星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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策謀編
第百十話 種撒き
帝国暦487年10月7日10:00
ブラウンシュヴァイク宙域、ブラウンシュヴァイク星系、ブラウンシュヴァイク、ブルンズウィク、
アルツール・フォン、シュトライト
久しぶりに故郷に帰って来た。やはり故郷はいいものだ。だが私がここで過ごした頃と少し様相は変わっている。市街地郊外の宇宙港にはブラウンシュヴァイク家の艦隊だけでなく、他の多数の貴族達の艦隊も屯している…。
「やはりオーディンにも見劣りせんな、ここは」
「銀河帝国開闢以前からの都市ですからな…しかし准将、解決の道は本当に無いのでしょうか」
「気持ちは分かる。だが卿も政府案を見ただろう…ルートヴィヒ皇太子殿下の忘れ形見とはいえ、賢愚もつかぬ幼児の許へエリザベート様を差し出せというのか?それはたとえリッテンハイム家のサビーネ様であっても同じ事…リヒテンラーデ侯のやりようは帝国随一の権門を貶める事甚だしいではないか」
「ですが、リヒテンラーデ侯は老齢です。侯が亡くなれば政府の求心力も地に落ちましょう…それはそれほど先の事ではないではありませんか」
「機を待てというのか…確かに老齢、何時死んでもおかしくはない。だがあのご老人そう簡単に死ぬものか。それに、それは公爵閣下にも言える事なのだぞ。寿命を基準に策を立てる事程不確かな物はない。卿の言い方を借りれば、それこそ公爵閣下が健在のうちに事を成さねばならんのだ」
アンスバッハ准将の言い分も分かるが…この争いのどこに大義名分があるのか。ただの面子の張り合いではないのか…助力を申し出たフェザーンの目的は何なのだ。准将は本当に不安を感じていないのだろうか…。
10月10日13:40
マリーンドルフ宙域マリーンドルフ星系近傍、客船アザルストヴォー
ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ
今、私達親子はオーディンに向かっている。父に対してヨーゼフⅡ世陛下から御召しがあったからだ。だけど幼少で父の顔もよく知らぬ陛下が、父を呼びつけるとは思えない。となると父を呼んだのはリヒテンラーデ公…そうすると用向きはかなり政治的な物だと思うのだけど、父は教えて下さらない。
「ここに居たのか」
「寝室は息が詰まりますから…お父様を呼びつけたのはリヒテンラーデ公でしょう?そろそろ教えて下さらない?」
「バレていたか…いや、大した用ではないよ」
「あら…帝国宰相、公爵になられたリヒテンラーデ公の呼び出しでしょう?マリーンドルフ家の命運がかかっているかも知れないのに、それを大した話ではないと?」
「おいヒルダ…」
笑ってごまかそうとする父を見て思う…父は平凡だ。でも決して暗愚ではない。平凡だけど公正明大な事、それが父の最大の取り柄…リヒテンラーデ公が父を呼んだ理由が私には判る。公は中立を望む父を味方に率いれる事で、それに続く者達を探している…。
「私は中立を望んでいる、だがそれが無理な時は私は有志連合に参加しようと思っている。この国難の時、帝国貴族としてはそれが…」
「お父様!」
「…何だい、ヒルダ」
「リヒテンラーデ公にお味方するべきです…理は政府側にああります。何と言っても公はヨーゼフⅡ世陛下を擁しているのですから…翻って有志連合はどうでしょう?あの方々に大義名分はありますか?自分達の既得権益を守る為だけに集まった人々ではありませんか…そんな集団に、吹けば飛ぶようなマリーンドルフ家が今さら加わってもどうという事はないでしょう…むしろ日和見と軽んじられるのは間違いありません。それに、この戦いは政府側が勝ちますわ。ミュッケンベルガー元帥もいらっしゃるのですから」
