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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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萌芽時代・出逢い編<後編>

「――はぁ。疲れた」

 今回私を含めた千手の若い衆が受けた依頼は、火の国の大名の側近の一人娘の護衛。
 輿入れの近い姫君の命を狙って放たれる刺客忍者から婚礼の日まで姫君を守って欲しいとの事で、一族の中でも私を含めた四人の精鋭達が日夜姫君を護衛していた。

「流石の兄上もお疲れのようですね」
「……連日三歳児の子守りを続けながら、刺客の相手をしていたら誰だって疲れると思うぞ」

 国と国、家臣と家臣の結び付きを強める目的で、年端の行かない幼い娘が同じ年頃の子供と結婚する事は、この戦国時代ではそう珍しい事ではない。
 珍しい事ではないが、碌に物心つかないうちに肉親と引離されて、遠く離れた土地に嫁がないといけないのは哀れだな、と心の片隅で思いはするが。

 今回の護衛対象のお姫様は遊びたい盛りの三歳児だった。
 なんでか物凄く懐いてくれたのだが、夜は刺客退治、昼は姫君の遊び相手という生活を過ごしたせいで、自分的には疲労困憊といった具合だ。そりゃあ、戦場に行かされるよりはマシだけどさ。
 扉間を始めとする一族の者達は、お姫様が私に懐いているのを見て、遊び相手はお前に任せたとばかりに知らんぷりするし。ちょっとは交替してくれても良いのにね。
 子供は可愛いし、好きな部類に入るだが、毎日振り回されたら疲れてしまった。

「――ま、取り敢えず無事に任務は完了したんだ。帰るか、扉間」
「はい、兄上!」

 にしても、扉間の兄上呼びも大分定着して来たな。
 最初の頃はしょっちゅう「姉者」と呼んでは、慌てて兄上呼びに直していたっけ。
 
 今回の任務に就いた面々で、一族の集落に向けて、黙々と走る。
 風を切りながら、風よりも早く走る、忍び独特の走り方。
 殿を私が務める形で、黙々とは知っていたのだが、不意に前を走っていた千手の先輩忍者が足を止めた。

「――待て! この先に膨大なチャクラを感じる。これ以上進むのは止めた方が良い」
「膨大なチャクラ?」
「ああ。……ただの人間が持てる量のチャクラではない」

 焦った様な表情で迂回路を取ろうと勧めてくる先輩忍者の言葉に、同じ任務についていた後輩忍者が反対する。

「何を弱気なことを言っているんだ。千手の忍びらしくない。なに、こっちには柱間もいるんだ。どんな奴だって敵じゃないさ」

 おいこら、人の名前を出すな。

「そう言う理屈じゃないんだ! とにかく、今までに感じた事が無い位、膨大で醜悪なチャクラなんだ!」

 そういえば、この先輩は千手でも数少ない感知系忍者だったな。
 その先輩がそこまで言うのだから、近付かない方がいいかもしれない。

「兄上、如何なさいますか?」

 黙ってそんな事を考えていたら、隣の扉間が決断を求める様に静かな声をかけてくる。

「……そのチャクラは、そんなに恐ろしい物なのか?」
「ああ。オレは絶対近付きたくない」

 普段は剛胆な性格なお人であると言うのに、この怯え様。
 この人が嘘を言う様な人でない事は、よく知っている。――――ならば。

「分かった。遠回りになるけど、迂回路を取ろう。お前がここまで言う相手なんだ、近付かない方が無難だろう」

 その言葉に、一人はホッとした表情を浮かべて、もう一人はむっとした様な顔になった。

「なんだよ、柱間。お前らしくもないぞ」
「ただでさえ連日の任務で我々は疲労している。ここで無駄な争いをする様な真似は止した方が良いだろう?」

 そう言って肩を叩くと、後輩忍者は軽く肩を竦めた。

「そんなに強いのに、柱間は相変わらず戦いが嫌いなんだな」
「戦争なんて毎日の様に起こす物じゃないさ」

 本当にそう思う。
 体を動かしたり、強い相手と技を競い合う事自体はとても好きだが、戦争は本当に嫌いだ。
 争わずに済むのなら、それに越した事は無いと思う。

 ――にしても、人間とは思えない程強大なチャクラか。……気になるな。
 
「――影分身の術!」

 ぼふん、と気が抜けそうな音と共に、もう一人の私が現れる。
 私達はお互いにアイコンタクトを取ると、影分身の私は先輩忍者の言った強大なチャクラの持ち主の方へ、本体の私は集落へと走った。



