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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第141話『神力』

──身体が、熱い。


腕に何かを注射された瞬間、当たり前のように脳はその異物を受け入れ、身体が適応するように指示を送る。


──身体が、熱い。


血液が内側から煮え立つように、鋭い痛みが身体中を駆け巡る。


──身体が、熱い。


今まで感じたことのない力が、底知れない熱とともに、身体の奥底から湧き上がってくる。


──身体が、熱い。


自分の身体が見たことのない姿へと変わり果て、その変化に呼応するかのように、興奮が熱を帯びていく。


──身体が、熱い。


周囲にゆらゆらと浮かぶ炎が、皮膚と毛を容赦なく焦がす。


──身体が、熱い。


この衝動を、もはや止めることはできなかった。






目の前に立ちはだかるのは、廊下を塞ぐほどの巨大な狐。現実ではまずありえないその体躯は、明らかに常識の範疇を超えている。正体は魔術による変身──そう考えるのが自然だ。

そして、狐に変身する能力(アビリティ)を持つ友達を、晴登は知っている。

──だからこそ、彼を助けるために拳を振るう。


「いくぞ、三浦!」

「はいっ!」


晴登が返事をするのと同時、北上が手を振り上げる。床から突き出した鏡筍が、氷の結晶のように大狐の足元を覆い、動きを止めた。


『────ッ!!』

「捕まえた!」


鏡の結晶が脚を締め上げ、巨体をその場に縫い止める。北上の魔術の使い方は大雑把ではあるが、その出力は圧倒的だ。単純な力任せでは、この拘束を引き剥がすことはできないだろう。


「"烈風拳"!」


あとは気絶させるだけ。正直これが鬼門なのだが、やるしかない。
飛び上がった晴登は迷いを振り切るように拳を握りしめ、大狐の眉間めがけて振り抜いた。


「……あれ?」


確かに、当たった。だが、返ってきたのは拍子抜けするほど軽い感触だった。
なんと拳は、ふさふさとした体毛に阻まれていたのだ。
熊やウォルエナを吹き飛ばしてきた技でも、このサイズ差の前では通じない。


「がっ!」

「三浦!」


攻撃に失敗して空中で無防備になっている晴登を大狐が見逃すはずもなく、頭を振ってはたき落とす。


「いてて……」

「大丈夫か!?」

「問題ないです」


何とか腕を滑り込ませて衝撃を受け流し、風を使って床へ叩きつけられるのを防ぐ。そのまま体勢を立て直し、晴登は距離を取った。

この一連の動作を難なくこなせるようになった自分の成長に驚きつつ、すぐに意識を切り替えて再び大狐と対峙した。


「……って、何ですかあれは」

「"狐火"ってやつか? 狐だからって、そんなのアリかよ」


視線の先では、大狐の周囲に青みを帯びた炎がいくつも揺らめいていた。確かに、北上の言う通り"狐火"という呼び名がしっくりくる。

狐にまつわる現象といえば幻の類を想像するが──あれは違う。肌に伝わる熱が、はっきりと本物であることを示している。


『────ッ!』

「っ、"反射"!」

「おぉっ!」


思考がまとまるより早く、大狐が狐火を放った。
数が多い。回避の軌道を読むために"晴読"を使おうとしたその刹那、北上が鏡の壁を展開した。
すると放たれた狐火は、全て鏡面に弾かれ、逆流するように大狐へと跳ね返る。

敵に回せば厄介極まりないが、味方にいるとこれほど心強い力もない。


『ギャッ!』


反射された炎が大狐を直撃する。


『ギャオオオン!!』

「どうだ!」


青い火柱の中で、大狐が吠えた。
火傷にならないかと胸の奥がざわつくが、今はそれどころではない。

冷静に、次の一手を打つために意識を研ぎ澄ませた──その瞬間。


「うおっ!?」


悲鳴を上げたのは北上だった。
尻もちをつき、怯えたように晴登を見上げている。

一方、晴登は自分の頬のすぐ脇を『何か』が掠めた感触に、息を呑んだ。冷や汗と血が一筋ずつ流れ落ちる。
ふさり、と柔らかな毛並みの感触。しかし、その実態は鋼のように硬く収束された、大狐の尻尾だった。

