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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第六章 贖罪の炎赤石
  第三話 士郎危機一髪!?

 
前書き
カトレア  「シロウさ~ん? 起きてますか~?」
ルイズ   「シロウ……一人寝が寂しくて」
エレオノール「暇でしょ! 暇に違いないでしょ! いいから仕事を手伝いなさい!」
士郎    「……やばい……どうする、窓には竜に乗ったカトレア。隣の部屋にはルイズ。部屋の外にはエレオノール……」
カトレア  「カーテンなんか閉めて? 寝ているんですか?」
ルイズ   「シロウ、今からそこに行くからね」
エレオノール「早く開けなさい!」
士郎    「ベッドの上には……全裸のシエスタ……は、早くここから脱出しなければ……っ!!?」
カトレア  「シロウさん?」
ルイズ   「シロウ?」
エレオノール「エミヤシロウ!」
士郎    「どうする?! どうするよ俺ぇええぇ??!!」


 部屋の中から脱出を試みる士郎ッ!!?
 
 しかしっ! 部屋は囲まれている! 気付かれずに出ることは不可能だ!?

 鋭き眼光を光らせるhunterたちの魔の手から、士郎は逃げ切れるのか!!?

 次回『強行突破?!』
 
 厚き壁! 打ち壊せるか士郎!!?

 本編始まります。 

 
 カトレアと共に巣から落ちた雛を助けた士郎が、窓から落ちてきたエレオノールを助けた後城に戻ると、城のあちこちで大勢の使用人が掃除をしていた。士郎がメイドの一人に声をかけて事情を聞くと、どうやらルイズの父親が帰ってきたのだそうだ。

「そうか。で、その公爵さまは今どちらに?」
「今は皆さまと一緒にバルコニーで朝食を取っております。ですので早く掃除をしなければならないのですっ!!」

 焦った顔で士郎に怒鳴りつけるように説明するメイドに頭を下げ礼を言った士郎は部屋に向かおうとしていた足を反転すると、また外に向かって歩き始めた。足が向かう先は、カトレアと共に散歩した森。

「確かバルコニーが覗ける所があったな」

 カトレアを抱えて木の上を飛び回っている際に見つけた、バルコニーが覗ける場所へと向かう。常人では見えない場所でも、強化した視力ならば問題はない。忙しく掃除をする使用人の手伝いをしようかとは思ったが、残念なことに確かめなければならないことがある。

「……ラ・ヴァリエール公爵か……さて、どんな人物なのか」






「……ん……ぁ……」
「……苦しい」

 昨日の夜、士郎の膝の上で眠りについたルイズは、目が覚めるとシエスタの白い胸元が視界いっぱいに広がっていた。抱き枕よろしくシエスタに抱かれているルイズの身体は、椅子の上ではなくベッドの上にある。こんな状況で目が覚めると、昔は悲鳴や怒声の一つや二つ飛んでいたが、今ではもうそんなことは……あまり(・・・)ない。押しのけるように腕を伸ばすと、柔らかく沈み込む感触がルイズの手のひらに伝わる。その感触にしかめっ面をしながらも起き上がったルイズは、ルイズの代わりに毛布を抱え込むシエスタを視界の端に捉えながら、部屋の中を見回す。

「……シロウは……修行……かな?」

 部屋の中に士郎の姿がなく、ルイズはこてんと首を傾けて呟く。

「……ん? 何ようるさいわね」

 ルイズがもぞもぞと狭いベッドから降りようとしていると、人が走り回る騒がしい音がドアの向こうから聞こえてきた。騒音に顔を歪めながらもベッドから降りると、何かあったのかとドアを開けようとし、

「な、何っ?!」
「邪魔よ邪魔っ!! 早くどいてっ!」
「ちょ、ちょっと」

 打ち破る勢いで開いたドアからメイドたちが飛び込んできた。
 慌てるルイズを押しのけたメイドたちは、士郎が隅に片付けたモップやポリッシュの入った缶を掴むと、次々に部屋から出て行く。突然の出来事に呆然としていたルイズだったが、気を取り直すと部屋から出ていこうとするメイドの一人を捕まえた。

「っ! 何よっ!? 今いそが……し……ぃ……る、るるるルイズさまっ!!??」
「何かあったの?」
「ししいし、失礼いたしましたっ!! き、気付かなかったとはいえ、なんとしつ――」
「いいから答えなさい。何かあったの?」

 メイドは腕を掴まれた手を振り払おうとしたが、自分の腕を掴むのがルイズだと気付くと、顔色を真っ青にすると必死に謝りだす。ぺこぺこと謝りだしたメイドに、ルイズは片手をひらひらと振りながらも再度質問をすると、メイドは恐る恐ると顔を上げ口を開く。

「そ、その……だ、旦那様がご到着されまして……それで……」
「お父さまが……そう、ありがとう」

 腰を曲げるメイドに一言礼を言ったルイズはメイドに背中を向けると一度目を閉じ、

「……さあ、正念場ね」

 硬い決意に輝く瞳を開いた。










「あの鳥の骨めっ!! 何が『一個軍団編成されたし』だっ!! わしはもう軍務を退いたと言っているというのにっ!!」

 日の光が暖かく降り注ぐバルコニーに、渋みがかったバリトンの怒声が響く。
 バルコニーに引き出された机に、ラ・ヴァリエール家の全員が揃っている。ラ・ヴァリエール家の女性の全員がテーブルの上に置かれた朝食をとっている中、家長である公爵だけが朝食ではなく、鳥の骨……枢機卿の文句を口にしていた。
 ぎゃーぎゃーと騒ぐ公爵を朝食を食べながら見つめていたルイズは、手の中にあるパンの残りを口の中に含むと、お茶と一緒にごくりと飲みこんだ。

