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蒼き夢の果てに

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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第11話 男女七歳にして

 
前書き
 第11話更新します。
 

 
「貴方は、魔法学院の女子寮。わたしの部屋で暮らして行く事になる。
 最初に、貴方の式神にそう伝えてあるはず」

 タバサはそうあっさりと答えた。
 別に気負う訳でも無く、それまでと同じような淡々とした口調、及び雰囲気で。

 もっとも、俺自身はそんな事は一言も聞いていなかったのですが。

 俺は、最初にタバサとの交渉すべてを担当した魔将アガレスを、少し強い視線で見つめる。
 そして、

「俺はそんな話は一切、聞いていないんやけど、アガレスさん。これはどう言う事か説明して頂けますでしょうかね」

 ……と、俺的には、かなり強い口調でそう聞いた。もっとも、俺の事をシノブくん扱いの彼女に対して、少々強い口調で聞いたトコロで大して効果が有る、と言う訳ではないのですが。
 まして、これは召喚士としての実力と言うよりも、人間としての格が違い過ぎて話に成りません、と言うレベルの御話ですから。それに、アガレス相手では見た目の年齢差から来る深みも違い過ぎますしね。

 そもそも、相手は魔界の公爵様ですからね。俺の使い魔の中でも飛び切りの能力を持っている式神です。
 ハルファスとのツートップはかなり強力です。故に、この二柱からは、完全に子供扱いなのですが。

「おや、私は伝えて有ったはずだと思うのだが」

 予想通り涼しい顔でそう答えるアガレス。そう言えば、アガレスは最初から現状を面白がっていましたし、これは俺の生命に関わる大事でもない。
 こう言う対応になっても不思議ではないですか。

 そして、俺の返事を待たずに、アガレスは更に続ける。

「シノブくんの仕事を、私は一般的な使い魔の仕事だと言って、シノブくんも納得したのでは無かったかな。
 確か、シノブくんは、主人と別々の場所に居て尚、その主人を護る事が出来るほどの能力は有してはいなかったと思うのだが」

 そう言えば確かに、そんな事を言っていましたね。
 それに、俺はそんな超絶の能力は有していないのもまた事実です。

 もっとも、四六時中俺が付きっきりでガードが出来る訳もないのですから、手の届かないトコロは俺の式神達に埋めて貰う心算だったのですが……。
 ですが、現状ではその仕事を式神達に依頼しようとも拒絶される可能性が高いみたいです。

 何故なら、俺にさせた方が面白そうですから。

 俺は、自らの式神達に対して、反論を許さないような絶対の支配を行っている訳では有りません。飽くまでも個人同士の友誼関係の延長線上に有る式神契約を交わしています。式神達の自由意思を尊重する以上、これは仕方がない事なのかも知れませんしね。

 しかし、それとこれとは話が違うでしょう。そもそも、俺が男で、タバサは女の子なのですから、外聞的な問題も有ります。更に、倫理的な問題も当然有るはずです。 
 それに、それならば、タバサを相手に直接交渉するだけ。大して問題は有りません。

「えっと、タバサさん。それは、多分、問題が有ると思うのですが。
 俺の世界には、男女七歳にして席同じゅうせず、と言う言葉が有りますから……」

 もっとも、俺が住んでいた世界でも、儒教的な倫理観など最早過去の遺物の可能性も有りますか。
 まして、ここは異世界。更に、俺の扱いは男性ではなく使い魔。
 これでは、もしかすると、聞き入れられないかも知れないのですが。

「使い魔と主人は、使い魔の方が大き過ぎない限り共に暮らす決まりが有る」

 案の定、タバサの答えは非常に簡潔な否定でしか無かった。
 矢張り、この世界のルールですか。しかし、それは人間型の使い魔に関しては除外されるのではないでしょうか。

「人型の使い魔に関しても同じルールが適応されるのか?
 確か、コルベール先生の発言では、人間の使い魔が召喚されるのは前代未聞だったはず。
 ならば、人型で、それが更に男女に分かれる性別ならば、それに対応する決まりが有ったとしても不思議ではないと思うんやけど」

