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蒼き夢の果てに

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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第5話  二人目の日本人

 
前書き
第5話を更新します。
                              

 
「あんた誰?」

 先ほどよりも更に深くなった爆心地に、仰向けになって転がっている青いパーカーとジーンズ姿の少年。
 そして、その少年を覗き込むようにして、そう話し掛けている爆発魔法の使い手ルイズ。

 ……って、青いパーカー? それにジーンズ?
 いや、それ以上に問題なのは、本日二人目の人間が召喚されて居る事実の方でしょう。

「ここは何処?」

 その仰向けになった少年の口から、懐かしい母国語が飛び出す。但し、少し、呆然とした雰囲気が有りますが。
 ……と言うか、実際は、俺がこの世界に来てから二時間も経っていないのでしょうけど。
 それに、召喚された場所が爆心地では、多少成りとも呆然としていたとしても不思議では有りませんか。おそらく小爆発により発生した土埃を、彼が吸い込んでいるのは間違いないでしょうから。

「タバサ、あの少年。……召喚された少年のトコロに行きたいんやけど、構わないか」

 逸る気持ちを押さえて、先ずはタバサに対してそう断りを入れて置く俺。

 それに、彼女の許可は必要だと思いますから。まして、彼が同胞ならば使い魔契約を交わす前に、彼の方の意志を確認する必要が有ります。
 何故ならば、どう考えても俺のように通訳用の式神を連れた式神使いが、偶然にもふたり連続で召喚されるとは思えませんから。

 もっとも、ランダム召喚とは言え、召喚魔法に引っ掛かったのですから、それなりの能力を持っている可能性が高いとは思いますけどね。
 あの青いパーカー姿の少年に関しても。

 俺の方を少し見つめてから、軽くひとつ首肯くタバサ。少なくとも、否定的な雰囲気は感じないのですが、興味も余りないみたいな感じでは有りますね。
 ……確かに、本日二人目の召喚された人間ですから、多少、インパクトには欠けるのは仕方がないとは思いますが。

 但し、俺に取っては相手が同じ日本人で、同年代の少年ならば問題は大きい。

 先ほどとは違い、少し慌てた様子で更に足場の悪くなった地面を走り抜け、上半身だけ起こしてルイズを見つめている少年の方に駆け寄る俺。

 そして、

「すみません。契約に関しては、ちょっと待ってくれませんか、ヴァリエール嬢。それに、コルベール先生」

 ……と、少し大きな声でちょっと待ったコールを行う。
 もっとも、俺と言う前例が有るので、今回は即座に使い魔契約を行おうとするようなマネを為す事は無かったのですが。

「シノブくん。彼も、君と同じ東方の出身なのかね?」

 即座に状況を理解したコルベール先生が、俺に対してそう聞いて来る。
 この先生は、割と柔軟な思考を持っているみたいですね。おそらく、優秀な魔法使いなのだと思います。

「判りませんが、先ほど発した言葉は、間違いなく私の母国語です」

 もっとも、俺の住んでいた世界とは違う、平行世界の日本から召喚された可能性は有りますけど。
 その理由については、平行世界とは、それこそ可能性の数だけ無限に存在している物です。つまり、同じような世界で有ったとしても、確実に俺と同じ世界出身とは言えないと思いますから。

 例えば、歴史上のターニング・ポイントで別ルートに分かれた平行世界が存在するのと同じレベルで、朝出がけに歩み始めたのが、右足か、左足かで分かれる平行世界が存在して居るはずですから。

「良かった、話が通じる相手が居てくれた」

 ルイズを相手にかみ合わないやり取りを繰り広げていた少年が、俺の登場によって、ようやく安心したかのような雰囲気でそう言った。

 もっとも、これは当然の反応でしょう。旅行先の外国。言葉が通じない場所で迷子に成った経験が有る人ならば納得出来ると思いますし。周りが全て外人で、言葉がまったく通じない場所にいきなり放り出された人間としたら、心細くなって当然です。まして、彼の場合は爆心地……むき出しの地面の上に仰向けになった状態で空を見上げていたのですから。
 それに、俺自身も黒の詰襟の学生服とズボン。当然のように、黒、と言うか、濃い茶色の瞳と黒髪ですから、見た目も、そして雰囲気もどう考えても日本の男子高校生です。