「父さま、少しよろしいでしょうか」
「ん? おおルイズか。いいともいいとも。だが、その前にこの父親に接吻をしてくれんかな?」
「……わたしは戦争に行きます」

 頬を突き出す公爵を一瞥したルイズは、冷めた表情で静かに声を上げた。

「ルイズっ!」

 ルイズの発言にエレオノールが叱責するように声を上げるが、ルイズは顔も向けない。そんな二人の横で、カトレアは静かにカップを傾けている。

「馬鹿なことをいうな。お前には謹慎を命ずる。戦が終わるまでこの城から一歩も出ることを許さん」
「……わかりました。それではわたしはこれで失礼します」
「何処へ行くルイズっ!?」
「一度学院に戻り、準備を整えた後、戦へと行きます」
「なっ?!」

 話は聞かないといった態度を取る公爵に背を向けたルイズを、椅子を蹴倒しながら立ち上がった公爵が呼び止める。
 ルイズの振り返ることなく答えた言葉に、公爵が驚愕の声を上げると、隣りで今まで無言だった夫人が口を開いた。

「どういうつもりルイズ。魔法の才能がないあなたが行っても、ただの足でまといになるだけですよ」
「足でまといにはなりません」

 ルイズは振り返ると、鋭い視線を向けてくる夫人の目を真っ向から受け止めた。怯えることなく夫人の視線を受け止めるルイズの態度に、公爵とエレオノールが息を呑む。
 ルイズは一度大きく息を吸う。

「母さまたちは勘違いしてるみたいですが、わたしはここに戦への参加の許可をいただきに来たわけではありません」
「な、何を言ってるのルイズ」

 エレオノールが意味がわからないと、ルイズに頬をヒクつかせながら問いただしている。ルイズは覚悟を決めるように一度目を閉じると、目を開け家族をぐるりと見渡す。

「わたしは、ここに報告に来ただけです……戦争に参加すると」
「……だ、駄目だッ駄目だッ!! 戦へ行くことは許さんっ!!」

 ルイズの言葉に、一瞬沈黙がバルコニーに満ちるが、それは公爵の怒声で破られた。
 公爵はルイズに指を突きつけると、唾を飛ばしながら叱りつける。

「何を言っている!! 戦争に行くだと? 馬鹿なことを言うなっ! お前はまだ子供だからわからないだろうが、この戦争は間違っているのだっ! いいか、そもそ――」
「敵は五万、味方は六万。戦争は敵の三倍の数がなければ確実な勝利は出来ない。例え拠点を得ることが出来ても、空を制したとしてもこの数では苦戦は必須……攻め込むことは下策」
「な……に?」

 ルイズが淡々と口にするものに、公爵の口がポカンと開く。隣に座る夫人もまた、鉄の仮面のような表情に驚きが見える。
 両親が戸惑っているのことを気にすることなく、ルイズの話は続く。

「上策は攻め込むのではなく、食料の大部分を輸入で補っている空の大陸が干上がるまで包囲すること……ですよね」
「……お前……どうして」

 信じられないものを見るかのような目を向けてくる公爵に、ルイズはふっと大人びた笑みを向ける。笑みには色気が交じっており、その姿には艶めかしい女が感じ取れた。
 子供だと思っていたルイズが浮かべた女の笑みに固まる公爵に、ルイズは人差し指を唇に当てると、更に笑みを濃くする。

「父さま……わたしは何時までも子供のままじゃありません。もう……大人の女なんですよ」
「……あなたまさか……」

 夫人の眉間に皺がよる。
 何かに気付いた様子を見せたが、すぐにまさかねと皺を消す。
 ルイズはそんな夫人の様子に気付くことなく、胸の上に両手を置くと柔らかな、優しげな笑みをつくる。

「この戦争が正しいものとはわたしも思っていません。確かに間違いを指摘することが忠義なのでしょう……だけど、わたしが戦争に参加するのは、姫さまの臣下だからではなく」

 ルイズは小さく頷くと、公爵と夫人をしっかりと見据える。

「わたしが姫さまの友達だから行くのです」
「まあ」
「……ルイズ」
「……とも、だち」
「っ……むっ……んんむっ」

 ルイズの言葉に、エレオノールは呆然と、夫人は顎に手を当て考え込み、公爵は苦々しい顔になった。難しい顔をする家族の中、ただ一人だけ、カトレアが優しい笑みを浮かべている。