炎の中心から、目にも留まらぬ速さで伸びた尻尾が、晴登と北上の間を貫き、背後の壁へと深々突き刺さったのだ。

──いや、晴登が一歩横に跳ねていなければ、その軌道は確実に頭を射抜いていた。予知が間に合っていなければ、即死だった。


「……だ、大丈夫か、三浦?!」

「あ、はい……」


返事をした瞬間、遅れていた危険信号が一気に押し寄せてきた。
全身が総毛立ち、心臓は暴れるように脈打ち、呼吸が思うように整わない。

無理もない。晴登は今、本気で死にかけたのだ。

これまでにも危険な場面は何度もあった。けれど、ここまで『死』が目前に迫ったことはほとんどない。しかも、それが友達の手によるものだなんて、思いもしなかった。


──何だよ、『神の力』って。


理性を奪い、大切な友達に牙を向けさせるほど、狂わせる力だというのか。
そんなもの、許されていいはずがない。

胸の奥で、怒りとも悲しみともつかない感情が、ぐしゃぐしゃに混ざり合っていく。

掃除機のコードが巻き戻るように、大狐の尻尾が勢いよく引き戻される。
そして北上の拘束が緩んだその一瞬の隙をついて、巨体が床を揺らしながら突進してきた。


「くっ、"天翔波"!」


感傷に浸る余裕もない。晴登が腕を振り抜くと、突風が大狐に向かって放たれる。


「止まらない!?」


突風は大狐の体毛を揺らしただけで、突進の勢いを殺し切れない。質量が違いすぎる。暴走したその身体は、向かい風なんて全く意に介さなかった。


「こ、これならどうだ!」


今度は北上が複数の鏡面を同時に展開する。壁のように立ち塞がる鏡が、大狐の進路を塞いだ──はずだった。

パリン、と甲高い音が連続して廊下に響く。


「嘘だろ!?」


魔術に対しては絶対的な防御力を誇る鏡も、圧倒的な質量による物理攻撃の前では薄氷に過ぎなかった。
大狐は破片をものともせず、なおも距離を詰めてくる。


『ギャオオオン!!』


北上の驚愕をかき消すように、大狐が咆哮を上げた。音圧だけで空気が震え、床が軋む。このままでは、鏡だけでなく晴登たち自身も粉砕される。


──どうする。


晴登にも北上にも止められないのなら、一体誰がこの暴走した獣を止められるのか。

こうなったら"鎌鼬"で狐の脚を切断するしか……いや、それだけはダメだ。助けるための戦いで、取り返しのつかない傷を負わせる訳にはいかない。

なら北上を連れて撤退する? この距離では間に合わない。


どうする、どうする、どうする──


「くそっ!」

「うわっ!?」


その瞬間、身体がふっと宙に浮いたような錯覚に襲われた。

──違う。浮いたのではない。沈んでいる。

床の中へ、鏡の向こうへと引きずり込まれる感覚。何度も体験したからこそ、晴登にははっきりとわかった。これは北上の"鏡間移動"だ。

視界が一瞬ぐにゃりと歪む。そしてあっという間に、二人の身体は現実世界へと弾き出されていた。





「はぁ、はぁ……間一髪だったな……」

「ありがとうございます、北上先輩」

「止せよ。俺がいなきゃ、お前はとっくに躱してただろ。足手まといになるつもりはなかったんだがな」


北上はそう言って、乾いた笑みを浮かべた。


「……それなら俺だって同じです。攻撃が全然通じませんでした」

「サイズ差がありすぎる。デカいってのは、それだけで厄介だな」


短く言い切る声に、悔しさが滲む。
これまで何度も危険な相手と戦ってきたが、ここまで自分の無力さを突きつけられたのは久しぶりだった。


「……北上先輩。さっき言ってた『神の力』について、詳しく教えてくれませんか?」


一息つけるこのタイミングを見計らって、さっき聞きそびれたことを質問してみる。


「文字通りだ。神様に由来する力。例えば俺の場合は、鏡を司る神様の力を持っている。つまり、鏡に関する事象なら何でも起こせるって訳だ」

「すご……。でも、普通鏡の中には入れませんよ?」

「神様ならできるんじゃないのか? 要は、そんな非現実的なことができるようになる力が『神の力』だ。魔術と大差はない」

「なるほど……」


魔術と大差はない、と聞いてなんとなく腑に落ちる。例えるなら、『神の力』はレベル5の能力(アビリティ)に匹敵……もしくはそれ以上の力をもたらすことができるのだろう。おそらく、アーサーの言っていた『神力』と同一の概念だ。


