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蒼き夢の果てに

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第2章 真の貴族
  第19話 不死鳥

 
前書き
 第19話、更新します。
 

 
「コイツらは殉教者と言う事に成ると言うのか……」

 蒼紅、二人の女神が投げ掛けて来る明かりに照らし出された襲撃者達の亡骸を見つめながら、そう独り言を呟く俺。
 今まで暮らして来たこの世界の仕組みが。いや、雰囲気。それに、色さえも変わって仕舞ったかのような瞬間。
 何処か、光差さない闇の奥深くに潜んでいた何者かが顕われた。

 現状は、そう言う状況なのでしょう。

 ……やれやれ。
 これはまったく予想外の事なのですが、コイツら……この仮面の暗殺者たちの目的。おそらくはタバサを生きたまま手に入れると言う事に、何らかの宗教的目的が有ったと言う事なのでしょうね。

 そう考えながら、タバサを見つめる俺。
 少し意味不明と言う雰囲気で俺を見つめ返すタバサ。但し、表情に関しては、普段通りの感情を表現する事のない透明な表情を浮かべるのみなのですが。

 ……そう言えば、笛を途中で止めた理由についても説明して居ませんでしたか。

「えっとな。笛を途中で止めた理由は、いくら呼び掛けても、何の返事も無かったからなんや。
 確かに、絶対に呼び掛けに答えてくれると言う訳でもないんやけど、普通は、呼び掛けに答えて魂だけの存在が顕われてくれる。そう言う種類の曲をさっきは吹いていた。
 そして、通常はその魂を迷わずに冥府へと導いてやるのが鎮魂の曲なんやけど……」

 一応、簡単な経過を伝えて置く俺。
 但し、それ以上……。一体、何処まで話したら良いのか、悩むトコロなのですが。

 確かに、全て伝えても、彼女が理解出来るとは限りません。但し、俺一人で現状を理解しようにも、俺にはこの世界の情報、及び知識が圧倒的に不足しています。

 俺は、そう考えながら、自らの主と成った蒼い少女を見つめる。
 凛然たると表現すべき気品を発する少女。真っ直ぐに俺を見つめているその彼女の瞳からは……。

 ………………。短い逡巡の時間。そして、

 この場での情報の秘匿は、返ってタバサとの間に築かれつつ有る信頼関係に悪影響を及ぼす可能性に到達した。

 何故ならば、彼女と俺は使い魔とその主人の関係。まして、今回の事態は、間違いなくタバサの存在によって引き起こされた事態です。仮面の暗殺者たちは、俺とジョルジュを排除した後、タバサの身柄をほぼ無傷のまま確保しましたから。
 ならば、この場で告げずとも、何れ同じような場面に遭遇する事と成ります。秘匿する事に因って、一時的にタバサに余計な心配を掛けない、と言う効果は有るとは思いますが、度重なる襲撃が行われた場合、何時かタバサ自身が気付く事と成るでしょう。ならば、この場で俺の仮説を伝えて、その時までに対処方法を二人で検討して置いた方が余程マシですし、建設的だと思いますから。

 今回の襲撃が、偶然、少女を狙っていた連中の前にタバサが現れたから襲われたのではなく、宗教絡みの厄介事に、彼女が巻き込まれているのならば、なのですが。

「せやけど、この襲撃者達の魂は、そんな事をせずとも、自らの意志か、それとも別の存在の意図かは判らないけど、既に冥府への道を開いて消えて仕舞っていた」

 己の全存在を掛けてレンのクモを召喚したあのピエールと言う魔法使いとは状況が違います。この襲撃者達は、死する事に因って何かを為した訳では有りません。
 ただ、どう考えても、タバサが宗教の方々に関係しているとも思えないのですが。

「なぁ、タバサ。あの襲撃者達は、どう考えてもオマエさんの身柄の拘束を目標にして、俺やジョルジュの排除を行ったように思えるんやけど、タバサの方に、何か宗教絡みの方で狙われるような覚えはないか?
 例えば、狂信的な思想を持つ宗教に恨まれるような任務をこなした事が有るとか」

 もっとも、普通に考えるならば、そんな任務がタバサに命令される訳はないのですが。
 何故ならば、もし、そんな任務が現実に有ったとしても、それは危険な事が判り切っている任務ですから。
 影から彼女の事を護って居たような護衛が付いているタバサに、そんな危険な任務が命令される事は少し考えられないでしょう。

