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冥王来訪

作者:雄渾
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第三部 1979年
新元素争奪戦
  バーナード星爆破指令 その1

 
前書き
 バーナード星系に行く話を始めました。 

 
 ソ連共産党本部には秘密裏に一人の人物が呼び出されていた。
その人物とは、ソ連水爆の父とされる、アンドレイ・サハロフ博士であった。
 サハロフ博士は水爆実験成功後、社会主義英雄を三度受賞した人物であるが、反核運動の旗手の一人でもあった。
 1968年、「進歩・平和共存および知的自由」を地下出版(サミズダート)し、その名を広く西側に知られている人物でもある。
(「進歩・平和共存および知的自由」は、1969年に日本でも邦訳されている)
 1975年にノーベル平和賞を受賞したこの人物は、何故、反核運動の旗手となったのか。
それは、ソ連各地の放射能汚染を目の当たりにし、核の被害に衝撃を受けたためである。
 また米国沿岸に大型水爆であるツァーリボンバーを投下し、人口津波を発生させる計画を発案したことがあったが、海軍少将に非人道的ととがめられたことも関係しているのかもしれない。
ともかく核戦力の拡充を進めるソ連にとって、同博士は厄介ものであった。
 サハロフ博士とKGBの関係は、最初から不仲ではなかった。
ソ連初の水爆実験成功の裏には、KGBの諜報活動が大いに関係しているからだ。
 FDR政権のナンバー2、ハリー・ホプキンスは、ソ連に原爆開発キットというべき一連の材料と制作方程式を空輸していた。
この事は、ジョージ・レーシー・ジョーダン大佐が記した「ジョーダン少佐日記」に克明に記されている。
 ジョーダン大佐は、世界大戦中、陸軍少佐としてソ連向けのレンドリースに関わっており、その中には米国からソ連へ運び込まれた放射性物質があった。
1940年代初頭の段階では、ソ連国内でウラニウムが未発見だったためである。
 当時の米人の多くは、放射性物質の危険性を知らず、素手でウラニウムを触れていた。
その様子を見たソ連将校は大童となり、彼等を叱り飛ばしたという。
 また日記には、大量のソ連軍人が米国内に出入りしていたことや、カウンターパートナーであるソ連軍少佐との交流が克明に描かれている。
(元防衛大学校教授の瀧澤一郎氏によれば、ジョーダン少佐の日記に出てくるソ連軍少佐、アナトリー・ニコラエビッチ・コチコフは、冬戦争への出征経験のある戦闘機パイロットで、おそらくGRUの工作員ではないかという)

 ソ連では1920年代以降、核開発はKGBの独占化にあった。
なぜ赤軍の中の研究班に置かれなかったのかというと、核開発のイニシアチブを取ったのがべリヤだったからだ。
そういった関係もあり、べリヤの息子であるセルゴ・べリヤはロケット技術者として核開発に携わっていた。
()
 ソ連赤軍は革命当初から党よりその存在を警戒され、とりわけ核の管理に関しても同様だった。
KGB第三総局、つまりは特別部が核の運搬や管理に人員を割いていた。
フルシチョフ失脚以降、核弾頭の物理的な管理は戦略ロケット軍や陸海軍が個別に行ったが、核関連施設の運営や計画は特別部が引き続き行った。
軍から独立した指揮系統で、核使用に対し、統制を聞かせていた面がある。
 KGBはソ連の核科学者を早い段階から育成し、またそれに見合う報酬や社会的地位を与えていた。
だが、サハロフ博士のように自由を求める人物に関しては、徹底的に妨害した。
 サハロフ博士のノーベル賞受賞以後、彼はアンドロポフ長官から徹底的にマークされ、最終的にゴーリキー市に無期限の流刑を命ぜられた。
恩赦が認めらえたのは、アンドロポフがなくなって2年後の事であった。

 宇宙怪獣の侵略を受けた異界では、結果的にサハロフ博士は流刑を免れていた。
マサキによるブレジネフとアンドロポフの暗殺の為である。
 知人を通して他国との交流を続けている核物理学者に、ソ連政府はg弾の実情を問いただすべく、呼び寄せたのであった。