「じゃあ、あの狐も狐の神様の力を……?」

「それは違う」


その疑問を、北上は即座に否定した。


「あれが持ってるのは、ほんの一欠片だ。それ単体ではただの無属性のエネルギーでしかないが、適性があるやつが取り込めば、そのエネルギーを最大限活用することができる」

「でもそのエネルギーが強大だから、魔術師に与えると暴走を引き起こしてしまうと?」

「その通りだ。魔力に『神の力』が干渉すると、その力は幾倍にも増幅する。制御なんかできる訳がない。例えお前でも、『神の力』を取り込んだら無事じゃ済まないだろうな」


晴登は息を呑んだ。
あの大狐の異常な力。その理由が、ようやく一本の線で繋がる。


「だから、魔術師かどうかをあれだけ気にしてたんですね」

「そういうことだ」


どんな目的かはわからないが、一般人のはずだから大丈夫だと、その危険な力を狐太郎に与えた。その結果があの暴走だと思うと、その無責任さに腹が立つ。
決して許されないことだが、それでも北上の心情を考えると無闇に糾弾する気にはなれなかった。


「何か手はあるんですか?」

「最初にも言ったように、気絶させるのが一番手っ取り早い。魔力切れを待つには時間がかかりすぎるからな」

「なら、北上先輩は対抗できるんじゃないですか?」


神力の仕組みについては理解した。次はその攻略である。
北上の答えはさっき聞いたものと同じだが、共に『神の力』を持っているなら、なんなら欠片ではなくて完全なそれを持った北上なら、相性が悪くともなんとかできるのではないかと考えた。

しかし、北上は首を振る。


「……理論上はな。でも、本気を出せば制御ができない。この力を手に入れたのはつい最近のことだ。下手をすれば、学校ごと吹き飛ばしかねない」


手をひらひらとして、冗談めかしたように言うが、目は笑っていない。彼の言うことは全て事実なのだろう。


「なら、結月や黒木先輩なら……」


北上がダメなら次だ。思考を切り替える。
拘束手段があり、戦闘能力の高い二人。あの狐を止めるには、彼らの力が必要だ。

問題はどうやって招集するか。結月の居場所はともかく、終夜の居場所を探すのは時間が惜しくて──


「……そうだ。北上先輩、作戦を思いつきました」

「何? どうするつもりだ?」


晴登の言葉に、北上が顔を上げる。表情を見るに、晴登からその言葉が出てくるのを待っていたようにも見えた。

八方塞がりのこの状況を打開するために必要な二人を見つける。そのためには、今この学校を全て掌握している人物の力──北上の力を借りればいいのだと。

そのことを伝えていると、彼の表情が露骨に曇り始める。


「理屈はわかるが、俺はどんな顔をして黒木先輩に会えば……」

「そんなこと気にしてる場合じゃないですよ! できるんですか? できないんですか?」

「それはできる、けど……」

「じゃあ問題ありません!」

「えぇ……」


半ば押し切る形で言い切ると、北上は困ったように呻いた。


「北上先輩、力を貸してください」

「……っ、わかったよ」


一瞬の沈黙の後、北上は小さく頷いた。






それから準備のために少しだけ時間が経った後、北上は再び鏡の世界へと足を踏み入れた。


「おい! こっちだデカ狐!」


姿を現したのは、大狐のすぐ背後。
毅然とした挑発で、その視線をこちらに向ける。

獲物を見失ってからというもの、大狐は廊下を徘徊し続けていたらしい。
気配を捉えた瞬間、地鳴りのような足音を立てて猛然と駆けてくる。


「"目眩し"!」


しかしその視線が北上に釘付けになった瞬間、どこからともなく現れた伸太郎が得意技を放つ。生き物にとって重要な視覚を封じるこの技は、如何に巨体と言えども効果は確かで──