 但し、物事は常に最悪の事態を想定して行動すべきです。少なくとも、最悪の想定を頭の隅にでも置いて置けば、その最悪に事態に直面した際にも、的確に行動出来るように成りますから。

 俺の問い掛けに対して、案の定、タバサはふるふると首を横に振って答えた。これは否定。
 そして、

「わたしには、心当たりがない」

 ……と答える。確かに、普通に生きて来て、宗教の方から暗殺者を派遣される生き方などに成るはずは有りません。
 しかし、それでは……。

「それやったら、この襲撃者達のバックを調べる方法が、ジョルジュには何か有るか?」

 それならば、今度はジョルジュの方を向いてそう尋ねてみる。

 ……と言うか、ガリアの御家騒動の方に宗教の方が深く関わって来ている、と言う話の可能性の方が高いですか。

 確か、地球世界のフランスでもユグノー戦争と言う、プロテスタントとカトリックの争いが有って、かなり血生臭い闘争に発展したはずですから。
 例えば、ガリアの御家騒動が、知らず知らずの内にプロテスタントとカトリックとの争いに成っていた可能性は有ると思います。カトリックのメアリー一世とエリザベス一世の女王位を巡る争いのように。

 俺の問いに、こちらも首を横に振るジョルジュ。そして、

「流石に、この種類の暗殺者は、任務に失敗する事を想定して、自らを指し示すような物品は所持していないものです」

 ……と、至極、真っ当な台詞を続けて来た。
 コンニャロメ。その程度の答えが聞きたくて、わざわざオマエさんに聞いた訳ではない。レトロコグニション(過去視)や、サイコメトリー(残留思念感知)の能力者は手の者の中に居ないのか、と言う意味で聞いた心算なのですが。

 もっとも、これらの能力は安定しない情報しか得られない能力ですから、信用するに足る情報を得られない可能性の方が高いですか。所謂、幻視能力者に当たる連中です。特に、宗教が絡んで来ると、信仰の力と、その信仰されている神からの加護によって守られる力が働きます。
 神託や暗喩のような形で情報提供が行われても、読み解きを誤る可能性は有りますし、そもそも、その神託に、何らかの介入が為される可能性も少なくはない。そのような情報を当てにして行動していると、返って混乱する可能性も否定出来ませんから。

 それならば、この状況下で、更にこの場で俺に出来る事は終わったと言う事ですか。

「そうしたら、この襲撃者達に関してはジョルジュと、サヴォワ家に任せても構わないか?」

 そう考えて、再び同じ質問を繰り返す俺。但し、この暗殺者たちが背負った闇の深さが、先ほどの時よりも更に深く成った以上、ジョルジュに対する依頼の意味も更に深く成っています。

 それに、何と言うべきか良く判らないけど、タバサの立場は非常に危険な立場に立たされていると言う事は良く判りました。

 少なくとも、旧オルレアン派の中には、オルレアン大公を恨んでいる連中が居る可能性が有ります。
 そして、現王家派の貴族からして見ると、タバサが未だ神輿として担ぐ事が可能な以上、危険視する存在が居ない訳は有りません。

 その上に、どちらかに関係しているのか、それともまったく関係のない第三勢力かは判らないのですが、タバサの身柄を欲している、更に暗殺者を操る、宗教に関係している組織も存在していると言う事に成った訳です。

 軽い気持ちで交わした使い魔契約でしたけど、これは、俺の方も、かなり性根を入れて掛かる必要の有る仕事と成りそうな雰囲気ですね。

 ……ただ、そうかと言って、今更、この契約は反故に出来るモノでもないのですが。
 まして、一度交わした約束を簡単に反故にして仕舞ったら、俺の大して有る訳でもない信用が、更に下がって仕舞いますから。

 ジョルジュが力強く首肯く。但し、何故か余計なひと言を続けるのだった。

「それで、貴女方はどうなさる御心算なのですか?」


☆★☆★☆


 どうなされるのですかって、そんなモン、タバサの騎士としての任務を放り出して魔法学院に帰る訳には行かないでしょうが。
 まして、彼女。タバサを俺から離して、一人にする訳にも行きませんから。

