| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『月と太陽と星』騎士時代編

作者:ラフィー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

騎士時代編(劇場版ルート)3


11

騎士団駐屯地の建物にある鍛練場で、ユーリとヒスカは模擬戦をしていた。
近くではランバートとラピードが伏せて、休みを取っている。
攻防のやり取りは白熱し、やがてヒスカの木刀が宙を舞って決着がついた。

「なぁ。訓練より森の魔物一匹でも倒す方がよっぽどいいんじゃねえか?」
「だーから!それは帝都の援軍が来てからでしょ」

そう話していた時。時刻は夕刻。
鍛錬場にエルヴィンが飛び込んできた。息切れがすごい。

エルヴィンの要請を受けて、
ヒスカとユーリ、ランバートは街から出た橋から様子を見る。

ここからでもよく分かるくらい荷馬車から火の手が上がり、
大きな蛇状の魔物に襲われている。

蛇状の一体が、ユーリたちを捕捉し向かってくるが、
結界魔導器に阻まれ事なきを得る。

「あんなの、見たことねえぞ!」
「街は結果が守ってくれる。早く!」

ヒスカの促しに、ユーリとヒスカは現場へと駆ける。

現場は戦場だった。
やられた魔物は横たわり、怪我人は騎士によって担ぎ出され。
ひとりでも多くを救おうと、ナイレン隊は魔術を使って牽制する。

「カンスケ!あっちまで退くぞ!」

荷馬車がまた1台のみ込まれ、ユルギスは住人を抱えカンスケを誘導する。
ユーリたちが出てきたとこから、住人が次々と避難してくる。
早速ランバートが、犬の魔物に向かって牙を突き立て、次々と倒していく。
ユーリも剣を抜き、ランバートに続く。
そのアクロバティックな動きで魔物を次々と切り伏せていく。
クリスが女性に肩を貸し、仲間に撤退を促す。

「エルヴィン!退くぞ!ユーリ、もういいぞ!下がれ!!」

だが、しかし。そこで女性が訴える。

「ああ…馬車に娘が…エマ…エマァァアアア!!!」

女性の切なる叫びは、ユーリの琴線に響き渡る。
倒れた荷馬車には幼い少女、エマが一人取り残されたいた。迫る魔物たち。
エマを食おうとしていた蛇状の魔物にユーリの剣が突き刺さる。魔物がいったん退く。
ユーリは子供…エマに向かって上空からスタッと着地。ランバートと共にエマの前に来る。
群がろうとする魔物2匹を一薙ぎで切り伏せる。漆黒の髪が翻り、エマはそれに見惚れる。

「ママんとこに行くぜ?」

ユーリはエマを抱える。

「ランバート、先に行け!」

ランバートが駆け出し、ユーリもエマを抱え駆け出す。
ユーリの後ろへ上空から矢が雨のように降ってきた。魔物を牽制する。

するとユーリが出てきた扉の方から、酒場で会ったギルドのメルゾムが出てきた。
おおきな棍棒で魔物を一匹一匹確実に仕留めていく。すごい腕力だ。

「倒れているやつは担いで連れていけ!」

ユーリはユルギスの元に走り寄り、やっと母子が再会を果たした。

「ママー」
「エマ…」

喜びに溢れ、エマの頬に口付ける母親の姿に、
ユーリは満足そうな顔になる。

だが、すぐに暴れ狂う魔物の方へと駆け出して行く。
ユルギスが止めるが聞かない。

「ユーリ!街まで退避だ!ユーリ!!」

ユーリとランバートはメルゾムのいる場所まで来て、隣に並ぶ。

「いいのかよ。金なんて出ねえぜ」
「おめぇのボスに請求してやるよ」

ユーリたちの目線の先には犬の魔物の群れが。
ランバートの他、軍犬2匹も吠える。

「アルゴス!」
「ショウ!」

ユルギスとエルヴィンが叫ぶが、2匹は奥へと駆け出して行ってしまった。

「ワンワンッ!」

ランバートも吠える。

「ランバート!!」

ユーリが声を掛けると、
ランバートは一度立ち止まり、首だけユーリを振り返る。

「…ランバート?」

静かな眼だ。まるで悟っているような。
「ラピードを頼む」と言っているようではないか。
だが直ぐにランバートは仲間の軍犬の後を追うように奥へと駆けていってしまう。

「ランバート!待てって!」

ユーリは駆け出す。メルゾムが止めるが耳に入っていない。

「ユーリ!チッ。手隙のヤツ来い!」

舌打ちしてメルゾムも後を追う。

「くそ!エルヴィン、ヒスカ、いくぞ!」

ユルギスの掛け声で、2人も駆け出す。


ユーリは落ち葉をどかして、足跡を辿ろうとするが、
どれが魔物でランバートたちのか分からない。

「っくそ、魔物のと混じって分かんねえ。ランバートー!!!」

ユーリは立ち上がって何度も呼びかけるが、音沙汰無し。

「アルゴース!!」

森深く、奥に行くほど草木は膝上まで伸び放題でなかなか前に進めない。
その間にも赤い粒子が立ち昇っている。濃いエアルだ。

「この前よりエアルが濃くなっている」

ユルギスは警戒し辺りを見回す。

「エアル?これが?」

ヒスカも辺りを見回す。

「通常エアルは緑色だが異常な濃さになると赤く変色するらしい」

ユルギスは説明する。エアルの異常さを。

「気が枯れたのも、生きもんが凶暴化してんのも、このエアルが原因か」

メルゾムがユルギスに視線をやる。

「おい!」

ユーリが怒るが、ユルギスは答える。

「我々はそう考えている」
「ったく。今更隠して、どうなるってんだ」

ユーリが剣を肩に、前へと進もうとする。
すると深い草叢の中を何かが走る。その速さに、ギルドの一人が捕食される。

「っひっひひいひ~親分ーーーーっ!!ひひひいっひひいいいいいい!」

叫び声と共に奥へと引きずり込まれ。最後にはぐしゃっと嫌な音が響く。

「野郎!!」
「メルゾム!」

メルゾムとユーリが叫びの方へと深い草叢を掻き分けて走る。

「待ちなさい!ユーリ!あいつは、もう!」

ヒスカの声も聞かず、どんどん先に行ってしまうユーリ。
ユルギスとエルヴィンは剣を抜いて、警戒している。

「警戒しろ!」

ユルギスの言葉と共に、ヒスカ、エルヴィンもユーリを追って走り出す。

草叢には口元の牙から血をしたたらせ、目が赤く光る軍犬が潜んでいた。
草木にはまだ捕食したばかりの人間の血が、赤々と濡れ落ちる。
メルゾムが、捕食されたギルド仲間の血にまみれた布切れを発見する。
それを放り、苛立ち立ち上がる。

