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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十八章―邂逅の果て―#4

 
前書き
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
一場面でも楽しんでいただけたら幸いです。

※#3のレナスの前世の考察で、安土桃山時代をすっとばしていたことに気づき、訂正しました。お恥ずかしい限りです…。


***

 

 
「なるほどな…」

 私の話を一通り聴いたレド様は、そう呟いた。

 ジグとレナスを交えた遅い夕食───というか夜食を終え、今は食後のお茶を皆で飲みながら、ここ数日私が調べて判明したことを話し終えたところだ。

 “魂魄の損傷”についてだけでなく、セレナさんの髪色に関する、まだ推測にもなっていない───ただの思い付きまで洗いざらい白状させられてしまった…。

「それで、どうするつもりだ?」
「セレナさんの方は、先程言った通り、“魔法使い”について情報を集めてみようと思っています。それと、バレスの意識が戻ったようですので、念のため、ディルカリド伯爵家に何か伝わっていないか確かめてみるつもりです」
「ロウェルダ公爵の方もディルカリド伯爵たちの尋問を始めたんだったな。そちらでも確かめてもらうか?」
「そうですね…。おじ様にお願いしてみます」

 ただ───地下遺跡でディルカリド伯爵が語ったという内容を聴いた限りでは、伝わっている可能性は低そうだ。

「で───“魂魄の損傷”については?」
「そちらは、エルに話を聴けたら───と思っています」
「解った。いつにする?」
「え、あの…、エルと都合が合うときに、ちょっと話せれば───と考えている程度なので」
「俺も話を聴く」
「ですが、レド様はお忙しいのでは…」

「大丈夫だ。厄介だった事務処理はあらかた終えた。皇妃一派が圧力をかけてくれたせいで、意味のない難癖をつけられて再提出だの不受理だので長引いていたが────ようやく延期されていた調整会議が始まって、どこの部署もそれどころではなくなったからな」

 今回は“緊急事態”ということで、管理課を通すことなく物資の持ち出しを許されていたのだけれど、レド様が提出した事後報告書に難癖をつけ、“緊急措置”に値しないと言い出し────レド様が勝手に持ち出したとして、弁償しろと主張していたのだ。

「この忙しいのに、本当にくだらないことをしますよね、あの人たち…」

 まあ、何はともあれ────レド様の仕事が一段落ついたのは良かった。

「お疲れ様でした、レド様」
「ああ、ありがとう。リゼも、解体や撤去作業ご苦労だったな」
「ありがとうございます」

「あと、やらなければならないのは────参戦してくれた貴族家や騎士たちへの労いだな。そちらは、ロウェルダ公爵が慰労パーティーを開いてくれるとのことだから、俺たちは当日する装いの準備だけだな」
「はい。そちらはラナ姉さんにすでに任せてあります。それから───セレナさんの弟デレドとハルドの父ウルド、兄コルドの埋葬ですね」

 ディルカリド伯爵領は、すでにベイラリオ侯爵家門の貴族家の手に渡っている。領地内にあるディルカリド伯爵家一門の遺体が納められる霊廟の所有権も失っているため、そこに葬ることはできない。

 ディルカリド伯爵家に代々仕えるヴァルトさんとハルドの一族は、霊廟の片隅に遺体を納めることを許されていたらしく、墓は有していないそうだ。

 セレナさん、ヴァルトさん、ハルドと話し合った結果、この皇都の教会の共同墓地に埋葬することになったが────現在、教会が立ち入り禁止となっているため、彼らの遺体は未だ地下遺跡にある。

 固定魔法【静止】を施しているので腐乱する心配はないとはいえ、セレナさんやハルドの心情を考えると、早く弔ってあげたい。

「そうだな」
「それと───そろそろ、エデルを劇団に帰してあげないと」

 もう、エデル───レムトさんが命を狙われる心配はなくなった。

 本当は、おじ様にゾアブラの身柄を引き渡した時点で帰すべきだったのだけれど────ここのところ、ラムルがレド様の補佐に徹していたので、エデルがラムルに代わって通常の業務をこなしてくれていたのだ。

