機動戦士ガンダム0086/ティターンズロア
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第二部 黒いガンダム
第五章 ヒルダ・ビダン
第四節 闖入 第三話
密集隊形を保ったまま接近し、敵前で散開、ライルとライラが追い立てて、カークスが敵MSを一気に叩く。それがライラの策戦だった。チャン・ヤーから新型は捕獲するように言われていたが、そんなことは現場の状況如何だ。
殺らなければ殺られる。戦場は弱肉強食が掟だ。例外はない。隙のある奴、運のない奴から死んでいく。その戦場で鹵獲を優先するのは愚の骨頂であった。第一、チャン・ヤー自身がそこに重きを置いていない。「自分が生きて仲間と帰る」それがチャン・ヤーとライラに共通する考え方であった。
「不良軍人だからな」
くくっと喉で笑いを噛み殺す。思い出しながら、一人で笑い声を立てていた。ライラとて不良軍人の類いなのだが、他人のことは言えるものだ。チャン・ヤーが聞いたら「貴様にだけは言われたくない」とブスッとした顔で言うに違いない。
「さぁ、狩りを始めるよ!」
「諒解っ」
ライルとカークスの声が重なった。
獲物――ライラのいう敵の動きは少し奇妙だった。二機ともではなく、一機が明らかに鈍い。もう一機はそれを気遣うように周囲を警戒しているようだった。
全開。
スロットルを目一杯に踏み込んで彼我の距離を一気に詰める。小脇に抱えたビームライフルを連射して矢襖を作った。ライルとカークスもそれに従う。
動きの鈍い方は後回しだ。
微妙に違う角度の三方から迫る矢襖に、敵は回避行動をとらざるを得ない。空いているのはライラから見て右手――そこにはライルの《カスタム》が待ち構えている。
ライラは勝利を確信した。
上手く嵌まってくれた――そう思った瞬間、《03》と描かれた《ガンダム》がビームライフルを放ってきた。しかも、ライルのいない左手、天頂から見て九時、進路からすると逆鋭角に回避しながら、である。
普通ならば機数の少ない側は密集隊形をとり、火力と防御力を補い合うものだ。しかし、この二機は違った。
侮れないかもしれない。
ライラは笑みを浮かべた。
「活きがいいじゃないか。このアタシを本気にさせてくれるっ」
信号弾を打ち上げ、ライルとカークスに掩護を指示する。ライラは左手にビームサーベルを持たせて、抜かずに接近戦を仕掛けた。一気に叩くのではなく、各個撃破だ。
「さきにお前を殺らせてもらう!」
動きの鈍い《01》を二人に任せて、自身は《03》に向かった。タックルをするかのような加速をしながら、牽制にビームライフルを放つ。敵の動きを制限し、確実に仕留めるためだ。
右肩の補助スラスターを噴かして、次の瞬間、左肩側も噴かす。噴かし方を微妙に変えることで《03》の左手に回り込んだ。
しかし、カミーユは機体を反転させて、天底方向に潜り込む。カミーユの放ったビームライフルの光が続けざまにライラのシールドに突き刺さる。
「何? なんて連射速度だ……だが、その分弾切れも速いってね!」
明らかにライラが装備しているボウワ社製BR‐83Aよりも速い。ほぼ時差なしに、着弾した。シールドを瞬時に擲ち、機体に回避運動させつつ、シールドを狙って弾幕にする。さらにビームサーベルを抜いた。
さすがは歴戦のライラであるが、《ガンダム》の持つビームライフル――ボウワ社製BR‐86Aはその予想を超えていた。この新しいビームライフルは低出力の連射モードと高出力のライフルモードを切り替えることができる上、エネルギーパック―カートリッジ方式の弾装を交換することで、戦闘継続が可能となる。
今までのビームライフルは、ライフル内にチャージされた収縮メガ粒子――Iフィールドを利用したエネルギーCAP技術による光弾を射ち尽くしたら、母艦に戻り再チャージしなければならなかった。
それが誤算だった。
ビームライフルの光弾がライラの《カスタム》の装甲を焦がした。駆動系に問題はない。左脚の装甲を掠めただけだった。しかし、それさえ、一年戦争以来、初めてのことだ。デラーズの乱の折は、〈ルナツー〉は主戦場から遠く蚊帳の外であったし、それ以後、大きな戦はない。残党狩りだけがライラの戦歴であり、来るべき戦いのために訓練を怠らず、命を大事にしてきた。
そのライラが相手を脅威に感じないのは、ライラの自惚れではない。《ガンダム》のパイロットは乗り馴れていない――操縦に熟れた馴れが見えなかったからだ。つまり、まだ己の手足のように使えてはいないということだ。
「甘いね。慣熟訓練ってのは、MSのためじゃないんだよっ」
故に付け入る隙はあると、ライラには解る。それは経験の差だ。正確な射撃、マニュアル通りの戦術眼は新兵だと思わせる。時折みせる予測不可能な動きにだけ気をつけていればいいのだ。
ライラはこの時点で勝利を確信した。
だが、その勝利を遠退かせる報せが鳴り響く。警戒宙域に所属不明機が侵入したのだ。
「貴様は邪魔なんだよっ!」
ライラがビームライフルを放つ。と同時に回避運動。敵からはバズーカが放たれた。ターコイズブルーとネイビーブルーの所属不明機は《ドム》に似ていた。違うのは背後に二枚のバインダーを背負い、モノアイが固定されたように見え、全体的に丸みを帯びていないことぐらいか。はた目にはジオンと連邦のMSの合の子にも思えた。
機敏に避けた《ドムモドキ》に実戦の重みがあった。性能も未知数となれば、全戦力で掛かるべきかもしれない――ライラがそう考えたとき、後背に火球が生まれた。
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