コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十八章―邂逅の果て―#5
「エルは6歳のとき、この皇都の教会で“神託”を受けているよね?」
「え?ええ…」
困惑した表情で、エルは頷く。
「それなら、あの教会の聖堂の様子は知っているよね。その6歳のときとは別の───あの聖堂での記憶はない?」
「教会の聖堂────入って…、奥の方に舞台があったわよね。確か、半円形だった…。室内なのに、小さい円形のガゼボみたいなのが二つあって────その一つに載らされた…」
エルは記憶を辿って、一つずつ描き出すように言葉にしていく。パンケーキを切る手は完全に止まっていた。
「タペストリーもあったわよね、かなり大きな…。白い鎧を身に纏った騎士が描かれていた────」
そう呟いて────エルは、そこではっとしたような表情になった。
「ぁ───ある、あった…!あの神託の儀のときとは違う、聖堂での記憶…!神託の儀のときとは────タペストリーが違う…!」
「タペストリー?」
「ええ。白い鎧の騎士じゃなくて────王冠を被った男性と黄色っぽい髪色の女性が描かれたタペストリーがかかっていて…、ガゼボみたいなものはなくて、魔術陣が剥き出しになっているけど────あれは、確かにあの聖堂だわ」
王冠を被った男性と黄色っぽい髪色の女性────もしかして、バナドル王とディルカリダ側妃?
「他には?」
「他に…、他には────駄目…、その一場面しか思い浮かばない」
溜息を吐いて、エルは残念そうに首を振る。
「それじゃ…、そのタペストリーに描かれた女性や───青…、もしくは水色の髪を持つ女性を見た記憶はない?」
「青い髪……」
エルは呟いて、考え込む。
「あるわ…、薄暗い大きな部屋で、目の前に立っている青い髪色の女性を見ていた記憶が…。足元からの強い光が、青い髪や顔を照らしていて────その人も、こっちを見ていた……」
「足元からの光…」
十中八九、発動した魔術式の光だろう。その魔術式が【記憶想起】で、青い髪の女性がサリルなら────サリルが魔術を発動させていたということかな。あの魔術は発動させるのに相当な魔力が必要だ。
「エル?」
心配そうなディンド卿の声で、私は意識をエルに戻した。エルは茫洋としていて、その視線は宙を捉えている。
「思い出した…。私は、あれで────あの儀式で、マデミアの宰相だった記憶が甦ったんだった…」
「マデミア?」
聞いたことがない国名だ。もう存在していない国か────もしくは国交のない島国とも考えられる。
「その記憶を買われて、王宮に仕えることになったの?」
「そう────この儀式のことや教会の地下にある魔術陣、それに前世の記憶があることを決して口外しないと魔術で契約して────ディルカリダ妃殿下の補佐官としてお仕えすることになったの……」
魔術で契約────あの【契約魔術】か。
だから、教会の地下空間や【記憶想起】という魔術、それによって前世の記憶が甦ったという事実が周囲に知れ渡ることがなかった────?
「ごめん、リゼ────頭が痛くて…、これ以上は無理……」
「エル!」
辛そうに顔を顰めて額を押さえるエルに、私は慌てて駆け寄った。他の皆もイスから立ち上がる。
「ごめん、無理に思い出させて」
「ううん……」
エルは、弱々しく首を振る。部屋の隅にソファを取り寄せ、ソファで横になるようエルを促す。
【心眼】で視てみると、どうやら疲労のようだった。脳に負担がかかってしまったのだろう。
「神聖術をかけておくから、少し休んでいて」
「うん、ありがと」
【快癒】を施し、エルが目を閉じたのを確かめて─────私が立ち上がったのを機に、心配してエルを覗き込んでいた皆と共にテーブルへと戻る。
「エルに無理をさせてしまって…、本当にごめんなさい───ディンド卿、ウォイドさん」
「いえ、リゼラ様が頭を下げる必要はございません。リゼラ様のおかげで、エルも魂魄に損傷を負っていることが判明しました。感謝こそすれ、責めることなど致しません」
ディンド卿がそう言ってくれ、ウォイドさんも頷く。
「そうだな。これで、エルもあの魔術で魂魄を損傷していることが明らかになったんだ。今後のことを考えよう」
◇◇◇
とにかく朝食を済ませようということになって、再びテーブルに着く。
「ルガレド様────お耳に入れておきたいことがあるのですが」