「おいヒルダ。ヒルダ…」
父は諦めた様に肩を落としたけど、顔は笑っていた。
「…お前は昔から、花とか競馬とか、他の貴族令嬢達が熱中する様な物には全くといっていい程興味を示さなかったなあ」
「あら、競馬は好きですわ。それに花も」
「お前は自分で出走する方にだろう。それに花といっても野山に咲く方の花だ…分かった、この家の命運はお前に委ねよう、次のマリーンドルフ家の当主はお前なのだからな。マリーンドルフ家の為というより、マリーンドルフ家を使ってお前の生きる道を拡げなさい」
「お父様!ありがとう!」
ありがとうお父様、マリーンドルフ家の命運を私に委ねて下さって。そして、私をこんな時代に生んでくださって…。
10月18日15:00
ヴァルハラ星系オーディン、新無憂宮北苑、宰相府、
クラウス・フォン・リヒテンラーデ
「リヒターとブラッケの改革案だが、どう思うか」
「急進的です。農奴の解放、税制、裁判制度の改正、平民の権利拡大…どれ一つとっても有志連合には受け入れ難いと思います」
ゲルラッハは私の問いに即答した。即答出来る位なのだから、普段からそれについて考えていたか、愚問であるかのどちらだ。
「おそれながら、閣下は二人の改革案を採用なされるのですか」
「今すぐにではない。段階的に、じゃ。有志連合と戦う以上、支持基盤を平民に求めるしかないのでな。平民達に、改革が進んでいると思わせる様に持っていくしかあるまい」
どちらにせよ改革は必要なのだ。であれば急進的と言われた方が丁度いい。
「しかしながら、どれも今すぐには実施は難しゅうございます」
「その通り…故に段階的に、と申したのじゃ。どれも有志連合を潰した後でないと実施出来ない物ばかりじゃからの。軍とも相談が必要じゃ。まずは勝たねばならん」
「軍は大丈夫でしょうか」
「大丈夫であって欲しいものじゃて」
淹れた紅茶は冷めきっていた。それが丁度よかったのだろう、ゲルラッハは意を決した様に飲み干した。
「…どの様にして反乱に誘導なさるのですか」
「改革を発表する。改革の第一弾として劣悪遺伝子排除法を廃法にする。ルドルフ大帝の制定された祖法だ、有志連合は怒り狂うだろう」
「そ、それは、政府内でも反発が起きるのでは…」
「あの法は今では有名無実化しておる。ルドルフ大帝の治世の頃とは違うのだ。それに、あの法律のおかげで自由惑星同盟などという叛徒を産み出し、戦争の原因ともなったのだ…せめて最後くらいは役に立ってもらった方がよかろう」
そう青い顔をするなゲルラッハ…負の遺産はどこかで解消せねばならんのだ。
「有志連合に参加しているのはどれ程じゃったかな」
「帝国貴族のほとんどです。四千家を越えるかと…仮に彼等の資産を没収した場合、その額は優に十兆帝国マルクを軽く越えます」
「ふむ。改革を始める資金としては充分ではあるが…」
「ですが資金は直ぐに底を尽きます。有志連合の持つ宙域、星系は資産価値としては有望ですが、インフラへの大規模投資、再構築と規格の統一を進めねばならないからです。その上解放農奴や彼等の領民を直接抱え込む事になる訳ですから、十兆帝国マルクなど一時的なカンフル剤にしかなりません…叛乱軍との戦争も継続せねばならない訳ですから…改革を始めるにはフェザーンの協力が必要でしょう」
「叛乱軍が掠め取ったアムリッツアの様にはいかんのか。かの地は繁栄しているというではないか」
