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銀河英雄伝説~美しい夢~

作者:azuraiiru
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第二十七話 本分を尽くす



帝国暦487年   5月 3日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト



どうも居辛い、場違いな感じがする。周囲は着飾った貴婦人と貴族、軍人で溢れている。華やかさが息苦しい。そして彼らが時折俺を見るのが分かった。好意的な視線では無い、何故そんな視線で見られるかは分かっている。正直煩わしかった。

その煩わしさを振り払うかのようにワインを一口飲んだ。この屋敷で提供されるワインなのだ、上物の筈だが苦味しか感じない。一人溜息を吐いていると肩を叩かれた。穏やかな表情の男が俺を見ている。

「どうした、溜息など吐いて」
「ああ、卿か、ルッツ。いや、どうも慣れないところは緊張するな」
「ほう、卿が緊張とはな。珍しい事も有るものだ」
「からかうな、ルッツ」
俺が睨むとコルネリアス・ルッツは声を上げて笑った。

「皆が卿を待っているぞ」
「そうか」
「来いよ、こんなところに居ても詰らないだけだ」
そう言って俺の腕を取らんばかりにして歩きだす。

コルネリアス・ルッツ、士官学校の同期生。外柔内剛、誠実で誰からも信頼された。皆から参謀よりも指揮官に向いた男だと評価された。今では正規艦隊の司令官になっている。場所を得たという事だろう。

人と人の間を通り抜けルッツの後を付いて行くと一固まり軍人の集団が有った。俺達に気付いたのだろう、こちらを見ている。いや正確には俺を見ているのだと分かった。
「ファーレンハイト提督を連れてきたぞ」
ルッツの言葉に皆が名を名乗った。

メックリンガー、クレメンツ、ワーレン、ビッテンフェルト、シュムーデ、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲ、アイゼナッハ……。アイゼナッハはニコニコしているだけで自らは名乗らなかった。教えてくれたのはルッツだ。その他にケンプ、レンネンカンプ……。

総参謀長に就任したメックリンガーを除けば今回新たに宇宙艦隊の正規艦隊司令官に任命された男達だ。そして俺も今回、正規艦隊司令官に任命されている。今後はこの男達と仕事をしていく事になる。

「どうも居心地が悪い、そう思っているんじゃないか」
ルッツが俺を見て笑っている。俺はそんなに感情が顔に出るのか……、思わず苦笑した。
「まあそうだ。ブラウンシュバイク公爵邸など初めてだからな。此処よりも新無憂宮の方がまだ慣れている」

俺の言葉に皆が笑い出した。
「確かにそれに関しては同感だ。おそらくブラウンシュバイク公も同じ思いでは無いかな。公はこの手のパーティが苦手だ」
総参謀長のメックリンガー中将だ。益々皆の笑いが大きくなった。クレメンツ提督が“卿は酷い事を言うな”と笑いながら咎めている。

今日、このブラウンシュバイク公邸では公が元帥に昇進し宇宙艦隊司令長官に就任した事を祝うパーティが開かれている。宮中、軍の重鎮が開くパーティだ、当然だが参加者は多い。正規艦隊司令官に新補された我々も出席は当然なのだが……。口に運ぶワインは苦いままだ。

「それにしても、こんな事は初めてだろう?」
俺が問いかけると皆が笑うのを止めて頷いた、互いに顔を見合わせている。今回新たに艦隊司令官に選抜された人間は皆下級貴族、平民だった。これまでこんな事は一度も無かった。周囲が俺達を遠巻きに見ているのもそれが理由だろう。

「戸惑いが有るかな」
太い声で話しかけてきたのはケンプ提督だった。俺が頷くとそのまま話を続けてきた。
「ファーレンハイト提督の気持ちは分かる。俺もレンネンカンプ提督も卿同様いきなり中将に昇進して艦隊司令官に新補されたからな。嬉しさよりも戸惑いの方が大きい、本当にいいのか、とな」

そうなのだ、武勲も挙げていないのに中将に昇進し宇宙艦隊の正規艦隊司令官に新補された。その所為で周囲の視線を必要以上に感じざるを得ない。
「卿らだけではないさ。我々は皆多かれ少なかれ同じような気持ちは持っているよ、本当に良いのか、とね」
「総参謀長はそう言われるが……」

