| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

『月と太陽と星』騎士時代編

作者:ラフィー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

騎士時代編(劇場版ルート)2


6

そして時はフレンとユーリが初陣を飾り終わった時に戻り。
やっとホッとできるかと思いきや。

初陣の喧騒が収まり、硝煙と土埃の匂いが鼻をつく。
張り詰めていた空気が緩み、ふっと肩の力を抜いた……その瞬間だった。

「ユーリ!!」

鼓膜を突き刺すような鋭い声。案の定、フレンが血相を変えてユーリに詰め寄る。

「何だよ、耳元で喚くな。戦いはもう終わっただろ」
「終わっていない! なぜ作戦通りに行動しなかった!?」
「結果、被害ゼロで勝った。それでいいじゃねえか」

鼻を鳴らすユーリに、フレンの額に青筋が浮かぶ。

生真面目なフレンにとって、ユーリの「結果オーライ」は、
規律を乱す何よりも許しがたい行為なのだ。

「勝手な行動で失敗したら、みんなが巻き添えを食うんだ!
君一人の命じゃないんだぞ!」

「いちいち、うるせぇんだよ。細けぇんだよ、おまえは!
堅苦しい教科書通りに戦場が動くと思ってんのか!?」

「いい加減なんだよ、ユーリは!!」

また始まった。この二人の言い合いは、配属されてから数えてもう何度目だろう。
私はこめかみを押さえ、深いため息を吐く。

「ちょっと二人とも、そのくらいに。抑えないと、隊長の『雷』が――」

落ちるぞ。
そう忠告しようとしたが、背後に立ち上がった巨大な影に気づくのが一秒遅かった。

――ガン! ゴン!!

鈍い衝撃音が二つ重なり、ユーリとフレンが「あぐっ……!」と悶絶して頭を抱え込む。
あーあ、痛そう。

「えーい! 勝利の余韻も台無しだ! うるせぇうるせぇ!
吠える元気があるなら、とっとと戦場(あと)片付けに行って来ぉい!!」

怒髪天を突く隊長の怒声に、二人は火が付いたように飛び上がった。

「……はい」
「……チッ」

不承不承ながらも、二人はそれぞれ歩き出す。だが、その背中はまだ火花を散らしている。

「おい、おまえのせいで殴られたじゃんか! たんこぶできたらどうしてくれんだ!」
「自業自得だ! もともとユーリが勝手をしたせいだろ!」
「「うるさぁぁぁい!!」」

ついに、後ろで控えていた双子までが限界を迎え、声を揃えて怒鳴り散らした。
初陣の疲れも吹き飛ぶような騒がしさに、私は「先が思いやられる」と天を仰ぐしかなかった。
はぁ。まったく。懲りないのか、あの2人は。

隊長はキセルと取り出し、魔導器で火を点ける。
私はふと気配を感じて、そちらを向く。

「あ。ユルギス」
「隊長、ヒロミ」

副官のユルギスが指先で奥へと示す。私は頷いて隊長とユルギスと一緒に奥へと向かう。
すると向かった先で、ランバートが鋭い唸り声と眼光で先を見据えていた。
辿り着いた先は、草木が全部枯れ果てて、落ち葉が散り積もっていた。

(…これは。辺り一帯に…)

私の野性の勘が動く。首の後ろがチリチリとする。私は首の後ろを手で撫で擦る。

「ヒロミの勘がえらく動いているみたいだな」
「うん…。これ普通じゃないよ、ユルギス」

ユルギスに言われ私は頷いた。それはランバートも感じているようで。
ナイレン隊は、ランバートと私の野生の勘で、見えない“何か”を感じ取り、逸早く察する。

「…ランバート」

隊長は唸るランバートの傍に寄り、跪いてランバートの背に手を置く。
そして、地面の落ち葉を拾い上げる。

「ずいぶんと紅葉が街に近づいてますね」
「うぅむ」

隊長は同意し、立ち上がり、奥を見据える。黄緑の粒子がふわふわと空中に舞っている。

「エアル…」
「そうだ…この感じ。エアルだ。首がひりつく感じ。眼に見えるなんて。濃度が上がってる…?」
「ヒロミとランバートで答えが近付いたな。今夜は一旦、撤収するぞ」
「承知いたしました」
「かしこまりました」

隊長の言葉に、私とユルギスは頷く。
気になるけど、焦ってはダメだ。今夜は答えが近付いただけでも収穫だ。



7

街の崖下にある、ナイレン隊が駐屯する屋敷。

そこで隊長を始め、私たちナイレン隊のメンバーや、それに属する人たちが住んでいる。
どうやら部屋は相部屋らしく、ユーリはフレンと。ヒスカはシャスティルと。
女子が3人しかいないので、私は都合上、一人部屋を使う事となった。
後から来て、なんか申し訳ない気分だ。

その日も、私は朝早く起きて、双子の部屋を訪ねる。
双子と弟子たちが見回りに出る時は私もなるべく一緒に行くようにしてる。
これも隊長の命令だ。双子でもカバーできない時、私がフォローに回れだってさ。
私は双子部屋のドアをノックする。

「ヒスカ。シャス。おはよう。そろそろ行こう」

すると双子はもう用意が終わってるみたいで、すぐドアを開けて出てきた。

「おはよー、ヒロミ。相変わらず朝早いね」
「おはよう、ヒロミ。今日もよろしくね」
「おはよう2人とも。ええ。見回り頑張りましょう」

そうして女子3人でユーリとフレンの部屋に来たのだが…。


ユーリとフレンの部屋にて。
早速、その日も朝から2人の様子、性格が顕著に表れているようである。

フレンは早起きして、乱れたベッドシーツなどをしっかり直し、
別のところでビシッと着替え、襟元と籠手具合を正している。
部屋に戻りドアを開ければ。フレンの足元、床には水零しが点々と。
これにフレンは性格が災いし、イラッとユーリを見つめる。

対してユーリは遅れて起きるが、ベッドは乱れたまま。
ベッドの隣は物が山と積み上がり、未だ着替えず窓際の椅子に腰かけている。
机の上にある器に盛られたグミを手に取り口に放り、もぐもぐ頬張りながら外を見ている。

「いつまで、そんな恰好をしているんだ」
「ちょっとくらい大丈夫だよ。細かいなぁ。おまえは」

そう言いユーリは手にあるグミをまた口に放り込む。

「それと床!」
「いちいち、うるせぇなぁ」

うんざり、という風にユーリは辟易とする。

「あー。そうだなオレ、おまえと赴任先が同じ、部屋も同じ。嫌がらせだぜ、きっと」
「それは、こっちの台詞だ!何度も言うが、なんで君が騎士団に…!」


そう。ユーリとフレンの部屋に来たのはいいのだが…。

「入るわよ?」

ヒスカがノックもなく、いきなりドアを開ける。
ちょっ!仮にも男子の部屋をノックも無しに入るとは。さすが指導係。

「何やってるのよ。時間でしょ!」
「すみません…」

本当に、部屋の乱れは心の乱れ…というか、ユーリの性格そのものね。
脱ぎっぱなしの服、読みかけの本、転がったままの小物――。
これじゃ、騎士団の規律を絵に描いたようなフレンとは正反対。

ユーリ、まだ着替えてないの? 集合時間はとうに過ぎてるわよ。
時間にルーズなのもいい加減にしなさいな。

フレンも大変そう。正義感の強さと同じくらい、ため息の数も増えてるんじゃない?
貴方のその「なんとかなるさ」っていうマイペースさに振り回されて、
フレン、いつか本当に頭を抱え込んじゃうわよ。

「急げー」
「ユーリ、早く早く」

シャスティルと私で急かす。
もう~。見てごらんなさいよ、パン屋の煙突からはもう煙が上がってるし。
市場には荷馬車がどんどん運び込まれてる。

街がこうして「おはよう」って動き出している時に、
私たち騎士がまだ夢の中にいるなんて許されないわ。

私たちの仕事は、ただ剣を振るうことじゃないのよ、ユーリ。
街の皆が安心して一日を始められるように、その背中を朝一番の光と一緒に見守ること。
…ね?そう考えたら、なんだか背筋が伸びてくるでしょ?
シャスティルをこれ以上待たせたら、彼女の「真面目モード」な説教がもっと長くなっちゃうんだから!