 そう言ってはみる俺なのですが、これはどう考えても分が悪い交渉だとは思います。

 そもそも論として、俺が彼女の使い魔で、主人であるタバサの身を守る事が俺の仕事なのは間違い有りません。それが最初の約束ですから。
 そして、俺の能力では、自身が眠っている最中に何処か別の部屋に寝ているタバサの身に迫る危険を察知して、確実にその危険を排除出来る能力は有りません。普通に考えるならば、自らの式神達に依頼して、俺が眠っている間は、タバサのガードを代わりにやって貰うべきなのですが……。

 但し、その場合は、間違いなく、タバサと俺が同じ部屋に居る事を条件とされます。
 その方が双方を護り易いし、俺の反応が面白そうですから。俺の契約を交わしている式神達は、当然、タバサではなく、俺の身の安全の方を第一に考えます。
 ならば……双方を護る、と言う事を考えるならば、同じ場所……少なくとも、同じ部屋で眠る事を条件として上げて来るはずです。 

「ルールを曲げる訳には行かない」

 俺を真っ直ぐに見つめた後、酷く簡潔にタバサがそう答えた。
 そして、その答えも簡潔にして明瞭。いともあっさりと、ルールだからと言う理由で却下されて仕舞いました。

 確かにタバサは式神契約&先住魔法と言う、この国の禁忌を犯している状態でも有ります。ですから、それ以外の点で妙なツッコミを入れられるのは避けるべき、と言う彼女の考えも理解は出来ますね。

 しかし……。流石に、同年代の女の子と同じ部屋で暮らすと言うのは、俺の小市民的倫理観が否と答えを出しているのですが……。

 う~む。これは仕方がないかな。本来なら、こんな事は言いたくはないのですが……。

「あのなぁ、タバサ。俺がもし、寝ているアンタを襲ったらどうする心算なんや?」

 もっとも、そんな事を俺がするはずはないのですが。しかし、脅しの言葉としてならば使える言葉だとも思います。
 そもそも、たった半日程度の付き合いで、その人間の本性が理解出来る訳は有りません。

 しかし、

「襲いたいなら襲えば良い」

 しかし、タバサはそれまでと変わらない口調でそう答える。
 俺の事をそう簡単に信頼など出来るはずはないか。……って言うか、こんなに簡単に他人の事を信用出来るのでは、問題が有り過ぎるでしょう。
 世の中、善良な人ばかりじゃないですよ。

 ならば、自分の魔法の能力に絶対の自信が有ると言う事なのか。
 しかし、もしも、タバサがそう思っているのなら、それに対応した交渉材料を俺は持っています。

「ひとつ言って置くけど、さっきのレンのクモとの戦闘中にタバサ達の魔法は使用不能となったはずや。
 その原因は、俺が場に存在する全ての精霊を支配したから。
 つまり、タバサの魔法を、俺が精霊を完全に支配する空間内では、俺に敵対的な行動を取る事は出来なくする事も可能なんやで」

 但し、今では精霊を支配する能力をタバサも持っていますから、魔法の発動自体は可能と成っているとは思います。確かに、俺の方がより多くの精霊を支配出来るのは間違いないのですが、流石に、場に存在する精霊たちを完全に支配し切る事は難しいと思いますから。

 もっとも、それでも、未だタバサはその事実に関しては知らないはずです。それに、交渉事には、多少のハッタリも必要ですから。

「違う」

 しかし、矢張り簡潔に否定の言葉を口にするタバサ。

 成るほど。だとすると、俺が彼女を襲う事など有り得ない事だと思っているのか。
 確かに、そんなに間違った人間に対する観察眼で無い事は事実なのですが……。しかし、魔が差す可能性だって有りますよ。俺だって、木石で出来た存在ではない。まして聖人君子でも有りませんから。