「って、お構いなしかよ!」

「任せて! はァァァァ!!」


目を潰されても勢いを緩めない大狐に対して、今度は結月が前へ出る。"鬼化"からの"氷結"で、強制的にその動きを封じる。だが、


『ギャオオオン!』


雄叫びを上げる大狐は"狐火"を展開。結月の氷を溶かす──と思いきや、そのまま放ってくるつもりのようだ。


「させない! "天翔波"!」


すかさず晴登が突風を巻き起こす。ダメージには期待できないが、炎の生成を乱すには十分。そして、目的はもう一つ──風下にいる存在に匂いで気づかせないため。


「今です!」

「しゃあ! "黒雷鳴"!」


大狐の背後。いつの間にか現れた終夜が、黒雷を落とす。完全に意識外からの一撃を受けた大狐は、巨体を揺らしながら膝を折った。


「ラストだ、辻!」

「はあぁぁぁ!!」


終夜の横から、緋翼が駆け出す。助走をつけ、そのまま大狐の頭上まで跳躍。大太刀を振り下ろす。
これはもちろん峰打ちだ。麻痺した身体に叩き込まれる鋼の衝撃に、さすがの大狐もついに廊下に崩れ落ちた。


「ふぅ……さすがに気絶したかしら?」

「油断するなよ。まだ変身が解けてねぇ」


その台詞がフラグになったと言わんばかりに、大狐が再び咆哮を上げる。


『グオォォォォォ!!』


痺れの残る脚で、なおも立ち上がろうとする。
何がそこまで彼を突き動かすのか──それは誰にもわからない。


「仕方ねぇ、もう一発──」


終夜が再度掌を構えた、その瞬間だった。

背後から、一筋の光が迸る。その光は終夜と緋翼の間を正確にすり抜けて、まるで狙い澄ました狙撃のように大狐に直撃した。

巨体が音を立てて倒れ伏し、その身体は急速に縮んでいく。骨格が変わり、毛並みが消え、やがてそこに残ったのは、人の姿だった。


「──すまない。援軍が遅れてしまった」

「アローさん!?」


光が飛んできた方に目を向ける。
そこに立っていたのは、見覚えのある人物だった。魔導祭で【覇軍(コンカラー)】に所属していたアローだ。

その登場に驚かされながらも、晴登はすぐに視線を戻し、廊下に倒れ伏す人物へと駆け寄った。


「狐太郎君!」


変身の影響で衣服を失っていた狐太郎に、晴登は咄嗟に自分のドレスを掛ける。晴登自身は下にこっそり体操服を着ていたので、問題はない。

狐太郎は意識を失ったまま、浅く呼吸をしている。


「やはり魔術の暴走だったか。睡眠弾を使ったのは正解だったな」

「本当に助かりました。まさか来てくれるなんて」

「監視役として当然の務めだ……と言いたいところだが、本来は過干渉を避けるよう言いつけられていてな。用事を済ませたら、すぐに失礼させてもらう」

「用事?」

「言わずもがな。この襲撃の実行犯の拘束だ」


その言葉で、場に緊張が走る。


「アローさん、その件についてなんですが──」

「皆まで言わずとも良い。そこの少年が実行犯なのだろう?」


その視線の先にいるのは、北上だった。


「……全部お見通しですか。──そうです。俺がやりました。俺はスサノオの一員です」

「ほう」

「北上先輩……!」

「いい、三浦。元よりこうなることは覚悟の上だ。自分の尻拭いは自分でする」


その言葉に、晴登は何も返せなかった。


「北上……」

「すいません、黒木先輩。俺もあなたのような立派な魔術師になりたかったです」

「……別に俺は立派じゃねぇよ。仲間が道を踏み外すのを、止められなかったんだからな」

「……すいません」


短いやり取りの中に、後悔と諦念が滲んでいた。


「では規則に則り、其方を拘束する。この手錠は力を封じる。領土(テリトリー)も解除されるが、不都合はないか?」

「はい。問題ありません」


アローが手錠をかけた、その瞬間だった。
周囲の景色にひびが入り、ガラスが砕けるような音とともに世界が崩れていく。
次の瞬間、そこにあったのは、見慣れた学校の廊下だった。

