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Fate/magic girl-錬鉄の弓兵と魔法少女-

作者:セリカ
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無印編
  第十五話 湯のまち、海鳴温泉   ★

 しばらくは平穏な日が続いていた。
 翠屋と月村家のバイトと学校生活をこなしつつ、フェイトの家に食事を作りに行く。
 自分でもそんな生活を楽しんでいた。

 そんな中の連休、山の中を二台の車が走っていた。
 そして、俺もその車に乗っていたりする。

 なんでも翠屋自体は年中無休らしいが連休の時は従業員にお任せして、家族旅行に出かけるらしい。
 家族旅行といってはいるが、高町家と月村家とそのメイドさん達とアリサも一緒だ。
 はじめは俺も断っていたのだが、月村家の執事にしてなのはの友達なんだからという事で一緒に行かせてもらうことにした。
 ちなみにフェイトにはおにぎりやサンドウィッチをはじめとする連休中の食事をちゃんと用意している。
 さすがに下拵えだけで調理をフェイトにしてもらわないと悪いのもあるのだけど、簡単な調理は出来るようだしなんとかなるだろう。
 ちなみに俺の気のせいかもしれないがフェイトがどこか寂しそうだった。

 それはとりあえず置いておくとして、最近対応に困ることがある。
 今現在、俺は高町士郎さんが運転する三列シートの車の二列目、美由希さんの隣でのんびりと外を眺めている。
 そんな俺へ斜め後ろから視線を向けている相手がいる。
 その視線の主がなのはである。
 しかも今日だけではない。
 ここ最近、首元にやけに視線を感じる。
 俺の首元といえば魔力殺しのアミュレットがある場所である。
 だが、特に尋ねることもなくただじっとこちらの首元を見ているのだからどうにも落ち着かない。

 そんな事を思いつつものどかな時間は過ぎていき、無事に辿りついた。
 古風ないい感じの旅館だ。
 車に乗って固まった体をほぐし、恭也さんと共に荷物を車から降ろす。
 で各自、夕食まで自由行動となった。
 なのは達女性陣は温泉に向かったので俺は浴衣に着替えのんびりさせてもらう。
 温泉はもう少し日が暮れてからだ。
 俺の体には死徒になる前に刻まれた傷跡がいくつもあるので一般人の他の客に見せるのは気がひける。

 それにこの宿には露天風呂があるらしいのだが混浴だ。
 この時間に下手に露天風呂に行けばろくでもないことになるのは可能性が高い。
 というか絶対ろくでもないことになる。
 夜にでもこっそり行かせてもらうとしよう。

 さて、そろそろなのは達もお風呂から出る頃だろう。
 旅館の中を見て回ると言っていたから合流するとしよう。
 そんな事を考えているとちょうどなのは達を見つけた。

 そんな俺の視線の先で、そこになのは達に近づく、一人の女性。

「……一体何を考えている事やら」

 ため息を吐きながらなのは達の方に近づいていった。




side なのは

 温泉から出て、士郎君と合流するために一旦部屋に向かう途中で

「はあ~い、オチビちゃん達」

 急に赤い髪の女の人に話しかけられた。

「ふむふむ。君かね、うちの子をアレしてくれちゃってるのは」

 歩み寄られて、近い距離で見つめられる。
 その眼には明らかに好意的ではない視線が混じっている。

「あんま賢うそうでも強そうでもないし、ただのガキンチョに見えるんだけどな」
「え? え?」

 いきなりの話に混乱してしまって反応できない。
 そんなとき

「人違いではないですか? お姉さん」
「え?」
「士郎君」

 女の人の後ろから現れた士郎君が黙って私の前に立って庇ってくれる。
 ただそれがうれしかった。
 でも……女の人に向ける視線がどこか怖かった。

「あははは、ごめんね。知ってる子によく似てたからさ」
「そうですか。ですが次からは気をつけたほうがいいですよ。
 一般の他の方々がいるんですから、下手な誤解は余計な揉め事を起こしかねませんしね」
「そう……だね。そうするよ。
 ごめんね。にしても可愛いフェレットだね。撫で撫で」

 さっきのようなお姉さんの怖い視線がなくなりほっと胸を撫で下ろす。
 その瞬間

(今のところは挨拶だけね。忠告しとくよ。
 子供はいい子にしておうちで遊んでなさいね。お痛が過ぎるとガブッといくわよ)

 これって念話。
 しっかりと女の人の言葉を受け止める。

「さあって、もうひとっぷろ行ってこようっと」

 女の人はそんな言葉を残して、お風呂の方に行ってしまった。
 もしかしてこの前の子、フェイトちゃんの味方?
 それとも新たな敵さん?
 色々な考えが浮かんでは消えていく。

