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故郷は青き星

作者:TKZ
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第二話

「畜生! 墜とされた!」
 目覚めると同時に跳ね起きると柴田はそう叫んだ。
 彼は母艦クラスのハリネズミのような対空防御をかい潜り、バイタルパート──重要防御区画──の数少ない防御の穴に精密爆撃を成功させ、誘爆を始めた母艦から離脱しつつコックピットの中で「やったやった、すげぇぞ! 俺最高!!」と油断してはしゃいでる所を、背後から断末魔の代わりに放たれた大口径対艦レーザー砲により愛機ごと一瞬で蒸発したのだった。
「……うん?」
 彼は自分が目覚めたのが現実世界の自分のベッドの上では無い事に気付いた。
 ゲーム内のプレイヤー達の本拠地である大型機動要塞『シルバ6』内に与えられた自分の個室の、擬体との同調装置を兼用したベッドの中だと気付く。ゲーム中に任務中の撃墜時に強制ログアウトなんて有るはずが無いので当然の事だった。
 シルバ6はサジタリウス腕方面軍。第1211基幹艦隊の本拠地であるメインベースにして旗艦。
 直径500kmの球形の巨大質量体にして、単独で最大1000光年の空間跳躍も可能で、防衛から侵攻作戦まで幅広く対応可能な機動要塞。
 更には生産拠点であり、シルバ6と資源さえあれば、食料などの消耗品のみならず艦隊に所属する全ての艦艇・武器を定数分生産する。それどころかシルバ6と同じシルバ級大型機動要塞を半年間で建造することさえも不可能ではなかった。勿論、その為にはシルバ6の全リソースを投入する必要があり、1個艦隊を要塞建造に遊ばせるような余裕は連盟にはなかった。

「撃墜かぁ~、折角戦果稼いだのにデスペナついちまったな」
 このゲーム『Deep Space War Online(DSWO)』では、戦闘して敵を撃破したり、今回のような任務を達成することで戦果ポイントを得ることが出来る。
 その戦果ポイントを消費することで、自機の整備や改造、新型機の購入を行ったり、ゲーム中の通貨と交換したりするので、非常に重要な要素だった。
 戦果ポイントが無くても初期状態のSF/A-104の支給は行われるので、ポイントが稼げずデスペナを受けてもゲームが続行出来なくなるという事は無いが、やはりプレイヤーとしては上を目指す以上は絶対にデスペナは避けたかった。撃墜時点で所持している戦果ポイントの20%がペナルティーとして奪われた上に、撃墜された機体の替わりを購入するために更に戦果ポイントを消費しなければならない。DSWOのデスペナルティーは他のゲームに比べてもかなり厳しい仕様となっている。

 柴田は、システムメニューを呼び出すと目の前に浮かんだウィンドウ画面の項目からステータス画面を思考入力で開くと現在の戦果ポイントを確認する。
「……556か」
 内訳は小型種2ポイントx198と母艦300ポイントx1の合計696ポイントから、撃墜時の20%減で556.8となり端数切捨て──表示で端数が無いだけで内部的には端数もカウント──で556ポイントだったが、SF/A-104より一つ新型の機体を購入するには、戦果ポイント3000が必要だという事までは分かっているのだが、現在の所持ポイントで何をすれば良いか彼には判断が付かなかった。

『柴田浩二義勇宙士。今回の任務のブリーフィングを行ってもよろしいでしょうか?』
 任務中のシステムアナウンスとは別の声が語りかけてくる。こちらの方は優しげでほっとする声だった。
 DSWOでは任務後にはブリーフィングが行われ、自らの戦闘中の行動を第三者視点を交えて解説し、問題点を洗い出し今後の任務に役立てる事が出来る。
 勿論ゲームなので受けないと言う選択もあるし、時間的に後回しにすることも出来るが、任務の直後に受けることが推奨されている。
 プレイヤーからは随分と親切で鬱陶しいシステムだと評判であった。
「ああ、時間があるから今すぐ受けるよ」
『了解です。ではベッドに横たわり同調を開始してください』
 柴田は指示に従いベッドに仰向けに寝転がるとシステムメニューから同調を開始した。