 中身(正体)の部分に、普通と表現するには、かなりの疑問点が存在しては居るのは確かなのですが。

 それで、俺の顔の事は……十人並みで、取り立てて美形と言う訳でも無く、そうかと言って非常に味が有る、と言う訳でもないし、目立った傷が有る訳でも無い、ごく普通の東洋人的な顔立ちです。
 地球世界の友人たちからは、絵にし辛い顔、と表現された事は有りましたね。デフォルメしても、写実的に表わしても、イマイチ特徴に欠けるらしいです。

 目に力が有ると好意的に言われた事は有りますが、これは単に、裸眼視力が悪いのにメガネもコンタクトも使用していないから、相手の顔を判別する為に少し目に力を入れている事が多いだけですから、そんなに良い意味での表現では有りませんしね。

 まぁ、日本人相手には、そう警戒される顔立ちでない事だけは確かですか。

「彼も、あんたと同じ国の出身なの?」

 ルイズもその少年と同じように、俺の方を向いてそう話し掛けて来た。
 但し、彼女の方は、妙にキラキラとしたとび色の瞳で俺の方を見つめています。

 こちらは、召喚された少年の方とは違い、妙に大きな期待を感じる事が出来たのですが……。

 確かに俺と同じ能力を有していたら、この世界ではかなり優秀な使い魔と成る事は間違いないでしょう。魔法の才能ゼロ……と言う風に揶揄されていたルイズの方からしてみたら、期待を持っても当然です。

「同じ言葉を話している以上、同じ世界か、かなり近い平行世界に分類される世界出身の人間で有るのは間違いないでしょう」

 一応、そう答えて置く俺。但し、彼が俺と同じ世界の出身ならば、あの世界の住人の内で直接魔法に関わっている人間の数はかなり少なく成ります。
 二人連続で幸運が続いたら良いのですが……。

 そうしたら、先ずは、召喚された青いパーカー姿の少年に対する状況説明からですか。
 そう考えた後、未だ大地に足を投げ出したままの状態で座り込んでいる少年に、自らの右手を差し出しながら自己紹介を行う俺。

「俺の名前は武神忍。一応、日本の徳島出身の十六歳高校二年生なんやけど、アンタは、現状が理解出来ているかいな?」

 尚、急に話し方が変わった俺に、少し驚いたような表情を浮かべるルイズ。

 どう言う原理かは判らないけど、同時通訳で俺の話した言葉は、そのまま、この国の言葉と成って通訳されているらしいから、この少年に対しての対応をそのまま聞いたら驚いても当然ですか。
 彼女に対しては、今まで、よそ行きの口調で相対して来ましたからね。

「えっと、俺の名前は平賀才人(ヒラガサイト)。同じく、高校二年生。現状と言うか、妙な空中に浮かんだ鏡のような物を潜った途端に……」

 俺の手を取り立ち上がった平賀才人と名乗った少年が、少し現状が理解出来ていないような雰囲気でそう話し始める。

 しかし、妙な返答ですね。彼は召喚円を理解していないのか。それとも、俺の事を警戒して、能力者だと言う事を隠そうとしているのか。
 当然、ある程度の修羅場を潜って来た人間や、異界に近い世界に身を置く人間ならば、俺と同じ平行世界の出身で有ったとしても、召喚円の事は知っているはずなのですが。

「その鏡のような物と言うのは、次元の壁を超える為の召喚円。判り易く言うと、異世界への(ゲート)、入り口と言うモンかな。
 つまり、ここは日本でも無ければ、地球でもない。まったく別の世界や。
 俺の場合は、下校途中で自転車に乗っていていきなり目の前に何かが現れたから、確認する余裕はあまり無かったんやけどね」

