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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第二十一話 中



 僕が接客室に呼ばれたのは丁度二時間目の授業が終わった後のことだ。母親が来ているからという理由で授業が終わった後、接客室に来るように授業を担当していた先生から呼ばれたのだ。さすが、大学付属の私立なだけあって、普通の学校にはなさそうな保護者用の接客室がある。私立の学校にとって保護者はお金を落としてくれる大事なお客様だ。粗相があってはいけないのだろう。

 二時間目と三時間目の授業の間の休み時間は15分しかない。だから、廊下を少し早足で接客室へ向かいノックの後に部屋に入ると、そこには、あらあら、と言いながら僕の担任と話す母さんと弟の秋人を抱えているアルフさんと秋人の相手をしているアリシアちゃんの姿があった。

「あら、ショウちゃん」

 入室した僕に最初に気づいたのは母さんだった。相変わらず家でも浮かべている柔和な笑みを僕に向ける。

「ずいぶん、学校で頑張ってるみたいね。母さん、鼻が高いわ」

 コロコロと笑う笑みがいつもよりも上機嫌に見えたのは、おそらく先生から色々といわれたからだろう。僕が視線を先生に向けてみると、やり遂げたような笑みを浮かべてこっそりとサムズアップしていた。

 いや、何を話したんですか? 先生。

 先生が話した内容が少しだけ気になったが、それを聞いている時間はない。幸いにして次の時間は移動教室などではないため、しばらくは大丈夫だろうが、それでも授業が始まるまでには戻りたいのだ。授業の途中で入ると悪目立ちしてしまうから。だから、僕は先生と母さんの話を無視して話を進めることにした。

「それで、学校まで来た理由は?」

「ああ、そうね。ショウちゃん、お弁当忘れてるでしょう? だから持ってきたのよ」

 母さんは、自分が持っていたバッグの中からいつも僕が持ってきているお弁当の包みを取り出した。

 あ、そうだった、と今更ながら、僕は自分がお弁当を持ってきていないことを思い出す。本当なら昼休みの前に電話してみようと思っていたのにこうして持ってきてもらえるとは。わざわざ来てくれたのなら申し訳ないように思える。

「ほぉ、蔵元が忘れ物とは珍しいな」

「まあ、たまにはそんなこともありますよ」

 珍しいものを見たといわんばかりの先生に対して僕は、曖昧に笑いながら受け流した。まさか、昨日の夜は家に帰っておらず、別の場所から直接学校に来たなんてことは言えないからだ。

 その僕の笑みを先生は、恥ずかしがっていると都合よく解釈してくれたのか、それ以上、何も言わなかった。その代わり、視線を僕から母さんの隣に座っているアリシアちゃんに移す。アリシアちゃんは、彼女の隣に座っているアルフさんの腕に抱かれた秋人の目の前で指を動かしながら、それを言葉にならない声を出しながら追いかける秋人で遊んでいた。

 アリシアちゃんは基本的に昼間は家にいるので、秋人とはもうとっくに仲良しだ。下手をしたら、僕よりもお姉ちゃんをやっているかもしれない。

 そんなことを考えていると先生が、手招きをして僕を呼び寄せ、耳元で囁くようにとんでもないことを尋ねてきた。

「……ふむ、蔵元の親戚か? ずいぶん、若い母親だな」

 ―――その発想はなかった。

 確かによくよく見てみれば、秋人を抱いたアルフさんは、その体つきもあって、秋人の母親に見えないこともない。しかし、ずいぶん若い母親だが。いわゆるヤンママとでもいうやつだろうか。しかし、いくらなんでも、その誤解はまずい。対外的にアルフさんはペットの扱いで登録しているのだから。

「ち、違いますよ。秋人は僕の弟で、アリシアちゃんは、僕の妹です」

「弟の話は確かに書類上で見たことがあるが、妹のほうは初耳だな。腹違いか?」

 何気に親父の名誉が危機だった。

「違います。色々、あったんです」

 さすがに、その内容を先生といえども話すことはできない。なにより、先生が納得できるとは思えない。だから、曖昧にごまかすことにした。先生も大人だ。そうやって誤魔化すような言葉を言えば、あまり簡単に踏み込んでは来ないだろう。

