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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第四話 リップシュタット戦役


帝国暦 488年 1月 5日    クラインゲルト子爵領   カルステン・キア



今日は俺達親っさんのお供でクラインゲルト子爵邸に来ている。クラインゲルト子爵、バルトバッフェル男爵、ミュンツァー男爵、リューデリッツ伯爵と親っさんが集まって話をしてるんだ。俺達は乗ってきた二台の地上車の傍で待機、周囲の警戒だ。

今日の議題は多分帝国で内乱が起きるんじゃないかっていう話のはずだ。迷惑な話だよな、権力争いなんて他所でやって欲しいよ。ウチは今忙しいんだ。冗談じゃないぜ、本当に忙しいんだ。皆キリキリ舞いしている。

昨年の反乱軍の帝国領侵攻でウチの組織は大儲けした。金髪から十五億帝国マルクもせしめたし、他にも物資を輸送船共々丸ごと頂いた。ウチの組織はこいつを売り払ってその金を使って辺境の彼方此方に投資している。おかげで辺境はかなり景気が良くなっているんだ。フェザーンからも商船が結構来るようになったしな。良い事だぜ。

他にも辺境星域には戦闘で壊れた反乱軍の艦、帝国軍の艦とかが沢山有る。そいつらを引き上げて使える奴は頂き、使えない奴は解体して売っている。こいつが馬鹿にならないほど儲かるんだ。ほとんどぼろ儲けに近い。笑いがとまらねえってアンシュッツ副頭領が笑ってた。

景気が良くなれば俺達にも仕事が回ってくる。全く忙しいんだよ。組織の人間は人手が足りなくて皆悲鳴を上げている。募集はかけているんだが間に合わないんだ。なんたって大型輸送船二百隻は頂いたし護衛艦も六十六隻頂いた。七千人くらいは新たに人が必要だぜ。

雇ってもすぐ使えるわけじゃないしな。教育して実地で訓練してそれから配属だ。巡航艦バッカニーアにも十人程実習生を受け入れている。ここにも二人連れてきている。教育しながら人を使うって大変なんだ。仕事が倍になったような気分だぜ。景気が良いのと新人教育でウチは滅茶苦茶だよ。分捕った輸送船、護衛艦も半分は寝たままだ、もったいねぇ。

他にも反乱軍から古くなった駆逐艦とか巡航艦を三十隻程頂いている。反乱軍の連中も終盤はやばいと思ったんだろうな、古い艦じゃ逃げられないって。適当に壊して使えませんって言ってイゼルローン要塞に帰っちまった奴が居るんだ。本当は修理しなければならないんだろうけど戦場で壊れたって事にして放棄したんだな。で俺達はそれをちゃっかり頂いたと言うわけだ。そいつも寝たままだ。動かすには二千人近くは人が要る。頭痛がするぜ。

艦を貰った代わりに俺達はイゼルローン要塞に壊れた艦の乗員を運んでやった。まあ要塞には入れなかったけどね。でもこのおかげで俺達が前線とイゼルローン要塞の間で活動していても誰も不思議には思わなくなった。おかげで随分とやり易かったぜ……。

「あの、ウチの組織はどっちに付くんでしょう。ローエングラム侯ですか、それともブラウンシュバイク公?」
質問してきたのはアルフレット・ヴァイトリングだった。こいつとオットー・ヴェーネルトは新人だ。二人とも不安そうにしている、俺だって分からねえが相手になってやるか。

「気になるか、ヴァイトリング」
「ええ」
「お前はどっちに付いて欲しいと思ってるんだ」
「そりゃあ、ローエングラム侯です。俺の家は貴族に追っ払われて辺境に来ましたから……」

そうなんだよな、辺境に居る奴にはそういう奴が多いんだ。
「ヴァイトリング、正直俺には分からねえよ。多分、今それを話してるんだろうがな」
「……」
「ただな、他の海賊組織の中には貴族達と強く結びついている組織も有る。その中にはウチと関係の深い組織も有るんだ」

ワーグナー一家はどうするのかな、ちょっとそこが心配だよな。まあ他にも心配は有るけど……。
「それにな、ウチの組織はローエングラム侯と前回ちょっと有ったからな」
そうなんだよな、ウルマンの言う通りなんだ。あいつら性格悪いんだよ、親っさんの事、馬鹿にするし。誰のおかげで勝てたと思ってるんだよ。