 これは事実ですし、同時に、かなりマヌケな話でも有ります。実際、普通に歩いている時や、落ち着いて行動している時でしたら、こんなランダム召喚などに巻き込まれる事など無かったはずですから。

「へぇ。俺の場合は、つい好奇心に負けちまって、潜って仕舞ったんだよ。
 色々と試して見たけど、危険な感じはしなかったから。それに、何故か潜らなくちゃいけないような気もして来たからね。
 成るほど。あれが、異世界へのゲートか」

 平賀才人と名乗った少年が、やけに落ち着いた雰囲気でそう話した。
 しかし、現状が理解出来ているのか、それとも、傍に日本語が通じる俺が居て、俺が別に慌てている雰囲気でもないから、状況を楽観視しているのかは微妙な線だと思いますけどね。

 いや。そもそも、俺の語っている内容を信用していない可能性も有りましたか。

 まぁ、良いか。次の台詞を聞いたら、状況が少しは理解出来ると思いますから。
 ……いや、それでも俺のホラ話だと思う可能性もゼロではないか。

「そこでな。先ず残念な部分から伝えるけど、俺達が日本に帰るのは、今のトコロ無理らしいんや」

 もっとも、これはアガレスが語った言葉で有って、俺が直接聞いた話ではないのですが。
 ただ、俺の式神が悪意を持って、俺に対して間違った、俺が不利になる情報を伝える事は有り得ないので、少なくともあの場でタバサが語った台詞を、俺に対してアガレスは告げたはずです。

 何故ならば、直接、俺の身に危険が降りかかるような誤った情報などを報告される、信用度の低い契約……所謂、(能力)真名(マナ)で縛るタイプの契約を交わしている訳では有りませんから。

「またまた、そんな冗談を言っても、俺は騙せないぜ。
 どうせ、テレビか何かの撮影なんでしょう?」

 かなり軽い調子で、そう答える平賀才人と名乗った少年。彼が発する雰囲気は、どう考えても泰然自若とした物で、自らが窮地に陥っていると認識して居る様子はない。

 成るほど。最初から、妙に余裕が有る態度だった理由は、そう言う事ですか。
 確かに俺は好きでは有りませんが、低俗なテレビ番組の中には、こう言う趣向で参加者を騙して、右往左往する様を隠しカメラで撮影して視聴者の笑いを取る番組も有りますね。

 なのですが……。

「それなら聞くけど、平賀は何処でその召喚円を潜ったんや? そこは、こんな草原やったかいな」

 日本では既に失って仕舞った空の蒼。地面は、まだまだ薄い緑に過ぎないのですが、それでも豊かな草原が続き、更にその先には、中世ヨーロッパ風の城のように見える建物が建っている。
 尚、どうやらあのお城が、魔法学院らしいのですが。

 ちなみに俺が走っていたのは、当然、アスファルトで舗装された道路の上でしたし、橋から降りて来る坂道で加速を付けている最中でした。

「えっと、俺の場合は、日本の東京の街の真ん中を歩いていたんだ。そうしたら、目の前に、妙な鏡のような物が現れて……」

 その鏡を潜った一瞬後には、草原でお空を見上げていた、と言う事ですか。

「残念ながら、いくら日本の科学技術が優れているとは言っても、人間を瞬間移動させる技術は未だ確立されてはいない。
 俺達が今巻き込まれている事件は、おそらくやけど、科学が起こした事件やない。
 魔法が支配する事件や」

 もっとも、瞬間移動に関しては、科学では無理でも、魔法なら可能でしたけどね。但し、厳密に言うと数瞬のタイムラグが存在する事から、言葉通りの意味での瞬間移動と言うよりは、超高速移動と言うべき能力しか俺は知らないのですが。
 ……と言うか、彼、平賀才人と名乗った少年の、今までの受け答えから推測すると。

「それとな、平賀。これは真面目な質問やから、茶化さずに聞いて欲しい。
 オマエさん自身は、実は魔法が使えるとか、超能力が使えるとか、本当は遥か彼方の星から地球を訪れた宇宙人だとか言う裏設定は持ってないか?」

