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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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本編前
  第三話



 光陰矢のごとし、とはよく言ったものである。月日はあっという間に過ぎてしまう。
 それが気が休まる暇もなく日々が過ぎていけば、特に。

 僕が、小学校という気の休まる暇がない日々から、ようやく一息つけたのは入学式からほぼ一ヵ月後のいわゆるゴールデンウィークといわれる長期休暇が訪れたときだった。よほどカレンダー的な運に恵まれない限り、普通であれば祭日となる日付と曜日の都合上、長期休暇の間に一日だけ平日があるなんていうゴールデンウィークになるのだが、そこはさすが私立というべきか、平日であろうと学校自体を強引に休暇にしてしまった。つまり公立に通っている面々には申し訳ないが、事実上丸々一週間が休日となるゴールデンウィークの始まりである。

 小学生になってはじめてのゴールデンウィーク。新たに友人になった面々も、保育園時代からの友人もどこかに遠出するらしい。無論、近場で済ませたり、何所にも行かないという連中もいたりするが、年齢が小学校低学年ともあって小数だ。そして、今回、僕の家はその例外に分類されていた。いや、別に親と不仲だとか、貧乏でお金がないなんてことはない。簡単に言うと、僕に弟か妹が出来たってことだ。もう五ヶ月らしいから、あと、五ヵ月後には生まれるはずである。そんな理由で、人ごみだらけのどこかに行くのは危険であるとの判断から、家でのんびりと、という選択になったわけだ。ちなみに、色々子供が出来る云々に関して知識のある僕としては、弟か妹が出来たと聞かされたときは、非常に微妙な気持ちになった。一応、おめでとうといったが、きちんと笑えていたかどうかは定かではない。ついでに、この選択は僕にとっても渡りに船だった。ようやく、誰にも邪魔されずにゆっくりできるからだ。まるで、日曜日のお父さんのような考えだが、そう考えざるを得ないぐらいにここ一ヶ月は過酷だった。

 入学して一週間ぐらいはよかった。誰も彼もが新しい環境に慣れていないためだろうか。特に走り回るということもなく、穏やかというには若干賑やかな程度で日々を過ごせていたから。しかし、一週間を少し超えると、そこからは子供の本領発揮だった。もう少し大人になってくれればいいだろうが、つい一ヶ月前まではスモックを着ていたような面々だ。それが、制服を着たからといってすぐに大人びた行動を取れるはずもない。

 つまり、保育園時代と同じようなことをしなければならない日々がまた始まったのだ。

 廊下で走る奴がいれば注意し、転べば怪我をしていないか確認し、怪我をしていれば保健室へと連れて行き、スカート捲りなんて悪戯をする奴がいれば頭を叩き、スカートを捲られた女の子に謝罪させ、泣いている女の子を慰める。

 これは日常のほんの一例に過ぎない。これ以上のことが毎日起き、その対処に追われるのだ。無論、それを無視して小学生になったという自覚を持ち、少し大人になった連中と一緒に遊んでもいいのだが、どうやら保育園時代の三年程度の間に世話焼き癖がついてしまったようだ。放っておこう、と決意してもその決意は目の前で何かが起きれば、木で出来た小屋のように脆く吹き飛んでしまう。

 しかも、たちの悪いことに子供は元気の塊という言葉を体現するような連中の多いこと。そんな連中の相手だけで僕はくたくただ。職業を選ぶときに小学校の教師だけは絶対にやめようと心に決めた。と、同時に過去にお世話になった恩師に改めて感謝した。

 あと、変わったことといえば、僕がクラスの学級委員長に任命されたことだろうか。僕としては生き物係とか、植物係とかの楽そうな仕事のほうがよかったのだが、なぜか担任教師からの強制で僕になってしまった。後であまりに横暴すぎる、と文句を言いに行ったところ、

 ―――お前が学級委員長になろうがなるまいが、お前のやることは変わらんよ。

 と笑顔で返され、ぐっと言葉に詰まってしまった。事実、その通りになるからだ。おそらく、学級委員長が別の人だったとしても僕は、おそらく似たようなことをしただろうし、教師も学級委員長にやらせるべき仕事をよほどのことがない限りは僕に回してくるだろうことは容易に想像できるからだ。