あっ、親っさんが出てきた。カールを抱き上げてるな、って事は話は終わったって事か。傍にフィーアさんもいる。楽しそうに話してるな、俺達の前じゃ滅多に見せない表情だ。こうして見てると親っさんってごく普通のお兄さんだよな、特別な人には見えない。

「なあウルマン、親っさんってカールを可愛がってるよな」
「そうだな、カールも親っさんになついでるよ」
「あれかな、親っさんってフィーアさんの事好きなのかな」
俺の質問にウルマンはウーンと唸り声を上げた。ルーデルは首を傾げてる。フィーアさんって親っさんより五歳は年上だよな。親っさんって年上が好みなのかも。若い娘が悔しがるぜ。

親っさんがカールを抱き上げたまま近づいて来る、フィーアさんも一緒だ。
「今度会えるのは三月の半ばくらいかな、オーディンまで行くからね」
「えーっ」
「御土産を買ってくるよ」
「うん」

親っさんがカールを降ろした。
「それでは、私はこれで」
「お気をつけて」
「有難うございます、奥様」
親っさんとフィーアさんが挨拶している。良いなあ、なんか似合うぜ。

ヴァイトリングとヴェーネルトが親っさんに近づいた。
「親っさん、ご苦労様です」
あ、馬鹿、親っさんの顔が強張ってるだろう。フィーアさんも強張っている。後で俺達まで怒られるだろうが、この馬鹿!

慌ててヴァイトリングとヴェーネルトを押しのけた。
「済みません、ヴァレンシュタインさん。この二人、ちょっと勘違いしまして」
「……そうですか」
「ええ、それでは奥様。私達はこれで失礼します」

親っさんが地上車に乗るとウルマンが運転席、ルーデルが助手席に乗った。俺とヴァイトリングとヴェーネルトはもう一台に乗る。運転は俺だ。
「良いか、ヴァイトリング、ヴェーネルト。カールの前では親っさんって呼ぶんじゃねえ」

二人が訝しそうな顔をしている。ま、分からないでもないがな。
「フィーアさんがな、カールに悪い影響を与えかねないって心配してるんだ」
「……」
「海賊は評判が悪い。俺達は犯罪には手は出していねえよ。しかしそういう組織は少ねえんだ。だからな、カールの前では親っさんって呼ぶんじゃねえ」
「はい、分かりました」

親っさん、オーディンへ行くって言ってたな。だとすると金髪の所か。どうやらウチは金髪に味方するようだ。まあ戦争なら野郎が勝つだろうな、でもあいつら性格が悪いからな、礼儀知らずで恩知らずだし。親っさんが嫌な思いをしなければ良いんだけど……。



帝国暦 488年 2月 20日    オーディン  ローエングラム元帥府  カルステン・キア



オーディンは賑やかな騒ぎに包まれていた。昨日、イゼルローン要塞で捕虜交換式が有ったからな。もう戻って来ないと思った人が帰ってくる。それが家族なら嬉しいよな。夫や恋人が捕虜になっている人とか居るのかな。別の人と結婚したとか有るのかな、そう言うのは辛いよな、素直に喜べない……。

オーディンには巡航艦十隻でやってきた。親っさんはバッカニーアだけで良いって言ってたけどそうはいかない。黒姫の頭領が単艦で行動なんてしたら危なくてしかたねぇ。ウチはかなり裕福な組織と見られてるんだ、おまけに親っさんは超有名人だ。金目当ての誘拐を考える馬鹿な奴が居ないとも限らない。

昨年の帝国十大ニュースの内、三つまでが親っさんのニュースだった。第一位に銀河史上最大の身代金、黒姫一家三億帝国マルクを要求。第二位に武勲第一位、黒姫一家反乱軍撃破に活躍。皇帝崩御、イゼルローン要塞陥落を押さえて一位と二位を取った。第七位に黒姫一家、カストロプ動乱で巨利を得る。ちなみに昨年の流行語大賞は「私達は海賊なんです」だった。フェザーンじゃ親っさんをモデルにした映画を作ると言う話も有るらしい。もう親っさんは生きてる伝説だよ。