「……そうか」

 案の定、先生は何かを言いたそうだったが、それでもどうやら、そのことは素直に飲み込んでくれたらしい。

「ねえ、ねえ、お兄ちゃん、お話終わった?」

 僕と先生の会話が途切れたタイミングを見計らっていたのだろう。アリシアちゃんが、秋人に相変わらず指を追わせながら、僕のほうを向いていた。その瞳は何かに興味を抱いたのか、興味津々といったようすできらきら輝いていた。

 うん、と僕が彼女に頷くとアリシアちゃんはまるで堰を切ったように話し始めた。

「ここってすごいね。みんな同じような洋服着て、一つの部屋に集まって、遊んだりするのかな? 楽しそうだね。お兄ちゃんが行ってるなら、私も行きたいな」

 ニコニコしながらアリシアちゃんは、学校に行きたいという。そして、それに怪訝な顔をしたのは、先生だ。

「ん? 蔵元、彼女は……」

「色々あるんです」

 先生が言いたいことであろうことを先読みして言葉短く答えた。

 先生がいいたいことは分かる。アリシアちゃんの外見年齢からすると義務教育の途中であることは間違いない。ならば、学校に行っていないということは、ありえないのだ。しかしながら、ここで、アリシアちゃんの戸籍がまだ登録されていない問題がある。住民票等々の登録もまだ終わっていないので彼女は、書類上は存在しない少女なのだ。登録されれば近所の公立小学校から案内が来るだろう。

 アリシアちゃんがこの学校に来たいというのは問題ない。問題は編入試験が受けられるほどにアリシアちゃんの学力があるかどうかだが。

「ねえ、アリシアちゃん、ここは、遊ぶだけじゃなくて、勉強もしなくちゃいけないんだよ」

「う~ん、勉強?」

 僕が言ったことを唇に人差し指を当てて考えるアリシアちゃん。だが、すぐに合点がいったのか、にぱっ、と笑うと口を開いた。

「大丈夫だよ。私、勉強するの好きだから」

「そう、じゃあ、頑張って勉強しようか」

 アリシアちゃんがどこまで勉強ができるか分からない以上、この学校に入学しようとは簡単にいえない。ここは私立なのだから、試験を超える必要があるからだ。ただ、彼女が望むなら僕はアリシアちゃんがこの学校に通えるように手伝おうと思う。

「うん、頑張って、お兄ちゃんと一緒に通うよっ!」

 笑顔で言ってくれるアリシアちゃんを微笑ましく思う僕だったが、後でアリシアちゃんの学力が下手をすれば、僕以上であることが判明するなど、このとき夢にも思うはずもなかった。

 この後、先生から編入試験の案内を貰った母さんは、僕の休み時間も終わったこともあって、先生に頭を下げてアリシアちゃんとアルフさんと秋人と一緒に聖祥大付属小を後にし、僕はそれを手を振って見送るのだった。



  ◇  ◇  ◇



 どうしてこうなったんだろう?

 僕はまるで現実逃避をするように原因を考える。だが、その原因について思い当たることは何一つとしてなかった。しかし、何かしら原因があってしかるべきなのだ。僕が知る限り、彼女たちが何の原因もなくこんな風になるとは考えられないのだから。

「はい、ショウくん、今日も作ってきたんだ」

「ショウくん、お母さんの卵焼き好きだったよね? はい」

 両側をなのはちゃんとすずかちゃんに挟まれ、両側からおかずを挟んだ端を差し出される。しかも、お互いに目を合わせるとそこはまるで火花が飛び散るような剣呑な雰囲気だ。まさしく両手に花という状態だが、これはそんな微笑ましいものではない気がする。さっきから、やたら冷や汗がとまらないし。

 しかも、こんなとき場を収めてくれそうなアリサちゃんは、じと目で無言でこちらを見て観察するように伺っている。

 どうしてこうなったのか? 原因を探るために僕は両方からありがとう、とそれぞれの料理を自分の弁当箱の中に入れながら、この昼食会の始まりを思い出していた。

 きっかけは、お昼休みが始まった直後だった。昼休み直前の授業の教科書を机の中に仕舞っているところ、僕よりも早く片付けてしまったのだろう。パタパタとすずかちゃんが以前よりも少し大きめのお弁当箱をもって僕の席に近づいてきた。あの大きさから考えるにどうやら今日も少し多めに作ってきたらしい。