 そう考えながら、タバサを見つめ、次の交渉材料を探す俺。

 しかし、そんな俺の甘い考えは直後のタバサ自身の言葉で粉砕されて仕舞った。

「貴方を異世界から召喚したのはわたし。異世界での貴方の未来を奪い去ったのはわたし。その責はわたしが負わなければならない」

 ………………。
 それで、その責任を感じて、もし俺が暴挙に及んだとしても、それ受け入れる覚悟が有ると言う事ですか。
 ……って言うか、覚悟の決め方が極端なんですけど。そもそも、そんな責任の取り方を望んでいる訳はないですから。

 ある意味、漢の浪漫かも知れないけど、俺の性には合ってはいません。

「あのなぁ、タバサ。確かに、あのランダム召喚に関しては言いたい事は有るし、問題も大きいと思う。
 せやけど、オマエさんが召喚した使い魔がそんな人間かどうかは、自分自身を顧みたら判ると思うぞ。
 少なくとも、タバサが召喚の儀式に臨んだ時の心は、陽の方向に向かっていたはず。
 せやから俺の前に召喚円が開いたんやからな」

 確かに、ランダム召喚ですから、よりその召喚士に相応しい使い魔が召喚される可能性も有ります。
 まして、陰の気に固まった心では、俺のような陽の気の神獣を召喚出来る訳は有りません。
 何故ならば、陰の気に引かれて集まって来るのは、陰の気に固まった存在の方が多いですから。

「それに、最初に言った通り、そんな事は気にする必要はない。
 確かに、不意打ちに等しい使い魔契約やったから、細かいトコロにまで交渉を詰める事が出来なかった点に問題は有るけど、一度正式な契約が結ばれた以上、俺はそれに従う」

 別に何処の世界だろうと、立って半畳、寝て一畳。これだけのスペースが有ったら生きて行けます。それが俺。少なくとも、言葉が通じる相手が居る世界なら何とでも成りますから。

 俺の言葉を聞いたタバサが少し首肯く。これは了承してくれたと言う事でしょう。
 ……ん? なのですが、一体、今の会話の何に了承したのでしょうか、彼女は。

「ならば、問題はない。貴方は、わたしの使い魔として、わたしの部屋で暮らす」

 ……って、何も了承していないじゃないですか。
 何か、上手い事丸め込まれたような気がするのですが……。

 まぁ、もう、何処で住むかぐらいはどうでも良い事ですか。
 様は、俺が自分をずっと保っていたら問題は無い訳ですから。


☆★☆★☆


 結局、うやむやの内に、タバサの部屋に住む事を了承させられた後に、あの場の時空結界を閉じて、魔法学院の女子寮に有るタバサの部屋にやって来たのですが……。

 それで、このタバサの部屋と言うのが、とてもではないですけど、女の子のお部屋とは思えないお部屋でした。 
 部屋のサイズとしては、およそ十畳以上、十五畳未満と言う感じ。
 部屋の隅、窓の反対側にベッドが置かれ、その近くに洋服ダンス。後は、勉強用の机。
 ベッドの頭の部分には、それなりの数の本が並んでいるトコロから、彼女は、見た目通り読書が好きなメガネ装備の寡黙美少女と言う事に成るのでしょうね。

 しかし、現在のこの世界は、活版印刷が発明されているかどうかは微妙な時代区分のはずですね。東洋ではかなり早い段階で活字は発明されていた代物なのですけど、西洋ではルネッサンスの時代まで待つ必要が有ったと思います。だとすると、本はかなり高価な代物では無かったかな。時代的には。

 そう思い、そのタバサの部屋をもう一度、ゆっくりと見渡してみる。
 矢張り、あっと言う間に見渡せる部屋です。

 それにしても、これが、女の子の部屋ですかね。それも、元大公家のお姫様の。
 流石に、質素倹約を旨としている訳ではないと思いますし。そもそも、彼女の生家は国を乱そうとした罪を問われて潰されたはずでしたか。
 だとすると、彼女の騎士としての収入だけで母親の治療代や生活費と、自分の生活費を賄っていると言う事なのでしょう。

 これは、先ず、今晩からしばらくの間はハゲンチを護衛兼錬金術要員として召喚して、夜の間に活動資金の調達をお願いするしかないか。
 ノームには、宝石の類を集めて来て貰う必要が有りますし。何故ならば、式神達のお家用の宝石が必要ですから。