 ゆっくりと、波紋を広げるように俺の霊気が広がって行く。
 もし、タバサに霊気の流れを見る能力が有ったのなら、結界材から立ち昇るような青白い霊気の柱と、それに伴って広がって行く霊気の波が見えた事でしょう。

 それで、あの襲撃者達の処理をジョルジュに任せてから、俺とタバサは火竜山脈の紅き山(モンルージュ)に舞い戻って来て、フェニックスの再生の儀式の場の防御の強化作業中です。

 もっとも、俺は本来、結界術をそれほど得意としている訳ではありません。そして、結界術のエキスパートの魔将ハルファスは祭壇の作製と物資調達に専念して貰って居り、この結界はダンダリオンの能力を俺の霊力で発動させて施している結界術です。

 それに、完全に再生の儀式の現場を覆って仕舞う様な結界を構築しますと、肝心のフェニックス自身が儀式の現場に接近出来無くなる可能性が有りますから、上空に関しては火竜に因る護りに任せる事と成りました。
 つまり、判り易く説明すると、結界術に因る内部に侵入不能となる塀や壁と言う物を作って、儀式の現場を守ると言う事ですね。

「まぁ、俺がもっと結界術が得意なら、結界材の距離をもう少し広い目に取る事も出来るんやけど、今の俺にはこれが限度なんや」

 但し、今回は、時間的な余裕が有るから俺の能力でも結界を施す事が出来ましたけど、戦闘中などに使用するには少し難しいですね。この程度の能力では。
 俺もまだまだ駆け出しのひよっこ程度と言う事ですか。

 尚、この山で行動するには、最低でもウィンディーネの加護で熱気を排除し続けなければ、マトモに行動出来ない状況はまったく変わってはいません。
 水着で行動する、と言う少しイケナイ想像をして見たのですが、流石にそれはマズイだろうと思い、その案は封印したのですが……。

 タバサが何か物言いたげな雰囲気で俺を見つめています。
 ……多分、俺のケシカラン妄想に気付いた訳ではないと思いますが……。
 そうだとすると、この感覚は……。

「今回、タバサが結界術を行使するのは無しや。確かに、口訣と導引。霊力の制御は式神達に任せたら問題なく発動する可能性は有る。後は、イメージ力だけやからな。
 せやけど、今回は初めての術を、ぶっつけ本番で為して良いタイミングではないと思う」

 多分、彼女が何か言いたい事が有るとするならば、この部分でしょう。そう考え、この台詞を口にする俺。

 それに、古の盟約とやらが何の事なのか未だに聞いていないけど、おそらく、そう簡単に反故に出来るような盟約でもないと思います。もっとも、俺が聞いたからと言って、あの導く者と呼ばれている少女の姿形をした何ものかが、簡単に教えてくれるとも思えないのですが。

 何故ならば、俺やタバサは王家より任務を遂行する為だけに送り込まれた人間で有って、その盟約とやらを実際に交わしたのはガリア王家なのですからね。

 まして、神界の状況がこの世界に何か影響を与えている可能性も有ります。いきなり、暗殺者の魂が彼らの冥府に引き込まれるような状況は、いくら何でも異常過ぎます。
 このタイミングで古の盟約の履行を要求される時期が来るって、少々、出来過ぎの様な気もするのですが……。

 俺の言葉に少し考えてからひとつ首肯くタバサ。彼女の発している雰囲気から察すると、特に不満げな雰囲気は有りませんか。
 そうだとすると、彼女がどうしても試して見たかった訳でもないとも思いますね。多分ですけど、彼女に与えられた仕事の大半を俺と、俺の式神達が処理して行く現状が少し不満と言うか、俺に対して申し訳ないと言う気分だと思います。

 しかし、使い魔と主人の関係って、大体そんな感じに成ると思うのですが。
 俺と式神の関係もそうですから。基本的に俺に出来ない事は、彼らに丸投げですからね、俺は。
 俺に出来ない事を補って貰う。それが、俺と式神の関係です。そして、タバサと俺の関係も、徐々にそう成って行くのが自然の流れだと思いますけどね。

 ただ、そのぐらいの事は、彼女にだって判っているはずです。

 そうだとすると、これは、矢張り召喚初日に、拉致事件に等しいと、俺が不用意に口にして仕舞った事が影響している可能性が高いですか。
 もっとも、彼女が、俺の事を同じ人間として扱ってくれて居る、と言う事の裏返しでも有るとは思うのですが……。
 ならば、もう少し、ふたりで仕事を遂行している、と言う感覚が持てたら、彼女もこんなに気にする事も無くなりますか。

