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蒼き夢の果てに

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第2章 真の貴族
  第14話 模擬戦

 
前書き
 第14話更新します。
 

 
 日本人なら大抵の人が好物である、おそらく国民食と言っても良い料理。子供の頃、この料理の非常に食欲をそそる香りを嗅いだ瞬間の心が浮き立つような感覚を懐かしく思い出す。
 ふたつの高い建物に挟まれている、所謂、中庭と言うべき場所なんですけど、春の日差しを良く受ける比較的過ごし易い場所では有りますね、ここは。

 それで現状については……。今更、授業に戻るのも面倒でしたし、流石にあの朝食の内容から、この世界の食事は俺の口には合わないのが判りましたから、こう言う状況に成った訳なんですけどね。
 結局、俺は朝、皿の上に盛り付けられていたフルーツだけを口にしましたから。

 ……つまり、俺の胃袋は、朝から重い物は受付け無かったと言う事です。

 そこで、運よく授業をサボる口実も出来ましたし、それに天気も良い。ならば、どうせなら外での昼食も良いのでは、とタバサに聞いたトコロ、いともあっさり了承して貰えたので、現在、飯盒(はんごう)でご飯を炊いて、大なべでカレーを作っている最中なのです。

 もっとも、本当はダッチオーブンを使えたら、もっと簡単に料理を作れた可能性も有るのですけど、残念ながら、今の俺の知識では無理なんですよ。飯盒でご飯を炊くのなら得意として居るのですが。

「いい匂いですね」

 オタマでカレーをまぜている俺の傍に寄って来た一人のメイドがそう話し掛けて来ました。
 えっと、彼女は……。今朝、俺に御礼を言いに来た黒髪少女で、確か名前はシエスタとか言う、まるで長いお昼休みのような名前の少女でしたか。

「いい匂いやろう。これは、俺の故郷では国民食とまで言われた料理で、カレーと言う料理なんや。それで、一度、タバサにも食べて貰おうと思って、こうやって作っているんや。
 どうや、シエスタも昼食として食べてみるか?」

 自分が誉められた訳では無いのですが、少し、胸を張るようにして自慢げに答える俺。もっとも、自らが調理中の料理の香りを誉められたのですから、少々、自慢げに成っても誰も責めはしないでしょう。

 それに……。
 そう思いながら、火に掛けられた飯盒に視線を移す俺。

 大丈夫。飯盒は合計で3つ火に掛けているから、一升二合のご飯が炊きあがる予定。
 そして、カレーの方も大なべで作っているから、シエスタ一人ぐらい増えたとしてもまったく問題はない状況です。
 ならば、一緒にご飯を食べる事によって、御近付きに成るのも悪くはないでしょう。

 尚、現在の料理は青空の下での、ほぼキャンプ状態。つまり、石を組んでかまどらしき物を作ってから料理をしています。
 基本的に、俺は夏休み中に三度はキャンプに行っていましたから、こう言う料理は得意なんですよ。

「え、よろしいのでしょうか?」

 まさか、シエスタ自身はお相伴に預かろうと思って近付いて来た訳ではないのでしょうけど、俺的に言うと、こう言うアウトドアの料理と言うのは大勢で食べる方が美味いと思っています。
 それに、この世界の料理に比べて、俺の住んで居た世界の料理をどう感じるかの意見を聞ける相手は多いほど良いですから。

 タバサに関しては、雰囲気から美味しいのだろうと察する事は出来ても、実際に言葉にして答えてはくれませんからね。

「タバサ、構わへんやろう?」

 一応は、タバサに確認を取って置くのですけど、別に否定的な答えが返って来るとは思えませんしね。そう思い、木陰で静かに読書中のタバサに対して、そう尋ねる俺。
 読んでいた本から視線を上げて、俺とシエスタの方を一瞥した後、案の定、コクリとひとつ首肯いて肯定を示すタバサ。

「まぁ、タバサがそう言ってくれているんやから、一皿ぐらい食べて行ったらええんや」

 そう言ってから、少し訝しげな表情でシエスタが俺を見ている事に気付く。
 そう言えば、確か朝はよそ行きの対応でしたか。彼女に対しては。

「おっと、イカン。少し、喋り方が妙やったか。
 朝に話し掛けられた時は、妙に丁寧な言葉使いで話していたからな。
 せやけど、俺の基本はコッチ。あの時は、周りに貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが仰山居ったから、よそ行きの言葉使いでシエスタの相手をして居たんや」

 それに、流石にこの言葉使いでは問題が有るでしょう。知らない学院生徒が周りに居る時は特にね。
 どう考えても貴族の世界に関係する人間の言葉使いでは有りません。間違い無しに、この世界で平民と呼ばれている、市井に生きる人々の言葉使いだと思います。

 おっと、イカン。ついでに、自己紹介も未だでしたか。

「えっと、自己紹介すら未だやったな。俺の名前は、武神忍。ファミリーネームが武神で、ファーストネームが忍や。
 せやから、俺を呼ぶ時は、気軽にシノブと呼んでくれたら良いで」

 もっとも、名前に関しては、コルベール先生が伝えてくれている可能性が高いとは思うのですが。
 ただ、自らの口で名前を告げるのは、それなりに意味の有る行為です。魔術的にも、そして、礼儀と言う観点からも。

