冥王来訪
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第三部 1979年
新元素争奪戦
バーナード星爆破指令 その4
前書き
さる4月15日、日間ランキング9位となり、ほぼ一年ぶりに一桁以内になりました。
応援して下さる読者の皆様のおかげです。
バーナード星eのBETAを殲滅したマサキは、謎の脳髄が気になった。
研究をしているアトリエのような場所があるのかもしれない。
そう考えた彼は、ゼオライマーに搭載された次元連結システムを使い、生命反応を探知した。
もし自分がBETAなら、生け捕りにし、解剖や生態観察に使うはずだ。
この星のどこかに保存溶液に付けた状態で、人間が置かれいる可能性は否定できなかった。
害虫を駆除するためにその生態を研究するのは、一番初歩的で基本になる方法だからだ。
米国製宇宙服―船外活動ユニット―に搭載された酸素の量が、船外での活動限界である6時間に近づいて来たところ、不意に通信装置のブザーが鳴り響いた。
マサキは身を強張らせた。
美久が何かを発見した合図だ。
宇宙服の背にある有人操縦ユニットを操作し、120キロのスーツを動かす。
2つのハンドコントローラーを使用して操縦し、背面のタンクにある冷却高圧窒素ガスによって推進する仕組みだ。
この装置により、宇宙飛行士は宇宙船から離れた場所で船外活動を行うことができる様になった。
美久の報告は驚くべきものであった。
それは3000にも及ぶシリンダーの中に、人間の脳と脊髄が保存されているという話だった。
そのほとんどがすでに無反応だが、わずか20個ほどのシリンダーからは熱源が認められる。
培養液の中を次元連結システムを応用した装置で確認してみれば、かすかな生命反応が見られた。
マサキは、ここで躊躇した。
この脳髄だけとなった人間を、次元連結システムを応用した記憶複製装置を用いれば、どのような経緯でこうなったか、完全に解明できよう。
だが、自分が秋津マサトに対して記憶を植え付けたように、健康な予備の人間を用意するしかない欠陥が横たわっていた。
美久の様なアンドロイドを作って、そこに記憶を入れれば、機械の体であることに絶望を抱き、発狂して死ぬ可能性が高い。
もしかしたら数年、何十年もここに捕らえられている可能性がある。
皮膚や骨、内臓を除去され、脳と脊髄だけになって生かされ、幻覚を観させられているのかもしれない。
BETAの手による死の世界の中を、幾度となく輪廻転生し、その業に苦しめられているのだとしたら……
ならば、せめてものの慈悲として、その輪廻を断ち切り、苦界から脱出させてやるべきではないか。
マサキは、重重しい声で言った。
「消せ!」
美久の目は驚きを持った。
すでにBETAの残虐な血祭りを見てきたマサキは、ひどく昂った語調で彼女に命じた。
「この宇宙から、星系ごとバーナード星を消すのだ!」
それは、土星の衛星ガニメデ爆破のような生やさしい物ではない。
恒星であるバーナード星と、その周囲に存在するいくつかの衛星や攻勢を丸ごと消し去る命令だった。
「BETAという怪獣を作った異星人どもに、地球を分け与えてやるほど、俺の度量は広くない。
ここで跡形もなく消し去らねば、奴らは再び来る。抹殺せよ!」
美久は、瞳を澄ませた。
マサキがそこで大きく頷いたのをみる眼だった。
瞬間、ゼオライマーの黄色い目が耀いた。
次元連結システムが音も無く莫大なエネルギーを胸にある宝玉に集め始める。
ゼオライマーの最大の武器は、異次元のエネルギーを利用した次元連結システムがもたらす無限の動力源である。
次元連結砲を初めとする弾薬制限の無い各種兵装に、空間転移能力と高高度へ急上昇可能な推進装置。
そして、なんといっても、必殺技のメイオウ攻撃である。
それは1機ですら、惑星はおろか、星系一つを滅ぼすに足る。
「」
直後、爆発光がほとばしり、へびつかい座周辺の空が真紅に染まった。
砲声が操縦席を包み、480トンの機体が震えた。
この直前まで、闇と静寂に支配されていたへびつかい座方面は、炎と轟音が支配する戦場に代わっていく。
再び、ゼオライマー各機から第二射が放たれる。
闇の彼方に浮かぶS字状暗黒星雲に閃光が走り、砲声が雷鳴の様に轟く。
ゼオライマーとグレートゼオライマーの放ったメイオウ攻撃がへびつかい座を飲みこみ、主な天体全てを焼き尽くす。
モニター越しに移る視界全てが真紅に染まる中、マサキは満足感を覚え、微笑を浮かべるのだった。
地球に帰還した翌日、マサキは小牧にある名古屋飛行場に来ていた。
飛行場に隣接する様に、小牧陸軍飛行場(今日の航空自衛隊小牧基地)が、そして光菱重工業(現実の三菱重工)名古屋航空宇宙製作所小牧南工場がある。
そこで宇宙空間で運用したゼオライマーのデータをF-4ファントムにフィードバックする作業に立ち会ってた。
膨大なデータをIBM System/370に移しながら、胸ポケットにあるホープの箱を取り出す。
口にくわえた煙草に火を付けながら、一昨日の夜に行われたミュンヘンでの密会を思い起こしていた。
「博士、貸金庫に預けたはずの貴金属や宝飾品が消えていたら、どうなさる」
戸籍役場での式が終わった後、内々での宴席の際に、ゲーレンは深いしわが刻まれた顔を巡らせてそういった。
その場には、マサキを除けば、ココットの親族のみだけで、ゲーレンにとって最も信の置ける人物しかいなかった。
「内部犯の場合だったら、そのまま警察に持ち込むだけだ。
恐らく貴金属類は換金されている可能性があるからな」
結婚式という状況で、何故銀行の貸金庫にある貴金属の話をするのか。