「ショウくん、お弁当食べよう?」

「あ、うん」

 僕の予想通りの言葉を口にしながら、まるでお弁当を協調するように掲げながら笑顔で言う。すずかちゃんの笑顔を見ながら、僕はぼんやりとそういえば、昨日、約束していたな、と昨日の昼休みを思い出していた。

 さすがに昨日はなのはちゃんのこともあって、約束のことは曖昧になっていた。もしも、すずかちゃんよりも先に誰かが僕をお弁当に誘っていたら忘れていたかもしれない。約束したのに、それを破るのは子どもの世界とはいえ、いや、子どもの世界だからこそ最悪だ。だから、僕はすずかちゃんが一番最初に話しかけてくれたことに胸をなでおろしながら、休み時間に母さんたちが持ってきたくれたお弁当箱をを手にして席を立った。

 すずかちゃんとお弁当を食べるときはアリサちゃんも同席するのが暗黙の了解だ。だから、まだお弁当を取り出していたアリサちゃんの席へと近づく。

「アリサちゃん?」

「ええ、行きましょう」

 アリサちゃんはいつもどおりの小さなお弁当箱を手にして、僕たちに並んだ。

 さて、食べることは決まったのだが、食べる場所が問題になる。教室でもいいのだが、今日の天気は適度に雲がある晴天だ。こんな天気の日は、基本的に屋上か、中庭で食べることが多い。もちろん、春爛漫な今の季節だからだ。

 今日はどっちにする? とすずかちゃんとアリサちゃんに伺っている途中、不意に僕だけに聞こえる声が響いた。

 ―――ショウくん? ―――

 その正体は念話だ。この学校で少なくとも僕と念話で話せるのは、なのはちゃんしかいない。僕は、マルチタスクでアリサちゃんたちと話をしながら、なのはちゃんと念話を交わすことにした。

 ―――なに? なのはちゃん―――

 ―――あ、あのね。一緒にお昼ご飯食べよう? ―――

 念話とは、基本的に思念波で思っていることがダイレクトに伝わる。もちろん、考えていることが全部伝わることではなく、念話に載せたいと思っていることだけだ。それにも関わらず、なのはちゃんの念話には緊張の色が手に取るように分かった。

 そういえば、なのはちゃんから誘われるのは初めてだな、と思いながら、やっぱり昨日のことが原因なのだろうな、と僕は思った。

 現時点で、本当の意味で友人といえるのは僕だけだ。だが、それでは、あまりに味気なさ過ぎるだろう。だから、早く他にも友人を作って欲しいんだけどな……とそう考えたところで、僕の脳裏にある考えが浮かんだ。

 つまり、僕の隣にいる彼女たち―――アリサちゃんとすずかちゃんだ。

 彼女たちは、自前の精神年齢の高さからか、お互いに友人を作っておらず、二人で1グループを作っている。もしも、これが5人や6人なら、1人入れることは不可能だ。もはやそこで固定してしまっているから。だが2人ならば、他の人数のグループに入れるよりも楽だろう、と考えた。

 しかも、彼女たちはお互いに面識があるはずだ。もっとも、前回はアリサちゃんが拗ねたような形になって、不機嫌になっていたが、それでも何度か僕と一緒に遊べば、時間が解決してくれるだろう。すずかちゃんはあの時、特になんの変化も見せていなかったし、もしかしたら、アリサちゃんの間に入ってくれるクッションになってくれるかもしれない。

 そう考えて、僕はなのはちゃんとの昼食を了解し、アリサちゃんたちとも一緒の昼食を考えたのだが、まさか、すずかちゃんとなのはちゃんがお互いに張り合うようにお弁当を僕に差し出して、二人の間に火花が散るような雰囲気になるとは夢にも思わなかった。

 なんでこうなったんだろう? と考えてみる。

 すずかちゃんがお弁当を差し出してくるのは、つい数日前―――正確には僕がすずかちゃんの一族を知ってからだ。この行動を僕は、彼女が彼女の一族を知っても友人でいてくれることに対するお礼―――あるいは、彼女の予想を覆す人物がいることに舞い上がっての行動だと考えている。

 正体を知られれば、忘れられる、あるいは、怯えられるという恐怖は幼い子ども心にどれだけの負担だったのか、僕には想像もできない。だが、彼女の舞い上がり方から考えれば、その負担は僕の想像以上に重かったのかもしれない。