皆がまたパンケーキを食べ始めたとき────それまで黙っていたベルネオさんが口を開いた。
今後についての話し合いはエルが回復してからということになったので、先に報告することにしたのだろう。
密やかに話し出したベルネオさんに倣って、レド様も声を潜めて返す。
「何だ?」
「行きつけの酒場でのことなのですが…、昨晩、そこで飲んでいた男たちが聞き捨てならないことを話していたのです」
「聞き捨てならないこと?」
「はい。今回の魔獣の件は────教会のも含めて、すべてはルガレド様の自作自演である、と」
ジグとレナスだけでなく、ディンド卿とウォイドさんからも怒りが立ち上るのを感じた。勿論、自分からもだ。
「どんな風体だった?」
「若い男の二人組で、服装や会話では商人のように振舞っていましたが────俺には、ただ装っているだけに感じました。勿論、今まであの酒場でも旅先でも見かけたことはないですし、呼び合っていた名前はどちらも聞いたことがありません。一緒に飲んでいたうちの従業員たちも、見覚えも聞き覚えもないとのことでした」
「そうか…。そろそろ仕掛けてくるのではないかと思っていた。俺に罪を被せることができなかったから、世論だけでもどうにかしようという腹積もりのようだな」
皇妃一派は、どうしても今回の件をレド様の自作自演ということにしたいようで────素性を隠した男が冒険者ギルドまでノコノコやって来て、レド様が教会とヴァムの森に魔獣を放ったと証言するよう、少なくない金貨を差し出してガレスさんに頼み込んだらしい。
当然、ガレスさんが受けるはずもなく────断ったら、身分の高い後ろ盾がいることをちらつかせ、脅しをかけてきたのだそうだ。お粗末すぎて呆れてしまう。
こんなこともあろうかと、冒険者ギルドに依頼して【転移港】を警戒してもらっていたのだけれど────案の定、怪しい男が踏み込もうとして捕まった。
後を引き受けてくれたおじ様によれば、その男はやはり皇妃一派の手の者で、レド様に罪を被せるべく、どうにか物証を作るために偵察に来たということみたいだ。そういったことだけは、本当に積極的だ。
「それで、周囲の反応は?」
「冒険者は勿論、皇都民や商人たちの間では、ルガレド様とリゼラ様はこの皇都を救った英雄と見做されておりますし────“ジェスレム皇子が教会に魔獣を放った”という噂は浸透していますからね。酔った振りしたそいつらに絡まれても、誰一人としてそれに乗ることなく、ただ白けていました」
ジェスレム皇子が、教会で『魔獣はファミラだけを狙うと言ったのに』という趣旨の発言をしたのは事実らしい。
最初は、それを聞いた一部の皇都民にのみ噂されていた程度だったが────今やもう、それを知らぬ者はいないというくらいに広がっている。
おそらく────広めさせたのはおじ様だ。
「そんな戯言…、誰も取り合うことはなさそうだが────念のため、ロウェルダ公爵と相談しておく。ベルネオ、ウォイド、もしかしたら手を借りることもあるかもしれない」
「承知いたしました」
「何なりとお申し付けください」
ベルネオさんとウォイドさんは、イスに座っている状態なので、軽く頭を下げつつ目礼する。
「それにしても…、奴らはどうやって魔獣を連れ込んだと立証するつもりだったのでしょうね。目撃したと証言させるのはともかく、物証となると一体どんなものを想定していたのか────俺には見当もつきません」
ベルネオさんやエル、ウォイドさんにも、地下遺跡やヴァムの森の件だけでなく、その後の皇妃一派の動きに至るまで、仲間として一通り詳細を共有している。
「奴らも思いつかなかったから、集落跡地に忍び込もうとしたのだろう。跡地を実際に見たら、何かしら思いつくと考えたのではないか」
「本当に馬鹿な輩ですな」
レド様の推測に、冷たい眼をしたウォイドさんがばっさりと切り捨てる。私も同意見だ。頷く私にウォイドさんは顔を向けた。
「ところで、リゼラ様───ひとつ疑問に思っていることがあるのですが、お訊ねしてもよろしいですか?」
あれ───ウォイドさん、私に対して様付になってる。そういえば、さっきもそうだったような…。
前から敬語で物腰が柔らかかったし、すごく自然な感じだからスルーしちゃってた。
ここで『様』付ではなく以前のように『さん』付けでいいと伝えたところで、多分、断られるだけだよね────そんなことを考えて、ちょっと寂しくなりながら、私は返事をする。
「何ですか?」