5人でシゾンタニア内を見回りする。ここに来て1ヵ月、街並みには活気がない。
店だったり、家だったり、出入りできるところに鉄格子がされてるところもあり。
軒並み、やはりエアルの異常や魔物のせいで、人々が少なくなってきているのだろう。

「たった一月(ひとつき)で、こんなに寂れるなんて」
「魔物が出たせいで商売あがったりね」

すると前から、副官のユルギスとメンバーのエルヴィン、軍犬ランバートが歩いてくる。

「遅ぇーよ」
「クリスを残してるから引き継ぎを頼む」
「「はい」」
「ユーリ。昨日みたいに一人で突っ走んなよ」

と、エルヴィンの言葉にユーリは不満そうだ。
互いに擦れ違い、エルヴィンたちが去ろうという時にユーリがすかざず後を追おうとする。

「てめっ!待てこら!」

それを私たち全員でユーリを抑えに掛かり、ユーリは足をブンブンと空中を蹴る。
もう。ユーリったら沸点低いわよ。

「あんたねえ、いちいち問題 起こすのやめてくれる?」
「ユーリは人気者ですから」
「うるせ!お前の嫌味は聞き飽きた」

するとユーリの足元にラピートが来て、彼にスリスリと懐いてくる。可愛い。
だけどユーリは溜息を吐いて鬱陶しそうに足でどける。ラピートはめげずに擦り寄ってくる。

「はぁ。こいつ邪魔だな」
「ラピートの世話係なんだからいいじゃん」

唐突にユーリがヒスカに言う。

「な、魔術、見せてくれよ」
「はあ?今、必要ないでしょ?」
「昨日、ヒロミに押し付けられて見えなかったんだよ」

そこを、おっぱいと言わないあたり、ヒスカの沸点を分かってるわね、ユーリ。

「新米じゃあ支給してくんねえし」
「あんたは一生無理かもよ」

ヒスカがズバッと切って捨てた。

一方、フレンとシャスティル組。シャスティルはボタンを押しながら扉を閉めている。
上から木の扉が下りてきている。

「フレンはコネ使えば早いかもよ。お父様、騎士だったんでしょ」
「実力で手に入れますよ」
「ふふっ」

そっか。フレンのお父様も騎士だったんだ。私のお義兄ちゃんみたいに。
でもフレンはなんだか複雑そう。
私の勘だと、フレンは父に対して何か―そう、憎しみに近い感情があるような…?
あまり、この話題はフレンには避けた方が良さそうね。フレンには笑顔でいてもらいたいもの。

「勉強のために見せてくれよ」
「まずはその口の利き方を直しなさいよ」
「見・せ・て・く・れ・よ」

ユーリが直立不動で言うが。全然、敬語じゃない。ほらヒスカが怒る。

「バカにしてんの!?」

5人で外に出ると、ヒスカが魔導器を使い空中へ攻撃魔術を使う。
…が。ひゅるるる、とひとつの光は緩いブレとなって空中でパンッと弾くだけで終わった。

「しょぼっ!レベル低っ」
「あたしらは回復と防御系が得意なの!」
「はは…」

ユーリの微妙な顔に、ヒスカはムッとする。

「シャスティル!」

ヒスカが姉を呼ぶと、シャスティルはヒスカの隣に歩み寄る。
シャスティルはヒスカの魔導器の魔核に手を添えてから、手首に手を置く。
するとヒスカの魔導器の魔核から緑の光が灯る。双子の目線は空中にある緑のブレだ。

「いい?魔導器ってのは、こういう使い方もできるのよ」

双子から淡い光が発光し、魔導器を空中に向けると、魔導器から光が迸る。
緑光が勢いよく照射し、空中のブレに当たると、さらに大きな音ともに緑光が淡く爆散する。
これは防御系を応用した、攻撃魔術なんだよね。すごいよ。

「おおー」

パチパチと拍手するユーリだが。すぐに私の方に振り返る。

「な。ヒロミのも見せてくれよ。魔術、使えんだろ?」
「え?」
「ほら。“あの時”爆発音が聞こえたから魔物に襲われて撃退したんだろ?剣なかったぜ」
「ああ。“あの時”ね」
「ごちそーさん♪」
「ユーリ!!!」

ニヤリと笑うユーリと、顔を真っ赤にして怒鳴るフレンに。

「へぇ。忘れてって言ったよね。…ユーリ、フレン。
丸焼き、水に溺れる、風に切り裂かれる、土での圧死、
光に貫かれる、闇で塵になる、どれがお好み?」

「「!?」」

私の笑顔の圧と、お仕置きのラインナップに目を見開く。

「ヒロミは俊足の他に魔術のエキスパートでもあるの。
全属性、回復、防御攻撃アップ補助も使えるのよ」

「あんたたち、ヒロミに何したの?」

双子のジト目にも、ユーリとフレンは首を横にぶんぶんと振る。
うふ。と笑い、私は手からブン、と三つの光弾を生み出す。それに皆は目を見開く。

「詠唱破棄、デルタレイ」

そのまま手を上に掲げ、三つの光弾はそれぞれ踊り狂い、やがて空中で爆散した。
白光の煌めきが空中でキラキラと輝く。綺麗な光だが、これも立派な下位の魔術だ。

「ふぇ~久々に見た。ヒロミの魔術」
「詠唱破棄してるから、威力ないけどね」
「それでも、あれだけの威力すごい。初めて見たよ光魔術」
「オレもだ。きれいだなぁ」
「当たったら火傷するわよ。痛いわよー?ユーリ、フレン、試してみる?」
「「滅相もないっ!」」

また2人して首を横で振る。ふふ、息ぴったり。なら早く忘れてちょうだい。

「何やってんだ、危ねえな」

げっ!隊長の声が聞こえた。戻ってきたんだ。あちゃー怒られる。
隊長とランバートが歩み寄り、私たちの数メートル先で止まる。

「う!隊長。どうした、んですか…」
「森の様子を見てきた。固まってないで巡回行って来ぉい!」
「「はい…」」
「はぁーい」

ラピートは父のランバートに駆け寄る。お帰りって言ってるのかな。可愛い。

隊長とランバート、私たち5人は街に出る。
すると早速、隊長さんの話し掛ける男性がいた。

「ああ。隊長さん、これ持ってって。
森で狩りができないから、大したもん出来ないけどね」

街人の男性は隊長に水色の包み(お弁当かな?)を渡した。
ランバートは、それ何?と顔を上げて包みの匂いを鼻でクンクンしている。

「すまんな。なるべく早く森へ行けるようにすっから」

ユーリとフレンは、隊長と街人が話す姿にポカンとしているようだ。
ナイレン隊長は私が赴任してきた時から、こういう人だよ?
お義兄ちゃんみたいに、フレンドリーで市井に寄り添った騎士様だもん。
隊長は私たちに振り返った。

「ガリスタんとこ行ってくる。後を頼んだぞ」

ガリスタ軍師ねえ…。
あの人、会った時から生理的に受け付けないというか…。
私の勘だと、危険な臭いがするような気が…。その事、隊長に言ったら叱られたっけ。
まだ赴任してからすぐだったし、隊長も私の勘を信じるまでは信頼が足りなかった。
でも、思ったよりガリスタ軍師は何もしてないというか。この1年以上、怪しい動きがない。

(…やっぱり私の勘違いか?でもなぁ…なんか引っ掛かるというか)

はぁ。と心で溜息を吐いていたら。
後を頼んだぞ、の隊長の言葉にフレンは返事をし。ユーリは呼び止める。

「はい」
「ああ。隊長っ。ラピート連れてってくれよ。邪魔なんだよぉ」

心底、困ったようなユーリの言葉に、隊長は察したのか。視線を下に向ける。

「ランバート」

ラピートの父であるランバートに呼びかける。
ランバートはこっちに来てラピートの首根っこを銜えると隊長の方へと行ってしまった。

「じゃあな」
「ああ」

隊長は街の男性と別れ、ランバートともに行ってしまう。

「隊長~。頼まれてたやつ出来たよ~!」

すると今度は家の上の窓から、街のおばさんが下にいる隊長へと声をかける。

「おう。投げてくれ」

おばさんは紙袋を隊長に投げて渡した。隊長、ナイスキャッチ。

「あんがとな」

街の人とナイレン隊長の姿に、意外そうに見つめている新米2人。

「仲良くやってんな。帝都にいる騎士団じゃ考えられねえ」

すると、さっき隊長と話していた街の男性が説明してくれた。

「小さい街だからねえ。協力しないとやってけないのさ。
ま、あの人が騎士団の隊長っぽくないのがあるけどね」

「早く森に行けるように、なんて安請け合いし過ぎです」

フレン…。彼の性格からしたら、慎重さが足りないと言いたいんだろう。
それが彼の美徳なんだろうけど。フレンはひとり、さっさと行っちゃった。
残された私たちは微妙な空気になる。