 教師というのは、意外と生徒を見ているようである。

 ついでに小学校に入学して最初の懸案事項だったバニングスさんと月村さんについてだが、仲良くやっているようだ。登校時に一緒の時間のスクールバスに乗ってきたり、帰り道に手をつなぎながら帰ったりと、きちんと女の子の親友をやっているようだ。性格的な不一致を心配していたのだが、バニングスさんが暴走、月村さんがブレーキ役と役割が別れたことが成功の要因なのだろうか。もっとも、どちらにしても両者ともクラスメイトとは比べ物にならないぐらいに精神年齢が上であることを考えれば、意気投合するのも問題ないのだろうが。ちなみにこの二人、ゴールデンウィークは遠出をするらしい。所々、海外の名称が聞こえたような気がするが、気のせいということにして軽く流しておいた。

 ………海外なんて縁がないからなぁ。

 そんなこんなでゆっくりするために突入したゴールデンウィーク。最初の日は、二階建てのローン数十年の一軒屋である我が家の一室に与えられた自分の部屋で読書などをしながらゆっくりと過ごしたのだが、二日目以降は、常日頃の休日と同じく外でスポーツをしながら遊んだ。もっとも、ゴールデンウィークなだけに人数を集めるのに苦労したが、一部の例外を男女構わず集めれば、遊べるだけの人数は揃うものだ。ゆっくり出来ると喜んでいた僕が、自ら外に出ようと思った理由は他でもない。

 ―――身体を動かさなければ眠れないのだ。

 元気の塊である子供というのは頭脳が大人である僕であっても代わりはないようだ。恥ずかしながら、元気が有り余って仕方ないという状況に追いやられてしまった。あんなに眠れなかったのは初めてではないだろうか。原因は外で遊ばなかったことだと結論付け、僕は外に遊びに出ることにした。そんな理由からゴールデンウィークをいつもの休日と変わりなく過ごしてしまった僕だった。

 そして、サッカーやら野球やらカードゲームやらテレビゲームやら、遊びに遊んだゴールデンウィークもあっという間に過ぎてしまい、月曜日からまた学校が始まった。



 ◇  ◇  ◇



「今日の放課後?」

「うん。お姉ちゃんが蔵元君のことを話したら一度みたいから連れてきなさいって」

 お嬢様っぽい微笑を浮かべながら、どうかな? と僕を誘う月村さん。
 彼女は今日の放課後に月村さんの家のお茶会に僕を誘っているのだ。しかも、主に誘っているのは月村さんのお姉さんらしい。

「あ、別に何か用事があるならいいんだよ? わたしがちゃんとお姉ちゃんには言っておくから」

 僕が驚いて返事をしないのを今日の放課後に予定があり、どうしようか迷っていると勘違いしたのか、月村さんが慌てた様子で僕に言う。しかし、月村さん自身も僕が来てくれるを楽しみにしていたのだろうか、若干寂しそうな表情をして顔を俯けるというのはかなり反則ではないだろうか。夜の闇を流し込んだような黒く艶やかな髪を持ち、雑誌のモデルになってもなんら不思議ではない整った容姿をしている美少女と言っても過言ではない月村さんであれば特に。

 だから、というわけではないが、今日は特に決まった用事もなかった僕は月村さんからの誘いを承諾することにした。

「分かった、行くよ。それで、僕はどうしたらいい?」

 残念なことに僕は月村さんの家を知らない。彼女の家に行くのであれば、誰かの案内が必要である。

「あ、それならあたしが連れて行ってあげるわよ」

「アリサちゃん」

 僕と話していた月村さんの隣にはいつの間にかバニングスさんも立っていた。僕は基本的に話をするときは相手の顔を見て話すからバニングスさんが隣に来ていることに気づかなかった。