「魔物の集落があった場所には、あの地を認識できないよう魔術が施されていたと伺っています。魔獣にも、あの魔術は有効だったはずだと思うのですが────彼の魔獣はどうやって、あの場所を見つけたのでしょう?」
「おそらく、あの魔獣は───いえ、あの魔獣と黒いオーガは、見つけたのではなく、地下遺跡から直接、あの場所に跳んだのだと思います」
「ですが…、あの場所にある【転移門】は、地下とは繋がっていないと」
「ええ、【転移門】は繋がっていません。あの【転移港】には、【転移門】の一種───【脱出門】という魔導機構も設置されています。これは、地下遺跡からの非常用出口で────2年程前に作動した記録が残っていました。私たちは、あの魔獣が作動させたと考えています」
「……魔獣に作動させることができるのですか?そもそも、特性上、限られた者以外作動できないよう施されているのではないかと思いますが」
「ええ、ウォイドさんの仰る通り────あれは、出発点となる【転移門】に登録された者にしか作動させることは出来ません。
だからこそ────あの地下遺跡で造り出された魔獣には使用することができたのだと考えています」
「それは…、どういうことですか?」
「あの魔獣は、ディルカリド伯爵の魔力を注がれることによって魔獣化しています。つまり、あの魔獣の表層にはディルカリド伯爵の魔力が蓄積されていました。
あの魔導機構は魔力で識別を行います。魔力の質は肉体に影響を受けるので、肉親と似通る。そのため、設定によっては個人ではなく血族で登録することができ───その子孫まで自動的に使用許可を与えることが可能となります。
あの地下遺跡の【転移門】も、“ディルカリド家の血縁者”で登録されていたために、魔獣の魔力でも作動してしまった────そういうことなのではないかと」
「なるほど、それなら理に適っている…」
ウォイドさんは顎を擦って、呟く。
「魔獣は地下から逃げ出そうとして、偶然、【転移門】を発動させてしまった────ということですか?」
「いいえ────2年前の転移に関しては偶然ではないと思います」
「偶然ではない?」
「ええ。スタンピード殲滅戦で見えた異様なオーガ───黒い毛色のオーガのことはお話ししましたよね。あの黒いオーガが魔獣に【転移門】を発動させて、【脱出門】に跳んだ────私はそう考えています」
「……その黒いオーガは、【転移港】と【脱出門】の存在を知っていたということですか?」
「おそらくは」
私はウォイドさんから、ベルネオさんに視線を移す。
「8年前、私がヴァムの森で魔獣と遭遇し、駆け付けてくれたファルリエム辺境伯と共にいた従者────あれは、ベルネオさんですよね?」
「はい、そうです。思い出してくださいましたか」
あれ、もしかして────ベルネオさん、私のこと覚えていてくれたのかな。忘れていたことに、ちょっと罪悪感を覚えつつ、私は続ける。
「ええ。あのときは助けてくださってありがとうございました」
「いえ、魔獣を討ったのはロアド様───ファルリエム辺境伯ですから、俺は何も」
ベルネオさんが首を振る。
「ところで───領地内に出現した魔獣討伐は、ファルリエム辺境伯軍が担っていたと聴いています。ベルネオさんは、ヴァムの森で遭遇したあの魔獣に、こう───何か…、違和感を覚えませんでしたか?」
私の問いかけに、ベルネオさんは少しだけ考え込み、先程のエルと同じく記憶を辿るように語る。
「あのとき…、あの魔獣には俺の剣は通じませんでした。それまでの討伐で対峙した魔獣より強いようには───速いようには見えないのに…、俺の剣はすべて弾かれ───その剣を弾く動きすら捉えることができませんでした」
「私も同じです。短剣で斬りかかって弾き返されたのですが、やはり、その動きは目に捉えることはできませんでした。あのときは、見えなかっただけで、突き出された左手で弾かれたのだと思っていましたけど────よくよく思い返してみると、弾かれたのはもっと手前の下方で、突き出された掌が届く距離ではありませんでした」
「つまり?」
ウォイドさんが促す。
「つまり────あの魔獣の正面に、見えない防壁が張られていたということです。エルフ独自の魔法である固定魔法───【結界】が」
「では、8年前にリゼラ様を襲った魔獣は、ディルカリド伯爵が造り出したもので────【記憶想起】でエルフだった記憶を思い出し、【転移港】に逃げ込んだ、ということですか?」