「米国では、代替え案として、g元素爆弾の連続投下を行った後、バーナード星系に移住する計画があるとロスアラモスの知人から聞き及んでおります」
 KGB長官の言を聞いて、ウスチノフ国防相がつないだ。
「確かに米国にはエドワード・テラーの様なハンガリー野郎がいるからな。
あやつのごとき、水爆気違いの似非学者が出てもおかしくはあるまい」
 テラーは米国水爆の父だった。
赤化しつつあったロスアラモスと距離を置き、軍と共に水爆実験成功を導いた人物である。
またサハロフ博士とは違い、2003年に95歳で天寿を全うするまで、水爆の所有が相互確証破壊を維持させ、ソ連の核攻撃を防いだと公言してやまない人物だった。
 赤軍参謀総長は、白海運河に火をつける。
 GRUの報告から、すでに米国では約30発分のグレイイレブンと呼ばれるG元素爆弾の原材料が準備されているのを知っていた。
だが水爆よりも重量があるので、空輸は難しく、艦艇にも搭載できないことも聞き及んでいた。
 そんな仕えぬ兵器よりも、ゼオライマーの秘密を知り、一刻も早くソ連で量産化を進めるべきではないかと考えていた。
一瞬にしてハバロフスクを蒸発させたメイオウ攻撃、500トンの巨体を自裁に移動させることのできる大出力の小型ブースター。
そして何よりも、無限の力を誇る次元連結システム。
 マサキがこの異界に登場して2年という時間の中で、男はゼオライマーの存在に魅了された一人だった。

「同志サハロフ博士。
あなたはg元素爆弾をどう思いますか」
 サハロフは愛用する古い型の丸眼鏡をはずして、男の方を向いた。
「科学アカデミーに届いたジョンストン島での実験結果をつぶさに見ましたが……
人類には手の余る兵器です」
 サハロフの顔色が突然変わった。
血の気が失せ、何かに耐えている表情になり、そして無表情になった。
途方に暮れているといった様子だ。
「どういうことですか。仰る意味が分かりませんが……」
 参謀総長は、不審に思って聞き返した。
周囲の者たちは、サハロフの豹変に唖然としている。
 呆然とするサハロフに代わって、KGB長官が補足した。
「重大な重力異常を発生させ、島の植生に深刻な影響を与えたと聞き及んでおります」
 突然の告白に、参謀総長は煙草を落とした。
もしソ連国内に向けて、そんなものが使われたら……
 痩せて貧しいこのロシアの地が、さらに貧しくなる。
ただでさえ、年間の気温差が100度もあるシベリアの原野に首都を移して、その命脈を伸ばしているというのに……
 友邦諸国もかつての飢饉のときの様に助けてはくれぬのだ。
ほかならぬ断行の原因を作ったのは、我が国にあると言われればそれまでだが、ジンギスカンの様に略奪をするにしても、その兵馬の数は十分ではない。
 大祖国戦争の時のように、13歳の幼子に銃を持たせろというのか。
将来、母となるような小娘たちに、生涯苦しみ続ける様な悪夢を味わわせるのか。
健康な若者たちの手足をもいで、芋虫の様にのた打ち回って、苦しめさせるのか……
 蒙古帝国は資源が乏しいがゆえに版図を拡げ、それがゆえに余計に確保すべき資源要件が厳しくなり、自滅したではないか。
我が国にそのような轍を踏ませてはならぬとしてきた、この俺の努力は何だったのか。
燃え燻る紙巻煙草を呆然と見ながら、男は30有余年前の悪夢の戦争を思い起こしていた。