「やあ、柴田浩二義勇宙士」
 ゲーム内の擬体へではなくゲーム内の電脳空間の自分への同調というややこしい状況。
 見覚えのある部屋。チュートリアルの始まりと同じ壁や天井が柔らかいクリームホワイトの部屋に柴田は居た。椅子に腰をかけている自分に気付くと同時に、机を挟んだ反対側から親しげに声を掛けてきたの異星人にも見覚えがあった。
 体型や体長などは地球人類とほぼ同じだが、首から上が人類には無い特徴があり鼻は鼻頭が黒く小さく、その中心を挟んだ左右には縦長な鼻孔が開いていて、鼻の下の上唇が中央で左右二つに分かれている。
 更に金髪に見えなくも無い薄みががかった茶色い頭髪に包まれた頭頂の左右両側から三角の耳が生えていて、耳朶には短い毛がびっちり生えている。全体的に犬っぽいというか漫画に出てくる獣人としか見えない。とはいえ地球人類の、少なくとも柴田の美醜の判断基準では醜いどころか、独特の美しさを感じざるを得ない。
「よろしくお願いします。エルシャン教官。いえ艦隊司令閣下」
 男性のはずだが和犬のような潤んだ愛嬌のある目でじっと見つめられると、犬好きの柴田としては彼を抱きしめて「よ~しよ~~し、可愛いぞお前」と、右手で頭から背中を、左手で首の下から腹を撫で回したくなる衝動を覚える。
 だが、そんな内心をおくびにも出さず、柴田は椅子から立ち上がってエルシャンに敬礼する。
「座ってください。私は艦隊司令のエルシャンの人格をシルバ6のマザーブレインが再現したAIなので艦隊司令ではありません。ただのエルシャン。または教官と呼んで下さい」
 エルシャン・トリマ。サジタリウス腕防衛軍の第1211艦隊司令。かつては天の川銀河最高のパイロット適応種族の一角。サジタリウス腕防衛の要と呼ばれたイルヌ星系、惑星フルントのフルント人だった。
 幼くして高いパイロット適応力を示し、まだ7歳で初陣を迎えると小型種50体を超えるスコアを叩きだし、早熟の天才パイロットとして活躍する。
 彼が10代半ば──フルント星人の基準でもまだ子供と呼ばれる年齢──には既にサジタリウス腕戦線最強のパイロットとして名を馳せるが、突如イルヌ星系に突入してきた【敵性体】部隊により惑星フルントは侵略され、多くのエースパイロットを擁する──イルヌ星人のパイロットはルーキー以外は全てエースと言われるほどで、連盟軍の平均的なパイロットが主力機に搭乗し戦闘で自機が撃墜されるまでに、撃墜可能な小型種は2.6機といわれているが、フルント星人のパイロットは実戦に投入されたばかりのルーキーでも10機を超える──フルント星の喪失により、優秀なパイロットの供給源を立たれる事になった連盟軍は、辛うじて【敵性体】の侵攻を食い止めていたサジタリウス腕防衛線を大きく後退させることになった。
「それではエルシャン教官と呼ばせていただきます」
 全てのプレイヤーは連盟軍最強のパイロットの一角である彼を模したAIによってチュートリアルを受けており、そして彼はとても厳しい教官だった。

 ブリーフィングが始まると、戦闘開始からの計測されていた彼のバイタルデータを示しながら、彼の緊張状態を指摘してきた。
「気持ちは分かりますが、戦闘によって死ぬことは無いことは今回の任務で分かったはずで、ある程度の緊張は必要ですが、過剰に恐れたり気負ったりする必要はありません。常に冷静に戦うように心がけてください」
「はい」
「次に、戦闘時の操縦技量・判断力に関しては問題はありません。むしろ貴方達地球人にそれらに関して何か言える種族は存在しないでしょう。ただし最後がいけません。肝心な場面で緊張感を失い撃墜されるのは最悪と言って良いでしょう──」
 そこから長い話が続く事になった。


「ゲームキャラに懇々と説教されてしまった」
 ブリーフィングが終わり再びシルバ6の自室のベッドの上で目覚めた柴田はしばし落ち込む。
 エルシャンのAIの話では、小型種の掃討がほぼ完了し、戦いの趨勢が決するまでの義勇軍の大破以上は一桁に収まったのに対して、その後、緊張感を欠いたプレイヤー達は次々と撃墜され、最終的に敵戦力を全滅させるまでには50機近い戦闘機が大破以上の判定を受けた。確かに運営側も驚きの結果だったのかもしれない。
「それにしても中の人のスタッフは熱はいりすぎだろ。プレイヤー退くぜ……つうか一人一人のプレイヤーの相手をスタッフがしてるのか? 何だこの無駄な豪華さは?」
 これで採算が取れるのかとか、そこまでして10分間以上もプレイヤーを説教するのは止め貰いたいとか、ひとしきり愚痴をこぼした後でベッドを降りる。
 擬体ではないゲーム内の自分の肉体で立つ。身長175cmと中肉中背──2030年には成人日本人の平均身長は174cmに伸びている──顔つきも平凡でこれといった特徴は無い。実際の自分の身体とほぼ変わらない姿だった。勿論、ゲーム内で現実の自分を特定されるのが嫌なので、顔は自分の顔をベースに多少変えてある。その事が一層彼の顔から特徴を奪っていた。
 ゲーム内では容姿年齢性別を自由に設定する事が出来るので、多くのプレイヤーが美男美女だったり美少年美少女だったり性別を変えたりと好き放題だが、彼はそのような風潮に嫌悪感を抱いているわけでもなんでもなく、美しい男女ばかりの世界は気持ち悪いなとへそ曲がりの虫がさわいだだけだった。