 しかし……。

「いえ、異国のメイジ。つまり、貴族の方を呼び捨てにするようなマネは出来ません」

 シエスタがそう答えた。その言葉の中には、軽い畏怖のようなものが含まれているような気もするのですが……。
 確かに、この世界が中世の農奴制度を続けている世界なら、貴族や騎士を畏怖するのは当然ですか。
 特に、騎士と言うのは、騎士物語で語られるような連中では無かったはずですからね。どちらかと言うと、権力を持ったならず者、と言う雰囲気の方々の方が多かったはずです。

 それに、実際に、コルベール先生の前でも仙術を使用しましたから、そう言う風に先生に告げられていたとしても不思議では有りませんか。
 しかし、表面上は身分差などない世界からやって来た俺に取っては、そんな事はどうでも良い……と言うか、むしろウザイだけの事。

 まして、毛色が違う。能力が違う。出自が違うと言う事でエリミネートされるのは、俺としては、かなり哀しい事ですから。
 現実に異世界人で、能力や言葉、肌の色が違って、そもそも、人に擬態した龍である俺からすると。

「いや、それは間違いやで。俺は、確かに魔法は使えるけど、一般人。つまり、シエスタと同じ平民や」

 自らが十六年間暮らして来た世界での事実を伝える俺。
 ……と言うか、現代日本に身分制度など存在していません。裏側は判りませんが。
 ちなみに、表向きは魔法も存在していない事になってはいたのですが……。
 それに、どうも名字を呼ばれるのは好きでは有りません。何となくですが、堅苦しく感じますから。

「そうなのですか。それでしたら、以後は、シノブさんと呼ばせて頂きますね」

 少しそばかすが目立つけど、それでも、十分、美少女と言っても良いシエスタが少し笑ってから、そう答えてくれる。
 う~む。しかし、この世界に来てから、どうも美少女との遭遇率が高いな。まるで、アニメか漫画の世界みたいじゃないですかね。

 確かに、遺伝学的に言うと、より綺麗な存在が増えて行くのは正しい。

 何故ならば、より綺麗な者の方が遺伝子を残し易いから。
 一代でも綺麗は汚い。汚いは綺麗と言う、妙な性癖の人間が間に入って仕舞うと、次の世代に少し容姿的に劣る遺伝子の継承者が産まれて仕舞う事と成ります。
 何代か連続でそう言う代が続いて行き、より容姿的に劣る遺伝子しか持ちえない存在が続いた場合、その家系は、より遺伝子を残せる可能性が減る、と言う結果に成ります。

 つまり、人間が見た目的に綺麗な存在を求めるのは、自らの遺伝子を未来に繋ぐと言う意味では正しい行為と成る、と言う事ですな。

 ……と言う事は、キュルケが女王然として男子生徒に傅かれていたのは、より生物的に言うと正しい状態だったと言う事ですか。まして、時代に因って美醜の定義が変わっているのも事実ですから。

 ……やれやれ。色々と奥が深いな。

 昼食を一緒に取ろうと誘っただけの会話から、何故か思考だけが独り歩きを行い、歴史上の美女の代表の名前を順番に脳裏に思い浮かべかけた俺。……が、しかし、危うく当初の目的を思い出し、目の前で、少し不思議そうな瞳で俺を見つめていたシエスタにこう伝えた。

「まぁ、せやから、シエスタのお昼の休憩の時にもう一度、ここに来たら良いんや。
 その時まで、シエスタの分のカレーは確保して置くから」

 何処か遠くで、雲雀の鳴く声が聞こえて来る、非常に長閑な春の日の風景でした。


☆★☆★☆


「どうや、美味いやろう?」

 俺の言葉に無言で首肯く一同。
 えっと、何故か当初予定とは違い、この場には余計にルイズとキュルケまで登場しているのですが。

 もっとも、一升二合もご飯を炊いて有るから、問題は無いでしょう。

 尚、カレーの種類は、単なるチキンカレーです。それに、鶏肉ならば、もしも宗教的な戒律が有ったとしても問題ないと思ったからなのですが。
 もっとも、よくよく考えてみると、朝食の料理の中に、ブタらしき肉も有れば、牛らしき肉も有ったような気もしますね。これは少し、余計な気を回し過ぎたのかも知れませんか。

「あの、シノブさん。この白い塊は一体、何と言う食物なのでしょうか?」

 シエスタがカレーには必ず入っているイモを、スプーンで指し示しながら聞いて来た。
 成るほど。大体、予想通りの質問ですな。

「それは、ジャガイモと言って、芋の一種やな。俺の故郷では、これを使った料理も結構ある。まぁ、カレーの中に入れる具材としては、かなり一般的な具材かな」

 俺が当たり障りのない答えを返した。尚、タバサが差し出して来た皿に、ご飯とカレーを盛り付けながらの返事となったのですが。

 但し、これで、おそらくはこの世界では、未だジャガイモがヨーロッパにはもたらされていない時代だと言う事が確認出来たと思います。

 ジャガイモは大航海時代に南米から持ち込まれた物です。もし、この場でジャガイモを彼女らの内の一人でも知っていたら、俺の想像していた時代区分とは違う時代の可能性が出て来るから、少々、厄介かなと思っていましたけど、少なくとも大航海時代は未だやって来ていない時代なのは確か、と言う事になったと思いますね。

