機動戦士ガンダム0086/ティターンズロア
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第二部 黒いガンダム
第五章 ライラ・ミラ・ライラ
第四節 闖入 第四話
ライラの駆る《カスタム》の警戒宙域に入った瞬間、レコアはクレイバズーカを放ちながら、回避機動を行った。機体をAMBACで僅かに回転させながら、右へとスライドさせる。最短距離を走破する直線運動から螺旋運動へと移行したのだ。さっきまでの直線軌道を起点に不規則な螺旋を虚空に描いた。
宇宙空間ではスラスター以外で自発的に移動することはできない。空気抵抗や重力がないため、運動エネルギーが相互に作用せず、新たな力が加わるまで保持されるのだ。つまり、機体の回転は能動的に動いたとしても、スラスターで付けた加速と位相は変わらない。MSの機動はこの法則を利用したものだ。AMBACとは機体各所にあるスラスターの角度を能動的に変えることで、姿勢制禦のためのスラスターを噴射の必要がないということだ。当然、位相を変えるためにはスラスターを噴かすことになるが、姿勢制禦のためにスラスターを噴出しなくていい分、活動限界が延ばすことができた。少ない資源で兵器を有効活用しなければならないジオン生まれの兵器らしい特性である。
《カスタム》のスペックは《リックディアス》のデータベースに登録されている。《カスタム》の警戒宙域に差し掛かれば牽制でも攻撃がくる――その判断に間違いなかった。さっきまでレコアがいたところに、ライラが放った光弾が通過していく。
新手が三機ならシャアたちが出れば簡単に片付くだろう。だが、シャアの手を煩わせたくなかった。それは個人的な理由でしかないが、レコアにとって重要なことだった。
「大佐には休養が必要よ」
寄り添うシャアの姿を夢想し、慌てて現実に立ち戻る。妄想に現を抜かしていい場面ではなかった。敵は、此方を甘く見ている。それは戦力の逐次投入をしたことで判る。だが、それが罠であるという可能性を否定はできなかった。だが――
「邪魔はさせないっ」
その思いが、力となってくれる。
そう信じていたし、レコアにとってそれは真実だった。誰が理解しなくてもいい。結果を積み重ねていけば、それは事実となる。
一年戦争をくぐり抜け、生き残ったパイロットの端くれだという自負が、レコアにもある。生に執着を持つ者だけが生き残れる、それが戦場だと知っている。だが、主義主張のために命は張れなくとも、好きな男のためなら、死ねるのが女だ。大佐のため――憧れてやまなかったシャアがいま手の届くところにいる喜び。矛盾するが、のシャアの側にいられるなら、命は惜しくないと思っていた。
レコアの駆る《リックディアス》は本来重MSに分類されるべきMSである。ガンダリウム合金による軽量化による推進剤の増量とバインダーの装備によるAMBACの多様化によって高機動を実現した珍しい機体だ。擬装のためのアナハイム社による増設パーツが本来の機体以上の性能を引き出した稀有な例である。その独特な機動は、フレキシブルに可動するバインダーによって生み出されていた。
例えば螺旋運動一つにしても、《カスタム》では熟練者しかできない正円運動を素早く短い距離で行える。だが、AMBACの多様化がパイロットを選ぶ機体にしてしまった。さらに言えばツィマッド社製のため、ジオン上がりのパイロットでないと扱いきれなかった。つまり、レコアにとっては扱いやすい機体だった。
「なんだ、この機体は……?」
ライラにとっては、《ガンダム》よりもこの《リックディアス》の方が脅威だった。明らかに敵パイロットが乗り慣れているように感じたからだ。戦闘では、敵がニュータイプでもない限り、高性能な機体より熟練パイロットの技倆の方が怖かった。戦馴れというのはどんな胆力のあるパイロットであっても、時間が必要だからだ。それはニュータイプと言えども同じである。ライラとて胆力のある方だったが、初陣では周りが見えなくなって、被弾したものだ。
「ジオンの亡霊がっ! ドムモドキがでしゃばるんじゃないっ」
「カミーユを殺らせない」
ライラとレコアの気魄がぶつかる。《リックディアス》の動きに追従して《カスタム》が体を入れ換えた。天頂方向に機体を流したレコアは《カスタム》をロックオンする。しかし、ライラはさらに左肩と左脚のスラスターだけを噴かして、MSの軌道を変えた。
二人の銃撃が虚空を貫く。
一旦離れた彼我の距離が挌鬪戦にまで近づいた。刹那、光刃が走る。二つの光束が一瞬で闇を切り裂き、相手に襲いかかった。
――ギィィィーン。
光刃と光刃が互いを斥力で弾こうとする。Iフィールドの発する高密電磁帯同士が反発しあい、火花――プラズマを散らした。
二撃、三撃。
繰り出された光刃は都度、相手の光刃に跳ね返される。レコアはランダムバインダーを噴かし、後退して距離を空け、ライラはバックパックのメインスラスターを噴かして間合いを取る。
「デリャアアアアアッ!」
「ハァァァァッ!」
ライラのビームサーベルが高く振りかぶられ、レコアのビームサーベルが横合いから襲いかかる。
――ガシィィィッ
宇宙空間に空気があれば、鍔競り合いの音が響いたことだろう。二機のMSのコクピットにはギシギシという関節の軋む音が響く。二人の技倆は拮抗していた。だが、殺意という意味では、レコアに必死さが足りなかった。
機体が一気に仰け反る。
レコアは激しい衝撃にコントロールパネルにヘルメットを打ち付けた。連続して叩き込まれる振り回した膝蹴りだ。
「もらったぁ!」
ライラは勝利を確信して吼えた。
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