 しかし、彼女の言葉から察するにバニングスさんも今日のお茶会に来るのか。

「バニングスさんが? いいの?」

「いいわよ。どうせあたしもすずかの家に行くもの」

 どうやら、僕が考えたことは正解だったらしい。
 そうか、ついでというのならお言葉に甘えさせてもらおう。

「それじゃ、お願いしようかな」

 第一、誘われたところで、行く当てがないのでは問題だし、もしバニングスさんが用事もないに迎えを用意してもらうならば、さすがに気が引けるものの、バニングスさんも今日のお茶会に参加し、僕もついでに拾っていってもらえるとなれば、有り難いという感情以外に浮かぶものはなかった。

「それじゃ、今日の夕方ぐらいでいいかな? お姉ちゃんが帰ってくるのがそのくらいなんだ」

 そう提案してくる月村さんの了解の意を伝えると丁度休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り、月村さんとバニングスさんは自分の席へと戻っていた。

 お茶会ね―――さて、何か持っていくべきだろうか?

 前世とあわせて二十数年の経験を持つ僕だが、お茶会と銘打たれたような上品な会合なんて行った経験はない。これが野郎の飲み会であるなら、酒を持っていけばいいだけなのだが。さすがに、というか未成年飲酒が厳しくなり親父の買い物ですらお酒が変えなくなった今日では到底不可能であり、なによりもお茶会とは全然別物になってしまう。

 う~ん、後でバニングスさんに聞くことにしよう。



 ◇  ◇  ◇



「なにやってるのよ。早く乗りなさいよ」

「え? う、うん」

 時刻は午後四時。場所は聖祥大付属小学校正門前。高学年の小学生が下校している中、好奇の視線を浴びながら僕は、目の前のリムジンと呼ばれる車に身を滑らせた。
 高級車として名前だけは知っているリムジンだが、乗り心地はその有名さにまったく劣っていなかった。僕の家の車とは比べ物にならず、どこかのソファーに座っているような感覚だ。

「鮫島。出して」

 テレビの中でしか聞いたことないようなお嬢様言葉。専属の運転手がいて、その人に命令するなんて、どこの大金持ちのお嬢様? という感じだ。そのバニングスさんの言葉に従ってリムジンはゆっくりと動き出した。さすが、高級車。窓から見る光景は間違いなく車が動いていることを示しいてるのにも関わらず、車内の揺れは殆どないといっても過言ではない。目隠しをされていたら、動いていることにすら気づかなかったかもしれない。

「……ちょっと、何か話しなさいよ」

 初めて乗るリムジンに感激というか、緊張していた僕は呆然と外を見ていたのだが、どうやらそれがバニングスお嬢様には気に入らなかったらしい。不満げな表情を浮かべて僕を見ていた。どうやら、彼女は沈黙が嫌いらしい。

「えっと……バニングスさんの家ってもしかしてお金持ち?」

 彼女のリクエストに答えて沈黙を破った僕の質問は愚問だった。こんな車を持っている以上、金持ちでないわけがないというのに。どうやら、写真や辞典以外で初めて目にしたリムジンというものに舞い上がって頭が働いていないようだ。

「そうね。パパは社長をしてるからお金は持っていると思うわよ」

「そうなんだ」

 ――――話が終わってしまった。どうやら、今の僕の脳みそは絶不調らしい。

「―――あんたは?」

「え?」

「あんたの家のパパはなにしてるの?」

「あ、えっと……僕のお父さんは、○○○って会社の子会社で機器の開発やってる」

「―――その会社、あたしのパパが社長している会社の子会社ね」

 ぶっ、と思わず吹きそうになってしまった。
 なんというシュチュエーションなのだろう。社長―――しかも親会社の―――の娘が目の前に。世の中狭いものだ。しかしながら、考えてみれば、親父の会社はここから二駅ほどで、親会社もその近くにあるのだから、彼女の父親と僕の親父に関係があってもなんら不思議ではないのかもしれない。もっとも、さすがに親会社の社長と子会社の開発部課長の関係とは思わなかったが。
 もしも、これが漫画の世界で言うなら、僕はバニングスさんの機嫌を損ねないようにゴマをすっているところだろう。そして、もし彼女に何かしら気を損ねることをすれば、僕の親父の首が飛ぶのだ。まあ、実際にあったとすればたまったものではないが。

