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不可能男との約束

作者:悪役
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魔女の意気

 
前書き
望んだものはただ一つ

でも、少ないからといって、それが達成可能という訳ではない

配点(落ち込み) 

 
「まったくもう……次から次へと大忙しだわ……」

右舷一番艦品川前部の倉庫区画の大型木箱が立ち並んでいる場所にて、黒の六枚翼を背に担う第四特務であるナルゼが愚痴を宙に吐き出す。
それに構っていられる余裕はこの現場位にいない事は理解しているが、吐きたくもなる。
手にしている魔術(テクノマギ)式用のペンを軽く握りながら前方を睨む。
前方に降り立とうとしていた英国の女王の盾符(トランプ)。こちらは既に前提からして、かなり不利な状況なので、相手が誰かも確認せずに、初手を貰ったのである。
結果は目の前の蒸気が教えてくれるが

……はっきり言って、倒せたなんて思えないわよね。

この程度で終わる存在は役職者にいないと思った方がいい。
最近の傾向を考えてみても、英国の女王の盾符も、きっと濃い奴等に違いない。何せ、K.P.A.Italiaや三征西班牙の面々も全員濃い連中だけだったのだから。
これで、英国が濃くなかったら、恐らく世界にキャラで負けてしまうからそれはないだろう。
後ろには牽制の弓隊がいるが、当てにしてはいけないだろう。
彼等は訓練でしか、その弓を扱った事がない。
浅間とは違うのである、そう。

「何の躊躇もなく、人を射る浅間みたいな人非人と一緒にしてはいけないのよ……!」

『な、何をいきなり人を人外みたいに! 私がそんな喜んでぶった斬ったり、割断したり、全裸になったりする狂人と同じと思うんですか!? 私は射る事に喜んだりしてません。ただ、結果的に射る事で問題がなくなる事を喜んでいるだけです』

この狂人も言う事が違うわね、と思い、表示枠を無視した。
小等部入学式の縁日の時に、いきなり人を射つ人間は格が違うわね、と過去の記憶を思い直しても、思うんだから間違いない。
狂人は恐らく生まれた時からその素養を持つのだろう、とどうでもいいことを思いながら、視界に影を見つけた事で目を細める。
動きに傷などを慮っている様子はない。恐らく無傷である。
どうして、などと思う必要はない。
思う必要があるとすれば、ならば、である。
思考は行動に即繋がった。
腕は制服のポケットの中に入り、中にあるものを取り出す。そこにあるのは、中身自体はどこにでもあるような水が入った瓶である。
投げても、簡単に避けれるし、目とかに当たらない限り、ダメージにもならない。精々、相手が女だったら、制服が透けてサーヴィスショットになるくらいだろう。
周りの男連中は喜ぶそうだが、ありふれたネタなので却下だ。
斬新さが必要なのよ、斬新さが、と内心でコメントを言いつつ、水が入った瓶に、その魔術(ざんしん)さを詰める。
魔術というのは自然や流体を数学的に捉え、加減算的に変質させる術式である。
そして、自分が使う白魔術は生成と回復を司る加算的な魔術。
それを利用すれば

「───喰らいなさい!」

描くという生む行為によって、ただの水は加熱による水蒸気爆弾へと変化する。
さっきも同じものを投じたが、二度目の爆発により、蒸気は少し薄くなりつつある。
その向こうからさっきよりも確かな影が見えた。
その事に舌打ちを露骨にする。
明らかに、相手はダメージを負っていない。自分の攻撃術の力が足りていないとは思わない。
必要以上の卑下は好きではないのだ。
ならば、単純に相手がこちらの術式を超えて、立っていると考えるしかないのだが、それはそれで癪ね、と思うのは魔女(テクノへクセン)として当たり前と思いながら、続いて連続投下。

「質で駄目なら量で勝負よ……!」

今回に限って、排気なんて遠慮なく排出(アウトプット)よ。
赤字覚悟って素敵よねっ。
敵を倒せたら尚

「───Herrlich(上出来)!!」








爆発は過激の一言に尽きた。
既に熱のレベルまで昇華した蒸気のほとんどは大気となってナルゼ達の方に向かい、ぶつかった。
ナルゼはそれらを翼で受け止めながら

「やった!?」

その言葉にナルゼの周りに表示枠が浮かび上がりまくった。

『いけないよ……ナルゼ君……! 君は非常に迂闊な事をした……! 略して非闊……!』

『ええ……自分でも、確かにこれは不味いと思うんですよね……』

『気にしないでいいんだよマルガ君! 一人の失敗をフォローするのが僕達仲間の役割なんだから!』

『うむ……! 気にせずどんどん攻撃するがいい……! 吾輩がそれをぷるぷるしつつ見守ろう……!』

やかましい。
現実と二次元を一緒にするんじゃない。
そんな物を現実で守れるのは、それこそ変態くらいである。

……ああ……だから、武蔵の変態共はその理屈を守れるのね……

総長とか熱田とか喜美とかネンジとかイトケンとかハッサンとか。
該当者が多過ぎて困るのが、武蔵クオリティね。
嫌な場所ね、と思いながら、念には念をと次の術式を構えた瞬間。
前の前の霧の空間から聞き覚えのない声が飛んできた。