「……まあ、それは後でも大丈夫だろう。エデルには、まだいてもらわないと、な」
「そうですか…?」

 どうやら、レド様はエデルを引き留めたいようだ。その割には、ちょっと不服そうだけど。何か心境の変化でもあったのかな。

「とにかく────まずは、エルに会って話を聴こう」
「それでは、エルに連絡を取って、都合を伺ってみます」


◇◇◇


 翌日────

 レド様と共に、ジグとレナス、ディンド卿を伴い、ベルネオ商会の商館に転移すると───エルとベルネオさん、そしてウォイドさんが出迎えてくれた。

「おはようございます、ルガレドお兄様。おはよう、リゼ、お父様」

 まずエルが私たちに挨拶をして、ウォイドさんとベルネオさんが続く。レド様とディンド卿が挨拶を返した後、私は口を開いた。

「おはよう、エル。おはようございます、ウォイドさん、ベルネオさん。三人とも、こんな朝早くからごめんなさい」

 レド様と二人だけでエルと会うつもりだったんだけど────鍛練の際にエルと会うことを聴いたディンド卿が同席したいと言い出し、『それなら保護者であるウォイドさんも』ということになって────何だか、大仰になってしまった。

 ちょっと話を聴きたかっただけなのに、私のせいで申し訳ない…。

「それは構わないけど。訊きたいことって?」
「エルの前世の記憶について、ちょっと確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?別にいいわよ。何でも訊いてちょうだい」
「ありがとう。でも、その前に────三人とも朝食は?」
「食べてないわ。当然、ご馳走してくれるんでしょ?」

 エルが、にやりと笑みを浮かべる。

「勿論そのつもりだけど、ここのところ料理する時間があまりなくて、今朝急いで作ったものだから────簡単なものになってしまうけど、いい?」
「ちょっと残念だけど、仕方がないわね」
「今度、改めてご馳走するから」
「やった!約束よ?」
「はいはい」

 無邪気に喜ぶエルをちょっとだけ微笑ましく思いつつ、私はアイテムボックスからテーブルや料理を取り寄せて、セッティングを始める。

「エル───まさか…、リゼラ様に、いつもこんな風に我が儘を言っているのか?」

 私たちの───というか、エルの私への態度がショックだったらしく、ディンド卿が問い質す。無邪気だったエルの笑顔が、見た者が怖気づきそうな───凍てついたものに変わる。

「……お父様、わたくしとリゼの関係性をよく知りもしないくせに、そういうことを仰らないでいただけます?そもそも、長い間、わたくしを放置しておいて────叱責できる立場にあるとお思いになりまして?」
「ぅ、し、しかしだな…、リゼラ様は仕えるべき主君の」
「勿論、それは存じておりますわ。ですが────わたくしは、リゼがルガレドお兄様と婚約する以前から友人関係ですのよ」

 どうしよう───私との遣り取りのせいで、何か父子喧嘩のようなものが始まってしまった。これはどうしたものかと思っていると、ディンド卿が困惑気味に訊く。

「さっきも思ったのだが…、エル───ルガレド様のことを“お兄様”とお呼びしているのか?」
「それが何か?」
「いや…、お前、ルガレド様のことは“殿下”とお呼びしていなかったか?」

 え───そうなの?

「……お父様の勘違いではなくて?」
「いや、絶対にそうお呼びしていた」
「…………ルガレドお兄様にお許しをいただいたから、そうお呼びすることにしたのよ」

 私は思わず口を挟む。

「あれ?あのとき────エルは、最初から“ルガレドお兄様”と呼んでいなかった?」
「リ、リゼ…」
「そういえば────あのときのエル、何か不自然だったよね。どうもエルらしくないというか…。いや、ああいう悪戯をしでかしそうではあるんだけど────レド様のお怒りを買うと判っているのに、大事な初対面でやらかしたのがおかしいというか…」