「あの、その芋と言う物もよく判らないのですが」

 引き続き、シエスタの質問が続く。
 確かに、この四人の中で、農作物に興味が有って、ある程度の知識が有るのは彼女だけでしょうからね。その他の三人に関しては、全員、貴族のお姫様ですから、農作物に付いてはあまり興味が無くても仕方がないと思います。

 それに、確か、ヨーロッパには芋は無かったような気もしますね。ですから、ジャガイモがポテトで、サツマイモはスイートポテト。これはかなり、適当な命名ですから。

 う~む。しかし、そうかと言って、これは少し説明が面倒ですか。
 芋に似た物で、中世ヨーロッパの人達に説明し易い物……。ユリ根とか、食べたかな。味としては栗に近いけど、芋は樹木に成る果実では有りませんし。

「そうしたら、午後のお茶の時間に、オヤツとして、今度はサツマイモを用意しようか」

 実際に、口で説明するよりも、食べて貰うのが一番判り易いですか。ジャガイモは食べて貰ったし、次はサツマイモの番かな。それに、焼き芋ならば手間も掛からないし、女の子なら、大抵の娘は好きだとは思いますから。
 まして、焼き芋ならば、素材の形が全く変わらないから、カレーの具のジャガイモよりも説明がし易い。

 しかし……。

「その午後のお茶の時間とは、一体、どう言う意味なのよ?」

 今度は、ルイズがそう聞いて来る。ついでに、空になったお皿を俺の方に差し出して来たので、お嬢様は二皿目のカレーを御所望らしい。
 もっとも、良く食べるのは良い事ですか。

 俺は、ルイズに、二皿目のご飯をよそい、カレーを掛けながら

「えっと、もしかして、お茶も知らないのか?」

 ……と聞いた。
 首肯くタバサ以外。そう言えば、タバサは、昨夜の食事の際にお茶を飲んで貰ったのでしたか。

 俺としては、食事の時にお茶を準備するのは当たり前の事でしたけど、ここはヨーロッパでしたから、ワインの方が普通でしたね。
 そう言えば、朝食の時には、ワインの他にも果物を絞った物が出されていましたから。
 そして、タバサとルイズのグラスが空になったタイミングで、その果汁100パーセントのジュースを注いで居たのは俺でしたし。

 尚、この場には、お茶はお茶でも、ウーロン茶が用意されて居ります。
 ペットボトル入りのウーロン茶ですけどね。

 それに、お茶も、大航海時代に初めて中国からヨーロッパに持ち込まれた物でしたね。それだったら、ここに居る全員が知らなくても不思議では有りませんでしたか。

「今、みんなの前のコップに注がれている液体もお茶の一種、ウーロン茶と言う物なんやけど……。
 まぁ、これも、色々と飲んで行って貰う方が早いな。午後三時ごろ……と言っても通じないか。小腹がすいたらお茶とお茶請けを用意するから、その時に来て貰えたら御馳走するで」

 キュルケが差し出して来たお皿にカレーを盛り付けながら、そう答える俺。
 そもそも、午後のお茶の時間も、おやつの時間も通じなくて当然でしたか。おやつの時間の『おやつ』とは、時代劇などで言われる、八つ刻の事ですから。

 俺と彼女達の交流は、間違いなしに異文化コミュニケーション。まして、貴族と平民。その貴族の姫様達にしても、それぞれ出身国が違うと言うオマケ付き。
 これは、適正な関係を築くのもかなり骨の折れる作業と成る可能性が高いですね。


 それにしても……。想像以上の勢いでご飯が消費されて行くな。

 俺は、既に三皿目となったタバサのお皿にカレーを盛り付けながら、少し想定以上に減って行くご飯を覗き込みながらそう思った。

 一応、多い目にご飯を炊いたのは、才人に、カレーが残っていたらカレーを。残っていなかったら、オムスビでも差し入れてやろうかと思っていたからなのですが……。
 しかし、現状では、自分の分の確保すら難しいかも知れません。

 ちなみに、現在、筋肉痛でお休み中の才人くんに差し入れを行う事は、不可能でした。
 教訓としては、この世界の魔法使い達は、非常に燃費の悪い、一昔前のア○車みたいな存在だった、と言う事が判った程度ですか……。

 ……やれやれ。


☆★☆★☆


「それで、錬金がいきなり爆発したのよね」

 キュルケが午前中の授業が完全に休講となった理由の説明を終わらせた。
 成るほど。ルイズの爆発魔法で教室自体が使用不能となったと言う事ですか。
 それに、真鍮(しんちゅう)がこの世界に有る事も判りました。もっとも、真鍮に関してはかなり古くから地球世界の方でも使っていたはずですから、この世界に有ったとしても不思議ではないのですが。

 ただ……。

「その錬金と言うのは、土から金を錬成すると言う魔法なんですか?」

 一応、そう聞いてみる俺。この世界にも錬金術と言う魔法が有るのかと思いながら。

 ちなみに、俺の式神。ソロモン七十二の魔将の第二十四席ハゲンチが使っている錬金と言うのがそう言う類の魔法です。あの魔法は、原理的には元素を完全に置き換えていると思います。
 神話的な力を源にして。