「そうしたら、次の場所に移動するか」

 俺の言葉にコクリと首肯くタバサ。
 それに、次の結界材からは、タバサにも霊力の半分を賄って貰う心算ですからね。


☆★☆★☆


 俺の霊気とタバサの霊気が混じり合い、等間隔に配置された結界材のひとつに注ぎ込まれて行く。

「なぁ、タバサ。ひとつ聞きたい事が有るんやけど、良いかいな?」

 更に結界材を打ち込む作業をふたりでこなして行きながら、そう話し掛ける俺。
 ただ、予想以上に、タバサとの霊気の質の相性が良かったのは収穫でした。これならば、運が良ければ合体魔法のような物も行使可能かも知れません。
 もっとも、俺の行える合体魔法と言うのは、単純に同時詠唱で行う類の物ではなく、少々、リスクを伴う方法ですから、使いドコロの難しい術でも有るのですが。

 俺の顔をじっと見つめてから、ひとつ首肯くタバサ。

「この世界に地行術。地中を走り抜けるような魔法は存在するか知らないか?」

 再生の儀式の場所の上空に関しては火竜により守られている。これは、俺が直接火竜達を説得して回りましたし、導く者も守る事を確約してくれたので問題はないと思います。
 地上を進んで来るのは、今施している結界をどうにかしない限り、儀式の現場に近づく事は不可能でしょう。

 但し、もし、この世界に地行術や、土遁の術のような魔法が存在しているのなら、その魔法対策も考えて置く必要が有ります。
 いや、確かに地表をすべて結界で覆って仕舞えば問題はないのですが……。

 しかし、タバサは首を横にふるふると振った。これは否定。
 そして、

「わたしは、そのような魔法は知らない。しかし、わたしが知っている魔法が、この世界の魔法の全てではない」

 ……と、答えた。
 確かに、タバサが知っている魔法が全てではないのが当たり前ですか。俺の方にしても、俺の世界の魔法を全て知っている訳では有りませんから。
 それに、地行術と言うのは、そう珍しい魔法でも有りません。

 対策として簡単なのは先ほども考えた通り、地表を全て結界で覆って仕舞う事。
 但し、この方法を取った場合、相手に地行術が有るかどうかが判らないと言う難点が有ります。何も起きなければ、結界に因って地行術が弾かれたのか、それとも、元々、地行術自体が存在しない世界なのかが判らないと言う事。

 そして、罠を仕掛けて置く方法も有るのですが……。

 俺は少し、タバサを見つめた。
 無表情、更に無感情と思わせる少女。但し、本当はそんな事はない、普通の優しい心を持っている少女。
 この少女の目の前で、そんな残酷なマネを為して良いのか……。

 ただ、地行術は敵に回すと非常に危険な能力で有り、そして同時に対策を立てて置く事が可能な術でも有ります。

 突然、俺が黙り込んで彼女を見つめ出した事に、少し不思議そうな雰囲気を発しながら、俺の方を見つめ返すタバサ。

 流石に奇襲を受け続ける訳には行かないか。
 それに、呪われるのは彼女では有りません。俺の方なのですが……。

 まして、闇の襲撃者を放って来た連中と同じ組織から送り込まれた連中なら、任務の失敗イコール死の可能性も高い。
 ……かと言って、それでも、俺が罠を仕掛けて待ち伏せていたとしたら、その為に奪われる生命に対する責任が減る訳では有りませんし。

「成るほど。まぁ、それならそれで何か考えて置くか」

 少し……いや、かなり重い気分なのですが、罠を施すか、それとも結界で自動的に弾いて置くべきか。
 覚悟を決めて置く必要は有ると言う事ですか。


☆★☆★☆


 そして、五月(ウルノツキ)第一週(フレイヤノシュウ)、虚無の曜日。
 つまり、フェニックスの再生の儀式が行われる日と言う事です。

「それで、不死鳥がこの山で再生する儀式を行うのは判った。
 ガリア王家とアンタの間に何らかの盟約が有る事も判ったし、その内容が話せない事も理解出来た。
 せやけど、何故、不死鳥の再生の儀式の時が危険なんや? あの鳥は、不死。つまり、基本的に死ぬ事は無いから不死鳥と呼ばれるんやなかったのか?」