 私の指摘に、ディンド卿が恐る恐るといった態で訊ねる。

「リゼラ様、その…、エルは一体何を?」
「少年の格好で登場して、あたかも私に恋慕しているかのように装い、大仰に再会を喜んでくれました────レド様の前で」

「エル!!」
「だって───今更、リゼと他人行儀に接するなんて嫌だったんだもの…」

 エルは口を尖らせて返す。

「ええ?それが、どうして、あの行動に繋がるの?」

 訳が分からず首を傾げると、観念したのか、エルが語り出す。

「だから───ルガレドお兄様のリゼに対するスタンスを探りたかったのよ。あれでルガレドお兄様はリゼに物凄く入れ込んでいることが判ったから、妹分に収まることに決めたの。
今の私はただの平民だから、主の婚約者に馴れ馴れしく話しかけるなんて許されないでしょ?妹分になれば、私がリゼと親しくしていても許してくれるんじゃないかと思ったの。
顔立ちとか髪色とか似てると聞いていたし、義理とはいえ一時的には従兄妹だったことだってあるし、“ルガレドお兄様”って呼ぶようにすれば親近感を持ってもらえるかな───って」

「あの少年姿────レド様に似ていることを強調する狙いもあったのね?」

 素直に頷くエルに、私は溜息を零す。

「まったく、もう…。そんなことしなくたってレド様は許してくれるのに」

 ね?───と、レド様に振る。

「ああ、まあ───そうだな…、おそらくは」

 あれ、レド様?

「………エルの判断は正しかったみたいですね」

 周囲に深い沈黙が降りる中、ベルネオさんがぼそりと呟く。

「と、とにかくだな…、結果的に正しかったのだとしても、リゼラ様にご迷惑をおかけしたことには変わりがない────」
「それ、お父様にだけは言われたくありませんわ。自信がなくて逃げ出そうとしたのを、リゼのせいにしたくせに」
「いや、それはだな…」

 何か、第二次父子論争が始まってしまった…。

「そこまでになさい────坊ちゃま、エル」
「「ゥ、ウォイド…」」

 それまで黙って控えていたウォイドさんが進み出て、一声かけただけで────エルとディンド卿の言い合いが、ぴたりと止まった。

 ウォイドさんは、かつてはディンド卿の側近だったということは知っていたけど───ディンド卿を『坊ちゃま』と呼び、ディンド卿がこれほど萎縮するということは、レド様とラムルのような間柄なのかな。

「申し訳ございませんでした───ルガレド様、リゼラ様。この件につきましては、私の監督不行き届きであり、容認してしまった私の咎でもあります」

 ウォイドさんがレド様と私に向き直り、深々と頭を下げる。

「誠に勝手な願いではありますが────ルガレド様、エルがリゼラ様と友人として接することを、どうかお許しいただけないでしょうか。特殊な環境下にいるエルにとって、リゼラ様は────年相応に振舞える、唯一の存在なのです」

 エルにとって私が特別だというウォイドさんの言葉に、私は意外に思う。

 エルは、劇団員たちと特に距離をとることなく、親しくしていたはずだ。その中でも、割と年の近い同性の劇団員とよく談笑していた覚えがある。

 だけど、ウォイドさんがそう言うからには────もしかしたら、オーナーと従業員という関係性もあって、私に対するものとは心持が違うのかもしれない。生い立ちや“記憶持ち”であることも影響がありそうだ。

「まあ───リゼも、エルが畏まることを望んでいないだろうしな。今更、咎めることはしない。俺のことを、“お兄様”と呼ぶのも構わない」
「感謝いたします、ルガレド様」
「ありがとうございます、ルガレドお兄様!」
「ルガレド様、ありがとうございます」

 ディンド卿が、レド様にお礼を言って───私に視線を移す。そして、ウォイドさんの言葉に思うところがあったのか、ウォイドさん同様、深々と頭を下げた。

「リゼラ様───どうか、エルのことをよろしくお願いします」
「そんなに畏まってお願いする必要はありませんよ、ディンド卿。エルの言う通り、私たちは友人ですから」

 私がディンド卿にそう返すと、エルはにやりと笑う。

 ……しまった。調子に乗るから、エルの前では明言しないようにしてたのに。

「やっと私を友人と認めたわね、リゼ」

 エルが浮かれているのは、私の言葉に対してだけじゃなさそうだ。私は笑みが零れないよう、真顔を作る。

「不本意だけど、そうとしか言えないからね。────ほら、朝食にしよう」


◇◇◇


 今回、朝食に用意したのは、オーソドックスなプレーンのパンケーキだ。

「たくさん焼いてきたから、好きなだけ食べてください。トッピングは、バター、チーズ、スクランブルエッグ、ポーチドエッグ、ベーコン、ソーセージ────それから、フルーツとジャム各種、蜂蜜があります。甘いのが好きなら、フルーツと一緒にこちらの“ホイップクリーム”と“チョコレートソース”をトッピングするのもお薦めです」

