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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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無印編
  第十三話




 なのはちゃんが倒れた翌日、僕とユーノくんは川原にあるサッカー場へと来ていた。
 今日は、ジュエルシード探しはさすがに休みだ。そもそも、なのはちゃんには今日一日安静にするようにドクターストップがかかっている。だから、恭也さんにも今日は休みだという伝言を頼んでいる。

 さて、このサッカー場だが、テレビにあるようようなスタジアムではない。人工芝なんてものはない上にそもそも芝生ですらないというサッカー場だ。どうやら、今日の試合というのも今度行われる大会前にやる調整代わりの練習試合に過ぎないらしい。

 僕とユーノくんは川原のサッカー場に備え付けられたベンチに座りながら翠屋JFCの面々と桜台JFCの面々の練習を見ていた。途中、最近になってようやく使えるようになった念話―――ただし、短距離のみ―――でサッカーのルール説明なんかもしている。一方で、川原の土手の坂になっている部分にはちらほらと翠屋か桜台かは分からないが、シートを敷いた親御さんたちがちらほらを集まってきていた。
 もう少しで試合が始まるんじゃないか、というタイミングで現れたのは二人の少女。僕が待ち合わせをしていたアリサちゃんとすずかちゃんだ。

「アリサちゃん、すずかちゃん、おはよう」

 僕を見つけたのか、こちらに向かってくる二人に向かって手を振り、歓迎する。

「おはよう、ショウがどうしてもって言うから来てやったわよ」

「もう、アリサちゃんったら。おはよう、ショウくん」

 アリサちゃんの機嫌はまだ悪いみたいだ。少しだけ拗ねたような表情をしており、すずかちゃんはそれを窘めようとしていた。それでも、挨拶だけはちゃんと交わすのだから、アリサちゃんの育ちのよさが伺える。

「アリサちゃんもすずかちゃんも来てくれてありがとう。一人で見に来るのは心細かったから有り難いよ」

 そう、先輩に頼まれたのがアリサちゃんたちを誘った理由だが、僕がサッカークラブに興味があって試合を見たいが、一人で見に行くには心細いからということにしている。すずかちゃんはすぐに了承してくれたが、アリサちゃんは、クラスメイトの男子と行けばいいじゃないか、といわれ、僕は大人しく見たいからアリサちゃんが良いんだよ、というとシュークリームの件などで了承してくれたのが昨日の話だ。

 やれやれ、このシュークリーム代は後で先輩に請求することにしよう。

 さて、しかしながら、である。僕は、思わず上から下までアリサちゃんをじろじろと見てしまった。それが、失礼だと思ったのは、つま先から頭まで見て、アリサちゃんと視線が合った後だった。

「な、なによっ!?」

「あ、ごめん、ずいぶん可愛らしい服を着てるな、と思って」

 アリサちゃんの洋服は、今まで僕が見たことないものだった。基本的に僕たちが会うのは学校だけだが、アリサちゃんに限って言えば、アリサちゃんの英会話が、土曜日になったりすることもあるし、日曜日になったりすることもあるから、私服はそれなりに見慣れていると思っていたが、その洋服は僕が初めて見るものだった。

「うん、似合っているよ」

「―――っ! な、何言ってるのよっ!!」

 ところどころフリルのついた真紅のワンピース型の洋服は欧米の血が入っているアリサちゃんにはよく似合っていて、僕は素直にそれを告げたつもりなのだが、一瞬、金魚のように口をパクパクと開けたかと思うとなぜか怒るように声を荒げられてしまった。

 そんなアリサちゃんの反応に思わず苦笑してしまう。もう二年も友人という関係を続けていれば、この反応が嬉しいことへの照れ隠しということは簡単に見抜けるからだ。
 女の子に可愛いと言うのは、言葉だけみれば恥ずかしいように思えるが、アリサちゃんは、僕からしてみれば妹のような感覚に近いわけで、つまり、小さい子供の洋服が似合っているときに可愛いね、と褒めるときの感覚に近い。

 アリサちゃんは頬を赤く染めてそっぽ向いており、僕はそれを見て苦笑している最中、「もう少しで始まるみたいだよ」とすずかちゃんが教えてくれた。僕は気づかなかったが、確かに両方の選手が、アップを終えて中央線に並ぼうとしていた。