「ああああら? 私達相手に小娘一人でいいのかしらね」

距離十五メートルの間で放たれた声。
その後に、煙の中から四つの影が現れた事を視認する。
その動きにぶれは一切ない。
つまり

「無傷……!?」

あれだけの攻撃に対して、何のダメージを受けていない。
それはつまり、何らかの手段で回避、もしくは防御したという事になる。
回避なら、爆発だけならともかく破裂することによって細かな刃となった瓶の破片をあの距離で躱せるとは思えない。
そんなのを出来るのは、二代か、もしくは立花・宗茂みたいな高速戦闘を得意とする化物クラスのみだ。
年鑑では、英国にそんな高速戦闘をこなすような人物はいなかったと記憶している。
という事は、何らかの手段で防御をしたという事だ。
そんなことが出来る人物は

「変態……!?」








変態と断ずるのは何もこの攻撃の中で生き残ってきたという事実だけではない。
まず、ナルゼの目の前の位置であり、一番近い位置になっている女。
その女は足に巨大な鉄球をつけており、更に痩せ過ぎと断ずることが出来る枯れ木のような女であり、今でも痩せ過ぎているせいか、がくがく震えている。
恐らく、合う制服がないからか。その英国の女性用制服を占めるように来ており、しかし、表情はむしろ強気と言ってもいい表情を浮かべ

「"女王の盾符(トランプ)"10(テン)の一人、オックスフォード教導院・副長のロバート・ダッドリーよ。いいい以後お見知りおきよってね」

脳内辞書により、史実のロバート・ダッドリーの事が頭の中で思い浮かぶ。
ロバート・ダッドリーとエリザベスは確か、秘密裏に結婚していたと噂されていた人物であり、しかし、ロバート・ダッドリーは殺人事件の犯人と示唆されていた人物だったから、エリザベスは殺人犯扱いされたくない為に、自分は生涯結婚しないと決める要因になった人物であったはずだ。
だから、英国は問題人物になりそうなロバート・ダッドリーを史実通りの男性ではなく、女性に襲名させることによって、そんな問題を起こさせないようにしたって噂らしい。

それでも……エリザベスはロバート・ダッドリーの事を「私の目」と言って、死んだ後に部屋に引きこもるくらい落ち込んだって言う話だけど。

史実の話だから、今言っても意味はないんだけど。
それにしても、このロバート・ダッドリーが同性もOKだったら、英国はどうするつもりだったのかしら。その場合のIFストーリーでも描いてみようかしら?

「それじゃあ、アンタの後ろにいるのが……」

こちらの言葉に応じるかのようにダッドリーの背後に立っていた影が動いた。
その影は長身であるダッドリーよりも高く。
そして

丸い……

何だかほんわかするような丸さであった。
絶対にあれは子供達に突撃されような、うずうずとさせるような丸さを感じる。

「10のひとりー。ふくかいちょー、うぃりあむ・せしるなのーー」

知識がフルに活動して、再びウィリアム・セシルがどんな人物だったかを頭の中で想起させる。
確か、弁護士であり、エリザベスの財産管理を任せられており、エリザベスの忠実な臣下であると言われていたらしい。
そして、次に現れた人は褐色の肌の長身の男性であった。
彼に付いては、文科系の人間であれば、知らない人物はいないと言っても過言ではない人物であった。

「英国文化系部活の盟主のアスリート詩人であるベン・ジョンソンがこんな武蔵に来るだなんて、何時から武蔵は偉人万博を始めたのかしら?」

「Yes───何、"女王の盾符"は私の発案だからね。だから、出来る限り女王の盾符には関わる事にしているんだよ。今回は私の秘蔵っ子も紹介したいのでね」

秘蔵っ子っと聞き、私は四つの影の内の最後の一人の方に視線を向ける。
ジョンソンの背後に立っている少女の事だろう。

どう見ても、内気なオタクにしか見えないわ……

ある意味で、珍しいかもしれない。
今まで見てきた人物はどちらかと言うとハッチャケ系統の人間ばかりであったからだろうか。そういえばそういった内気系はあんまりキャラがいないわね。
強いて言うなら鈴が当てはまるのだろうけど、鈴はどちらかと言うと恥ずかしがり屋で敏感なだけで、内気と言われるような弱さはない。
とりあえず、少女は耳の長い長寿族の少女みたいであり、あんまり自分の御洒落などに気を使っていない事は、見ただけで解る。
髪もただ無造作に後ろで結っているだけであるし、着ている白衣もちょっとよれよれである。
そして、手と背には紙袋とリュックを背負っている。
そして、残った左手には文庫本があり、今もその文庫本を読んでおり、こちらに視線を向ける気がない。

「英国で今、最も人気作家のシェイクスピアはこんな雑事なんかに気に掛ける気もないっていう事かしら」

「Oh……そこはまぁ、勘弁してもらうと言っておこうか───彼女は今も真摯に作家として文字と向き合っているのだよ」

「あら? ベン・ジョンソンの有名な名言を今、言ってくれるのかしら? 『言葉は人を最もよく表す。だから何か言いたまえ、そうすれば君がわかるだろう』って」

私の言葉にベン・ジョンソンは苦笑を持って答えるのを見て、こちらは微笑する。
そして、後ろに控えている学生達に手を振って下がるように指示する。
言っては何だが、はっきり言って特務クラスに後ろにいる学生達の攻撃が通じるとは思わないとまでは言わないが、少なくとも防御面でついてこれるかが不安である。
攻撃面は自分と連携したり、囮になってくれればいい。それだけで、十分の攻撃力である。
だが、目の前の相手達は英国の女王の盾符。
そして、確か記憶が正しかったら