 おっと、宇宙人は少し余計でしたか。
 しかし、普通に考えると、彼が何の能力も持っていない一般人で有る可能性は非常に薄い、……とは思うのですが。

 それとも、このランダム召喚魔法は召喚される方の能力に関してもランダムで、相手の霊力に反応して召喚円を開いている訳では無く、もっと別の理由。その召喚される側の持って居る何かに反応して召喚する魔法なのでしょうか?
 例えば、術者との相性などで召喚円を開く相手を選別しているとか……。

「そんな物を持っている訳ないだろう。俺は普通の高校二年生なんだから」

 少し怒ったように、そう答える平賀。尚、そう答えた彼からは、どう考えても、ウソを吐いているような雰囲気を感じる事は出来なかった。

 ……って、おいおい、これは、少しマズイぞ。

「コルベール先生。ヴァリエール嬢。少し、問題が有るのですが……」

 俺が、少し言いよどむようにして話し始める。……と言うか、彼らの方も契約前の平賀が話している内容は判らないけど、俺が話している内容は判っているはずですから、大体の事情は掴めているとは思うのですが。

「つまり、彼は魔法を行使出来ない平民と言う事ですね?」

 コルベール先生がそう聞いて来る。
 その平民と言う言葉の意味が、どうも俺の知っている言葉の意味と若干違うようなのですが、平賀才人と名乗る少年が、どうやら現在は魔法や、それに類する特殊な能力を行使出来ない人間で有るのは間違い有りません。
 そう思い、首肯く俺。そして、こう続ける。

「私の住んで居た国では、魔法は秘匿された技術で有り、普通の人々は魔法とは関係しない形で暮らして行くのです。
 本来、私のような、魔法を行使する存在の方がマレなのです」

 これは事実です。しかし、実際は、社会の裏側には魔術は確実に存在して居り、悪魔や神と呼ばれる存在も確実に存在していたのですが。
 それで無ければ、退魔師などと言う生業が成り立つ訳はないですから。

「但し、今、彼が何の能力も持っていないからと言って、悲嘆する必要は有りません。
 人は何かしらの因子を受け継いで生まれて来ている物です。
 私だって、生まれた時から、式神使いの能力を持っていた訳では有りませんから。
 彼も、今回、直接魔法に触れる事によって、何らかの能力に目覚める可能性はゼロでは有りません」

 俺の場合は師匠との出会いが大きかったのですが……。
 それに、異界との接触によって覚醒した例もかなり多いです。俺もその内の一人ですからね。

「ミスタ・コルベール。もう一度、召喚をやり直させて下さい」

 ルイズが、少し強い調子でコルベール先生に対してそう言った。

 確かに、その気持ちは判らないでもないですし、俺もそれが正しい選択だと思いますね。少なくとも、どう言う方向で覚醒するか判らない、現状では一般人の少年を使い魔にするよりは、召喚儀式をもう一度行って、別の使い魔を召喚した方が良いと思いますから。

 この平賀才人と言う名前の少年に関しては、同じ日本人同士なのですから、以後は俺が面倒を見たら良いだけの話ですし。

 俺には、式神使いの能力が有るから、実際は何処の世界でも生きて行く事が出来ます。それに、一人ぐらい相棒が居る方が面白いでしょう。
 まして、言葉に関しても、無理に使い魔契約の魔法に頼る必要などは有りませんから。
 アガレスの職能を使用して、直接、彼の頭に叩き込んで貰えば問題ない訳なのですから。

 しかし……。

「それは出来ません。ミス・ヴァリエール」

 しかし、コルベール先生がそのルイズの申し出を完全に拒絶する。
 そして、不満げなルイズに対して、

「そう言う決まりなのです、ミス・ヴァリエール。この魔法学院に於ける春の使い魔召喚の儀と言う物は。それに、シノブくんも言った通り、彼が何らかの技能に目覚める可能性も有ります」