「そう考えています」
「ですが────それでは、どうやって魔獣を討伐することができたのですか?リゼラ様が創り出した魔剣でしか、【結界】は崩すことはできないのでしょう?」
「ファルリエム辺境伯は、知らずに“神剣”を愛用していました。あのときもファルリエム辺境伯が振るっていたのはあの剣だったと記憶しているのですが────そうではありませんか?」
「ええ、仰る通りです」
ベルネオさんの答えを受けて、またウォイドさんに視線を戻す。
「あの“神剣”は力を失ってはいたものの、これまで刃毀れも折れたこともないと聴いています。まだ検証は出来ていませんが、【結界】を斬り裂くこともできたのではないかと考えています。実際、ファルリエム辺境伯の剣は、魔獣に届いていました」
「なるほど…、リゼラ様のお考えは解りました。ですが…、その8年前の魔獣が、エルフだった前世を持つ魔獣だったとして────どういう関係が?」
「あの魔獣が、私の想定通りにエルフだった記憶を持っていたのなら────魂魄に損傷を負っていたということになります」
「つまり────黒いオーガは、その魔獣の生まれ変わりであると…?」
「私は…、そう考えています」
8年前の魔獣と黒いオーガの、あの───異様な首の傾げ方と向けられた者がぞっとするような眼差し。偶然と片付けるには、似過ぎている。
ウォイドさんとベルネオさんが、眼が見開く。
「……それが事実なら────大変なことではありませんか?」
ウォイドさんの言う通りだ。
それは、すなわち────知能が上がっているだけでなく、エルフの知識と経験を持ち、通常の武具では太刀打ちできない魔法を扱う魔物が、野に解き放たれたということになる。
「黒いオーガと地下遺跡で私が止めを刺した魔獣に関しては、転生することはないと思います。【聖剣】で、魂魄ごと消滅させましたから」
黒いオーガに取り込まれたあの魔獣に関しても、おそらく問題はない。肉塊と共に魂魄も取り込まれ、黒いオーガの一部と化していた。
「懸念があるとしたら、聖堂で“デノンの騎士”が討伐した魔獣────ですね?」
「ええ。ただ────カデアとエデル…、いえレムトさんに確認したところ、“デノンの騎士”の振るう剣が遮られることはなかったとのことですから、エルフの記憶を持っている可能性は低いと思います。でも、一応、ファルお兄様にも確認をしてみるつもりです」
「そうですか…」
ウォイドさんは、安堵したように険しかった表情を緩めた。
あ、そうだ────ちょうどいいから、ここでお願いしてしまおう。
「それでですね、杞憂になるかもしれませんが────ウォイドさんやエル、ベルネオさんだけでなく、劇団と商会の従業員の方たちの武具に【防衛】を施させて欲しいのですが」
そうそう【記憶想起】を発動させてしまうことなどないとは思うけど、他にもエルフの記憶を持つ魔獣や魔物がいなかったとも限らない。
スタンピード殲滅戦や地下遺跡で、あの大勢の魔獣や魔物の中に紛れていたとしたら、知らずに討伐した可能性もある。
それに────何だか警戒した方がいいような気がする。
「それは、こちらからお願いしたいくらいですが────よろしいのですか?」
ウォイドさんは、レド様の方を伺う。
劇団と商会は、ファルリエム辺境伯家に纏わる、レド様を主と仰ぐ者たちを擁してはいるが────縁もゆかりもない一般人も所属している。
「まあ、やけに丈夫になっていることを訝しく思うかもしれないが────魔術をかけるところさえ見られなければ、そういった特殊な魔術があることなど、余程のことがない限り、思いも寄らないはずだ」
「それは、確かにそうですね…。エルには私から話しておきましょう」
「────その必要はないわ」
振り向くと、エルが上半身を起こしている。
「私も聴いていたから話す必要はないわよ、ウォイド」
「エル、起き上がって大丈夫なの?」
「うん。神聖術だっけ?あれをかけてもらった時点で頭の痛みは引いてたし────瞼を閉じてじっとしてたら頭もすっきりしたし、もう大丈夫────というか、頭痛がする前よりも体調がいいくらいよ」
「そう、なら良かった。それじゃ、今後について話し合おうか」
「それって、“魂魄の損傷”とやらをどうするか、ってことよね?それなら別に急ぐことはないわよ、リゼ」
「え───もしかして、何か知っているの、エル」
「ううん」
