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Fate/stay night -the last fencer-

作者:Vanargandr
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第二部
聖杯戦争、始動
  幻想天舞(2) ~交絶する光の涯て~

(駄目だ。これ以上の宝具使用を許可することはできない)

 時間にすれば数秒、それでも最大限をもって思考を重ねた末に。

 出した結論はフェンサーからの要請拒絶。
 危機的状況を打開する手段の破棄と踏まえた上で、オレは宝具使用を許さなかった。

(……その判断は、現状をちゃんと理解してのことよね?)
(ああ……これ以上の宝具使用は認められん。この場を解決できても後々に詰む可能性の方が高い)

 当然と言えば当然のこと。

 オレとフェンサーは既に幾度か交戦している。
 フェンサー自身の能力や技能はもちろん、切り札である宝具の3つうち、2つまでもを解禁した。

 それぞれのサーヴァントに対して別々の戦法で挑んでいる以上、交戦した相手に全部が全部を知られているということはないはず。
 けれどもこれは戦争であり、駆け引きや策謀による戦いもある。他マスター同士による何らかの取引での、情報交換がないとも言い切れない。
 
 キャスターなどはそれこそ"目"となるものを街中に張り巡らせているかもしれず、アーチャーなどは情報収集を主とする斥候等の単独行動に長けている。
 マスター同士の情報交換に限らずとも、各サーヴァントにも遠方から戦闘を視る手段、戦闘後の痕跡からこちらの能力を窺い知ることのできる能力を持った者もいるだろう。

 故に、ここでこれ以上手の内は晒せない。
 聖杯戦争もまだ序盤の今、既に第二の宝具を使用したこと自体がリスクを孕んでいる。

 恐らくフェンサーに残っている手札は最後の宝具と、彼女自身の何らかの能力だけだ。
 後者についてはオレの勘だが、自身の宝具や真名を秘密にしているフェンサーが、既にここまでで全て見せきっているということは絶対にない。
 隠しているであろうそれがサーヴァントとの戦いで有効となるモノかはわからないが、見せていない以上、意表を突くような隠し札がまだあるのだ。

 ならばオレは現状を、考え得る総ての手段を以て打破しなければならない。

(すぐにそっちに戻る。それまでなんとか防衛してオレの指示を待て)
(無茶言ってくれるわね……)
(すまないが……頼む)

 校舎外から響くタスラムの射出音と天馬の飛翔音が戦況を物語っている。
 それ以降念話は途絶え、フェンサーに余裕のない状況であることを示していた。

 神秘の顕現である宝具の応酬、現代に召喚された幻想種の暴威。
 一介の魔術師一人にはどうしようもなさそうなこの状況。だがヒントは既にこれまでの戦いで得ている。



 それは黒守の秘奥である概念実装の魔術。



 フェンサーや夢での青年の正体は不明ではあるが、彼女が扱うそれは間違いなく、黒守(オレ)が求める完成形そのものだ。

 その魔術理論自体は200年前に完成済み。実践したことは無いが、オレ自身試験的にはクリアもしている。
 黒守本家に戻った際、曽祖父の形見のペンダントから加護の概念を自身に実装した……しかしあれは本家の土地に敷いてある儀術陣の補助あってのもの。
 大源から魔力を集約させたり、魔術刻印に秘してある概念実装の術式の自動発動、本来必要な儀礼魔術や瞬間契約に相当する魔術を省略させる。

 黒守本家の屋敷や土地自体が、こうした機能を持った一つの儀式場なのである。
 要はそれを補助なしで、今この場で成し得るかという難題に突き当たっている。

 手元にはフェンサーの宝具であるクラウ・ソナス。
 概念実装だけなら確実にできる。それこそ一分の間違いもなく完璧に。
 ただ神速の加護を自身に実装するだけじゃ足りない。そもそもオレが速度アドバンテージを得たところでほとんど意味はない。

 目指さなければならないのは概念実装の先──────聖遺物との同調による概念の顕現。

 先ほどフェンサーが見せたような目前の総てを薙ぎ払うほどの極光斬撃は、たかが魔術師一人分程度の魔力では再現不可能。
 だがそんな大規模ではなくとも、真名解放を以て発動する一撃を生み出せれば、ライダーを天馬ごと切り伏せる事だって可能なはずだ。