 一方、なのはちゃんがすずかちゃんに張り合う理由は、やはり昨日のことが尾を引いているのだろう。彼女の流した涙が本物である以上、彼女が望んだのはやはり、なんの利害関係もない友人だったはずだ。恭也さんの話から考えれば、なのはちゃんはそんな友人を探していたのか、諦めていたのか分からない。

 だが、少なくとも僕という友人ができた。しかも、昨日の今日だ。そんな友人が、他の子―――この場合は男の子でも女の子でも変わらない―――と仲良くしていれば、せっかくできた友人を取られたくない、と考えるのは至極妥当だろう。

 つまり、少なくとも二人を引き合わせるのは時期尚早だったのだ。磁石の同極を近づけてしまったようなものだ。早くなのはちゃんに僕以外の友人を―――と逸ってしまったのが原因だろう。しまった、と後悔してももう遅かった。まさしく、覆水盆に返らずだ。

 次々とすずかちゃんのお手製のおかずが差し出され、それに対抗するようになのはちゃんも自分のお弁当からおかずを取り出す。まるでお互いに競い合うように。二人とも敵愾心丸出しだった。

 お昼時なんだから、少しはあわせようよ、と考えてしまうのは僕が二十歳の精神年齢を持っているからだろうか。

 基本的に子ども―――思春期に入る前の子どもの世界は狭い。自分が中心といっていい。だから、我侭も簡単に言うし、自分がやりたいことに忠実だ。これが、思春期にも入るとやがて社会の中で自分が孤独であることに気づく。そして、人は孤独を恐れ、故に人を求めるようになる。その処世術として他人に合わせる、といったような意識が生まれるのだ。

 つまり、今の二人に周りに合わせろ、といっても理解できないことは容易に伺えた。

 しかしながら、今更、やっぱり別々に食べようとはいえない。二人には、もうおかずはいいから、とおかずをお裾分けしてもらうのはやめてもらったが、お互いに自分のご飯に箸をつけずに僕を見ていた。

 僕がすずかちゃんのおかずに箸を動かせば、なのはちゃんが反応し、なのはちゃんのおかずに箸を伸ばそうとすれば、すずかちゃんが反応する。

 僕は一体、どれから食べればいいんだろうか?

 あ、あははは、と自分でも分かる引きつるような笑みを浮かべながら、この場にまるで自分は蚊帳の外ですよと平然な顔をしているアリサちゃんに助けを求めるような視線を向けてみるが、彼女は僕と目が合うと、あたしは知りません、といわんばかりに顔を逸らされてしまった。

 これは、困ったな。

 結局、なんとか必死に、二人とも不快にならないように気を使いながらおかずを選ぶように昼食を食べるしかなかった。おそらく、前世もあわせて、一番気を使った昼食だっただろう。しかも、その所為で、おいしいはずの昼食の味はまったく感じられず、散々な昼食になってしまったのだった。



  ◇  ◇  ◇



 一日の中で一番疲れたんじゃないだろうか? という昼休みを過ごし、午後の授業が終わった後、僕はなのはちゃんと合流して、アースラへと向かっていた。

 アースラには既に恭也さんと忍さんとノエルさんが控えており、すでに僕たちを待ち構えていたように話し合いのテーブルはできていた。しかし、それは前回のように典型的な日本庭園風の部屋ではなく、どこかの会社の会議室とでも言いたくなるような部屋だった。

 片方のサイドに地球組、もう片方にリンディさんたちアースラ組みが座る形だ。アースラ組みの参加者は、リンディさんに加えて、クロノさん、エイミィさん、ユーノくんだった。一様に誰も彼もが硬い表情をしている。それだけで、これからの話し合いが厳しいものになるであろうことが容易に伺えた。だからだろう、恭也さんたちも彼らに釣られるような形で表情が硬いのは。

 そんな堅い空気の中、おもむろにリンディさんが立ち上がった。

「それでは、皆様、お集まりいただけたようなので、始めさせていただきます。まず、昨日のなのはさんに関する件ですが―――」

 ふ、とその場にいた全員の視線がなのはちゃんに集まる。とつぜん、その場にいる全員から見つめられるような形となり、なのはちゃんは、びくんと肩を震わせると肩を小さくして、身体を丸めるような形で小さくなった。

「あれが、なのはさんの持ちうる力であれば、いささか強力すぎますが、問題はありませんでした。しかしながら、なのはさん……あなた、自分のデバイス―――レイジングハートにジュエルシードを使いましたね?」

 冷たい空気がその空間を支配する。だが、おかしいことにそれだけの重大な事実にもかかわらず、忍さんも恭也さんも驚いたような表情をしていなかった。アースラ組みの人たちは、この事実を知っていたから分かるのだが、なぜだろう?

