非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第140話『イレギュラー』
「何も起こりませんね……。伸くんは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。シンタロウは頼りになるって、ハルトがいつも言ってるから」
爆発音を聞きつけ、伸太郎が偵察に行ったのはついさっきの出来事。
その爆発をきっかけに何かが動くかと身構えていたが、今のところ目立った変化はない。
「相変わらずの全肯定ですね〜。ちなみにゆづちゃん自身の意見は?」
「う〜ん、強くはないけど、すっごく頭が良くて、人を使うのが上手いって印象かな。司令塔ってやつ?」
「なるほどなるほど。でもさっきは真っ先に『自分が行く』って言って、行っちゃいましたよね。結構勇敢じゃないですか」
「シンタロウにしては珍しかったかな。でも理由が理由だしね」
心配はしている。だが、じっとしていると不安が膨らむばかりで、つい話題を探してしまう。気づけば、二人の会話は「伸太郎について」という議題になっていた。
結月は晴登と一緒にいる時以外では伸太郎と接する機会がほとんどない。そのため彼への印象は、晴登の心象に寄るところが大きい。晴登が彼を信頼している分、結月も自然と好印象を持っていた。
一応個人的に見ても、彼は状況を見てから判断、指示までの流れがとても早い。その点が彼を「司令塔」だと評した所以だ。
「司令塔、ね」
「どうかした?」
「……ううん、何でもないですよ。それよりも、ちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか?」
「え、トイレ? 一人じゃ危ないから、ボクもついていくよ」
「大丈夫ですよ、すぐに戻ってきますから。うち一人よりも、この教室にいる皆さんのことを気にかけてください。ま、どうせ何も起こりやしませんよ」
「……うん、わかった。気をつけてね」
伸太郎にこの場所を守るように言われた以上、刻が短時間でも視界から外れるのは不安だ。
だが彼女の言う通り、結月まで持ち場を離れてしまっては元も子もない。
今はただ、何も起こらないことを祈るしかなかった。
「──あれ、トイレって使えたっけな?」
*
結月の懸念は正しかった。
領土が形成された時点で、トイレもまた鏡の壁で塞がれてしまっている。壁を通り抜けない限り、使用することはできない。
だが──刻はそもそもトイレなど目指しておらず、教室から離れたところで足を止める。
「さっきの爆発、何だと思う?」
そう、虚空に向けて問いかける。
傍から見ればただの独り言。しかし、彼女にはその返事が確かに聞こえていた。
『────』
「能力の暴走? どうしてそう思うの?」
『────』
「え、あの爆発って保健室で起こったの? 外も見えないのによくわかるね」
話し相手は、魔術に関しては彼女よりもずっと博識だ。こうして何気なく疑問をぶつけ、解説を聞くのはこれが初めてではない。その度に、未知の領域の広さに驚かされる。
「でも、そもそも暴走なんて起こる? 魔術師は除外してるはずだよね?」
『────』
「え、あの狐耳の子って魔術師だったの!? てっきりコスプレだと……」
能力の暴走あるところ魔術師あり。その存在は稀有と見せかけて、実際には思ったより身近に潜んでいるようだ。
「てかさ、知ってたなら何で言ってくれなかったの?」
『────』
「はぁ、言うと思った。ほんっとそういうとこあるよね。察しが悪いというか、融通が利かないというか……」
魔術に関しては頼りになるが、逆にそれ以外のこととなると途端に当てにならない。報連相という言葉を知らないのだろうか。
やむにやまれぬ事情があるとはいえ、正直バディを組むには骨が折れる。
「じゃあ作戦が失敗するのは時間の問題だった……つまり、最初から捨て駒にするつもりだったの?」
『────』
「ふーん、やな感じ」
返ってきたのは、情の欠片もない理屈。
言い分としては理解できるが、やり方があまりに極端すぎる。
もう少しリスクに焦点を当てて考えて欲しいものだ。
「それで、"神様"の件はどうするの? 今回がチャンスって言ってたじゃん」
『────』
「あのね、うちだっていつまでもバレずにいられるかわかんないんだよ? それこそ、今回の作戦はミスディレクションのつもりだったのに、完璧にこなせないなら意味ないじゃん」