「しかも、英国の聖譜顕装と大罪武装も持ってだなんて、英国も破産する気?」

アピール精神が激しいわねと思い、笑う。
よし。
自分のテンションは何時も通りだ。他の馬鹿どもみたいに狂うようなテンションにもなってないし、ネガティブにも陥っていないし、ポジティブが行き過ぎてもいない。
万全の調子だ、と思い、言葉を続ける。

「来なさいよ、英国の代表者。ここは武蔵。貴方達が排斥した異族はおろか魔女や竜、神がいる場所よ。伊達に色々集まっていない事を教えてあげるわ」

「ああああら? 年下の小生意気な小娘が私達に、泣いて教えを乞う方が先じゃないかしら」

ざっと一歩、相手との距離を測るために前に出る。
それに、ダッドリーも合わせて前に出た時に同時に前に出てきた人物がいた。
セシルである。

「いくのー」

彼女は戦場には似合わない。
どちらかと言うとほんわかした声を保ちつつ、そして、体つきに似合わない軽快な足取りで前に進み出た。
てっきり、後ろでサポート的な事をする要員だと思っていたので、多少の驚きはあったが、とりあえず、向かってくるタイプではないと思った瞬間に何か違和感があると思った。
その違和感に辿り着く前に。
激震と共に地面に叩きつけられた。







普段、見下ろし、当たり前としている地面に急激に押し付けられたという異常といきなりの上からの奇襲に対処もほとんど出来ずに、肺に入っていた空気をほとんど吐き出してしまう。

「かはっ……!」

吐き出された息の分を取り戻そうと体が勝手に呼吸するのに任せて、何とか立ち上がる。
だが、立っているだけ。
とてもじゃないが、動ける余裕は一切ない。
だが、地面に這い蹲っているよりはマシだ。相手の行動が見れないし、何よりも屈辱的だ。

「くっ……!」

しかし、やはり、立ち上がれば、更に重圧が凶悪なものに変わる。
膝がガクガク震えてしまっているし、羽も重圧に負けて、垂れ下がっている。
既に後ろに対しきしていた学生は膝を着いている。
重力と言う当たり前の力は、当たり前であるが故に防ぐ方法がない。重力なんてそれこそ鳥でなければ反発できないのであるし、これはそれを強力にしたようなものに思えるが、少し違うな、とナルゼは思った。
目の前でこの術式を展開している張本人。
ウィリアム・セシルが浮いているからである。
それこそ、私達とは正反対に重力という力から解き放たれているように見える。
さっき感じた違和感の正体はここだ。
歩いている時に、その一歩一歩が浮いていたせいで、背が高くなったような違和感を感じていたのである。
だけど、どうして浮く意味がある、と思う。
この重圧を与える為に浮いているのが、当たり前の答えだと思うのだが、その浮くというルールが何故生じる。
考えている間も体が重くなっているが、術式の正体がわからないのは致命的だわ、と思い、考え直し、出た結論を言葉に出す。

「その術式……術者の全体重を"分け与える"術式!?」

T,Tes(テ、テスタメント).ウィリアム・セシルの来歴は当然知っているでしょ?」

重力に押し潰されそうになっているこっちが返答できないが、それに対して疑問しない事を、知っていると受け取ったのか、頷き

「ウ、ウィリアム・セシルは女王の秘書官で、良き友人であり、それ故に周りからの嫉妬によるストレスや激務で過食症になり、英国での肥満の象徴となってしまったんだけど、その襲名に一番適任したのがフードファイターの彼女なの。そそ、そして、能力はお察しの通り……」

「とめるものはまずしいものにほどこしをー」

「いらんわーーー!」

後ろにいる女生徒と共に叫ぶ。
ふざけんな。これでも、体重は痩せ過ぎず、太り過ぎないようにちゃんとカロリーを計算して食べているのである。
羽のせいで、カロリー消費が多いので、多食ではあるが、食べ過ぎらないように注意しているのである。
後ろの女生徒も同類だろうと思い

今、この場の女子連中は心を通わせたわ……!