ローエングラム元帥府には親っさん、アンシュッツ副頭領、ウルマン、ルーデル、俺の五人で向かった。一応身なりは整えたぜ、何処から見ても良家の子弟だ。まあちょっと金はかかったけど用意するのは難しくなかった。最近ウチは臨時報酬や超勤手当が凄いからな。去年の俺の年収なんて十万帝国マルクを超えたぜ。源泉徴収票を見たときは眼が飛び出たよ。

元帥府の受付の女は最初は俺達に奇異な視線を向けてたけど親っさんが名乗ると露骨に避けるような態度を取りやがった。金髪の野郎どういう教育をしてるんだ? それでもケスラー大将が俺達の所にやってきて用件を聞きだそうとした。親っさんが辺境星域の貴族達の代表で来たと言うと慌てて金髪の所に飛んでった。

俺達が案内されて金髪の所に行くと奴は執務机で書類の決裁をしているところだった。傍には陰気そうな顔色の悪い三十男がいる。そのまま親っさんを目の前に立たせたまま話に入った。客を立たせたままってどういうことだ? 帝国元帥だか何だか知らねえが礼儀知らずにも程が有るぞ。おまけにすげぇー嫌そうな顔をしてる。

「それで用件は」
「辺境星域の貴族達の代理できました。いずれ起きる内乱で閣下に御味方するとのことです」
そう言うと親っさんは味方する貴族の一覧表、そして委任状を提出した。
「……なるほど」
何だよ、味方が増えて嬉しくないのかよ。碌に見もしないで失礼だろう。

「ただ彼らは固有の軍事力が殆どありません。ですので後方支援で協力したいとのことです。輸送については我々が行います」
「……そうか、有難い事だな。で見返りは」
本当に有難いと思っているのかね。頭来るな、こいつ。副頭領も頬がひくついてる。平然としてるのは親っさんだけだ。

「それらの貴族に対して家門と領地を安堵する、それを保証する公文書を頂きたいと思います」
「ほう、公文書を」
何だよ、変な目で親っさんを見て。

「元帥閣下が多くの貴族を潰して帝国の財政を健全化したいと考えているのは分かっています。しかし辺境星域の貴族達を潰しても余り財政の健全化には役に立たないと思いますよ。むしろ辺境星域は重荷になりますね。貴族達に開発を任せ住民の権利は法によって守る。その方が効率が良いでしょう」
なるほど、そうだよな。やっぱり親っさん、凄いや。

「卿にとってもその方が都合が良い、そうではないかな」
薄気味悪い声だな。抑揚がまるでないぜ。何だよこの死人みたいな奴。金髪よ、もうちょっと人を選べよ。お前の周りって碌な奴が居ないな。お前、人を見る目が絶対無いよ。

「否定はしません。何か問題でも? 誤解されがちですが我々は犯罪組織では有りませんよ」
痺れるよ、親っさん。顔も表情も落ち着いてる、役者が違うぜ。誰かに見習わせたいぐらいだ。爪の垢でも煎じてやろうか。

「良いだろう、公文書を用意しよう。それで、卿への報酬は」
「前回同様、戦いが終わり閣下が勝利を得た後、我々の働きを評価してください。それによって報酬を決めましょう。如何です?」
おいおい、そんなに親っさんを睨むなよ金髪。親っさんは敵じゃないぞ、お前勘違いしてねえか?

「……良いだろう。だが今度は前回のようには行かないと思え」
何凄んでんだよ、お前。大丈夫か? 敵と味方の区別つかなくなってるぞ。
「楽しみにしていますよ、次にお会いできることを。……それとワーグナー一家の頭領、アドルフ・ワーグナーが今回の内乱では中立を守るとのことです」
「……」

「あそこはブラウンシュバイク公の勢力下ですからね。公然とは味方できない、そんな事をすればあっという間に潰されます。御理解ください」
「……分かった、中立で十分だ。敵を打ち破るのは私の役目だ」
頑張れよ、期待しているぜ。

部屋を出て帰ろうとすると大勢の人間が居た。見たことあるやつばかりだな、あの白い艦で会ったやつらじゃねえか。何だよ、親っさんが出てきたらみんな目を逸らしやがったぜ。失礼な奴だな、何だってオーディンは礼儀知らずばかりいるんだ。辺境の方が人間はしっかりしているぞ。

