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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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XV編
  第244話:護ると言う事

 
前書き
どうも、黒井です。

今回で翼と訃堂の戦いに終止符が打たれます。 

 
 翼が訃堂との戦いに入った。その事は、年齢や心の事を考え本部に待機させられている仲間の装者達の知る所となった。彼ら彼女らは、装者の中でただ1人弦十郎達に同行して自らの親族を捕縛する為に赴く翼の動向を心配して、本部発令所の正面モニターで様子を見守っていた。

 正面に映し出されているのは、弦十郎と輝彦の2人を退けた訃堂に対峙する翼の姿。勇猛果敢、されど無謀にも程がある戦いに臨もうとする翼を奏やマリアは聞こえていない事を承知の上で声を上げずにはいられなかった。

「無茶だ翼、逃げろッ!」
「あなた1人で敵う相手じゃないわッ!」

 弦十郎の規格外さはこの場に居る誰もが知っていた。その弦十郎が、サポート役としては最適な魔法使いと組んで尚敗北を喫した訃堂の強さは彼女達の想像を上回る。そんな訃堂にたった1人で挑むなど、子犬が戦車に立ち向かうも同然。勝負は見えているどころか勝負にならない。
 仮にあの場で勝機を見出すとするならば、キャロルが共同して事に当たってくれる事であるが、その肝心のキャロルは未来を押さえ付けるので精一杯と言った様子。だが逆に言えば、彼女が自由になれさえすれば翼に頼もしい味方が付いてくれることを意味する。

 その為に何が出来るかと言えば……

「ガルド、透、行くぞ」
「何?」
「行くって……あそこにですか? 何をしに?」

 徐に颯人が仲間の魔法使いを誘って風鳴総家へと向かおうとする。弦十郎からは他のメンバーは本部で待機と言われているのにである。真っ向から指示を無視しようとする颯人に、ガルドは訝し気な目を向け透は純粋に首を傾げた。

「助けに行くつもりか? まぁ、それは吝かではないが」
「でも僕ら2人だけでは、正直力不足な気が……」

 あの2人が居ながら敗北した相手に、魔法使いがたった3人加わっただけでどうにかなるとはとても思えない。と言うか一度、この場の全員と翼を含めた状態で弦十郎1人相手に敗北しているのだ。心許無いにも程がある。

 だが、そもそもにして颯人の考えは違っていた。彼は直接翼の援護をする為に向かおうとしていたのではない。

「そっちじゃねえ、キャロルだ。アイツが自由になれれば或いはどうにかなる」

 颯人の言葉に、その真意に最初に気付いたのはエルフナインであった。

「! そうか、未来さんをッ!」
「そ。どっち道あそこに居たら邪魔になるんだ。それなら俺達が言って未来ちゃんを回収してやればいい。そうすれば未来ちゃんを取り戻せて、おまけにキャロルも自由に動けるようになるから一石二鳥だろう」

 それは確かに理に適った行動であった。あちらに居る中で現状最強の戦力であるキャロルを、未来を拘束する為だけに使うのは勿体ない。引き継げる事なら引き継いだ方が余程良い。
 漸く颯人の考えに納得したガルドと透が頷き、早速風鳴総家に颯人が向かおうとした。

 するとまるでそのタイミングを見計らっていたかのように、索敵をしていた朔也が焦りの声を上げた。

「た、大変だッ!? 本部に向けてジェネシスの魔法使いが複数来ているッ!」

 凶報とも言えるその内容に颯人だけでなくその場の全員が愕然となった。まさか司令である弦十郎が居ないこのタイミングを狙って襲撃を仕掛けてくるとは。

「はぁっ!?」
「数は? 戦力は?」
「数は多数、少なくとも30人以上は確実だッ!」
「モニターに映しますッ!」

 驚きながらも仕事はしっかりこなす朔也。一方あおいは冷静に状況を整理し、迎撃の為周囲の状況をモニターに映した。

 映し出された外の景色には、暗い夜空を真っ直ぐ本部に向けてライドスクレイパーに乗りやって来るジェネシスのメイジの姿が映し出される。その中には、幹部のメデューサや敵の首魁であるワイズマンの姿も。その光景に颯人は舌打ちをした。