「まず規模が違います。彼奴等は一度に複数の宙域を抱え込んだ訳ではありません。アムリッツアは辺境であるが故に抱え込む人口も少なくて済みますから、インフラ基盤の構築は容易なのです。そこに星間国家レベルの資金を一気に投入する訳ですから…何よりアムリッツアの開発自体が彼奴等の戦争経済と合致します」
「ふむ。彼奴等は前向き、我等は後ろ向きの仕事という訳か」
ゲルラッハの言う事は説明されずとも解ってはいた。間接統治から直接統治へ…平民達を支持基盤とせざるを得ないが故に統治政策は開明的な物となる…フン、有志連合を討ったとしても、その後に潜在的な反乱分子を育てる様な物ではないか…いや、開祖ルドルフ大帝は民衆達から熱狂的に支持されたという。今こそその熱狂を再現せねばならない。その為にも改革は急務なのだ…。
宇宙曆796年10月23日14:15
バーラト星系、ハイネセン、ハイネセンポリス郊外、自由惑星同盟、自由惑星同盟軍、統合作戦本部ビル、宇宙艦隊司令長官公室、
ヤマト・ウィンチェスター
醤油せんべいが旨い。マイボトルに入れてきた緑茶とよく合う…ソイソースチップスと書かれているが、見た目も味も醤油せんべいだった。あまり食べる人は居ないのだろう、ビュコック長官にそれは何だと質問されてしまった…長官公室でせんべいをパクついているのにはちゃんと理由がある。フェザーンに居るバグダッシュから、帝国政府から重大な発表があるという情報があったからだ。
FTL来ます、と副官のファイフェル少佐が短く報告すると、真っ黒だった大モニターの画面に新無憂宮の黒真珠の間が映し出された。
『全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界のあらゆる法則の擁護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝、ヨーゼフⅡ世陛下のご入来』
小さな子供がフラフラと侍従官と共に玉座に向かっている。エルウィン・ヨーゼフか…原作の様に癇癪持の利かん坊なんだろうか…。
「年端も行かぬ子供が皇帝とは…帝国にとっては世も末じゃな」
ビュコック長官が肩を竦めた。帝国二百五十億の頂点が五歳の子供…確かに世も末だ。そこに本人の意志は全くないだろう。
「軍人はともかく、文官の数がやたらと少ないですね」
ファイフェル少佐が尤もな感想を口にした。有志連合に参加している貴族達は現皇帝を認めていないという事だろう。文官の列にはおそらく政府閣僚しか並んでいない…マリーンドルフ親子の姿が見える。どういう事だ?…侍従官が皇帝に耳打ちした。胸を張った小さな皇帝が調子のおかしい精一杯の声を出す。
『予は政を改める事とした。宰相、発表せよ』
深々と頭を下げて進み出たのはリヒテンラーデ…帝国宰相になったのか…。
『今後も神聖なる銀河帝国が長きにわたって繁栄を享受する為に、皇帝陛下より以下の御掟を賜った。税制の改革、裁判制度の改正、農奴の解放である。この三つの御掟をあまねくしろしめす為にまず、劣悪遺伝子排除法を廃法とする』
文官の列は静かだったが、軍人の列からはざわめきが聞こえてくる。まさかリヒテンラーデがこれをやるとはねえ…ざわめきが止まない中、小さな皇帝がこれまた小さな手を上げた。
『皆静まれ…この世に劣悪な者など居らぬ、そうであろう宰相』
『はい。まことその通りでございます』
『そち達の目がねに叶う者が居れば、予に遠慮する事なく召し抱えるがよい』
侍従官がいちいち耳打ちするのが面白かったけど、皇帝自らが発した言葉だ、帝国にとっては国是と言っていいだろう。ワルキューレは汝を愛せり…帝国国歌が流れ出して皇帝が退場していく。画面が切り替わったと思ったら、バグダッシュのどこか胡散臭い笑顔が映し出された。
“如何でした?”