「飯でも食ってみるか」
 ドアを開けて個室から外に出る。同じようなドアが3mほどの間隔で左右の壁に並ぶ長い廊下を、食堂のある右側に向かって歩き始める。
 ゲーム中で食事をするという経験は、従来のVR機器を用いたゲーム中で無くもないのだが味覚や満腹感などというものは伴わず、口元に運ぶという手間以外は、単にアイテムを消費するのとなんら替わらず、味覚や満腹感などを与えることの出来ると言う『ダイブギア』の実力拝見と、柴田は密かに期待していた。
 更には遙かに進んだ文明と言う設定における、SF飯ってどんなのだろうという好奇心もあった。
 廊下をすれ違う人々の多くは、予想通りの美男美女、美少年美少女、ついでに美幼女までと美のオンパレードだったが、どれも同じとは言わないが幾つかのバリエーションがあるだけで、見たことのあるような別人が溢れていたが、中には凄いデブやブサイクなど明らかに醜いアバターを使っているプレイヤーが少なからず居たが、そんなプレイヤーに対しては「あいつらはリア充だ。現実での容姿に自信があるからゲーム中で醜い容姿の自分を楽しめるんだ。もげて爆発しろ」と完全な言いがかり的な怒りの言葉を呟きながら廊下を進んでいく。
 そんな彼に周囲の目が冷たいが本人は気付いていない。

「ん……あれ?」
 食堂の入り口から中を一目見渡した柴田は首を傾げる。
 もっと未来的だったり、地球とはかけ離れた異文化的の香りを期待していたのだが、実際は学食か社員食堂のような空間が広がっていた。
 裏切られたと柴田は感じた。もし彼がDSWOの運営会社の立場に立ったら「異星人の気遣いだろ。遠く離れた異郷で地球人たちがホームシックに罹らないように気を使って地球。しかも日本風にしてるんだよ」と平気で言い放つ癖に……

「カレーまであるのか」
 メニューも完全に日本仕様で、他には蕎麦・うどん・ラーメン・定食メニューなど普通に豊富で、柴田が自分の通う大学の学食と比べて若干良さそうだと思うくらいだ。
 学食と違うのはカウンターの向こうにいるのがおばちゃんではなく、エプロン姿の綺麗なお姉さんが注文を受け付けていることだ。
「いらっしゃいませ注文はお決まりでしょうか?」
「あっ、じゃあカレーで」
 柴田は他のプレイヤーのアバターが美少女だろうが興味を示さないくせに、ゲームキャラの笑顔に照れたように思わずカレーを注文する。
「はいカレーですね。少々お待ちください……カレーはいりました!」
 配膳用トレーにカレーとサラダにスープ。そしてパイロット食用と上蓋にプリントされたカップのヨーグルトが出てくるまでの僅かな間に、この食堂で良かったと思うようになっていた。
「ごゆっくり食事を楽しんでください」
 笑顔で差し出してくるトレーを手渡しで受け取る時、柴田の顔にも笑みが浮かんでいた。単純な男である。