「戦争に赴く友達を助けるため、わたしは絶対にこの戦争に参加します」

 黙り込む家族を確認したルイズは、それではとバルコニーから去ろうとしたが、再度公爵が呼び止めた。

「い、いやっ! 駄目だルイズ! たとえどんな理由があろうとも、お前が戦争に行くことは了承出来ん。そ、そうだ、お前は婿を取れ」
「は?」

 公爵の言葉を無視して去ろうとしたルイズだったが、公爵の最後の言葉に思わず足を止め、振り返ってしまった。ルイズだけでなく、カトレア、エレオノール、夫人も公爵を見つめている。
 公爵はだらだらと汗が流れる顔をルイズに向けると、必死な形相で喚き出す。

「そ、そうだ、お前はワルドに裏切られや、自棄になっているのだっ! む、婿を取ればお、落ち着くはずだっ! い、いいか、これは命令だぞ、いいか命令だからな!」
「な、何をいきなりっ!?」

 ルイズが抗議の声を上げるが、公爵は一顧だにしない。

「ジェロームッ!! ルイズを城から出すな! よいな!?」
「かしこまりました」

 朝食の間、ずっと黙って傍らに立っていた執事に命令すると、唖然と立ち尽くすルイズを背中に、朝食の席から逃げるように離れていった。城の中に消えていく公爵に向かって手を伸ばした形で固まるルイズを、席から立ち上がった夫人と姉たちが取り囲み出だす。

「ルイズ、あなたの気持ちもわかりますが、お父さまをあまり心配かけないようにしなさい」
「父さまの言うとおりよ、あなた婿をとって少しは落ち着きなさい」

 次々にルイズを説得し始めた母と長女に、ルイズは強く反発する。

「絶対に! ぜったあああああいに結婚しないから!!」
「何でそこまで反対するの? あなた……まさか」
「もしかしてルイズ。あなた恋人とかいるんじゃ」
「そ、そんな……人は……」

 母と長女の言葉にびくりと背筋を震わすルイズを、母と長女が責め立て始めた。ルイズは逃げるように後ずさるが、母と長女は逃がさない。

「「いるわね」」
「ちょっ! 何でっ?!」

 断定する母と長女に後尾の声を上げるが、当たり前のごとくそれは無視され、二人の追求はさらに激しくなる。

「どこの貴族よ? 伯爵? 男爵?」
「……まさかシュヴァリエだとか言わないわよね?」
「い」
「「い?」」 
「いい加減にしてよっ!!」
「「なっ!?」」 

 うがーと両手を広げ叫ぶルイズに、夫人とエレオノールが一歩下がる。下がる二人をルイズは逆に責め立て始めた。

「わたしが誰を好きになってもいいでしょっ!! もうわたしは一人で考えて一人で決められるのよ!! たとえなんと言われようともわたしはわたしの信じる道を行くからっ!!」
「何をっ!?」
「待ちなさいルイズっ!」

 顔を真っ赤にさせて母と長女に食ってかかったルイズは、二人が怯んだ瞬間を逃すことなく駆け出す。静止の声を上げる二人に従うことなく、ルイズはバルコニーから逃げ出した。









「……本当に、もう大丈夫だな」

 バルコニーから三リーグほど離れた森の中の木の上に士郎は立っていた。強化した視力と読唇術でラ・ヴァリエール家の朝食の一部始終を見ていた士郎は、ルイズが逃げ出すのを確認すると、木の上から飛び降りる。常人ならば下手をすれば即死する高さを、士郎は危なげなく飛び降りると、木の間を縫うように駆け出す。行き先は城の中。ルイズを追う前に、士郎にはやることがあったからだ。公爵がルイズに謹慎を命じたということは、自分たちはまだしもルイズがここから出ることは容易ではなくなった。ルイズがここから出るためには、抜け出すか強行突破しなければならない。そのため、その準備を整えるため、士郎は、まずはシエスタを見つけなければならなかった。
 一応あたりはつけている。
 昨日士郎たちが寝泊まりした部屋の中だ。
 シエスタはメイドだが、ラ・ヴァリエール家のメイドではない。ルイズのお供としてここについて来た(強制的に連れてこられた)シエスタは、ある意味お客さんでもあるため、忙しく掃除をするメイドの手伝いをさせられることはないだろう。たとえシエスタが自主的に手伝うとしても、勝手のわからないメイドに掃除させる危険性を、わざわざここのメイドたちが取る可能性は低い。また、シエスタが忙しく掃除をしているメイドたちを気にすることなく遊びに行くというのも考えにくい。
 ならば、かなりの可能性でシエスタは部屋の中にまだいる。そう結論づけた士郎は、城の召使たちがルイズを探し回っているのを視界の端に捉えながら部屋に向かっていた。

「どうやらルイズはまだ見つかっていないみたいだな」

 「ルイズさま~! ルイズさま~!」と声を上げ駆け回る召使の様子に、さて、俺のご主人さまは何処にいるのか……と呟きながらも部屋に辿りつく。部屋の中からシエスタの気配を感じた士郎だが、礼儀としてノックをしようと手を上げたが、

「シロウさん」

 ノックされることなく下ろされた。 
 士郎が振り返ると、その視線の先には、桃色がかったブロンドに鳶色の瞳を持つ女性。召使たちが必死になって探しているルイズによく似た、しかし、違う女性がそこにいた。
 ルイズよりも背が高く、柔らかで女性らしさが滲みでる……ルイズの姉であるカトレアがそこにいた。