「まさか劣悪遺伝子排除法を廃止するとはね。それに農奴解放…ルドルフを否定したに等しいな」
「そうじゃな…バグダッシュ…中佐か、バグダッシュ中佐、これは生放送かね?」
“残念ながら録画です。ですが、二時間ほど前に放送された物です”
「録画という事はフェイクという事も有り得る訳じゃな?」
“その可能性は低いと思います。帝国全土、フェザーンに向けて可能な限り視聴する様にと布告があった位ですから”
「そうか。副司令長官、どう思うかな」
「中佐の言う通りでしょう。わざわざ公式発表で嘘をつくとも思えませんし…中佐、最近のフェザーンの様子はどうだい?」
“戦争特需といっていい状況です。顧客のほとんどは帝国貴族の様で、貴族領に向けた輸送船団すら組まれています。あと妙な集団を見かける様になりました。地球教団という連中です”
「地球教団ねえ…」
“はい。帝国政府に協力して、聖地地球を狙う叛乱軍を倒そう…というのがスローガンの様です。宗教なのか政治団体なのかよく分からん連中ですが、注視すべきではないかと思いまして…あれ、あまり驚いてなさそうですな”
「その連中なら最近ハイネセンでも見かける様になったんだよ。でも君のいう事が正しいなら、ハイネセンとフェザーンで別のスローガンを掲げている事になるな。こっちの地球教団は帝国を倒そうと言っている」
“…成程、分かりました。こちらでも探ってみましょう”
「胡散臭い連中だ。無理はしないでくれよ?」
“了解であります”
通信が終わると、長官は大きくため息をついた。それと同時にファイフェル少佐がヤンさんとアッテンボローの来室を告げた。
「第一艦隊、第十三艦隊の昇進推薦者リストをお持ちしました」
「了解した。茶でも飲んで少し待っててくれんか」
ビュコック長官がファイフェル少佐を伴って執務室に戻ると、ヤンさんは俺の隣に陣取った…なんだ?耳を貸せ?
「ひどいじゃないか、推薦者リストの決裁をローザス少佐に丸投げするなんて」
「私の部屋に行って来たんですか?」
「そりゃそうだろう。君の決裁がなければここには来ないんだから」
「未提出なのはお二人だけでしたし、お二人なら変な書類は持って来ない筈だからサインお願いって頼んでおいたんですよ。信頼の証です。それに少佐がサイン出来ないような内容だったら、私がサインする訳ないじゃないですか…そうでしょう?」
「それはそうだが…アッテンボロー、ひどい上司だとは思わないか?」
「言い訳が先輩の言い方そっくりで、吹き出しそうになりましたよ」
「私はこんな言い訳した事ないぞ」
「そうですか?キャゼルヌ先輩にも聞かせてあげたいですね。きっと私と同じ意見だと思いますよ」
「やれやれ…ところでウィンチェスター、ここで何をしているんだ?重要な話なら退散するが」
そうだ、さっきの映像、ヤンさんやアッテンさんにも見てもらおう。
「今からとある映像を見てもらいます。内容については…そうですね、おそらく今日の深夜か明日のニュースでは出る筈ですから、それまでは心に留めておいて下さい」
俺の言い方に二人は不審そうな顔をしたけど、映像を見せるとそれは驚きに変わった。
「これは…」
「帝国の最新情報ですよ。ご覧下さい」
二人ともじっと映像に見入っていた。新無憂宮、黒真珠の間、しかも最新映像なんて中々見れるもんじゃないからな。
「劣悪遺伝子排除法を廃止…これはすごいな。確かこの法律は有名無実化していた筈だが、開祖ルドルフの作った法律という事で歴代皇帝も廃止には出来なかったと聞いているが…」
「でもヤン先輩、有名無実化していた訳でしょう?そんな法律を今更廃止したところで意味がないんじゃないですか」
「いや、法の効力というよりルドルフの作った法をなくすという所に意味があるんだ。王朝を継いだ者にとって、開祖の行為を否定するというのは、自らの拠って立つところを否定するという事だからね。それから皇帝の御掟…これは帝国市民へのアピールなのかな」
