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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第5話 死に顔動画【ニカイア】(1)

“この世界”で目覚めてから、数日がたった。

 あの日以来、純吾は怪我が治りきっていないと言う事を理由にして、日がな一日ベッドの上で過ごしていた。
 あれ以来頻繁に来る事を躊躇うのだろうか、忍達月村の家の者は殆ど訪れずれていない。そのため、する事は小さな窓から外の景色を眺め、リリムに手伝ってもらいながら食事などの必要最低限の生きる“作業”をするだけだった。

 動こうと思えば、動く事は出来る。本当は、リリムの【献身】によって傷も体力も殆ど戻っていた。
 その点、悪魔の力は伊達ではない。そもそもすぐに動けるまで回復しなければ、今まで悪魔に対抗することすらできなかったのだから、当然と言えば当然のことだ。

だが、その力が必要だったのも“今まで”、つまり前の世界にいた時だけだ。

 あの後、どうしても諦めきれなかった純吾は、その後すぐ忍達に頼んで出来る限りの情報を集めてみた。
 例えば、リリムが何日分かの新聞を持ってきてくれた事があったのだが、紙面には地震や悪魔の事など一言も書かれていなかった。
 またある時は名古屋の事を部屋のテレビで取り上げているのを見つけた。全く壊れていない街並みを見たとき、純吾は思わず涙をこぼしてしまった。

 その際余談だが、暦が新暦65年となっているのを見つけたり、純吾の知っているものとは微妙に名前の違う店が紹介されたりするのを見つけて、首をかしげるといった事もあった。

 とにかく、1日にしてはかなりの事を純吾なりに調べてみた結果、どうやらこの世界は純吾のいた世界とは並列的な関係にあると言う結論に至った。
 歴史的な事実はほぼ同じように起こっているにもかかわらず、暦の読み方など小さな所ではずれが生じていていた事を見つけたため、そう純吾は推測した。

だがそれは自分の体が小さくなった事――この時代は西暦に換算して、10年ほど過去にさかのぼっている事が分かった――の説明になっても、純吾には何の益ももたらさなかった。むしろ全くの無駄骨となったと言わざるを得ず、純吾の心に消しようもない虚無感を植え付けるという散々な結果となってしまった。

結局のところ、帰る糸口は見つからず、そして世界は悪魔の力を使わなくても回っていたからだ。

 争いごとを解決するための抑止力、それがこれまでの悪魔の力の使い方だった。
勿論、この世界にも大きなところでは国家間の戦争から、小さな所ではこの家の姉妹喧嘩まで、様々な争い事はある。
だからと言って、どうしてそれを悪魔の力を使って解決せねばならないのか?


そうやって純吾はベッドの上でぼんやりと上手く働かない頭を使って屁理屈をこねてみるのだが、彼がそう考えるのは結局のところ、帰る方法が見つからないという事が分かった時点で、純吾の心は折れかけ、気力はごっそりと奪われていたからだ。

元をただせば純吾がこの力を振るうのも、二度目の生を望んだのも、全て向こうの世界で戦っている人たち――自分に関係し、今まで一緒に生きてきた人たちを守ろうと思ったからだ。
 一緒に生き延びた仲間を助けたい、そして彼女との約束を果たしたい。その為だけに、彼は決死の覚悟で憂うものとの問答に答え、生き残る権利をもぎ取ったのだ。

だが、実際はどうだろうか? 今純吾の周りには、リリム達仲魔を除いては自分のことなど全く知らない人たちしかいない。当たり前だ、ここは自分の世界とは違う場所なのだから。

 だから、自分がここにいる意味はない、そう純吾は考えるようになっていた。
 純吾の本当の目的だった、向こうの世界の名古屋にもどって仲間とまた一緒に生き抜くという選択肢は、あの問答の時、既に閉ざされてしまっていて。
 さりとて、この世界で悪魔の力を振るう機会なんてあろうはずがない。


 自分は一体ここで、何を為せばいいのだろうか?