 香木により祭壇が築かれた現場を睥睨する形で見つめながら、導く者にそう尋ねる俺。
 現在、時刻は朝……と言って良いかどうか判らないけど、明け方では有る午前四時過ぎの時刻を俺の腕時計は示しています。

 そして、その居場所に関しては……。大体、地上、20メートルほどの高さで滞空した形で居るのは、ここが一番安全だと判断したから。

 先ず、一番その理由として大きいのは、その再生用の香木により組まれた祭壇と言うのが、かなり大きい目のキャンプファイヤーぐらいの大きさが有り、それにフェニックス自らが火を放つので、流石にその周囲に居るのは危険と判断した事。

 更に、火竜に因る対空警戒が行われているこの地に、空中から侵入して来るバカはいない。いくら何でも危険過ぎますから。まして、この位置に滞空していたら、視界と言う点でもかなり広範囲の視界は確保出来ます。
 確かに、雲や霧で視界を遮られる範囲が有るのは、まぁ、仕方がないでしょう。それに、探知に関しては、人に近い気を発する存在が俺とタバサ以外に存在しない為に比較的広範囲をカバー出来るから問題はないと思います。

 そして、仮に地行術が存在していたとしても、地表には結界を施す事に因って地行術に因る侵入を阻止する事にしました。

 一応、その理由は三つ。

 ひとつ目は、ここは神聖な死と再生の儀式の場である以上、不必要な死の穢れを撒き散らせる訳には行かなかった。

 もうひとつは、神霊が宿る山に人の争いを持ち込みたくは無かった。
 火竜に侵入者が襲われるのは、火竜の生息域を犯す人間の方が悪い。ですが、俺が仕掛けた罠に掛かって人死にが出る事は、その場合とは違った結果と成ります。

 三つ目は、俺自身が人の死に慣れたくは無かったし、タバサにも慣れて欲しくは無かった。
 相手が、失敗に対してどう対処しようが知った事では有りませんが、俺まで相手のレベルに合わせる必要は有りません。
 そう思ったのですが、この甘い判断が、後に何か悪い結果を起こさなければ良いとは思うのですけど……。

「厳密に言うと、彼は不死ではない。自らの老いた身体に炎を放ち、祭壇に集められた香木……つまり、植物の生命力を火に変換させる事によって新たな力を得て、自らの身体を再生する能力を持っているに過ぎない。
 その老いた身体の段階で捕らえられたら、彼は死に、そして、代わりに彼の能力を得る存在が現世に現れると言う事となる」

 永遠に繰り返す死と再生ですか。確かに、自分と言う自我がずっと続くのならば、それは永遠の生命と言う物と同義語と言っても間違いでは有りませんね。
 ……なのですが、ガリア王家は、そんな秘密を握っていながら、自らはその永遠の生命を求める事もなく、別の盟約をこの目の前の存在と交わしていると言う事ですか。

 永遠の生命とは、権力者に取っての目標。見果てぬ夢のひとつではないのですかね。
 もっとも、フェニックスが現世に干渉出来る存在かどうか、と言う問題も有るのですが。

 伝承では、様々な美しい歌を歌うとか、子供の声で話すとか言う伝承が残っているけど、それって、鳥レベルの知能の可能性も有ると言う事ですよね。
 永遠に死と再生を続けるけど知能が鳥では、何の意味もない可能性も有ると言う事なのかも知れないな。


 刹那、南の空から朱い光を放つ何モノかが姿を顕わせる。
 それは、未だ明けていない空を照らす朱い光。
 二筋の直線状に並んだ火竜に守られしその姿は、正に羽族の王と呼ぶに相応しいか。

 紅き山を朱に照らしながら、その山頂部分を三度睥睨するかのように旋回する霊鳥フェニックス。そして、その周りを滞空する火竜の群れ。
 その並びは、フェニックスを頂点とする朱い光の二重螺旋。生命の根幹を表現する構造を体現しているのか、それとも、霊的に炎の気を、その頂点に飛ぶ霊鳥に集める為にその形を取ったのか。