 完全じゃなくていい。未完であろうともそれは真実、宝具による一撃となる。

再動(セット)……魔術廻炉(エーテルドライブ)…………」

 起動呪文から魔術回路を再動させる。

 温存しておいた予備の魔術回路を開く。
 これでもう一段階、魔力の回転率、共振効率を上げられる。

 残り魔力は凡そ半分。共振特性を考慮すればまだ猶予はある。
 懸念事項は宝具の概念顕現に必要になる魔力が一体どれほどのものかということ。

 クラウ・ソナスの極光斬撃を参考に推測を立てる。
 アレの発動による消費魔力量は、一般的な成熟した魔術師20人分以上。
 単純計算して、オレの魔力総量全てでも足りていない。残存魔力を共振増幅で倍加してようやく一発分が充填可能といったところ。

 とはいえいくら総量の半分だろうと、残りの全魔力を一度に共振しては回路が焼き切れるか破裂する。

 ならば魔力を複数回に分けて共振増幅して、宝具へと段階的に充填する。
 即座に使用しないからといって、魔力はすぐさま霧消するものじゃない。
 一度に充填するよりかは負担を抑えられるし、一度に増幅するよりも効率よく魔力を回転させることができるだろう。

 もしこの試みが成功したとして、その後に魔力が空になっては問題が残る。
 この学園に残る敵性対象(サーヴァント)は…………ライダーだけではないのだから。

聖遺物・概念実装(ミスティック・ディヴァイナー)────────」

 聖遺物との同調を開始する。
 クラウ・ソナスが起動する。
 
 魔術刻印が呼応し魔力共鳴(ハウリング)を起こしつつ、聖遺物の情報を解析し始める。





 由来はダーナ神話に始まる、神雄王ヌアザの持つ四至宝が一。

 主に不敗を誓約せし聖光。神なる速さを以て敵手を撃滅する。

 その真価は自身に神速という結果をもたらす因果偽造でなく。

 あらゆる事象すらも断絶し、尽くを無に帰す因果切断である。





 オレが今手にしているこれは『真実を内包するレプリカ』という特異な宝具。
 神速を擬似実装する因果偽造までの能力はあるが、因果切断の概念までは顕現できるのか。

 といっても、そういった概念の再現までを行う必要はないだろう。

 これからの行動における重要事項は、真名開放を以て放つ一撃を繰り出すこと。

 それを空中を自在に飛翔する天馬に乗ったライダーに、間違いなく直撃させる。
 万が一にでも外せば次はない。というより今考えついている作戦では、当てた後のこともほぼ考慮していない。

 キャスターがいる以上念話盗聴も警戒し、その瞬間までフェンサーにも作戦は伝えない方針だ。

「……よし」

 呼吸は落ち着いた。身体機能も7割まで稼動できる。
 魔力の共振を開始する。全開の魔術回路が循環する魔力によってスパークする。

 緻密に計算を重ねた上で最低限の魔力を共振させているが、それでも過去最高値の増幅度だ。
 身体の負担、回路の損耗、増幅後の魔力量の折り合いを見て、共振回数は普段の5割増で8回前後。
 体内の血液が徐々に加熱していくかのような熱さと、これ以上は命に関わるという警鐘か頭痛が襲ってきている。

 本当に限界だ。この最後に全霊を賭けるしかない。

 白銀の宝剣を携える。
 刻印に魔術を蓄える。

 共振、増幅、宝具への魔力供給の流れを自動化し、それとは別にまた魔術発動のための魔力を用意する。
 グラウンドで戦闘していたライダーを援護するために、校舎一階に居た竜牙兵はほぼ全て外に出ていたようだ。

 作戦第一段階はまず屋上へ向かう事。
 そこへ辿り着くには校舎内の竜牙兵を掃討しつつ、もしもの場合は凛や士郎たちが交戦中のキャスターをも突破しなければならない。

 問題は2階~4階へと続く道、屋上までの経路にどれだけの障害があるか。
 竜牙兵は俺とフェンサーがかなりの数を片付けたし、校舎内でキャスターと交戦している凛と士郎もいくらかは殲滅しているはずだ。

 実際に幾つかの残骸が転がっている。これは彼らが撃破した竜牙兵だろう。
 凛の魔力を上階から感じる…………やたら強力な反応はセイバーのものか。
 様々な魔力波長が入り乱れているせいか士郎の魔力を検知できないが、セイバーが存命しているということは士郎も無事だ。