「っ、くっそぉ!こんな危ねぇやつが街の近くにまで現れるたぁ」

その時。犬の唸り声に、ユーリが気付く。
それは探していたランバートの姿だった。
ユーリは喜ぶが、メルゾムは警戒していた。

「待て!ユーリ!!」

駆け寄ろうとしたユーリをメルゾムが制止する。
己の武器、棍棒をランバートに向かって正眼に構える。
ユーリは愕然とするが、ランバートが顔を上げた口元から滴る血が。
そして終いにはランバートだけではなく、他の軍犬2匹も含み、
異形な姿で蛇状の魔物に吞まれていた。

…まるで伝説にある、“ケロベロス”のような。

その場に居る皆は愕然と見上げる。
ランバートやその仲間たちが呑まれた姿を。

しかし蛇状の魔物は瞬時に襲い掛かり、
またギルドの一人を捕食して、上空に昇る。

捕食されたギルド員は叫びを上げながら、やがて、また嫌な音ともに噛み砕かれた。
上空から滝のように血の雨が降り、ユルギスやエルヴィン、ヒスカを襲う。
草叢に隠れていたユーリが、顔を出し、ランバートを飲み込んだ蛇状の魔物を目で追う。
蛇状の魔物はユーリの辺りを旋回して、変わり果てたランバートにユーリは困惑する。

「…ランバート…」

血の雨を浴び、己の両手を見て身体が震えるヒスカ。絶叫する。
その叫びに、変わり果てたランバートがヒスカを捕捉し、ヒスカに襲い掛かる。
彼女は必死に抵抗する。

「ランバート!やめて!ランバート!」

ユルギスとエルヴィンが剣で牽制する。
ヒスカから捕捉は外れたが、小人数では太刀打ちは難しい。
ユーリは呆然とその様子を見つめる。

「やめろ…ランバート。ランバート…」

メルゾムが弓を出し矢を番え、魔物へ発射する。
蛇状の魔物は暴れ回り、ユルギスたちの方にも旋回する。
その際エルヴィンが捕まり、暴れ回る。ユーリは小さく呟く。ランバート…と。
息切れを起こしたヒスカにまでジリジリる迫ったランバートに、
ついにユーリが叫ぶ。

「ランバァート!!!」

ユーリの叫びにも似た呼びかけに、魔物――否、ランバートが振り返った。

「っく」

ユーリは決断し、ランバートへ剣を正眼に構える。ユーリは駆け出す。
ランバートもユーリを捕捉する。
血の付いた牙を向け、大口を開けて襲い掛かる。

「ランバート…ごめん…!」

ユーリは心でランバートに詫びる。
今まで過ごしてきた思い出が走馬灯のように脳裏をよぎりながら。
ユーリはランバートへ駆けながら剣を振りかぶり――斬った。
ユーリの艶やかな黒髪が翻り。蛇状の魔物は倒されたのだった。


ユーリたちがランバートを倒し終わった後。時刻は夜を迎えていた。
街を守っている結界魔導器が水色に光っている。
皆の心には暗雲が立ち込めている状況で、
雷が鳴りだし、より一層、心を重くする。

ユーリは剣を手にしたまま無表情でシゾンタニア駐屯地の建物に戻ってきた。
建物に入る際の金柵を開いた時。剣を自分の顔の前に掲げ、思い出す。
…ランバートを斬った時の、彼の断末魔が、耳から離れない。

「…っ、…っ、くっそぉっ!!」

ユーリは顔をくしゃりと歪ませ、激情のままに剣を地面に叩き付けた。

カラカラと剣が転がる音の後に、
「ワンッ!」と仔犬の鳴き声が聞こえ、ユーリはハッとする。

金柵の向こうから走り寄ってくるのは、ラピードだった。
小さな尻尾をフリフリと振っている。

ユーリの元に走り寄り、数回、周りを走り回った後、
地面に倒れている剣に鼻をひくつかせている。

そこには斬った父の残り香が残っているのか。
ラピードは数歩歩き、ちょこんとお座りをする。
尻尾がフリフリと揺れており、首を伸ばしては、キョロキョロ。
まだかな?と、父の帰りを今か今かと待っているようである。

その健気な姿に。ユーリの気持ちは堪らなくなる。
ユーリはラピードの後ろに歩み寄り、跪いて。そっと抱き上げ、顔を埋める。
ラピードを持ち上げた際、咥えていた光もののスプーンはカランと落ちる。
ユーリの眼には一筋の涙が。ユーリは確かに泣いていた。

「ごめんな…。ラピード。オレ、おまえの父ちゃんを…」

涙を流すユーリに気付いたラピードは、ユーリの頬に伝う涙を懸命に舐めている。
泣かないで。どうか泣かないで、と。励ますように。
ユーリの涙を隠すように、雨がポツポツと降り出してきた。
ユーリとラピードは暫し、そのままでいた。