相手が女じゃなかったなら、呪ってたわね。
女だからしばき倒すくらいに留めるけど。
そう思っていると、ダドリーがクククと笑って、こっちを指さす。

「ままままぁ、そこの堕天。ちちち超貧しい癖に、余裕なんか見せて───胸の。たたた多少は夢は見てもいいんじゃない? もしかしたら、あったかもしれない重さを体験するのは、い、今だけよ」

「くっ……!」

この女……痩せこけてるくせに言ってくれる。
というか、あんたはどうなんだ、あんたは。痩せこけているせいで胸が逆にマイナスレベルになっている気がするのは、こっちの気のせいか、あっちが自分のことを棚に上げているだけか。
どっちにしろ、自分が答える答えは決まっている。

「良いのよ、少しくらい胸が無かっても……!」

そういうのは、アデーレが担当している。
それに

「こっちの貧しい所は、マルゴットが全てカバーしてくれているから大丈夫なのよ! いい? 言っとくけど乳だけじゃないわよ……尻もよ!」








輸送艦上で、その宣言を聞いていた皆は戦況を見て、がやがやしていたのだが、それがその発言により、ぴたりと止まり……そして、全員がそっとマルゴットの方に視線を向けた。
視線を向けられたマルゴットは別に何ともない、何時もの微笑顔で向けられた視線に手を振り

「うーーん、謙遜するわけじゃないんだけど、そんなに言われるような事じゃないと思うんだけどなー。胸ならアサマチがいるし」

「えっと、その……そ、そうですわよね! そういった局部的身体的特徴が全てじゃありませんよね!? そうですわね!? 正純!」

「そこで、私に回すなーーー!」

何か、必死になっているミトツダイラにアハっと笑いかけるマルゴットだが、近くの熱田がわきわきと手を動かしている事に、嫌な予感を感じたのか、羽で自分を守るように覆いながら

「そうそう───満足させるのに使うのは身体だけじゃないもんね」

「い、意味深! 意味深すぎますわその発言!」

まぁまぁ、落ち着けと周りの皆がミトツダイラを宥める。
それを尻目に熱田が溜息を吐きつつも、戦闘中の品川の方に視線を向けているマルゴットの方に、もう一度視線を向ける。

「おい、ナイト。お前の相方……珍しくって訳じゃあないが、あんまり良くない傾向が出てるぜ?」

「だよねぇ……ガっちゃんは否定するだろうけど、溜めこむタイプだからねー……」

言った後に帽子を深く被り直し、品皮の方を見続けるマルゴット。
そして、小さく息を吐いて

「あんまり、無茶しなかったらいいんだけど……」







「ふぬぉぉぉぉぉぉぉぉ! 無茶上等テンコ盛り爆発ーーー!」

分け与えられている体重という最大の敵に耐えながら、更なる爆発を望んで水瓶を投げるナルゼ。
必死という表情を持って再射する事を望む。
上からの重圧を防御術で防いでいる状態なので、負担は倍くらいになるが構いやしない。

勝てば帳消しよ!

狙いは一番近くのダッドリー。
他の人物を狙おうとしても、この荷重がある状態では弾道も落ちるだろうから、出来ても近くのダッドリーだけという事だっただけだ。
決して私怨ではない。ええ……多分、きっと、そうよ!
上空に放って投げた水瓶は荷重により、普段とは違い、早く落ち、大体、ダッドリーの喉に当たるくらいの軌道になった。

「ああ在り来たりの戦術ねえ魔女(テクノへクセン)

ダッドリーはそれを笑い顔で右手で打ち払った。
それを切っ掛けに爆破が生じた。
だが

「爆発を素手で打ち払った!?」

何らかの術式を使ったようには思えなかった。
周りの女王の盾符も同様である。明らかに、ただの素手で爆発を打ち払っていた。
ただの素手でそんな事が出来るわけない。

「まさか……打ち払いの聖術(テスタメントサイン)!?」

「Tes. かか、"かかる困難を打ち払いたまえ"ってやつね」

成程、と頷こうとしたが荷重があるので、そんな余裕がないので沈黙するだけに止まる。
要はどんな攻撃でさえ打ち払うことが出来るという事なのだろう。
熱田の馬鹿の攻撃でさえ払うだろう。
攻撃としても使えなくはないのだろうが、それには接近して、手首のスナップで地面か、壁に叩きつけなければならない。
やはり、どちらかと言うと防御用の聖術である。
成程。では、相性としてはウィリアム・セシルと手を組んで戦うのにベストな能力なのだろう。
ダッドリーが横に飛ばすだけで、セシルの分け与えの術式で倒れるのは避けられないのだから。

「よよ、余計な事を考えている暇があるのかしら」

そこに飛んでくるダッドリーの声に反応し、荷重状態だが、意地でふんっ、と返してやる。
その態度がツボに入ったのか、多少、面白そうに笑い

「ななな生意気な態度が治らない魔女(テクノへクセン)ね。いいわ。じゃあ、生意気さに免じてちゃんと相対してあげる。本当なら、使わずに女王陛下にお褒めの言葉をいただければと思っていたけど……これじゃあ、武蔵を一時的に止めるだけのお褒めしか頂けないからね」

すると、ずっと右半身を前にだし、左半身を右半身で隠していたダッドリーは遂に、全体を現すように左足を一歩前に踏み出し、左手を差し出すかのように右手と交差させる。
そして、その左手を見たナルゼは一瞬、息を呑み

「英国の聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)の一つ、大手甲の巨きなる正義(ブラキウムジャスティア)旧代(ウェトゥス)を見れるなんて……ネタの宝庫ね……!」






左手に付けられた巨大な銀色の手甲。
羽群のような形であり、表面には幾つもの箱十字をつけている。
製作者の趣味が窺えるわね、と思いつつ、舌打ちする。

確か、巨きなる正義の旧代の力は……!