「どうした?」
「あら? 用事がなければ会いに来てはダメなんですか?」

 頬に手を当て小首を傾げ、悪戯っぽく笑ってみせるカトレアに、士郎は小さな笑みを返した。

「そんなわけないだろ。会いに来たければ何時でもくればいい。俺は何時でも歓迎するぞ」
「ふふふ…………そう、ですか」

 士郎の言葉に声を出して笑ったカトレアだったが、浮かべる笑みの中に、不意に悲しげな色が混ざった。微かな悲しげな色を見逃さず、士郎が心配気にカトレアを覗き込む。

「気分でも悪いのか?」
「……大丈夫です……と言ってもあなたは信じませんよね」
「当たり前だ。部屋まで送ろう」
「……部屋まで送って、どうするつもりですか?」
「どうするって……どうもしないぞ」

 見下ろしてくる士郎の鼻を人差し指で押し返すと、士郎は逆らうことなく指の動きに従う。口の端を微かに曲げながら顔を曲げながら頬をかく士郎に、カトレアは一瞬ハッとするほどの愛おしげな色が帯びた目を向けたが、すぐにそれを霧散させた。そのため、士郎が顔を戻した時、カトレアの瞳に浮かんでいたものに気付くことはなかった。

「ふふ……冗談です。わたしは本当に大丈夫ですから。それよりもルイズのことです」
「ルイズがどうした?」
「ルイズは今、中庭にある池に浮かぶ小さな小舟の上にいます。逃げる準備はわたしが整えますから、シロウさんはルイズと一緒に城の外に出てください。街道に馬車を用意しておきますから」

 いつもどおりの柔らかい笑みを浮かべたまま、脱出計画を口にするカトレアに、士郎は探るような目を向ける。

「逃げる、か……カトレアはそれでいいのか?」
「……わたしも、ルイズが戦争に参加することは反対です」
「それなら――」

 士郎の言葉を遮るように、拒絶するようにカトレアが声を上げる。

「でも、ルイズが決めたことですから」
「……そう、か」

 カトレアの言葉に顔を俯かせた士郎は、ゆっくりと顔を上げてカトレアに頷いてみせた。 

「……わかった。馬車はいいが御者は――」
「もちろん、そこにいるメイドさんにお願いしますわ」

 士郎がシエスタのことを伝えようとするのに先んじ、カトレアが士郎が背にするドアを指差しながら頷く。士郎は察しのいいカトレアに笑いかけると、「ああ、そういえば」と呟きながら外套の裏に手を伸ばす。
 士郎は外套の裏から目的のものを取り出すと、不思議そうな目を向けてくるカトレアに差し出した。 

「これを君に渡そうと思っていたんだ」
「これは……剣……ですか?」

 士郎が手にするものは、反りのある細長い棒のようなもの。長さは六~七十サント、幅は三~四サントはある。
 首を傾けながら伸ばしてくる白い手の上に、士郎は手に持つ刀を載せた。手にした想像以上のずしりとした重さに、カトレアの足がたたらを踏む。

「これは?」
「刀と呼ばれる剣の一種だ」
「……カタナ……ですか」

 剣という言葉に、カトレアは複雑な視線を手にした剣に落とす。

「これを、わたしに?」
「ああ、この刀は俺の故郷の武器なんだが、武器としてではなくお守りとして使われることがある」
「お守り? 剣がお守りになるのですか?」

 カトレアは刀を両手で持ち、士郎を見上げる。

「俺の故郷では、昔から剣には神秘的な力が宿ると信じられていてな、その力で降りかかる災難から身を守ろうとしていたそうだ」
「神秘的な力……それは魔法のことですか?」
「さて、それはわからないが、まあ、とにかくだ。昔から刀はお守りとして使われている。本来はそれの半分位の長さの短刀というものがお守りとして使われるんだが、その刀はちょっと特別なものでな」
「特別?」

 掲げるように目の前に持ち上げた刀を眺めるカトレアに、士郎は刀の銘を伝える。

「『大典太光世』、それがこの刀の銘だ」
「オオデンタミツヨ? 不思議な名前ですね」
「不思議か……まあ、そうだな。少し借りるぞ」

 士郎はカトレアから刀を受け取ると、柄に手を掛け一気に引き抜いた。

「わ……ぁ……綺麗……」

 抜き放った刀の刀身は、まるで濡れているかのようだ。窓から差し込む光に照らされ輝く様子は、武器というよりも芸術品。芸術品というよりも、宝石のようだった。その、あまりの美しさに見惚れるカトレアの前で、士郎は刀をゆっくりと鞘に収めた。

「この刀は武器としても芸術品としても一級品だが、それさえも霞む程の力がある」
「力? それは……もしかして」
「お守りとしての力だ」

 刀身を鞘に収めた士郎は、それをカトレアに返す。カトレアは士郎から受け取った刀を胸に抱くようにして持つと、「お守り、ですか」と呟きながら士郎を見る。

「この刀にはある逸話があってな、昔あるお姫さまが謎の病気にかかりどうしても治療することが出来なかったのだが、この刀を枕元においてみると、忽ち病気は治ったそうだ」
「病気……治る……それって」
「カトレア、騙されたと思ってそれを肌身離さず持っていろ」