 今いるのは校舎東階段。屋上へ出るには校舎中央階段しかない。
 
 上階に凛たちがいるということはキャスターもいる。
 最悪の想定は中央階段、もしくは屋上への出入り口付近をキャスターに陣取られている場合。
 だがたとえそうだとしても関係ない。オレの役目は今ここで、ライダーを倒すために必要な布石を用意すること。

 キャスターを倒すような真似は必要ない。それは凛と士郎の役割だ。
 そういう前提を基にオレたちはライダー、キャスターを各個撃破するために動いているんだから。

 …………宝具への魔力充填率は5割ほど。後2、3分で、想定魔力量の閾値に到達する。

 瞬間、オレは階段を駆け上がる。
 10秒とかからずに2階へ。そこから3階への階段途中には竜牙兵が目測で四体。

 宝剣を振りかざす。
 
 一番手前の竜牙兵が剣を振り始めるのを見てから剣を合わせにいったはずだが、鍔迫り合いにでもなるかと思った初撃は不可思議な加速を得て竜牙兵を両断する。

 これが神速の加護というものか。
 今のは概念そのものというより、宝剣の加護による単純な速度強化によるもの。
 これなら複数体の竜牙兵を相手取るに不足はない。返す刃で2体目を寸断し、加速を乗せてそのまま残り二体を薙ぎ払う。

 3階階段から少しだけ廊下を覗き見る。
 すると校舎内にいる凛たちへの妨害用か、何らかの障壁が張られていた。
 あれがキャスター手製の結界類だとすると、破るにはかなり時間がかかる。

 凛と士郎が交戦しているのは4階。
 恐らくそこにまで障壁はないだろうが、その代わりにキャスターと大量の竜牙兵が待ち構えているだろう。

 障壁をちまちま解除するよりはそっちを全力突破する方が早い。
 障壁に手間取って竜牙兵に囲まれてはさすがにたまったものではない。

 このまま4階まで昇り、廊下を走り抜けて中央階段を目指す。

 3階から4階への階段途中、目測十一体の竜牙兵。
 階下に比べて竜牙兵の密度が濃い。廊下にもこれ以上の竜牙兵が犇めいているはず。

 高低差の優位は敵側に取られているが、逆に単調な攻撃行動しか取れない竜牙兵の一撃はこの高低差を利用すれば容易に避けられる。
 一体ずつ確実に処理しながら、廊下を突破するには宝剣だけでは心許ないと判断し、宝具への充填とは別に回転させておいた魔力を使用する。

Called a blast of lightning with the elements(五大元素を持ちて一条の光を結ぶ)

 詠唱開始。
 過度の使用に魔術回路が悲鳴をあげるが、そんなものは忘却した。

 熱に浮かされたような昂揚感は最高潮に達している。
 その興奮が増すほどに……反して思考は冷たく鋭く。
 まるで薬物の副作用でおかしくなった人間か、はたまた戦闘狂のような状態。

 心臓の鼓動が激しさを増すごとにギアが上がっていくようだ。
 それでも自分はこれが正常なのだと、何故か強く認識している。

A goddess(神なるもの), A Demon(魔なるもの), Banish the malice of all(人ならざるを討ち滅ぼす)

 空いている手で、五体目の竜牙兵の核を砕く。
 戦闘をしながらの詠唱にも関わらず、集中力は最高純度を保っている。

 この昂揚感、集中力が切れてしまえばその時点で次はない。
 屋上へ辿り着いたその後まで、この集中は持続させていなければならないからだ。

 攻撃を受ければそこで終わり、駆けるこの足が止まっても終わりだ。

 こちらに斬りかかる二体を同時に吹き飛ばしながら、呼吸をなるべく整えつつ走る。

Invitation the heavens ray(天光は誘い), Open the hells war gate(黄泉路は開く)

 魔術刻印から風属性付与(エンチャント)を発動。
 
 主に土属性の術式で編まれている竜牙兵を相反する属性で突く。
 幾分か攻撃が通りやすくなるというだけだが、今はその僅かな優位さえも欲しい。

Light comes out of his own eyes burn even(出ずるは己が瞳さえ焦がす白光)