「───せせせ戦場の武器を遠隔操作する力よ。は、範囲は大罪武装と違って、そこまで広くないし、それこそ、在り来たりの能力なんだけど数十メートルの範囲内にある武器なら……」

がちゃりと無数の金属音が鳴る音が聞こえた。
嫌な予感が際限なく膨れ上がってしまうけど、悲しいかな。そういうのは武蔵のせいで慣れているので、結構簡単に諦めて、周りを見回してしまう。
現実理解が速いだけよ、と内心で言い訳をして見ると、周りで荷重によって潰れそうになっても、武器だけは手から話さなかった、弓と矢が───こちらに向いている。

「くっ……!」

咄嗟の判断で、防御術式を展開しようとする。
躱すのは荷重で不可能だ。
しかし、展開のためのペンを動かす力さえも、荷重のせいで思うように動かない。
間に合わない、と至極簡単な結論を頭の中で思い浮かべてしまい。口からあ……と漏れる。
そこに

「おおおっと。動かないで頂戴ね。解る? あああ貴女、今───人質なのよ」

「……っ!」

脳細胞が焼切れるかのような怒りが、一瞬頭を支配して、形振り構わずに動いてしまえ、という思いに一瞬囚われそうになったところで、ぎりぎり落ち着く。
屈辱自体が消えたわけではないが、ここで自分が暴走しても無駄なのだ。
怒りで、自分の力が上がるだなんて根性論はあんまり好きじゃないし、そんな事が起きるとも思っていない。
武器を握っている学生も、聖譜顕装の力を理解したのか、武器から手を放そうとするのだが

「くっ……! は、放せない……!」

放すどころか武器を更にこっちに照準を向ける動きしか取れていない。
完璧なピンチって結構、多発するっていうのが、現実の嫌な所と思うが、嘆いても何にもならないのも現実である。
どうする、と思考するが

「こ、このままでは浅間様と鈴様の連載同人誌、"浅間様が射てる"に、熱田副長と全裸の"熱田君がおトーリなさる"の連載が打ち切りに……!」

『貴様……! 仲間以外はネタに出来ねえのか……!』

『同感ですよ!? ネタにするなら、御広敷君や点蔵君やウルキアガ君とか一杯いるじゃないですか!? ヨゴレ系はヨゴレキャラに任せるのが、世界の常識ですよっ』

『貴様ーーー!!』

全員が揃ったツッコミを浅間に返す表示枠が周りに出るが、浅間はそこら辺気にしていない。
というか、この馬鹿ども。
ちょっとは、級友の命の危険について、考えなさい。あんたらの命と私とじゃあ価値が全然違うのよ。
私が死ねば、それらの続編が出ないんだから。

「そうよ……まだ私はナイトとのいちゃいちゃの日々を続ける為に犠牲と言うお金を得る為に……!」

「それは違うだろう」

聞き覚えのない声だ。
武蔵の人間でも、ついさっきまで聞いていた女王の盾符の声でもない。
となると、今まで一度も声を聞いておらず、目線すら合わせていない相手。
トマス・シェイクスピアだ。
口調は、どちらかと言うと男っぽいが声色でそんな口調は無視されている。
しかし、結局、声をかけてきているくせに、こちらに目線を合わせずに、まだ本から目を離していない。

「君の作品は金目当てに作っているような意志は感じられない。そう言っているんだよ、マルガ・ナルゼ」

その言い方から、自分の作品を見ている事は普通に解る。
その事に苦笑しつつ

「かの有名なシェイクスピアが私の作品を見ていただなんて……光栄って言うのは癪だから、感謝って言ってあげる」

「僕はシェイクスピアだけど、だからと言って読む方に回ればそれは他の人とは変わらない読み手になるだけだ。特に何かを思われるような事じゃない」

……成程、本に真摯って事ね……

もしかしたら、女王の盾符のメンバーの中で一番の変わり種なのかもしれないと推測した。
例えで言うが、ダッドリー達が女王に仕えているに対して、これでは、まるで本に仕えているという感じがする。
現に、シェイクスピアは私と相対するよりも、本を見る事に没頭している。まるで、本を読むこと以上に大切な事はない、と言外に宣言しているようにも思える。
どういう事かしらね、と思うが、シェイクスピアはこちらの疑問は関心無い様で、そのまま自分が言いたいことを続ける。

「マルガ・ナルゼ。武蔵アリアダスト漫画草紙研究部部長であり、一時期は"黒髪翼"というペンネームを名乗っていた時期もある。性別を超越していない肉体的交流を手段として精神を主軸とした物語にしており、これは、今まで執筆したどの本にもその傾向が認められている。つまり、君の本は君の信仰(ファイデス)を描いている」

「……ストーカーレベルね」

皮肉を言っても、本から目を離さない。
だけど、言われた内容に関しては、驚きを禁じ得ない。
自分の書いた同人の、自分が求めている物をすべて捉えているし、それに何よりも───黒髪翼というペンネームは小等部の時にしか使った事がないペンネームである。
達が悪いストーカーね、ともう一度頭の中で繰り返して、汗が足れ流れる。忘れていなかったが、今は荷重のせいでかなり体に負担がかかっているのである。
もう、足がかなりがくがくしているが、隠す余裕もない。

