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或る皇国将校の回想録

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第二十八話 新城直衛の晩餐

 
前書き
新城直衛

蓮乃  直衛の義姉であり幼馴染

古賀亮  新城の特志幼年学校での同期生。皇室史学寮研究員

羽鳥守人 新城の特志幼年学校での同期生 皇室魔導院の勅任特務魔導官(諜報員)

樋高惣六 新城の特志幼年学校での同期生 料亭の若旦那 

 
皇紀五百六十八年 五月一日  午後第二刻
駒城家下屋敷 
駒州家育預 新城家当主 新城直衛


 新城直衛は珍しく困惑の表情を露わにしていた。
近衛への辞令が出る前に、と友人達が都合をつけ、集まってくれたので出かけようとしたら――義姉に見つかってしまった。

 ――参ったな、遅れてしまう。
「また、馬堂様と、ですか?」
 蓮乃は僅かに不機嫌そうに新城を睨む。
 東州のことで軍人という人種を嫌っているからか、蓮乃は義理以上の関係を将家の者達ともとうとせず、もっぱら使用人達と交流を深める事を好んでいる。
尤も相手の将家方も好んで関わろうとしない為、それが保胤を悩ませることもあまりない。
 だが新城が元服してから旧友との交流を交わす場所の選択肢に駒城の屋敷を外すようになったのは紛れもなく義姉の影響であった。

「いいえ違います義姉上。羽鳥達に同期の皆で集まろう、と言われまして」
そう言うと再び眉をひそめ、今度は内容を変えて説教を始めた
 新城は陶然とそれを聴きながら発作的な安堵、慕情、そして焼けつく様な激情に酔う。

「聴いてるの?」
義弟が意識を飛ばしているのを見て、蓮乃は優しく叱る様に睨む。
常の様に、どこか陶然としたまま相槌を打つ。

「度が過ぎないように御気を付けてなさい、直ちゃん。
貴方は昔から――」
 ――あぁきっと義姉さんは母親代わり位にしか思っていないのか、いや当然だ、だからこそ、義兄上と情を交わしたのだから。あぁやはり屋敷から出て別の所に住まえば良かった。
いや、もし、そこを義姉さんに訪ねてこられたら――

 破滅的な妄想を脳裏で弄ぶ。

はは
ははは
それもいいな。
楽になれるじゃないか、
納得して地獄に行くことが出来る。
そうだ、そうだとも俺は義姉さんさえ――

「――あら、少し話しすぎたわね、直ちゃんも楽しんでいらっしゃい。」
「……はい、義姉上。」
 余りに刹那的な思考をかき消しながら頷いて屋敷を出る。
 けして振り向かない、今の今まで考えていた事への羞恥を隠しきれなくなってしましいそうだからだ。


同日 同刻 駒城家下屋敷 
駒城家若殿愛妾 駒城蓮乃


あの子は――いつも振り向かない。
義弟の背を見送りながら思う。

そう、いつもの通りに振舞っている。
あの恐ろしい戦から帰っても――何も変わっていない。
 ――あの子は何者に成り果てたのだろう。あの何もかも焼かれた東州では夜霧の影を魔王の様に恐れ、木の葉のざわめきに怯え、啜り泣き、暁光が落とす、枯木の影に震えたあの子はどこにいってしまったのだろう。
 そんな戦場であの恐い男と何もかもを焼き尽くして殺してまわって――
 いいえ、いいえ、違う、あの子は何も変わっていない。そう、あの子は卑劣な行動をとるほど臆病だったもの。

そう思いながらも、やはり直衛の事を大事に思っているのは当然のことであった。篤胤と保胤が二度と駒城の末弟に会えぬかもしれないと話しているのを聞いて涙を流した。
――そう、それにあの頃から変わっていないのかもしれないのは私も同じ若様と結ばれているのにあの子に強く呪わしく、縛られているのだから――――


同日 午後第四刻
〈皇国〉陸軍特志幼年学校卒業生 新城直衛


僅かに頬がゆるむのを自覚しながら店に入る。
中々どうして無調法な羽鳥が知っていたとは意外に思うような何処か上品な料亭風である。

ちょっとした色気のある仲居にインパネスを渡し、案内された先の小部屋に入ると見知った面々が卓を囲んでいた。
 ――参ったな、俺が最後か。
すると皆が立ち上がり、羽鳥が久しぶりに聞く張りのある声を出した。
「新城少佐殿の武功と無事の生還をお祝いする、敬礼!!」
 見事に均整のとれた敬礼が新城に向けられた。今は後備役になっているが皆が二十過ぎまで将校として戦い、そして血を見ている。
「少佐殿、着席の御許しを。」
 今では皇室史学寮で研究員をしている古賀が真面目くさった演技を続ける。
「座ってくれ、いい加減にしろ。」
 どうもこの場では一人だけ現役の将校であるのにこうした事には慣れない新城は、むず痒さを覚えながら皆を促す。