ヤンさんの述べた感想に、俺が出した緑茶を苦そうに飲みながら、アッテンさんが反論する。そんなに苦いかな…。
「あんな子供がこんな事考えつく訳ないでしょう?皇帝とはいえ、どう見ても五、六歳ですよ」
「そうなんだ。あんな小さな子供が言い出した事じゃないとすれば、重臣達が言い出したという事になる。帝国は本当に改革を志向しているのかも知れない。しかも開明的な方向へだ」
「…でも文官達の列席が少なくないですか?歴史の資料映像で見せられる帝国の宮廷ってのはこう…文武の顕官達がズラっと並んでるって印象でしたけど」
「…アッテンボロー、いい所に目を付けたね。文官達の列、貴族達が少ないのはおそらくこの改革に反対している……そうか。ウィンチェスター、これは今から帝国内で内戦が始まる、そういう事だね」
ヤンさんは意外にいけると思ったのかも知れない、緑茶を大事そうに口に運びながら、せんべいに手を伸ばしている。
「その通りです。帝国政府の決意表明ですよ、これは」
貴族領と戦う事を決めた帝国政府は、自分達の支持基盤を平民達に求めたに違いない。だからこそ皇帝の言葉として発表した。自分も貴族階級の一員であるリヒテンラーデ爺さんにそこまで決意させるとなると、妥協はないな。軍人達もざわついていたけど、疑問を口にする者は誰もいなかった。軍中枢部への根回しも当然ながら済んでいるのだろう。となるとメルカッツも貴族達に味方する事はないか…。
「新しい皇帝が即位した、だけど貴族達にも皇位継承の資格者が居た筈だ。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の娘達…有志連合は彼女達を推すに違いない…違うかい?」
「そうですね、女帝として君臨させるか、貴族達の中から誰か婿を迎えてその后妃となるか…どちらにしてもブラウンシュヴァイクやリッテンハイムは外戚、重臣として威勢を振るう事が出来る」
すると、俺達の話を聞きながら新しいせんべいの袋を開けたアッテンさんが、一つの疑問を口にした。
「でも、どちらの陣営にしても直接戦うのは市民同士な訳でしょう?帝国政府の発表を見た貴族陣営の市民達は、脱走やサボタージュするんじゃないですか?」
「確かにそうだね…それともそれを考慮しなくてもいい要素が貴族達にはあるのか…」
アッテンさんの疑問はヤンさんにとっても意外だったのかも知れない。原作ではあまり描かれてなかったしな…。
「その点は簡単に解決出来ますよ、アッテンボロー先輩。貴族達が政府側と同じ事をやればいいんです」
「何だって?それじゃ戦う意味がないじゃないか」
「元々意味なんてありませんよ、帝国内の権力闘争、主導権争いなんですから…平民達に戦う意味を色々と考えさせない為には有効だと思いますよ。考えてみて下さい…貴族達が勝って、帝国を担う存在になったとしましょう。その時、彼等は支持基盤はどこに求めるのです?貴族達の持つ力の源はどこにあるのでしょう?」
「あ、そういう事か。同じ利益を享受出来るなら、自分達の親玉が勝つか政府が勝つか、って事だけ気にしてればいい。問題意識を矮小化出来るし、戦う兵士達も気が楽だ」
「そうです。帝国政府の発表を見る限り、具体的な事は劣悪遺伝子排除法の廃止のみで、それ以外の事には言及していません。おそらく内戦が終わった後に段階的に実施するつもりなのでしょう。改革を打ち出せば貴族達は受け入れないと考えて発表したのでしょうが、結局支持基盤はどちらも同じなんです。貴族達だって自分達が政権を握れば、支持基盤から見限られない為に改革せざるを得なくなるんですよ。であれば政府案と同じ事を言えばいい。そういう事です」
15:00
ダスティ・アッテンボロー
このソイソースチップス、旨いな。ウィンチェスターはせんべいって言っているが、せんべいって何なんだ?…
ヤン先輩とウィンチェスターの議論、見ていて面白い。しかし、ウィンチェスターの奴、何でああもきっぱりと言いきれるんだ?奴と俺とじゃ得られる情報量に違いがあるのは解るが、あの映像を見たのは奴だってついさっきの筈だ。ヤン先輩ですら追い付いていない。