 本当は、“アイスクリーム”とかナッツ類なども用意して、もっとトッピングに凝りたかったけれど────今回は朝食だ。いつか、お茶会とかでリベンジしたい。

「それと、スープと飲み物も、それぞれ数種類用意してあります。私の前世の世界のものもありますので、もし興味がありましたら、どうぞ」

 私は、鍋ごと並べた野菜スープとコンソメスープ、クラムチャウダーとミネストローネ───ガラスのピッチャーに入った果実水とハーブティー、ポットに入ったままのお茶や紅茶、それにコーヒーを示す。

 マグカップはピッチャーやポットの近くに───スープマグは鍋の近くに積んで、取り皿とナイフとフォークだけを配る。

 何故か皆が無言なので、私は俄かに不安になった。

「もしかして、気に入らなかったですか…?」

 この世界でもパンケーキは普通に食べられているはずだけど…。

「いや、気に入らないとかじゃなくて────リゼ、さっき“簡単なもの”だとか言ってなかった?」
「言ったけど?」
「これ…、全然“簡単なもの”じゃなくない?」
「え?そんなことないよ。パンケーキ焼いて、スクランブルエッグとポーチドエッグを作って、ベーコンとソーセージをただ焼いただけだし」

 ジャムは以前作ったものだし、ホイップクリームとチョコレートソースに至っては【創造】で創ったものだから、まったく労力は使っていない。

「じゃあ、こっちのスープは?」
「あ───確かに、それはちゃんと作ったものだね」

 まあ、でも、具材が重複していたから広い作業台でいっぺんに刻むことができたし────コンロが6つ口あるので、同時に煮込むことができたから、それほど手間はかかっていない。

 ちなみに、今日はこれらとは別に同時進行でお弁当を作ったので、レド様にはそちらを手伝っていただいた。

「……どんなに簡単な作業だとしても、それぞれをこんな大量に作っている時点で、手間がかかっていると思うわよ。リゼは、自分の感覚が世間とずれていることを自覚するべきね」
「やっぱり、そうだよな────そう思うよな。エル、もっと言ってやってくれ」

 レド様がエルの言葉に食いつく。何でそんなに嬉々としているんですか、レド様…。

「ええっと…、とにかく食べませんか?」
「そうだな。いただくとしよう」

 レド様がそう告げると、皆は頷いて、各々の取り皿にパンケーキを載せて、好きなトッピングを盛り始めた。

 レド様と私は、すでにカデアが用意してくれた朝食をいただいている。おやつのようなものなので、私は甘いトッピングにするつもりだ。

「レド様、どれになさいますか?」
「リゼに任せる」

 それなら、私がしようと思っていたトッピングでいいかな。

 私とレド様の取り皿にパンケーキを一枚ずつ載せてホイップクリームをたっぷり盛りつけ、その上にカットしてある苺を散らす。
 このホイップクリームはそこまで甘ったるくないし、レド様は意外と甘いものも好きみたいだから、大丈夫なはずだ。

 そして、2つのマグカップにコーヒーを注いで、レド様と私の前に並べた皿に1つずつ添える。

「どうぞ、レド様」
「ありがとう、リゼ」

 レド様が嬉しそうにお礼を言って、ナイフとフォークを手に取った。一口含んで目元を緩めたレド様に、私の口元も緩む。

「何これ…、普通の遣り取りのはずなのに、何でこんなムズ痒くなるような雰囲気になるの?以前に増して甘々どころかデロデロになってない…?────ねえ、お父様、あの二人いつもこんな感じなの?」
「あまり同席することはないから、いつもかは判らないが────そうだな…、同席した際は大抵…、いや毎回こんな感じだな」
「よく胸焼けしないわね…。給仕しなければならないラムルたちに同情するわ…」
「………臣下にとって、主たちの仲がいいのは喜ばしいことだ」
「………何か言い聞かせてない?」