「ほら、行こう」

「せっかく見に来たのに見なかったらもったいないからだからね」

 まだ、テレが残っているのだろうか、不機嫌そうな顔でアリサちゃんは半ば走りながら近くのベンチに座った。

 それを見て僕はアリサちゃんの言葉に苦笑しながらコートの近くに設置されたベンチに座った。座り方は、すずかちゃん、アリサちゃん、僕だ。

「さて、そろそろ、時間ですし、始めますか」

「そうですな」

 近くでそれぞれのクラブの練習を見守っていた監督たちがお互いに頷く。
 僕たちが座っているベンチは、選手たちの控えの傍だから、偶然聞こえた。そして、ここに来て気づいたのだが、翠屋JFCの監督はなんとなのはちゃんの父親である士郎さんだったのだ。翠屋という名前を冠していることから気づいてもよかったのかもしれないが、僕にはやはり恭也さんの父親=剣術家という考えが根付いていたのだろうか。

 少し先に来て士郎さんと顔を見合わせた際、お互いに驚いたものだ。だが、驚いたのも一瞬で、僕は昨夜のなのはちゃんのことを聞いたりする余裕すらあった。さすがに今日のなのはちゃんは、家で休養するようだ。昨日、病院で点滴をうってもらったとはいえ、倒れたとあっては、一日ベットで寝かせておくのが最善だろう。

 さて、お互いの準備も整い、翠屋JFCと桜台JFCの試合が始まった。先攻は翠屋JFCのようだ。『MIDORIYA』と書かれたユニフォームを着た僕よりも一つか二つほど年上の少年たちが桜台JFCのゴールに向かってボールを蹴っていた。

「ねえ、ショウはどっちを応援するの?」

「翠屋JFCだね。僕の先輩がそのチームに所属しているんだ」

 隣に座っているアリサちゃんが、どちらを応援しようか迷っていたのだろう、僕に聞いてきた。その声色に先ほどまでの不機嫌さはない。あれは、ある意味照れなので、それが引いてしまえば、大丈夫なのだ。

「ふ~ん、なら翠屋JFCのほうをあたしも応援してあげるわ」

 そうしてくれると僕もありがたい。僕がここに来た理由は、アリサちゃんとすずかちゃんの両方に翠屋JFCを応援してもらうことなのだから。

「すずかちゃんも、応援してくれる?」

「うん、もちろん」

 アリサちゃんを挟んだ向こう側で静かに見ていたすずかちゃんに本来の目的である応援を頼むといつものように柔和な笑みを浮かべて、快諾してくれた。

 よかった。これでどうやら義理を果たせたようだ。

 しかしながら、確かにここにきたのはアリサちゃんとすずかちゃんを応援に引っ張り出すためだが、僕がサッカーの試合に興味がないか、と聞かれると答えは否だ。やはり、知り合いが出ている試合というのは、実に興味深い。
 僕は、アリサちゃんとすずかちゃんが、頑張れ、と応援していることを確認して目の前の繰り広げられるサッカーの試合に目を移した。

 サッカーの試合というのは、野球のように止まらない。もちろん、ボールが外に出てしまえば話は別だが、常にボールは右に左に動いている。目で追うのは非常に大変だ。特にゴール前ともなれば、人が固まってボールが何所にあるのか分からない。突然、その人ごみの中からボールが出てくることもあるから驚きだ。

 ―――へ~、これがサッカーか、面白いね―――

 僕の膝の上で大人しくサッカーの試合を見ていたユーノくんが感慨深げに念話で頷いていた。

 ―――そうだよ。ユーノくんの世界には似たようなスポーツはなかったの?―――

 ―――う~ん、似たようなものはあったけど、僕は研究と発掘ばっかりであまりやったことはなかったな―――

 興味半分で聞き返したのだが、思ったよりも面白い答えが返ってきた。フェレットがサッカーに似たようなスポーツをやっているというのだ。一体、どうやってやっているのだろうか。個人的には興味が尽きない。
 だが、ここで聞くには少々場違いのように思えた。なぜなら、僕の念話は、つい昨日ようやく送信もできるようになったばかりで短距離でしか飛ばない上に酷く疲れるのだ。この後、さらに体力を使うことが待っている以上、ここで体力を使うわけにはいかない。