 だめだめ。
 今はアリサちゃん達と一緒なんだから考えるのは後にしよう。
 士郎君、アリサちゃん、すずかちゃんの方を向く。
 その瞬間固まってしまった。

「……士郎……君?」

 どこか感情のない眼で女の人の後ろ姿を追う士郎君がそこにいたから
 アリサちゃんもすずかちゃんもさっきの女の人より士郎君の方が気になってるみたい。
 そして、女の人が完全に見えなくなって

「ん? どうかしたか?」

 いつもの士郎君がいた。

「ううん。なんでもないよ。行こう」
「そうね」
「うん」

 私の言葉にアリサちゃんもすずかちゃんも頷いて、士郎君も頷いて歩きだす。
 今の士郎君はなんだったんだろう。
 私は士郎君の横顔をじっと見つめていた。




side アルフ

 フェイトのために様子を見に行ったけどまずかった。

「あんま賢うそうでも強そうでもないし、ただのガキンチョに見えるんだけどな」

 そんな事を言いながら半ば挑発するように顔を近づけていった瞬間

「人違いではないですか? お姉さん」
「え?」
「士郎君」

 気配もなく背後に現れて、例の子を守るように前に立った。
 最近よく家に来ているせいで匂いに慣れていた。
 完全に油断してた。
 さすがの私も呆けてしまったけどすぐに意識を切り替える。

「あははは、ごめんね。知ってる子によく似てたからさ」

 笑って自分の間違いと誤魔化す。

「そうですか。ですが次からは気をつけたほうがいいですよ。
 一般の他の方々がいるんですから、下手な誤解は余計な揉め事を起こしかねませんしね」

 うっ!
 目が怖い。
 それに他の方々じゃなくて一般の他の方々って一般人の前で妙な事をしたらただじゃおかないっていう脅しじゃんか。
 士郎の視線から顔を逸らすように例の子の肩に乗っていたフェレットに手を伸ばす。

「そうだね。そうするよ。ごめんね。にしても可愛いフェレットだね。撫で撫で」

 その瞬間殺されるかと思った。
 気がついたら浴衣の中に右手が入っていて何かを握ったように見えた。
 眼には感情がなく、一歩間違えば間違いなく私の命にかかわる。
 でもなんでこんなに急に反応を……そういう事ね

 士郎の反応の原因はすぐに分かった。
 この子の首だ。
 フェレットが肩に乗っていて、その子の首のすぐ横に私の手がある。
 だからか。
 下手にこれ以上動かないほうがいいね。
 マジで殺されそうだし。

「さあって、もうひとっぷろ行ってこようっと」

 フェレットから手を離して、士郎の前から姿を消すけど内心冷や汗ダラダラだった。
 一応、例の子には念話で警告はしておいたけど
 それにしてもなんだろうね、士郎は。
 普段は温和なくせに戦いになればフェイトや私じゃ手に負える相手じゃない。
 フェイトと同い年だったはずなんだけどね。
 一体どんな人生送ればあんな風になるのかね。

 でも……だからこそフェイトの痛みもわかってやれるのかもしれない。




side 士郎

 まったくアルフの奴。
 なのはに詰め寄るような形で顔を寄せたから声をかけることにしたが正解だった。

「あははは、ごめんね。知ってる子によく似てたからさ」

 笑って自分の間違いだと誤魔化していたようだがそれぐらいじゃ誤魔化せない。

「そうですか。ですが次からは気をつけたほうがいいですよ。
 一般の他の方々がいるんですから、下手な誤解は余計な揉め事を起こしかねませんしね」

 一般人の前で妙な事をしたらただじゃおかないと遠まわしに警告をしたが理解してくれたようだ。
 だがそのあと俺がイタチだと思っていたフェレットに手を伸ばす。
 フェレットの横にはなのはの首がある。
 なのはを殺せる位置。
 その瞬間、反射的に懐に手を入れ投影の準備をしてた。

 おかげで無駄にアルフがいなくなった後もなのは達から妙に視線を感じてる。
 まあ、すずかは俺が裏に関わる人間と知っているからいいとしても、なのはとアリサから言わせればある意味異常ともとれる行動だ。
 油断できない生活を送っていたとはいえ反射的に警戒する癖はどうにかした方がいいかもしれない。