 そうして、取り敢えず、自らの生活に必要な物はハルファスに調達して貰って、この国の通貨に関しては、ハゲンチの錬金術に因って得た貴金属の売却で賄い、ノームが集めて来た宝石類の中で価値の高い代物は式神達の御家や、護符(タリスマン)の材料に。価値の低い物は売却して行けば、これから先の活動資金に事欠く事はないでしょう。

 タバサの部屋を二周ほど見渡した後に、そう結論付ける俺。後は、活動資金の管理を、どうやってタバサから預かって、俺の懐から捻出したお金を、タバサの給金に判らないように混ぜ込んだ上で、彼女に使って貰うか、の小細工を考えるぐらいですか。

 間違いなしに、簡単に受け取ってくれる訳は有りませんからね。

 そこまで考えてから、少し一息。何故か、これ以上考え続けていると、妙に所帯じみて来て、使い魔とも、式神使いとも違う、小市民的人間が出て来そうな雰囲気が濃厚です。
 少しは、異世界での生活に思いを馳せてみても良いでしょう。

 それならば、先ずはこの国に名前ですかね。
 窓から見える尖塔と、その背後に浮かぶ蒼い月を見つめながら、そう考える俺。

 そして、窓から、ゆっくりとタバサの方向に視線を戻す。
 それまでと同じように、俺の事を、晴れ渡った冬の氷空(そら)に等しい蒼き瞳で見つめ返す蒼き姫。
 表情は透明な表情を浮かべたまま。そして、そのメガネ越しの、やや温かみに欠ける、と表現すべき視線からは、感情を読み取らせる事は無かった。

 えっと、確か、タバサはガリアと言う国の元大公の娘で、現在は騎士様らしい。
 それで、彼女の親友のキュルケは、ゲルマニアと言う国の辺境伯の娘。
 最後に出会ったのは、ルイズで、トリステインの公爵の娘。

 結局、今日、出会った少女達は、全員出身国が違う貴族の姫様。
 但し、故に、この国の名前も場所も未だに判ってはいない状況。

「そうしたら、タバサ。そもそも、この魔法学院がある国は、一体、何と言う国なんや?」

 彼女の真っ直ぐな視線に、思わず、自の視線を在らぬ虚空に外しながらも、そう尋ねる俺。
 但し、現在、俺が存在している国の名前が判ったトコロで、大した意味は無いのですが。
 それに、先ほどのタバサとの会話から、この国がガリアである可能性は低いとは思いますしね。

「ここはトリステインの魔法学院」

 タバサが、彼女に相応しい口調で、簡潔に用件に対する答えのみを返してくれました。
 成るほど。ルイズの祖国で、タバサとキュルケは留学生と言う事ですか。
 ……ん? しかし、何か妙な点が有りますよ。

「アガレス。時空結界を頼む」

 流石に、これから聞く内容は他人に聞かれるとマズイ内容と成ります。一応、時空結界で覗き、聞き耳対策を施して置くべきでしょう。
 
 急に時空結界を施した為に、少し訝しげな視線で俺を見つめるタバサ。
 それに、先ほどの俺の時空結界の説明の内容から、この結界を施したと言う事は、それなりの機密性を保つ必要が有る質問が来ると言うのは理解出来ているはずですから。

「えっとな。タバサは、もしかすると、ガリアからトリステインに送り込まれた潜入調査員のような仕事をさせられているのか?」

 先ほど感じた疑問を、そのまま口にする俺。
 そして、もし、彼女の正体が、ガリアからトリステインに送り込まれた潜入調査員だとすると、これは非常に危険な仕事と成ります。
 これは、スパイの仕事。こんな仕事は、どう考えたって騎士の仕事では有りません。まして、少女に過ぎないタバサに出来るような仕事とも思えないのですが……。

 しかし、タバサはふるふると首を横に振った。これは否定。

「なるほど、スパイの仕事をやらされている訳ではないと言う事か」

 もっとも、その場合、何故、わざわざ留学などさせられたのか理由が判らないのですが。
 母親を人質にしているから、逃げる事は無いと思っているのですか?