「この際、偽情報を流して、バーナード星系そのものを破壊させてはどうでしょうか」
 参謀総長は言葉を切ると、タバコに火をつけた。
これは彼が新しい話題に持っていくときの常套手段である。
「どうやって……」
「木原にです」
 ウスチノフ国防相が怒鳴った。
「あの日本野郎にか!」
「そうです。
木星のガニメデと土星の衛星を跡形もなく破壊した、あの日本野郎なら、完璧に実行できるでしょう」
 KGB長官が尋ねた。
「6光年もの距離がある場所ですぞ。どうやって送り込むのですか」
「14億キロメートルを瞬間移動できる存在です。
ゼオライマーならば、たやすいでしょう」
 それまで黙って聞いていたチェルネンコ議長が口を開いた。
「して、方法は……」
「BNDの中にいる我らが協力者を用いて、ゲーレンにそのことを伝えるのです。
ゲーレンの事ですから、木原に相談するはずです。
彼の孫娘は、木原に惚れている節がありますから……」
 チェルネンコは、男の答えに満足し、何度も頭を振った。
「流石だ、同志参謀総長!」
 チェルネンコの鶴の一声で、大勢は決した。
最高幹部たちは一斉に挙手し、参道の意を示す。
「では、早速その線で行きたまえ」
 参謀総長は直立不動の姿勢になる。
それは、帝政ロシア以来の室内敬礼の態度だった。
「了解しました、同志議長!」
   
 
 クリステル・ココットは、ボン市内にある寂れた喫茶店に呼ばれていた。
彼女を招いたのは、ココットが卒業したアーヘン工科大学の先輩にあたる人物だった。
(アーヘン工科大学は、1870年創設の総合大学である。
戦前までは工科大学だったが、戦後は教養学部・人文学部・経営学部や医学部が追加されて、総合大学になった)
 30代という若さで、BNDのソ連分析部の副部長に選ばれた才媛(さいえん)だった。
ココットは、生真面目で男っ気の一つもない彼女の事を、何処にでもいるオールドミスと思っていた。
 何時ものように、チューリッヒやウイーンに行った土産話でもするものだと考えていた。
当時の西ドイツ社会では、この様な独身のキャリアウーマンが一般的だったからだ。
 2人は食事をしながら、とりとめのない会話をしていた。
話すのはもっぱら副部長で、ココットが聞き役に回るといういつも通りの会合だった。
 少し違っていたのは、「イズベスチヤ」に掲載されたソ連科学アカデミー総裁の記事をキンケル長官に持っていた時の話だった。
いつもは穏やかなキンケル長官に非常に驚いた顔をされて、困ったという。 
 ソ連科学アカデミー総裁が、イズベスチヤに記事を載せるなんて……
きっと、BETAがらみのことかしら。
ゲーレンに話してから、木原に知らせねば……
 そう思ったココットは、副部長の話がひと段落した時を見計らって、公衆電話に駆け込んだ。
一刻も早く真偽を調べるためである。
 電話を終えたココットは、副部長に別れを告げた。
「先輩、そろそろ両親が心配しておりますので帰りますね」
「もう、そんな時間」
 時計は8時を回ったばっかりだった。
この時期のドイツは、9時まで陽が沈まない。
「何が起こるかわかりませんし……
それに、私もきれいな体でお嫁さんに行きたいですから」
 そういう風にあけすけに話すココットに冷やかされても、副部長は上手くあしらった。
「あら、いい相手が見つかったの?
結婚式に呼んでもらえるかしら」
 そう言い返して、軽く流せる心の余裕はあった。
ココットは知らなかったが、彼女は先ごろ知り合ったハンサムな青年実業家と密かな関係を持っていたからだ。
 この事実を知ったのならば、ココットは即座にキンケル長官に連絡したであろう。
なぜならその青年実業家は、情報関係者から機密を抜き出すプロフェッショナルの教育を受けた人物だからだ。
 シュタージ風に言えば、ロメオ工作員。
女性と恋愛関係をもって、その人物をコントロールするという、二重スパイの獲得手段だ。 
 色仕掛け工作は、古代より青史に記され、神話や創作の題材にもなった使い古された手段である。
だが現実の諜報作戦は、この男女の色恋こそスパイの真骨頂(しんこっちょう)であるという陳腐(ちんぷ)なものだった。 
 

 
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