 少し慰めるような口調となって、そう告げるコルベール先生。
 確かに、周囲の生徒の中には、普通の猫やフクロウなどを召喚した生徒も居るようなので、同じ召喚魔法で召喚された以上、普通の人間も、何らかの特殊な技能を得る可能性も高いとは思うのですが……。

 あれ? でも、俺は、俺の持っていた能力以外で手に入れたモノと言うと、この同時通訳能力だけのような気がするのですが。
 こんな能力だけだと、あまり意味はないですよ。

「ちょっと、武神さん。何か揉めているみたいなんだけど……」

 ルイズとコルベール先生のやり取りを、少し考え事をしながら見つめていた俺に対して、地球世界より召喚されて来た少年、平賀才人と名乗った少年が、少しの躊躇いを持って話し掛けて来る。

 おっと、イカン。そう言えば当事者を蚊帳の外に置いて居ましたね。
 それに、彼に対しては、未だ使い魔契約の事を説明していないのも事実です。
 でも、それよりも先に、

「それから、出来る事なら武神やなしに、忍と呼び捨てにしてくれへんかいな。そうしたら、俺の方も才人と呼び易いから」

 この部分が最初ですか。そう思い、この台詞を口にする俺。

 そう。どうも、苗字で呼ばれるのは、かた苦しくて好きには成れないのですよ。もう少し、クダけた感じでも良いと思います。一応、お互いに高二同士でタメですから。
 確かに、いきなりため口で話し掛けるのには抵抗が有る人間も居るとは思いますけど、彼……平賀才人と名乗った少年からは、そんな雰囲気を感じる事はないから、この申し出は受け入れてくれると思いますし。
 それに、俺の方に、少し特殊な事情と言う物が存在して居ますから。

「それなら、忍。何か揉めているみたいなんだけど、何を揉めているんだ?」

 そう、直ぐに言い直して、問い掛けて来る平賀改め才人くん。

 それに、自分の事で揉めているのは判って当然ですか。何故ならば、彼の方も、コルベール先生やルイズの言っている言葉は判らなくても、俺の言葉は理解出来るはずですから。

 しかし、本当に気付いてないのでしょうかね、この才人くんは。
 俺は、異世界へのゲートの事を召喚円と表現したはずです。
 確かに、一般ではあまり聞き慣れない言葉なのですが、小説や漫画。アニメの中では結構取り上げられている題材だとは思うのですが……。

「先ず、ここは異世界や、と言うのはさっき説明したやろう?」

 俺の問いに、ひとつ首肯く事によって肯定する才人。

「そして、異世界へのゲートは偶然開いた訳やない。才人を呼び寄せる為に開かれたモンなんや。才人を彼女、ヴァリエール嬢の使い魔にする為にな」

 もっとも、この使い魔召喚はランダム召喚ですから、もしかすると効果時間が切れると、一度開いた召喚円でも閉じて仕舞う可能性も否定出来ませんが。
 ……と言うか、ルイズが今まで数度行って来た召喚作業は、実はゲートを開く事には成功していたのですが、相手の方に拒否されて来た可能性も有ると言う事ですね。

 何故ならば、召喚に成功した回も、結局、爆発は起きていましたから。
 彼女は原理に関しては判らないのですが、爆発魔法とは異常に相性が良い、と言うか、全ての魔法が爆発と言う結果をもたらせる魔法使いなのかも知れません。
 そんな特殊な才能の魔法使いなど聞いた事はないのですけど。

 彼女の魔法も、非常に興味深い魔法と言う事ですか。

 それで、確かにルイズが行った召喚魔法の際に、必ず人間の前に召喚円が開いていた場合で、その召喚されようとした人間に考える余裕が有るのなら、そんなモノの中に飛び込むウッカリモンは早々いないと思います。少なくとも、かなり怪しい代物ですから警戒ぐらいはするのが普通でしょう。