「ああ」

まだ何か言いたいことがあるの? と思った所に、シェイクスピアはただ、端的に一言だけ告げてきた。

「君がパートナーと自分をモデルとした完成形を書き上げる事を、僕は祈ってるよ」

「───」

今度こそ、呆然とした。
誰にも言っていなかったぼんやりとした目標であった。
梅組には勿論の事、マルゴットにも言っていなかった密かで、ささやかな計画であった。
別に隠すほど壮大なものではない。
ただ、単純に自分が満足にできるものを描けるようになったら、サプライズにして、でも、それを二人で笑いあおうという単純で、小さな───でも、目標とした物であった。
見透かされたという思いがある。
赤の他人にばらされたという思いもある。
そんな感情ばかりが生まれていくが、感情とは別の思考が頭の中でこの状況を分析する。
これは、攻撃だ。
相手を揺るがす言葉を持って生まれる動揺で、こちらの動きと思考を阻害する攻撃だ、と。
シェイクスピア自身は狙ってやったのか、ただ、思った事を言っただけなのかは知らないが、これは揺るがすための一撃だ。
そこにダッドリーが苦い顔で割り込んできた。表情から察すると、英国も一枚岩な国ではないという事なのだろう。

「ははは話は終わりよね? じゃあ、武蔵の総長連合及びに生徒会に命令するわ」

誰が……! と言いたいところだが、ぐっと我慢する。
ここで、不用意な一言を放って、それが切っ掛けに攻撃が始まったら、勝つのは難しい、と普通に計算が出来たからである。
だが

「ここここれ以降───武蔵は英国の管理下に置かれることを了承しなさい」

ふざけた事をと言う言葉しか思い浮かばない一言に、冷静になれと言う言葉がすべて消滅する。
そして、何かを言おうと、息を吸い、言葉を放つ初動を見せた所で、ダッドリーの聖譜顕装によって、制御を奪われた武器が音を鳴らす。
その音によって、冷水を浴びせられた気分を体感することになり

……くそっ。

どうにかしたいが、どうにかする状況ではないという事が、更に苛立たせるのだが、状況はこちらの状態に構ってはくれず、そのままダッドリーは追い詰めるように言を放つ。

「こ、降伏しなさい武蔵。それとも、武蔵は自分達の姫を救った事例を撤回するつもりなのかしら? ももももしくは」

そこで、ダッドリーは己の聖譜顕を装備している腕を掲げ、指を曲げ

「───主力と姫では価値が違うというのかしら───武蔵は差によって救いの判断を選ぶって事?」

その言葉に、自分や周りが何かを言う前に即答をする表示枠が出現した。

『おいおい。んなわけねーだろうが姉ちゃんズ。俺達が見捨てるわけねーだろうが』

答えたのは総長であった。
いや、違う───全裸であった。
その事に真顔になった女王の盾符は、とりあえず、場の勢いで、そのままダッドリーに任せるという感じのアイコンタクトをし、その事に血圧がダッドリーは多少高まったようだが、そのまま息を吸い

「何故に全───」

裸!? という言葉を言おうとして、表示枠の中で変化が起きた。
馬鹿は全裸に何故か首に縄をつけているという、荷重が無かったら、間違いなくごみを見るような視線と共に視線を逸らしている格好だったのだが、変化はそこから起きた。
突然、表示枠の上から強襲を仕掛けた熱田が総長をそのまま大剣の峰でもぐら叩きみたいに叩くという事をし、結果として輸送艦が衝撃を受け止めきれずに、総長が床を突き破り、そのまま首だけを残して、落ちるという珍妙な体勢に変化した。
その事に、更に英国勢はマジ顔で沈黙するが、熱田は気にしていない。
そのまま、ふぅ……と、溜息を吐いて

『危なかった……』

とやり遂げた顔で額を拭う動作をするだけであった。





突然の狂った出来事に脳内が情報をシャットダウンしようとする浅間の脳内だが、もしかしたら、実は意味があるのではという希望的観測を頭が生み出してしまい、感覚が現実に戻ってきてしまい、結論として地獄戻り。
無間地獄とはこの事か。
神は死んだ……! と叫びたいところだが、巫女として流石にその発言はいけないだろう。

『うむ……熱田殿。少々、拙者質問があるので御座るが』

『おう、何だ』

その狂った行動に疑問を抱いてくれたのか、二代が表示枠の外から現れて、疑問顔でシュウ君に何かを問いかけていた。

『その馬鹿をどうして危険扱いに? あ、いや、拙者も当然全裸を見ていていい気分がしないので、そういう意味なら十分に理解しているので御座るが、それなら無視をすればいいだけでは? 蜻蛉切りも触りたくないさそうで御座るし』

『イヤーー』

ペット共々素直な性格ですね、と微妙に感心しつつ、シュウ君がああ、前置きを置いて返事をする。

『それはだな二代。この馬鹿は特別と言うより珍妙でな───全裸ーリ一族という存在だ』

ツッコんだら負けですね、と無表情を保つように顔の表情を操作する。

あ、表示枠に移っているミトの顔から物凄い汗が……。

ミトも、こういう時はもう少し肩の力を抜いたほうがいいのに。
真面目に付き合った所で、何の得もない話だから。

『全裸ーリ一族……?』

ほら。二代も信じてしまったじゃないですか?