 だけど、後で絶対、詳しく話を聞こうと思った。

 さて、サッカーの試合であるが、中々両者共に得点が決まらない。野球のようにホームランが一発出れば一点というものでも、ヒットでこつこつとつなげていけば確実に点数が入るというものでもない以上仕方ないだろう。入るときには入るが、入らないときには入らないというのがサッカーなのだ。その流れを如何様にしてつかめるかが勝負である。
 そして、その流れは今日に関して言うと、幸いなことに翠屋JFCにあったらしい。前半を半分ぐらい過ぎたところで、センターリングで上がったボールを上手いことヘディングで処理して、次の選手がそのままボレーでシュートとしてつなげて、ボールはゴールネットにつきささった。

「きゃーっ!!」

 隣のアリサちゃんとすずかちゃんが手をつなぎながら歓声を上げていた。その気持ちはよくわかる。僕も今のはすごく綺麗に決まったな、と思ったのだから。しかしながら、よくよく見てみれば上手いことボレーを決めたのは、先輩じゃないか。気づかなかった僕も僕だ。
 その先輩は、笑顔のチームメイトに背中を叩かれたりしている。サッカーではよくある光景だ。
 どこから駆け込んできたのかまったく分からなかったことを考えると、走るスピードで勝負していた先輩のスタイルは変わらないらしい。

 その後は、特に荒れた様子もなく前半戦が終了し、五分の休憩の後、後半戦に突入した。

 後半、最初の十分で、いきなり翠屋JFCがギリギリまで攻め込まれピンチになるが、ディフェンダーとキーパーのナイスセーブでゴールに繋がることはなかった。後半は、その後、翠屋JFCがさらに一点決めて試合終了となった。試合の結果は2対0で翠屋JFCの勝利だ。

「よかったじゃない、ショウが応援していたチームが勝ったじゃない」

「そうみたいだね。これもアリサちゃんとすずかちゃんが応援してくれたおかげかな?」

 僕は茶化していう。だが、その可能性もないと言い切ることもできない。先輩曰く、可愛い女の子がいれば、士気が上がるらしいのだから。少し気障に言うとすれば、彼女たちは勝利の女神というところだろうか。

「それじゃ、次は翠屋に行きましょう」

 その話を忘れてくれれば、と思っていたが、アリサちゃんは僕を逃がすつもりはまったくないようで、目で逃げるなよ、と語りながら僕に視線を送ってきた。それを見て、意味がわからないのがすずかちゃんだ。僕が最初に連絡したのはすずかちゃんで、シュークリームや事情の説明等は、アリサちゃんが勝手につけた条件なのだから当然ともいえる。

「うん、分かってるよ。すずかちゃんもシュークリーム食べに行こうよ」

 こういうときは、逆らわないほうが吉だ。すずかちゃんも誘うが、これはアリサちゃんに条件を出されていたときから考えていたことだ。アリサちゃんだけご馳走して、すずかちゃんにご馳走しないなんてことは考えられない。
 だが、すずかちゃんは、案の定、気が引けるような表情をしていた。きっと奢ってもらうということが気まずいのだろう。すずかちゃんは優しいから。

「すずか、いきましょう。ショウが今日までのお詫びに奢ってくれるって言うんだから」

「え? でも……いいの?」

 心配そうに尋ねてくるすずかちゃん。それが僕の懐の心配をしているわけではないことを願いたい。まあ、昨日の夜、母親に頭を下げたのは事実だが。

「いいよ。アリサちゃんだけご馳走するなんてことはできないよ。だからさ、すずかちゃんも来てくれると嬉しい」

 僕がそういうと、少し戸惑ったような表情をしていたが、すぐに笑顔になって、うんと了承してくれた。



  ◇  ◇  ◇



 僕たちの前に並ぶショートケーキが三つ。本来、頼む予定だったシュークリームよりも二倍程度の値段がするそれは、決してアリサちゃんが無理を言って僕に奢らせたものではない。このお店のオーナーである士郎さんの好意によるものだ。