「私だったらそうしますね…私だったらですよ、貴族がどうするかまでは分かりません」
「お前さんの言う通りに事が進んだとしよう、それだと平民達は戦おうとしなくなるんじゃないか?」
「戦いに勝ったら、という付帯条件が付いているのは帝国政府側も貴族側も同じです。平民でも実際に戦うのは軍に居る者達なんですから、給料分は働きますよ」
「なんだかこう…やりきれないな」
「仕方ありません、革命戦争ではないんです。ただの主導権争いなんですから。」
「お家騒動ってやつか…そのお家騒動に我等がアッシュビーの再来はどう首を突っ込むんだい?」
「何もしませんよ」
隣の執務室からビュコック長官が戻って来た。ファイフェル少佐が四つのコーヒーと一つの紅茶をトレーに載せている。
「何もしない、とはどういう事ですか、副司令長官」
「ビュコック長官が戻って来たからと言って口調を改めなくていいですよ。先輩後輩でいきましょう」
ウィンチェスターの指摘にビュコック長官とヤン先輩が苦笑している…くそ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうか…。
「何もしないってのは消極的過ぎはしないか?絶好の好機じゃないか」
「何もしないというのは内戦を戦っている両陣営に対してです、それ以外の事はちゃんとやりますよ」
「それ以外??」
「はい今から話すのは思いついただけなので成功するかどうかはちょっと解りませんが、成功の見込みは高いと思います」
「もったいぶるなよ、何をするんだ?」
「ええとですね…イゼルローン要塞をハーンに運びます」
帝国暦487年11月1日12:15
ヴィーレンシュタイン宙域、ヴィーレンシュタイン星系、銀河帝国軍ヴィーレンシュタイン基地、ヴィーレンシュタイン方面軍司令部、
ラインハルト・フォン・ミューゼル
雌伏を選択してから、報告とミーティングを兼ねた昼食会を開く事にしている。フェルナーの進言によるものだ。
~頼る者が互いしか居らぬのですから、酒の席だけではなく普段から互いの考えを理解する場が必要でしょう。夕食や酒の席だとアルコールの力でエスカレートしがちですが、昼食なら眠くなるだけで済みます~
寝てもらっても困るのだが…。
「アントン、ベルタ両提督は無事にブラウンシュヴァイクに着いたでしょうか」
キルヒアイスが言っているのはノルトハイム兄弟の事だ。彼等は増援として俺の元に来たが、ヒルデスハイム伯が有志連合に参加したのを見て、自分達も伯の元に戻りたいと言って来たのだ。
『俺達だけじゃないんだ、他にも結構居る。元から伯爵家に仕えていた連中だ』
『…確かに私には辺境防衛の全権が与えられていますが、こればかりは…』
『艦隊は置いていく。離脱組の移動に必要な艦だけ呉れればいい。これならいいだろう?』
『ですが…』
『今はまだ同じ帝国軍だ。ドンパチが始まってからじゃこんな事頼めないだろう?伯父貴を支えられるのは俺達しかいないんだよ。頼む』
『…もし戦場でお会いしても手加減は出来ませんよ』
『望むところだ…済まない』
「兵士達の家族の移動はどうなっている?」
「順調です。今月下旬には希望者の第一陣が到着します」
ミュッケンベルガーにノルトハイム兄弟の事を報告するのと同時に、家族を伴う赴任、という形で兵士達の家族親族達のヴィーレンシュタインへの移住の許可を求めた。内戦になったら状況はどうなるか分からない、そんな状況の中で帝都に家族を残したまま長い辺境防衛の任に就くのは兵士達の士気に関わると陳情したのだ。辺境防衛に名を借りた雌伏を選んだ俺としては、着いてきてくれている兵士達の家族にも責任がある。
『今はまだ同じ帝国軍か…言ってくれるものだな。ノルトハイム兄弟とその同行者については了解した。家族の移動か…むしろ兵士達にも辺境防衛の重要さを自覚させる事が出来るやも知れん。家族や縁者が居れば望郷の念にかられる心配もない。ただ、こちらも手が空いている訳ではない、輸送の実施については卿の責任で行え。よいな』