 士郎の言葉に、カトレアの瞳が戸惑うように揺れている。士郎は安心させるようにカトレアの桃色がかった柔らかな髪を梳くように撫でると、目を細め優しげな笑みを向けた。

「この刀はきっとお前を守ってくれる」
「……守って、くれる」

 ぽんぽんと頭を軽く叩くと、士郎はカトレアから離れだす。しかし、数歩ほど歩くと首だけを振り向き、

「その刀が失くなると加護も受けられなくなるから絶対になくすな」

 そう忠告すると、ルイズの下へと歩き出す。
 段々と小さくなる士郎の背中に、カトレアの焦ったような声が向けられる。

「し、シロウさんっ!」
「どうした?」

 カトレアの声に士郎は立ち止まり、顔だけをカトレアに向ける。

「もしっ、もしわたしの身体が治ったら、あなたに会いに行ってもいいですかっ!?」

 刀を人形のように胸に抱きしめながら、不安気に揺れる目で見つめてくるカトレアに、士郎は苦笑を浮かべると、体ごとカトレアに向き直った。

「さっきも言っただろう。会いに来たければ何時でもくればいい。俺は何時でも君を歓迎する」
「……はい、わかりました」

 ぎゅっと刀を抱きしめ、顔を俯かせるカトレアにそれじゃと背を向けた士郎が再度歩き出す。去ってゆく士郎の背に、カトレアは今度は何も言わなかった。士郎の姿が完全に見えなくなると、カトレアは壁に背を預け、どこか焦点が合っていない目を天井へと向ける。

「……ルイズが変わったのは、きっとあなたのおかげなのでしょうね…………」

 父や母、姉に怯えていつもビクビクしていたルイズ。
 魔法が使えず、常に不安気で、自分に自身のなかったルイズ。
 それが、あんなに力強く、自信気に……。
 子供の頃から怖がっていたお母さまにも、あんなに毅然とした態度で……。
 ゆっくりと顔を落とすと、刀の柄頭に額を当てる。そっと撫でるように手に持つ刀を見つめたカトレアは、自分に言い聞かせるように小さく口の中で呟いた。

「……わたしも……変われるでしょうか……」 










 ルイズは中庭の小舟の中、一人敵陣の真ん中に取り残された兵士のようにひっそりと隠れていた。
 微かに自分を探す使用人たちの声が聞こえてくる。途切れなく聞こえてくる声に、小舟の中から脱出する機会が得られない。動くに動けない状態に、ぎりぎりと歯ぎしりをする。

「まったく、何考えてるのよ父さまは……ッ!!」

 ぶつぶつと父親の文句を言いながら、ルイズはゆらゆらと揺れる小舟に揺られている。段々と近付いてくる使用人の声に、小舟の中に置いてある毛布で身体を隠す。いくら城の中から死角になる場所であるからといって、あまり近づかれると気づかれてしまう。
 逃げるように、隠れるように毛布を身体に引っ被っていると、子供の頃が思い出される。
 小さい頃は、嫌なことがあればよくここに来てはこうして隠れていたものだった。そうしていると、段々と気持ちが収まってきたのだけれど、今は、何故かそんな風にはならない。
 どうしてだろう?
 昔のわたしが、ここで気持ちが穏やかになったのは……多分、それは……ここがわたしの居場所だったからだと思う……。
 家の中の何処にも居場所がないわたしと、誰にも見向きもされない中庭の小舟……。
 わたしに優しいちいねえさまの所も気持ちが穏やかになったけれど……病弱でも魔法が使えるちいねえさまに時として嫉妬してしまうこともあったから……素直にそこに行くことは出来なかった……。
 だけど、わたしは変わった……シロウに出会って。
 笑って、怒って、泣いて、悲しんで、絶望して、喧嘩して、好きになって、嫌いになって、愛しくなって…………………。
 わたしは変わった……。
 そして……シロウが、わたしの居場所になった。
 だから、ここはもう、わたしの居場所じゃなくなった。
 だから……。

 ルイズが口元に柔らかな笑みを浮かべると、中庭の土を踏みしめる小さな音が聞こえてきた。息を潜め、静かにしていると、足音は段々と近付いてくる。足音は池の小島に続く木橋を渡り始めたところで唐突に止まった。
 聞こえなくなった足音に、ルイズがどうしたのだろうと思った瞬間、