 何の支えもなしに空中に浮かんだ鏡のようなモノですから。

「ちょっと待ってくれよ。俺なんて召喚した所で、何も出来ないぜ」

 少し自分の置かれた状況が理解出来つつ有るのか、最初の頃の妙に余裕を持った対応とは違う雰囲気を発生させながら、才人は俺に対してそう言った。

 しかし……。
 成るほど。ある程度の適応力と言うモノは持って居るみたいですね、才人くんは。
 俺を誘拐しても身代金など出さないぞ、とか、これは拉致事件だ、とか言って騒ぐかと思っていたけど、そこまで現実を見る事の出来ないアホと言う訳ではないですか。

 柔軟な思考は持っているみたいですから、危機的状況にも対応出来る要素は持っているのでしょう。
 但し、明らかに怪しい召喚円の中に自ら飛び込むようなウッカリモンの要素も持っているみたいですけど。

 いや、そう言えば、最初に才人は妙な事を言っていたな。
 何故か、その空中に浮かんだ鏡のようなモノを潜らなければならないような気がしたと……。

「せやけど、召喚円を潜って仕舞った責任は有る。俺と違って才人には、そんな怪しい鏡を無視すると言う選択肢が提示されていたと思うから。
 それが証拠に、才人を召喚したヴァリエール嬢は何度も使い魔召喚魔法を実行しても、今までは、誰も彼女の呼び掛けに答えてくれる相手はいなかった。
 彼女の呼び掛けに応じたのは才人。オマエさんだけや」

 確かに、その鏡が召喚円だと知らなかったと言う点は考慮すべきですが、それでも潜って仕舞った以上、その責任は有ると思います。
 それに、潜らなければならない、と思ったのは、彼が、無意識の内にルイズの呼び掛けに答えた結果、と言う事なのかも知れませんね。

 ……あれ、そう言えば、呼び掛けるように召喚魔法を行え、と余計なアドバイスをルイズに対して行ったヤツが居たような気もするのですが。
 そいつにも、この結果の責任が有ると言う事なのでしょうか?

「それだったら、元の世界に戻して……って、そう言えば、最初に言っていたな。
 帰る方法はないと……」

 ようやく、自分の置かれている状況を完全に理解出来たのか、才人からかなり後悔に似た雰囲気が発せられている。そして、

「元の世界に帰る方法はない。俺には、この世界の言葉を話せないから一人で生きて行く事も出来ない。それじゃあ、俺はあの娘の使い魔に成ると言う選択肢しか用意されていないじゃないか」

 かなり、怒ったような雰囲気で、才人がそう言う。
 そして、それは当然の怒りだと思います。確かに、召喚円を潜って仕舞った責任は才人にも有ります。
 ですが、そもそも、こんな乱暴な召喚作業を行う方に、もっと大きな責任が有ると思います。それは、以後の才人の生活の面倒を見るだけでは許される物ではないでしょう。

 一人の人間の未来を完全に蹂躙する事になると言う事ですから。

 但し、新しい世界での可能性を開いてやる、と言う側面も同時に持っているとも思うのですが。

 才人がやって来た世界が、俺が暮らしていた世界と同じならば、閉塞した未来を彼自身が感じていたとしても不思議ではないですから。
 その未来に対する閉塞感が、召喚円を彼の前に開かせた可能性もゼロでは有りません。

 但し、それイコール、ルイズの使い魔に成るしか選択肢が用意されていない、と言う訳では有りません。
 彼の場合は。

「いや。才人には使い魔になる、と言う選択肢以外に、断固拒否すると言う選択肢も残されている。
 そもそも、俺は相手の意志を確認しない、こんなランダム召喚を認めている訳やない。
 それに、才人が自分の意志で彼女の使い魔などになるか、と言う強い意志を表明するのなら、俺はその考えを肯定する。
 その場合、以後の才人の生活は、俺が見るから心配する必要はないで」

 元々、タバサの方の理由が無ければ、俺は使い魔に成る事を拒否していました。
 確かに、人間的に甘いと言われると、それは事実なのですが。

 それにもし、ルイズに対して俺がアドバイスを行った事が、才人の地球世界での未来を奪う事の手助けとなって仕舞ったのならば、俺にも何らかの責は有ると思います。
 ならば、俺は彼の意思を尊重すべきですし、肯定するべきだと思います。