「もう。フレンったら…」



屋敷にある書庫でガリスタは書き物をしていた。
そこにノックも無しにバンッとドアを開けるナイレン。

「ガリスター!」

中にずかずかと入ってきたナイレンにもガリスタは嫌な顔を見せずに迎えた。

「フェドロック隊長」
「おう。ガリスタ」
「書庫ではお静かにお願いしますよ」
「ちょっとオメエの考えを聞きてえ」

ナイレンはガリスタを巻き込み書庫の奥へと入って行く。

奥の応接場にあるソファと椅子にそれぞれ腰掛け、
ガリスタはナイレンにお茶を淹れる。

「例の森の魔物は大半退治できたようですね」
「おまえの作戦のお陰だ」

ナイレンは淹れてもらったお茶を受け取る。

「で、な。あの森、エアルが異常な量を発生してたぞ。動物も植物もえらいことになっている」
「急激に魔物が増えたのはエアルの影響と?時季外れの紅葉もですか」

ナイレンはお茶を一口飲む。

「作戦に使った魔導器も発動がずれやがった」
「魔導器が影響受けるほどエアルが噴出しているということですか」
「そっちを止めねえと、いくら魔物を退治しても意味がねえ」
「どこから来てるんでしょうね」
「川の上流に遺跡があんだろ。紅葉が川沿いに進んでんだから。あそこに何かあんのかな」
「エアルが噴出する、何かが、ということですね。例えば、何かの魔導器とか」

ナイレンはガリスタを黙して見ている。とりあえずはガリスタの答えを聞きたいのだろう。

「ですが、あの場所は打ち捨てられていて何もないはずです」
「すぐに調査しねえとな」

するとガリスタが徐に話題を変えて、
机にあった紙(印付き)を挟んだ小さなファイルを差し出す。

「帝都から命令書が来ています。3日後の人魔戦争終結10周年の式典に参列せよと」

ナイレンはガリスタから命令書を受け取り、うーん、とジッと見る。

「オレたちの仕事は畏まって整列する事じゃねえだろ」

と言い。アルミのファイルを閉じてしまう。

「本部にそう言えれば苦労はしません」

ガリスタはナイレンがそう言うのを解っていたようで。
顔は別段不快そうでもない。ナイレンはキセルを取り出し、銜える。

「参加するのでしたらすぐにでも出発しないと」
「あのさ。誰かエアルや魔導器に詳しいヤツを知らねえか?」
「確か、リタ・モルディオという魔導器研究家の施設がこの近くにありますが」
「場所を教えてくれ」
「行かれるのですか?式典は?」
「代理を送る」

そう言ってナイレンはソファから立ち上がり、歩き出す。

「ですが、アレクセイ閣下は」

ガリスタも椅子から立ち、ナイレンを振り返る。
ナイレンは一度立ち止まり、ガリスタを振り返る。キセルを銜えたまま言う。

「こっちの方が重要だ。そう判断する」

ナイレンの決断にガリスタは大きな溜息を吐く。

「はぁ。わかりました。ですが一つ問題が」
「ん?」
「モルディオは少々気難しい性格でして。手土産の一つでもあった方が」

ガリスタのアドバイスを受けたナイレンだった。



8

やっと夜になり。見回りが済んだ私たちは、別の仲間と交替して自由時間となる。

「やっと交代ね」
「最近、緊張続きで疲れるわ」
「仕方ないわね」

いきなりシャスティルが立ち止まった。
勢い余った私、ユーリまでがドミノ倒しのように次々と背中にのしかかる。

「っ……。どしたの、シャス? 急に止まったら危ないよ」
「おい、何やってんだ、前が詰まってんぞ」

私とユーリが不満げに声を上げると、シャスティルは無言のまま、すいっと指を上に向けた。

つられて全員で空を仰ぐ。
そこには、使い古された木製の看板――交差するナイフとフォークが。

「……後で来ようよ、あそこ」

シャスティルの提案に、お腹の虫が鳴りそうになった。
けれどフレンだけは看板を一瞥しただけで、すぐに硬い石畳を踏みしめて歩き出す。

「僕は遠慮します。先を急ぐべきでしょう」

冷淡な声。突き放すような背中。え、行かないの?
せっかくの休憩だし、みんなで温かいものを食べた方が絶対に美味しいのに。

「ちょっと、付き合いなさいよ!」
「ほんと、可愛くないわね。あんた出世しないタイプよ、それ」

双子の野次もどこ吹く風。フレンの歩みは止まらない。
私はその頑固な後ろ姿に向けて、精一杯の声を張り上げた。

「もぅ、フレーン! 私、待ってるからね!一人になっても、ずっと待ってるからー!」

その瞬間。
遠ざかろうとしていた彼の両肩が、目に見えてピクリと跳ねた。足音が止まる。
彼は振り返りこそしないものの。
明らかに「……チッ」という舌打ちが聞こえてきそうなほど、
首筋までわずかに赤く染まっているのが見えた。

「……あ。これは来そうね」

シャスティルが確信したように呟き、隣でユーリが呆れたように鼻を鳴らす。

「ヒロミ、ナイス。
…ったく、あいつヒロミの言うことだけは、石に刻まれた命令みたいに聞くのな。
完全に『ヒロミのワンコ』だぜ。鎖が見えるもん、オレには」

ユーリが呆れたように鼻で笑う。前にも言ってたっけ、ワンコって。
ユーリの皮肉たっぷりの言葉に、私は苦笑いする。
「ワンコ」か……いつか言っていた冗談が、今は妙に説得力を持って響いていた。

それから一端 駐屯地に戻って身なりを整えてから待ち合わせ場所へ。
待っていた私のもとに、案の定、不機嫌そうなユーリと一緒に、
さっき「遠慮する」と言い切ったはずのフレンが並んで歩いてきた。

「フレン、待ってたよ! 来てくれて、ありがと」

私が駆け寄って笑顔を向けると、
彼は少し決まり悪そうに視線を泳がせた後、
まるで最初から来るつもりだったかのような優しい微笑みを浮かべた。

「……いや。ヒロミがそうまで言ってくれるなら、無碍にはできないよ」
「鮮やかな掌返しだなオイ。さっきの冷徹エリートはどこ行ったんだよ」
「何か言ったか、ユーリ(威圧)」
「けっ。何でもねーよ。……あー、お熱いこった」

そんな二人のやり取りを後ろで見ていた双子が、顔を見合わせてヒソヒソと囁き合う。

「(さすがヒロミよね。完全なる初恋マジック。あのフレンを秒で落とすんだから)」
「(いやいやシャス、あれはもう『初恋』じゃなくて、現在進行形で恋しちゃってますから)」
「? どうしたのヒスカ、シャス?」

私が振り返ると、二人は同時に「ううん、なんでもなーい!」と声を揃えて笑った。
なんだか変な双子。でも、フレンが来てくれて本当に嬉しい。楽しいランチになるといいな。

さて。5人で酒場に入ると、中は厳つい人や強面の人が結構いて賑わっている。

「やだ。ギルドの人がいるわ」
「タイミング悪ぅー」

双子がげんなりとした顔になる。

「何だよギルドの人って」

「帝都の下町にもいたでしょ?自警団気取りで金儲け主義の連中よ。
ユニオンて組織母体があるのよ。
ドン・ホワイトホースってのがボスの名前。とにかくガラが悪いの」

「ふぅ~ん?」

ユーリがなんか悪い顔というか企んでそうな顔で中に入って行く。ラピートもついてく。
ちょ、ちょっとユーリ? やな予感すんだけど…何もやらかさないでよね?
ここには、ご飯を食べに来たんだから。ヒスカが慌てて付いていった。

「ちょっと、ユーリ!」

ヒスカが小声で窘めるも。

「でな、街を抜けて森の向こうの街まで行きてえって言うからよぉ、
とりあえず前金で全部よこしなっつったんだよ」
「「へっへっへ」」」

ガラの悪い連中が、ガラの悪いこと喋ってる…やだなぁ。
こんな人との隣じゃ御飯も美味しくない。
ユーリは既に席に着いて、ガラの悪い連中の話に耳を傾けている。
そこにヒスカがユーリの真向いに座り、また小声で窘める。

「やめてよね」

そこに美人(黒髪ショート)の店員のお姉さんがきて、人数分のグレープジュースを持ってきた。
ユーリとフレンと私はまだ未成年だものね。人数分ってことは双子も未成年だったんだ。意外だ。

「いらっしゃい」
「マーボーカレー2つね」

あ。マーボーカレーが好きなんだ。ユーリ。

「あとミルクちょうだい」

下にいるラピードに視線をやるユーリ。相変わらずラピード可愛いわね。
店員さんに向かって、俺はここだって「ワン」と鳴くラピード。
店員さんはしゃがんで、ラピードの顎を撫でる。いいなあ~私も撫でたい。

「あら可愛い~。この仔も団員さん?」
「まだ登録されていないよ」
「ちょっと待っててね~」

と、店員さんは立ち上がって注文を厨房へと伝えに行く。
その間にもガラの悪い連中の話は続いていて。
ユーリの耳に不快な雑音となっていく。

「んで、面倒臭くなってよお、森を抜けたところで、そのじいさんを置いてきちまったよ」
「いけねえな。きちんと街まで護衛しねえとな」
「「「でぇーははははは!!!」」」

どうやらガラの悪い連中は、
クライアントから金を巻き上げるだけ巻き上げて放り出してきたようだ。
私はシャスティルとフレンの隣にいたが、彼らの不快な声はここまで聞こえてきてイラッとした。
すると下卑た笑い声に逆らうような、凛とした声がおっ被さる。

「いい加減な仕事で金巻き上げて飲んだくれるとはぁいい身分だなぁ」

やっぱりユーリだった。
彼は弱い立場の人や子供には、すごく優しくて守る心が。正義心が強いんだ。
これはユーリの虎の尾を踏んだんでしょうね。さすがに下卑た笑い声も止んだ。
ガラの悪い連中は沸点が低いらしく、すぐユーリの方を向く。
ヒスカは「ああ、もう」と項垂れる。

当の本人、ユーリは我関せずでグレープジュースを静かに飲んでいる。
…その奥には、様子を伺っている、厳つくて髭もじゃの強面が。誰だろう?