 いや、そんな甘い考えでいるとも思えないな。
 まして、国外に送り出すと言う事は、見張りの目を晦まして、タバサが旧オルレアン派の連中と接触する事も容易くなります。
 更に、母親の方を旧オルレアン派貴族の一派が奪取した直後に、タバサが学院から姿を晦ませる事もガリア国内に居るよりは容易く成りますね。
 普通に考えると、これは国を乱す元。こんな事をやっていたらクーデターが簡単に起きて仕舞うでしょう。

 流石に、実際のタバサが、旧オルレアン派と結託してガリアに内乱を起こす可能性はゼロだと俺は知ってはいますが、現在の王家の人間はそうは思わないはず。
 まして、本当にタバサのお父ちゃんを誅殺したのが現在の王ジョゼフ一世ならば、その罪悪感を逆にタバサへの猜疑心へと転化させて、彼女の事を信用出来るような精神状態に有るとも思えないのですが。

 う~む。しかし、これで、いよいよ、ジョゼフ王の意図が読めなくなったな。
 本当に、ガリアの王は何を考えているのでしょうか。

 可能性としては、彼女と母親を同じ場所に置いて置く方が危険と判断した可能性が一番高いのですが……。
 それでは、まるでふたりの身を護って居るみたいじゃないですか。
 ふたりを別々の場所に幽閉して有ると言うのなら判り易いのですが、タバサには騎士の仕事を与えて有る以上、ある程度の自由な行動を許しているみたいですし……。

「すまんな、タバサ。オマエさんがスパイのような危険なマネをさせられているのかと思って少し心配したから、話を聞く為に時空結界で包んだんや。
 まぁ、それに付いては、俺の考え過ぎみたいやから、あまり気にせんといてくれるか」

 実際は、スパイのような危険な任務に従事させられている可能性と、タバサの置かれている現状を知る為の質問でも有ったのですが。
 もっとも、こんな事ぐらいなら、タバサの方だって気付いていると思いますね。何故ならば、自分自身の事なのですから。

 それ故の、仇討ちを考えていないと言う発言の可能性も高いですか。

 ただ、この事実を確認した事によって、更に謎は深まったような気もします。但し、聞いて置かなければならない内容ですし、謎は深まったけど、悪い意味、悪い方向に思考が導かれるタイプの情報では無かったと思いますが。

 俺の言葉にコクリとひとつ首肯いて答えるタバサ。

 そうしたら、百歩譲って生活する場所はここで良いとして、次は食事に関してですか。
 おっと、それに飲み水に関しても重要ですか。特に、飲み水を介して広がる伝染病も有ります。まして、水に関しては、現地の人間が飲んでいるからと言って、俺が飲んで大丈夫とも限りませんし。

 確か、ヨーロッパの水は硬水が多くて、飲み水に関しては問題が有ったと思いますから。

「そうしたら、食事に関してはどうなっているんかいな?」

 住に関しての質問の次は、食。現実的な対応なのですが、なんと言うか、散文的ではないと言うか、異世界冒険譚的では無い、非常に小市民的な心配事です。
 もっとも、今晩に関しては、おそらく寮で用意されている食事は食いっぱぐれているとは思いますが。
 色々とあって、時間的には、昨日と今日の間ぐらいの時間に成りつつある時間帯。流石にこんな時間まで食事を取って置いてくれる訳は有りません。

 その俺の質問を聞いた途端、一瞬の驚きと、そして非常に残念そうな気配がタバサから流れて来た。おそらく、この驚きと、非常に残念そうな雰囲気の意味は……。

「色々とあって、夕食の事をすっぱり忘れていた、と言う事ですか」

 俺の問いに、コクリとひとつ首肯くタバサ。
 そして、

「ごめんなさい」

 ……と、かなりへこんだ雰囲気で、ポツリとそう答える。
 いや、別に夕食を一回ぐらい抜いたトコロでどうなる訳でもないのですが。

 まぁ、良いかな。そうしたら、

「ハルファス。すまんけど、コンビニ弁当で良いから適当に食料を調達して貰えるか。
 今回は、対価を金貨で支払うから」

 食事の一度や二度、ハルファスから調達しても何の問題もないでしょう。そう思い、ハルファスに食糧の調達を依頼する俺。
 それに、そもそも、十字軍時代のヨーロッパの食事など、俺の口に合う訳が有りません。
 この時代には、マトモな香辛料はない。調味料もない。食材だって、南米原産のトマトやジャガイモもない。はっきり言うなら、現代日本人がマトモに食えるモンなどほとんどない時代のはずです。
 俺は、ライ麦の硬いパンなどで釘を打つ趣味は有りません。