『…………』
「だからさ、せめてうちには情報共有して。ここまで来たんだし、最後までちゃんと協力しようよ」
『────』
「わかればよろしい。それじゃ、怪しまれない内に戻ろうか」
刻は踵を返す。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいた。
「それに、まだ終わったと決まった訳じゃないよ。ショーにはサプライズが付き物だからね」
誰もいない廊下に、彼女の靴音だけが静かに響いた。
*
場所は保健室。
伸太郎が終夜と緋翼と合流し、鏡の中の晴登を助けるための算段を立て始めた、その矢先のことだった。
「よし、ごめん三浦! 助けられねぇ!」
終夜が手を叩き、あっさりと降参宣言した。
その判断に、たまらず緋翼は噛みつく。
「ちょっと!? なに諦めてんのよ! まだ五分も考えてないでしょ!」
「だって三浦がいるのは、鏡の向こう側じゃなくて鏡の中なんだろ? 領土には領土で対抗しねぇとどうしようもねぇんだよ」
「あんた使えなかったの?」
「使えねぇよ。星野先輩に教えてもらう口実としてわざと会得してないんだから」
「うわ、言い訳きも……」
この短時間で終夜が導き出した結論は至ってシンプル。『無理なものは無理』ということだ。
本来、鏡の中に入るにはその領土の主である鏡男、もしくは複製体の協力が必要だ。
しかし、辺りに複製体の気配はなく、領土に対抗する手段も持ち合わせていないので、もう打つ手が残されていなかった。
助けたいという気持ちはもちろんある。
だがその判断は、横で見ていた伸太郎からしても妥当だった。
「何にせよ、今すぐ鏡の中に助けに行くことは不可能だ。三浦には悪いが、俺たちは外からできることをやろう」
「例えば?」
「あのなぁ辻。訊くばっかじゃなくて、たまには自分で考えてみろよ」
「う、私はそういうの苦手なのよ……」
終夜が呆れたように目を細めると、緋翼は頬を掻きながら視線をそらす。そして一応考える素振りを見せるが、すぐに行き詰まった。
これでは埒が明かないので、伸太郎が口を挟む。
「保健室が何に使われていたか探る、とかっすかね」
「さすがだな暁! どっかの脳筋とは大違いだぜ」
「ぐぬぬ……」
別に出し抜きたいとかではないので、終夜にはあまり緋翼を刺激するようなことは言わないで欲しいし、彼女は彼女でこちらを睨まないで欲しい。怖いから。
ともあれ、この保健室が敵陣にとって特別な意味を持つのは明白だ。
そこから手がかりを探り、敵の目的を暴く方針に切り替える。もしかすれば、思わぬ収穫が得られるかもしれない。
晴登や大地には申し訳ないが、今は無事を祈るしかなかった。
「要はこの教室をもっと調べればいいんでしょ! はぁ、こんなに散らかって……」
保健室は謎の動物(推定)が暴れたせいでめちゃくちゃだった。体毛やガラスの破片、本や紙くずが床一面に散乱し、いつもの整った清潔な保健室は見る影もない。これは掃除が大変そうだと、他人事のように思う。
緋翼は愚痴をこぼしながら、床に落ちている本やノートから漁り始めた。伸太郎も同じように、目の前に落ちていたノートを手に取って中を覗く。
「これは……名簿か? 何でこんなノートに……」
表紙にも裏にもタイトルはなく、持ち主の名前もない。
だが読み始めると、すぐにこの学校の生徒の名簿だとわかった。何せ一年一組は自分のクラスなのだから。
一ページで二クラス分、出席番号と氏名が列になって書かれている。そしてもう一列、奇妙なヘッダーのついた列があり──
「バツばっかり……あ、マルもある。それに斜線のパターンもあって──」
空白・バツ・マル・斜線の四種類の記入パターンを確認。数はこの順番で多い。
一番数の少ない斜線に注目し、名前を照らし合わせていくと、すぐに共通点が見つかった。
「魔術部の部員……いや、魔術師か?」
暁 伸太郎、三浦 晴登、三浦 結月。一年一組の中で斜線がついていたのはこの三人だった。
そして次に見つかったのは、三年生の黒木 終夜と辻 緋翼。二年生の中にはいない。
つまり、このノートの持ち主は魔術師の存在を認知している。
その事実に気づいた瞬間、嫌な汗が頬を伝う。これはとんでもないものを見つけてしまったかもしれない。
「しかも生徒だけじゃないのか。一体何の名簿なんだ、これは」