「チッ、ワイズマンの奴……」
「どうやら、敵はこちらの動きを予想していたらしいな。本部からある意味で最大戦力の司令が居なくなっている間に襲撃を仕掛けてくるとは」
「暢気に分析してる場合かよ、行くぞッ!」

 奏の言う通り、暢気にやって来る魔法使い達の様子を眺めている訳にはいかない。恐らく敵の目的は颯人達S.O.N.G.の足止めだろう。訃堂の戦いに邪魔が入らない様に、持てる限りの戦力を投じてきているのだ。ワイズマンが同行しているのがその証拠である。

「しょうがねえ。癪だが、あっちはあっちに任せるしかねえか」

 颯人の言葉に奏達は頷くと、ジェネシス迎撃の為発令所を後にした。

 その際颯人は一度振り返ると、モニターに映るワイズマンとキャロルに拘束されている未来の姿を視界に収める。両者を見比べ、そこに何か違和感を感じているかのように彼は僅かに眉間に皺を寄せ目を細めた。

――……あのワイズマンが、未来ちゃんを放置しておくとは思えない。まさか……?――

 発令所の出入り口の前で立ち止まっている颯人。彼が付いて来ていない事に違和感を覚えたのか、奏が引き返してきて彼の腕を掴んだ。

「颯人、どうした? 早く行くぞ」
「……奏、話がある」
「えぇ? 今か?」
「今だ」

 颯人は渋る奏を無理矢理押し出す様に発令所から出ていった。明らかに颯人の様子がおかしかったのだが、情報整理と本部防衛の為奔走しているオペレーター達は、その事に気付く事は無かったのだった。




***




 場所は戻って風鳴総家。対峙する翼と訃堂の戦いは、最初は静かな睨み合いから始まった。

「……」
「……」

 互いに一言も言葉を発さず、静かに相手の出方を伺っている。傷付いた弦十郎達はその様子を固唾を飲んで見守り、未来を拘束しているキャロルですら未来の動きに注視しながら横目でチラチラと様子を伺っていた。必要とあらば拘束が多少緩む事になろうとも翼の援護をする為に。

 一触即発の睨み合い……それが破られたのは、突如静かになった外の様子を八紘が見に来た事で破られた。

「ゲンッ! これは……」
「兄貴、下がってろッ!」

 まさか弦十郎がここまで深手を負って倒れる事になるとは思っていなかったのか、八紘の驚愕の声が周囲に響き渡る。それを聞いて弦十郎が、ここにては巻き込まれると下がるよう叫ぶ。

 その声を合図に、翼と訃堂は動き出した。

「たぁぁぁぁぁぁっ!」

 先手を取ったのは翼の方であった。脚部のブレードを兼用するブースターがある分、地上での機動力は彼女の方がはるかに上だ。
 尤も、これはどちらかと言うと先手を譲られたとみる方が自然かもしれない。訃堂であれば例え翼が何をしようとも先に攻撃する事等朝飯前である筈だからだ。

 振り下ろされた翼の刀。訃堂はそれを刀で受け流し、返す刃で切りつけた。年齢を考えるとあり得ない程の流麗な動きは、滑らか過ぎて傍から見ると捉える事も難しい。実際八紘からは何が起きているのかは分からなかっただろう。

「う、がっ!?」
「翼ッ!?」

 ただ彼の目には、気付けば翼が訃堂の攻撃を喰らったようにしか見えなかったに違いない。それほどの実力差がありながらも、尚翼は諦める事をせず反撃に出た。

「くっ! おぉぉぉぉっ!」
「甘いわッ!」

 シンフォギアのバリアフィールドがある為、訃堂の一撃は致命傷にこそなってはいない。なってはいないが、しかしダメージは着実に翼の体に蓄積されていく。年季の違う剣技は翼の攻撃を物ともせず、本来であれば勝負にならない筈の戦いは生身の訃堂が翼を圧倒すると言うあり得ない構図となって続いた。

「ぬぇりゃぁぁぁぁぁぁっ!」
「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 訃堂の振るった重い一撃が、翼の手にしたアームドギアを砕きそれだけに留まらず剣圧で彼女を吹き飛ばした。通常攻撃に対しては鉄壁を誇る筈のシンフォギアが、あろうことかただの人間の攻撃でボロボロになっていく姿は了子やエルフナインなどが見れば卒倒するに違いない。幸いな事に2人は現在、本部に襲撃を掛けてきたジェネシスの迎撃をする装者達のサポートに全力を挙げている為こちらを見ている余裕が無かったのは幸いか。