 そんな僕が浮かべた疑問を余所にコクリとなのはちゃんが頷いたのを確認するとリンディさんは言を続けた。

「ジュエルシードは、A級のロストロギアです。一つのジュエルシードだけで次元震という世界を滅ぼしかねない現象を起こすことができるような代物です。それを一個人が手にしてしまった。そもそも、ロストロギアを一個人で使用することは時空管理局の法律では重罪です」

 なのはちゃんを責めるように淡々と話すリンディさん。なのはちゃんも自分が悪いと知っていて、責められるのが辛いのだろう。小さくちぢこめた身体をさらに小さくして、外圧から耐えているようにも見えた。

 リンディさんの言うことは至極当然だ。ジュエルシードの大きな力というのは理解できる。だからこそ、僕たちは魔法をあまり使えないにも関わらず町中を探し回っていたのだから。そんな力を一個人が手に入れてしまった。確かに許されるべきことではないのだろう。

 だが、それでも、何とかしたかった。なのはちゃんも、悪用しようと思って使ったわけじゃないのだ。だから、罪が一切ないわけではないが、それでも―――、と思ってしまうのは彼女が僕の友人だからだろうか。あるいは、僕が甘いだけだろうか。

 しかし、この空気の中、何を口にすることもできず、次のリンディさんの言葉を待っていた。

「なのはさん、あなたが選べる贖罪の道は二つだけです。一つは、その力で時空管理局に貢献するか、あるいは、拘留所で一生、監視を受けるか」

 さあ、どちら? とリンディさんの目はなのはちゃんに問うていた。

 しかし、そんな酷な問題になのはちゃんが簡単に応えられるわけがない。その証拠になのはちゃんは今にも泣きそうな顔になって、助けを求めるように僕のほうを向いていた。

 確かに、リンディさんたちの時空管理局の法律に照らし合わせれば、そうなのかもしれない。だが、それでも、と思ってしまう。そして、なんとかするためには今のタイミングで、嘆願するしかない、と。だから、僕が立ち上がろうとした瞬間、リンディさんの顔が真面目な顔から笑顔に変わった。

 え?

 その表情の変わり様に勢いがそがれてしまった僕は、立ち上がるタイミングを見失ってしまった。行き場のない決意をもてあましているところで、笑顔のままリンディさんは口を開く。

「と、本当なら言うところですが、今回は、なのはさんの年齢等々の様々な要因を鑑みまして、不問とします。ただ、なのはさん、覚えておいて。あなたが手にした力は、あまりに大きい、大きすぎる力なの。だから、無闇に使ってはダメよ。貴方はその力を自覚して、自制しなければならない。大丈夫よね?」

 ………なるほど、そういうことか。

 行き場のない決意を心の隅に追いやり、僕はこの話の流れをようやく把握した。

 おそらく、恭也さんたちは最初からこの処分を聞かされていたのだ。だからこそ、リンディさんが言うことを何も言わずに聞いていた。なにせ、家族の一員が犯罪者扱いされ、連れて行かれるかもしれない瞬間だったのだ。家族として言うこともあっただろう。それを無言で見守っていたのは、これがなのはちゃんに自分が手に入れた力を分からせるためのお芝居だとしたら納得できる。

 どうやら、僕も一杯食わされたようだった。

 まるで諭すようにリンディさんがなのはちゃんに問いかけ、なのはちゃんは一瞬、気が抜けたように放心していたが、リンディさんの問いかけに正気に戻ったようにはっ、となると「はい」と小さく口にした。