「貴族達の中にはブラウンシュバイク公に正規艦隊司令官にして欲しいと頼んだ者もいたようだ。最近勝ち戦続きだ、戦争とは楽に勝てるものだと思ったらしい。しかし公はそれを受け入れなかった。弾よけになら使えるが指揮官としては使えないと言ってな。もっとも本人達には言わなかったそうだが……」
総参謀長の言葉に皆が苦笑を浮かべた。弾よけとはまた酷い……。

「気になるなら直接公に訊いてみる事だ」
総参謀長が意味ありげに視線を逸らした。総参謀長の視線を追うとブラウンシュバイク公の姿が見えた。笑みを浮かべながらこちらに向かって来る。一人では無い、ミューゼル大将も一緒だ。

「どうですか、楽しんでいますか」
穏やかな口調で公が話しかけてきた。隣に居るミューゼル大将と見比べると全く正反対だ。黒と金、柔と鋭、ミューゼル提督は軍人らしさを醸し出しているが公からはそんなものは全く感じられない。この二人、仲が良いと聞いているが本当かと訊いてみたくなる。

皆が口ぐちに楽しんでいると言うと公はクスッと笑った。
「本当はこんなところよりも ゼーアドラー(海鷲)の方が寛げるのですけどね。そうではありませんか」
視線が飛び交った。皆困った様な表情をしている、実際には公の言う通りだとしても“こんなところ”と言われては返事に困るだろう。公だけがニコニコしている。

「まあ正直に言えばそう言う気分は有ります」
ビッテンフェルト提督が答えると公が笑い声を上げた。何人かが困ったように苦笑している。公とビッテンフェルト、二人とも困ったものだ。答え辛い質問をする上司とその質問に答えてしまう部下、周囲の方が困ってしまう……。

「どうしました、落ち着きませんか。ケンプ提督、レンネンカンプ提督、ファーレンハイト提督」
「……まあ、そうです」
俺が答えるとレンネンカンプ提督が後に続いた。
「我ら三名は武勲を挙げていません。正直選ばれた事に困惑しています」

「卑しい平民と食い詰め貴族が武勲を挙げてもいないのに昇進して艦隊司令官になった、ですか?」
公の言葉に顔が強張った。俺だけではない、皆が顔を強張らせている。その通りだ、心無い誹謗ではあるが否定できない。それを公が口にした。

「私が卿らを選んだ理由は一つ、戦場で安心して一軍を任せられる指揮官だと判断したからです」
「……」
安心して? 安心してとは何だろう? 能力が有るという事か? それとも信頼しているという事か? 謎めいた言葉だ、皆が顔を見合わせた。

「私は平民として生まれ公爵になりました。爵位などと言う物が戦場では何の役にも立たない事は私自身が一番よく知っています。そんなもので勝てる程戦場は甘くない、そうでしょう」
確かにそうだ。戦場では爵位など何の役にも立たない。

「馬鹿な指揮官を用いれば兵に不必要な犠牲を払わせることになります。私は宇宙艦隊司令長官です、戦場で無意味に兵が死んでいくのを間近で見る事になる。私はそんな理不尽には我慢できない。だから卿らを選びました」
公が厳しい目で俺達を見ている。先程までの柔和さなど欠片も感じられない。押し潰されそうな圧迫感を感じた。

「卿らは指揮官としての本分を尽くす事を考えなさい、出来るはずです」
「本分、ですか」
俺が問いかけると公が頷いた。
「そう、勝つことと部下を一人でも多く連れて帰ること」
「……」

「指揮官はそれ以外の事で悩む必要は有りません。兵の命以上に大切なものなど無い……」
そう言うと公は表情を和らげて“今日は好きなだけ楽しんでください”と言い残して傍を離れた。ミューゼル大将が後を追った。

「随分と厳しい事を言われたな」
ケンプ提督が呟くとメックリンガー総参謀長が答えた。
「歯痒かったのだろう」
「歯痒い?」
ケンプ提督の言葉にメックリンガー総参謀長が頷いた。

「公は平民からブラウンシュバイク公爵家の養子になった。帝国最大の貴族の当主になったのだ。風当たりは我々などよりずっと強かったはず、そうではないかな」
「なるほど、確かにそうだな」

皆が頷いている。平民や貧乏貴族が正規艦隊司令官になっただけでこの騒ぎだ。総参謀長の言う通りだろう、公の時はどれほどの騒ぎだったか……。この程度の詰まらぬ事に何を悩んでいるのか、公にしてみれば歯痒かったに違いない。