「樋高、始めちまおう。」
 暫く見ないうちにますます福福しい見かけになった槇氏政が隣に座った樋高を促す。
 ――槇氏政、大手の造酒屋である大周屋の若旦那だ。軍隊時代はそつなく仕事をこなしているのにその外見から兵に自発的に面倒をみさせるという奇特な将校だった。

「そうだな、皆が揃ったことだ、始めるか。」
 樋高もそう言って仲居に頷く。
先程の仲居だった、改めて見ると典雅な顔立ちがこの男に似ている。

「何だ、ご家族なのか?」

「従姉妹だよ。」
言葉の内容にそぐわぬ程に面映ゆそうに応える。

「そして許嫁だろう?
この店の一人娘でお前が若旦那、肝心な処を抜かすなよ。」
古賀が茶々を入れる。

「まぁ、そうだ。将来の若旦那として一辺に作って持ってこさせる事にした、異論は無いな?」
少し顔を赤らめながら剽げる姿には曾ての上官にすら噛みつく狂犬少尉の面影はない。
 すぐに旨そうな料理が並び、酒の入った水晶椀が皆に配られる。
「おい、新城。貴様が音頭をとれ」
古賀がせっつく。

「そうだな――ならば〈帝国〉騎士が言っていた言葉だが」
僅かな含羞を飲み込み、音頭をとる。

「大いなる武功と名誉ある敵に。」
「「「「大いなる武功と名誉ある敵に!」」」」



 皆が幾度か杯を呷り、皿が積まれた頃、古賀が思い出した様に尋ねた。
「そう言えば、貴様が面倒をみていた大隊長は、何といったか、」

「何代目の大隊長だ。」
 伊藤大隊長達が行った夜襲作戦は剣虎兵の貴重な戦例として研究されており、伊藤大隊長は、大佐へと特進し遺族達も丁重に扱われている。
 その後、指揮権を引き継ぎ二代目の大隊長豊久の行動は今でも議論の対象になっている。
衆民出身者からは非難する者も多い、将家だからこそと言うべきなのだろう、分かり易い構図になっている。

「貴様の前の――、あぁそうだ、馬堂中佐だったかな。」

「馬堂豊長の孫だな」
 槇はやはりと言うべきか、祖父の名から先に記憶から引っ張り出してきた。
「あぁ、あの金を彼方此方に出している人か。えらく儲けているらしいじゃないか」
 樋高が得心して頷くと槇は言葉を次ぐ。
「その息子もやり手だと聞いている。輜重将校上がりだが中々手強いと蓬羽で評判だ」

「駒城の裏方役の一族だ。性質が悪い連中だよ、その末裔にも手を焼かされたものだ」
 羽鳥が不愉快そうに呟いた。
「何だ?知った顔か?」
 古賀が聞きつけたのか身を乗り出した。

「奴が監察課や軍監本部の防諜室に居た時に、何度か会った。
ある意味此奴より性質が悪いな」
羽鳥がそう答えながら新城を顎でしゃくると槇が声を上げた。

「兵部省に軍監本部だと?
そんな選良(エリート)が何故貴様なんぞと一緒の部隊に放り込まれたんだ?」

「おい、貴様どういう意味だ。」
思わず苦笑が浮かぶ。
 ――まぁ確かにあいつも選良の範疇に入っていたのだろうが、俺には胡散臭い場所で胡散臭いやり方を身につけた位にしか思えない。

「成程、役方の将家か。その将家の元選良将校は実戦でつかえたのか?」
 樋高が腕を組んで新城に話を戻させる。
「まぁ兎に角、豊久は情報幕僚として十分に有能だったよ――大隊長としては北領で持ちこたえた事で分かるだろう。」
馬堂中佐が苗川で行った導術を活用した陣地防御は、新たな戦闘教義として野戦築城の利用に脚光を浴びせる事になった。先に挙げた伊藤少佐の夜襲と併せ,第十一大隊は実験部隊としての役割を完全に果たしたと言えるだろう。
何百という兵の健気と屍を北領晒した引き換えに、だが。

「豊久? あぁ、駒城の陪臣だ、貴様の旧知でもおかしくないか。」
槇が首を傾げる。

「ん、何時だったか言っていた餓鬼の時からの付き合いの奴か?」
古賀が随分前の話を持ち出した。

「あぁそう考えると納得出来るな。貴様と古い付き合いだ、何もない筈がないな。」
「「「成程な。」」」
羽鳥の茶々に一同が納得したように頷いた。

「おいおい。」
何とも手酷い友人達だ。

いや待て、俺の友人を選ぶ基準には必然的に最初に寄ってきた奴が影響するのだから――
――うん、そうなってしまうか。
あらゆる意味で空恐ろしい結論を記憶の隅に封印する。