「どうしたら、どうしたらいいのか分からないよ。フミ、アイリ……」
鳥居純吾は、独り途方に暮れていた。






純吾が途方に暮れている一方、月村忍も非常に頭を悩ませていた。

 あの日以降、忍たちは全くと言っていいほど彼と話す事も、姿を見ることすらできなかったからだ。

 その原因はリリムにある。彼女は純吾が気絶した後、尋常でない殺気を放って忍達を追い立て、その後、彼の部屋の前にずっと居座っていた。
 日が変わっても彼女の立ち位置は変わらず、新聞を持っていくなどの雑時から、食事など生活に絶対に必要な事に至るまで、全て彼女が受け取り、頑として忍たちを部屋の中へ入れようとしなかった。

 だからと言って部屋の前にリリムがいない時でも、忍たちは結局部屋に入る事は出来ずにいた。
 むしろ、その時の方が部屋に入るのを躊躇せざるを得なかったと言ってもいい。

何故なら、そういう時は必ずリリムが部屋の中にいて、うなされる純吾の傍にいるからであり、部外者の忍達にはとても入る事など出来なかったからである。

たまたま一度だけ、忍はリリムが部屋の前にいない時に通りかかったことがある。
その時、部屋の中から純吾の低く這う様な、後悔と懺悔の声が聞こえてきたのだ。

「ごめん。…フミ、アイリ、みんな。本当に、ごめん……」そう何度も何度も。

 その声を聞いた時、リリムがどうして純吾と自分たちを会わせようとしないのかを悟った。彼女は、彼女なりの方法で純吾を守ろうとしているのだと、忍は思えたのである。

 彼はこの世界では完全に一人ぼっちの客人であり、しかも意図していなかったとはいえ、彼の仲間に手酷い裏切りをしてしまったと自分を責めて、責めて、責め抜いている。
 そんな時に彼が他人にかまっている余裕があるだろうか、少なくとも、リリムはないと考えたのだろう。だからこそ、唯一以前から純吾を知っているリリムが常に傍にいて、彼の心が充分に癒されるまで、外界からのあらゆる障害の防壁となろうとしているのではないか。
 彼女が『一番好きなのはジュンゴ』と言ったのは、決して嘘いつわりのない、本当の事だったのだ。

 そういう事情もあり、本当なら、その意思を尊重して彼が充分に心の余裕ができるのを自分たちも待った方がいいのだと思う。
 けれども、忍にはどうしても今後のどうするかの相談を早めにする必要があると考えていた。

 忍たち月村家は“夜の一族“という、特殊な家系にあった。
 それだけなら別にいいのだが、”夜の一族“であるというだけで、理不尽を受けた事も過去にはあるし、襲撃によって命を失いかけた事もある。

 本当なら助けた手前、最後まで面倒をみるのが筋なのだろう。しかし、彼の持つ力や、彼の安全を考えると、こちらの都合に巻き込まないためにも、早めに孤児院なりを探したほうがいいと忍は考えている。

———けれども、すずかは、彼をこうしようと知ったら、怒り出すかもしれないわね。
彼女が抗議に来る光景を思い苦笑するが、それでも忍は考えを否定しようとは思わない。

 彼女は月村家の当主であり、どんな非道を冒してでも自分の家族を守ろうと決意していた。その為にはたとえ妹から恨まれようとかまわない、そう考えている。

「さってと……。じゃあ今日も、リリムさんにお願いに行ってみましょうか」

憂鬱な気分を一掃するかのように大きく背伸びをした後、忍は純吾とリリムがいる部屋へと歩き始めた。





その日も、純吾はあてがわれた部屋でぼぅっとしていた。
これからの事をどうしようか、悩ましい問題ではあるが、それでも今は考える事が出来ないし、したくもない。
それでも一度生まれた疑念は自分の意思とは関係なく膨らんでいく。

「あたま、痛い」

これからへの不安や恐怖が、ぐるぐるぐるぐると思考が回り、血の巡りの悪くなった頭を締め付けてくる。
そんなとりとめもない考えごとに身を任せていたら、ふと、携帯が鳴っている事に気付いた。それは、メールを受信した時の発光パターン。

「誰……?」

そんな当たり前の光景をなんとなしに眺めていたが、ふとある事に気付き、背筋が寒くなる。

このメールが、誰から送られてきたのか、という事実に。

自分のメールアドレスを知っているのは家族や親方、それに地震後に知り合った仲間などごく少数だ。だが、そのごく少数も向こうの世界での話であり、こちらには誰もいない。
では、誰が今の自分にメールをする事ができるだろうか?

「まさか」

その可能性を持っているのは一つだけ。時間など超越したかのような動画を録画する事ができ、そして次元の壁を越えて悪魔を召喚する術を自分たちに与えた存在――


「―――死に顔サイト、【ニカイア】」


急いで純吾は携帯をつかみ、メール画面を開く。
動画を確認。そこには自分が体験した事くらい衝撃的な内容であったが今は無視する。
動画に映っている人を助けるため、今まで碌に動かさなかった体に鞭打ってベッドから跳ね起きる。
 そのまま「ジュンゴ、どうしたの!?」というリリムの声を置き去りにして、純吾は誰か家の人を見つけるため廊下を走り抜けていった。