 それを聞いて、リンディさんは大きく頷くと、席に座り、いくつかの資料をエイミィさんから受け取っていた。

「さてと、それじゃ、いくつか確認事項ね。なのはさん、レイジングハートを呼んでみてください」

「………レイジングハート、来て」

 リンディさんの言葉を不可解に思っていたのか、小首をかしげていたなのはちゃんだったが、やがていわれとおりやってみようと思ったのか、手の平をかざして、レイジングハートを呼ぶ。その次の瞬間、かざした手の平の上に小さなビー玉大の宝石のようなものが現れた。

 これには、恭也さんたちも驚いたように目を見開いていた。もちろん、僕もだが。

「ジュエルシードを取り込むことでレイジングハートは完全になのはさん専用となりました。このように引き離されてもなのはさんが呼べばすぐに手元に戻すことができます」

 これはある意味では安心できることではないだろうか。なにせ、ジュエルシードを取り込んだのはレイジングハートだ。そのレイジングハートはなのはちゃん以外に使うことができない。つまり、セーフティ機能がついた核弾頭のスイッチのようなものだろうか。

「他にもジュエルシードを取り込むことで機能がいくつか増えているようですが、それはレイジングハートから直接教えてもらったほうがいいでしょう。そして、次になのはさんには、魔法の講習を受けてもらいたいと思います」

「講習……ですか?」

 なのはちゃんが、リンディさんの口から出た単語の意味が分からなかったのか、そのまま聞き返す。

「そうです。その力を手に入れた以上、魔法の力を無視することはできないでしょう。だから、なのはさんには魔法の講習を受けて欲しいのです。幸い、この世界には夏休みという長期休暇があるようですから、その中で二週間程度でいいのです」

 なるほど、つまり自動車免許取得の合宿のようなものだろう。短期集中講座といってもいいかもしれない。確かに使い方を知らない力ほど怖いものはない。一度、きちんと学ぶことはなのはちゃんにとってもいいことだろう。

 なんて、他人事のように思っていたのだが、思わぬところからキラーパスがきた。

 リンディさんがなのはちゃんに合わせていた視線を僕に合わせたと思うと、そのキラーパスが投げられた。

「そして、それには翔太さん、君も受けませんか? フェイト―――アリシアさんの検査とかもそのときに行えたら、と思っているの。この世界では、あなたたちのような年齢の子どもには保護者が必要でしょうから」

 なるほど、僕はついでということだろうか。アリシアちゃんの検査ということなら、母さんが着いていくだろう。そして、リンディさんはその母さんを保護者としたい、ただし、なのはちゃんと母さんでは何の関係もないから、間に僕が入れば問題ない、と。そして、その空いた時間に僕にも魔法の講習を受けてみては? ということなのだろうか。

 さて、どうしよう? と講習を受ける対象であるなのはちゃんに視線を向けてみると、実に期待の篭った眼差しで僕を見つめていた。

 一人では心細いのだろうか。だが、どちらにしても、僕も魔法には興味があったのだ。魔法について学ばせてくれるというのであれば、言葉に甘えることもやぶさかではない。

「それでは、僕もお願いします」

「そう、よかったわ」

 僕の答えを聞いていくつか手元の書類に書き込んだかと思うと、リンディさんは、また視線をなのはちゃんに戻した。

「さて、次が殆ど最後になりますが……なのはさん、悪いのだけれど、ジュエルシードを集めるのをもう少し手伝って貰ってもいいかしら?」

 あれ? と僕は、リンディさんの言葉に首をかしげた。なぜなら、彼らは、ジュエルシードについてはこれから時空管理局が全権を持つといっていた。つまり、後は彼らが責任を持って回収してくれると思っていたからだ。

「クロノ執務官があなたとの模擬戦で思った以上のダメージを受けちゃって、ジュエルシードの封印ができないのよ。他の人だと少し危険で、だから、封印を手伝って欲しいの」

 どうしかしら? と尋ねるリンディさんだが、これでは答えは一つしかないのと同じだ。なぜなら、穿ってみれば、貴方の所為だから手伝って、といわれて同じなのだから。せっかく終わると思っていたのに、なのはちゃんは―――と様子を伺ってみると、彼女は何故か嬉しそうにしていた。

 あ、あれ?