「ッ! きゃっ?!」

 トンという軽い音と共に船がギシリと揺れた。船が傾き、ルイズは毛布から転がり出てくる。ゴロゴロと小さな小舟の中を転げたルイズは、船を揺らした犯人の足元で止まった。

「隠れんぼかルイズ?」
「……誰かさんのせいでね」

 小舟の縁に器用に立った士郎が、足元に転がってきたルイズを見下ろす。ルイズは憮然とした顔で士郎に文句を言うと、身体を起こしぺたりと船の上に座った。

「良くわたしがここにいるってわかったわね?」
「カトレアから聞いてな」
「……カトレア?」
「馬車の用意は出来ているそうだ。さて行くか」
「待ちなさい」

 背中を向けて逃げ出そうとする士郎の外套を掴んだルイズは、ギリギリと軋みを上げて振り返る士郎を優しく笑い掛け、

「何時から、ちいねえさまを呼びすてにするようになったの?」
「……今朝……ちょっとな」
「ふ~ん……ちょっと……ねぇ……」
「いや、その、まあ……なんだ」

 もごもごと口を動かす士郎に、ルイズはバンバンと自分の前の船板を叩く。士郎は小さく溜め息をつきながらも、ルイズの前に正座をして座り込む。

「詳しく事情を聞かせてもらいましょうか」
「詳しくといってもだな」

 ぽりぽりと頭を掻く士郎に、ルイズは探るような視線を向ける。

「詳しくは詳しくよ。一体どうしたらちいねえさまを呼び捨てすることになるのよ」
「とは言ってもだな。今朝森の中で修練していた時に、ミス・フォン――カトレアに会ってな、その時色々話しただけだが」
「それだけじゃないでしょ」
「まあ確かに。巣から落ちた鳥の雛を巣に戻したり、カトレアを抱いて木の上を鳥と飛び回ったりしたな」
「抱いて? 抱いてって何? 木の上でナニしてたのよ?! ちいねえさまは身体が弱いのよっ!! それなのにいきなり外で?! しかも木の上っ!? 一体どんなプレイなのよっ!??!」
「ちょ、ちょっと落ち着けっ!」

 士郎の襟を掴むと、ルイズはキスするような至近距離で士郎を睨み付ける。ギリギリとゆっくりと締め上げ始めるルイズに、士郎は両手を上下させ落ち着かせようとするが、興奮したルイズは止まらない。
 ルイズは体重をどんどんかけてくる。ルイズの体重をいくらかけられても、全くビクともしない筈の士郎だが、運悪く? 船が揺れるタイミングとルイズが体重をかけるタイミングが奇跡的に合わさり。
 結果……。

「きゃんっ……?!」
「っ!?」

 ルイズは士郎を押し倒すことに成功? した。士郎を押し倒したルイズは、士郎の腰の上に跨るような形となっている。ルイズは士郎の鍛え抜かれた腹筋の上に手をつきながら顔を上げると、

「……ふ~ん」
「……なぜ笑う?」

 自分の今の格好に気付き、ルイズはヒクつく顔で見上げてくる士郎を見下ろす。
 嫌な予感が背筋を通り抜け、ルイズを押しのけてでも立ち上がろうとした士郎だが、先を制するようにルイズは動いた。

「ん~……ふふ」
「っ!? なっ何を考えてる?!」
「何って? ……誰も来ない中庭……身体の下には愛する人……さらに昨日までシロウと喧嘩してて欲求不満気味のわたし……つまり」
「つ、つまり?」
「セ――も、もうっ! 何言わせるのよ馬鹿っ!」
「お前が自分でいっ――むご?!」
「んぅ……ぁ……んむぁ……ちゅ……ぷ……ぅ」

 突然切れたルイズに、士郎が突っ込みを入れようとしたが、ルイズは手馴れた動きで士郎の口を自分の口で塞いだ。押し返そうとする士郎の動きを、ルイズはガチリと士郎の顔を抱きしめることで防ぐ。抗議の声を上げようとする士郎の口を、自分の舌を士郎の中に入れることで妨害する。何とか口からルイズを引き離そうと、士郎の舌が口内に侵入してきたルイズの舌を追い返す。二人の舌が士郎の口内で押し付け合い、絡み合う。士郎は口の中からルイズの舌を追い出そうと、ルイズは押し返されるのを防ぐため士郎の口の中に侵入しようとする。目的が一致しない二人の戦いは激しさを増す。辺りにグチュグチュと粘ついた音が響きだし、二人の合わさった唇の端からは、白く泡立った唾液が垂れ始めた。

「んっふ! ふむっんんっ! すっぅっんぁ」
「すっ、ん、ふ、っ」

 ピタリと二人の口が合わさっているため、呼吸は鼻でするしかない。激しさが増していくのを教えるかのように、二人の鼻息が段々と荒くなっていく。
 酸素が足りないことや、口だけとは言え激しい運動をしているためか、ルイズの身体に汗が浮き出してくる。ルイズは士郎の頭に回していた腕を外すと、士郎の身体に自身の身体を押し付けながら、器用に服を脱ぎ始めた。汗に濡れた服は脱ぎにくいのか、ルイズは半ば破り捨てるように服を脱いだ。
 上は薄い肌着のみになったルイズは、再度士郎の頭に腕を回す。汗で濡れ、身体に張り付いた肌着は、淡く色付き始めたルイズの身体を全く隠していない。獲物を地面に引き倒した肉食獣のように士郎に馬乗りになった状態のルイズは、まるで匂いを擦り付けるように、士郎の身体に自分の身体を擦りつけ始めた。
 士郎に身体を押し付けた身体を上下に揺すっていたためか、肌着とスカート、そしてスカートの下のショーツまでずり下がり始める。
 このままだと真昼間の外で裸になってしまう。しかし、ルイズは全く気にしていない。いや、ただもう、正気じゃないのだろう。ルイズの目には、活火山の火口のように、燃え上がるどろりとしたマグマのような情欲の炎が燃えている。これではもう、止めれないし止まらない。
 これ以上は本当の本当にヤバイと判断した士郎が、池に落ちてでも逃れようと身体に力を込めた時、