 最後十一体目の竜牙兵を土屑にしながら、ようやく4階へと到着した。





 まず視界に入るのは先行して敵集団を切り払うセイバー、その後ろに士郎と凛。
 竜牙兵の数は…………目測では正確にわからないほどの数、およそ60体は超えているか。
 後ろにマスター二人を背負い、圧倒的な物量とキャスターが張り巡らせた障壁などの策略で、どうにも詰めきれていないらしい。

 幸いなのは4階を教室にしている生徒たちは、授業で移動教室だったためにこの階は無人であることだ。

 廊下は端から端まで、距離にして数十メートル。

 接敵さえすれば剣騎と魔術師では勝負にすらならない。
 逆に接近を許さなければキャスターはセイバーに対して優位を保てることになる。
 
 この程度の距離ならばセイバーは一足二足跳びで踏破するだろうが、それはキャスターにしても同じ。
 その気になれば離れたあの位置からでも、瞬時に大魔術を発動してマスターを直接狙い撃てるだろう。

 凛はなんとか防衛出来るかもしれないが、魔術戦に関して素人同然の士郎は無防備そのもの。
 セイバーのマスターが士郎である以上好き勝手には動けず、共にいる凛も咄嗟に士郎まで守りきれるかどうかわからない。
 それで士郎がどうしようもなく足を引っ張っているかといえばそうではなく、近づいてくる竜牙兵の攻撃から凛を守っているのは士郎だ。

 ──────完全な膠着状態。

 これを破るには第三者の介入……つまりオレの行動が鍵になる。





「「黎慈ッ!?」」
「………………」

 こちらに気づく二人に返す言葉はない。

 一旦魔術を停止する。十秒足らずの休憩。
 僅かに乱れていた呼吸を落ち着かせ、最低限の言葉だけを伝える。

「あまり話している時間はない……今から言うことをとにかく実行してくれ」
「何か策があるのね?」
「士郎はそのまま凛の護衛、凛は手前の敵を出来るだけ多く吹き飛ばせ」
「わかった」
「ちょうどいいわ。溜めてた甲斐があるってものよ」

 俺が詠唱を中断しディレイしているのと同様、凛も魔術を溜めているようだ。

 構築途中の魔術が内側で燻っている。
 さっさと完了させて解放しないと、解除されるか回路ごと破裂しかねない。

「凛が魔術を撃った後、オレが特攻する。セイバーは先行してくれないか」

 前方で防衛陣を張っているセイバーの頭が微かに頷いたように見えた。
 士郎や凛が同意している以上異論もないのか、まず離れた位置で戦闘しながらも声が聞こえていることに驚いた。

 停めていた術式を再開、頭の中で再詠唱しておく。
 正式な手順で留めている以上再詠唱の必要はないが、魔術行使をスムーズに行うためでもある。

 キャスターもオレたちが何かしら企てていることなどわかっているだろうに、微笑すら浮かべて余裕を見せている。

(いいぜ……その澄ましたツラをビビらせてやるよ)

 手で合図すると同時、凛が攻性魔術を一斉解放する。
 魔術行使で隙だらけになる瞬間を、士郎がキッチリと防衛する。

 連続で撃ち出される魔術で手前の20体は粉々に砕け散った。

 刹那、セイバーが突貫。

 残る竜牙兵を斬り伏せながら、戦線を押し上げていく。
 その背後に追従して走りながら、再詠唱をつなげていく。

Breaking blaze(炎鎖を越えろ). Become a Vanargandr to Ragnarok to thick(天地を疾駆する黄昏の牙となれ)

 次で最終詠唱。
 これこそオレの魔術における奥義の一つ。

Roar that if the(さればその咆哮), Tell any one report of a dead(如何なる終焉を告げるものか)

 独自に作り上げた中でも最高峰の戦闘用雷尽魔術。
 
 地に大穴を穿つことすら容易い、共振増幅を乗せた一撃を…………!

「セイバー! 退け!!」

 オレの叫びに反応し、瞬時に身を引く。
 彼女が前にいてはオレの魔術が無効化される可能性がある。

 セイバーにもライダー同様、対魔力というスキルがあるからだ。

 それは剣の役割だけでなく、彼女が盾の役割を担っていたことを示していて。

「馬鹿な坊やね。前に出てきたらいい的になるだけよ?」

 微笑みながらキャスターが行ったのは、指先を振るだけの動作。
 ただそれだけで、キャスターがフェンサーの大魔術にも匹敵する爆炎を放つ。

 激突まで数秒。

 だがその数秒は、この宝剣の加護の前においては想定以上の猶予を生み出す────!