雨が降り出して暫し。隊長とシャスティルがマントを頭から被り馬で帰還した。
隊長は馬上からクリスに訊く。クリスは敬礼している。

「何があった」
「橋の向こうまで魔物が来ました」

シャスティルもマントを脱いで、その場に居る呆然としているヒスカに気付く。

「ヒスカ!」

急いで馬から降りて、妹へ駆け寄る。
ヒスカは被った血を洗い流したが、
やはりランバートのショックが抜け切れていないようだ。

「ヒスカ、大丈夫!?ヒスカ!!」

シャスティルはヒスカの両肩の横を掴んで揺すった。正気かどうか確かめるために。

「ランバートたちが…魔物みたいになって…みんなが…それで…ユーリが…」
「ヒスカ…」

ぽつぽつと、か細い声で説明するヒスカは身体が震え、今にも泣きだしそうになる。
シャスティルはそんなヒスカを労わるように、ぎゅっと抱きしめる。
そんな双子の様子を隊長は静かに、けれど厳しい眼で見守っていた。


一方、ユーリは厩でラピードと一緒に身を寄せ合って眠っていた。

「ん…」

気配を感じたのか、
ユーリが目を覚まし起き上がると、ラピードがコロンと転がる。

その気配は隊長だった。
木箱の上に座り、キセルをふかして静かに見守っていたのだ。
隊長はキセルを口から外し、ふぃーっと煙をふかした。

「聞いたよ。ラピードの世話、頼むな。当分、寂しがるだろうからな」

ラピードはくぅくぅと可愛い寝顔で寝ている。

「すみません…」

ユーリは落ち込んだ顔で隊長に詫びる。

「謝らなくていいんだよ。さ、部屋に戻れ」

そう言って、隊長はキセルを銜えながら、
木箱から立ち上がり、最後にユーリを一瞥すると行ってしまった。

「風邪ひくなよ」

そう、ユーリに一言、言い残して。


************


森の奥で一つの爆発音が響いた。
赤い粒子が漂うエアルの中で必死に逃げ惑う男の兵士が一人。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

怪我がひどい。腕に嵌めている魔導器の魔核は赤く光っている。
走る男は後ろを振りかえる。すると仲間であろうか、助けを呼んでいる。

「ま、待ってくれーっ!」

だが、魔物に捕食され、「うわぁーっ!」と叫び声が聞こえた。
逃げる男は仲間を置いて振り切ってきたのだ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

やがて。足元に緩い崖があり、落ちて転ぶ男性。
起き上がると、魔導器が赤い電撃が走り、動揺して手甲を外して放り投げる。
放り投げた魔導器付きの手甲はやがて爆発し、土煙を上げた。



ギルドのメルゾムに頼まれ、調べものをするため外に出てきたレイヴン。
雨が降る中、人一人が通れる道をよろよろと歩き、崖の壁に凭れて溜息を吐く。

「ふう。おっさんには堪えるな。この道は」

そう言い、顔を上げる。
すると上には大きな鉄橋があり、そこに一人の男が走っていた。
さっきの、仲間を見捨て逃げ出してきた男性である。

「こんな時間に何だ…?」

レイヴンは不振に思い、そっと静かに鉄橋の下へと歩み寄っていく。
鉄橋の真下には水の排出口があり、これ以上近づけない。
近付ける限界まで近づき、レイヴンは見上げ、ジッと目を凝らす。

「本当ですっ。魔術を使おうとしたら、いきなり魔導器が爆発したんですっ!」

すると声が聞こえてきた。報告なのだろう、動揺する声だ。
それにレイヴンの眼は見開いた。

「(魔導器が爆発?アレクセイ親衛隊…!?)」

仲間を放って逃げてきたのは、なんとアレクセイの親衛隊の者だった。

「(相手は誰だ?っ、くそ…!)」

限界まで覗き込んでも姿は確認できなかった。
レイヴンは内心、舌打ちし場所を変える。
ぐるりと回り、今度は崖の壁に背を凭れ、その眼で確認すると眼をまた見開く。

「(なに…!?)」

レイヴンは顎に手をやり、目を細め思案に耽る。
その間にもターゲットは遣り取りを進めていた。

「それでは、この報告書を」
「お預かりします」

報告書を預ける場面をバッチリ目撃したレイヴンは鋭い目つきで追う。
そして誰も居なくなったのを確認してから鉄橋の前に出てくる。
街の方を見ると微かな街の光が洩れている。

「なんだか、ややこしいことに、なっちまったなぁ」


同刻。
ナイレン隊長も報告を受けたのか、
小さい紙に何かを書かれているのを厳しい眼差しで読んでいた。
やれやれと頭を搔いている。また厄介なことは勘弁してくれ、というように。


************


雨の降る中、ユーリは買い物をしていたのかお店から出てきた。
するとユーリは向こうの方で人の集団がいるのに気づいた。
悲しみに暮れる女性に、沈痛な面持ちで傘をさしてやる男性。
そして街の人によって運び出されていく棺桶。また誰かが亡くなったのだ。

ユーリは静かに、しかし真剣に目に焼き付けている。
この街の現状が今、切迫していることを。

棺桶は馬車によって乗せられていった。

馬車が走り出すまでユーリは見届け、
ラピードの待つ駐屯地へと方向転換。歩き出す。

「お兄ちゃーん」

駐屯地に行く途中、ピンクの傘を差した少女、
エマがはぁはぁ言いながら走り寄ってきた。
ユーリを見かけ、傘をさしていないのに気付いたのだろう。傘を差し出した。

「これ、あげる」
「え」
「昨日は、ありがとう。えへへっ」

そう言ってエマはニコッと微笑んだ。花のような笑顔。
そうしてすぐに母のいる下に走り寄り、母の後ろに隠れてしまう。
きっと照れているのだろう。ユーリの初恋ドロボウはここでも発揮されている。
エマの母とエマは、一緒にペコッと一礼して行ってしまった。
ユーリに、ピンクの傘…。なんとなくミスマッチである。

さっそく厩に帰ってきたユーリは器に餌を盛り、ラピードの前に置く。
するとモリモリと元気よく食べ始めた。ユーリはそれを微笑ましく見つめていた。

その時。
馬のぶるるという鳴き声が聞こえた。そう、フレンとヒロミが帰ってきた。



12

私たちは馬を厩に預け、装備を外し、濡れた髪やら顔を拭いていた。

「フレン、風邪ひかないうちに、お風呂に入ってね」
「ああ…」

すると離れたところに気配が。ユーリだった。

「あ…ユーリ。ただいま」
「…フレン、ヒロミ」

差し出された言葉を拒むように、フレンはユーリから視線を逸らした。
父親という(とげ)がいまだに心に刺さったまま、抜くこともできずに疼いている。
苛立ちをぶつけることさえためらうほど、その傷は深く、生々しい。

二人の間に流れる空気は、触れれば切れてしまいそうなほど張り詰め、
ユーリもそれ以上、その沈黙を破る術を持たなかった。

…そういえば、ランバートがいない。

ぶるりと身体が震える。いやな予感が最高潮に達する。

(居るのはラピードだけ…。ランバート、まさか…!)