私は視線をユーリたちに戻すと。
いつの間にかガラの悪い連中がユーリたちの席に来た。
ひとりがヒスカの隣に腰かけ、ヒスカは「ひえっ」となる。
ユーリは静かな眼差しで見つめるだけ。いや、冷めた眼差しだわ。

「いよぉ、元気いいな。騎士さんよぉ」

ヒスカは慌てるが、しかし冷静に自分の分の飲み物が入ったコップを持って、
私たちシャスティルとフレン、私の方に来る。ふふ、避難してきて正解よ。
このまま行くと恐らく…勃発するわね。ま、いつものパターンよ。
ガラの悪い連中の一人が、ユーリに顔を近づけて言う。

「目ぇ見て、もういっぺん言ってみな!」
「チンピラのリアクションはどこも一緒だな」
「あ”ー?」
「近ぇーよ。そっちの気はねぇーぜ」
「てめぇー!!」

ついに詰め寄ったチンピラが椅子をひっくり返して立ち上がった。
だがユーリは冷静に殴られそうになった手を避けて、
すぐに飲んでいたコップの中身をぶっかける。

コップは吹っ飛び割れる。あーあ。ユーリも店の備品を壊すなんて。後で隊長に大目玉よ。

チンピラは、机をどかしてユーリに掴みに掛かるが、
ユーリは座っていた椅子を使って、うまく往なす。チンピラが壁に吹っ飛ぶ。

其処から始まったチンピラ3人との乱闘に、私は溜息を吐いた。
3人をのした後、奥からもガラの悪い連中がわらわらと。ユーリは「へっ」と両手で自信満々。
いくら喧嘩慣れしてるからって、暴れ過ぎると…これ、どう報告すんのよ…。

私はフレンの隣で彼と同じグレープジュースを飲んでたけど、ハラハラとしている。
避難してきたヒスカも、私の隣いるシャスティルも迷惑そう。
フレンだけは我関せずだ。ヒスカは困ってフレンに助けを求めるが知らん顔。

「フレン、止めてよぉ」
「ユーリが勝手に始めた事じゃないですか」

…あ。さっきのチンピラがっ。危ないフレン!

「僕には関係な――「フレンっ!んぐっ」

「「ヒロミっ!!?」」

私は身体が勝手に動いて、フレンを庇ったのはいいが、フレンごと倒れてしまった。
い、痛ったあ~!殴られた衝撃で頭がくらくらしてる。なんて馬鹿力なのよ。
幸い鼻血は出てないけど、絶対、頬が腫れてるかもしれない。

「ヒロミ!? 大丈夫か! しっかりしてくれ!」

耳元で、これまでに聞いたこともないようなフレンの焦燥した声が響く。
視界が火花を散らしたようにチカチカして、頬には焼けるような熱さが居座っている。

「…ん…。だい、じょうぶ。ちょっと、びっくりしただけ……」

強がって笑おうとしたけれど、引き攣った頬が痛んで顔が歪む。
それを見た瞬間、私を支えていたフレンの手が、ピクリと震えた。

「へっ。女に庇われるとは情けねえな。すかしてんじゃねえぞ、色白の優等生さんよぉ」

下卑た笑い声が降ってくる。その瞬間。

「…………関係ない、と言っただろ」

フレンの声から、一切の温度が消えた。
立ち上がった彼の背中から、どろりと重苦しい殺気が溢れ出し、周囲の空気が一気に凍り付く。
今は何も言わずに、ただ静かに一歩を踏み出した。

「おい、なんだよその目は……。やるってのかよ!」

たじろぐチンピラ。無理もない。今のフレンの瞳には、慈悲なんて欠片も残っていない。
法を守る騎士の顔じゃない。大切なものを傷つけられた、一人の男の「復讐者」の顔だ。

「よくも……ヒロミに、その汚い手を出したな……!!」
「ちょっ、フレン! 待って! 死んじゃう、相手が死んじゃうから!!」

慌てて止めようとしたけれど、もう遅い。
フレンの拳が凄まじい風切り音を立てて相手を吹っ飛ばす。

……えええええ。嘘でしょ。

フレンってキレると、ユーリよりも容赦がない上に、
効率的に相手を「詰む」まで追い込むタイプなの!?
普段が温厚な分、キレた時の「魔王様」っぷりに、殴られた痛みも忘れて私は戦慄した。

瓶に足を取られて転びかけた所をユーリは羽交い絞めされ、その美貌をボカスカ殴られる。
しかし羽交い絞めしていた奴は後ろからフレンの強烈な一撃で沈んだ。
フレン、なんて馬鹿力だ。

「なんだてめぇ!」

うわ。フレンの眼がキレてる。これはもう誰にも手が付けられない…。

「ぬううう!」
「あ。おい!」

フレンまで乱闘になり、辺りは割れた食器やら瓶やら。ラピードはうまく躱して吠えている。
目の前に磨かれてきれいになってるカトラリーのスプーンが光って飛んでくる。
ラピードはそれに目を奪われる。光ものが好きみたいね。
双子はもう我関せず、後は知らんって感じでシンクロしてマーボーカレーを食べている。

「ヒスカ、シャス、あれ…いいの?止めなくて」
「「放って置きなさい」」
「そうだけど…」

あーあ。指導役を放棄しちゃって。
かく言う私も、あんだけの暴れっぷりに首を突っ込めない。
特にフレン。もはや暴走魔導器さながらの嵐である。

「それよりヒロミ。頬、見せて」
「え、あ…」
「ひどい腫れてるじゃない。なにも庇うことなかったのに」
「ごめん。だって好きな人が殴られそうになったら、つい…ね」
「そっか。身体が勝手に動いちゃう、か。すぐ治すね」
「ありがとう。痛いの引いてきたよ。男子って元気だよねえ」
「はぁ。まったく。2人とも」

シャスティルが溜息を吐いたとき。
フレンを殴ろうとしたチンピラが、ついにナイフを出してきた。
これは…!まずい。刃傷沙汰になると報告するにも何かしら罰が厳しくなる。
私はフレンとユーリを止めようと席を立った時。

「そこまでだ」

野太い声が響き、チンピラは反射的に怯えた。誰だ?
ユーリたちの前に歩いてきたのは、さっきまで様子を伺っていた強面の髭もじゃの男。
かなりガタイがでかい。

「こんなところで剣抜くやつがあるか」

ナイフを抜いたチンピラは強面に睨まれて、慌てて後ろへとやる。

「で、でもよぉ…」

言い訳するが、強面髭もじゃの眼差しは一睨みで相手を委縮させる。

「すいやせん…」

チンピラはスススと後ろに下がる。強面の髭もじゃ男はユーリの前まで歩いてきた。
さっきまで絡んでいたチンピラたちは揃って震えあがっている。
ユーリと髭もじゃ男は静かに相対していた。しかし髭もじゃ男は二ッと笑った。

「ふん。いい度胸だ。帝国の犬にしとくにゃもったいねえ。
メルゾム・ケイダだ。この街のギルドを仕切っている」

へえ。ギルドの人だったんだ。厳つくて強面なのも分かるわ。

「ユーリ。ユーリ・ローウェルだ」

「最近めっきり仕事が減っちまってな。イラついちまってた。仕事はきっちりやらせるからよぉ」

隣にいたチンピラ集団は震えながらも、うんうんと首を縦に振る。

「今回のことは俺に免じて手打ちにしてくれんか」

そう言ってメルゾムがユーリに頭を下げた。

「いいぜ。おっさん」

私たちは双子と店員さんで後片付けをしながらも、ユーリたちに耳を澄ませていた。

「それにしても最近の魔物は普通じゃねえよな」
「まあな」
「前は結界のある街の近くになんか寄り付かなくなった」

ユーリはマーボーカレーを食べながらメルゾムの話を聞いていた。

「ナイレンの野郎は何してる」
「ナイレン?ああ。隊長か。随分馴れ馴れしく呼ぶな」
「まあ、詰まんねえ話よ」

私たちは片づけを終わらせ、席で4人座りながら話に聞き耳を立てていた。

「あんたら昨日、森で大掛かりな魔物退治をやったな」
「ああ」

もぐもぐとカレーを噛んで飲み込んでから、次を運ぶ。

「森も季節外れの紅葉だ、何か関係ありそうだな」
「わかんねえ。でも隊長はそう思ってるみたいだが。軍師と相談してるよ」

っ…!この人、ユーリから情報を引き出そうと近付いたのね。
私は瞬時にユーリしがみ付く。他の四人もユーリを首やら両腕やら締め上げる。

「っ!」
「何余計なこと喋ってるの」
「バカっ!」
「帰るぞ!」
「出るわよ!ユーリ」
「ててて!まだ食い終わってねえって!
おい放せって!痛いってんだよ!んんっ、戻る!戻る!」

