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自由気ままにリリカル記

作者:黒部愁矢
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五話~お兄さん、イイ体してるね~ 3月11日修正

 さて、魔法少女リリカルなのはの世界に送られて半年が経った。


この半年間では、異世界で孤独になって誰もいない故郷で自らの実力を研磨し続け、過ごした十年間とは違い、集中して魔法に練習するということはなく、どちらかというと近所の雑貨店をまわったり、必要な家具を買い求めたりして、まずはこの新しい環境に慣れることを優先していた。

まあ、その半年間寝る度に銀髪赤目のロシア人みたいな女性が夢の中に現れて何となく会話をして、気づいたら起きているといことくらいだろうか。最近合った可笑しなことは。

必要最低限というだけあって風呂が五右衛門風呂という謎仕様だったり、キッチンはあるが調理器具が一つも無いというやたらと普通なら家で見かけそうな物が削られたような家になっていたため、すぐに買い揃える必要があったのだ。
一応、風呂を沸かすのにも火を扱うのにも物を切るのにも魔法を使えば可能だが、俺のいた世界に生活魔法はなく、戦闘で使うような魔法を上手くコントロールして生活に応用するため、如何せん効率が少し悪い。
俺の魔力量は親友達と比べて少なかったから、一日で回復するとは言え、生活に使うよりも修行に使った方が良い。ただでさえこの地球にいるからには常に左腕に対して魔法を使い続けなければならないのだから出来るだけ上手く魔力を配分していきたい。


まあ、このように修行を適度に減らしておきながら店を渡り歩いている間、ずっとルナを首に提げて移動していた。これは、ルナ自らの希望であって、魔法を歩きながら教えるという魂胆だ。ルナ曰く、原作三年前からここでの俺の人生が始まるのだから、魔法に触れる時間は長い方がいい。ということだそうだ。
確かに俺も異論は無いし、ここでの魔法が俺の魔法とどう違うのかは気になっているからむしろ歓迎だ。

それで、使ってみた感想としては。

……便利だね。
俺の使える魔法に念話や飛行魔法なんて簡単に、そして上手に使えるものじゃなかったし、マルチタスクもルナの補助付でやってくれるとは思わなかった。なんて便利。

「……うん。この店のは良いね。一応メモっとこ」

まあ、それはさておき。他にも小学3年生レベルの知識まで思い出す作業もしていた。
流石に……数十年前の事で、異世界での出来事が濃すぎたからあまり覚えてないが、確か前世ではそれなりに勉強は出来ていたはず。……少なくとも偏差値60は超えていただろう。まあ、異世界で戦いばかりだったからその数値も当てにならないだろうが。

「このシュークリームは少し皮が柔らかすぎないか?」

そんなこんなで一応……なんて名前だったかな。
……ああ。私立聖祥大学付属小学校だった。そこに入学するための試験はまず問題無いと思う。
むしろ、学生としてバリバリやっていた時から数十年経っていたとしてもこれで試験に落ちてしまうのは少しの問題どころじゃないだろう。一応、簡単な計算くらいは頭に残っている。

「えーっと。残りの店は後何件だったかな? …うぇ。もう一件しかないのか。……はやいな」

まあ、予想よりも、勉強のやり直しに時間を取られ過ぎたため、あまり魔法にのめり込むことは無かったが、ルナと親密を深めることは出来たと思う。
転生者らしき少年達に、女の子が洗脳されていたのを解除したという話を聞いたときのルナのあの喜んだ様子には少し驚いたが、それなりに遠慮なく愚痴を話せる仲にはなったとは思う。
まだ、バリアジャケットのデザインを考えておらず、武器をどんな形にするかも決めていないが、それはこの調査が終わってからでもいいだろう。
それに、ルナから性能を聞いたが、異世界にいた時と同じ、もしくはそれ以上の戦いをすることも可能だと思えるからまあ、じっくり考えて答えを出せばいいだろう。


そして、家具を一通り買い揃えた俺が食事店をまわっている理由だが。


『マスター。良い店は決まりましたか?』
「いや、微妙かな。何度も来ようって思えるような店はまだ見つかってないよ」
『そうなんですか。……諦めて自分で料理はしようとは……』
「まだ諦める時じゃない。まだ最後の店……翠屋って喫茶店が残ってるさ」
『翠屋……ですか。シュークリームが絶品だということで評判になっているそうですね』
「まじか。ルナがそう言うのならその店は当たりかな?」