 尚、地球世界の伝承上に有る錬金術は、金メッキを行っている作業を、金が作られていると勘違いして、無駄な魔法の実験を繰り返しただけの事だと思いますけどね。
 一説では、紀元前から、電池を使用した金メッキの技術が中東では有ったと言う説が有ります。
 そして、その科学的な知識がない人間が、金属製品に金メッキが施される様を見て、金が錬成されていると勘違いしたとしても不思議ではないでしょう。

 まぁ、古来、知識や技術は権力者によって秘匿されていましたからね。
 それに、その魔法や錬金術の実験が、後の科学の発展に寄与した事も事実ですから。

「流石に土から金を錬成するのは難しい。でも、銀や銅から錬成する事は可能」

 俺の質問に対して、タバサがそう答えてくれる。

 咄嗟に、元素の周期表を頭に思い浮かべてみる俺。確か、銅や銀は、金と同じ族に分類されるんじゃなかったのかな。周期表の上から順番に並んでいたと記憶しています。しかし、もっと簡単に金を錬成する心算なら、むしろ、白金か、水銀から錬成する方が少しは簡単に成ると思うのですが。
 もっとも、これは、スイヘイリーベと言う言葉の意味が理解出来ていなければ、かなり難しいとも思いますけど。

 ……って、周期表に関しては、確か十九世紀まで待つ必要が有るから、流石に十字軍の時代に分類されるここでは難しいですか。

 それに、真鍮から銅を作るのなら、それはそんなに難しい事はないと思います。真鍮とは、五円玉に使用されている金属で、元々、銅と亜鉛の合金だったはずです。ですから、亜鉛を銅から取り除いてやる事に因って、銅の錬成が完成するのでしょう。

 尚、現在の時刻は、午後の三時ごろ。本日は、こんな感じでずっと話し続けて来ました。
 それに、教室が使用不可でしたし、ルイズの爆発魔法に巻き込まれたあの女性教師が気絶して、そのまま休講。午後からの授業も何故か休講となった為に仕方が無かったのですが。

 そこで、現在は、午後のお茶の時間として、昼食時に使用したかまどで作った焼き芋を彼女達に振る舞っているトコロなんですよ。もっとも、サツマイモを濡らしてからアルミ箔に包んで、そのまま火に放り込んだだけですから、厳密に言うと料理と言う代物では無いとは思いますけどね。
 新聞紙が有れば、水に湿らせる事も出来たのですが……。それは流石に無理ですか。

 それと、流石にシエスタは御仕事に戻りました。それに彼女に関しては、仕事が終わった後で食べて貰えば良いだけですから。
 いや、所詮はおイモですから、ハルファスに頼んで箱ごと調達して貰って、そのままシエスタに上げても良いぐらいですから。

 そもそも、このぐらいの時代の平民の食事は一日二度では無かったかな。世の東西に関係なく。

 但し、彼女が仕事に戻ってから、有る問題が起きたのですが……。
 それでも、その事件に関しては無事に解決しましたから、問題なしとしても良いでしょうね。

 もっとも、その所為で、モンモランシと言う水系統の魔法の使い手に香水を作って貰って、ギーシュと言う名前の少年と、タバサ、キュルケ。それに、何故かルイズに対しても香水をプレゼントしなくちゃ成らなくなったのですが。

 それに、シエスタがギーシュにぶつかった時に、少し不自然な精霊の動きを感知したのですが……。
 まぁ、それでも、シエスタにあの瓶に入った香水を弁償する事は出来なかったのですから、それも仕方がないでしょう。袖すり合うも多少の縁と言いますしね。

 まして、あのモンモランシと言う名前の少女が守銭奴で無い限り、そんな大きな金額を吹っかけて来る事はないと思いますし。
 それに、一応、ギーシュと言う少年を最終的に取り成してくれたのも彼女でしたから。

「どうです、甘い食べ物でしょう」

 そう、その場に残った少女達に問い掛ける俺。
 確か、時代的には砂糖が少量、ヨーロッパでも生産され始めた時代の可能性が高いですか。ならば、甘いサツマイモは好まれるはずですね。
 それに、甘いは美味いとも表現されるはずです。焼き芋はシンプルですけど、そのサツマイモと言う食物を知らない人間に取っては、味に関しては好印象を持たれる食べ物だとは思いますね。

「見た目は少し洗練されてはいないけど、意外に美味しい物ね」

 本日二本目の焼き芋に手を出しながら、キュルケがそう答えた。
 ……って言うか、皆さん、太りますよ。

 確かに、サツマイモはタンパク質がカロリーの割には不足している食べ物ですから、これを主食にするには問題がある食べ物では有ります。
 しかし、それは飽くまでも主食としてで有って、オヤツとして食べ過ぎると、当然のように太ると言う結果をもたらせる事となると思うのですが。

 それとも、この世界の魔法は、それだけカロリーを消費すると言う事なのでしょうか。

 俺の目の前に居る三人の少女達の姿を順番に見つめる。ルイズとタバサは非常に残念な雰囲気ですが、キュルケに関しては、出るトコロは出て、引っ込むべきトコロは引っ込んで居ますね。