引っ張って引き摺って店から連れ出す。
ラピード、そのスプーン店から貰ったの?勝手に持ってきちゃダメだからね?
しかし思うのは、あのメルゾムって人の目つき。やはり只者じゃないわね。


ヒロミたちが行った後、メルゾムは酒場にいた、レイヴンという人物に呼びかける。
レイヴンと呼ばれた人物は、メルゾムを振り返る。ひっくとかなり酔っている。
髪をアップにして紫の羽織を着ている、30代前半くらいの男である。
メルゾムは顎でしゃくる。

「てめぇの仕事だ」



ところ変わって、私たち5人は屋敷に帰ってきて。
ユーリとフレンの治療をしていた。

ヒスカはユーリに。
シャスティルと私がフレンに。

ユーリは喧嘩を吹っ掛けた罰で、治癒術ではなく、普通の薬での治療になった。
対してフレンは好待遇というか、私とシャスティルで治癒術で治していた。

「何だよ、向こうは治癒術、使ってんじゃん!差別すんなよ」
「うっせい」
「うひゃあはああああっ!」

スプレーがよっぽど沁みるのか、ユーリが悲鳴を上げる。

「痛かったら反省しなさい」
「っ、おまえ冷てぇぞ」
「お前じゃない、あんたより年上だぞ!」

ユーリとヒスカは相変わらずのようだ。

反対にシャスティルとフレンはいいコンビのようだ。
シャスティルはフレンの腕にペタペタとガーゼを貼っていく。

「フレンには少しは同情するわ。途中までだけどね」
「はぁ」

私もフレンに治癒術を使っていたけど彼の後頭部にタンコブが出来ているのに気づいた。

「あ。フレン、ちょっとごめんね」
「え?ちょ、ヒロミ!?」

フレンの頭を抱き締める形で、ちょっと下に向いてもらった。
ちょうど胸に埋もれる形になるが仕方ない。ケガを治す方が最優先だ。
やっぱり。大きなコブだ。痛そう…ファーストエイド、っと。

「あんっ、ちょっと動かないでフレン。まだ腫れが引いてないわよ」
「~~~~っ(///)」
「(あ。フレン顔が真っ赤。ラッキーねぇ)」

対してユーリとヒスカは。
ユーリは貼ってもらった所をふぅふぅと息を吹きかけている。

「だいたい、なんであんたにたみいなのが騎士団なんかに入ったのよ」
「別に。他にやることねぇし。給料だけはいいし。それにオレ強いもん」
「はっ」

ヒスカはバカにするように鼻で笑った。
フレンの治癒術も終わり、私はシャスティル傍に座る。
フレンはまくった袖を直す。なんかユーリの言葉で不貞腐れている。

「つまりは。大した目的もなくフラフラしてて力を持て余してたってことです」

ユーリに向かって、指をビシッと指すフレン。

「うるせー!」
「昔のまんま、何も成長してません」
「おまえもな、陰険な性格そのまんまじゃん」

ユーリもフレンに向かって指をビシッと指す。ヒスカがユーリとフレンを交互に見て。

「幼馴染?」
「単に帝都の下町で一緒に育ったってだけです!」
「お前が引っ越した時は清々したよ」
「採用試験でユーリを見た時は目を疑いましたよ!何でここに」

双子からお菓子を渡された。いいの?双子は頷いた。

「まあ。おまえの親父さんの影響があるかもなあ。
いい親父さんだったよなあ。オレ、両親いなかったから、ちょっと羨ましくってさ」

「父の話はよせ」

あ。やっぱり。フレン苦しそう。私の勘が当たっちゃった…。
ユーリもビックリしてる。が、すぐに元に戻る。

そんな時にエルヴィンが私たちに伝えに来た。

「そこの5人、それ終わったら隊長の部屋へ行け。カンカンだぜ~」

エルヴィンが最後に揶揄うようにニヤリとしていってしまった。
ああー…やっぱり報告がいったか。こってり絞られるんだろうか。

「なんでだよ!何も悪い事してねえだろ!」

「あんたねえ!ここは騎士団なのよ!
規律ってのがあんの!ああもう!あんたらへの監督能力が問われるぅ!!」

フレンはユーリを睨み、シャスティルは力なくがっくりとソファに沈み込み、
ヒスカはひたすら頭を抱え、私は大きな溜息を吐いた。
私も隊長からフォローしてんのか、って怒られそうだなぁ。

で。私たち5人が隊長の部屋に行ったところで。隊長の大欠伸で出迎えられた。

「酒場で乱闘なんてベタな事しやがって」

5人並んでるが、ユーリだけムスッとしてそっぽを向いている。

「すみません…」

フレンは謝る。

「街の外は面倒臭ぇことになってんだ。街の中で面倒起こすなよ」
「あいつらがいい加減な事すっからだろ!」

そこで初めてそっぽ向いていたユーリが反論する。

「じいさんの金、巻き上げただけで途中で放ったらかしにしたんだぞ!あんな連中許せるか!」
「なるほどなぁ。ま、オレでも殴ってたなあ。そりゃあ」
「え?」

ユーリがナイレン隊長の意外な返しにポカンとする。
まあ。ナイレン隊長は義に厚い人だからね。ユーリの気持ちはよく分かると思うよ。

「だが、ギルドは帝国の影響を受けない自治組織だ。いい面もあんだよ」
「そうは思えませんが」

フレンは酒場での一件で、一気に印象が悪くなったみたいね。

「今回のことで分かると思うがオレたちでは対処できない事もやってる。金はとるがな」
「メルゾムってヤツはあんたのこと知ってたぜ」
「ん?あぁ…まぁ詰まんねえ話だ」

ん?隊長が顔背けるなんて。…なんか様子がおかしいような?気のせい?

「ん?何だよぉ!!」

私たち5人はジト目で隊長を見る。

「別に癒着なんかしてねえぞ。ケガ大丈夫か」
「…はい」
「じゃあ、とっとと部屋へ戻れぃ」

キセルを持ちながら、早く戻れと急かす隊長。

「…は?」

フレンはポカンとしている。
まあ、あれだけの乱闘騒ぎを起こしたのにお咎め無しだもんね。

「懲罰棒行きじゃねえのかよ」

ユーリも聞くってことは、珍しいんだ。

「今そんな事して、特があるか?」

キセルで私たちを指し示す。それに私たち5人は気付いた。
人数が減って、ただでさえ人不足なのに5人も減ったら他の皆が逆に大変になる。

「とはいうものの。何も無いってのも他の隊員に示しがつかねえか。
店への弁償は給料から差っ引くぞ」

「げえっ!」

ユーリが呻いた。ま、それが妥当ですよね。

「あー。あとフレン、ヒロミ!おまえらは帝都に行ってくれ」
「はい?」
「え?」
「オレの代理だ」
「私がですか?」
「私も、ですか?」

フレンと同じように私も首を傾げる。隊長はキセルを銜えている。

「オレは他に行くとこあんだよ。その間、ユルギスに任す。
おめえらには式典への出席と、この援軍の要請書を届けてくれぃ」

ゴソゴソとしてると思ったら、アルミのファイルに挟まれたものがある。
キセルから口を離し、ナイレン隊長は何か考えるように視線を逸らす。

「湖の遺跡には恐らく何かがある。ここの隊じゃ処理しきれない…な。
それから、“でっかい”方はオレと来てくれ」

ナイレン隊長は双子の方へと視線を向ける。でっかい、って…それはセクハラ発言では…。

「セクハラね」
「セクハラだわ」
「隊長、セクハラです」

私は隊長に言うが、どことなく吹く風だ。
ユーリは双子を見ている。…どこを見てるの?