「でも、それだと、忍が使い魔になった理由が判らないな。
 俺と同じように召喚されたのなら、忍も使い魔とか言う物にされているんじゃないのか?」

 ふむ。かなり冷静な反応ですね。
 この部分に気付くのなら、そう頭も悪くはないぞ。

「俺が使い魔になった理由は、この使い魔召喚の儀式が魔法学院の進級試験で、俺が使い魔にならなかったら、俺を召喚した女の子が落第させられて仕舞う、と聞いたからや。
 俺の場合は事故やったけど、それでも、ここにやって来たのは、俺とその娘の間に某かの(エニシ)が有る、と言う事やから、使い魔になる事を了承したんや」

 もっとも、これは俺の考え方で、俺の考え方を才人に押し付ける気は有りません。
 それに、俺は、使い魔の仕事をこなせるだけの、かなり珍しい能力も持っていますから。

「その話を聞いた上で、それでも俺が使い魔になる事を拒否したら格好悪いじゃないか」

 苦笑するかのように、そう言う台詞を口にする才人。
 まぁ、男の子ですから格好を気にするのは当然。……なのですが、

「いや。才人の場合、未だ問題がある。
 この世界は日本ほど安定していて、治安が良い世界と言う訳ではないらしい。つまり、使い魔には、主人で有る魔法使いを護る役割が有るらしいんや。
 せやから、最初に聞いたやろう、何か特殊な才能を持っていないのか、と」

 格好が良いから使い魔に成るのでは、才人に取っても、ルイズに取っても不幸しかもたらせない。
 少なくとも、ある程度の武術の心得は持っていた方が良いと思います。

「でも、それは忍だって、似たような物じゃ……」

 当然の台詞を口にする才人。
 これは、仕方がないですよね。俺の見た目は、間違いなく普通の男子高校生。それ以上にも、それ以下にも見えませんから。
 ただ、そう言う風に装わなければ、現代社会で、更に未成年の俺が生きて行く事は出来ませんから。

 特に、まつろわぬ者指定されている龍種の俺達はね。

 俺は、式神を封じて有るカードを取り出し、

「サラマンダー」

 才人の見ている目の前で、炎の精霊サラマンダーを召喚する。
 それに、口で説明するよりも、実際に目で見て貰った方が話は早いと思いますから。

 サラマンダーを示す納章と召喚円が空中に描き出され、その中心に集まる、小さき炎の精霊たち。
 そして、次の瞬間、俺の式神、炎の精霊サラマンダーが召喚されていた。

 もっとも、俺が連れているサラマンダーは、キュルケが連れているような火トカゲの姿などでは無く、より高位のサラマンダーで有り、西洋風の紅い炎を連想させるドレスと、紅玉に彩られた貴婦人……と言うには少し幼いのですが、人型。更に美少女姿のサラマンダーで有りました。
 そう。炎を思わせる髪の毛が、春の風にゆらゆらと揺らめき、その身体からは、炎そのもののオーラが立ち昇る。
 伝承上にサラマンダー族の女性は美しいと語られるそのままの美少女姿のサラマンダーで有る事は確かです。

「俺は、式神使い。残念やけど、普通とは少し違う生活を、現代日本でも過ごしていた高校二年生やったんや」

 サラマンダーが、西洋の貴婦人風の礼を才人に対して行う。その姿は、かなり堂に入ったもので、付け焼刃に身に着けたモノではない事が判るものでした。

 それにしても、戦闘中でもないのに同時に五柱の式神の使役ですか。確かに、この場合は仕方がない面も有りますけど……。
 それに、このランダム召喚では召喚事故が起きる可能性が高い上に、結界などで召喚場所を護る訳にも行かない以上、戦力は用意して置いた方が良いのも事実。