 サッカーの試合が終了した後、翠屋に場所を移そうとしたときに士郎さんが話しかけてきてくれたのだ。応援に来てくれたお礼にケーキをご馳走してくれるらしい。僕だけではなく、すずかちゃんやアリサちゃんもだ。最初は断わったのだが、子供が遠慮するもんじゃない、とまで言われれば断わるわけにもいかず、僕たちはこうして外にある一つテーブルに三人で座っていた。

「さあ、事情を話してもらうわよ」

 イチゴのショートケーキを食べるためのフォークを振りながらアリサちゃんが僕を問い詰めるように威圧する。それを見て事情が分かっていないすずかちゃんは、ショーケーキを一口食べた状態できょとんとしていた。
 事情というのは、もちろん、この一週間のことである。急に塾にもアリサちゃんの英会話教室にも行かなくなったことを聞きたいらしい。それを話すことが今日の条件だったのだから仕方ない。僕は、昨日から考えていたことをポツポツと話し始めた。

 この一週間、塾にも行かなかったのは、あるものを探していたから。探し物は蒼い宝石で、一緒に探している高町なのはちゃんの大事なものであること。僕も探しているのを見て、手伝うことにしたこと。それら色々なことを魔法という事実を隠蔽して、真実と嘘を織り交ぜながらアリサちゃんに話した。

「そんなのなのはって子が探してるだけでしょう!? ショウが塾を休んでまで探す必要ないじゃない」

「必死に探して、困っている子を放っておくわけにはいかないよ」

 正確にいうと困っているのはユーノくんでなのはちゃんではないのだが、ここはそういうことにしておく。それに、アリサちゃんとの付き合いも長いので、僕が基本的に困っている子を放っておけないことも知っているはずだ。事実、アリサちゃんは僕の答えを聞くと、うっ、と返答に困っている様子だった。
 それをすずかちゃんは見ているだけ。僕の味方もしていないし、アリサちゃんの味方もしない。まだもう少し事情が知りたそうだった。

「で、でも、もう一週間も探してるのに見つからないんじゃ、見つかるわけないじゃない」

「でも、探さなければ見つからないよ。買って換えがきくようなものじゃないんだ。だから、探さなくちゃいけない」

 もっとも、探して見つけたとしても封印するのはなのはちゃんの役目だったりするわけで。僕は本当に捜索要員でしかない。最近は魔法の練習も頑張っているのだが、単純な魔法しか使えないし、念話は昨日ようやく使えるようになっただけだ。

「……だったら、いつまで探すのよ。代わりがないからって、見つからなかったらずっと探すわけじゃないんでしょう?」

 それもそうだ。確かにアリサちゃんの言い分にも一理ある。僕の説明だと見つからなければずっと探すということになってしまう。だが、それはありえない。ずっと探すという選択肢は僕の中にはない。そもそも、僕たちが探しているのは、僕たち以外に探す人がいないからではない。時空管理局という警察のような組織がくるまでの中継ぎなのだ。

 ふむ、だったら、アリサちゃんを納得させるために期限を設けてもいいのかもしれない。

 ―――ねぇ、ユーノくん。時空管理局が来るのってどのくらいになるのかな? ―――

 僕は、念話でテーブルの下で、ケーキのスポンジを食べているユーノくんに話しかけた。

 ―――そうだね、もう一週間経ってるから……あと、二週間後には来ると思うけど―――

 ―――三週間もかかるのか……―――

 時間がかかるとは聞いていたが、そんなにかかるとは思っていなかったので、少し驚いた。だが、魔法世界所属のユーノくんがいうのだから大体間違いないだろう。三週間か、だったら、少し余裕を見ておくべきだろう。

「分かったよ。だったら、一ヶ月。それまで探して見つからなかったらなのはちゃんを説得して、探すのをやめる」

「一ヶ月も探すの?」

「大事なものだったら、いつまでだって探したくなるものだよ。だから、せめて区切りを告げる意味でもそれまで探してあげたい。まあ、それまでに見つかるのが一番だけどね」

 もっともジュエルシードは21個あって、そのうち5個はすでに見つかっている。後二週間もすれば、時空管理局が来てジュエルシード探しも引き継いでくれるだろうし。ならば、一ヶ月を区切りにすることになんの問題もない。

