おし。走れるな」
「うん!」
直ぐにユーリから降りて、俊足で走り、先頭のフレンのとこまで走る。
するとフレンが立ち止まった。フレンは地面を見ている。
「どうしたの、フレン?」
「これ…」
「! これって…!」
私も気付いた。この仕掛け、どこかで見た事がある。…どこで?
すると隊長が追い付いてきた。
「何やってんだ」
「隊長、これ…この、こう…」
「後だ」
隊長は険しい顔をするが、今は一刻を争う。すぐに脱出をしなければ。
でも気になる。紫の光は地面に展開し、爆発を引き起こしていく。
視界が紫一色に染まり、網膜を焼く。
足元で連鎖する爆発は、もはや単なる破壊ではなく、世界そのものを削り取る咆哮のようだった。
「拾わなきゃ…これだけは、絶対に!」
指先が土埃にまみれた魔核に触れた瞬間、指先に刺すような冷気が走る。
それはまるで死者の叫びを凝縮したかのような、禍々しくも静かな感触。
背後ではフレンの必死な怒号が響いているが、爆音にかき消されて言葉にならない。
「――っ!!」
魔核を掴み、胸元へ抱き寄せると同時に地を蹴る。
直後、さっきまで自分がいた場所が紫の閃光に呑み込まれ衝撃波が背中を無慈悲に叩いた。
身体が浮き、視界が激しく上下する。
駆けつけたフレンが私の手首を引っ張って、己の胸元に引き寄せる。
「なんて無茶をするんだ君は!!」
身を引き裂かれそうなほどの怒号と共にフレンは私を連れて階段の方へと駆ける。
目の前には、階段の入り口で必死に手を伸ばすユーリたちの姿。
ユーリたちはもう階段まで到達している。フレンと私もあと少しで到達する。
―――コンマ数秒の差で、命運が別たれた。
最後尾を走っていた隊長とシャスティルの地面が崩れ出した。
「ゆーーーーーーーりぃーーーーーーーーー!!!」
隊長は一瞬の決断で、足を踏ん張り、
背負っていたシャスティルをユーリの方へと投げ飛ばす。
ユーリはシャスティルをを受け止める。
「シャスティル!シャスティル!?」
ヒスカがすぐにシャスティルに駆け寄る。
「大丈夫。息はしてる」
ユーリはヒスカに安心するよう言う。
だけど。私は確信した。前日の天啓は、ああ、ここなのだと。
「っ、隊長!!!」
「隊長!!」
私とユーリが呼びかける。
「手ぇ伸ばせ!!」
ユーリが隊長へ手を伸ばす。
上からの瓦礫に中り落ちそうになるが、フレンとエルヴィンで支えられた。
「俺らが抑えっから」
エルヴィンがアックスを持ち、ユーリに渡す。
ユーリは2人に支えられ、ユーリは力一杯アックスの柄の方を隊長の方に伸ばす。
「今、助ける!今…!くそっ!」
そんな必死なユーリを隊長は静かに見ていた。…隊長?まさか…。
「無理だ。行け」
「っせえ!手ぇ出せっつってんだよ!」
「もう、動けねえんだよ」
フレンは唖然とそのエアルに侵された場所を見、ユーリはまだ諦めない。
「んなもん治せる!手ぇ出せ!」
「ユーリ」
「全然届かねえ。なんか他にねえのかよ!」
「ユーリ!」
「っ!(そうだ、まだ諦めるわけには…私は諦めない!)」
私は立ち上がり、隊長に向かって防御壁の階段を作ろうと息を吸った。
隊長に届く階段を…少しでも、近付くために…!
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
「詠唱破棄、フォースフィールド!」
私が下りようとした時。隊長は私の方を向いて、静かに首を横に振った。
「っ、どうして!隊長!私なら貴方に掛け寄れます!」
「ヒロミ、分かっているんだろ。その階段は“おまえ”しか通れねえ。
…おまえを道連れにする訳には、いかねえんだ」
私は絶望に座り込む。そして、ユーリにまた視線を向ける。
「ユーリ。分かってんだろ?助かるもんを助けてくれ」
「…ぁ、…、…」
ユーリは言葉が出なかった。
「もってけ」
そして隊長は、手首に嵌めていた魔導器をユーリに投げて渡した。
それをユーリが確かにキャッチした。そして今度はフレンの方を見て。
「フレン。みんなを頼む」
「…っ、…」
フレンも言葉が出ない。
「おまえは良い騎士になれ。親父さんを超えろ」
「…っ」
今度は私の方を見てきた。
「ヒロミ。自分を責めるなよ。これはおまえさんのせいじゃない」
「っ、たい、ちょ…!」
「無理、し過ぎるなよ」
「…っ」
涙が溢れて止まらない。隊長はこんな時でも、私の心配をして。
「隊長!隊長ぉーーーーーーー!!」
ヒスカが必死に叫んでる。声は届くのに、手が届かない。…こんな事って。
「…往け」
と。ただ一言。
「…あばよ」
メルゾムの項垂れた顔からは表情はうかがえない。
でも声から、その一言に凝縮している。長い長い付き合いの果てに別れを告げる声に。
メルゾムとその一味は踵を返して、遺跡の出口へと向かう。
泣いてるヒスカをユーリが支え、絶望に座り込んでいた私をフレンが立ち上がらせ抱き寄せて。
天上が崩れてきて。隊長のいるところが崩れるまでを見届け。
私たちの居るところも、やがて危なくなってきて。
視界が歪む。
泣き叫ぶヒスカを必死に支えるユーリの姿が、ひどく遠くに感じられた。