『Jud.全裸ーリ一族は共通点は頭が狂っていて、そして全裸になるという恐ろしい一族だ。不幸中の幸いか……余りにも珍妙過ぎて、数が少ないっていう事だが、こいつらの存在は迷惑でな……見ると穢れる』

間違っていないから、何とも言えないですね、と思う。
隣の喜美は何故かくるくる回って、こちらの胸を凝視しつつ「いいわ浅間! ボインよボイン! 母音って書いて母の音よその乳は!」などと狂っている。
トーリ君が全裸ーリ一族なら、喜美は仰喜美るでいいですかね? ネーミングセンスが足らないですねーと無視しておく。

『何と……では、対処方法は……』

『ああ───砕き散らせばいい』

そうすると、下を見たシュウ君が不可解なものを見るような目つきになり

『何だこの馬鹿。何で砕けてねえ。てめぇ……俺の攻撃を受けたんだから、その汚い全裸を砕かせるのが、自然の摂理だろうが』

『オ、オメェ……! こっちがオメェの攻撃を受けて、軽い脳震盪を受けている最中に何、新言語作ってんですかーーー!? ちゃんと俺が理解できる言葉と理由を示せるんだろうな……!』

んーー? とちょっと考える仕草をシュウ君はわざとらしくして

『オヤオヤーー? どうしたんでちゅか全裸くーーん。どうして、全裸で床に埋まっているのかなーー? モグラが羨ましくなったのでちゅかーーー?』

『こ、この野郎……! 迷わず赤ちゃんレベルでしか、俺に理解できないって思ってやがる……!』

うにょんうにょんと上半身のみで、くねくね曲がるトーリ君を見て、気分が悪くなるが、そういえばこんな事をしていてよかったんでしたっけ?

『あああ貴方達!? こ、こっちの話を聞きなさい……!』

その思いに反応してくれたのか、血管浮かべて叫ぶ女性の姿が、前から映っていたもう一つの表示枠に視線が映る。
女王の盾符、ロバート・ダッドリーである。







ななな何なの、このキチガイ共!

何が起きているのかさっぱり理解できない。
周りの女王の盾符達も、全員不理解を表情に示している。というか、この状況を理解した方が間違いの気がする。

「とととというか、ちゃんと話を聞きなさい! い、いい!? あんたらのお仲間は人質になっているのよ!? そそその意味、理解している!?」

『はーーーーー!?』

総長&副長が声を揃えてうざい表情をして

『その女を人質!? お前……ネタにされんぞ!?』

「うっさいわね馬鹿ども。あんたらはネタにしたわよ」

『興味本位で聞くけど俺とシュウ。どっちがウケで、どっちが責めよ!?』

「残念ね───どっちもウケよ」

『───』

『な、何でシュウ君ははっていう顔をして、こちらを見て、御柱を隠すんですか!? ち、違いますよね? そうですよね?』

「そうね……まだ触手を出しているところだが、それは後ね」

『最後の二文字は忘れろ!!』

くくく狂ってるのね!? と結論を下す。
こいつらの行動に真面目に疑問を抱いてはいけないのだ。真面目に疑問を抱いた瞬間、ストレスで胃が空く。

あ……か、代わりに持病の高血圧がっ。

痩せ過ぎのせいである。
怒らないように、と自分でも解っている理屈の筈なのだが、感情はそう簡単に抑制することが出来ないのである。
平常心平常心と心の中で何度も思っておく。

「ももももう一度言うわよ! 良い? 最後通牒よ───降伏しなさい武蔵。仲間をここで無意味に失くしたくはないでしょう」

その一言にうーーんと唸る武蔵総長兼生徒会長。
そして、そのまま後ろに踏ん反りがえっている副長に対して疑問をそのまま吐き出した。

『なぁ、親友。ナルゼってこのままだとヤベェ?』

『そうだなぁ……』

その総長からの言葉を受け、言い淀んでいるような声の調子を出しているが、表情が真逆だ。
その顔は笑っている。
悪魔の顔と言ってもいいかもしれない、まるで、こちらに、いや、この場合は武蔵の第四特務であろうか。
そちらの方に向かって、まるで対価を差し出せと言うみたいに

『何なら───俺が一っ走りで、助けに行ってやろうか?』

決定的な一言を吐いた。







「───」

その一言が一番、私の神経を一番断裂させる原因になった。
ああもう、何、この剣神。
ロバート・ダッドリーより、シェイクスピアよりも、私への挑発の仕方を分かっているじゃない。
流石は私達の副長。良い性格をしている。
とりあえず、絶対にこいつは神様とかしているよりも、悪魔をしている方が性に合っているに違いない。
ある意味で、誑かす事にかけてなら、結構得意分野の馬鹿である。
ただ、馬鹿の言葉は魂を揺るがすのではなく、こちらの本質を揺るがす。
つまりは、性格。

ああ、もう……最高(サイテー)。あんた、やっぱり、私達の副長よ。

その感想をもう一度心に思って

「死んでもごめんよ……!」

魔女(テクノへクセン)の意気を吐いた。
その言葉をトリガーに状況が生まれる。
ダッドリーの聖譜顕装によって、生まれた武器の制御が遂に動いた。
こちらに向けて、全弾発射されたのである。