名前が全てわかる訳ではないが、教師や外部の人間らしき名も並んでいた。ほとんどが空白かバツだが、少数ながらマルがついている者もいる。
「何か共通点があるはずだ」
名簿を読み解くために、数の少ない記号から調べる。
斜線は魔術師。では次に数の少ないマルの共通点は何なのか。伸太郎はまた一から調べ始める。
「うちのクラスに付いてるマルは、鳴守 大地、春風 莉奈、柊 狐太郎。──なんで柊は斜線じゃないんだ?」
狐太郎は魔術師だ。規則に則るのであれば、ここは斜線になるはず。
とはいえ、その事実は予想こそすれ、身内の伸太郎ですら確証を得たのは昨日の話だ。ノートの持ち主が知らなかったとしても不思議ではない。
だが、ここで狐太郎にマルがつくのは何か大きな意味があるような気がして──
「──暁! 危ない!」
「へ? うわっ!?」
反射的に黒木の声が飛んだ。
次の瞬間、何者かに突き飛ばされ、手に持っていたノートを奪われてしまう。
影はそのまま窓の鏡を突き抜け、姿を消した。
「ぐっ……」
「暁! 大丈夫?!」
「はい、なんとか……。今のは、複製体?」
「あぁ、間違いねぇ」
伸太郎は唇を噛み締め、己の迂闊さを呪う。
せっかく重要な手がかりを見つけたのに、読むことに集中しすぎて、周囲の警戒を怠っていた。
ここは敵陣だ。一瞬の油断が命取りになる。今回は尻もちで済んだが、怪我していてもおかしくなかった。
「お前の持ってたノートを奪っていったが、何が書かれていたんだ?」
「この学校の名簿っす。あと、具体的な意味はわかんないっすけど、『実験結果』という欄がありました」
「実験結果……? ってことは、ここで何かの実験してたってことか?」
「内容は不明ですが、そういうことだと思います。あと──」
マルやバツなどが書き込まれていた列、それこそが『実験結果』と名のついた列だった。
不穏な響きに、誰もが息を呑む。この体毛と関係があると考えると、嫌な予感が頭を過ぎった。
斜線の意味や生徒以外の氏名についても終夜たちに伝えた後、伸太郎は最後に付け加えた。
「一応、マルが付いてた人は全部覚えてます。忘れない内に書き起こしておきたいっす」
「了解。その辺の裏紙にでもメモっといてくれ」
終夜の言葉に頷き、すぐに伸太郎はメモを取り始める。
その一方で、終夜は確信めいた笑みを浮かべた。
「ははん。見えてきたぞ、奴らの目的が」
「それより黒木、さっきの複製体だけど……」
「ああ、わかってる。あれは光の複製体だった」
科学部部長、茜原 光。終夜と同じクラスで、幼馴染みでもある。見間違えるはずがない。
あれは間違いなく、光の複製体だった。
「実験ってまさか……」
「偶然だと思いたいけどな」
文化祭での出し物として、何やら怪しい実験をしていた光。
いつものことと放任していたが、あの時もノートに何かを書き込んでいた気がする。
この進展は果たして好転なのか、それとも──。
鏡の奥から覗く視線に、終夜たちが気づくことはなかった。
*
「"晴読"!」
「……何してんだ?」
「今あの狐を探してるんです。ちょっと待っててください」
「はぁ……」
晴登の瞳が不意に開かれる。
棒立ちのまま、遠くをじっと見つめるその姿に、北上が眉をひそめた。
「狐の居場所なら、とっくにわかってるぞ」
「え?」
その言葉を聞いて"晴読"を解いた晴登が振り向くと、北上は当然だと言わんばかりに腕を組んでいた。
「この世界は俺の領土だ。だから誰がどこで何をしてるのか、大体は把握できる」
「そうなんですか? だから俺たちはすぐに見つかったんですね」
「あぁ。しかも、複製体が見聞きしたことも全部俺に伝わる。例えばお前と一緒に来た奴は、俺の複製体を倒してひけ──捕まえた人たちの所に辿り着いたみたいだな」
「大地……!」
ずっと気がかりだった大地の無事を知り、思わず胸を撫でおろす。
というか、今さりげなく「俺の複製体を倒した」って聞こえた気がする。一体何があったんだ。
「その人たちって、今どこにいるんですか?」
「……もうバラしてもいいか。捕まえた人たちはこの世界を経由して現実世界に送り返してる。つまり、今この世界にいるのは俺とお前、そしてあの狐だけだ」
「え、そうなんですか? それって二度手間じゃないんですか?」
「そうは言うが、使い慣れてない領土の中に一般人を巻き込めるかよ。何が起こるかわかったもんじゃない」