「はいっ! 頑張りますっ!」

 まだ魔法を使って危険な目に合うかもしれないというのに、なぜかなのはちゃんは元気一杯に嬉しそうにリンディさんの提案を受けていた。これにはリンディさんも虚をつかれたのか、少し引きつった笑みで、「え、ええ、よろしくね」と取ってつけたように言うしかないようだった。

「ああ、もちろん、こちらの職員もつけますので、危険はさほどありません。というよりも、今のなのはさんが危険に合うような事態は殆どないと思います」

 心配そうな顔をしていた恭也さんに対していったものなのだろう。しかし、その心配は無意味なものだ、といわんばかりにリンディさんはなのはちゃんの手元にあるレイジングハートを見た。

 確かに危険になれば、あの大人のなのはちゃんモードが発動するのだ。たいていの問題は解決してしまうだろう。そもそも、魔法の力であのなのはちゃんに傷つけられる存在がはたしているのか? 甚だ疑問だった。

 さて、しかしながら、なのはちゃんが手伝うというのであれば、僕も手伝うべきだろう。始めたのは僕となのはちゃんだ。ならば、最後まで付き合うべきであろう。

「はい、すいません。僕も手伝いたいんですけど……いいですか?」

 僕の突然の提案に誰もが―――いや、なのはちゃんを除く全員が驚いていたが、リンディさんは、少し顎に手を当てて考えると、にこっと笑みを浮かべて言う。

「了承」

 こうして、僕となのはちゃんのジュエルシード捜索はもう少しだけ続くことになるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 話し合いが終わった後、僕となのはちゃんはクロノさんに案内されてアースラの一室へ案内されていた。そこは倉庫のようなもので、いくつか鍵のかかったボックスが並んでいた。中身が何なのか僕たちには知る由もない。だが、物珍しさに周りを見ていたが、やがてクロノさんがそのボックスの一つを開くとその中から、一枚のカードを取り出し、僕に差し出してきた。

「これを君に貸そう」

「これは?」

「デバイスだ。本当は武装隊の隊長クラスの支給用デバイスで、汎用性があるから君にも十分に使えると思う」

 クロノさんのさらなる説明によると、デバイスとは魔法を使う際の補助器のようなもので、レイジングハートのようなインテリジェンスとクロノさんのデバイスであるS2Uのようなストレージデバイスがあるようだ。僕が借りたデバイスもストレージデバイスで、武装隊という戦うための部署の隊長クラスの人たちが使う支給用のデバイスだ。

 隊長用なんて借りて大丈夫なのかな? と思ったが、どうやら僕の魔力を考えるを隊長クラスのデバイスでないと壊れる可能性もあり、隊長クラスのデバイスの能力を十全に使えるらしい。しかも、ユーノくんの指導でデバイスなしで、いくつか魔法が使える僕にとってストレージデバイスは実に相性のいいデバイスで、相当の戦力強化が見込めるようだ。

「いいんですか? こんなものを借りて」

「構わない。というよりも、むしろ借りて欲しい。本当なら、僕たちの仕事だったんだ。それを現地の君たちの力を借りなくちゃいけないんだから、これぐらいはむしろ当然のことだよ」

 さわやかに言ってくれるクロノさんが眩しくて、同時にあんな目にあってしまったことが申し訳ない気持ちに襲われてしまった。それはなのはちゃんも同じ気持ちだったのだろう。少しだけ俯いていた。

「さて、君たちには封印を手伝ってもらうわけだが、捜索はこちらのアースラを使って行うから、君たちはジュエルシードが見つかったときに封印に行ってくれるだけでいい。だから、ずいぶん時間が空くことになるんだが、どうだい? もし、よければ僕が君に魔法を教えてあげようと思うんだが」

「いいんですか?」

 本当なら休養しなければならないクロノさんには申し訳ないような気がしたが、デバイスの使い方も分からない僕からしてみれば、願ったり叶ったりである。

「ああ、教えることも僕としては勉強になるから構わないよ。ただ、実戦はできないけどね」

 悪戯っぽい笑みを浮かべられて、僕も釣られて笑ってしまった。しかし、クロノさんがそこまで言ってくれるなら、受けないわけにもいかないだろう。だから、僕はクロノさんの申し出を受けることにした。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる僕。それを見て、なぜかなのはちゃんもオロオロとした後にペコリと頭を下げていた。それを見て、クスクスと笑うクロノさん。

 経緯はともかく、ユーノくんに続いてクロノさんという二人目の魔法の先生ができた瞬間だった。





 
 

 
後書き
 すずかVSなのは ドロー 
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