マサキは、一瞬戸惑ったが、ゲーレンの事だから政治がらみの話と思って、こう尋ねることにした。
「西ドイツは、どれくらい外国に金を預けてるんだ?」
経済について、不勉強な事をマサキは隠さなかった。
これはマサキ自身が学者として、誠実であろうとする態度の一つだった。
「金保有量の6割強よ」
ココットがぶっきらぼうに答えた。
「この国が生き延びるためにはそうするしかなかったの……」
この時代の西ドイツは、常にソ連と東欧諸国の軍事侵攻を恐れていた。
かつてベルリン陥落で起きたプリアモスの財宝の強奪事件の再来を畏れ、外貨準備の6割強を米英仏の参加国に分散して保管することにした。
3400トンに及ぶ西ドイツの金塊の内、45パーセントにあたる1500トンが米国内にある。
細かく言えば、ニューヨーク連邦準備銀行の地下室とケンタッキー州にあるフォートノックス基地内の米連邦政府金庫に預けている。
そして、英国のイングランド銀行に13パーセントに当たる450トンを、仏の中央銀行に11パーセントに当たる374トンをそれぞれ分散して保管してある。
西ドイツ財務省主計局の審議官であるコッホ財務審議官が、能面の様な顔を歪ませていった。
彼は、シュミット内閣のハンス・アーペル蔵相の時に、対米交渉に参加した経験の持ち主だった。
外交上の配慮から、金の買い増しを断念した経緯を詳しく説明してくれた。
「実は西ドイツ政府も無策ではないのです。
もしものことに備えて、外貨準備高の一部をドル建てから金にかえようと、ひそかに金の買い増しに動いたことがありました。
その事を聞きつけた米国の財務次官が、ボンにまで乗り込んできたのです」
挙式後に知った事だが、クリステル・ココットという名前はBNDから貰った偽名で、クリストル・コッホというのが本名だ。
今話しているコッホ財務審議官は、ココットの父だった。
ドイツ人の姓は基本的に父方の姓を名乗るのが一般的なので、祖父とされるゲーレンと姓が違うのは何かあるのだろう。
マサキは金準備高の話が終わった後に聞こうと、疑問を後回しにした。
「それは今回の問題ではなく、注目しなければならないのはニューヨーク連銀に預けられた金の信用性なの」
ココットは小さい声で言った。
「タングステンの偽物でもすり替えられたら、分からんからな」
マサキのこの発言は、1971年のニクソンショックの時からある噂が元だった。
――ニューヨーク連銀の地下金庫にある金塊は、立入禁止を良い事にその全てがタングステンに金メッキをした贋物にすり替えられている――
実際、マンハッタン島にあるニューヨーク連銀の地下倉庫の7000トンの金は長年にわたり未調査である。
米国の民間団体、サウンドマネー防衛連盟によると、フォートノックス陸軍基地に保管されている金に対する包括的な監査は、1953年以降行われていないという。
(注:2017年に、当時のスティーヴン・マヌーチン財務長官が訪問して確認している。
1930年代の設置以来、3度目の外部監査で、43年ぶりの外部公開で、2度目の財務長官訪問であった。
作中の時間軸である1980年代は一切外部に公開されていないので、この様な表記にした)
「偽物かどうかの話は置いといて、ドイツの金保有量は3400トンなのは事実よ。
その気になれば、日本の様に米国債を売るような真似をしなくても、何時でも資金調達できるわ」
金の保有率が高まれば、米ドルに依存しない体制が構築できる。
この様な効果を狙って、現代でも露や中印などが金の大量購入を進めている。
「米国、ソ連に並ぶ超大国というわけね」
この時代のソ連は、2500トンの金を保有していた。
その他に東欧諸国から強制的に預かっていた金塊やスペイン内戦の混乱を通じて持ち出した500トンの金塊を保有していたとされる。
なお、ソ連崩壊後に確認したところ、1992年時点で250トンまで目減りしていた。
ロシア国民は急激な金の減少を、金でトイレットペーパーを買ったと噂するほどだった。
この時代の中国は貧しく、現在のように2000トン以上の金塊を保有することになるとは信じられていなかった。
「周辺諸国と世界から西ドイツが恐れられている理由が分かるでしょう」
マサキはふてぶてしく笑うと、吐き捨てるように言った。
「米国の経済植民地である、日本とは大違いだな」
「不愉快な事実ね」
マサキは、笑みを消して答えた。
「まあ所詮は、敗戦国だしな」
マサキは煙草をもみ消しながら思った。
ゲーレンが金準備高の話をしたという事は、米国に対して西ドイツはある程度独立を保つ政策を行うという暗示ではないだろうか。
翻って、今の日本はどうだろう。
この異世界の日本は、武家という中世のシステムを残しながら、経済的には米国の反植民地状態。
まず世界征服をするにしても、ゼオライマーを安全に整備する拠点が必要だ。
今の日本ではその点も怪しい。
やはり、現政権を打倒する為には、皇道派のような思想集団を作るしかないのか
マサキは、光菱重工業の若い整備士や陸軍航空隊の特務将校らを見ながら、思った。
そうか、俺はこの若い連中に、俺が若いころ味わったような苦い経験をさせるしかないのか……
木原マサキという男は、そういう星の元に生まれたのだろう。
自虐的な事を考えながら、マサキはその場を遠ざかっていく。
咥えたホープに火をつけて、マサキはつぶやいた。
「日本を獲らなきゃ……、世界は獲れない」
マサキは暮れていく小牧の街を、管制塔から眺めていた。
その黄昏は、何時もより長く感じられた。
後書き
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