「我々は選ばれた、どうする?」
「……選ばれた以上、応えねばなるまいな」
総参謀長とケンプ提督が話している。話している二人を皆が見ていた。

「では我々が為すべき事は?」
「……迷わずに指揮官としての本分を尽くす事、だろう」
「迷わずにか……、ならば我々は前へ進まなければならない」
メックリンガー総参謀長が皆を見渡した。反対する人間はいなかった。



帝国暦487年   5月 3日  オーディン  ブラウンシュバイク公爵邸  エーリッヒ・フォン・ブラウンシュバイク



「随分と厳しい事を言われましたが、宜しかったのですか」
ラインハルトが気遣わしげに声をかけてきた。周囲の人間がこちらに目礼を送ってくる。それに応えながらラインハルトに答えた。
「私は非難が出るのを承知の上で彼らを選んだんです。彼らにも覚悟を持ってもらわなければ……」

ラインハルトが頷いた。
「意味が有りませんか」
「ええ」
「……厳しいですね、公は。昔、ヴァンフリートで怒られた事を思いだしました」

ヴァンフリートか……、個人の武勲を優先するなと言った事が有ったな。懐かしい話だ。俺が“そういうことも有りましたね”と言うとラインハルトが頷いた。二人で軽く笑った。周囲が俺達の方を見た。一々煩わしい事だ。

「フェザーンが信用できない以上、反乱軍の兵力の確定は難しい。となると索敵行動を多くする必要が発生します。遭遇戦が起きる可能性が高くなる……」
「そうですね、艦隊司令官の判断力が問われることになる。公の仰られた事は間違っていないと思います」
「ミューゼル提督にそう言って貰えると気が楽になりますよ」
ラインハルトが軽く笑みを浮かべている。妙な感じだ、ラインハルトに励まされるとは。

「ロイエンタール達の事、宜しかったのですか?」
「ええ、彼らの言う事はもっともですよ。ミューゼル提督には助けてもらったのですから。一度は恩返しをしないと」
「……分かりました、その時が楽しみです」
ラインハルトが笑みを浮かべて頷いた。

「手放したくなくなるかもしれませんね。何と言っても彼らは出来ます、そうでは有りませんか」
「そうですね」
ラインハルトが笑う、俺も声を合わせて笑った。

ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラーの三人も艦隊司令官にと思った。しかし、三人が断ってきた。ロイエンタールとミッターマイヤーは一度もラインハルトと共に戦わないまま離れるのは納得がいかないと言ってきた。コルプト大尉の件ではラインハルトに助けてもらっている。またコルプト子爵の件でもアンネローゼに迷惑が掛かりそうになった。その借りは戦場で返したい、そう言ってきた。

すっきりさせた方が良いだろう。ミッターマイヤーのような男には心に引っかかりを残させないほうが良いからな。ミュラーも自分だけ昇進して異動するわけにはいかないと言ってきた。そうだよな、お前はそういう奴だ。だがおかげでトップクラスの三人がラインハルトの下のままだ。

まあ焦る必要は無い。軍は少しずつだが望むような形になってきている。これからは内政だな、国内を安定させる……。まずは貴族の横暴を押さえ平民の不満を解消する。そして財政状態を改善させ長期出兵に耐えられるだけの体力を作る。改革派と話をする必要が有るな。そろそろブラッケとリヒターを呼ぶか……。



宇宙暦796年  5月 5日  ハイネセン  統合作戦本部   ヤン・ウェンリー



統合作戦本部の本部長室に入ると本部長の他にキャゼルヌ先輩が居た。二人は既にソファーに向かい合って座っている。
「ご苦労だな、ヤン准将。キャゼルヌの隣に座ってくれ」
「はい」
話の内容は想像がついている。気の重い時間になりそうだと思いながらキャゼルヌ先輩の隣に座った。

「帝国軍の防衛体制に変更が入った、聞いているかね」
「五月一日付の辞令については宇宙艦隊司令部にも回ってきました」
シトレ本部長の問いに答えるとキャゼルヌ先輩が私にA四用紙のレポートを差し出した。レポートを受け取り目を通す。予想通り新体制の内容だ。私が見たものよりは多少詳しい。フェザーン経由で新たに情報が入ったか、或いは情報部が調べたか……。溜息が出そうになって慌てて堪えた。