 それからは特にトラブルもなく、のんびりと楽しみました。
 めでたし、めでたし。
 と続けばよかったのだが、のんびりとはいかなかった。
 なぜなら

「いい湯だね~」
「う、うん」

 なぜかアルフとフェイトと共に風呂に入っている。

 なぜこんなことになったかというと夕飯が終わり、布団に入るまで少し自由な時間があった。
 というわけで露天風呂にやってきたのだ。
 勿論だが、他の方々に気付かれないように細心の注意も払った。
 特に美由希さん。

 で俺が入浴して一分もしないうちに

「え? きゃっ!」



「あれ? なんで士郎が居んのさ?」

 フェイトとアルフ登場。
 しかもフェイトもアルフもタオルを巻いていなかった。
 驚きお風呂に跳びこむフェイトと平然としているアルフ。
 アルフ、せめて恥じらいはもってくれ。

「……なんでさ」

 油断した。
 なのは達ではなくてフェイト達の方だったか。

「見ました?」
「いや、すぐに目をそらしたから見てはいない」

 ごめんなさい。
 嘘です。
 歳の割に発育がよく……って違う!
 確かにわくわくざーぶんの時はイリヤの水着に一番どきどきしたけど俺は決してロリではない……はず。
 いや、そもそも肉体年齢は9歳でフェイトと同い年だから問題ないのか?
 ……まずい本格的に頭が混乱してきた。

「と、とりあえず向こう向いててください。出ますから」
「いいじゃんフェイト。
 士郎なら見たりしないだろうし、せっかくこんなとこまで来たんだから少しは楽しまないと」
「だけど…………じゃあ、少しだけ」

 というわけで現在の状況である。
 なんとか混乱からも復活したのだが、も特に会話があるわけでもなく。
 ただのんびりと並んで温泉を楽しむ。

「そろそろ出ますね」
「ああ、そっちにも色々あるだろうが気をつけて」
「はい」
「ほんじゃあね~」

 さてと俺も十分に堪能したし湯からあがる。
 まあ、予想外のトラブルがあったが良しとしよう。
 そろそろいい時間だし、間違えて美由希さんでも来ようものなら高町家に泊まった時のお風呂の再現になりかねない。
 そう、あの美由希さんの意外にも豊満な……カット!
 妙な思考はやめよう。

 ちなみに、部屋に戻って露天風呂に行っていたと言ったら美由希さんやファリンさんからずいぶんと文句を言われた。
 ファリンさん、貴方も俺と一緒にお風呂に入ろうと思ってたんですか?
 まったく俺にどうしろというのだ。


 そんなこんなで夜も更け、士郎さん達はお酒でワイワイと楽しんでいるようだ。
 で俺の現状はというとなのは、すずか、アリサの四人で川の字で寝ているのだ。
 いくら小学生といえども男女が同じ部屋というのはどうなのだろう?
 ちなみについ先ほどまでファリンさんが本を読み聞かせてくれていたが、まずはじめにアリサが、続いてすずかが、そして俺となのはが眠りについた。
 
 眠りについたといってもなのはも俺も寝たふりであって実際は起きている。
 なにやらユーノと何かを話しているようだが、念話なのか会話は聞こえない。
 それからしばらく眼をつぶったまま身体を休めていると

「あっ」

 なのはが急に身体を起こした。
 なのはも気がついたらしい。
 端の方とはいえ一応、海鳴市。
 俺の結界にも一応反応し、位置は把握している。
 なのはは音をたてないように着替え、ユーノと共に外に駆けていく。
 なのはを見届けて

「さて、俺も行くか」

 全身黒の戦闘用の服を着て、外套とフードを纏い、仮面をつけて俺も森を駆ける。
 あそこか。
 橋の上にフェイトとアルフの姿を認めた。
 そして周りに妙な感覚があった。
 恐らく一般人が入らないように認識阻害の結界の類を張っているらしい。
 そして、俺より少し遅れて、なのは達も到着した。
 もっとも俺はフェイト達から五百メートルほど離れているのでなのはもフェイトも気が付いていないようだが。

 そして始まる戦闘。
 アルフが人型から狼の姿になり、襲いかかるがユーノの防御に阻まれる。

「イタチじゃなくてフェレットか、動物が空間転移ができるなんて知ったら遠坂達驚くだろうな」

 アルフとユーノの戦いを見てそんな感想をつぶやく。
 最近、なのは達の会話から気がついたのだが、ユーノはイタチではなくフェレットらしい。
 まあイタチにしろ、フェレットにしろ、どちらでもそう変わらないが、小動物が俺達の世界の魔法に近い魔術の一つである空間転移をあっさりと使ったことに驚いている。
 ずいぶんと芸達者な奴だ。