Blitz and Bloody Howling,(唸れ、奔れ) STORM BRINGER(狂嵐纏いし魔天の咆哮)!!!」

 キャスターの魔術が先に放たれたにも関わらず、ほぼ同時に衝突する二つの大魔術。
 燃え盛る爆炎と乱れ狂う暴嵐は一直線にぶつかり、廊下に存在する竜牙兵総てを消し炭に変えた。

「ッ!?」

 それだけではない。嘗めてかかっていたキャスターの魔術は威力に劣っていた。
 最大全霊を以て撃ち出したこちらの魔術が僅かに勝り、その雷の衝撃はキャスターにも届く。

 決定打にはならず、有効打かどうかも怪しい。
 けれどその隙は一瞬といえど、戦闘においては致命的なまでに遅れをとることになる。

 既に障害となるものは何もない。キャスターの人形も消し炭かガラクタ同然と化している。

 一呼吸の間に距離を詰め、セイバーがキャスターを両断する。
 多分本体ではなく分身か影だろうが、少なくともこれでキャスターが学園まで直接干渉する媒体はなくなった。

 セイバーに追従するままに横を走り抜ける。
 偶然居合わせたオレの助力はここまで、更に凛と士郎、セイバーの役目もここまでだ。

 後はオレがフェンサーの元へ戻り、ライダーを倒せばこの一件は全て片が付く。










 屋上までの道に残っていた竜牙兵も掃討し、扉を蹴り開けてフェンスまで走りよる。
 グラウンドには天馬が通り過ぎて削れた地面と、未だ命を繋いでいるフェンサーの姿。

 天馬は旋回途中。
 再び天上へと昇り、再び地上へと舞い降りる。

 ただフェンサーはもう限界で。
 次の天馬の突撃を回避できるかもわからないほどに消耗している。

「……………………」

 フェンサーが傷ついている。

 今にも儚く消えそうなほどに弱っている。

「っ…………」

 その事実が、現実が。

 どうしようもないほどに、オレの胸の中にある衝動を生み出していた。

「っ……ッ……──!!」

 未だ続く命懸けの死戦に、自身すら切って捨てるほどの徹底した冷徹。
 オレにとって、何か大切なものを壊されようとしていることに対する憤怒の激情。

 意識は明晰。思考は怜悧。興奮と怒りに染まった頭の中は、されど凍りついたように冷静で。

 灼熱の戦意に凍餓しながらも、絶対零度に焦熱する殺意。
 黒守黎慈の裡に宿る何かが、彼女を救うためにどうすべきかを明確に教えてくれていた。



Gravity is nothing to stop my leg(ああ、重力は私を見放した)



 無意識に、無自覚に。
 自然と口から紡がれた詠唱。

 オレの知らない魔術をオレが行使する(・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 
 大した助走も無しに、跳躍だけでフェンスを悠と飛び越える。
 そして跳躍からまるで飛翔へと移行するかのように、オレは宙へと躍り出ていた。

 そこはまさに天馬の真正面。

 フェンサーとの間に滑り込むように、オレは空中でライダーと対峙していた。

「愚かな……飛んだところで落ちるだけ、割り込んだところで蒸発するだけです」

 蛇が何かを言っている。
 何か喋っているのは見て取れるが、音は全く耳に入ってこない。

 身体の感覚が鈍い。熱に火照っていた身体は冷え切り、昂揚感ももはやゼロ。
 あれだけ激しく鼓動を打っていた心臓は、身体の中から無くなったか(・・・・・・・・・・・・)のように静かだ。