 そんな風に盛り上がるわけでもなく、かといってまったく会話がないというわけでもない。強いていうなれば、お互いが緊張したお見合いのような会話が月村邸に着くまでの約二十分間細々と続くのだった。



 ◇  ◇  ◇



 僕の今の表情を形容するとすればポカーンが正解だろうか。口を開けて目の前の豪邸を見ているに違いない。
 当たり前だ。日本で豪邸と呼べるような洋館を見せられれば誰でも呆然としてしまうだろう。しかも、それが夕日に照らされて、非常に幻想的な雰囲気を醸し出しているなら尚のことである。これで、ツタや植物が壁に走っているなら、魔女の洋館? とも考えられたかもしれないが、洋館そのものは綺麗なものであり、やはり豪邸と呼ぶほかなかった。

 今日は実に驚愕させられる日だ。もしかして、ゴールデンウィーク中に何事もなく遊べたしわ寄せが一気に来ているのだろうか。

「なにやってるのよ? 行くわよ」

 すでにリムジンを帰したバニングスさんが、呆然としている僕の横を通って先行する。
 西洋風の大きな閉ざされた門。一見すれば、誰も彼もを拒んでいるように見えるが、その門柱につけられたインターフォンだけが、来客を許可しているように思える。

 僕だったら緊張して押そうか押すまいか、小一時間悩みそうだが、バニングスさんは、この家に来たことがあるのか実にあっさりと黒い門柱に取り付けられた白いベルボタンをその細い指先で背伸びしながら押した。

 確かに子供が押すには若干高い位置にあるもんな。

『はい、バニングス様と蔵元様ですね。今、そちらに伺います』

 インターフォンから聞こえてきたのは女性の声。抑揚があまりなく、平坦な声から考えると実に落ち着いた感じの女性ではないかと思う。
 彼女は、門にはインターフォントは別に小型のカメラがついているのだろう。誰が来たかをあっさりと見抜き、プツッと何かを切るような音が聞こえて、向こう側との通話は切れてしまった。

 待つこと数十秒、目の前の重い門の向こう側に見える大きな西洋風の左右両方が開く扉の片方をあけて出てきたのは、紺を基調としたワンピース型の洋服の上から白いエプロンドレスに身を包み、頭の上にカチューシャのようなものをのせた――― 一言で言うならまさしくメイドを体現したような姿をした女性だった。

 その女性はカツカツとまるでモデルが歩くかのように素人から見ても綺麗だと思える歩き方で門の近くまで来て、誰しもを拒みそうな門を開ける――――かと思いきや、その大きな門の一部に人が一人だけ通り抜けられそうな別の部分があり、その部分を開いて通り抜けるように促した。

 バニングスさんは、慣れているのか平然と門をくぐり、小市民である僕は、なぜか申し訳ない気持ちになりながら、メイドさんに頭を下げながら―――頭を下げるとニコリと微笑まれた―――門をくぐった。メイドさんは、僕が門をくぐったことを確認すると一部だけ開いていた門を閉じ、歩き方は先ほどと変わらないにも関わらず、僕を追い抜き、バニングスさんをも追い抜いてしまい、最後に豪華な洋館の入り口を開く。先にバニングスさんが躊躇なく入り、次に僕が扉の向こうに見える別世界に頭が朦朧としながらも、何とか玄関に入る。

「ようこそ、月村邸へ」

 メイドさんが玄関に入るときに声をかけ、このときになって、僕はどんな場所に着たのかをようやく把握し、唯一の手荷物である包みを持ってきたことを、それを勧めてくれた母に改めて感謝した。



 ◇  ◇  ◇



 さて、今日は実に驚愕することが多い日だ、と思ったのはついさっきのことだっただろう。今日はもうさすがにこれ以上、驚くことはないだろう、と思っていたのだが、その考えは至極あっさりと覆されてしまった。