未知のリスクを背負えない、と手を横に振る北上。しかし、それが彼の優しさの表れである気がして、晴登は微笑ましく思う。
「ちなみに、何のために攫ったのかは訊いても?」
「……」
「それは答えてくれないんですね」
「……さて、情報公開はここまでだ。狐を追うんじゃなかったのか?」
核心に踏み込んだ瞬間、あっさりと話題を逸らされた。これ以上は話すつもりがないらしい。今は引くしかない。
「そうですね。今すぐ追いましょう」
「さっきから思ってたけどよ、何であの狐にそこまで執着するんだ? 何か知ってるのか?」
「まだ推測の段階ですけどね。それより、北上先輩こそ何か知らないんですか? あれはスサノオの計画の一端じゃないんですか?」
「お前、俺が襲われたの見たろ。あれは俺にとっても予想外なんだよ。だが──十中八九、能力の暴走が原因だ」
「暴走?」
予想外と言う割には、原因に心当たりがあるようだ。
能力の暴走というと、未熟な魔術師に起こりがちな現象だ。嫌な予感が当たってる気がして、余計に焦りが募る。
「……あの、狐の耳と尻尾が生えた男子を知ってますか?」
「さぁな。誰を捕まえたかまでは、いちいち俺は把握してないぞ。そいつが魔術師なのか?」
「はい。ちょうど昨日そのことがわかって、文化祭が終わってから魔術部に入部することになっていたんです」
「なるほどな。……どうりで誰も知らなかった訳だ」
北上は頭を掻き、難しい顔をした。想定外の事態が、相当堪えているらしい。
「くそっ、なら早くそいつを助けるぞ」
「え? は、はい!」
唐突に「助ける」と言い出した北上の変化に、晴登は違和感を覚えた。
だが指摘する理由もない。今はただ、流れに乗る。
走り出した北上の背を追いながら、大狐の行方を探していると──
『ギャオォォォン!!!』
「……どうやら探すまでもなかったな」
耳を塞ぎたくなるほどの咆哮。階上から響くそれは、紛れもなくあの狐の声だった。
「今、俺の複製体が抑えてる! 急げ!」
「はい!」
階段を駆け上がる。
廊下に飛び出した瞬間、目の前の光景に息を呑んだ。
大狐と北上の複製体が対峙していた──が、その次の瞬間。
「あっ!」
大狐は複製体の頭に噛みつき、そのまま丸呑みにしてしまった。
「おいおい、あれが本当にお前の知り合いなのか? 目の前で俺の複製体が食われたんだが」
「はい、たぶん……」
もう一度相対しても、やはりあの狐が狐太郎かどうかは確証が持てなかった。
小柄だった彼とは比べるまでもなくその体躯は巨大で、複製体を容赦なく蹴散らす獰猛性もある。利口で優しい彼とは正反対の、まさに野生に生きる獣そのものだったからだ。
「これが、能力の暴走……」
「暴走を止めるには、気絶させるか、魔力切れを待つしかない。だが、今のあいつに魔力切れはありえない」
「どうしてですか?」
北上は短く息を吐き、わずかに目を伏せた。
「そういうもんなんだ──神の力ってのは」
「え……?」
『神の力』──その言葉の響きは現実離れしたものではあるが、つい昨日同じ意味の言葉を聞いた。アーサーが言った、『神力』である。
もっと詳しく訊きたかったが、彼の横顔に宿る畏れが、それ以上の詮索を拒ませた。
「三浦、友達相手でやりにくいかもしれないが、手を貸してくれないか?」
「もちろんです!」
晴登は息を整え、視線を上げた。
友を救うために──拳を振るう覚悟を決める。
後書き
夏が終わったら何が始まると思う? そう、冬です。秋なんてなかったんや。どうも波羅月です。衣替えが追いつかない。
いや〜、ちょっと更新が遅くなってしまいました。本当は二週間前には原型ができてたんですけど、細部にこだわってたらこんなことに……。会話だけのシーンって難しくないですか? 自分は戦闘シーン書いてる方が楽です。クオリティはさておき。
今回の話は時間こそそんなに進んでいませんが、ストーリーとしては大きく進んだのではないでしょうか。詳しくは言えませんが、スサノオの姿がようやく少しずつ見えてきたことでしょう。これどうなっちゃうんですかね(他人事)。
6章の終わりが見えてきて、気が引き締まる思いです。引き続き今年(度)中に終わらせることを目標に頑張っていきます。
それでは今回も読んで頂き、ありがとうございました! 次回もお楽しみに! では!
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