私はラピードを見て、見開いた眼でバッとユーリを見る。彼は眉を寄せ目を伏せた。

(…やっぱり。そうなんだ。ランバート…っ)

私が悲しみに眦に涙を浮かべた時。
苛ついていたフレンは言ってはいけない事を言ってしまった。
ユーリの地雷だ。首元を拭きながら、ユーリの顔を見もしないで。

「犬の世話役は気楽でいいな」
「フレン…っ!」

フレンの吐き捨てたその声は、いつもの凛とした響きを失い、ひどく濁っていた。
苛立ちを隠そうともせず、彼は乱れた騎士団の制服の襟元を無造作に正す。
その指先が、微かに震えていることに彼は気づいていない。

ユーリの瞳から光が消え、底冷えするような暗い色が宿る。
一歩、また一歩と詰め寄る足音が、やけに重く地面に響いた。

「……。何……? おまえこそ気楽でいいよな。式典で前習えは出来たのか?」

低く、地這うような声。
それはかつての幼馴染に向けるものではなく、明確に「敵」を射抜くためのものだった。

二人の間に流れる殺気に、ラピードが低く「グルル……」と喉を鳴らす。
だがその声は威嚇というより、悲しみに耐えかねた慟哭のように聞こえた。
ランバートがいない空虚を一番理解しているのは、彼なのだ。

止めなきゃいけない。
でも、今のフレンに何を言っても「騎士の誇り」という盾で跳ね返される。
今のユーリに触れれば、その怒りの火に焼かれてしまう。

…マズイ、このままじゃ喧嘩になる。でも2人とも心に傷を負っているのに。

(どっちかを止めれば、どっちかをもっと傷つける気がする…止められない!)

喉の奥が熱く、せり上がる涙のせいで声が出ない。
二人の絆が、今まさに目の前で音を立てて壊れていく。

その間にもフレンの苛つきは、すでに沸点を超えていた。

「どいてくれっ! 僕は君と遊んでいるほど暇じゃないんだ!」

吐き捨てるように言い放ち、フレンは邪魔だと言わんばかりにユーリの肩を突き飛ばした。

しかし、よろめいたユーリの口から飛び出したのは、
一番言ってはならない、呪いのような言葉だった。

「親父が騎士団員だと贔屓してもらえていいよな」

その瞬間、空気が凍りついた。
それは、フレンが血の滲むような努力で積み上げてきた誇りを踏みにじる言葉であり。
――同時に、同じ境遇にいた私の胸を鋭く抉る「地雷」でもあった。

「っ……!」

フレンは今まで見たこともないような、激しい怒りを露わにした。
物凄い形相で振り返り、ユーリを殴った。

「フレン!?」

ユーリは地面に尻餅をついている。
フレンは、はぁはぁと大きく息をしている。本気で殴ったのだろう。
きっと父親の事だけじゃない。私の分まで相乗して殴ったんだと思う。
私が涙を見せ弱い所を見せたせいだ。フレンは私の分まで怒ってる。

「てめぇ……そういうのだけは、いっちょ前だなっ!!」

ユーリの瞳にも暗い火が灯る。そう言い、口元を拭ったユーリもフレンに殴りに掛かる。
雨脚が強まる中、2人は取っ組み合いの喧嘩になる。

「ユーリ!フレン!やめて…もぅ、やめてよ!」
「ワン!ワン!ワォーン!ワオオォォォン!」

私の腕の中でラピードが吠え、遠吠える。
腕の中の体温だけが唯一の救いなのに。
目の前の二人を止められない無力感に、私の心は張り裂けそうになる。


結局、ラピードの遠吠えでナイレン隊の男子が駆け付け、2人を引きはがし。
私とユーリとフレンは、隊長室に呼ばれた。

私はボコボコに腫れた2人の顔にファーストエイドをかける。見てられないもの。
2人は互いにそっぽを向いていた。私はフレンの隣に立っていた。

「お前ら…ヒロミはともかく。何度そこに立たされんだよ。
ちょっと風呂入って来い。話はそれから」

「んな呑気な事、してる場合じゃねえ!早くなんとかしねえと!」

ユーリが隊長に訴える。

「すぐには無理だ。式典後じゃないと援軍は出せないそうです」

フレンはアレクセイ様の言葉をそのまま報告する。

「現場を保持せよ、との命令でした」
「後ほど書類をお持ちします」

私もフレンに続き報告し、フレンは書類を持ってくると言った。

「…そうか。ご苦労」

ナイレン隊長は重々しく労いの言葉をかける。
だが、ユーリは納得いってないらしく、フレンと私に怒る。

「おまえら、ちゃんと状況の説明したのか!」
「したよ!でも、これが本部の決定なんだ」
「アレクセイ様はカンカンだったよ…」
「式典の後だなんて…そんな雄著なこと言ってる場合か!」
「僕だって、ヒロミだって、言ったよ!
でも本部にとって優先されるのはこっちじゃないんだ!仕方ないだろ!」
「人が死んでんだぞ!」
「僕の努力が足りないってのか!」
「ユーリも、フレンも、もうやめてよ!ここで言い争っても何も生まないじゃないっ!」
「そうだ。もうやめろ!」