 う~む。朝一番から、かなりの高カロリーな物を詰め込んでも大丈夫みたいな感じですし、更に、昼食のカレーの事も有りましたね。
 あれが、単に珍しい食べ物だったから、ついつい食べ過ぎた訳などでは無く……。

「シノブって、確かサイトと同じ世界からやって来たのよね」

 少し、思考の海に溺れかかった俺を、ピンク色の御主人様がそう話し掛けて来る事によって、現実世界に引き戻した。尚、彼女もまた、本日二本目の焼き芋に手を伸ばしていますね。確かに、そんなに大きなおイモをハルファスに準備して貰った訳ではないので、二つぐらいなら問題ないとは思うのですが……。

 しかし、晩御飯が食べられなくなりますよ。これ以上、食べていると。

「多分、それで間違いないとは思います。ですが、異世界と言うのは、それこそ人間が考え付く限りの数が存在している可能性が有る以上、正確なトコロは判りません」

 俺の答えはコレ。まぁ、可能性としては、才人と俺は同じ世界出身と言う可能性が高いとは思いますが。

「だったら、サイトも貴方と同じように、カレーや、この焼き芋とか言う食べ物の知識を持っていたりするって事?」

 ルイズの質問が続く。……って、これは少し才人に取ってはマズイ兆候のような気もするのですが。
 確かに、俺と同じような知識が有って、同じように有る程度のキャンプなどの経験が有るのなら、飯盒でご飯を炊く事も可能なら、カレーを作る事も可能。
 材料に関しては、お金さえあれば調達可能ですから。

 最悪、この世界に無い物でも、ハルファスに頼めば何とか成ります。

 但し、昨夜、俺は才人に刀を自在に操って自らの証を立てろと言ったトコロですし、多分、才人自身もその心算だと思います。
 それを今更、日本刀を包丁に持ち替えろ、と言うのは……。

 俺なら喜んで受け入れるのですが。この世界の料理。基本的には素材と塩による味付けしかない食事では、残念ながら俺の舌は満足しません。少量でも良いですから、自分の舌を満足させられる食事の方を俺は食べたいのです。
 ですから、タバサを餌付けするようなマネをして、俺に食事の用意をさせた方が美味い料理を食べられるようになる、と思わせようとしているのですからね。

 もっとも、彼女に取っては、俺は使用人扱いではないらしいから、そんな事をさせたくないみたいなのですが……。

「失礼、ミス・タバサ。少し、お時間を頂けますか?」

 本塔の方から現れた一人の男子生徒が、まっすぐに俺達……いや、声を掛けた相手がタバサでしたから、真っ直ぐにタバサの方に向かって近づいて来て、そう話し掛けて来た。

 えっと、マントの色からしてタバサ達と同じ二年生だと思いますね。但し、あまり記憶にない顔立ちをしているトコロから、おそらく別のクラスの生徒なのでしょう。
 髪の毛は落ち葉色。瞳はブラウン。かなり強い意志の光を湛えた瞳が印象的と言う感じかな。鼻筋は通っていて、口は少しの笑みの形を浮かべている。
 何と言うか、少なくとも、日本人にはあまりいない、彫りの深いイケメン青年と言う感じですか。
 銀幕の向こう側に居る方と言う顔の造作です。

 それで身体つきに関しては、身長は百八十センチメートル程度と言う感じでしょうか。制服とマントに隠されて居てよく判らないですけども、肩幅の広さと胸板の厚さから、かなり良い体格をしているのは判りますね。

 う~む。俺の身長が、確か百七十七センチメートルなのですけど、俺よりもかなり大きな体格だと感じるのは、おそらく、彼が発している泰然自若とした雰囲気が、彼の存在感を大きく見せているのでしょうね。

 何と言うか。この学院の生徒は、今まで見た感想から言うと、どちらかと言うと線の細い薔薇の花が似合うようなギーシュくんタイプの男子生徒が多い中では、かなり目立つ存在ではないのでしょうか。このイケメン青年は。
 ……って言うか、少なくとも、タバサやルイズと同い年とは思えません。キュルケとならつり合いが取れるとも思いますが。

 尚、彼が話し掛けて来た時、タバサと、そして、キュルケからも少し緊張したかのような雰囲気が発せられたのですが……。
 彼の事を、このふたりはそれなりに知っていると言う事なのでしょうか。

「ひとつ、私に魔法実技を御指南しては頂けないでしょうか?」

 イケメンくんがそうタバサに言った。
 えっと。これは、多分、魔法での戦闘訓練を申し入れて来たと言う事なのでしょう。
 そして、御指南と付いているトコロから、タバサは魔法に関しては、この魔法学院内でもそれなりに実力を認められた存在だと言う事なのかな。

 しかし、タバサは無視。まぁ、昨日から付き合ってみて、彼女が他人に興味を示した事は殆んどないですから、これは仕方がない事だと思います。
 ……って、俺が知っている事を、このイケメンくんが知らないとは思えないのですが。

 それに、表面上は無関心を装ってはいますが、少し……いや、かなりタバサ自身が緊張しているのが判ります。
 つまりこれは、このイケメンくんが、タバサに緊張させるだけの何かを持っていると言う事。

「成るほど。風のトライアングルだと言う話だったのですが、矢張り、所詮は、本名すら明かす事の出来ない人物だったと言う訳ですか。
 おそらく、貴族とも思えないような家の出身だと言う事なのでしょうね」