 それならば、ハルファスにコンビニ弁当でも調達して貰った方がマシですから。

「コンビニ弁当で良いのだな、シノブくん」

 そう言いながら、ハルファスが何種類かの弁当を取り出して来る。
 ……って言うか、その後にも、何故か色々な物を用意して行くのですが。

「いや、ハルファスさん。何故、次から次へと、瓶に詰まったアルコールと思しき飲料を用意しているのですか?
 それに付随するかのような酒の肴の数々とか」

 タバサの部屋の床に、何時の間にか準備されていた敷物の上に並べられて行く、宴会用の数々の品を見つめながら、そう問い掛ける俺なのですが……。

 しかし、厳密な意味で言うのなら、その行為の意味は判ります。本日のお仕事は終わったし、俺が対価を金貨で支払うと言ったから、この場で宴会を始める心算だって言う事は良く判るのですが……。
 それに、どう考えても、そちらに用意しているアルコールの方が高い代物ですし、酒の肴にしても、コンビニ弁当よりも余程美味な物を用意しているように思うのですが。

「久しぶりに何柱(ナンニン)もの式神達が現界しているし、新しくタバサと、彼女の式神が二柱(フタリ)も増えた以上、宴会を開く必要が有るだろう、シノブくん。
 それに、我々は酒精(アルコール)の方が霊力を回復させ易いからな」

 いや、別に霊力を回復させる為にコンビニ弁当を用意して貰った訳ではないのですが。それに、どうして宴会を開く必要が有ると言い切れるのですか?

 尚、当然のように飲む気満々の俺の式神達はもう放って置いて、何故か、タバサと契約したばかりの泉の乙女と、森の乙女も現界して来ているのですが……。

 ……って言うか、それはマズイ! 伝承上で言うと、ニンフ系の酒癖は非常に悪い。それに酒に酔ったニンフは呼び名が変わるはずです。
 確かマイナス。語源は、わめきたてる者。酔っぱらって大騒ぎする様を表現している名前ですから、彼女の酒癖の悪さが判ろうと言うものですよ。

「ハルファス。お茶も用意して欲しい。それと、タバサ。泉の乙女には酒精(アルコール)を取らないように頼んで貰えないか。
 彼女は、少々、酒癖が悪くて、一晩中、大騒ぎを続ける可能性が有るから」  

 タバサが首肯いてニンフに話し掛けている。まぁ、これで一晩中、踊り明かすような事はないと思います。
 まして、ニンフの酒癖が悪いとして、それに絡まれる可能性が一番高いのは、どう考えたって俺じゃないですか。それで無くても今日は霊力の消耗が激しいのですから、出来る事なら、休息を取る事によって、霊力の回復を図りたいのですよ、俺としては。

 酒精(アルコール)に弱い連中用にお茶も用意して貰ったな。これで、式神達の宴会に対する準備に関しては充分でしょう。
 ……って言うか、宴会を始める事については、もうスルーします。あまりしつこく言うと、俺まで、その宴会騒ぎに巻き込まれる事と成りますから。

 そうしたら、後は……。

「シルフ」

 ついに本日六体目の式神、風の精霊シルフの召喚を行う俺。そして、更に続けて、

「ハゲンチ」

 続いて、七体目の式神。ソロモン七十二の魔将第二十四席ハゲンチの召喚を行う。

 ド派手な演出と共に登場する。二柱の式神達。
 片や、芸術家を魅了して止まない、背に昆虫類の羽を持つ透明感のある美少女姿の風の妖精シルフ。
 そして、片や弓矢を持つ壮年の男性姿で現れた魔将ハゲンチ。