「でっかいって、どっちも背、同じじゃん。な?」

親指で双子を示すユーリ。双子には天然かますのか、ユーリ。
私にはあれだけ遠慮がなかったくせに。指導役にはムラッともしないのか。
逆に訊かれたフレンの方が頬が赤い。…うわ。むっつり助平だ。意外だ。

「ユーリにはランバートの世話を頼むわ」
「また犬かよ!」


もう夜も更ける時間。ユーリとフレンは自室にいた。

ユーリは窓際の椅子に腰かけ、
また甘い御菓子(グミ?)をもぐもぐと含んで噛んでいる。

対してフレンは書き物をしているため、
椅子に座り、机の上でさらさらと書類に文字を綴っていた。

「ユーリ」
「ん。なんだよ」

フレンは振り返らず、そのままユーリに話しかける。若干、不機嫌そうだ。

「もう問題は起こすなよ。もう巻き沿いはごめんだ」
「はいはい」
「君は騎士団の一員なんだ。規律や秩序は守れ。
それが出来なければ組織に属する資格はない」

横目でユーリを見やるフレンの視線は冷たい。

「オレは間違った事をしてるつもりはねえ!」
「そうやって自分の考えを優先するのなら此処から出て行くんだな」
「あーあ!うるせぇうるせぇ」

そう言ってユーリも不機嫌になり、
椅子から立ち上がるとズカズカと歩き出しドアを開けて出て行く。
バンッと怒りのまま閉められた音が、ユーリの苛立ちがそのまま表れているようだ。
フレンはそんな事も気にせず、ひたすら文字を綴り続けるのだった。



9

翌朝。まだ霧が立ち込めている。
私は皆がまだ寝静まっている早朝から厩に向かう。
厩で籠手やその他の装備を整え、昨日のうちに出立の準備を済ませた荷物を、
乗る予定の仔に括りつけて準備をしていると。誰かの足音が。

「…ん?あ、フレン。おはよう。任務、お互い頑張ろうね」
「おはよう、ヒロミ。ああ。しっかり成功させよう」

フレンも装備を整え、馬に鞍を付け、荷物を括りつけ最終チェックをする。

「もう大丈夫そう?」
「ああ。いつでも行ける」
「じゃあ出発っ」

私とフレンは馬に跨る。すると、ひひんと小さく鳴いてカポカポと歩き出す。
フレンは先に、私はその後ろに。

「ん?」

なんか後ろの方から視線を感じて、振り向くと。…あ。ユーリだ。
ランバートたち、ラピードの方で寝ていたのね。あ、視線が合った。
私はニッコリと微笑み、手を振った。

(いってきまーす)

するとユーリはムスッとした顔をしていたが、一応、手を雑に振った。

(とっとと行けって?全く。何を不機嫌になってるのやら)

私は苦笑して視線を前に戻し、フレンに追いつくよう、馬の足を少し早めた。


「けっ」

私が行った後、ユーリはもう一度寝直す。
大の字になって寝た時に手がちょうど、スヤスヤと寝ていたラピードにヒットし。
ラピードはキャイン!と鳴いた。ランバートとラピードは互いに目を合わせる。
ユーリをどうするか、いや、お仕置きしなさいとランバートは言ったのだろう。OKが出た。

「んぁっつ!!?」

ラピードは思いっきり、ユーリの頭をがぶっと噛んだのであった。痛そうな音である。


************


森の中で、隊長とシャスティルは馬から降りて、歩き出す。
リタ・モルディオの研究所を探すためだ。

「うーん」

しかしガリスタが書いた大雑把な地図では全く分からず、隊長は顔を顰める。
あっち行ったり、こっちに行ったり。なかなか辿り着けない。

「ふぅむ」
「迷いましたね」
「迷ったね」

森で途方に暮れる隊長とシャスティル。

「さっぱりわからん」

そう言い、隊長はガリスタからの地図をシャスティルに渡す。

「ふぅ。地図になってないです、これ。ガリスタ様ってカッコいいのに何かショック」

ふと隊長は斜め後ろを見て気付く。地面にピンが刺さっており黄色の光が浮かんでいる。

「シャスティル!そこの草の中!」
「あ…!」

すぐに駆け寄るシャスティル。隊長も覗き込む。

「警戒用だな。調べろ」
「はい!」

シャスティルはすぐに計測器を取り出し、調べる。
測定し、数値を合わせていくと、計測器の白い部分が黄色に光り出す。
そしてシャスティルは立ち上がり辺りを見回す。すると黄色い光が点々と続くのを見つける。

「あっちか」

隊長とシャスティルは黄色い点々を追って歩き出す。


************


フレンと私は馬を走らせる。さっきからフレンの顔が険しい。
なかなか口を挟めず、私はフレンの背中を追って馬を走らせていた。
フレンの背中ら伝わるのは――哀しみ、憎しみ?
分からないけど、ピリピリしてる。

「(帝都か…)」

(フレン…)

これ以上、フレンの心が悲しみに沈まないようにしたい。
でも私は口が出せない。

私ができるのは、フレンの傍で支えること。
彼が困っていたら手を差し伸べる事しかできない。

彼の心の中まで支えることができない今が。
こんなに遠くて哀しいなんて。
その背中を抱き締めたいよ、フレン。

「(……。)」

(フレンの気配が揺らいでる…)

一体何を考えてるの?帝都が近い。私の勘では、恐らく――。

(お父さんのことを、考えてるの?フレン…)

私はただ、フレンの背中を見守るしかなかった。


************


森の奥。黄色い光を転々と辿った先。
そこに、リタ・モルディオの小さい家――研究所があった。
小ぢんまりとした家は、人がようやく一人が住める広さしかない。
隊長もシャスティルも、想像していた“研究所”とは違い唖然とした。

「これが、研究所?」
「みたいだなぁ」

コンコンとノックをする。隊長はドアを開け、中をのぞく。

「おーい、誰かおらんかぁ?」

シャスティルも覗き込む。

研究所の中は、狭いながらでも本棚には本がギッチリと仕舞われ、
ガラス器具には液体が空気を輩出してぶくぶくと水泡が。
湯気もぷしーぷしーいっている。
いろんなアイテムが棚に置かれ、メモ書きが壁にびっしりと貼り付けてある。
けっこう、雑多な感じである。

隊長が中を見渡し、ある一点のとこで視線を止めた。
奥には一人用のベッドが。そこには敷布に丸まっているものが。
ゴソゴソと動いている。その者、リタは気配を感じ取ったのか。

「…泥棒は…」

赤い粒子が瞬時に舞い上がり、隊長は驚く。

「待て!」

リタの首には魔導器のチョーカーが。赤く光っている。

「出て行けー!」

その言葉と共に、炎が何発も隊長とシャスティルに襲い掛かる。
瞬時にシャスティルが防御壁で隊長諸共、防御する。
炎で吹っ飛ばされ、本やら何やらが上から降ってくる。
濛々と煙が舞い上がり、壁やドア上段は見るも無残な形成になってしまった。
リタはゴソゴソと動き、まだ寝ている。隊長とシャスティルは座り込んでいた。

「寝ぼけてんのか?」

隊長は立ち上がり、瓦礫をまたいでリタのところに来る。
シャスティルも後に続く。

リタは寝返りを打って、ぐーんと伸びをして、
また気持ち良さそうに枕に顔を埋めて寝る。

まだ12・3歳くらいの容姿に隊長も驚きを隠せない。

「こ、子供!?」

隊長はその辺にあった箱を適当に置いて、そこに座る。
寝ているリタの鼻のところに、魔核のネックレスを掲げる。
すると魔核の匂いを敏感に感じ取ったのか、ハッと目を覚ました。

「おっと」

瞬時に魔核に飛びつこうとするリタだが、そこは隊長、さっと回避。
リタは悔しそうに手をプルプルさせている。眼はジト目になっている。

「リタ・モルディオだな。帝国騎士団のナイレン・フェドロックと、
シャスティル・アイヒープだ。こいつぁ交換条件だ」

掲げた魔核を揺らして、そう交渉に移る隊長。

「…何が知りたいの」

シャスティルも空いた箱を持ってきて、隊長の傍に座る。

「シゾンタニアの森でエアルの大量発生が確認された。
周辺の植物や大人しい生き物までもが影響を受けている」

リタは眠そうにこっくりこっくりと舟をこいでいる。

「エアルの力だけでそこまで影響が出るってのも、おかしくない?」
「ってことは」
「ちょっと待って。シゾンタニア…」
「川上の湖に遺跡があって…」
「ああ。あたし、あそこ調べたことがあるわ。
んーでも、あそこの結界魔導器に魔核なんてなかったわよ?」

リタが隊長から魔核を奪おうとするが、またも隊長は回避。まだ全部ではない。

「じゃあ魔導器は動いてないんだな?」
「そ。それに、あそこにはエアルクレーネもなかったと思う」

リタは何度も隊長から魔核を奪おうとするが、スカスカと手が空を切る。
リタはベッドに沈む。

「エアルクレーネ?」

「エアルの発生する泉みたいなもん…まあ、エアルは大地に流れているから、
どこにでもあるんだけど、とくに噴き出す場所ってのがあるの。
んでも今エアルが大量に発生してるってことは、
誰かが魔導器に魔核を入れて作動させたのかも…。
そして、それが暴走してエアルが噴出してる、とかね。
魔導器は様々な動力になる便利なものだけど、
使い方間違えると危険なものにも変わるわよ」