目の前で、隊長のいた場所が無慈悲に崩落していく。
積み上げてきた日々が、守りたかった背中が、瓦礫の下へと消えていく。
「…………っ」
声にもならない悲鳴が喉に張り付き、私はただ、冷たい床に膝をついたまま動けずにいた。
指先ひとつ動かす気力さえ、絶望が奪い去っていく。
その時、視界が不意に遮られた。
温かくて、少しだけ汗と砂の匂いがする胸板。
フレンが私の前に膝をつき、力強く、けれど壊れ物を扱うような慎重さで肩を抱き寄せた。
「ヒロミ、掴まってて」
低い、けれど確かな意志を持った声。
頭上から響く地鳴りが激しさを増し、私たちの足元まで亀裂が走り始める。
「フレン…ごめ、…私…っ、私が、もっと…」
「今は何も喋らなくていいから」
溢れ出す謝罪を遮るように、彼は片腕で私の体をひょいと抱き上げた。
拒む余裕なんてなかった。私は縋るように、彼の首に腕を回す。フレンが走り出す。
一歩踏み出すたびに伝わる、彼の心臓の鼓動。必死に前を見据える彼の横顔。
私の頬を伝う涙が彼の肩を濡らしていることに、彼はきっと気づいている。
けれど、彼は何も言わず、ただ前だけを見て走る。
(フレン…ごめん。ありがとう)
心の中で繰り返す言葉は、激しい風の音にかき消された。
今はただ、彼の首筋に顔を埋め、震える呼吸を整えることしかできなかった。
「知らない振り」をしてくれる彼の強すぎるほどの優しさが、今は痛いくらいに心地よかった。
自分の力なら助けられると、どこかで信じていた。
その傲慢さを、隊長の瞳は一瞬で見抜いた。
彼を担いで、階段を駆け上がる?……できるはずがない。
私の細い肩が、隊長の体格を支えきれるはずがなかった。
答えは、私の震える膝が一番よく知っていた。
どれほど愛し、尊敬し、守りたいと願っても。
私の骨格が、筋肉が、生物としての構造が、それを拒絶している。
女という生き物に生まれた。
ただそれだけの理由で、一番助けたい人を捨てていかなければならない。
自分の肉体をこれほど呪わしく、憎いと思ったことは、後にも先にもこの時だけだった。
遺跡が大規模に崩れていく。
待機班の副官ユルギスたちが見えてきて。一緒に脱出をする。
遺跡から放たれた赤い衝撃波は、遠くシゾンタニアの結界魔導器の効力を破った。
夕刻。陽が沈もうとする時。
私たちは遺跡から離れたところで、一時、立ち止まっていた。
気を失っているシャスティルは、ヒスカが膝枕をしていて。
ヒスカの目元は、泣きはらした跡がある。
ユーリも、フレンも、私も。他の皆も。…何も言えない。
その時。シャスティルが目を覚ました。
「ん…」
「良かった、シャスティル」
「ん…った」
私のファーストエイドだけでは回復が足りなかったみたいだ。後で掛けてあげよう。
シャスティルは辺りを見回した。
「助かったんだ」
「うん。終わったよ」
するとユーリがシャスティルに声を掛ける。
「おお。気が付いたか」
「ん?あれ?隊長は?」
シャスティルの声に、ヒスカは目に見えて沈む。
私はフレンから降ろしてもらい、ユーリとフレンの間にいる。
ヒスカの表情で、すぐ察したのか、シャスティルは叫ぶ。
「フレン、隊長はどこ!?」
フレンは無言で目を瞑ってしまう。
ただ、彼が持ってる隊長の剣を見てシャスティルは察する。
その沈黙が怖くなり、シャスティルは今度はユーリに訊く。
「ユーリ…」
「隊長、かっこ良かったぜ」
ユーリのその一言が、張り詰めていた糸を断ち切った。
堰を切ったようなヒスカとシャスティルの慟哭が、冷え切った空気に響き渡る。
他の団員たちも、ある者は顔を覆って崩れ落ち、ある者は天を仰いで静かに頬を濡らした。
フレンの手に握られた、主を失った剣。
その銀色の刀身には、戦いの激しさを物語る傷跡と、消えない血の跡が刻まれている。
彼はただ黙ったまま、形見となったその重みを噛みしめるように、静かに目を閉じていた。
「…ヒロミ」
私は、震える指先でユーリの背中に縋りついた。
鼻腔に残る、戦場の硝煙の匂い。けれど、目をつむれば思い出すのは…。
さっきまで確かにそこにあった隊長の大きな手の温もりだ。
あの力強い声、私たちを導いてくれた背中――。
「私は忘れない。隊長の言葉も、あの温かさも。……ね、ユーリ」
絞り出すような私の声に、ユーリの背中がびくりと揺れる。
「ああ…」
彼の短い返事には、同じ痛みと、同じ決意が込められていた。
涙が溢れ、ユーリの背中をぐっしょりと濡らしていく。
彼は振り向くことも、私を突き放すこともしなかった。
ただ、頑丈な壁のようにそこに立ち、私の悲しみをすべて受け止めてくれている。
フレンもまた、何も言わずに傍にいてくれた。
かつての自分たちなら、ただ絶望に打ちひしがれていただけかもしれない。
けれど、二人の静かな佇まいが、今の私には何よりも救いだった。
この優しさに、私は生かされている。
(……ありがとう。ユーリ。フレン)
心の中で、届くはずのない言葉を繰り返した。
赤いエアルはもうない。きれいな緑のエアルが戻ってきたのだった。
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