 どう? とばかりに僕の答えを聞いたアリサちゃんだったが、少し腕を組んで考えた後、顔を上げた。

「……仕方ないわね。一ヶ月よっ! それまでなんだからねっ! あと、蒼い宝石だったわね。あたしたちも探してみるから」

「ありがとう。見つけたら、すぐに僕に教えてね」

 ここでしまった、と思った。最初に蒼い宝石であると説明したが故に青い宝石、ジュエルシードが危険物だと説明できない。ジュエルシードが触れれば、即発動といったものだとするとアリサちゃんが触れた瞬間にアウトなのだが……。

 ―――触れるだけなら大丈夫だけど、強く願ったりしたらダメかな―――

 ユーノくんに危険性を聞いたところ、どうやらそんなものらしい。しかし、強く願うって、実に発動条件が曖昧だ。こうなったら、彼女たちがすぐに僕に連絡してくれることを願うしかない。
 ここまで話しておいてなんだが、彼女たちが一緒に探すといわなくてよかった、と胸をなでおろした。しかし、そう思ったが、よくよく考えてみるとアリサちゃんとすずかちゃんが一緒に探すというのは無理だ。
 そもそも週の半分が塾で、それ以外は、お稽古事で埋められている。アリサちゃんがヴァイオリンで、すずかちゃんがピアノだっただろうか。つまり、一緒に探すとなれば、休日が主となってしまう。ちなみに、アリサちゃんの英会話教室は、平日が一日、休日の一日の二日で構成されていることが多かった。

「すずかちゃんも、これで納得してくれた?」

「私はもともと、ショウくんに何も聞いてないよ?」

 そうだった。すずかちゃんの基本的なスタンスはこれだ。他人に強く踏み込まない。もちろん、友人としての付き合いはあるのだが、他人の事情というか、内情に強く踏み込んでくることはない。事実、僕が何も言わずに帰ることには疑問を持っていただろうが、アリサちゃんのように問いただしてこないのがすずかちゃんだ。

「そうだけど……僕が何も言わなかったのも確かに悪かったからね。ごめんね、友達なのに今まで何も言わなくて」

「ううん、誰にだって言いたくないことはあるから、大丈夫だよ」

 そういって、いつもの静かな微笑を浮かべてくれるすずかちゃんだった。正直、彼女のあまり個人のことに踏み込んでこないという性格は今の僕にはありがたいことである。もっとも、そのスタンスが良いか、悪いかは別の話ではあるが。

「さ~て、それじゃ、ケーキを食べましょうっ! それにユーノもいることだし」

「アリサちゃん、ユーノくんに触るなら食べた後だよ。動物なんだから」

「分かってるわよっ!」

「もう、アリサちゃん、そんなに急いで食べなくてもユーノくんは逃げないのに……」

 その後、しばらく僕らは久しぶりに友人同士の会話を楽しむのだった。



   ◇  ◇  ◇



 午後、アリサちゃんとすずかちゃんと別れた―――アリサちゃんはお父さんと、すずかちゃんはお姉さんと買い物らしい―――僕は、なぜか翠屋JFCに所属している先輩と一緒に聖祥大付属小のグラウンドへと向かっていた。
 先輩と一緒になった理由は、アリサちゃんたちと別れた僕を見計らってきたからだ。

「それで、どうして、僕たちが話している間、来なかったんですか?」

 聖祥大付属小へと向かうバスの中で僕は先輩に聞いた。

「なんでって、仲良さそうに話してたし、そもそも、あの子たち呼ぶように言ったの俺じゃねえし」

「え? そうだったんですか? でも、電話じゃ」

「俺の先輩だよ。六年生のな。俺には、女の子なんてよく分からないしな」

 サッカーのほうが楽しいし、と呟く先輩。もっとも、小学生としてのあり方なら先輩のほうが正しいと思う。その先輩の先輩たちというのは、ちょうど異性が気になる年頃なのだろうか。まだそれを理解できないことにつき合わせられる先輩がある意味でかわいそうだった。

「………先輩も苦労してるんですね」

「まあな。それより、なんで休日に学校に行ってるんだよ?」

「昨日、先輩が言ってたことが気になりまして」

 そう、昨日先輩が言ったことだ。2年生や1年生を仲間はずれにして、3年生だけでグラウンドを独り占めしている状況ができているこということ。もし、そのことが本当だとすれば、休日である今日も聖祥大付属小のグラウンドは、サッカーで使われ、3年生が独り占めしているはずだ。