俺は、期待で胸を膨らませて翠屋へと向かっていく。
……まあ、単純に言えば近場で最高のデザートを求めて歩き回っているだけなのだ。
甘い物は好きなんでね。


「いらっしゃいませ。おや? 君一人か?」
「はい」
『………』

翠屋という名前の喫茶店に入ると、若い高校生くらいの男がやって来た。イケメンである。
見つめられた時に懐かしい感覚が背中を襲うが、適当に無視をする。
軽く返事をして、ルナが言っていた噂のシュークリームを注文して周りを見渡す。
店内には壁に写真が立て掛けられていたり植物が飾られていたりするだけで、特にごたごたした装飾はされておらず中々に好感が持てる。そして、店内には落ち着いた雰囲気のBGMが流れており、一息吐きたい時にはうってつけの場所のように思える。

人気のありそうな店だけあって、中々空いている席は見つからず、なんとか隅の席に少年が一人座っているが、そこにもう一つ空席を見つけたのでそこに座りに行く。

隅の、丁度影が薄くなりそうで、一番騒ぎに巻き込まれにくそうな場所。そこでブラックコーヒーを飲みながら本を読んでいる俺と同じ歳に見える少年に断りを入れておく。


黒髪黒目に幼さが残るが成長すれば、中々格好良くなると思われる将来有望そうな外見。
だが、ブラックコーヒーを飲む時と様々なケーキを食べる時に口元を嬉しそうに歪めるという子供らしくない変な少年だ。

「そこの席、座っていいかな?」
「……どうぞ」
「ありがとう」

少年はこちらを一瞥し、すぐに興味を失ったようで本へとまた目を戻す。
……また近くで見れば見るほど子供っぽくないやつだな。

まあこの少年については普通の少年とは雰囲気が違いすぎるため、後で適当に聞き出すとして、今はこの店の様子を確認しよう。
そう思い俺は椅子に手を掛け、後ろを振り向き……


「おいお前! 俺の邪魔をするな! モブは大人しくしてろ!」
「はん。吠える奴程惨めな者はないぞ? 真のモブであるお前こそが大人しく家に帰って母の乳でも飲んでいるといい」
「なんだと!!」
「っぐ! ってえな! ……きさま!!」

銀髪と金髪の二人の少年が店の中心で明らかに不毛になりそうな争いをしていたと思ったら、急に殴り合いを始めた。
しかし、子供がよくやるような両腕を縦にグルグルと回しながら殴るという見た目微笑ましいものではなく、悪意が見え隠れする攻撃の応酬である
まあ、どれだけ強いパンチを打とうとしてもリーチの関係や腰が全く入ってないことから特に大きなダメージは入らないとは思うが、危険な場所に当たったりしたら大変だから……少しだけ心配だ。


翠屋の中心で殴り合いをし始める銀髪と金髪を眺めながら思う。



お前らは本当に何をしに来たんだと。

「……はあ」
「ん?」

ふと、後ろから妙に疲れ切ったような溜め息が聞こえたため振り返ると、相席の子供らしくない少年がブラックコーヒーを飲みながら呆れた様な視線を金髪と銀髪に送っていた。


「……ああ。どうぞお構いなく」
「いや、いいよ。それよりあそこにいる二人は……知り合い?」

とりあえず、金髪銀髪は放置することにしてこの少年の情報でも引き出そうかと思い、会話を続ける。ついでに魔眼も軽めに発動させておく。

「断じて違う」
「そっか……あ、俺は門音邦介。よろしく」
「よろしく。俺は東雲蒼也。適当に呼んでくれ」
「じゃあ東雲って呼ばせてもらうよ。あの二人って随分と顔が恰好良いと思わないか? それに銀に金なんて憧れるよな」

心にも無いことを言ってみる。

「思わないな。確かに顔は妙なくらいにイケメンだが、実際は……いや、何でもない。それにあいつらは名前も家も日本のものなのに銀に金っていうのも可笑しいだろ。そんなアンバランスな人間にはなりたくないな」

見た目あまり自分の考えを大っぴらに話さないような東雲が、今は少し饒舌になっているが、ぶっちゃけ本人も何でここまで饒舌になっているか分からないだろうな。
ネタバラシをすると俺の魔眼の効果、【魅了】が十全に発揮されているからだ。
俺がこの体になって後天的に身に着けた魔眼。これは端的に言えば俺と目が合った対象の意識を少しだけ誘導することが出来るというものだ。
これで東雲の意識に「門音邦介は信用出来る人物である」と思うようにさせた。