 何かが起きてからでは、一手、召喚作業で遅れを取る事と成りますからね。

「式神使いって、安倍晴明とかで有名なアレの事?」

 そう問いかけて来る才人に対して、首肯く俺。これは肯定。
 もっとも、主流派に属する陰陽寮出身の家柄と違って、俺は血筋的に言うと大陸に端を発する家系故に、在野の術師扱いに成るのですが。
 あの世界……退魔師や魔法使いの世界と言うのも、矢張り、家系や血筋を最重要視する世界ですから。

 俺のような、ぽっと出の新人では、居るのか、居ないのか判らない程度の扱いしか受けられませんよ。

「確かに俺やって、生まれた時から式神使いや無かったから、才人やって、今後、何らかの能力に目覚める可能性は高い。
 せやけど、それと、彼女……ヴァリエール嬢の使い魔に成ると言う事はイコールで繋げられる事ではない。
 他者に使われる身に成るのは、絶対に矜持が許さない場合やって有るからな」

 俺の場合は、その自分の矜持よりも、タバサと言う少女の未来が重要だと思ったまで。
 もっとも、契約時に、もう少し契約内容を詰める心算で軽く答えたのも事実なのですが。

「あ、え~と、シノブくん。それで彼は、何と言っているのですか」

 ルイズの説得が終了したのか、コルベール先生が俺に対して、そう話し掛けて来る。
 その後ろには、不承不承ながら承諾したのがアリアリと判る、ルイズの不満げな顔が有った。

 おっと、イカン。才人の意志の確認が未だでしたね。

「才人。もう一度聞く。ヴァリエール嬢の使い魔に成っても構わないか?」

 俺の問いに、大きく首肯く才人。

「忍の言う事は筋が通っているし、それに俺が我を通したら彼女が落第するんじゃあ仕方がない。
 それに……」

 俺の方を一度見てから、更に言葉を続ける才人。

「このまま、この世界で暮らし続ける心算は、忍にもないんだろう?」

 おや、鋭いね。
 確かに、俺の方の余裕は、帰還方法の糸口が有るから。
 但し、今の俺では奇門遁甲陣で、望みの世界に確実に次元孔を開く事が出来ないのですが。

「未だ確実とは言えないけど、帰る方法はゼロではない」

 まして、古来より神隠しなどに遇って帰還した人間の伝承は腐るほど有ります。
 もっとも、平行世界を渡り歩く異邦人のような状態にはなりたくはないから、慎重に事は運ぶ心算ですけど、帰還する事を諦める心算など有りません。

 それに、本当に帰還するのなら、俺のように血縁が一人も向こうの世界に居ない人間よりも、家族が居る可能性の高い才人の方が、因果の糸を掴みやすい以上、帰還出来る可能性が高いと思います。

 肉親……家族が、居なくなった家族を思う心は強いものです。
 その想いを上手く掴む事が出来たのなら、元の世界への次元孔を開く事は可能と成りますから。

「ならば、使い魔でも何にでもなってやるよ」

 やや状況に流された感はあるけど……。でも、才人の方のある程度の覚悟は完了したな。そうすると次は……。

「コルベール先生。彼、平賀才人くんの方はヴァリエール嬢の使い魔と成る事に同意はしてくれました」

 但し、才人が直接交渉出来ないので、ここから先も俺が間に立って、才人とルイズの交渉の通訳を行う必要が有るのですが。
 もっとも、ふたりの契約が完了するまでの間だけですから、もう少し付き合うだけで良いでしょうね。

 
 

 
後書き
 しかし、矢張り、少し時間が掛かり過ぎのような気もしますが、次回、ようやく、戦闘シーンです。

 次回タイトルは『召喚事故』です。

 追記。
 この物語は、神を敵として戦う物語です。
 それも、ブリミル神に代表されるこのハルケギニア世界に存在する神ではなく、まったく別の世界から訪れている邪神。
 レンのクモや、ティンダロスの猟犬。そして、ショゴスなどが登場しているのなら、大体、想像が付く邪神を相手にする物語です。

 もっとも、確実にアイツが相手と成るか、それとも、別のヤツが顕われるかは、微妙な線なのですが。

 文字化けの確認。神饌(しんせん)羅睺悪大星君(らごうあくだいせいくん)
 
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