 エルとディンド卿の遣り取りが耳に入って────二人が普通に会話していることに安堵する。まあ、その話題と内容はちょっとアレだけども。

 ちらりとウォイドさんを窺うと、そのまま会話を続けるエルとディンド卿を優しい眼差しで見ている。

 私の視線に気づいたウォイドさんは、柔らかな笑みを浮かべた。


◇◇◇


「それで────リゼ、私に訊きたいことって何なの?」

 しばらく黙々と食べることに集中していたエルが、食べるペースが落ちてきた頃にそう切り出した。

「前世の記憶についてなんだけど────エルは、どれくらい覚えてる?」

「どれくらいって?」
「アデミル=サライフとして生まれてから死ぬまでの────どの程度、記憶が残ってる?」
「そうね…。ちゃんと残っているのは────成人してから…、いえ、男爵位と家業を継いでから、かしら…。それまでの記憶は断片的にしか残っていないわ」

「そう…。それで────その記憶というのは、“アデミル=サライフとしての記憶”だけ?」

「それってどういう────あ、もしかして…、私も、地下で見つけた古代魔術帝国の遺物が原因で“記憶持ち”になったんじゃないかって考えているの?」
「それを確かめたいの」
「私は違うと思うわ。だって、アデミル=サライフ以外の人物だった記憶なんてないもの」

 エルはちょっと首を傾げて、果実水が入ったカップに口を付ける。

「じゃあ…、“忌み子”に関する伝承は?あれは────いつ、誰に、聴いたの?アデミル=サライフだったとき?」

「勿論、そうよ。うちの姑が、巻き添え食らった村の隣村出身だったらしくて、よく聞かされたのよね」
「アデミル=サライフに男兄弟はなく、女の身で襲爵して、侯爵家の次男が婿入りしたと記述にはあったけど────違うの?」
「いえ、その通りよ」
「それじゃ───侯爵夫人が、壊滅した村の隣村出身だったということ?」
「そんなわけないでしょ。あの人は元公爵令嬢で、張り倒してやりたいくらいの傲慢女────あれ…?」

 エルは、自分の言っていることのおかしさに気づいたみたいで────そこで言葉を切った。

「どういうことだ、リゼ」

「改めて考えてみて、おかしいと思ったんです。イーデル=ファイ=グルワイトが“忌み子”として虐待されていたと判明したとき、私は“忌み子”とは何か、ザーラルさんに訊ねました。“三つの月が昇る日に生まれた子”をそう呼び、旧王家に連なる者に“禍”をもたらす者として恐れられているらしいことを教えられ────その謂れを再度訊ねましたが、ザーラルさんを始めとして、その場にいた他の誰も知らないようでした。そこには貴族や平民、商人など、様々な身分の人がいましたが、その誰も────古い家柄の貴族でさえ聞いたことがない、と。
サリルの件は醜聞だから、よそ者である私は教えてもらえなかったのではないかとも考えましたが────あれは旧王家の醜聞で、知られたとしても、ただ旧王家の非道さが際立つだけです。新王家には隠す意味がありません。そうすると────その謂れは伝わっていなかったと考えて間違いない。
アデミル=サライフが存在していたのは約100年前です。もし、エルがアデミル=サライフだったときに聞いたというならば────たった100年で、その伝承が消えてしまったことになります」

 次々に新しい情報が入って来て、古い情報が塗り替えられてしまうような前世の世界とは違い────未だに数百年も前の先祖が遭遇した事件が語られているようなこの世界で、たった100年の間に伝承が消え失せてしまったとは考えにくい。

 旧王家が醜聞を消そうと動いたのだとしても、800年近く経ってからというのが腑に落ちない。

 “忌み子”という名称が定着しているということは、それまでも“三つの月が昇る日に生まれた子”は幾度となく存在して、その謂れが噂されていたのだろうし。

 それにあの腐りきった旧王族は、もう何代も前から醜聞に塗れていて、そんな大昔のことを気にするとも思えない。

 時が経つうちに少しずつ語られなくなっていき────“忌み子”という概念だけが残ってしまったと考える方が自然だ。

「エルは、“忌み子”について完全な形で伝えられていた頃の記憶を別に持っているか────もしくは“忌み子”の概念とサリルの件を別々の知識として持っていて、何かの折に結び付けたのではないかと思います」
「なるほどな…。そう考えると、つまり────エルは…、少なくとも2度以上転生していて、その記憶を混同してしまっている、ということか?」
「おそらくは」
 
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