勿論、強力な能力であるが故に扱いは難しく、当初は正にニコポと同じような効力しか発揮せずに大変だったが、なんとか修行を続けることでほとんど完璧に御することは出来た。


というわけで今東雲はほぼ、本音を喋りかけている状態に等しいのだが、これではっきりしたことが一つ。
東雲蒼也は転生者である。
ここで、その言葉を東雲に突き付けてやってもいいがそれじゃ、しらばっくれる可能性もある。……そうだな、こうしたらまず逃れることは出来ないだろう。

(東雲。お前転生者だろ? 魔力漏れてるぞ)
(っな……。リミッターは付いているはず)

驚きのためか、念話が零れ出る。それに過剰なリミッターという明らかに魔導士であることを隠そうとする行動も怪しいからそれも突けば上手く事を運べそうだ。

(それはな……)


「シュークリームの出来上がりだ」
「ありがとうございます。……あの、少しいいですか?」

良い所で、イケメン店員さんがシュークリームを持ってきた。
俺が先程のイケメン店員さんを呼び止めると、その人は笑顔で頷き、先を促してきた。


「なんだい?」
「あそこの……中心で暴れまわっている二人はいつもあんな風なんですか?」
「……そうだね。確か三週間くらい前からずっとずっとあの調子なんだ」
「お店に迷惑じゃないんですか?」
「いや、どうもあの子達が来てからお客がもっと来てくれるようになってね。どうも、あの子達の掛け合いを面白がって見に来る人がいるみたいなんだ」

イケメンさんは苦笑しながら答えたが、どこか様になっている。
しかし、隙が無いね。動きにしても普通の喫茶店の店員にしては無駄がないし……。
筋肉のつき方を服越しからでも分かる程の観察眼は持っていないが、恐らく戦闘向きの体つきをしているのではないだろうか。分かりやすく言えば細マッチョ?

「そうなんですか……」
「君は……」
「……?」
「いや、なにもないよ。それじゃ、ゆっくりとしていってくれ」

イケメンさんは何か言いたげな表情をしたまま接客へと戻っていった。
……ふむ。気づかれただろうか?
念話をルナに繋ぐ。

(ルナ。これはあの人に気づかれただろうか?)
(何が? 特に変な所は見当たらなかったけれど)
(いや。妙に俺の動き、特に左腕あたりを注視していたからこれは何か勘付かれているよ)
(ああ。確かに私もマスターの体を見た時は驚きました。一体何をしたらそんな体になるんですか)
(まあ仕様が無いでしょ。なっちゃったもんはどうにもならないんだし)
(はあ…。これからはちゃんと体を大事にしてくださいね。それと、一応私も原作知識と呼ばれるものはおおまかには持っているのですが。どうします?)
(何を?)

シュークリームを食べながら念話を送る。東雲には少し待ってくれと手で伝える。
それにしても美味である。他の店のものと比べても断トツで美味しい。もうここに通いつめても良いだろう。

(原作知識を教えるかどうかです)
(別に良いよ。多分気合で思い出そうとすれば思い出せそうな気がするし。それに特に思い出せなくてもなんとかなるさ。まあ、命に危険がありそうな場面の時だけ教えてくれ)

うーん。月一……。いや! 週一で行こう!。

(……分かりました)
(よし、ここには週一で行こう! シュークリームがかなり美味しいから他もきっと美味いはず!)
(随分気に入ったんですね。最初は月一にしようとかのたまわっておりましたのに)
(……ルナ? どうも言葉の端々に毒が入っている気がすると思うのは俺だけか?)
(いいえ。私は決して毒など入れておりませんよ。ええ、決して私はデバイスだからマスターが美味しそうに食べる姿を見ることしか出来なくて拗ねているとかそういうわけではないのです。……グスっ)
(……今度一緒に食事をする方法を考えよっか)
(……はい。おねがいじます)


涙声で返事をしてきたルナを少し微笑ましく思いながら、再度店内を見渡す。
視界の端にちょくちょくイケメン店員さんが入ってくるが、やはり動きが陰で動くような人のそれに似ている気がする。

……さて、そろそろ会話を再開しようか。

(なあ、ルナ)
(……はい、なんですか?)

