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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  スペツナズ その3

 
前書き
 ハワイ沖から始まる大東亜戦争のIFルートは、公式同人誌「Muv-Luv Regenerative」のVol. 01から04にかかれている設定を元にしました。
マブラヴ世界では日本は1944年に条件付き降伏をして、戦争が終結しています。 

 
 マサキが函館入りした9月7日の昼過ぎ、日本海から、ソ連海軍の艦艇10隻が津軽海峡に入った。
第2航空群所属のロックウイード(現実世界でのロッキード)P-2Jは、その姿を遠くから撮影を兼ねて確認する。
 ソ連艦隊の中で、ひときわ目を引くのは、艦隊中央部にいるスターリングラード級重巡洋艦「モスクワ」だ。
 ビルマの仏塔(パゴダ)を思わせる様な船体中央部に存在する艦橋構造物に、後部には巨大なレーダーが2基見える。
前後には30.5センチ3連装砲と13センチ連装砲をそれぞれ3基装備し、巨躯を誇るソ連太平洋艦隊の主力艦だ。
設計当初から不安視された防空面は、С-75(sa-2"ガイドライン")の改良型であるM-2 ヴォールホフMを16機ほど装備する近代改修を受けている。
その為か、ソ連海軍ではスターリングラード級は、防空巡洋艦とも呼ばれている存在だった。
 旗艦のモスクワを追うようにして、クロンシュタット級巡洋艦の「クロンシュタット」と「セヴァストポリ」が続く。
その他、キンダ級ミサイル巡洋艦2隻、スヴェルドロフ級巡洋艦4隻、情報収集艦1隻と共に、津軽海峡を最微速(3ノット:約5.6キロメートル毎時)で航行していた。

 ソ連太平洋艦隊は、BETA戦争で唯一無傷のまま残ったソ連の水上戦力である。
史実と同様に、キンダ級巡洋艦やスヴェルドロフ級巡洋艦などのミサイル巡洋艦。
そして、最新鋭の軽空母であるキエフ級航空巡洋艦「ミンスク」だ。
 その他にはクロンシュタット級重巡洋艦やスターリングラード級重巡洋艦がそれぞれ、3隻ずつ配備されている。
クロンシュタット級とスターリングラード級は、我々の世界では未建造艦として終わったが、この世界では完成していた。
 理由は、この異界において、大規模な航空母艦による水上戦闘が行われなかったからだ。
 1941年の12月8日の真珠湾は、日米両軍の艦隊戦に終わった。
後にこの日米の初衝突は、ハワイ沖海戦と呼ばれることとなり、戦史に記録された。
 ミッドウェー海戦も同様だった。
ミッドウェーでは、日米両軍は砲撃戦を主体とし、空母機動部隊同士の対決は実現しなかった。
両軍の空母機動部隊は、天候不順によって活躍できず、艦砲射撃により、その多くを失う結果になった。
 その為に、この世界では航空機による戦艦の損失は起きなかった。
代わりにロケット弾による損害が増えることとなり、両軍ともに電子探信儀(レーダー)と対空能力を重視する結果になった。

 突如としての、ソ連太平洋艦隊の主力艦の登場に、函館市民は恐怖し、函館駐屯地ではもしもの事を備え、防空ミサイルが準備されるほどだった。
 その様な状況の中、暮夜密かに函館市内に入る車があった。
黒塗りのBMW 320Iは、町はずれの廃屋に止まると、周囲を警戒しながらトランクにある段ボールを二箱降ろした。
 運転手の男は廃屋の中に入ると、既に中に待っている者たちに段ボールから手の切れそうな新札の束を配る。
「ここに5000円札で、1000万ほどある。
明日までに、ルンペンや金に困った学生を200人ほど集めてこい」
 男から金を受け取った青年は、理由を問いただした。
「反戦平和デモをやるおつもりですか」
「ああ、そういうところかな」
 
 函館市内には、すでに少なからずのソ連の協力者である日本人スパイが潜入していた。
彼等の多くは、極左暴力集団のシンパサイザーで、ベトナム反戦運動から左翼運動に入ったものだった。
 なぜ過激派の青年がKGBの工作に協力をしたのだろうか。
それはベトナム反戦運動を始めとする日本の極左団体に秘密資金を送っていたからである。
 史実の世界でも、KGBは日本人エージェントを通じて、べ平連の代表に対し資金提供を行っていた。
アンドロポフは、彼らの事を高く評価し、ソ連の為に反米活動を行う組織として優遇していた。
 KGBはべ平連から受け取った脱走米兵を、日本国内からレポ船を通じてソ連に密航させ、北欧のスエーデンに連れて行った。
 ソ連の援助は、米軍に露見した為、1年ほどで無くなると、欧州方面に連れ出すのが難しくなり、方針を転換するほどであった。
この一例を見ても、べ平連はソ連ありきの、KGBありきの団体であった。

 マサキは、左翼界隈から憎悪を向けられていた。
超法規的措置で出獄した120名の左翼テロリストをテルアビブ空港で射殺する作戦に関与していたからである。
 120名の首は、東京の晴海ふ頭に曝された。
特にテロ事件の首謀者とみなされたものは、眉間に八寸の鉄釘を打ち付けて柱に打ちかける形を取られた。
これは平安時代の前九年の役の故実にならったもので、残忍な刑罰だった。
 