「それにしても監察課は知っているが、防諜室?
俺は名前くらいしか聞いたことがないな。」

「俺も知らん、羽鳥に聞け。」

愚痴は零しても何をしていたのかは殆ど話さなかった、勤務先を考えれば当然だろうが。

「おい、俺にやらせるのか。」
羽鳥が苦笑しながらもそれに応えて簡潔に答える
「簡単に言えば軍へ潜り込もうとする外の連中を如何にひっとらえるかを考えている場所さ。
本部の傘下にそうした組織がある、俗に言う特高憲兵ってやつだ」


「だがそうした仕事は貴様の処が導術を一手に握って将家から離れたと聞いたが。」
 一人だけ下戸である樋高が水を呷りながら口を挟んだ。

「あぁ、規模はそれ程大きくはない。
寧ろ水軍の傘下にある内外情勢調査会の方が規模は大きいな。
だが、何度か〈帝国〉諜報総局の連中を摘発した事や魔導院の潜入員を放り出した事がある。」
 軍監本部と言えば参謀達が将家間の勢力争いに没頭している、そんな印象が先行している。

「内部抗争も確かにあるし、それで対応が遅れる事もあったがな。
取り纏めている奴が厄介極まりない野郎で――」
酔いがまわったのか既に愚痴になっていっている。この無駄に流暢な語り口は愚痴ならではだろう。

「だがなぁ。 〈帝国〉の侵攻を予測できなかったのだろう?
幾ら御大層な組織があって頭数が揃っていても働かなくては意味が無いだろうが。」
じろり、と羽鳥の方を見ながら古賀が唸った。

「情報は水軍も魔導院も掴んでいた。
握り潰したのは市場が惜しい大店連中の意を受けた執政府と懐が寂しい将家連中だ。
俺の聞いた話が正しければだが。」
 顔を赤らめた羽鳥が噛み付く。
「おい待て、それは。」
槇が身を乗り出す。
「だから、聞いた話だ、ただの噂だよ。」
羽鳥が軽く手を振って宥める。
「・・・・・・昨年末から両替商達が〈帝国〉から引き上げを始めていたのは確かだ。
根はある噂だな、何かしら嗅ぎつけていたのは確かだ。」
 槇も身を戻し、呟く。
「金の恨みを受ける側は逆に良い思いをしている。
可能性に過ぎない情報では腰も重くなる、か。今も昔も人は変わらないものだな。」
 史学寮の者らしい事を古賀が唸りながら云った。
「あくまでも噂が正しければの話だがな。
二十五年もまともな戦が無かったのだ。やむを得ないところもある」
 羽鳥が顎を掻きながら言葉を継ぐ。
「陸軍も一応、兵団を年初に派遣していたな。
軍に改組しなかった事は、〈帝国〉を刺激する事を恐れていたのだろう。
まぁ最初から向こうがその気だった以上、無意味だったな。
貴様が回り回ってまた面倒を背負う羽目になった」
樋高が新城を見て云うと羽鳥がそれに便乗して笑いながら云った。
「前も言ったが、やはり貴様は面倒に好かれる質なのだな。」

「俺は嫌いだよ、本当に。
何時だって面倒事から寄ってくる」
 ――寄られる様な態度なのだと言われているのも事実であるが。
と新城も笑う。
「そうか?
普段の所作を見ているとそうは思えん。
むしろ好んでいるようにだって見えるぞ?」
槇が笑いながら混ぜ返す。

「そうだな、俺もそう思っていた。
貴様は人を選ぶが面倒事も選んでいるのだとな」
 古賀まで真面目な表情を貼り付けて頷き、樋高までもが笑い出した。
彼らもまた、退役将校であり、この戦とは無関係でいられない。だからこそ、一寸を惜しむかの如く、過去を肴に杯を交わしているのだろう。
いち早く太平の世に別れを告げた新城もその名残に心地よく浸り、別れを告げるかのように杯を乾かした――明け方まで何杯も乾かし続けて義姉に叱られたのは別の話である。



 
 

 
後書き
二十五話の後書でちらっと書いた外伝を気晴らしにちまちまと書いています。
原作とは絡むと長くなるのでまず試しに二万から三万字程度の短編を四話編成で作っています。
出来上がったらつぶやきにでも投稿予告をしたいと思っております、その際はよろしければ御笑読ください。 
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