 軽い足取りで空いてるテーブルを探すと近くに誰も座ってない二人用のテーブルがあったのでそこに席を取る。
「またカレーもバージョンアップしてるな」
 背後から発せられた話し声に自分のカレーの事かと振り返ると、隣の二人用テーブルで自分と同じ年頃の2人の男が食事をしていた。一人のメニューはラーメン、もう一人はカレーを食べていて、そのカレーについての感想だったようだ。
「ラーメンも前に比べるとまた良くなってるな」
 そんな二人の言葉に柴田は疑問を覚えた。運営開始直後からプレイを始め、すぐにチュートリアルを受けて、そのままイベントクエストである初陣に参加している自分が初めてカレーを食べると言うのに、この2人は以前にもカレーを食べたことのあると言っているのだ。
「すいません。2人はβテスト参加者ですか?」
 柴田は思わず声を掛けていた。
「ん?」
 ラーメンをすすっていた男が顔を上げて柴田の方を向く。少々痩せ過ぎの小柄な体型で、顔はイケメンという感じでは無いどこか神経質っぽい目つきに、レーシック手術が発達し一般的になった今では滅多に見ない眼鏡をした男だった。
「さっきのカレーの話のことかい」
 もう1人のカレーを食べていた男は、こちらは対照的に太りすぎの巨漢で、顔立ちは同じくイケメンという範疇には無いが大仏さんのように優しい顔つきだった。
 2人は自分同様に現実の自分をベースとしたアバターを利用していると柴田は大した根拠も無く確信した。
「ええ、そうです。本運営からの参加者なら今食べてるカレー以外は知らないはずですから」
「確かに俺らはβテスト参加者だけど、まあ食事に関しては以前のは知らない方が良かったかもね」
 大仏さんはそう言って声を抑えて笑い始める。吊られてメガネ君も笑い出す。
「酷かったんですか?」
「酷いと言うか、全てが試験段階だったんだ。何せβテストだからな」
「最初に食べた時は、ヨーグルトみたいにただドロドロで肉や野菜の味も全部均一に溶け込んだカレー味のソースが、食感が何故かサラサラとしたご飯の上に掛かってただけだからね」
「何それ、酷い」
「流石に苦情が殺到したらしくて、その後は食事に関してはかなりの頻度でアップデートが入ったな」
「でも次に出てきたのは、具も入るようになったの良いけど、逆にソースに具の味が溶け込んでいない上に、具にはカレーの味が染み込んでないシロモノが、妙に粒々感がはっきりしたご飯の上に掛かってたよね」

 そんな話の流れの中で、柴田は自分のカレーをスプーンですくい恐る恐る口元に運ぶ。そして目をつむり思い切って口に運ぶ。
「……旨い。旨い……けど」
 口にしたカレーは旨かった。特別な味ではないが基本は抑えている専門店でもない食堂でこの味が出たなら合格としかいえないだろうが、どうしても違和感が拭い去る事が柴田には出来なかった。
 確かにまだカレー自体に、足りない何かもあるのだろうが、そういった感じではなく何か別の理由による何かが、彼の味覚を通して違和感を訴え続ける。
「何か違うだろ?」
 メガネ君が面白そうに口元で笑みを作ってみせる。何故かそんな笑い方が彼にはぴたりとはまる。
「ネタ晴らしする? する?」
 大仏さんも面白そうに目を輝かせている。
「ちょっと待って、ちょっと。何か出そうなんだ」
 舌全体に広がるカレーの味を分析しようと味覚に脳のリソースを傾ける……舌全体……そこで柴田の脳裏に何かが閃いた。
「あれ? 俺は舌全体でカレーの味を感じてる?」
「正解!」
 2人は声を合わせて叫んだ。
「残念ながらまだ舌の各部位によって感じる味が違うと言う機能が実装されてないから、塩っ辛さも甘さも酸っぱさも苦さも、ついでに辛ささえも全部舌の全体で感じるんだよ」
「だからどうしても食事の時の違和感は消せないんだ。今後の大型アップデートに期待だね」
 メガネ君の台詞に柴田が、舌の味の感じる部位を分けるのに大型アップデートかよと思わず突っ込みを入れたのは仕方の無い事だった。

 その後、意気投合した3人は自己紹介して、フレンド登録──フレンド登録をしておけば、互いがゲームにログイン中ならばすぐに連絡が取れ、また任務などには同じチームとして参加して小隊を組むことも出来る──を済ませた。
 メガネ君の名前は、山田鷹二。19歳の大学生。大仏さんの名前は、尾津保次郎。20歳の大学生で2人は同じ学校に通う幼馴染でβテスト中もチームを組んでいて、今回の初陣イベントでも2人で3隻の母艦を沈めて生還していた。
「俺も母艦を撃破したんですよ。反撃されて墜とされましたけど」
「最後に気を抜いたんだね?」
「はい」
「エルシャンに説教されただろ?」
「……はい」
「彼は可愛い顔して説教がくどいからな」
「僕達もβの頃はよく叱られたね」
 そういって笑う2人の様子に柴田は誰もが通る道だったようだと思い一緒に笑った。とはいえ誰もがと言うほど多くの人が説教されているわけではなく、優秀なプレイヤー限った話であることを彼等は知らなかった。 
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