私とナイレン隊長の制止に、2人はそっぽを向いた。

「フレン、ヒロミ。いやな役回りさせちまったな。配慮が足りなかった。すまん」

フレンは俯く。だがユーリは納得していないようだ。

「隊長!!」

しかし隊長は指さし、言い聞かせるように口を開く。

「事態はさらに悪化している。これ以上、魔物が押し寄せてきたら街を守れん!」
「……。」

ユーリはムスッとしている。

「明日、遺跡の調査に向かう」
「!」

私も目を見開いた。そんな、早急では…!
隊長の隣に控えていたガリスタも、フレンも驚く。
ユーリは嬉しそうだ。口元が綻んでいる。街を守るために行動できるからだ。
だがフレンはすぐに制止をする。

「無茶です!強行すれば犠牲者が出ます!本部に命令に背いては…っ」

フレンはそこまで言って、ハッと現実に返り、気まずそうに視線を逸らす。

(フレン…。お父さんの事、まだ…)

「親父さんのことか…」
「父は…あの人は命令を無視しました。本部は攻撃を制止したのに」
「あん時だって下町の人が死んだんだ。おまえや、町の人を守るためだろ」
「父は命令違反をして死にました!後には何も残りませんでした…。
私は父と同じ過ちは犯したくないんです…!」

隊長は溜息を吐き、席を立って窓際に向かい、雨の降る外を見る。

「オレたちはここで生活している人たちを守るためにいる。それが騎士としてのオレの務めだ」

隊長はフッと笑い、フレンに目線をやる。

「フレン。お前の親父さんの行動が過ちだったのか、
答えを出すのは、もう少し騎士をやってみてからでもいいんじゃねぇか?」

そして、今度は私に目線を向けてきた。

「ヒロミも。悪かったな」
「え?」
「お前の家族に甘えていたことは確かだ」
「いいえ。私も少し甘えていたと思います。アレクセイ様に叱られて目が覚めました」

私も頷いて。この話はもう終わりだ、と隊長に目で促す。

「明日、早朝に出動だ。いいな?ガリスタ、みんなに通達してくれ」
「…はい」


フレンは入浴を終え、鏡の前で頭を拭いていた。
鏡を見ながら、思い出すのは幼い頃のことだ。
父に鍛えられていた頃を思い出し。
負けて悔しくて、涙がにじんで。大きくて暖かい父の掌が自分の頭を撫でてくれて。
ともに笑いあった。無精髭が似合う騎士だった。

共同部屋に戻ると。また床に水の跡が点々としているのに気付くフレン。
先にユーリが入ったのだろう、フレンはまたイラッとする。
また小言を言いかけ口を開くが。言葉は出なかった。
もう喧嘩はしたくないのだろう。

「…さっきはゴメン。ランバートが死んだとは知らなくて」

フレンはドアを閉めてベッドに座る。
ユーリはベッドに仰向けで寝ていた。

「いや、オレも。まさか援軍、断られたなんてな…」

「父の遺体は戻ってこなかった。少ない遺品を返されただけだった。
死んでしまったら終わりだ。何も残らない。だから明日の出動には納得していない」

「すぐ近くの森まで魔物が来てる。街の中にまで入ってきたらどうすんだ」

「結界があるんだ。そんな簡単に入れるはずがない」

ユーリは身を起こす。

「オレは隊長に付いていく」
「この隊だけでは無理だと判断したから援軍を頼んだんだろ。待つべきだ」
「その間に被害者が出る。もう嫌なんだよ!誰かが死ぬのは!」
「僕たちだって死んだら終わりだ!」

話は、また平行線になる。

「ラピードの所へ行ってくる」

ユーリはブーツを履いて立ち上がり、部屋を出て行く。


************


私は入浴しずに隊長の部屋を出て、すぐにラピードのとこに向かった。
ユーリの表情に、私の勘は当たってしまった。
…ランバートはもうこの世にはいない。

私とランバートは隊の中でも互いに、
一足早く“何か”を知らせるパートナーでもあった。

もう相棒のような。家族のような感じだった。
でも離れていた間に彼はもう居なくなってて。
厩に到着した。…私の足音に起きたのか「わふ」と鳴いた。

「…ラピード…」
「ワン」

ラピードが私に掛け寄ってきた。
父とすごく仲が良かったのを傍で見ていたのか。
私に懐くのも比較的に早かった。尻尾がフリフリと揺れている。
彼のつぶらな瞳を見て。

「っ、ラピぃード…っ!」

込み上げてくる。私はラピードを抱き上げで、そっと頬ずりをする。
するとラピードがぺろぺろと頬を舐めてきた。私は知らず、涙を流していた。

「ランバート…。もう居ないんだね。
…ね、ラピード。貴方のお父さんは勇敢な戦士だったよ」

「ワンッ!」

私は藁が敷き詰められてる上にラピードを下ろし、傍で横になる。
またラピードを抱き締めて、彼で暖を取るようにぐっと縮んで丸く寝転ぶ。

「ラピード。温かい。ね、少しだけこうしてていい?」
「ワン」

軽く鳴いて私の頬を舐めるラピードに。
私は「ありがとう」と彼の頭を優しく撫でた。

沈黙では寂しかろうと、
私はランバートとの思い出をいろいろラピードに話して聞かせた。
ラピードは本当に賢い。相槌を打つように「ワン」と鳴いて。私とお喋りしてくれた。
ラピードの頭を撫でながら、お話をしていくうちに。ふぁ…と欠伸が。

「ごめんね。ラピード。少しだけ一緒に寝よっか。ね?^^」
「ワフッ」

私の頬にスリスリと擦り寄ってきた。
ああ。ラピードは雨の中でもお日様の様な優しい香りがする。
だんだん眠気に抗えず、私はラピードを抱きしめたまま意識を手放すのだった。


************


フレンとぶつかって逆立った神経が、目の前の光景に嘘のように凪いでいく。
そこには、無愛想な相棒であるはずのラピードと、小さく丸まって眠るヒロミの姿があった。

「……ヒロミとラピードがなんで」

驚きよりも先に、胸の奥を温かいものが通り過ぎる。
ラピードの規則正しい呼吸に合わせて、彼女の肩が小さく上下している。
どっちも、この世界の喧騒なんて忘れたみたいに、深く、心地よさそうに。
だが、安らかな時間は長くは続かなかった。
ヒロミが苦しげに身じろぎし、その唇から震える声が漏れる。