 だから、僕はそれを確認するために学校に行くのだが、その話を聞いた先輩もついてくると言い始めた。曰く、面白そうだから、らしい。ちなみに、ユーノくんは、すでに家に帰している。

 さて、学校に到着した僕らが見たものは、サッカーボールを抱えて、グラウンドを独り占めし、サッカーに興じている3年生を見ている低学年の子供たちだった。
 どうやら、先輩が言っていることは本当らしい。僕が来なくなる前までは一緒にサッカーに興じていたはずのクラスメイトまで、この状況が当然のようにサッカーで遊んでいる。

 やれやれ、とこの場合は、誰一人としてこの状況をおかしいと言い出す人間がいないことを嘆くべきか、あるいは、前までのルールを改革してしまうほどのリーダーシップを発揮したクラスメイトを褒めるべきか、本気で悩んだ。

 しかしながら、そんなことで悩んでいる時間はない。現に今でもどこでサッカーをしようと悩んでいる低学年の子供たちがいるのだから。

「さて、どうする? ショウ」

「そりゃ、もちろん、止めますよ」

 ニヤニヤ笑いながら僕に問いかける先輩。どうやら、今回の件で彼が首を突っ込んでくるつもりはないらしい。まあ、それはそれで有り難い。ここはあくまでも3年生の問題なのだから。5年生の先輩が出てくれば収まるだろうが、それは決して解決にはならないだろう。

 僕は、決意を固めるとグラウンドへと駆け出した。目標は、丁度ボールを持っているゴールキーパである。

「はい、ストップ」

「ショウくんっ!?」

 ボールを蹴り出そうとしていたキーパの子の肩を掴んで、試合を止めた。肩をつかまれた子はどうやら、僕に気づいたようだ。

「まったく、何やってるの? 下級生を仲間はずれにして、自分たちだけやるんなんて、そんな格好悪いことやって」

「いや、それは……」

 口ごもるクラスメイト。たぶん、それなりに罪悪感というものがあったのだろう。あるいは、僕に見つかってばつが悪いといったところだろうか。

「ほら、今からでもいいから、あの子たち誘ってあげなよ」

 僕が指差した先には10人程度の下級生。諦めて帰っていなかったことから考えても、来てからあまり時間が経っていなかったのだろう。
 だが、僕の提案に対して同級生たちの反応は芳しくない。サッカーのプレイ自体は止まっているが、互いに顔を見合わせて、どうする? と視線で語っているようだった。

「おい、なに勝手に来て、勝手なこと言ってるんだよ」

 誰もお互いに顔を見合わせて動けない中、一人だけ僕に近づいてくる大柄な同級生がいた。名前は、確か……ケンジくんと言っただろうか。クラスは第二学級なので、サッカーに興じていた同級生という認識しかないのだが、どうやら、この状況を鑑みるに彼がこの状況の首謀者らしい。

「当たり前のことを言ってるだけだよ」

 少なくとも一週間前までは、下級生が現れてもすぐに仲間に入れてサッカーに興じていたルールが存在していた。だが、今はそんなルールはなかったとばかりに下級生を無視している。
 本来なら、このグラウンドは、誰でも使えるものであり、3年生が独占していいものでもない。

「うるせぇっ! ずっと来なかった奴が勝手言ってんじゃねえよっ!!」

 さて、人の交渉において最後で最悪の手は、当然のことながら暴力だ。それは伝家の宝刀に近い。つまり、絶対に抜いてはいけないのだ。取り返しがつかないから。
 しかしながら、子供時代において暴力を使ったいわゆる喧嘩は多い。なぜなら、交渉ができるほどに口が上手くないからだ。言い返すことができず、結果として、伝家の宝刀である暴力をふるってしまう。