忍が純吾の部屋へと向かっていると、純吾が恐ろしい勢いで走ってくるのが見えた。

「ちょ、ちょっとジュンゴ君。そんなに慌ててどうしたっていうのよ」

あれだけ何も動きのなかった純吾がいきなり走っているのに驚いた忍は彼に声をかける。
 その声を聞いた純吾は忍の姿を確認したとたん、突風のように彼女のもとへ駆けてきた。

「っ!! シノブ、ここどこか教えて!」

「えぇ、そんないきなり言われても事情がちょっと……」

「いいからこれ、時間がない!」

全く事情が呑み込めない忍にそういって携帯電話を取り出し、画面を見せる。
初め困惑していた忍だったが、急に目を見開き、それから真剣な顔になって画面を凝視し始めた。


画面には動画が再生されていた。
動画に映っているのはすずかと、仲が良いという金髪の少女アリサ=バニングス。
まだ小学生のいたいけな少女二人が両手を後ろに縛られ、大勢の男たちに囲まれている。あたりは人工照明でうす暗く照らされており、コンテナのようなものが積まれた中埃がうっすらと漂っている。
いきなり場面が移り変わり、アリサが血を流し倒れる。足を銃で撃たれたようだ。途端に、縄を引きちぎり、男たちへ飛びかかるすずか。男たちを “夜の一族”の全力で蹴りつけ殴り倒し、血だまりの中に男たちをなぎ倒していく。
だが、動画の終盤。すずかが、男の一人に銃で撃たれ倒れる。体全体がのぞけり、仰向けに倒れる。傷口から流れ出ていく血はゆっくりと体の周りに広がっていく。瞳孔がゆっくりと開いていく。激しかった呼吸が、段々と小さくなっていき、そして———


あまりの内容に、忍はしばし呆然としてしまう。だがすぐに意識を引き戻し、彼に向って激昂し掴みかかった。

「な、…なんの冗談かしら、ジュンゴ君?
 こんな動画、どうやって作ったのか知らないけど、こんな酷い事して、本気で怒るわよ!」

 忍が我を忘れてしまったのは妹の悲惨な姿を見せつけられたと言う事もあるが、それと同等に彼がすずかの姿を通して、自分たちの秘密を知ってしまった事にもある。
 どういう経緯で知ったのかはともかく、彼女は純吾がこの事を悪用しないようにしなければならないと

「違う、ジュンゴが作ったんじゃない。これは、これから起こるかもしれない事」

しかし忍の激昂は、純吾の予想外な返答に困惑を受けて霧散する。代わりに、彼が今何を言ったのかを高速で考え始めた。

 彼は自分が作ったとは言わず、代わりに“起こるかもしれない”と言った。
そこから導き出される、本当なら考えるに値しない可能性。【悪魔召喚アプリ】なんていう非常識なものを持っている彼が言う事だから頷ける可能性。

「つまり、この動画って未来の事を映すっていうの?」

「ん……。まだ、今なら止められる」


その言葉を聞いた瞬間、忍は彼の手をとって出口まで走り出した。聞きたい事や、注意しなければならない事は山積みだが、今の忍の頭には妹の安全の事しかない。
 そのまま広いホールを抜け、家の外に出ようとした瞬間、後ろから声がかけられた。

「ジュンゴ!」

「何よ……今私たち急いでるの、止めないでよっ! リリムさん!?」

 声の主、リリムに向かって忍は力関係など忘れて怒りをぶつけた。
 しかしぶつけられたリリムはその怒りに答えず、憂いを秘めた目で忍の隣にいた純吾を見つめる。そうして、まるで何かを確認するように、はっきりとした口調で彼に問いかけた。

「もう、十分に疲れはとれたの?」

「ん…。リリムが、守ってくれてたから。もう、十分」

 リリムの問いかけに答えた純吾には、もう先程までの不安な面持ちはない。
 瞳を煌々と輝かせ、全身から生きようとする力が溢れかえるかのような、確固とした意思を持って行動をしようとする一人の人間としての姿が、そこにはあった。

「そっか。私が守ったから、か……」

 えへへ、とはにかむようにリリムは少しだけ笑った。
 その後すぐに笑いを収めると忍の方へ向き「ごめんなさい、どうしても確認したくて」と頭を下げた。
 そうして頭をあげ、呆気にとられる忍に向かって「お詫びにといったらだけど」と、自信に満ち溢れた声で提案をするのだった。

「見せてあげるわ。私たち、悪魔流のお姫様救出作戦ってやつをねっ♪」





———どうして、こうなってしまったのだろう。
後ろ手に縛られた両手の痛みに耐えつつ、すずかはぼんやりと考える。

学校が終わり、友達であるアリサ=バニングスと一緒に校門を出て他愛もない話をしていたら、いきなり強い力でハンカチのようなものを口にあてがわれた。横でアリサが男に自分と同じような事をされているのが垣間見え、どうにかしないと! と思ったのもつかの間、体が言う事を聞かなくなり、気が付いたらこの状況だった。