「ぅ…ん。ランバート……」

心臓を直に掴まれたような衝撃が、オレを貫いた。
彼女の眦に、溜まっていた悲しみが形を成すように、ぷっくりと涙が浮かんできて。

そうだ。忘れていたわけじゃない。忘れるはずもない。
ヒロミにとってランバートは、ただの関係じゃなかった。
隊の中でも、誰より心を預けた特別な相棒だったんだ。

フレンと取っ組み合いになる直前。
彼女がオレの顔を見て見せた、あの弾けそうなほど悲しい顔。
鋭い勘を持つ彼女は、オレがこれから何をするつもりなのか、言葉にしなくても悟っていたんだろう。

(……ヒロミ。ごめん)

心の内で繰り返した謝罪は、彼女には届かない。
膨らんだ涙は重さを増し、今にもその頬を伝い落ちようとしている。
オレは、自分がひどく身勝手なことをしている自覚があった。

だが、体が勝手に動く。
ラピードの鼻を鳴らす音すら立てないよう、細心の注意を払って彼女の傍らへ膝をつく。

……そして。

落ちる寸前のその雫を、指ではなく唇で直接、そっと掬い取った。
微かに触れた肌の熱と、涙の塩分が舌先に残る。

これ以上、こいつの夢が雨に濡れることがないように。
これ以上、この瞳から悲しみが溢れることがないように。

せめて、彼女が目を覚ました時、最初に見る景色が「一人」じゃないことを願って。

「ん…ぅん、ユーリ…?」

しかし彼女は隊の中で一番 勘が鋭い人間だ。
すぐにオレの気配に目を覚ました。

「悪ぃ。起こしちまって」
「ううん。いいの。ラピードが寂しくないようにユーリが世話してるんでしょ?」
「ああ…」

ヒロミは完全に目を覚まし、慈愛溢れる眼差しで寝ているラピードをそっと撫でた。

「おまえ、風呂は入ったのか?こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」
「あー…お風呂はまだ。ね、ユーリ。こっちこっち」
「?」

ヒロミは自分の真横の藁に手をポンポンと叩いた。そっちに座れってことか?
彼女の隣に行き座ると、久しぶりのヒロミの香りに胸がドキッとする。
すると驚くことに。ヒロミはオレに抱き着いてきた。そうしてオレの頭を一撫でした。

「ユーリ。ユーリがランバートを止めてくれたんだね。聞いたよ」
「!!」

「…ありがとう。ランバートもきっと感謝してると思う。
最後は貴方の手で逝けたこと。彼もあれ以上、誰も殺したくなかったと思うから。
ユーリ、辛い役、よく頑張ってくれたわ。そして…貴方の、誰も死なせたくないと思う心は。
優しさは。なくてはならないものよ」

「…っ、ヒロミっ」

「わっ!?ユーリ…?」

なぜ。ヒロミはオレの欲しい言葉を言ってくれるのだろう。
なぜ。ヒロミはオレの気持ちが手に取るように分かるのだろう。

ああ。ああ。やっぱり。おまえが好きだ。

オレはヒロミを力一杯、抱きしめ返した。
涙を流す代わりに、この込み上げる想いが抱きしめる力で伝わればいいのに。

すると思いが通じたのか。
ヒロミも身じろぎし、俺の背中にあった両腕に力が籠る。

「ユーリ…。貴方は本当に隊長の信念と同じね。尊敬するわ。
今を生きる人、目の前にいる弱い人たちを放って置けない、優しい人ね」

ヒロミの香りに包まれて。
ヒロミの鼓動が聞こえてきて。
ヒロミの声が耳に伝わっきて。

「オレは、優しくなんか…」

ヒロミは首を横に振った。
優しくなんか、のとこで口元を制された。ヒロミの人差し指で。
そして手をオレの頭に持っていき。

「そんな貴方をこれまで育んでくれた下町は本当に温かいところよね。私も下町が大好きよ^^」

ヒロミのくれる言葉は本当に温かい。また込み上げてくる。泣きそうになる。
ぐっとオレの胸元にかき抱く。…オレの顔を見ないでくれ。頼む。今だけは。

「……ユーリ?」

でも。もう少し。もう少しだけ、このままでいて欲しい。
この温かさが離れ難いんだ。
ヒロミは勘が鋭いから、きっとオレの気持ちも汲んでしまうんだろう。

しばらくジッとしていた。
ふと時間が経過して。また、そっと頭を撫でてきた。

「ユーリの温かい鼓動が聞こえる。貴方が一日も早く元気になりますように。よしよし」

なでなで、と撫でられ。すっとオレの髪を梳かれた。
それにオレは一気に脱力した。

「だから…オレは犬じゃねえって何度も言ってんだろ」
「え。じゃあユーリは猫派なの?」
「(ぎく)」
「へぇ~。意外~^^」
「ち、違う違う!」
「私の勘はそう言ってます。諦めなさい、ユーリ。うふふ^^」
「……。」

こいつの野生の勘はマジで怖ぇ。さすがランバートと競うように隊を支えてきただけある。
オレは盛大に溜息を吐いて、抱きしめるのをやめて解放した。

「大丈夫よ。誰にも言わないから」

ヒロミはそう言って、眠っているラピードを優しく撫でている。

「さてと。お風呂に入らなきゃね。ユーリ、ラピードをお願いね」
「あ。お、おう」

両手で赤ちゃんを抱っこするみたいに渡されて、またドキッとする。
こいつが母親になったら…なんか、すごく似合うなーと思う。
ヒロミはラピードを起こさないよう、そっと立ち上がって伸びをする。