 一行とは別に、当初通る筈だった道を通って千手の集落を目指す。
 不意に肌を突き刺す様な異様な雰囲気を感じ取って、走るのを止める。それまで平坦な獣道が続いていた森の中が、まるで台風でも通り過ぎたかの様に破壊されていた。
 木々は抉れ、大地は所々陥没し、何よりも辺り一帯には濃密な死の気配が猛烈に漂ってきている。
 森に住んでいた獣達の何匹かが巻き添えを食らったのだろう、舌をだらしなく垂らし目を虚ろに開いた状態のまま、あちこちに横たわっていた。
 それらを視界の端に入れたまま、気配を殺して慎重に歩みを進める。破壊の跡が酷い方へと進むにつれ、肌を刺す威圧感がより圧力を増した。

「――!」

 思わず息が漏れそうになるのを、必死に堪える。
 この惨劇の主役が誰なのかと思っていたが、成る程あいつだったのか。

 永遠と続く大地の果てに沈み行く、血の様な光を滲ませる夕日。
 昼間の鮮烈な白い光が嘘の様に不吉な印象を与えてくる斜光に照らされる形で、静かに大地に鎮座する、巨大な獣。

 頭から血を被った様に、夕日を浴びて真紅に染まった朱金色の毛並み。
 見る者を圧倒させる堂々たる巨躯より生える、九本の尾。
 筆で一筆引いた様に黒い目元にはえる鮮血の様な瞳。

 未だに話でしか聞いた事の無い、この世に九体居ると言う尾獣の一匹。
 その中でも、世の人々に【天災】と例えられた獣が、目の前にいた。

『……そこにいるのは、誰だ』

 思わず言葉を忘れて魅入っていた私を我に返らせたのは、九尾の不機嫌そうな唸り声だった。
 ぎろり、と大きな鮮血の瞳が動いて、木陰に隠れていた私の方を見やると同時に、長い尾が軽く振るわれ、一振りで遮蔽物を消し去る。
 危なかった、避けなかったら間違いなく巻き添えを食らってたぞ。

『――――ふん。人間、それも忍びという奴らか』

 偉そうに鼻を鳴らす巨大狐。
 にしても、言葉の端々から人に対する侮蔑の感情が滲み出てるな。

『こそこそと物陰に隠れて何をしているのかと思えば。ワシを利用するための皮算用でもしておったのか』
「いや。あまりにも綺麗だったから、思わず見蕩れてた」

 正直に言ったのに、返って来たのは尾の一振りだった。

「おいこら! いくらなんでも照れ隠しには激しすぎるぞ! 断固抗議する!」
『黙れ! 巫山戯た事を抜かすな!!』

 尾に合わせて、鋭い爪の一閃まで追加された。心から思った事を告げただけなのに、この扱いは酷いよ!
 九尾の纏う赤黒いチャクラが沸騰する様に膨れ上がっていく。

「なんで怒るんだよ! 思った事を正直に述べただけなのに!!」
『嘘をつくのであればもう少しマシな嘘を付け、人間! 憎しみの塊であるワシを見て、人がそのような事を思う筈が無かろうが!!』

 吠える九尾の一撃を避け、一際大きな岩石の後ろに隠れて、頭だけを覗かせて九尾の方を見やる。
 荒ぶる尾の立てる音に紛れない様に、声を一際大きく張り上げた。

「なんでさ! 確かにお前のチャクラはおっかないが、オレがお前を美しいと思ったのは事実だぞ!」

 確か有ったよね。
 人間は抗い様の無い存在、又は現象を目撃したとき恐れの感情と共に、精神の高揚を感じるといかいう考えが。崇高概念、だったっけ?

「夕日に染まるその茜色の毛並みも、その大きくて真ん丸な赤い目も! 沈み行く夕日と共に大地と一体化していたさっきまでの静かな雰囲気も! 全部が綺麗だったから、思わず見蕩れてた!」

 今は暴れ回っているせいで、折角の雰囲気は霧散してしまったけど。
 こちらに振り下ろされた尾に、飛び移る。丁度、九尾の目の前に対峙する形になった。
 ――――真っ赤な、鮮血の様に鮮やかな、ミトの赤い髪とは趣の異なる瞳が眼前に有った。

「ほら、やっぱり綺麗な色をしている」

 ――――頬がだらしなく揺るんで、顔が笑みを形作るのが分かる。
 ああ、なんて綺麗なアカイロなんだろう。

 ミトの赤い髪に、黒髪少年達の三つの巴紋の浮かぶ真紅の瞳。
 それに九尾の狐の見事な朱金色の毛並みに、鮮やかすぎる瞳。
 ……どうも、私はアカイロに心を奪われてしまうらしい。