 そして、一声、天上の詩とも評されるやや高い鳴き声を上げたフェニックスの姿が、それまでの朱に染まった色合いから、紅蓮の炎そのものに変わる。

 再生の儀式が始まったと言う事ですか。
 そう思い、少し探知の精度を上げる俺。しかし……。

「大丈夫。彼は火行に属する王族。陰火に属する存在以外は彼に従う。地上と地下からの侵入を防いだ今、上空からの侵入者は有り得ない」

 俺の意図に気付いた導く者がそう言った。
 陰火に属する存在。確かに、数は多くないか。それに、鳥は部首の『れっか』が示す通り火行に属する存在だったと思います。

 俺の知識では、そうでした。西洋ではどうなるのか知らないけどね。

 ふたつの螺旋の中心を、祭壇目がけて急降下を開始する紅蓮の炎。その炎が螺旋を構成する火竜を染め上げ、明け方の空に、天上にも届く炎の柱を築き上げる。

 そう。これぞ、正に天を支える紅き柱。

 そして、祭壇に放たれたフェニックスの炎が新しい炎を形成する。
 その炎は、再生の炎。終末を表現する、フェニックス自らを燃やしつつ有る紅蓮の炎とは質の異なる若き炎。

 そして、終末の炎と、再生の炎が今、……合一した。

 刹那、香木の祭壇の有った場所と思しき炎の塊の上に浮かぶ二重の円と曲線、そして、数文字のアルファベットに因って構成される魔将フェニックスの印。
 そして、その印を見たタバサから、少し驚いたような雰囲気が発せられる。

「俺が連れている式神は、その呼び名の通り正に神。俺が住む世界では、ある程度の信仰を受けていた存在達や。
 そして、それはフェニックスも同じ。
 あの炎の上に浮かんだ印を使用して召喚の儀式を行い、式神契約に応じて貰えたら、この場に顕われたフェニックスの分霊(ワケミタマ)を式神として得られるようになると言う寸法なんや」

 素早く呪符(カード)にその印を写し取りながら、タバサにそう告げる俺。

 流石に、現在、炎を巻き上げ、その古き身体を、新しい生命力に溢れた身体へと再生中の霊鳥を直接式神にする事は難しいとは思いますが、その分霊ならば問題なく式神化する事は出来ます。

 タバサに説明を続けていた俺達の目の前で次の瞬間、爆発的に炎が広がり、俺達の滞空する空間まで、その炎が嘗め尽くすかに思われた。

 そして、続く少しの静寂。爆発的に広がった炎の気が徐々に収束して行き、その後に残されていたのは……。

 最初に顕われた時とは、明らかに大きさが違う。しかし、衰えていた炎の気は、香木に蓄えられた木気を、炎の気に転換された新たな活力に因り補充され、再生された存在。

 成るほど。木に因って生まれた火気を取り入れる事に因って若返ったと言う事ですか。
 木行とは、若さや青さを表現する行。青春なども、木行に属する期間ですからね。

 しかし、これは地水火風のこの世界の常識ではなく、木火土金水の五行の思想に通じる儀式だと思うのですけど……。
 この儀式の元を作ったのは、この世界の魔法使いなどでは無しに、俺と同じ思想を持った仙人なのでしょうか。

 若々しい炎の気に溢れた霊鳥が、その姿に相応しい生命に満ちた歌声を高らかに響かせる。
 これが、フェニックスが奏でると言う癒しの歌声か。この歌声を前にしたら、俺の笛が奏でる音楽は、小学生が吹くソプラノリコーダーにも劣りますね。

 ……確かに元々自信が有った訳ではないですけど、これはメチャクチャ落ち込む事実ですよ、俺としては。

 最初に顕われた時と比べると、明らかに小振りとなった羽を広げて、大空を目指す姿勢を整えるフェニックス。その羽に従う小さき精霊達の群れ。
 そして、急降下して来た時と同じように二重螺旋の中心。……空を支える炎の柱の中心を貫いて行く紅き霊鳥。

「今回の再生の儀式も無事に終了した」

 上空から、俺達に感謝の言葉を告げるかのように一声鳴いたフェニックスが、最初と同じように三度、この紅き山の上空を旋回した後、来た時と同じように南の空を目指して飛び去って行く。