「ふむぶっ??!!」
「んんぁ、むっんぁぁっ、ぁむ……んむ?」

 ルイズの背中越しに素敵で危険な光景が広がっていた。
 池の周りを、カトレアを除くルイズの家族と城の使用人が取り囲んでいた。
 貴族平民合わせて大体三十人はいるだろう。
 こちらを見つめる全員は同じ様な態度を取っている。
 それは……。

「ゆ、夢よね」
「幻覚ね」
「幻だ」
「最近の夢は生々しいもんだなあ」
「ルイズさまがこんなことしてる夢だなんて……溜まってるのか?」

 現実逃避と呼ばれるものだった。

 

 

「ん……うぁ……ぇぅ……何ろもう」
「っぷは! ルイズ! 周りを見ろっ!」


 士郎が器用にキスしながら吹き出すと、ルイズが戸惑いながら上気した顔で士郎の口の中からずるずると舌を引き出した。ごぽりと白く泡立った唾液が二人の口の中から溢れ出す。口から溢れ出した唾液は、ルイズの白く細い首を伝い、肌着を更に濡らしていく。士郎のお腹に手を置き、ルイズは身体をゆっくりと起こす。どこか焦点の合っていない目で周りを見渡したルイズは、士郎へと顔を戻し、

「……夢ね……」
「……おい」

 と一言呟き、ドサリと士郎の上に倒れ込んだ。 
 士郎はルイズの身体を抱きとめると、ゆっくりと身体を起こし、再度周りを見渡す。
 そこには、未だに目の前の光景が信じられず、現実逃避を起こしている者ばかりだったが、中には正気に戻る者がいた。

「……な」

 カタカタと左目にはめたモノクルが揺れる。
 いや、全身が揺れていた。
 男は震える体を少しずつ動かし、小舟の中で半裸状態のルイズを抱きとめる士郎を指差す。そして、震える声で城さえ揺らすかのような叫び声を上げた。

「なにしとんじゃあああああああァアアアアアアアアアアッッ!!!!」 

 目にも止まらない速さで杖を引き抜いた公爵は、過去最高の速度で呪文を詠唱する。

「と、ととと強化開始(トレースオン)ッ!!」

 ビリビリと辺りを震わす怒声に、バネじかけの玩具のように跳ね起きた士郎は、急速に膨れ上がる魔力から逃げだすため、普段の三倍増しの速度で全身に強化をかける。ルイズが脱ぎ捨てた服を足で引っ掛け中に蹴り上げ、お姫様抱っこしたルイズの上に乗ると共に駆け出した。
 小舟を横転させる勢いで蹴りつけた士郎は、間一髪公爵が放った魔法をすんでのところで避けながら空を跳ぶ。

「なっ!」
「消えた?」

 一瞬にして空高く跳んだ士郎の姿を見失った者達が、辺りを見渡し驚愕の声を上げる。右往左往する者たちの頭の上を越えた士郎は、地面に降り立つと共に走り出す。

「う、後ろだあああ!!」
「なっ! 何時の間に!?」
「逃がすかあああああああああああああ!!!!!」

 後ろから魔法がデタラメに飛んでくる。
 しかし士郎にとっては魔法よりも血を吐くように叫ぶ公爵の声が怖い。
 まさに必死というように逃げ出す士郎。
 疲労ではない理由で荒れる息のもと、何とか無事に門の前まで辿りついた士郎だが、目の前で巨大なゴーレムがゴリゴリと鎖が巻き上げ、跳ね橋が持ち上がっていく。風のように大地を駆けながら、士郎は必死になって頭を働かせる。
 堀の幅は大きすぎる。
 このままでは逃げきれない。
 強化はこれで全開。
 ガンダールヴの力を使おうとも、両手は塞がっている。
 どうする!?
 一旦ルイズを下ろしてデルフリンガーを引き抜くかと考えた士郎の前で、跳ね橋が軋み声を上げながら落ちてきた。

「なっ!?」

 地響きを立て再度かかった跳ね橋に、しかし、士郎は足を止めることなく走り続ける。
 橋を駆け抜ける瞬間、跳ね橋を巻き上げる鎖の一部が変色し、壊れているのを確認した士郎は、街道に止まっていた馬ではなく、竜が引いている車にルイズを放り込むと、辺りを見渡した。

「あそこか」

 何かを見つけたのか、小さく呟いた士郎が、御者台に座ってガタガタと震えるシエスタに声をかける。

「すまないが先に行ってくれ」
「え? ちょ、ちょっと何を言ってるんですかシロウさん? わわわわたしりゅりゅりゅ竜が怖くて、どどどどうしたら……っ!?」
「……すまない」
「へ? な、何がですかぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 手綱をしっかりと持ちながらパニクっているシエスタに小さく謝った士郎は、竜の尻を叩くと、勢い良く走り出し、小さくなっていく、ドップラー効果を引きながら離れていく馬車に背中を向け歩き出した。

「まったく、無茶をするお姫さまだ」








 門から離れた小さな林の中、木の陰に隠れるように身を隠す人影があった。
 柔らかな桃色の髪に、鳶色の瞳。カトレアだった。
 カトレアは土煙を上げ小さくなっていく馬車を確認すると、木に背を預け、よく晴れた空を見上げる。