 そして、なのはとフェイトは相変わらず平然と空を飛び戦っている。
 それにしてもあんまり相性自体良くないな。
 砲撃の一撃はなのはの方が強いかもしれないが、後が続かない。
 対してフェイトは高機動を活かして翻弄しながらの近距離から遠距離までこなす。
 なによりなのはの反応がフェイトのスピードに反応しきれていない。
 今回はなのはの負けか。
 そんな事を考えていると案の定というか砲撃の撃ち合いで勝ったなのはが次への行動が遅れ、フェイトの鎌が首元へ寸止めされた。
 そしてなのはの杖からジュエルシードが排出され、フェイトの手に収まる。

「ジュエルシードを賭けていたか」

 しかしなのはもすこし考えないと悪いな。
 フェイトはある意味戦いになるとちゃんと切り替えができているし覚悟がある。
 だけどなのははそれができていない。
 まだ迷っているのだろう。
 はあ、少しはアドバイスぐらいはしてやったほうがいいのかもしれない。
 呆然とするなのはを残し、俺も先に宿に戻って着替える。

 そして、しばらくして
 どこか暗い表情でなのはが戻ってきた。

「おかえり」
「ふえ?」

 宿の前で出迎えた俺に眼を見開いて驚いている。

「えっと、こ、これはね」

 どうやって誤魔化そうか必死になってキョロキョロしだす。
 だけど俺は何か聞き出す気もない。

「ほら」
「わっ!」

 俺が放り投げた物をなのはがなんとかキャッチする。
 ちなみに俺が投げたのは

「浴衣とタオル?」
「露天風呂、行かないか?
 まあ、混浴だから多少気がひけるかもしれないけど
 どうだ?」

 俺の言葉になのはが静かに頷く。
 俺は黙って歩きだすと
 なのはは静かについて来る。
 ユーノはなにか思うところがあるのか、宿の方に戻って行った。

「先に入ってるから入るときは声をかけてくれ。違う方を向いてるから」
「うん。わかった」

 先に浴衣を脱ぎ、腰にタオルを巻いて、露天風呂に浸かる。
 少しして

「士郎君、入るね」
「ああ」

 なのはの言葉に男性側の入り口を向く。
 すると足音が聞こえる。
 なのはが入ってきたようだ。
 そして、何度かかけ湯をして風呂に浸かる。

「もうこっち向いても大丈夫だよ」
「了解」

 二人で肩を並べて

「「ふう~」」

 大きく息を吐く。
 勿論、なのはもタオルを巻いている。
 それから五分ほど静かに夜空を並んで眺める。

「士郎君、私、その」
「なのは、髪を洗ってやるよ。
 森にいたんだろ? 少し汚れているぞ」
「え、あ、うん」

 なのはの言葉を遮って、風呂からあがり、なのはの髪の毛を洗ってやる。
 もともと綺麗ななのはの髪だ。
 それが傷んだりしないように丁寧に洗っていく。

「いいぞ」
「うん。ありがとう」

 再び二人でお風呂に浸かる。
 俺となのはの距離はさっきよりはるかに近い。



 肩と肩が触れるか触れないかぐらいの距離。
 そして、俺から口を開いた。

「なのは、無理に言う必要もない。
 何を悩んでいるのか、迷っているのかも聞かない」
「うん。でも……」
「俺にもなのはに言えないことがあるんだ。だから気にしなくていい」
「……うん」

 なのはは俯いて、温泉の水面を見つめる。

「だけどこれだけは言える。
 迷ったら止まってもいい。だけどいつまでも止まっているな。
 止まっていたら何も始まらない。
 答えが出なくても突き進んでもいいんだ」
「突き進む?」
「ああ、迷っていても答えを得るために前に進むこともある」

 そう。
 今の俺がそうだ。
 俺は元の世界では全てを敵にまわした。
 この世界ではどう生きていくのか?
 遠坂やアルトが言っていた俺の幸せは掴めるのか?
 俺は正義の味方を目指すのか?
 目指したとして俺は正義の味方になれるのか?
 すべて答えなんてまだ見えていない。
 だけど立ち止まることはしない。
 不様でもいい。
 這ってでもただ前を目指して進み続ける。

「うん。進んでみる。
 なんで私があの子の事が気になるのかまだわかんないけど、突き進んでみる。
 でも今は」

 なのはがさらに肩を寄せて、頭を俺の肩に預けてくる。

「いいよ。今は立ち止まってもいい
 少し休んでいいから」

 なのはの膝の上にある手を握り、今はあまえてもいいと優しく声をかける。
 なのははそれに答えず、ただしっかりと手を握り返してくる。
 それで十分。
 俺の道はわからない。
 でも歩んでみよう。