「シルフ。この部屋に音声結界を頼む。それが終わったら、宴会の方に参加してタバサの式神達との顔つなぎをして貰えるか」

 そう依頼を行う俺ですが、実際は、顔つなぎのついでに音声結界を施して貰うだけなのですが。
 シルフが無言で首肯いてから、このタバサの部屋自体を音声結界で包む。これで、少々騒いだぐらいでは、隣や上下の部屋に騒音が漏れる事は有りません。ついでに、食後には眠る準備をした後に眠る俺やタバサの邪魔になる騒音と言うのも完全にカットされます。

 それに、俺が寝ずの番をする必要が無い分だけ、マシになったと思えば済む事ですか。

 次の依頼は、ハゲンチの番。そう思い、ハゲンチの方に向き直る俺。
 そうして、

「ハゲンチ。少々活動資金が心元無くてな。ここは日本ではないから、日本円が使えない世界。せやから、オマエさんの錬金術だけが頼りなんや」

 俺の依頼に、ハゲンチが無言で首肯く。
 ソロモンの七十二魔将の一柱、魔将ハゲンチ。その職能は人を賢くする事。さまざまな手技。技芸の伝授。そして、一番大きいのは、彼の身に付けた錬金術。
 伝承で語られる彼の仕事は、ソロモン王の莫大な富を支え、バビロニア帝国や大英帝国の繁栄を裏で支えたのは、彼の錬金術らしいですから。

 今は何処の国の守護を為しているのか、はっきりとは判ってはいないのですが。

 もっとも、俺の式神と成っているのは、その超大物の分霊(ワケミタマ)に当たる存在ですから、当然のようにそこまでの超絶能力は持ってはいません。しかし、それでも小国の国家予算程度なら、彼の能力だけで充分に賄う事が出来る能力でも有ります。
 むしろ、彼が頑張って御仕事をし続けたら、一時的に貴金属が値崩れを起こす可能性が有るぐらいの能力ですから。

 それに、これで俺と……そしてタバサの活動資金に関しては問題が無くなりました。後は、手持ちの宝石類とノームが集めて来た宝石類に式神達を移して行って、即座に危険に対処出来る状態を作り出したら問題は有りません。

 やれやれ。これでようやく晩飯に有りつけると言う訳ですか。
 そう思い、ハルファスの調達してくれたお弁当の山に視線を移す俺。
 どれどれ。から揚げ弁当に、とんかつ弁当。ハンバーグに……。

 問題が有るぞ、この内容は。

「ハルファス。この弁当は全部、お箸で食べる事が前提の弁当やないか。
 タバサにはお箸は使えないで。カレーとか、チャーハンとか、オムライスとか。その手のスプーンで食べられるお弁当も用意してくれると有り難いんやけど」

 少し強い目の俺の言葉。

 それに、どうせ、俺が掛かった予算を全部徴収されるのですから、少しぐらいは我が儘を言っても罰は当たらないと思いますよ。まして、タバサは日本人ではないのですから、お箸が使えない事ぐらい知っていると思うのですけど。
 いや、十字軍の時代のヨーロッパならば、マトモなテーブル・マナーなど無かったはずですか。

 基本的にヨーロッパ……イタリアではもう少し前から有ったと思いますけど、フランスでのテーブル・マナーの始まりは毒を盛る女カトリーヌ・ド・メディシスが最初のはずです。それ以前は、手掴みで食べていたらしいですから。例え王家の人間で有ったとしても。
 ちなみに、日本にお箸の文化を広げたのは、聖徳太子だと言う話が伝わっていますね。

「それは、シノブくんがお箸の使い方を教えて上げたら済む話だな」

 しかし、既に宴会を開始していたハルファスが、かなり冷たい台詞を口にする。
 いや、冷たいと言うよりは、メンド臭い。それよりも、私は飲む事に忙しいと言う答えでしたか。
 そして、