「勿体無いな。こんなに綺麗なら、本体で来れば良かった」

 辺りに散らばる森の残骸も、死臭漂う空気も気にならない。何かに取り憑かれた様に、九尾を見つめて笑う。
 自分でもどうにかしている、と頭の冷静な部分が小さく囁いたが無視した。

『――――お前、影分身なのか?』
「まあね。仲間がここには寄らない方が良いと言うから、本体の方は迂回路を取ってる」

 荒れ狂っていた九本の尾は、今では風に吹かれて軽く毛並みを揺らすだけに留まっている。
 純粋に、恐怖を感じずにこの獣を見つめる事が出来るのは、ここに居る自分が影分身なお蔭だろうか。
 でも少しばかり勿体無かったな、と思う。

 目の前の獣が、地響きの様な笑い声を上げた。

『面白い! 長い時間を生きて来たが、このワシを見てそのように間抜けな事を考えていた人間はお前が初めてだ!!』
「間抜けって、はっきり言うなぁ」

 まあ確かに、生き死にのかかる時にそんな事を考える人間はそうそういないだろうよ。
 そっと、私の乗っていた尾が動いて、より鮮血の瞳に近付いた。

『名を名乗れ、人間。長い時を過ごすための暇つぶしだ。このワシを見て惚けた人間として、記憶の片隅に留めてやる』
「偉そうな狐だなぁ。まあいいけど」

 ふ、と口の端を持ち上げて不敵な笑みを浮かべて見せる。

「森の千手一族が一人――千手柱間だ。柱間と呼んでくれ」

 自分の胸に手を当てて、声を張り上げる。
 朗々と、私は目前の圧倒的な存在感の獣から視線を外す事無く、己の名を宣言する。
 
 ――――獣が愉快そうに嗤うのを目にして、私は影分身を消した。



「お帰りなさいませ、柱間様!」

 迂回路を取ったせいで、予定の時間よりも遅くなってしまったのだが、私達は無事に集落へと辿り着く事が出来た。
 そして、そんな私達を出迎えてくれたのは、鮮やかな赤い髪に灰鼠色の瞳の美少女。
 言わずもがな、私の愛しの妹であり、数少ない癒しであるミトだ。

「ただいま、ミト! 遅くなって済まないな!」
「ご無事で良かったです!」

 胸元目がけて飛び込んで来たミトを抱きすくめて、勢いのままくるくる回る。
 ふふん、羨ましいだろう野郎共!

「扉間も、皆さんも、お仕事お疲れさまです! お風呂の準備をしておりますので、まずはゆっくりと疲れを落として下さいな」

 そう言ってにっこり笑ったミトに、後輩忍者が見蕩れる。
 私の視線に気付いた先輩忍者が、慌てて後輩忍者の頭を小突いた。
 言っとくが私を倒せる様な男でないと、妹はやらんぞ。

「扉間。オレは父上に今回の任務についての報告をしてくるから、先に風呂に入ってろ」
「そんな! あね……兄上の方こそ、お疲れなんですから」

 そう言ってこちらを気づかう様な表情の弟に、軽く苦笑して銀色の頭を撫でる。
 いつもは光を浴びて鈍い光を放つ筈の銀色の髪が砂塵や埃で汚れてくすんだ色に変わっていた。

「オレは大丈夫だ。ミト、この聞き分けの無い弟を風呂場に放り込んで来てやれ」
「分かりましたわ、柱間様! さ、行くわよ扉間!」
「ちょ、ミト!」

 おやおや。美少女に手を繋がれて、扉間が顔を赤くしている。
 そのまま二人の姿を見送って、私は踵を返す。
 そうして父上の部屋の前に報告のために廊下を歩いている最中に、不意に脳裏に影分身の経験した記憶が流れ込んで来た。

「……迂回路を取って正解だったな」

 軽く腕を組んで、柱に凭れ掛かる。
 脳裏に過って行く鮮烈な記憶に、眉間に皺が寄る。あの先輩忍者が怯えるのも最もだった。
 過去の自分に拍手を送ってやりたい。
 もしあそこで最短距離を選んで、迂回しなかったら、おそらく自分以外の全員がやられていたかもしれない。
 自分一人ならば兎も角、他に仲間がいる状態では逃げる事すら難しいだろう――あの、最強の獣には。

 そして、他に忍びがいたままでは天災とまで例えられた獣を前に、あんな暢気な態度は取れなかっただろう。

 恐ろしいまでに圧倒的で、傲岸不遜で、自由気侭に世界で荒ぶるチャクラの化身。
 ――また、影分身を送ってみようか。
 
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