この子まだ涙声だヨー。

(お前の目から見ても東雲蒼也は転生者だよな?)
(マスターが確信しているようなので答えますが、そこの少年。東雲蒼也は間違いなく転生者です。転生の間では随分と落ち着いた方の人だったので記憶に残っています)
(そっか。……あ! その詳細は言わなくてもいいからね。そんなプライベートを盗み見るような真似は流石にしたくないから)
(分かりました)


(……それで、一体何で俺が転生者だと分かったんだ。門音)

痺れを切らしたのか念話で催促してくる東雲。まあ、そんなに焦るなよ。

(ああ、簡単だったよ。っていうかお前何も転生者であること隠す気無かっただろ? 魔力はリミッターを掛けたくらいじゃ完璧に隠蔽することは出来ないし、何よりその年不相応な行動が目立ち過ぎる。今の歳の子供はそこまで顔の良し悪しは気にしないし、その話題に食いつくことも無いだろうさ)
(っく……確かにそうだな。だが、そういう門音も転生者なんだろ?)
(まあな)
(魔力がほとんど感じられないが……特典で頼まなかったのか?)
(勿論頼まれたさ。ただ、ちょっと変わった方法で隠してるだけだよ)
(……そうか。どうやってやったかは聞いても教えてくれないんだろうな)
(ああ)

ただ、異世界の魔法の方が感知されにくいからそっちの魔力で全身を隠蔽するように覆っているだけなんだけどな。

(それで、何で俺が転生者だということを話しに来たんだ)
(まあ、特に意味は無いけど……もしかしたらこれから仲良くするかもしれないから仲良くしようぜって思ってな。転生者同士でしか話せないこともあるだろ?)
(……まあな)
(それじゃ、今日はただその確認のために来ただけだから俺は帰るよ)
(……ああ)


適当に東雲と別れの挨拶を済ませ、会計をしにカウンターへと向かうとイケメン店員さんに似た男性がレジに立っていた。少し歳の離れた兄だろうか。どちらにしろ、イケメン店員さん同様強そうである。
「シュークリームはどうだったかい? うちの自慢の品なんだけど」
「最高でした。また食べに来たい味でしたよ」

笑顔には笑顔で返す。

「そうか……そりゃ良かった! 是非また来てきてくれると嬉しいな。その時もまた歓迎するよ」
「ありがとうございます!」
シュークリームを一つしか食べていないのに笑顔で接してくれて嬉しくなり、笑顔で店を後にする。中々サービス精神のある人だった。



side out

side ~sirou~

扉を開けて出て行こうとする少年を見ながら思う。
あの子は妙に動きに隙がありすぎた、と。
初めに気づいたのは恭也だった。
「父さん。あの隅にいる左手だけに黒い手袋を着けた男の子……少し可笑しいと思う」

曰く、最初は動きが奇妙に思ってなんとなくよく観察してみると、動きの全てに隙がありまるで誘っているような印象を受けたらしい。
しかし、話してみると少し大人びた感じの普通の男の子というだけで、さっきの喧嘩について聞いた時の妙に諦観したような顔が印象に残っただけだった、と。

それで、僕にあの子の事を聞いてきたわけか。

「特に恭也が話した以外のことで可笑しなことは無かったんだけどなあ。また来るって言ってたからその時にでも…」
「会計お願いしますー」

おっと、今はお客さんの相手が一番だったね。

そういえば名前は聞いてなかったなあ……。
……紫っぽい黒髪に紫水晶のような目、そして雪のように白い肌と左手だけに着けた黒い手袋が特徴だったね。よし、絶対に忘れないぞ。


side out



「また来たのか門音邦介」

「仕様が無いだろ。寝たらここにいるんだ。まあ今日も話をしようじゃないか管制人格」

「本当にどうやってここに来ているんだ? この空間には私しかいないはずだが」

「多分……あれだよ。この空間と俺の空間魔法が酷似しているからということにしておこう。小難しいことについては考えるのは苦手なんだ。それとそろそろ名前を教えてくれても良いじゃないか。管制人格ってなんだよその渾名は」

「私に名前は無い。だから管制人格という呼び名で十分だ」

「そうかあ? まあ、本人がそれで良いなら何も言わないけど、さ」

「それより、今日はどんな話をするんだ? 昨夜は延々とお前の親友の愚痴を聞いていたが……」

「そうだなあ……。今日は甘味処をまわったんだけどさ、翠屋ってとこのシュークリームが本当に美味しいんだ……!」

「ほう。目が普段の三割増しで光る程のものなのか」

真っ暗で上下左右何も分からない空間で宇宙にでもいるかのようにクルクル回りながら楽しそうに少年が話すのを、若い女性が傍目からは分かりにくい程薄っすらと笑みを浮かべて話を聞いていた。
だが、どこか儚げで悲しそうにも見える表情だった。
 
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