 なのはとフェイトから恨まれてもいい。
 少なくとも後悔しないように。
 なのはやフェイト、一人でも多くの人たちが笑顔でいられるように剣を執ろう。
 例えこの身が血で汚れても

 新たな誓いを胸に俺は未だ出ない答えを探す。




side なのは

 ようやくちゃんと教えてくれたあの子の名前。
 フェイト・テスタロッサ。
 だけど私の名前をいう事は出来なかった。
 私はあの子とどうなりたいのか?
 答えなんて見つからなかった。
 それでも泊っている宿に歩きながらただ考える。
 そして、ようやく宿にたどり着いた時

「おかえり」
「ふえ?」

 宿の入り口で士郎君が立っていた。

「えっと、こ、これはね」

 誤魔化さないと。
 だけどパニックになった頭はうまく働かない。
 そんな私に士郎君は苦笑して

「ほら」
「わっ!」

 士郎君が放り投げた物をなんとかキャッチする。

「浴衣とタオル?」

 私が部屋に置いてきた浴衣とタオル。
 士郎君の行動の意味がわからず士郎君を見つめる。

「露天風呂、行かないか? まあ、混浴だから多少気がひけるかもしれないけど
 どうだ?」

 士郎君と一緒にお風呂?
 士郎君がこの前私の家に泊まったときだって恥ずかしかったからムリだよ。
 でも気がついたら何かに縋るように頷いていた。

(なのは、僕は先に戻ってるから)
(あ、うん。おやすみ、ユーノ君)
(おやすみ。なのは)

 ユーノ君は肩から飛び降りて宿の中に入って行った。

 緊張しながら士郎君の横に浸かる。
 さっきまですごく緊張してたのに温泉のぬくもりに緊張がほぐれていく。

「「ふう~」」

 二人で一緒に大きく息を吐く。
 それから静かに夜空を並んで眺める。
 でも士郎君は何も言わない。
 なんで夜に宿の外に行っていたのかも聞こうとはしない。
 そんな沈黙に耐えられなくなって

「士郎君、私、その」

 必死に言葉を紡ごうとすると

「なのは、髪を洗ってやるよ。
 森にいたんだろ? 少し汚れているぞ」
「え、あ、うん」

 言葉を遮られて髪を洗われた。
 丁寧でとても気持ちいい。
 私の髪を洗ってもらって、再び二人でお風呂に浸かる。
 今度はさっきよりはるかに近くに士郎君がいた。
 違う。
 一人じゃないって実感したくて、士郎君と肩がわずかに触れそうな位置に私が移動しただけ。
 そんな中、士郎君が静か言葉を発した。

「なのは、無理に言う必要もない。
 何を悩んでいるのか、迷っているのかも聞かない」
「うん。でも……」
「俺にもなのはに言えないことがあるんだ。だから気にしなくていい」
「……うん」

 士郎君の言えないこと?
 家族の事とか?
 それともそれ以外にも私のように黙っていることがあるのかな?
 わからない。
 なんにもわからないよ。
 私がフェイトちゃんとどうなりたいのか。
 私が何をしたいのか。
 全然答えが見えない。
 俯いて、温泉をただ見つめる。

「だけどこれだけは言える。
 迷ったら止まってもいい。だけどいつまでも止まっているな。
 止まっていたら何も始まらない。
 答えが出なくても突き進んでもいいんだ」
「突き進む?」

 答えが出ないのに前に行く?

「ああ、迷っていても答えを得るために前に進むこともある」

 ……そうだよね。
 ただ足を止めて考えても始まらないよね。
 答えがいつ出るかなんてわかんない。
 でも、それでも少しだけ勇気を出して前に進んでみよう。
 そしたら、少し答えが見えるかもしれない。

「うん。進んでみる。
 なんで私があの子の事が気になるのかまだわかんないけど、突き進んでみる。
 でも今は」

 少しだけ休ませてください。
 士郎君の肩に頭をのせる。

「いいよ。今は立ち止まってもいい
 少し休んでいいから」

 私の思いに頷くように静かに私の手を握ってくれる。
 一人なんかじゃない。
 あまえさせてくれる人がいる。
 今だけはこうさせてください。

 そしたら、また歩き始めるから

 例え答えが出なくても

 例え悩みながらでも

 前に進むことは諦めないから 
 

 
後書き
第十五話でした。

今回の更新はあともう一話です。
もう少しやりたかったけど、先週少し忙しくて時間がありませんでしたので

ではでは 
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