親っさんが声を出したのはその時だった。
「ナイトハルト、ナイトハルトじゃないか」
「や、やあ、エーリッヒ」
親っさん、凄く嬉しそうだ。多分昔の友達なんだろうな。でも相手はちょっと困惑している。周りに遠慮しているみたいだ……。

「久しぶりだね、ナイトハルト。そうか、ローエングラム侯の元帥府に居るのか……。良かった、ここなら卿の能力を十二分に発揮できるよ」
「ああ、有難う」
親っさん、可哀想だな。昔の友達とか皆親っさんを避けるのかな。

「大丈夫だよ、ナイトハルト。私は悪名高い海賊だけれどここにいる人達は皆、私の知り合いだからね。戦友でもある。そうでしょう、ビッテンフェルト提督」
「……」
おいおい、そのオレンジ色の髪の毛のデカい奴。何で顔を背けるんだよ。親っさんが俺達をチラッと見た。悪戯っぽい笑みを浮かべている。寒いよ、マジで寒い……。

「まさか輸送船を強奪しただけとか言わないですよね。元帥閣下も武勲第一位と評価してくれましたし」
「……」
あーあ、親っさんがクスクス笑い出した。お前らが失礼な態度を取るからだぞ。親っさんが怒ったじゃないか。アンシュッツ副頭領もウルマンもルーデルも皆顔を引き攣らせている。いや、連中も顔を引き攣らせているな。

「ミッターマイヤー、行こうか」
「ああ、そうだな、ロイエンタール」
何だよ、それ。背の高いのと低いのが立ち去ろうとしている。それに合わせて他の連中も散り始めた。残ったのはナイトハルトと呼ばれた友人だけだ。

「卿は行かないのかい、ナイトハルト」
「馬鹿、相変わらずだな」
親っさんが軽やかに笑い声を上げた。ナイトハルトと呼ばれたのっぽも笑う。悪い奴じゃないみたいだ。

「元気そうで安心した。心配したぞ、いきなり居なくなるから」
「仕方なかった。ある貴族に命を狙われた、逃げるしかなかった。その逃亡先が今の組織だった……」
「……」

海賊社会じゃ有名な話だ。貴族に殺されかかった親っさんを先代が助けた。軍人から海賊への転身は少なくない、でも一年未満で組織の頭領になったのは親っさんだけだ。そして一家は帝国でも屈指の海賊組織になっている。

「相手は誰だ」
「……カストロプ公、もう死んだよ」
「……おい、まさか」
「私が関与してるって噂が流れているらしいね。でも私じゃない、マクシミリアンの反乱にも関係していない。……儲けさせてもらっただけだ」
「エーリッヒ……」

親っさん、儲けすぎたからな。あの戦争が終わった後だけど親っさんがヤリ手過ぎるって声が上がった。カストロプの一件も親っさんが何処かで関係してるんじゃないかって言われてる。親っさん、貴族の生死に妙に鋭いからな。失礼な噂だよ、親っさんはそんな事はしてねえぞ。

少しの間沈黙してたけど親っさんが笑みを浮かべて話しかけた。
「私は嫌われているらしいね」
「嫌われているし認められてもいる。ローエングラム侯はヤン・ウェンリーよりも卿の事を気にかけているよ」
「おやおや。私は味方なんだけどね」
「そう思っているのは卿だけだ」

また二人が笑った。良い感じだな、親っさんも楽しそうだ。
「十五億帝国マルクもふんだくるからだ」
「これでも安くしたんだけどね」
「元帥閣下はゲルラッハ財務尚書に頭を下げて頼んだそうだよ。随分嫌な思いをしたらしい」
「内乱が終わった時にはもっと大きなものを貰うさ。楽しみにしているんだね、また会おう」

そう言うと親っさんは歩き出した、俺達も後に従う。皆の顔を見た。皆、楽しそうな笑みを浮かべている。
「副頭領、楽しみですね」
「そうだな、楽しみだ」
副頭目とウルマンが小声で話している。そうだよな、俺も楽しみだ。親っさんが何を貰うのか……。また親っさんが伝説を作るぜ、宇宙を震撼させる黒姫の伝説をな。

 
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