すぐに否定されて、ちょっとがっかりした私に────エルは、にやりとお馴染みの笑みを浮かべて、告げる。
「私もリゼに加護を授けてもらうつもりだもの。そうしたら、次の転生までかなり猶予ができるでしょ。リゼは忙しい身だし、私たちの時間はたっぷりとあるんだから────ゆっくりで大丈夫よ」
「エル───それは」
「それに、お父様を一人にするわけにはいかないもの」
「いや、ディンド卿はレド様のために不老長寿になってくれたんだから、一人になんかさせないよ」
「それはいいことを聴いたわ。不老長寿になれば、リゼが傍にいてくれるのね」
「何だと?エル───もしや、お前までリゼと老後を過ごしたいなんて言い出すんじゃないだろうな」
レド様が、何やら怒った口調で口を挟む。私と老後を────ああ、確か、シェリアがそんなようなことを言っていたっけ…。
「あら、ルガレドお兄様とリゼがお二人で過ごされるのを邪魔したりなど致しませんわ。時折、お茶を飲みながらおしゃべりをさせてもらえれば十分ですのよ」
「まあ…、それくらいならいいだろう」
「ありがとう存じます、ルガレドお兄様」
あれ?この流れは────
「リゼ───ルガレドお兄様のお許しが出たわ。さ、加護を授けてちょうだい」
ソファから立ち上がって、エルが私へと歩み寄る。
ウォイドさんとベルネオさんもテーブルを離れて、エルの後ろに控えるように立ち────三人は、片膝をつく。
「リゼラ様────私どもも、貴女様のご加護を賜りたく存じます」
ウォイドさんがそう述べ、ベルネオさんと揃って首を垂れる。
レド様を伺うと、レド様は頷いた。
エルたちに視線を戻せば、その眼に強い意志を湛えて私を見ている。
エルも、ウォイドさんも、ベルネオさんも────レド様と共に歩む覚悟はできているようだ。いや────あの商館で再会したとき、すでに覚悟はできていた。
白炎様にはむやみに加護を与えるべきではないと言われているし、その通りだとは思ってはいるけど────あの【魔導巨兵】のこともある。
「エル───最初からそのつもりだったでしょ」
「まあね。忙しそうだったから落ち着いたらお願いしようと思ってたんだけど────ウォイドとベルネオもいるし、今日頼んじゃった方がいいかなって」
「まだ成長し切っていないのに、不老長寿になってしまっていいの?」
「むしろ、今がいいのよ。身長も伸び切っていない今なら、少年役も老人役もできるし」
まあ、身長も体形もそれなりに育ってはいるから、少女姿も化粧をすれば女性姿だって様になるし────いざ好きな男性ができても後悔することはなさそうかな…。
≪エル、その…、月のものは?≫
≪ああ、月経のこと?ちゃんと来てるわよ≫
それなら────と私も覚悟を決めたとき、またもやエルがにやりと笑った。
「大丈夫よ、いざとなったら、ベルネオに貰ってもらうから」
「「「はっ?!」」」
「え───エルとベルネオさんって、そういう関係なの?」
「何だと!べネス、貴様…!」
ディンド卿が立ち上がって叫び、ウォイドさんが隣で跪くベルネオさんを剣呑な目付きで睨む。
「いやいやいや───エルは未成年ですよ?!ありえません!!」
「本当だろうな?」
「本当です!!そもそも、俺の好みは出るところの出た大人の女性です!!エルに手を出すわけがない!!」
「出るところの出た────それってリゼみたいなってこと?」
「ちょ───エル、何言って」
「ああ、まあ…、そうですね────って、いやいやいや、リゼラ様は確かに好みですけど、恋人や配偶者がいる人は対象外です!!ですから、ルガレド様、殺気を引っ込めてください!!ジグ、レナス、お前たちもだ!!」
私以外の全方位から怒気を向けられて、ベルネオさんが必死に言い募る。
それを聴いて、エルがベルネオさんを選んだ理由が解ったような気がした。
入り婿である侯爵家の次男はかなりの浮気性で、アデミル=サライフはその尻拭いに苦労したと記述には残っている。
実直なベルネオさんなら、妻を裏切ることはないだろう。
ベルネオさんは、エルをそういう対象には見ていないみたいだけど────エルの表情を見る限り、逃げ切れないだろうな。何度断っても、結局エルの代役をやることになってしまった私のように。
エルたちが加わったら賑やかな未来になりそうだ────そんなことを思って溜息を吐きつつも、口元が緩んだ。
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