「行ってしまった……もう、会えないのかしら」

 誰に言うでもなく呟いた言葉。返事など期待どころか考えもしなかった言葉に、

「会いたいなら会いに来ればいいだろ」
「……え?」

 太陽の光を遮りながら現れた影が答えた。

「シ、ロウさん?」
「ああ」
「どう、して?」
「目には自身があってな。もしやと思って辺りを見渡したら君を見つけてな。君が助けてくれたんだろ」

 信じられないものを見るかのように、カトレアが士郎を見上げる。
 呆然と見上げてくるカトレアに、士郎は苦笑いを浮かべ、カトレアに話しかけた。

「まったく無茶をする。自分の身体のことはわかってい――」
「何をしているんですかシロウさんっ!!」
「うおっ?!」

 突然怒り出したカトレアに、今度は士郎が呆然とした顔になる。カトレアは士郎に指を突きつけ、怒涛の如く責め立てにじり迫っていく。

「お父さまは一度決めたことは簡単には変えません! 早く逃げ出さないと、本当に帰れなくなるんですよ! ルイズを逃がしたとしても、貴方が捕まっては意味がないでしょう! もうっ! 一体何をしているんで――あうっ!」
「お前を叱るためだ」

 迫り来るカトレアを、士郎はカトレアの頭を軽く叩くことで止めることに成功した。

「何をしているはこっちのセリフだ。お前こそ一体何をしている。いくら『大典太光世』を渡したからといって、直ぐに完治するわけじゃないんだぞ。確かに助かったのは事実だが、それでお前が……おい、どうした?」

 頭を両手で押さえながら呆然と見上げてくるカトレアに、こんこんと説教する士郎だが、全く何も反応がないカトレアの様子に、訝しげな視線を向けると……。

「ッ!!! すっ、すすすまない! ちょっと強すぎたか!?」
「え? あ、あれ? 何で?」

 士郎はポロポロとカトレアの大きな瞳から、涙がこぼれ出すのを見て、慌ててカトレアに謝り出す。カトレアは士郎の様子で、自分が泣いていることに気付くと、首を傾げながら、手の甲で涙を拭き始めた。

「あ、その、痛くはないんです。本当に痛くは……ただ……ちょっとビックリしちゃって……初めて……でしたから」
「初めて?」
「叩かれたのは、その……初めてなんです。だから、ちょっと驚いてしまって」
「そう、か……痛くはないか?」
「……はい」
「「…………」」

 士郎が痛みを誤魔化すように、カトレアの頭を撫で始めた。
 二人の間に沈黙が満ちる。
 視線が絡み合い、士郎の頭を撫でる手が止まり……。

「ん? どうやら追いついてきたようだな」
「え? あ……そう、みたいですね」
「俺も……もう行くか。じゃあ、またなカトレア」

 微かに聞こえてきた声に、士郎が門に向かって振り返ると、土煙を上げながら迫ってくる人影が見えた。士郎の手が頭に乗った状態のカトレアも、士郎と同じ方向を見て、ポツリと呟く。士郎はカトレアに顔を向け、ぽんぽんと頭を叩くと、ゆっくりと背中を向け始めた。

「……っん」

 背中を向けた士郎の身体に、カトレアが抱きつく。
 背中に感じた柔らかな感触に、士郎は足を止めると、肩越しに背中に抱きつくカトレアに振り向き、

「どうし――んむっ?!」
「ちゅ……む……ん」

 背伸びをしたカトレアの唇に迎えられた。柔らかく、暖かい感触。微かに歯が当たる感触に、ぎこちなさが見える。士郎はカトレアの突然の行動に驚いたが、しかし拒むことはなかった。
 どれだけの間、続けていたのだろうか……カトレアがゆっくりと士郎から離れていく。
 感触を確かめるように、自分の唇を撫でたカトレアは、赤く染まった顔で士郎に笑い掛けた。

「お礼です……色々な……本当に色々なことに対するお礼です……それでは、また……」

 小さく手を振るカトレアに呆然とした顔を向けていたが、唐突にふっと笑みを浮かべると、士郎は頭を下げ、顔を前に向け駆け出していく。






 あっと言う間に小さくなる士郎の背中を見つめながら、カトレアは未だ赤く染まったままの顔を両手で隠すようにすると、ずるずると木の根元に座り込んだ。 

「……そっか……わたし……」

 心臓がばくばくと音を立てて鳴っている。顔からは火が吹き出そうだ。胸の中にモヤモヤとしたものが渦巻き、今にも叫び出したくなる。それを身体を小さく丸めることで押さえ込む。
 熱く、濡れた息を長く吐くと、顔から手を外す。
 そこにはもう、士郎の姿は影も形もない。
 そっと白い指先で唇に触れると、

「……あなたに……恋してしまったのですね……」

 目を細め、見るものを魅了する、柔らかく幸せそうな笑みを浮かべた。

「……シロウ……さん……」






 
 

 
後書き
 リアルな事情で更新が遅れてしまって申し訳ありません。

 暫くの間、ちょっと諸事情で更新が遅れがちになると思いますが、そこのところご了承くださいませ。

 とは言っても、2週間とか長期に渡って更新がないということはほぼありません。

 精々長くて1週間だと思います。

 出来るだけ早く上げようと思いますが……社会人だもの……働かなくちゃ……。

 それではすみませんm(__)m。

 感想ご指摘お待ちしてます。 
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