「ガリア王家は盟約を果たした。故に、わたしもその盟約を果たす。
 わたしの力が必要な時は、何時でも(シン)の名によってわたしを呼ぶが良い」

 そう、俺とタバサに対して告げる導く者の目の前に浮かぶ印。この印は……。
 そんな事を思いながら、カードにその印を写し取る俺。

「崇拝される者?」

 俺には読む事の出来ないルーンに因って刻まれた印を読むタバサ。う~む。この世界で生きて行くには、ガリアの言語を読む能力だけではなしに、ルーン文字を読む能力も必要な可能性も出て来たと言う事ですか。

 それに、……『崇拝される者』ですか。

 俺は、目の前に滞空する炎が燃え上がるような雰囲気の長い髪の毛、燃えるように輝く瞳を持つ修道女姿の少女神を見つめながら、少し嘆息気味に呟いた。
 そう。俺の知って居る範囲内で、崇拝される者と呼ばれる存在、ルーン文字に関係が有り、炎属性で、更に女神様なら、アイルランドの女神ブリギッドしかいません。

 しかし、これでこの目の前の導く者の服装の意味が判りました。炎の色の長い髪の毛と燃えるような瞳は、火行に属する存在を意味していたのは分かっていましたけど、何故に修道女のような姿で顕われたのかが、今までは分からなかったのです。

 これは、キルデアの聖ブリギッドの暗喩だったのですか。

 ただ、背中の炎の羽については、未だに良く理由が判らないのですが。
 この部分は、天の御使いとでも言う暗喩なのでしょうか。

 しかし、疑問がまた出て来ましたよ。確かに印を手に入れて、その印を正確に大地に書き写してから彼女の名を呼べば、女神ブリギッドを召喚出来るとは思います。
 但し、印を手に入れたからと言って、その印を使用して、女神ブリギッドや霊鳥フェニックスを呼び出す能力を持っている人間が、俺以外に存在すると言うのでしょうか。
 系統魔法が全盛のこの世界で――

 そう考え掛ける俺。しかし、直ぐにその短絡的な考えを否定。

 そう、もしかすると、ガリア王家に伝わる秘術系の中には存在する可能性も有る。そう考えたから。それに、この世界の基本的なルール。使い魔は、魔法使い一人に一体だけと言う部分も、どうも抜け道が有るみたいですからね。

 まして、神の名と言っていたけど、それって、おそらくは真名(マナ)の事でしょう。それを、この世界の使い魔召喚の儀で唱えたら、間違いなく彼女を召喚出来ると思います。

 いや、そんな事は、今のトコロはどうでも良いか。取りとめのない思考を一時中断。それよりも、彼女の発言の中に気になる台詞が有る事に気付いた俺。
 それは――

「貴女の能力が必要になるような事が、この世界で起きつつ有ると言う事なのでしょうか、崇拝される者」

 そう聞いた俺に対して、しかし、首を横に振るブリギッド。その瞬間、能力を発動中の彼女の赤き髪の毛が揺れ、周囲に得も言われぬ香気が漂う。
 そして、

「未だ判らない。でも、古の盟約に従い、ガリアに災厄が訪れし時は、わたしが助力する事と成っている」

 成るほど。彼女に予知に類する能力が有って、危機を警告する為に先ほどの台詞を口にした訳などではなく、単に、そう言う儀礼だから口にしたに過ぎないと言う事ですか。
 但し、何かが起きつつ有ると言う可能性も否定出来ない台詞と成っているのは確かなのですが。

 それだけ告げると、ブリギッドは顕われた時と同じような唐突さで姿を消して終った。
 彼女の残り香とも言うべき、炎の気を残して……。
 いや、ある意味、この山……もしくは、火竜山脈に居続ける限り、彼女の気を感じ続ける事と成るのかも知れないのですが。


 成るほど。これで、今回の任務。極楽鳥の雛の護衛は終了と言う事なのでしょう。そう思い、自らの左腕に巻かれている古い腕時計に視線を送る俺。。
 現在の時刻は午前五時の少し前、と言うトコロですか……。

 そうすると、次は。

「あのな、タバサ。ひとつ聞くけど、今回の事件の顛末をオマエさんの上司に報告する必要が有るんやな」

 俺の問いに対して、コクリと小さく首肯くタバサ。
 成るほど。それに、これは当然ですか。フェニックスの印、そして、ブリギッドの印も、俺に与えられたモノでは無くて、古の盟約に従いガリア王家に与えられたモノです。この場には、この印を使って彼女を召喚して良い人間はいません。
 タバサは騎士に任じられた際に、王家の一員からは外されていますから。