 僕とバニングスさんが月村邸にお邪魔し、メイドさんの案内に従って廊下を歩くこと数十秒。案内された先はある一室だった。ここでお茶会が行われるのか、と感慨深く思いながらメイドさんに案内されるままに部屋に入る。そこに広がっていた光景は、僕を今日一番の驚愕に誘ってくれることになる。

 部屋に入った僕らを迎えてくれたのは、リビングと呼ぶには広い部屋。真ん中に置かれた六人は座れそうな大きなテーブル。そして、姉妹だと明白に分かる少女と女性の二人。そのうち、一人は今日のお茶会に誘ってくれた月村さん。そして、もう一人は―――

「あら、あなたが蔵元くん? すずかがお世話になったわね。私が姉の月村忍よ」

 月村さんと同じく夜を流したような艶やかな黒髪を翻し、椅子から立ち上がると僕をまっすぐに見つめて自己紹介してくれる月村のお姉さん。なるほど、姉といわれれば実にしっくりとくる。おそらく、月村さんが成長するとこんな顔の美人になるのだろう。

「本日は、お招きくださり、ありがとうございました。僕は、月村さんのクラスメイトの蔵元翔太です」

 そういって僕は九十度近くになるまで頭を下げる。ここまで深々と頭を下げる予定ではなかったのだが、周りの空気とあまりの高級感に思わず下げなければならないような気持ちになってしまった。

 これでいいのだろうか? と心臓をバクバク鳴らしながら、こんな洋館でなければ口に出せないようなことを搾り出すようにして言った。これが僕の精一杯だ。もしも保育園時代の友人に聞かせれば、変だといって爆笑してくれるか、まったく意味の通じないか、のどちらかであろう。
 そんな僕の心情を知ってか知らずか、月村さんのお姉さんは、僕の挨拶を聞いてクスッと苦笑していた。
 ちなみに、バニングスさんは一瞬、ポカンと呆けたような表情をした後にお腹を押さえて爆笑している。月村さんは、笑っちゃダメだよ、といいながらも口を押さえているところをみるに、その掌の下では笑っているのだろう。

「あ、これ。手ぶらじゃ申し訳ないので気持ち程度ですが」

 笑っている二人を無視して僕は持っていた包みを取り出し、月村さんのお姉さんに手渡した。

「あら、呼んだのはこっちだからいいのに」

「いえ、本当に気持ち程度ですよ。中身はクッキーなので皆で食べようと思いまして」

 バニングスさんに聞いても「何もいらわないわよ」としか答えてくれないので、母親に聞いてみたところ、とりあえず、家にあったクッキーを持って行きなさいと渡してくれたのだ。
 何でも近くのおいしいお菓子屋さんのクッキーらしい。確か、名前は翠屋だっただろうか。あのゲームにも出てくるお店だが、味は確かだ。特にシュークリームは前世を含めても一番おいしいと断言できるほどである。
 ただし、僕の小遣い程度では月にいくつも食べられないが。

「あら、そう。それじゃ、ノエル、開けて並べてちょうだい」

「はい、お嬢様」

 メイドがお嬢様と呼ぶ。
 前世じゃありえない光景。いや、今の世界でも月村さんと知り合いにならなければ到底触れることのない光景なのだが。
 あまりの出来事についつい月村さんのお姉さんとメイドさんを見てしまった。

「さあ、座って。お茶会にしましょう」

 笑いながら月村さんのお姉さんは僕たちに座ることを勧めてくれる。

 しかし、気のせいだろうか。先ほど感じるこのデジャヴとも言うべきものを感じているような気がするのは。何かを忘れているようなそうでもないような。まるで、天気予報で雨だとつげられながら、傘を忘れてしまったときのような違和感だ。

 はて、本当になんだろうか?

 喉に刺さった小骨ほどではないが、どこか気持ちが悪い違和感を感じながらも僕は勧められるがままに椅子に座るのだった。


 
 

 
後書き
吸血鬼の本拠地へようこそ 
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