 イケメンくんが少し揶揄するような口調でそう続けた。

 もっとも、これぐらいの挑発は仕方がない事。
 それに、少々の挑発は無視出来るようにならなかったら、アッチコッチで決闘騒ぎを起こす事に成りますから、この程度の挑発に対しては知らぬ顔の半兵衛を決め込むに限りますし。

 その俺の思考をトレースするが如く、そのイケメン青年の言葉を、右から左に聞き流すタバサ。

「例えば、敵に背中を見せて逃げようとして無様に殺される、父親の娘とかね」

 しかし、イケメンくんのこの一言が、タバサの雰囲気を一変させる。
 これは、少々、危険な雰囲気。普段のタバサの雰囲気とは明らかに違います。
 それに、もしかすると、彼の台詞は、本当にタバサの父親の暗殺されたシーンを表している可能性も有りますか。

「失礼。貴方は、どちら様でしょうか?」

 思わず、ふたりの話しに割り込みを掛けて仕舞う俺。流石に、これは介入すべき事柄だと思いましたから。
 しかし、同時にこれは下策でも有ると思いますが。

 何故ならば、このイケメンくんは、どう有っても、タバサをその魔法実技の指南とやらに引き出したいらしいですから。そこに、俺が間に入ったぐらいでは、引き下がる心算はないでしょう。
 先ほどの台詞が、当てずっぽうなどではなく、事実を告げた物ならば、間違いなくその心算のはずですからね。

「私の名前はジョルジュ。サヴォワ伯の長子です」

 ……って、名前を名乗られても、俺にはさっぱり判らないのですが。
 しかし、ジョルジュと言う名前は、俺に対しては非常にマズイ名前でも有ります。

 ジョルジュ。ラテン語読みだと、おそらくはゲオルギウス。竜殺しの聖ゲオルギウスではないですかね、彼の名前は。
 いきなり、死亡フラグに直結するような名前の御方が登場して仕舞いましたよ。

 しかし、とある十字教が存在しない世界で有る以上、これは偶然の可能性が高いですし、彼は魔法使いであって、槍使いではないと思いますから、問題はないとは思うのですが……。

【なぁ、タバサ。このイケメンくんは、もしかして、ガリアの関係者なのか?】

 一応、【念話】にて、タバサに問い掛ける俺。

 まして、サヴォワ伯爵と言うか、その地名にも、何処かで聞き覚えが有るような気がしますけど。
 それに、少なくとも、ジョルジュと言うのは、フランス語読みで有るのは間違い有りませんから。

【ガリア貴族サヴォワ伯長子ジョルジュ。おそらく、ガリアがわたしに付けて来た御目付け役】

 タバサの【念話】による返事。その彼女からの【念話】にも、初めて緊張の色が付いていた。
 成るほど。流石に、ガリア王家としても、タバサを完全に自由に振る舞わせている訳ではないと言う事ですか。
 ……とすると、このイケメンくんの目的は、タバサへの挑発行為などではなく、俺の実力を調べる目的の可能性の方が高いですね。

 その理由は、タバサの魔法の実力は知っているはずですから。

 しかし、ならばどう対処する。

 簡単なのは、ジョルジュくんの相手を俺がする事。
 相手の実力が判らないから確実に勝てるかどうかは判らないのですが、余程の事が無い限り生命の危機に陥る事はないでしょう。

 タバサに任せる。
 これは論外。俺が居るのですから、使い魔の俺が先ず露払いを行うのが筋。
 戦略的に言うと、敵の可能性の有る相手に手の内を晒すのは得策では有りませんが、これは、俺の漢としての矜持が許さない。

 無視をする。
 これも、今のタバサの心情からすると難しい。彼女は機械ではない。傷ついたり、哀しんだりする心はちゃんと存在しています。
 それで無ければ、彼女から発せられる気を読む事が出来はしませんから。

 まして、流石に先ほどジョルジュくんの物言いは、少し頭に来る台詞で有ったのは事実ですから。これを無視して仕舞うと、これ以後のタバサに対する周りの扱いが悪く成ります。
 貴族としての名誉は大切なはずです。向こうの世界ではそうだったはずですから、この世界でもその部分は変わらないと思います。

【アガレス。俺に強化を】

 ならば、今回の場合の答えは、俺がタバサの露払いを行う、の選択肢のみですか。
 相手の策謀に易々と乗せられるようで、少し癪に障るけど、それも仕方がない事ですかね。

「お待ち下さい、先ずは主が相手をする前に私が相手をする方が筋です。
 もし、貴方が私に勝てなければ、主がわざわざお相手をする必要はないでしょう」

 もっとも、この台詞は、所詮は様式美なのですが。
 このジョルジュくんの方だって、タバサの相手をしたトコロで意味はないはずです。
 彼の目的が、俺の実力を調べる事だった場合は、なのですが……。

 俺の排除の可能性は……闇討ちを仕掛けた方が簡単で確実ですから、可能性としては非常に低いでしょう。

「それとも、使い魔風情の相手は出来ないとおっしゃられますか?」


☆★☆★☆


「トコロで、その模擬戦とやらのルールと言うのはどうなっているのです」

 学院に常備されていた訓練用の刃を付けていない模造剣を鞘から抜き放ち、空を一閃。そして、その重さとバランスを確認しながら、そうジョルジュくんに聞く。
 尚、この模造剣と言うのは形としてはレイピアですけど、固定化と言う魔法が掛けられているから、結構、頑丈な代物らしいです。