「ううう撃ちなさい……!」

左手に命じる事によって、武器達は独りでに武蔵の第四特務を狙って狙い撃ちする。
相手はこちらの指示を無視した。
ならば、その命を粗末にしたのは彼女のせいである。
ならば、当然、こちらが黙る道理なんてない。
数十本の矢は当然、そのまま吐き出される。
だが、正面にいるダッドリーは、武蔵の第四特務の行動を二つ見た。
一つはその表情に汗を流しながらも、笑みを浮かべていた事。
二つ目はその袖から何か零れる物を見た事。

……さっきの水瓶!?

何時の間にか、もしくは最初から隠されていたものだったのか。
恐らく後者。
念には念をでここに来る前に奇襲用に隠していたのだろう。
そして、彼女は勝利したかのように笑いながら

「───Herrlich!」

自らを爆破によって吹っ飛ばした。
最低限の爆発。
自分を最低限傷つけ、攻撃範囲から逃れるための爆破。荷重すらも跳ね除けて、そのまま後ろに向かって吹っ飛ぶ。
彼女への攻撃に武器の発射速度が間に合わない。
全て、彼女がいた場所に刺さり、自分の攻撃は総て無意味になった。

『走る心を更に高ぶらせ、己が足で踏みしめ、憤りを示せ』

その瞬間に、傍のジョンソンがこちらから前に突撃しようとする。
術式は作家の術式。
己の書いた文を現実に表わす精霊術である。
瞬間的、加速で水蒸気爆発を起こし、目の前の爆破で発生した、新たな蒸気をも突破し、そのまま武蔵の第四特務に突撃しようとする。彼女は今も尚、爆発の影響で転んでいる。
自分も追撃で、巨きなる正義(ブラキウムジャスティア)旧代(ウェトゥス)を構え直す。
ジョンソンの追撃が万が一に失敗した場合の為の用意。
だが、それは不可能であることを目の前の煙を無理矢理広げる存在を知覚したことによって理解する。
水蒸気の煙を突破するのは人の形ではない。

「は、半竜!?」

「第二特務、キヨナリ・ウルキアガ参上……!」

青と白の外骨格に覆われた巨体がセシルの荷重を無視し、こちらに身を飛ばす。

「異端者大歓迎……! 拙僧、テンション激烈アップ……!」

武器は構えていない。
当然である。
武器を構えても、こちらには左手の聖譜顕装がある。一瞬で武器の制御を取られ、終わる。
故に素手。
だが、半竜の素手ならば、生身の人間なんて一撃で破壊できる。
危険ではある。
だが

「Mate! これは危機ではないな!」

そこに急遽進行方向を半竜に切り替えたジョンソンが半竜に向かって、激突を望んだ。
既に空気抵抗を加速で突き破ったジョンソンは、そのまま両足を強く踏み、跳ぶ。
そのまま、両足は半竜に向けてのダイブ。
俗に言うドロップキックである。

『響け……! そして、穿て努力の日常……!』

直撃。
半竜の肩辺りを狙った強引な蹴撃。
しかし、その種族差を覆すかのように、轟音が響く。
結果はジョンソンの勝ち。
半竜はジョンソンの蹴りの勢いに押され、そのままこちらから見て、前に吹っ飛ぶ。
だが、そこにジョンソンの目の前に人が現れた。
柱に用いる様な角材を持ち、恐らく半竜の背に乗って、ここまで来た少年。

「───You、ガリレオ教授を倒した少年か!?」

「解っているなら、言わなくていい」

狙いを即座に理解したせいで、舌打ちが良くなる。
どうやら、武蔵の総長連合にしてやられたと言ってもいいだろう。
まさか、全員が全員アドリブのみで、戦いを形成できるという事はどういう理屈よ、と愚痴りたいが、言っても無駄である。

「ととととりあえず───三対二かしら」





爆発の衝撃で揺れる頭を押さえつつ、地面に横たわっていた体を少しだけ上げる。
目の前には盾としては武蔵の中に三番目くらいに優秀じゃないかしら、と思うウルキアガの背があり

「はン……もう少し紳士的に運んでくれないの?」

「生憎だが、拙僧は別に英国産ではなくてな」

私が爆発で後ろに吹っ飛び、ウルキアガがジョンソンに吹っ飛ばされ、その威力を利用して、体の加速器(ブレス)を使って、こっちに飛翔し、抱えて止めてくれたのである。
魔女らしく、皮肉を吐いて、とりあえず、立とうとするが

「……あ」

膝が震えて立てない。
爆破による衝撃によるダメージと荷重にない対する気力と体力の減少が体を絶たすことを拒否している。
そして、ウルキアガはその事に付いては何も言わずに、ただ一歩、敵の方に向かうだけで返事をした。

「くっ……」

引くしかない。
邪魔でしかない存在は戦場に置いては味方の足手纏いである。
黒の羽を散らしつつ、目から零れそうになるいらないものを無理矢理に拭う。
次は勝つ。
それだけは、必ず自分に誓わせて。










 
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