「イゼルローン方面軍か、どう思うかね」
「あまり良くは有りませんね」
「良くないか」
「はい」
私が答えるとシトレ本部長が溜息を吐いて頷いた。

「イゼルローンは要塞司令官と駐留艦隊司令官の仲が悪い事で有名だった。帝国でも何度か指揮系統を一元化しようという話が有ったらしいが……」
「実現化した、そう言う事ですか」
「そう言う事だな」
本部長とキャゼルヌ先輩が話している。

「ヤン、実際問題としてどの程度影響が有ると思うんだ」
「そうですね。これまでは要塞と艦隊がそれぞれに同盟軍と戦うと言った要素が強かったと思います。協力は最小限のものだったでしょう、我々が付け込む隙もそこに有ったと思います。ですが今回の改編により指揮系統が統一されました。イゼルローン要塞と駐留艦隊の連携は以前に比べればかなり良くなるはずです。今後、大軍を率いて要塞を攻略するというのは不可能に近いかもしれません」

「それじゃあイゼルローン要塞は攻略不可能、そう言う事か……」
呟く様な口調だった。
「仮に帝国に気付かれずに要塞を囲む事に成功したとします。こちらの兵力は三個艦隊、約五万隻。しかし四十日後には帝国軍には援軍が到着します。我々は四十日以内に協力し合う艦隊を排除し要塞を落とさなければならない……」

「現実には帝国軍の増援はもっと早く来るだろう。不可能に近いな……、イゼルローン要塞は真実、難攻不落になった……。ヤン准将、宇宙艦隊司令部ではどう見ているかね」
「宇宙艦隊司令部でも攻略は難しいだろうと見ています。短期間で攻略するには大軍を用い力攻めで要塞を落すしかない、成功すれば良いですが失敗すれば……」

「徒に損害を被るだけか……」
キャゼルヌ先輩の言う通りだ。そして現状では同盟軍にそのような損害を受け入れる余裕は無い。敗戦続きで軍の回復が間に合わなくなりつつあるのだ。徐々に徐々にだが戦える艦隊が少なくなりつつある。艦隊に於いて数は満たしても新兵や実戦不足の兵の占める割合が増えつつある……。

「頭の痛い事だな」
シトレ元帥が苦い表情で呟く。無理もないと思う。ここ近年、同盟軍は帝国軍の前に敗退を重ねている。その事で政府、市民の軍に対する非難は募る一方だ。前回の戦い、同盟はブラウンシュバイク公に対して倍以上の兵力を用意した。公を恐れたと言う事よりも勝たなければならない戦いだったからだ。これ以上の敗北は軍への信頼の失墜につながる……、しかし軍は敗れた……。

それ以後、政府内部ではイゼルローン要塞攻略を軍に打診する声が上がった。声高にではない、密かにだ。軍上層部でもそれを検討し始めた。イゼルローン要塞を落せば帝国軍の攻勢を押さえられる。軍の再編にも余裕をもって取り掛かれる。今なら可能性が有るのではないか……。

しかし今回の組織改正によってその可能性も限りなく小さくなった。
「今回の組織改正、推し進めたのはブラウンシュバイク公だと聞きましたが」
「そのようだな、フェザーンからの報告書ではそう書いてある。手強い相手だ、こちらの打とうとする手を未然に潰してくる……」

シトレ元帥の言うとおりだ。手強いし厄介だと言える。前任者のミュッケンベルガー元帥は威圧感を感じさせる指揮官だった。だがブラウンシュバイク公からは息苦しさを感じる。喉を少しずつ絞め身動きを出来なくさせるような怖さが有る。

イゼルローン要塞攻略か……。可能ならばベストの選択だろう。しかし大軍を動かしても攻略が成功する可能性は低い、となれば……。
「ヤン、どうした」
気が付けばキャゼルヌ先輩とシトレ元帥が私を見ていた。

……話してみようか? 試してみたい作戦は有る……。
「いえ、何でもありません」
先ずは宇宙艦隊司令部で相談してみるべきだろう、クブルスリー司令長官は話の分からない人じゃない。それに宇宙艦隊司令部の中でもブラウンシュバイク公の手強さは皆が身に染みて理解している。先ずはそちらで検討してからだ。シトレ元帥に話せばそれが決定事項になりかねない。司令長官を飛び越して作戦本部長に直訴した形になる、それは避けるべきだ。先ずは宇宙艦隊司令部で相談してみよう……。


 
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