「じゃあね、ユーリ。おやすみなさい」
「おう。おやすみ」

ゆらゆらと揺れる長い長い三つ編みを見ながら、オレはヒロミを見送った。



13

駐屯地の屋敷にある書庫にある、応接場に隊長とガリスタは居た。
ガリスタは飲み物に、赤ワインのコルクを開け、ワインカップ2つに注ぐ。

「先ほどの話ですが。考え直して頂けませんか。
明日には式典も終わります。援軍を待った方が」

そう言い、カップ2つを持ち、片方を隊長の前の机に置き、自らも座る。

「隊を整えてここに来るのに何日かかると思ってる?」

ナイレンはそう言い、
机に置かれた自分の分のワインを手に取り、口に含んで飲む。

「ですが…」
「(んく) それにな、援軍が来る前に片付けちまいたいんだよ」
「何故です」

ガリスタの問いに、ナイレンは内心の思いを語る。

「アレクセイ閣下は魔導器に関心が高いと聞いている。
もし遺跡に強力な魔導器があるのなら壊さずに持って来いと言いかねん。
エアルを異常な状態にし、生き物を凶暴にしちまっている。
留守の間に街の人間、隊員、家畜に被害が出ちまった。
オレぁ、これ以上、犠牲者を出したくねぇんだ」

「…分かりました。ルートを検討します」

ガリスタは不承不承ではあるが了承した。顔は仕方ないって感じだが。

「すまん。それと魔導器を持っていくかどうか迷ってる。
エアルの影響を受けて暴発でもしたら…」

「しかし。魔術が使えないと…隊の士気にも影響が出ましょう。
我々はまだ魔導器のエネルギーとなる魔核を、
完全にはコントロール出来ていません。
前回も発送のタイミングがずれただけでしょう」

ガリスタの言葉に、ナイレンは重々しく頷いた。

「……わかった。魔導器は持っていこう」

ナイレンの決定に、ガリスタは眼鏡をくいっと掛け直した。


************


隊長執務室には、魔核でランプの灯を灯し、
キセルを置いてある、そこから煙か静かに立ち昇っている。
ランプの横には写真立てが。ナイレンの家族がにこやかに微笑んでいる。

ナイレンはひとり執務室で物思いに耽っていた。
横の小さい机には、氷を入れた金属器とグラス、ウイスキー、
それからブドウジュースが入った瓶と空のコップがあった。

そこにノックの音がしてナイレンはそっちを向く。

「ユーリです」
「おーう。空いてんぞぉ」

ドアを開けて入ってきたユーリ。

「どうした」
「あ。いや。なんか、ちょっと眠れなくて」
「ガラじゃねえな」
「ぁ…」

ユーリは困惑して、ナイレンの手前横の椅子に座る。
ナイレンはユーリに空のコップにブドウジュースを注いで渡してやる。

「ほい。おまえはジュース」
「どうも」

ふとユーリは写真立てに目をやった。そこには若い頃のナイレンの姿が。
美しい黒髪ソバージュの奥さんが並び、くりくりお目めで愛らしい子供が、
若いころのナイレンに抱っこされてカメラの方を向いている。

「奥さんと娘さん?」
「ん?ああ。2人とも死んじまったがな。ある事件でな、守ることができなかった」

そう言ってナイレンはウイスキーを一口含んで飲む。

「あの頃のオレは今以上に帝国の命令が絶対だと思ってた。
自分の判断で動いてれば助けられてたかもしれなかったのに。
ま、その後、色々あって田舎に飛ばされたって訳だ。
此処、帝都から離れてて色々、気楽でいいんだよ。
今回はそれが仇になってるがな。でも同じことは繰り返したくはねぇんだよ」

そうして、しみじみとナイレンは思い出すように目線を上にやる。

「フレンの親父さんは偉いよなあ。あいつはえれえ否定的だが。
オレは尊敬してんだけどなぁ。やっぱ大切なもんは自分の手で守りたいんだよ」

ユーリはナイレンの話を聞きながら、しみじみ思う。
ヒロミが言っていた通り…どこか自分に似ている、と。


************


一方、ユーリとフレンの自室では。
フレンはベッドに仰向けになり物思いに耽ったいた。
そこにノックの音が。

「はい」

訪ねてきたのはナイレン部隊の軍師であるガリスタだった。
ガリスタはフレンを書庫へと案内する。話があるようだ。

「すみませんね、こんな時間に」

と言って、振り返ったガリスタの背後には、
不思議な造りの装置のようなものがある。

ヒロミは書庫に来る度にそこを見ては首を傾げ、ガリスタのいないところで、
首の後ろを擦っていた。…これは、まだ誰にも知られていないことだ。

フレンは自分を呼び出した旨をガリスタに問いかける。

「なんでしょう」
「座りませんか」

ガリスタはソファに案内する。しかしフレンは恐縮する。

「あ、いえ…明日、早いですし」
「納得していないようですね。明日の出動」

ガリスタはフレンを視線だけで振り返る。

「私の気持ちなど。騎士団の一員なのですから」

「私もねぇ今回のフェドロック隊長には少々困りました。
何故わざわざ隊を危険にさらすのでしょう」

「私も…本部の命令通り、
援軍が来るまで街を守ることに徹するべきだと思います。…あ」

ガリスタの言葉にフレンも同意する。しかしハッとする。
だがガリスタはフレンの言葉“だけ”を受け取ったようで嬉しそうにフレンを振り返る。
フレンの本当の心を知ることもなく。

「どうやらあなたはお父様とは違うらしい」
「ぇ…」

フレンは一気に視線を厳しくさせる。
そして思い出す。ヒロミに以前、言われた事を。

『ガリスタには気を付けて』
『いつか貴方に仕掛けてくる時が来るかもしれない。…その時は冷静にね』
『ガリスタの前ではどんなことを言われても動揺しないようにね』

彼女の言葉を思い出したフレンは、内心ハッとする。
今がこの時なのだと。

「以前、お目に掛ったことがありましてね。
今回のフェドロック隊長の行動がお父様に似ていると思ったものですから」

フレンは更に顔を険しくさせ、ガリスタを睨みつける。

「しかし。アレクセイ閣下は絶対です。
お父様もフェドロック隊長も命令に従うべきです。フレン・シーフォ。
あなたは命令違反と分かっていて行くのですか?」

何故、自分だけ呼び出されたのかフレンは不審に思う。
やはりヒロミの勘は侮れない。

「一騎士である以上、この街の責任書には従います。
全てを納得しているわけではありませんが。
隊長の言葉の真意を知りたいという気持ちもあります」

ガリスタが疑わしい以前に、フレンはナイレンの真意を知りたいのも本当だ。

「失礼します」

フレンは一礼して、書庫を出て行く。
フレンを見送るガリスタは険しい顔をしていた。

「(彼だけはアレクセイ閣下の良き手足になれたかもしれんのにな)」

こうして。ヒロミが事前にフレンへ警告していたお陰か。
フレンの最悪な未来は回避されたのだった。


************


夜。
ユーリは自室にまだ戻らず、
ラピードと酒場の裏側に面した上の場所から下を見下ろしていた。
そこには飲み過ぎた酒場の客が、酒場の裏で吐き戻していた。
それを心配そうに酒場の接客である、お姉さんが優しく背中を撫で介抱していた。