 つまり、事の顛末の報告と共に、古の盟約の履行に因って得られたフェニックスとブリギッドの印を、ガリア王家に渡す必要が有ると言う事ですから。

「そうしたら、何かを腹に入れてから少しの睡眠を取り、それからジョルジュのトコロに行こうか」

 俺の台詞に、少し不思議そうな気を発するタバサ。そして、

「仮眠の前に朝食を取るのは了承出来る。でも、その後に、ジョルジュ・ド・モーリエンヌの所に向かう理由が不明」

 ……と普段通りの口調で言った。そこに、別に疲労の色を感じさせる事など無く。
 但し、彼女が疲労していなくても、俺が疲労しています。出来る事ならば朝食を取った後に、少しの仮眠を取りたい。そして、その後に……。

「あそこの家の領地には、温泉が有ると言う話やろう?」

 俺の言葉にひとつ首肯いてから、少し考える仕草のタバサ。
 そして、

「了承した」

 ……と短く答えた。

 もっともこの世界に、もらい湯と言うシステムが有るかどうかは判らないけど、少なくとも王宮に出向く前には身支度を整える必要が有ると思います。
 それに、あの竜殺し殿にも、この紅き山で起きた事のあらましぐらいは知る権利も持っているとも思います。この不死鳥再生の儀に関しては、元々、彼の一族の仕事だったはずですから。

 そうしたら、最初は朝飯……と言うべきなのでしょうね。この時間帯ならば。

「……と言う訳で次は朝飯と決まった訳なんやけど。
 タバサは、何か食べたい物は有るか?」

 但し、時間を掛けて何かを作る余裕はないから、ハルファスに頼んで調達して貰う事になるのですが。

 何故か、その俺の台詞を聞いた瞬間、タバサの両目が光ったように感じたのは気のせいで有ったのでしょうか。
 そして、おもむろに。まるで、厳かな儀式の最後を飾るべき言葉を告げるが如き雰囲気で、タバサは、俺に対してこう告げたのでした。

 より彼女に相応しい、神託を告げる巫女の雰囲気を纏って。

「カレー」


 
 

 
後書き
 この第19話にて、極楽鳥の話と思わせて置いて、実は不死鳥の再生話だった、と言うシナリオは終わりです。
 第20話からは、ゼロ魔原作第1巻の最後。『フリッグの舞踏会』と成ります。

 もっとも、この話も、フーケに因る破壊の杖盗難事件が起きていないので、まったく違う事件が起きる事と成るのですが。
 ゼロ魔原作小説と比べると、ずっと魔が濃い話と成って居ます。
 まぁ、極楽鳥の卵の話が、何故かフェニックスの再生話に変わる世界ですから、単純な後日談的な舞踏会に成る訳がないのですが。

 尚、本来ならば、タバサはこの舞踏会の途中に抜け出して、別の任務に就くはずなのですが、その歴史は変えて有ります。
 そうしなければならない理由が有りますから。

 当然、その任務に関しても、後に描写する事と成っています。
 原作小説世界とは違い、非常に魔が濃い話と成って居ますが。

 それでは、次回タイトルは『フリッグの舞踏会』です。

追記。

 不死鳥フェニックス。
 ソロモン七十二の魔将の一柱。地獄の侯爵。不死鳥の姿で召喚者の前に現れ、子供の声で話す。その職能は、科学の不思議を開陳する事。

 崇拝される者ブリギッド。
 ケルトの地母神で有り、ダヌー神族の名の元と成った女神。大地の神ダグザの娘。暴君ブレスの神妃でも有る。火とかまどと、光と詩歌の女神とされる。妹が二人存在するらしい。
 ……ウルド、ヴェルダンディ、スクルドや、モリーアン、マッハ、ネヴァンの三姉妹と同じような職能を有しているのでしょうかね。

 おまけ。
 導く者の真名は、崇拝される者ブリギットでは有りません。ただ、その真名を明かすかどうかは現状では微妙ですが。今回、明かしたのは、飽くまでも『神としての名前』です。

 追記2。

 右目にものもらいが……。13年1月末には、左目が開けなくなっていたのに、今度は右目。
 呪われているとしか言い様がない。

 ━━ 罫線の確認。
                                               
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