 黒守黎慈はもう死んだのか。黒守黎慈は今生まれたのか。

 この瞬間、まるでゲームのように他人の視点を通して世界を見ているようだった。

「いいでしょう。それならば貴方の大事なサーヴァントと共に、この戦争から退場させて差し上げます」

 天馬の手綱が握られる。
 気づけば既にオレは剣を構えていた。

 ……なるほど。

 これを戦闘意思とみなし、ライダーは臨戦態勢に入ったのか。





 集中する。一挙手一投足、指先の動きさえも見逃さないように極限まで集中する。

 そうして天馬の手綱が引かれるその刹那、共振させていた魔力と共に白銀の宝剣を解放した。





「静黙せよ、散切れろ下等。聖杯の贄と溶け堕ちるがいい」





 誰かが言ったその言葉は、オレが言ったその言葉は、死刑宣告であると共に勝利宣言。
 
 瀑流のように荒れ狂う魔力を飲み込んで、クラウ・ソナスが聖光と共に真名解放を伴って発動した。

聖遺物・概念顕現(ミスティック・ディヴァイナー)────誓約された不敗の剣(クラウ・ソナス)!!!!」
「ッ!? そんな馬鹿な!!?」

 フェンサーの解放に比べれば10分の1にも満たない規模。
 だが間違いなく宝具の真名解放によるその一撃は、幻想種である天馬ごとライダーを切り裂くには容易に過ぎる。

 魔術師が、たかが人間が、宝具を発動するなどと想定外にもほどがあっただろう。

 宝具であるこの剣でならばサーヴァントを殺傷することは可能。
 しかしこの状況で触れられることなどありえないと、タカを括っていたのも無理はない。

 その予想外の一手こそが、オレたちを勝利へと導くのだ。

 小さいながらも放たれた光の斬撃は天馬を両断し、その天馬に跨っていたライダーにも直撃する。

 光の粒子となって消える天馬。
 大量の血を吹き出し錐揉みながら地へと墜ちていくライダー。

 終わった。

 想像以上に長引いた戦いだったが、ようやく決着が着いたのだ。



 そう安堵したのも束の間。



「っ……く…………!」

 地上に墜落しながらも、ライダーは半身を断たれた状態で立ち上がり鉄杭を構える。

 標的は最早立っているのもやっとのフェンサーだ。
 ライダーはもう消滅するしかない。これだけの損壊を受けて再度復活することは不可能だ。 

 だからこそ。一矢報いるためか英霊としての意地か。
 フェンサーだけでも道連れにすると言わんばかりに最後の力で疾走した。

「────■■■■ァァァア!!」

 腹の底からナニかを叫び、彼女に向かって宝剣を投げ飛ばす。
 重力制御の魔術効果が切れ、落下し始めている自分のことすらどうでもいい。

 ようやく勝利を手にしたというのに、彼女を失っては何の意味もないのだから…………!!











「ぇ……?」

 意識が途切れかけていたのだろう。
 誰かの叫びに反応して現実に引き戻された。

 虚ろいかけていた瞳に意志が戻る。
 下がっていた視線をまた空へと向ける。

 そこにいるのは天馬…………ではなく、己が主である黒守黎慈の姿。

 そして彼は何故か落下していた。
 
 見るに何の魔術効果も働いていない。
 このままでは地面に激突してしまう。

 ────身体に活力が満ちる。

 目前には鉄杭を振りかざしているライダーが居た。

「ッ!」

 飛んできた宝剣を掴み取る。
 ライダーの決死の一撃は直撃寸前。

 一秒にも及ばない時間の中、その一撃が勝敗を分かつ──!!

「────────」

 命が絶たれる。その長く美しい髪が舞う。
 限界の更に限界の先、揺れ動き続けた勝敗の天秤がついに止まる。

 自らの命を絶つはずだったその一秒すらも置き去りにして、神速の聖剣はライダーを両断したのだ。
 
 だが私の身体は止まっていない。

 端からライダーのことなど眼中になかった。
 目の前に居たから当然のように斬り伏せたというだけ。

 共振増幅、技能による強化は切れ、ボロボロの自分の身体のことすらどうでもいい。

 ようやく勝利を手にしたというのに、彼を失っては何の意味もないのだから…………!!

「レイジッッッ!!」

 死に体とは思えない速さの疾走。
 私の意志に、想いに応えるように、宝剣は神速の加護を与えてくれていた。

 彼の落下地点までは十メートルもない。
 その数メートルにまで迫った距離が、何処までも遠く長い道のりのように感じた──────
 
 

 
後書き
遅くなりまして申し訳ありません。
つぶやきでは2月初旬とか言ってギリギリかもうアウトやん今日の日付…………

今回は結構長くなっております。
もしかしたら次回更新分と併合と分割で調整をするかもしれませんので、ご了承いただければと思います。 
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