 この場合のケンジくんも同様だったのだろう。肩が大きく動くのが見え、直感的に殴られると分かった。もっとも、分かったところで僕が反応できるはずもなく、できることは歯を食いしばって踏ん張ることだけだ。
 直後、頬に強い衝撃が走った。当然、殴られたのだ。僕よりも頭一つ分大きな相手から力任せに殴られたのだ。当然、かなり痛い。幼稚園の頃は、喧嘩もかなりあったが、最近はあまりなく、殴られるのも久しぶりだから余計に痛みがひどかった。正直、吹き飛ばなかったのが不思議なぐらいだ。

 このときほど、僕は自分が二十歳の精神を持っていることを恨んだことはない。もしも、僕が身体と同等な小学生の精神を持っていれば、きっとケンジくんに殴りかかっていただろうから。だが、僕の二十歳の精神がこんな子供に殴りかかるな、と制止をかける。結果、僕は殴られても、その場に立ったままケンジくんを睨み返すしかなかった。

「んだよっ! お前はなんかむかつくんだよっ!!」

 もう一度、振りかぶるケンジくん。だが、その拳が振り下ろされることはなかった。

「やめろよ。さすがに手を出したら、お前の負けだぞ」

 先輩がケンジくんを羽交い絞めにしているからだ。いくら3年生の中で大柄なケンジくんとはいえ、5年生の先輩に適うはずもない。結果、拳は振り下ろされることなく、ケンジくんは先輩の羽交い絞めから逃れようと身をよじるだけだった。

「はなせよっ! あんたには関係ないだろっ!!」

「関係ないかもしれないが、殴られているのを見てるわけにもいかんだろ」

 体力的な問題もあるのだろう。ケンジくんが先輩を振りほどくことはできなかった。やがて、僕が殴られるのを呆然と見ていた同級生たちが僕の周りに集まって「大丈夫?」と声を掛けてくれた。人を気遣う優しさはあるようだ。僕は、彼らに大丈夫、と返したのだが、頬が相変わらずまだ腫れたように熱い。

「あ、ショウ、血っ!」

「へ?」

 ぐっ、と口元拭うと袖口に付着した赤黒い血のようなもの。おそらく、殴られたときに歯で切ったのかもしれない。もっとも、ダラダラ流れているわけではないので、舐めておけばそのうち止まるだろう。

「おい、ショウ。大丈夫か?」

「ええ、まあ、舐めとけば止まりますよ」

 僕からしてみれば、信じられないことだが、先輩はケンジくんを抑えて尚、余裕があるらしい。血を流している僕のことを心配してくれるのだから。だが、さすがに血を流すところまで本気で殴ったケンジくんが許せなかったのだろう。今まで見たこともないような怒った顔をしていた。

「おい、お前、サッカーのことならサッカーでけりをつけろよな」

 突然の先輩からの提案だった。
 話を聞けば、僕の考えに賛同する面々とケンジくんの考えに賛同する面々での試合らしい。僕の場合は、低学年の子供たちも加えて良いらしい。ここに集まっている3年生は15人なので25人になってしまうが、まあ、やっているゲーム自体も最初からルールどおりじゃないから構わないだろう、とのことだ。

 ケンジくんは自信満々にそれに賛同。僕も殴られるよりもよっぽどいいので賛同した。
 結論から言うと、ゲームをするまでもなく僕の勝利が決まった。なぜなら、ケンジくんのチームに集まったのはケンジくんを合わせて5人。僕のチームは低学年の子をあわせても20人。正直に言おう。試合にならない。

 結局、ケンジくんの暴力が首を絞めたような形だ。もっとも、僕の目から見れば先輩の存在も大きいのではないか、と思う。明らかに先輩は僕の味方をしているし。小学生といえど、長いものに巻かれろとはよく言ったものだ。

 その結果を受けて、ケンジくんとケンジくんに味方した4人は、彼が「勝手にしろっ!」と捨て台詞を残して去ったのを追いかけてグラウンドから消えた。
 僕は追いかけるかどうか迷ったが、今の彼に話しかけても殴られるだけだろうというのは、簡単に予想がついたので、落ち着いた明日ぐらいに声を掛けてみようと思う。

「おい、ショウ、やろうぜ」

「あ、はい」

 久しぶりに遊びでサッカーがしたいといい始めた先輩も加えて20人でサッカーに興じることになってしまった。僕としては構わないのだが。
 その日、日が暮れるまで僕は久しぶりにサッカーで汗を流すことになったのだった。


 
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