「基本的には相手の杖を飛ばした方が勝利です」

 自らの細見の剣……、何でも、あれでも魔術師の杖の一種らしいです。その軍杖と言う杖を一度確認するかのように抜いたジョルジュがそう答えました。
 成るほど。しかし、その方法だと風系統が圧倒的に有利なような気がするのですが。

 そう思いながら、再び鞘に模造剣を仕舞い込む。模擬戦の正式な作法が判らない以上、抜き身の剣を手にする事すら卑怯と取られる可能性も有りますし、俺は、基本的に攻撃を捌くタイプの剣を使用しますから、鞘に納まっている状態からの方が、何かと都合が良かったりしますから。

 もっとも、この国の魔法は杖が無ければ発動しない物らしいですから、相手に怪我をさせずに勝敗を決するのなら、杖を取り落させるのが一番簡単ですか。

【タバサ。アイツの魔法の系統を教えてくれるか?】

 表の方。実際の声ではジョルジュくんの相手をしながら、【指向性の念話】にて、タバサにそう話し掛ける俺。
 それに、これも基本ですか。一応、自分の能力の強化魔法を使った上で、相手の基本の能力が判っていたら、戦いも大分、楽には成りますから。
 但し、兵は詭道なり、の言葉も有ります。より上位の能力を持っている者が、能力を低く見せる事は容易ですから、公の情報をあまり信用し過ぎるのも問題は有るのですが。

【土・土のライン】

 瞬時に答えを返してくれるタバサ。
 成るほど。しかし、それにしては相手の落ち着き具合が妙ですね。

 何故ならば、少なくとも、彼も昨日の使い魔召喚の儀で何が有ったか知っているはずです。それならば、その際に俺と才人が為した事を知っていると思っても間違いは有りません。
 まして、あの時のレンのクモに、学院生徒やコルベール先生の魔法が通用しなかった事についても知っているはずなのですが……。

【シルフ。俺の周りに常に新鮮な空気を発生させ続けてくれ】

 まぁ、まさかそんな事まで出来るとも思えないのですが、空気を何か別のモノに錬成出来るかも知れませんから、一応は、転ばぬ先の杖。策を弄して置きましょうか。
 もっとも、その場合、それは既に『錬金術』とは言えないような気もするのですが。

 そうして、次に戦場の確認を行う。

 周囲には、ギャラリーは……居ない事もない、と言うぐらいですか。良く晴れた春の日の午後に、学校の中庭に人が集まっていない訳はないですから。
 大体、五十人ぐらいと言う感じですかね。

 これは、竜殺し殿(ジョルジュ)が周りを巻き込むような大規模魔法を使用する事も可能と言う事ですか。
 少々、厄介な状況かも知れないな。

 俺は、少し後を振り返って、背後に立つタバサ達を見つめた。

 ウカツに魔法を躱す事は出来ませんね。竜殺しのゲオルギウスは、その毒竜を村に連れ帰って、十字教への改宗を行うのならこの竜を殺してやるとおっしゃられた、尊敬するに値する人物だった記憶が有りますから。
 俺からすると、それはどう考えても……。

 おっと、彼が、十字教に伝えられる聖人ゲオルギウスと同じ種類の人間とは限らなかったですか。

「そうしたら、私はこの国の作法については良く判りませんから、開始のタイミングはそちらで自由に決めて貰って構いませんよ」

【ハルファス。俺に魔法反射を頼む】

 口では太平楽な様子で、そうジョルジュに告げながら、【念話】でハルファスにそう依頼する俺。
 尚、魔法反射とは、たった一度きりでは有るのですが、相手の魔法を完全に反射出来る魔法の事です。
 但し、当然、一度しか効果を発揮しない為に、集団戦闘の時には大して効果を上げる事はないのですが、こんなタイマン勝負の時には、一瞬の隙を作る事が出来る対魔法用結界魔法でも有ります。

 しかし……。

「ひとつ忠告して置きます」

 最初から全く変わる事のない雰囲気で、ジョルジュくんが俺に言葉を掛けて来た。
 う~む。しかし、コイツは余程、自分の能力に自信が有るのでしょうね。戦闘開始前だと言うのに、過度の気負いのような物も、そして緊張もしている様子も有りません。
 確かに、それなりの緊張感は有るみたいですけど、それが、悪い方向に向かうようなタイプではないと言う事です。

 もしかすると、それなりに修羅場を潜り抜けて来た相手の可能性も有りますか。

「本気で相手をしなければ、死ぬ事も有り得ますよ」

 ジョルジュが軍杖を抜いた。妖しい銀の煌めきが、春の陽光を反射してその一瞬だけ別の世界を創り上げる。

 刹那、俺とヤツの距離がほぼゼロとなる。
 最初に有った距離、大体、十五、六メートルほどの距離をほぼ一瞬で詰め、左下方から軍杖を斬り上げて来るジョルジュ。

 高速で迫る白刃を、左手に手にした鞘に納まったままの模造剣を使い、下から少し上にベクトルを向けてやる事で、必殺の白刃を躱す俺。
 しかし、風を斬ったはずの白刃が、俺の頭上で円を描くようにして回転し、今度は、俺を袈裟懸けにしようと振り下ろされる。

 ええい、コイツ、魔法使いではない。この動きは剣使い!