「うおっげえへぇぇ~~」
「ちょっと大丈夫?」
「俺ぁ死んだあいつの分まで飲むんだ…うおぇぇぇ。っち、飲み直しだぁ」
「もう帰りなさいよ」

そうして酒場のドアが閉まった。
どうやらギルドで死んだ仲間の分まで飲んでいたようである。
それをユーリとラピードは最後まで見ていた。「っくしゅ」とくしゃみをしたラピードを抱え込む。

「帰るか」

ユーリは夜空を見上げる。そこにはたくさんの星々が煌めきと。
街を守る結界魔導器の光が輝き、赤い一等星が、より一層の輝きを見せていた。



私はお風呂に入って、執務室にまだいるであろう隊長を訪ねる。

お風呂に入っている時。
天啓が来たように、雷に打たれたように野性の勘がピシャン!と落ちたのだ。
私は身体が震えそうになるのを何とか堪え。固い表情のままドアをノックする。

「隊長、私です。ヒロミです」
「おーう。入ってくれ」
「失礼します」
「なんだ。ユーリの次はおまえか。おまえも眠れないのか」
「……。」

私は黙って隊長の前にある椅子に座る。
何も言わない私を不審に思ったのか、顔を覗き込んでくる。

「? どうした?ヒロミ」
「っ…隊長…っ」

私は首の後ろを擦る。擦りながら自分でも分からない。涙が出てきた。

「分かりません…。お風呂に入ってたら、突然、隊長が気になって…!」

一度座ったはずなのに、また立ち上がって、隊長に縋りついた。

「居てもたってもいられなくて…!イヤな予感が消えてくれなくて!」
「ヒロミ」
「もしかしたら…隊長が!」
「ヒロミ!!」
「っっつ!」

隊長は私を引きはがさなかった。それは最大限の優しさだったんだと思う。
だが一騎士である以上、“その可能性”は誰でもあり得ることで。

「…正直おまえさんの勘はランバート以上だ。
だがな、それを恐れていては騎士は務まらねぇ。
ヒロミはどうして騎士を目指そうと思ったんだ?」

隊長の鋭い、けれど慈愛に満ちた瞳が射抜いてくる。

お義兄ちゃんが守ろうとした想いや人々か。
それとも、目の前にいる、不器用で、誰よりも騎士らしいこの背中か。

それに私はハッとなった。私はお義兄ちゃんみたいな、騎士になりたかった。
そう。誇りのある、分け隔てもなく、下町にも慕われていた、お義兄ちゃん。

「私は…お義兄ちゃんみたいに、誰かの笑顔の為の騎士になりたくて…」
「初心に戻れ。騎士は誰かを守るために命を捧げるものだ」
「隊長…私は…でも、隊長…」
「なにも、おまえの勘は100%じゃないだろ?オレはそれに賭けるさ。
おまえもいい歳だ、泣いてたらエルダ隊長に怒られるぞ」

「……はい。すみません、取り乱しました」

涙を拭い、私はようやく隊長の顔を正面から見据えた。

ランバート以上の勘。
自分でも恐ろしいと思うその「閃き」が、どうか今回だけは外れてほしい。
隊長の言う通り、私の勘が100%ではないことに、これほどまでに縋りたいと思った夜はなかった。

ぐすぐすと泣いていた私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた隊長。
そしてコップにブドウジュースを注いで渡してきた。

「ほら飲め」

落ち着かせようとしてくれたんだろう。

「ありがとうございます。…ん、美味しい」
「あ。悪ぃ。それ、さっきユーリが使ってたやつだわ」
「っ!?ごっほ!げほっ!か、間接…!」
「はっはっは!初々しいなぁ。真っ赤になった、おまえの顔は初めて見たなぁ」
「もう…出されたからには飲みますが」

そう言って最後まで飲み切って、机に置く。ユーリとまで間接キスしちゃった。

「明日は本番だ。おまえが後ろ向きにならないよう、オレも気を付けるさ」
「お願いします。隊長はシゾンタニアの街の、ナイレン隊みんなの支えなんですから」
「おう。肝に銘じとくよ」

結局は隊長に宥められてしまった。まだまだ子供だなあ私って。

「あ。それと、おまえの魔導器だが…」
「はい?お祖母ちゃんの形見がどうしました?」
「まだ誰にも言ってないだろうな?」
「はい。見せてませんし、誰にも言ってません。
これはお義兄ちゃんとの約束でもあるから」

前に隊長に1度、魔導器を見られた時に言われた事をまた言われた。
もちろん誰にも見せるつもりはない。裸を見られた時も咄嗟に隠したし。
ただの魔核にしては大きいだけじゃない気がする。

「もしもの時は…」
「はい?」
「いや、こっちの話だ」

隊長は何故か口籠って頭を掻く。何でもない、と言い。

「もう遅い。明日に響くぞ」
「分かりました。おやすみなさい隊長」

挨拶をし執務室を出る。

部屋を出る間際、最後に振り返った隊長の姿は、
窓から差し込む月光に照らされて、どこか透き通って見えた。

ドアを閉めた後、自分の心臓の音がうるさくて、私は自分の胸を強く押さえる。
予感は消えていない。でも。
明日、何が起こっても――受け入れるんじゃない。自分で切り開くんだ。運命を。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