ミュラーを責任者として輸送船団をオーディンに向かわせたのが先月の中旬、キルヒアイスによるとこちらに着くのは今月下旬。各宙域、星系まで含めるとまだ時間はかかる…。
「第一陣には卿の奥方も乗り込んでいるのであったな」
「はい、その通りです。副司令長官にはなんとお礼を申し上げたらよいか…」
「当然の事をしたまでだ、ミッターマイヤー。卿等が私の選択を是としてくれた以上、私には卿等や兵士達の家族にも責任を負わねばならない。ただ認められるかどうかは賭けだったがな」
ミッターマイヤーの言葉に深く頷いているのはケンプだった。確かケンプには奥方と二人の子供が居た筈だ。
「閣下が我々の家族の事にまで心を砕いておられたとは思いもよらず…兵士達の士気もあがっております。家族の事も然ることながら、今回の昇進の件、まことにありがとうございます」
「卿にはその能力があるのだ、私より卿を推薦したミッターマイヤーに礼を言うがよい」
ノルトハイム兄弟が残していった艦隊は二個艦隊、艦艇数にしておよそ三万隻に及んだ。これをミッターマイヤー、ロイエンタール、ケスラー、メックリンガーの各艦隊の受けた損害の補充に当て、残った艦艇を再編成し、ケンプを昇進させ彼に指揮させる事にした。俺の艦隊の補充は後回しだが、それはどうでもよかった。今は俺自身が戦う事より俺の勢力を肥え太らせねばならないからだ。内戦が始まれば大規模な補充は望めない。であれば自分の艦隊より麾下の艦隊を充実させた方が、各艦隊司令官達や兵士達の信望を集める事が出来る、そう判断したからだ。
「卿は誰も呼ばなかったのか、ロイエンタール…花畑という訳にはいかんだろうが、両手に花くらいだったら誰も文句は言わんだろう」
「両手に花か…本命か二番目かと、立場の取合いで女達が揉める事になる。それにだミッターマイヤー」
「うん?」
「花は飾りに過ぎないのに、そんな揉め事が起こるのはおかしな話だろう?巻き込まれるのは御免被る」
ロイエンタールが漁色家である事は有名な話だった。ミッターマイヤーとロイエンタールの会話を、冷やかな目をしてケスラーやビッテンフェルトが聞いている。
「しかし、かなり人口が増える事になりますな。軍首脳も有志連合への対応もあって家族の赴任を認めたのでしょうが、当面はいいものの、食糧や嗜好品の生産、医療、教育など辺境防衛以外の事も考慮せねばなりません」
無理矢理話を変えようとするビッテンフェルトの口調は少し滑稽でもあったが、ビッテンフェルトの指摘は的を得たものだった。
おそらく今回の措置が許可された背景には軍だけではなく政府の思惑も絡んでいるのだろう。政府は…リヒテンラーデ公は軍の力を使って辺境を太らせようとしている。辺境防衛には手を抜けない、ならばいっそ、という事だろう。
「そうだな、花を咲かせるにはまずは土と水、肥料が必要だ。両手に花もその後という事であろう、ビッテンフェルト」
「は、はっ。その通りであります」
「卿に命じる。ボーデンに向かい彼の地の領主達に伝えるのだ、プラントを譲ってくれと」
「はっ…お言葉ですが領主達がプラントの類いを譲ってくれましょうか?」
「代金は軍が払う故、叛乱軍から買ってもよいと伝え回るのだ。ただ、公にはしてくれるなと」
「は、はっ」
「公式には哨戒だ、頼んだぞ」
白身のムニエルを急いで口にほおり込むと、ビッテンフェルトは会議室を駆け出して行った。その姿を見ながらロイエンタールが賛意を示した。
「…確かに哨戒行動には違いがありませんな…叛乱軍が辺境領主達とどの様に繋がっているか判明するでしょう。おまけにこの星の開発も進む…良い花が咲きそうです」
「そうだな。何色の花が咲くか、楽しみにするとしよう」
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