「どうせ、これから一生付き合って行く相手なのだから、早い段階でお箸の使い方を教えて置いた方が良いぞ、シノブくん」

 ハルファスの言葉を継いだアガレスが、そう言った。

 ……一生付き合って行く相手?
 俺はタバサを少し見つめる。そして、彼女の方も、同じように俺を見つめ返す。
 俺の方は疑問の籠った視線で。彼女の方は……彼女の方も疑問を感じているな。

 そう言えば、ひとつ、重要な事を聞いていなかったか。

「あのなぁ、タバサ。ひとつ聞きたいんやけど、この世界の使い魔契約の解除方法とは、どう言う仕組みに成っているんや?」

 かなり、嫌な予感を覚えながらも、そう聞く俺。
 ちなみに、俺の式神契約は、双方の合意の元でなら解除可能です。もっとも、未だに解除した契約と言うのは存在していないけど。

「この世界の使い魔契約は、使い魔、もしくは主人のどちらかが死亡するまで続く契約」

 タバサがこれも普段通りの口調で淡々と答えた。
 ……って、言うか、死がふたりを分かつまで離れる事の出来ない男女の間柄?
 そんなモン、婚姻と同義語じゃないですか?

 いや、ある意味、婚姻よりも深い関係じゃないですかね、その関係は。婚姻は、神の前で誓おうが、それ以外の前で誓おうが、解消する事は不可能では有りません。
 しかし、この使い魔契約は……。

【先ずくちづけを以て契約を果たし、次に宝石を渡す事に因ってふたりの距離を近付けた。
 最後に、そのお弁当を食べさせる事が最初の夫婦共同作業と言う事かな、シノブくん】

 流石に、実際の言葉にする事は有りませんでしたが、アガレスが【指向性の念話】でそう告げて来ました。

 ……って、何が最初の夫婦共同作業ですか。そもそも、単なる使い魔契約を交わしただけでしょう。俺と彼女は。
 ただ、途中で解除が出来ないと言う、メチャクチャ大きな問題が有る使い魔契約なんですけど……。

 しかし、これも仕方がないですか。この感じでは、ハルファスがタバサの食べ易いお弁当を準備してくれる可能性はゼロ。それに、タバサがお箸の使い方を覚えてくれたら、後々ラクなのは事実ですし。
 実際、この世界ヴァージョンのテーブル・マナーが有ったとしても、日本のコンビニ弁当で使えるようなテーブル・マナーの可能性は低いでしょうから。

 一生、解除出来ない使い魔契約に関しては……どうにか成るでしょう。そもそも、使い魔は一人に一体だけ、と言う決まりにも抜け道が有ったのです。それに、彼女、タバサに俺が必要なくなったら、その時に考えたら良い事ですから。

 少なくとも、明日の朝飯以降の事よりは、今晩の晩飯の心配を先に片付けるべきですかね。
 そう思い、既に式神たちの始めた宴会用の敷物の端にちょこんと言う雰囲気で座って、ハルファスやアガレスの勧める酒精を口にするタバサに対して、俺はこう告げたのでした。

「そうしたら、タバサ。お箸と言うモンの使い方を教えるから、覚えてくれるかな」

 
 

 
後書き
 最初に。主人公に、思考制御や、誘導。誓約などの魔法は掛けられては居りません。
 つまり、自動的にタバサの事が好きに成るような呪は掛けられていない、と言う事です。
 人の思考を操るような魔法を、知らずにでも行使するようなマネはさせたく有りませんでしたから。
 それに、契約の現場に水の精霊ウィンディーネを召喚して有ったのでは、主人公が、使い魔契約の際に、魅了などの魔法に掛かる可能性を考えたから、ウィンディーネを召喚して居たのです。

 この辺りを指して、原作改悪だと嫌う方もいらっしゃるとは思いますが、いくら原作小説がそうだからと言って、私の感覚では流石に容認する事は出来ませんでした。
 特に、この部分は、厳しい文章を描く二次小説家の方々が、厳しく指摘する辺りですから、私としては少し改変した方が良いと思いましたから。

 それでは、次回タイトルは『朝食風景』です。

 追記。
 誤字や脱字は、何度見直しても出て来るような気がする。
  
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