「仮に作動してるとして、魔導器の破壊は可能か?」
「魔核の属性が分からないと何ともねえ」

隊長は聞くが、リタは「さあね」と両手を広げる。

「なんか打つ手はねえのか」

隊長も困って腕を組む。

「エアルは…赤いでしょ」
「ああ」
「濃すぎるのね…。その異常な濃度が周囲に影響してんなら、
とりあえず発生を止めないと」

その時。リタは何か閃いたのか。

「ちょっと待って。あれ、んっと…あった。これ」

と。ベッドの下をガサゴソと探り、
取り出したのは双眼鏡に近いリタのオリジナル。

「エアルの採取用にあたしが作ったの。量が減らせるかもしれない」
「どう使う?」

隊長は受け取ってリタに訊く。

「エアルの発生しているところに置いて起動させて。
後はこの子が勝手に動いてくれる。
役に立つとは限らないわ。この子も魔導器だから影響を受けるかもしれない」

「しかもすべて仮説に過ぎない」
「そういうこと」

そこで隊長は満足したのか、魔核のネックレスをリタに掲げる。

「ありがとう」

リタは顔をハッとさせる。頬が少し赤い。ようやく貰えるんだと確信した。

「~~~っ。この子は探してたのよぉ~。うにゅぅ~」

魔核のネックレスを両手で包み、スリスリと頬ずりする。
が、すぐにハッと現実に返り、隊長とシャスティルに訊く。

「あ。ところで何でここ知ってんの?」
「部下のガリスタから聞いた」
「あーあーあーあー。あたし、あいつ嫌いなの」
「親しいのか」
「やめてよ!」

リタがぐわっ!と隊長の言葉を拒否する。

「前に帝都で会っただけ。ヤな奴よ」
「えー。そうですか?」
「あいつ、あたしが見つけた魔核を武器に転用したのよ」

隊長とシャスティルがお互い顔を見合わせる。

「帝国って魔導器を戦う道具にすることばーっかり考えてるんだもん。
ん、ちょっと待って」

リタはまた後ろに振り返り、机の物をどかして、キーボードを起ち上げる。
タイピングして、印刷して出てきた紙を隊長に渡す。
その紙には術式が刻まれている。

「はい、これ。エアルの影響を受けずに魔導器を動かせる術式」
「エアルの影響を受けずに」
「うん。というか過剰な反応をしないようにするだけ。長くは持たないわ」

術式が光り、紙が透明になる。術式だけが淡く光っている。

「調べるなら急いだ方がいいんじゃない?
魔導器が暴走したら遺跡どころか街まで巻き込んじゃうかもよ。
魔導器は街を守る力がある。だったら、その逆もあると思わない?」

「すまん。礼は改めて」

隊長とシャスティルは立ち上がり、外へと急ぐ。

「んふふ~。あたしは、これで十分よ」

そしてリタは喜んだ顔のまま、またベッドにばたんと倒れ込む。

「ところで、こんな所に一人で住んでんのか?」
「ここは、ただの研究所。住まいは別にあるわ。ドア閉めてってねー」

そう言ってリタは向こう側に寝返りを打ってしまう。
半分になってしまったドアを倒して、外に出る2人。
見るも無残な外観に、隊長もシャスティルも溜息を吐くのだった。

「あーあ…」



10

帝都ザーフィアス。私とフレンは騎士団本部を訪ねた。

ザーフィアス城にある、アレクセイ様が利用する執務室。
毎日、内外の客人とここで謁見を行っているのか。
兵を招集し、命令を直に伝えられることもできるよう、かなりの広さを誇っている。

「アレクセイ閣下。評議会側からの要請です。今回の式典にエステリーゼ様を参加させろと」
「またか」
「次期皇帝候補であられる方が不在の催事に意味はないとも」

「次期皇帝?評議会が担ぎ上げた候補に過ぎん。
エステリーゼ様と評議会側を接触させるな。分かったな」

「はっ」

その時、伝令兵が執務室に入ってきた。

「アレクセイ閣下。シゾンタニアより使いの者が2名、来ております」
「シゾンタニア…」

アレクセイ様が呟く。

私とフレンは執務室に通され、並んでアレクセイ様から少し離れた前にて跪いていた。
お義兄ちゃんの親友であるアレクレイ様を間近に見るのは初めてだ。
しかし謁見室にはピリピリと緊張の糸が張り巡らされ、私は跪いたまま顔を俯かせる。

「シゾンタニア部隊、フレン・シーフォ」
「同じく、シゾンタニア部隊、ヒロミ・アスティエル」
「来礼フェドロック隊長の代理として式典に出席するために参りました」
「同じく、隊長フェドロックの代理として式典に出席するため参りました」

アレクセイ様の部下が来たので、フレンが要請のファイルを渡す。
それをアレクレイ様が受け取り、中を確認せず。難しい顔をしている。
あ、これは怒っている。

「フェドロックは何故 来ない」
「その中に援軍の要請が入っております」

フレンの返しに、アレクセイ様が机に拳をガンッとぶつける。相当お冠だ。

「此度の式典には隊長クラスは全員出席と伝えたはずだ!」
「ですが!街の近くの森にはエアルの影響により、凶暴化した魔物が多数出現しております!」
「どうか、要請書をご覧ください!」

フレンは何とか伝えようと必死だ。
私もフレンに続いてアレクセイ様に何とか見てもらえるよう懇願するが。

「式典のリハーサル」
「間もなく開始します」

アレクセイ様が立ち上がった。アレクセイ様が去って行こうとする。
そんな。もう、これまでなの?何もできない自分が悔しい。

「アレクセイ閣下!」
「アレクセイ様!」

アレクセイ様は一度立ち止まり、此方に振り返る。

「援軍は式典が終わり次第、派遣する。部隊は現場を保持せよ」
「現場は窮迫しております!」
「住民が危険にさらされます!」

フレンと一緒に最後まで懇願する。何とか、何とか、伝わりますように。

「分を弁えろ! おまえらは私の命令をフェドロックに伝えるだけでよい!
早く戻れ。新米騎士ごときが出席しても、会議の椅子を汚すだけだ」

吐き捨てられた言葉は、凍てつく刃のように私たちの足元を射抜いた。

「――それから、ヒロミ」
「っ!?」

鋭く、だがひどく低められた声に、私の心臓が跳ねた。
縋るような思いで慌てて顔を上げる。
アレクセイ様が首だけを振り返り、私を冷然と見下ろしていた。
その双眸に宿っているのは、激しい怒りよりも残酷な、底冷えするような――落胆。

「我が友エルダの妹とまみえるのが、こんな形になろうとはな。
……エルダの志を継ぐ者と期待していたが、
どうやら私の買いかぶりだったようだ。非常に残念だ」

その言葉は、どんな罵倒よりも深く私の胸を抉った。
尊敬するお義兄ちゃんの名前を出され、その泥を塗ったのだと突きつけられた心地がした。
背を向け、去っていくアレクセイ様の足音だけが、静まり返った廊下に無情に響く。

視線の暴力に、呼吸の仕方を忘れた。
向けられた落胆の色が、毒のように全身に回っていく。

「非常に残念だ」

その一言が、私の耳の奥で何度も何度も、呪いのようにリフレインする。
彼が行ってしまう。鎧が擦れる冷たい音、翻るマントの裾。
そのすべてが、私を「不要な存在」として切り捨てていく。
膝がガタガタと震え、床に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。
けれど、声だけはどうしても出ない。

「アレク、セイ様……」

絞り出した呟きは、誰に届くこともなく、重苦しい静寂の中に消えていった。
私は愕然と目を見開いたままアレクセイ様の背を見つめていた。

「ん?フレン・シーフォ?」

すると目の前に、
アレクセイ様の部下であるグラナダは何かを思い出すようにフレンを見た。

「ファイナス・シーフォの息子か」
「!」

フレンが顔を上げだ。その瞳は揺れている。
フレンにとって触れられたくない“それ”を公の場で言うなんて。
このグラナダという人物、不快だ。

「ふっ、優秀な成績で騎士団に合格したと聞いている。
父上もさぞ、お喜びになっていることだろう」

グラナダは値踏みするような視線をフレンのつま先から頭の先まで這わせた。
その口元には、慈悲など微塵も感じられない、薄ら寒い笑みが張り付いている。

「父は……」

フレンの声が、微かに震えた。拳を固く握りしめ、爪が手のひらに食い込む。

「君は父上のような無駄死にはするなよ? 騎士団の一員であることを忘れるな」
「……。」

静まり返った広間に、グラナダの冷ややかな言葉だけが突き刺さる。
周囲の騎士たちは、憐れみか、あるいは無関心か。
誰もが視線を逸らし、若き騎士の誇りが踏みにじられる瞬間を黙殺していた。
フレンの視界が、怒りと屈辱でわずかに歪む。