周りはうす暗く、あたりを見渡すとコンテナのようなものが整頓されうず高く積まれているのが分かる。どうやらどこかの倉庫の一角にいるらしい。

そして、何人いるのか分からない、男たち。
屈強な体躯、手にはナイフから拳銃、更にはマシンガンだろうか、大きな銃器を持っているというのは共通しているが、表情は違う。こちらに向けて舌なめずりをする下ひた表情、品物を見るような無感情な表情、何かに浮かれこちらにさして興味を持っていなさそうな表情。それぞれ違うが、みな一様に気味悪く感じる。

ふと、となりで女の子の声があがるのが聞こえる。
多分、アリサの声だ。それが目の前の男と言い争いをしている。
「…どうしてこんなことするの!?」「早く私たちを…帰らせてよ!!」
「…それは…お父さんが悪い…。」「君には…お父さんに休暇を取ってもら…人質…」
「…!! だったら、せめてすずかだけでも…」

アリサが必死になってこの場を切り抜けようと言い争っている。
それが分かるのに、それでも現実感は生まれない。すずかはまるでドラマの一場面のようだと感じてしまっていた。

ドラマだったら、ここで味方が助けにきてくれるのかも、と考え、クスリと小さく笑いを洩らす。現実を認識しようとしてもできない、それは性根が優しいすずかが自分の心を守るためにとった行動だった。

しかし、それも嫌にはっきり聞えた、次の男の言葉で破られることになる。

「あぁ、そりゃあ無理な相談だ。黒髪のお譲ちゃんにはさる研究所の実験材料になってもらうっていうお仕事が待ってる」

「なっ…。」一瞬で意識がその男の方へ向かい、顔を凝視してしまう。
 いま、目の前の男は、何といった?

「実験材料って…、どうして、そんな酷い事言うのよ! すずかは人間よ! 変なところなんて何もないわよ!?」

隣でアリサ猛然と喰ってかかる。それに答えようとするのか、男は口の端を皮肉げにつりあげ、ゆっくりと口を開く。

「待って、やめてぇ…」小さく声が漏れる。それは今の自分にできる精一杯の抵抗。
今の男を止める術は無く、その事に絶望しながら、それでも必死に口に出した言葉。
だが、男はそれを聞いて更に愉快気に笑うだけ。

「いいやぁ、そのお譲ちゃんは人間じゃない。詳しくは知らされていねぇが、なんでも人の血を啜って生きる“化け物”の一族だそうだ。どうだい、親友が実は人間やめてましたって分かった気分は?」

それを聞いた瞬間、すずかは前にもまして呆然としてしまう。知られてしまった、自分たち月村家が一番秘密にしていたかった事を、よりにもよって親友に。
男の言葉にアリサが目を大きく見開き、こちらを見てくるのが分かる。

———やめて、そんな顔しないで、こっちを見ないで。
顔を見られない様に背中を丸めて、何もかも振り払うように激しく首を横に振る。


こんな現実はいや、自分は何も悪い事はしていなかった。“夜の一族”の能力などに頼った事は一度もなかった。ただ、ひっそりと暮らしたいだけ。できれば、友人に囲まれて、穏やか中にも楽しい生活を送りたかっただけ。

———それがどうして、どうしてこんなにあっさりと壊れちゃうの?

何度も自問自答する事で再び現実から目をそらし、親友からも逃げようとする。けれども視線を前より感じてしまう。秘密にされていた事を知られたためか、心の防壁は先ほどよりもずっと脆い。

もう、幼いすずかではこの状態をどうする事も出来なかった。


「…助けてよ……」

だから、そう声を漏らしてしまう。
自分以外の誰でもいい、この悪夢のような現実から自分を救い出してくれる存在。ドラマに、小説に、おとぎ話にでてくるような正義の味方をすずかは心から望んだ。

だから、遠くの方で誰かがやってくる足音が聞えてきた事に真っ先に気がついた。
遅れて目の前の男たちも、アリサも気がついたのか、ざわめきが大きくなる。

顔をあげてその方向を向く。誰でもいい。誰か、誰か、私をここから助けて…


そして、その人は現れる。
ただそれはすずかの待ち望んでいた、物語の主人公でもなく、ましてや正義の味方でも神の御使いでもなんでもなく。


「あっ、すずかちゃんみーっけ♪」


リリムという、一匹の悪魔だったが。
 
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