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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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本編前
  第八話 裏 

 高町なのはの朝は遅い。

 もう短針と長身が12という数字の上で重なろうか、という時間になるまで彼女はベッドの中で過ごす。
 別に寝ているわけではない。起きる時間としては10時ぐらいにはもう起きている。ただ、起きても何もすることがないから、ベッドの中でぼ~っとしているのだ。
 だが、それも12時が限界だった。何もしてないのにお腹の虫がグーグー鳴っている。
 もしも、お腹が減っていなければ、彼女はきっと夕方まで一日中ベッドの中にいただろう。

 ベッドから降りたなのはは、パジャマからオレンジ色の上着とスカートという私服に着替える。
 パジャマのままでは部屋の外を出たときに少し肌寒いからだ。

 着替えたなのはは、ドア―――士郎が鍵の部分しか壊さなかったので簡単に修理できた―――を開けて外に出る。
 家の中は誰もいないかのように静だった。いや、正確にいえば、誰もいないようにではなく誰もいないのだ。

 トントントンと板張りの階段の冷たさを足で感じながらなのはは二階から一階に降りる。
 そして、予想した通り、一階には誰の姿もなかった。

 ―――今日はゴールデンウィークの一日目だというのに。

 だが、なのははそれを気にする様子もなくリビングへと歩みを進める。
 リビングのテーブルの上には一枚の紙とパンと逆さまに置かれたコップが。

『パンは焼いて食べてね。昼食は冷蔵庫に入れてあります。 お母さん』

 簡単な置手紙だった。

 時刻は、すでにお昼。母の桃子は、とっくの昔に翠屋へ行っている時間だ。
 父の士郎も翠屋だろうか、と考えて、今日からはゴールデンウィークだから士郎が監督をしているサッカーチームの練習をすると言っていただろうか。
 兄と姉は、昨日の夜に仲良く山篭りの準備をしていたから、今日からは山で思う存分剣術の練習をしていることだろう。

 もし、自分にお菓子作りの才能があったら、母は仕事場に連れて行ってくれただろうか。
 もし、自分が男の子だったらサッカーチームに入っていただろうか。
 もし、自分に姉のように剣術の才能があったら、兄や姉についていって山篭りをしていただろうか。

 そう考えて、なのはは思考をそれらの放棄した。
 それは未練だ。すべてを諦めておきながら未だに燻る希望。だが、それもすぐに消えてしまうだろう。なぜなら、なのははもう期待しないことにしたのだから。

 まだ焼かれていない食パンを冷蔵庫に入れ、代わりに昼食を取り出し、冷え切ってしまっているおかずと炊飯器の中にあったおかげで暖かいご飯を盛って朝食兼昼食を食べるのだった。



  ◇  ◇  ◇



 午後からの予定は何もないなのはは、家から出た。
 別に家にいてもいい。だが、誰もいない家に一人残っているのは、一人ということを強調させるようで嫌だった。

 だが、それは家の外に出ても一緒だった。
 周りを見れば、ゴールデンウィークということで遊びに出る自分と同年代の少年少女。三人から五人のグループでどこかに遊びに行こうといっている。
 それを思わず目で追ってしまうなのは。その光景は、少し前までなのはが喉から手が出るほど望んだ光景だったから。今も羨ましいとは思う。だが、その光景が欲しいとは思わない。その光景を望まない。望んでも無駄だと諦めているから。あのときに思い知ったから、自分ごときがその光景を望むのは高望みが過ぎることを悟ったからだ。
 目で追ったグループを忘れ去るように目を逸らしたなのはは歩みを続ける。

 ――――どこに行こう?

 なのはの心情は迷う。



  ◇  ◇  ◇



 なのはは一人公園のブランコに乗っていた。
 ブランコの近くにある柵の向こう側に見える広場ではなのはと同年代の男女がサッカーボールで遊んでいた。
 なのはが見たことない人間が全員であることから、聖祥大付属小学校の生徒ではないのだろう。

 その光景を目に入れながら、一緒に遊んだような気分に浸った。
 しかし、それも一時間程度のことだ。なぜなら、気づいてしまったから。その気分から抜け出したときの更なる寂寥感に。
 結局、なのはは、すぐにその場から立ち去った。



  ◇  ◇  ◇



 なのはは、自分がいるべき場所、いてもいい場所を探して町中を歩き回ったが、そんな場所はどこにもなかった。
 どこにだって人がいて、どこにだって遊んでいる人たちがいて、一人である自分はそこにいる権利さえ失ったような気がした。
 街中を彷徨い、彷徨い、彷徨い、気がつけば、日が暮れかけている。夕刻だった。

「帰ろう」

 この日、初めて口にした言葉がそれだったことに後でなのはは気づいた。



  ◇  ◇  ◇



 家に帰ると、まず母親が夕飯の準備をしているのだろう。おいしそうな匂いがなのはの鼻をくすぐった。
 手を洗い、リビングへ入ると桃子がなのはの予想通り、夕飯の準備をしていた。

「あら、なのは、お帰りなさい」

「ただいま」

 そのままリビングにいようか、と思ったが、いても特に母と話すこともない。いや、むしろ話しかけられても困る。何もなのはには話すことがないのだから。だから、なのはは逃げるように自分の部屋へと戻った。



  ◇  ◇  ◇



 父親と母親となのはで晩御飯を食べて、テレビを見てお風呂に入って寝た。
 なのはの帰宅後の生活を記せばただそれだけだ。

 起きていても、特になにもすることがないなのはは、ベットに入って電気を消した真っ暗な部屋の中で半ば襲ってきた睡魔に身をゆだねる直前に思う。

 ―――ゴールデンウィークなんてなくなっちゃえばいいのに。

 全国の子供たちが休みを渇望している中、高町なのはだけは、その休みを否定した。
 なぜなら、彼女にはいくら連休が続いたところ何も意味を持たないからだ。

 ―――明日は、どうしよう?

 たぶん、何もしないんだろうな、と思いながらなのはは睡魔への抵抗をやめて、意識を手放した。

 そして、高町なのは己の予想通り、何もしないゴールデンウィークを過ごしたのだった。


 
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