(フレン…)


結局、私とフレンの派遣要請は、重い沈黙と共に失敗に終わった。

中庭に面した廊下。
冷たい石の腰掛に並んで座るけれど、二人の間には冬の隙間風のような距離がある。

何を言えばいい?彼の瞳に宿る失意の色を知っている。
その原因が、彼にとって最も触れられたくない「父親」に繋がっていることも。
慰めの言葉は指の隙間からこぼれ落ち、励ましの言葉は喉の奥で硬く凍りついた。

(……私って、肝心な時に、何もできない。隣にいる資格すらないのかな……)

耐えられなくなって、「ごめん」と、意味のない謝罪が口をついた。

怪訝そうにこちらを見るフレン。
けれど、その視線が私を通り越し、廊下の向こうへ向けられた瞬間に悟った。
私の悪い予感は、いつだって驚くほど正確だ。

「……来たよ、フレンの“お姫様”。行っといで」
「?」

フレンはまだ気づいていない。けれど、私には見える。
彼に相応しい光をまとった、高貴な少女の姿が。

(……行かないで。私を見て。……なんて、どの口が言えるんだろう)

今の私では、彼の沈んだ心に一筋の光さえ射してあげられない。
笑顔すら引き出せない私は、ただの重荷でしかないのに。

「フレン」

鈴を転がすような、清らかな声。
フレンの表情が、一瞬で「騎士」のそれに切り替わる。

「エステリーゼ様……」
「久しぶりですね」

再会を喜ぶ彼女の笑顔は、残酷なほどに愛らしく、中庭の風景を一気に塗り替えてしまった。
私の胸が、雑巾を絞るようにギュッと痛む。
戸惑うように私を振り返るフレンの視線が、今は何より苦しかった。
私は精一杯の虚勢を張って、口角を上げる。彼を突き放すように、その背中を軽く叩いた。

「いってらっしゃい。久しぶりの知り合いなんでしょ?」
「ヒロミ……」
「私はここで待ってるから。ね?」

本当は、行かないでと袖を掴みたかった。
けれど、私は物分かりの良いフレンの「友人」を演じきり、彼を光の中へと押し出した。

「ごめん。行ってくる」

背を向けて歩き出すフレン。中庭を歩く金髪の騎士と、可憐なお姫様。
木漏れ日が二人を祝福するように降り注ぎ、非の打ち所のない「一枚の絵」を完成させていく。

(……ああ、やっぱり。すごく、お似合いだ……)

ただ、遠ざかる二人の背中が、今の私と彼の距離をそのまま表しているようで。
私は冷たくなった指先をぎゅっと握りしめ、溢れそうになる何かを堪えるために。
ただじっとその「絵」を見つめ続けていた。

離れたところからも2人の声が聞こえてくる。

「わざわざシゾンタニアから、ご苦労様でした。街の人たちの安全を祈ってます」
「恐れ入ります」

フレンは少し元気が出たのか。笑顔で騎士としての最上礼の敬礼をする。

「今、帝都は微妙な均衡を保っています。
耐えねばならぬ事も多いと思いますが辛抱してください」
「こちらに来たのが私で良かった。ユーリならアレクレイ閣下を殴ってました」
「ユーリ?どなたです?」
「あ…いえ、」

その時、2人の会話を遮るように。何人もの騎士がエステリーゼ様を囲む。
…エステリーゼ様、外部との必要以上の接触を避けられてるんだ。
籠の中の鳥?もしかして軟禁されてるの?…せっかくフレンに笑顔が戻ったのに。

「それでは、お気をつけて」

エステリーゼ様が淑やかに一礼し、軽やかな足音と共に去っていく。

その後ろ姿を見送るフレンの横顔は、
私が一度も向けられたことのないような、穏やかで献身的な光を帯びていた。

私は、ただ突っ立っているフレンをずっと見続けていた。
かけるべき言葉なんて、どこを探しても見つからない。
それ以前に、せり上がってくるこの胸の苦しさのせいで、私は耐えきれず俯いてしまう。

此処まで、死に物狂いで来たのに。
結局、何の成果も得られなかったという事実が、重い鉛のように身体を引きずり込む。

アレクセイ様の冷徹な瞳が脳裏をよぎる。失望。
その二文字が、冷たい(くさび)のように心臓を突き刺した。
成果を手に戻ることさえ許されない私は、
もうあの方にとって価値のない存在になってしまったのではないか。
――アレクセイ様に、あんなにも冷ややかに失望されたことが。

フレンの視線の先に、もう彼女の姿はない。
それなのに、彼の瞳はまだあたたかな残光を追いかけているようで。
それが今の私には何よりも残酷な距離に感じられた。
フレンにどう言葉をかけていいのか分からない。
――エステリーゼ様に、あんなにも優しく微笑みかけるフレンの姿が。

そのすべてが毒のように回って、息がうまくできない。
私は知らず、両手を爪が食い込むくらいに強く握りしめていた。
震える拳が、霞んでいく地面が、次第にぐにゃりと滲んでいく。
目頭が熱い。……何で?

悔しいのか、悲しいのか、それとも彼が羨ましいのか。
自分でも分からない感情が、行き場を失って溢れ出そうとしていた。

「……そんなに強く握ったら血が出てしまうよ、ヒロミ」
「っ!?フレン…?」

いつの間に。彼が私の前に跪いて、私の握った拳を一つずつ解していく。

「っ、フレン、ごめん…私、何も、できなくて…っ、
アレクセイ様に、失望、された…お義兄ちゃん、に…顔向け、できない…」

私は溢れそうになる涙を見られたくなくて、顔を覆おうとした。
しかしフレンは立ち上がり、私の腕を掴んで立たせた。

「っ、ヒロミだけの責任にはさせない」
「フレン…っ!?」

そのまま腕を引かれ抱き寄せられた。
フレンの胸にかき抱かれ、彼の香りに包まれる。
そして彼は顔を近づけてきた。私の眦に溢れる涙を、口付けで拭ってくれた。

「僕の力不足でもあるんだ。自身を責めるのはやめるんだ」

そうして私が落ち着くまで抱きしめていたフレンに。
私はいつの間にか、心の苦しさまで綻んでいくのが分かった。

「…うん。ありがとう、フレン。早く戻ろう。隊長の指示を仰がないと」
「ああ。そうだね」

フレン、父親のことで苦しいはずなのに。それでも私を励ましてくれた。
私は貴方をますます好きになる。貴方の心に触れて癒したいのに。

でも、そんなフレンの父親に対する想いを利用する可能性、不安を私は感じている。

私は涙を拭い、首の後ろに手をやった。
そこにある古傷をなぞるように、指先に力を込めて擦る。
フレンの表情が、一瞬で騎士のそれに変わった。

「あと……ね。フレン。一つだけ。貴方の胸の中にだけ仕まっておいて」

私のこのアクションは、ナイレン隊における『最上級の警告』。
言葉にできない嫌な予感が、肌を粟立たせている証拠だ。

「ガリスタには気を付けて」
「えっ」
「私の勘だと、いつか貴方に仕掛けてくる時が来るかもしれない。…その時は冷静にね」

脳裏に、ガリスタのあの濁った瞳が浮かぶ。
彼は時折、獲物を見定めているような冷徹な眼差しをフレンに向けている。

「一年くらい前かな、私が入隊したばかりの頃、一度だけ隊長に警告したんだけど…。
物証もないのに仲間を疑うな、って、ひどく怒られちゃった。…私だけは、ずっと警戒してる」

あの時の隊長の怒声よりも、
ガリスタが浮かべた「完璧すぎる笑顔」の方が、私には何倍も恐ろしかった。

「……。」
「フレン。ガリスタの前ではどんなことを言われても動揺しないようにね」

フレンは動揺を押し殺すように拳を握りしめた。
彼は私が、根拠のない悪口を言う人間ではないと知っている。

「……分かった。僕は、僕を信じて言ってくれた君の言葉を信じる。
何があっても、あいつの前で心までは剥き出しにしない。気を付けるよ」

その言葉には、騎士としての誓い以上の、私に対する深い信頼が込められていた。

「はぁ~良かった。ありがとう、フレン^^」

張り詰めていた空気がふっと解け、私は大きく息を吐いた。

フレンは少し困ったように、
でも守るべきものを見つけたような優しい手つきで、私の頭をポンと一つ撫でた。

「さあ、これ以上ここにいたら、悪い影に追いつかれる。急いで帰るぞ」
「うん!」





「不手際だ」
「……。」
「きっちり始末させろ」
「ははっ…!」

アレクセイとグラナダは騎士団本部の奥へと入って行った。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