「じゃあ、ゲバ棒やヘルメットも用意しましょう」
「ああ、助かる」
 男は言葉を切ると、外国タバコのキャメルに火をつける。
トルコ葉の何とも言えない香りが立ち上り、周囲に広がる。
「その前に、文屋の香山定吉を呼んでくれないか。
俺の名前を出せば、あの男は来る」
 男が言った香山定吉は、東京の一ツ橋に移転したばかりの新聞社に所属する記者だ。
6年ほど前に、沖縄に米軍からの技術協力の元、核ミサイル基地を作る政府密約をすっぱ抜いたことで一躍有名になった人物である。
 だが機密を入手する際、外務省事務官の女性に近づき、密かに情を通じ、政府文書を得るという非合法すれすれの行動をとった事が問題視された。
 事務官の女性は、職場と夫を裏切ったことを苦に、外務省の屋上より飛び降りをはかった。
だが奇跡的に助かった後、大審院で通謀利敵未遂とされ、無期懲役を言い渡された。
 世論は、スパイ事件というよりも、男女関係に注目を置き、夫婦関係が15年来冷めきっていることを報道した。
その報道により、周囲から後期の目を向けられた女性事務官の夫は、東京の晴海ふ頭で割腹自殺を遂げるという結末を迎えた。
 新聞社は、結果的に罰金刑のみとなり、手切れ金として1500万円を払って、事態の収拾を図った。
香山はしばらく謹慎していたが、2年ほど前に素知らぬ顔で元の職場に戻り、のうのうと記者を続けていた。

「赤軍参謀総長にインタビューをさせるのだ。
いや、インタビューに失敗してもよい。奴の居場所さえわかればこっちのものよ」
 ほくそ笑む男に、青年は再び問いかけた。
「木原の件は、どうしますか」
「君たちに任せるよ。
もし失敗した際は、私の方でレポ船を用意しておく」
 レポ船とは、ソ連相手にスパイ活動を協力する日本人の漁業関係者の事である。
北洋漁業を行う小舟に通信機を載せ、日ソ国境沿いである樺太周辺で活躍する工作船であった。
 ソ連の違法工作船が摘発された1950年代ごろから活躍し、北海道の軍の状況や、潜入工作員の送迎を行っていた。
 また、1960年代のベトナム反戦運動の際には、日本の米軍基地から脱走した米兵を乗せ、日本海やオホーツク海で待つソ連の艦艇とランデブーし、脱走兵を引き渡す見返りに多額の資金を得ていた。
 1970年代には、密貿易が主体となり、ソ連国内で不足する婦人用下着やラジカセ、FAXなどを渡す代わりに、ソ連領海での自由な漁業活動を行っていた。
ソ連の指定する海域では、漁獲量は10倍になり、巨額の資金を元手にキャバレーやクラブを経営する者も出始めるほどだった。
 ソ連の国境警備隊は、他国の様に警察や軍隊ではなく、KGBの国境警備総局の下に置かれた機関である。
工作の指示やその資金は全て、ソ連共産党最高指導部の指示の元、KGBが指揮をし、行った対日有害活動であった。
 

 マサキたちは、湯の川グランドホテルにそのまま一泊した。
時折メンバーと警察が交代で、参謀総長の話し相手をし、警備を続けていた。
 昼過ぎに、在札幌ソ連総領事館の総領事と副領事を尋ねた。
北海道には、幕末からロシア領事館があり、今日も札幌と函館の二か所で活動をしている。 
 話し合いは警察立会いの下で行われ、彼らは参謀総長に亡命を思いとどまるように説得していた。
 マサキたちは待機を命ぜられ、部屋の中で待つことにした。
手持無沙汰になったマサキは、美久に近くのマクドナルドに行って、ビックマックセットを買ってくるように命じた。
ホテルの食事に飽きたのと、周囲の偵察を兼ねた命令だった。
 マサキは服を着崩して、ベットに横になって、美久の帰りを待つことにした。
暫く眠っていると、ドアをノックする音がした。
 これは美久ではないな……
 マサキが無言で立ち上がる。
ドアを開けると、そこには給仕の制服を着た男が顔色一つ変えずに立っていた。
「誰だ……」
 マサキは言葉を切ると、タバコに火をつけた。
「この国には、我らと同じように、ソビエトと友好を望む人間がいる」
 目の前の人物は、マサキは即座に何者かが送り付けた刺客だと理解した。
髪型や給仕の制服の着こなしから、焦って潜入したことがありありとわかる。  
「脅しか……」
 マサキは、吸っていたタバコを灰皿に放り投げる。
「生きていく方法を教えているのだ」
 男は唾を吐きかけたくなるほど憎んでいるマサキに対して、笑みを浮かべて答えた。
マサキは、開襟シャツの胸元に手を入れて、ショルダーホルスターに指をかける。
「賢い男は、素手で敵に立ち向かわない」 
 M29リボルバーを握るマサキの手をつかむと、男は思い切り、下から腹部を蹴り上げる。
悲鳴と同時に、マサキは拳銃を取り落とし、その場に(うずくま)る。
 マサキが一瞬怯んだのを見て、男はこう切り出した。
「これは脅しだ」 
 物音を聞きつけた白銀が、ガラス窓を割って、部屋に入ってきた。
マサキがリボルバーを拾うよりも早く、男は、袖の下より自動拳銃を取り出す。
 白銀は、マサキに自動拳銃を向ける男に、脇差を放り投げる。
男の発砲よりもわずかに早く、脇差は男の右手に刺さった。 
 白銀は持って来た細引きで、襲撃犯の事を縛り上げていた。
マサキは、蹴られた腹部を庇いながら立ち上がった。
警備の厳重なホテルに入り込むのは、容易ではないはずだ。
 おそらく警察の中にも協力者がいるのだろう。
マサキは、白銀に問いただした。
「こいつはこの間、アイリスを狙った連中か」
 白銀は部屋に盗聴器がある前提で、奥歯にものが挟まった言い方をした。
「おそらく、そう受け取ってもらって結構です」 
 

 
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