 どう考えても人間の動きではない、そのジョルジュの動きにかなり驚きながらも、一歩ジョルジュの方向に右足を踏み込み、軍杖の間合いからヤツの右腕の間合いに侵入する俺。

 そして、そのままヤツの右腕を取り、巻き込むようにして投げ技に移行する。

 しかし!
 そう、しかし。右腕を取られ、そのまま大地に叩きつけられるだけかに思えたジョルジュが、まるで体重の無い者で有るかのような体捌きを空中で行い、俺が極めていた戒めからあっさりと脱出して仕舞う。

 ……その身体全体に淡い燐光のようなモノを纏いながら。

 精霊を纏い、剰え、活性化させている?
 ……って言うか、コイツがライン・クラスの魔法使いなら、対レンのクモ戦闘で、わざわざ俺が手出しする必要など無かったんじゃないですか。

 少し、双方距離を取って、次の出方を伺うかのような空白。

 ギャラリーの方からは何の声も上がらない。いや、おそらくは上げられない。
 何故ならば、魔法戦闘の模擬戦だったはずなのですが、何故か白刃が煌めく肉弾戦と成っているのですから。
 まして、戦闘速度が速すぎて、思考は未だしも、動体視力の方が追い付いていない可能性も有りますから。

 再び、俺の間合いに踏み込んで来るジョルジュ。
 真っ直ぐに付き出して来る軍杖を紙一重で左脇腹方向に躱し、そのまま刃を水平にしてやや下方から横薙ぎに払われた一刀を、今度は背中を地に着けて躱す俺。

 ……って言うか、これは防戦一方。
 空を斬らせたはずの一刀が再び返す刀で上空から振り下ろされるのを仰向けに見上げた後、今度は素早く大地を転がるようにして躱す。

 尚、その際、軽くジョルジュの足を払ってみたのですが、これは予想されていたのか、簡単に躱されて仕舞いましたが。

 ……やれやれ。ヤツの攻撃は、すべて繋げられていて、ひとつの攻撃を躱したぐらいでは隙は生まれないな。
 そして、俺の剣は後の先。先に相手から攻撃させる事によって隙を作り、その先に動いたはずの相手よりも先に討ち貫く剣。

 これは、どちらの方が最小限の動きで相手を捉えられるかが勝負と言う事ですか。

 俺が、鞘から模造剣を抜き、正眼に構えた。
 対して、ジョルジュはフェンシングの構えに似た姿で相対す。

 その距離は、約十メートル弱。今までの状況から考えると、この距離はジョルジュの攻撃範囲内では有りません。ヤツが攻撃を為すには、この距離を詰める必要が有ります。
 俺に取っては……。小細工を弄せる距離では有りますね。

 それにしても、綺麗な構えをしますね。なんの気負いも、また余計な力みのようなモノも感じられない、すっと自然に立ったような非常に綺麗な構え。
 それに、この構えのままでは、残念ながら双方とも付け入る隙は有りませんから。

 これは、仕方がないですか。
 そう思い、ほんの少し……。本当に少し切っ先に揺らぎを与える俺。ほぼ、ひとつ呼吸を整えようとしたかのような揺らぎを。

 瞬間、それまでとは違う刺突が、やや下方から俺のノドを目がけて一直線に伸びて来る!

 そう、スピードが。威力が。そして、そこに籠められた魔力が違う。
 肩から腕、そして軍杖の先までがひとつの槍と化したかのように錯覚させる銀の刺突が、一瞬の隙を作って仕舞った俺に対して必殺の一撃を放ったのだ。

 そう、それは正に、身体全体を使った竜を屠りし槍の一撃!

 ジョルジュが放った刺突が俺の模造剣と触れ合った正に刹那!

 世にも妙なる音色が周囲に響き亘り、
 そして、その場には……。

 刺突を俺の右肩上方に躱されたジョルジュと、
 彼の目前に模造剣を突きつけた俺の姿。

 そして……。

「未だ続けますか」 

 と静かに告げられる俺の言葉が、戦いの終了を示す鐘の音と成ったので有りました。

 
 

 
後書き
 この回は、ギーシュくんと才人の決闘イベントの代わりに差し込まれたイベントです。
 そして、この後のシナリオに繋がる発端でも有ります。

 但し、ギーシュくんの香水のイベントは何故か起こり掛けたような雰囲気が有るのですが……。
 この部分に関しては、ずっと先の話で種明かしを行います。

 それでは次回タイトルは『ハルケギニアの魔法の意味』です。

 意味深なタイトルですが、前半部分は今回の模擬戦の解説。後半部分は、次の話、北花壇騎士の任務に対する引きですので、ちょうど幕間と言う感じの話と成ります。

 しかし、一話が長いので、手直しに時間が掛かって仕方がない。

 追記。
 この物語上の日付は、4月23日。つまり、聖ゲオルギウスの祝日に当たる日の出来事です。私の計算が間違っていなければ。
 
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