領土(テリトリー)は消滅した。

これで、閉じ込められていた人々は解放される。この事件をどう説明するかはまだわからない。けれど──ひとまず、日常は戻ってきた。

少なくとも、今は。


「かはっ」


突然だった。あまりに不自然な音。
その方を見ると、北上の口元から赤い雫がぽたり、ぽたりと床に落ちている。

一瞬、誰も状況を理解できなかった。全員の視線が北上へと吸い寄せられる。


「き、北上先輩……?」


恐る恐る晴登が声をかける。胸の奥に、言葉にできない嫌な予感が広がっていく。

北上に向かって手を伸ばし、一歩踏み出した、その時。


「ああああああああああ!!!!!」


耳を裂くような絶叫が、廊下に響き渡る。


「うわっ!?」


北上は天井を仰ぎ、喉が潰れるほどの声を上げていた。次の瞬間、床や壁、天井から、鏡筍が爆発するように生え広がる。

たまらず北上から距離を取るが、彼の苦痛に満ちた声色からも、すぐに非常事態だとわかった。


「まさか、暴走……!?」


一日に二度も目にすれば、嫌でも理解してしまう。そしてこの場合、暴走しているのは魔術というよりかは『神の力』の方。
原因は──たぶんあの手錠。力を封じられた反動で、抑え切れなくなっているのだ。


「だったら……!」


原因の手錠を取り除くべく、晴登は駆け出した。
鏡筍の隙間を縫うように走り、北上へと手を伸ばす。


「……!」


だが、直前で足が止まる。
こちらを向いた北上の顔が、あまりにも痛ましかったからだ。

見開かれた白目。大きく開いた口から流れ落ちる血。生気のないその表情は、まるで人としての輪郭が崩れかけているような表情だった。


──その姿に意識を奪われ、別の次元から滲み出してくる存在に気づかなかった。


下から。校舎の地下、いや、それよりも遥か深くから──『何か』が、静かに満ち上がってきている。

それは、圧倒的な力の塊だった。学校全体を水没させるかのような勢いで、空間そのものを覆い尽くしていく。

まるで、突然水の中へ放り込まれたような感覚。未知の感触なのに、不思議と恐怖はなかった。

それどころか、温かな湯に身を委ねているような、穏やかな心地よさがある。この力には、悪意がない。それだけは、はっきりとわかった。

──だからこそ、抗えない眠気が静かに意識を侵食していく。

晴登の意識は、そのまま、深い深い底へと沈んでいった。






見渡す限り、草原が広がっていた。
風に揺れる青い草と、どこまでも高い空。現実離れした光景なのに、懐かしい気分になる。

──この場所は、いつも"晴読"で見る場所だ。

今度はどんな予知夢なのだろうかと辺りを見回していると、自分以外の存在に気づいた。

草原の中に、一人の少女が立っている。
桃色のおかっぱ髪に、小さな身体。年の頃は六つか、七つほどだろうか。羽織っているのは古風な着物で、年齢にそぐわない落ち着いた佇まいだった。

だが、その存在感だけは異様だった。


『おや』


幼い声。しかし、その一言が空気を揺らす。


『珍しいな。似た系統の力を持つ人間と会うのは、実に久方ぶりだ』

「君は……」


問いかけた瞬間、少女の視線がこちらを射抜く。年相応のあどけなさとは無縁の、底知れない目だった。


『気安いぞ、人間。そして頭が高い。控えろ』

「えぇ……」


思わず本音が漏れる。
だが、少女は気にも留めない様子で、小さく息をついた。


『……はぁ。我が眠っている間に、ここまで信仰心が薄れたという訳か。まさか、自ら名乗らねばならぬ日が来ようとはな』


そうため息混じりに呟いた次の瞬間、少女の身体がふわりと宙に浮いた。そして物理的に晴登を見下ろし、告げる。


『よいか、しかと聞け。我が名は──夢の神(つくよ)。この日城の地を統べる神である』


幼い姿とは裏腹に、その宣告には一切の揺らぎがなかった。

それは、神との邂逅だった。
 
 

 
後書き
明けましておめでとうございます。まもなくこの物語が連載10年を迎えようとしています。どうも波羅月です。早く完結しなー?

さて、怒涛の展開でしたが、皆さんついてこれましたでしょうか?
連れ去られた人たちや狐太郎は何をされたのか。北上先輩はどうなったのか。アローはどうやって来たのか。つくよって誰。あらゆる伏線回収を全て次回に回して、今回は謎を増やしまくるというアホみたいな流れになりました。反省はしていますが後悔はしていません。

ということで、次回が6章ラストの予定です。あんまりまとまってないので伸びる可能性もありますが、ラストですし文字数長くなってもいいかマインドで詰め込むかもしれません。いつもの。

完結する前に、短編でいいから他の小説を書いてみたい欲が湧いていますが、両立ができないので悩みどころです。でも書きたい……! 7章を1年くらい遅らせればワンチャン……笑

ということで、今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では! 
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