 それでも本部では朔也やあおいなどが、齢100を超えた老人がシンフォギアを圧倒する光景に顔を引き攣らせていたが。

「はぁ……はぁ……ぐ、ぅ……!」

 果敢に訃堂に挑んだ翼であったが、やはり戦力差は歴然であった。或いは曲がりなりにも身内が相手と言う事実が、彼女に本気を出し切らせていなかったのかもしれない。

 地面に片膝をつき、倒れないように体を支えながら肩で大きく呼吸している。アーマーはあちこちがボロボロでインナーどころか素肌までもが切り裂かれ血が滲んでいる。血の繋がった血縁の傷付いた姿を、訃堂は冷たい目で見下ろしていた。

「儚き哉……所詮、お前の力はこの程度よ」
「くっ!」
「だから言ったであろう。歌で世界を救う事等不可能だと」

 翼の信念を真っ向から否定する訃堂に対し、翼は何も言い返す事が出来なかった。彼女が敗北している事は紛れもない事実だからである。歌を胸に、防人としての誇りを忘れずに戦ってきたつもりだった。しかし現実はこれである。何処までも未熟で力の及ばない無力さに、翼の心が悲鳴を上げていた。

「私は……私は……!」
「ふん……」
「ぐぅっ!?」

 徐に訃堂は翼のサイドポニーを掴んで持ち上げた。体力の尽き掛けている翼にこれを振り解く気力は無く、髪が引っ張られる痛みに顔を顰めていると訃堂が険しい表情で顔を近付けてきた。

「翼よ、鬼となれ。お前は護国の鬼となり、この国を守る事だけを考えろ。それがお前の定めなのだ」

 訃堂が翼に夢を捨てる事を強要する。否定したくても否定できない状況に、翼は思わず目に涙を浮かべた。

 その訃堂の腕を掴む者が居た。誰あろう、それは翼の父である八紘であった。

「……何のつもりだ?」
「お父様ッ!? だ、駄目です、離れてくださいッ!」
「無茶だ兄貴ッ!?」

 翼や弦十郎が慌てて八紘に離れるよう警告する。訃堂や弦十郎で感覚がマヒしがちだが、風鳴の血を引いていても八紘は怪物的な身体能力を持っていない。文官としてはとても優秀なのかもしれないが、彼の能力は世間一般の人間の範疇に収まるものでしかないのである。
 そんな彼が真っ向から訃堂に歯向かうなど、無謀にも程があった。

 当然、腕を掴まれた訃堂は射殺す様な視線を八紘に向ける。自分にここまで逆らった相手など最早息子としては認識せず、ともすれば訃堂であれば即座に八紘を切り捨てるであろう。
 しかし、訃堂が護国の鬼として非道外道を進む事を躊躇わない様に、八紘にもまた決して退く事の出来ない信念があった。

「親父……あんたに翼を好きにはさせない」
「愚かな……貴様如きでこの儂を止められるとでも?」
「出来る出来ないの問題じゃない。俺は翼の父として、この子の望む道を邪魔させはしない。例えそれが、あんたが相手だとしてもだ」
「お父様……」

 訃堂と八紘は共に翼の血縁でありながら、その在り方は正反対であった。何処までも自分のエゴを押し通し翼に生き方を押し付けようとする訃堂に対し、八紘は翼が望む事を望むままにやらせ広い世界に羽搏かそうとしている。危険を顧みず翼を押し出そうとするその姿に、翼は自身の身近にいる2人の男女の姿を見た。

 自身を引っ張り上げ、何処までも高みへと連れて行こうとしてくれる最愛の相棒である奏。そしてそんな彼女を何処までも愛し、危険を顧みずその愛を貫き通し奇跡を起こしてでも彼女を高みへと飛び上がらせる颯人。
 八紘が自身に向ける愛と、颯人と奏が見せる愛の力が見せてくれた光景が、折れかけた翼の心に火をつける。

「この……虚け者がぁぁぁっ!」

 自身に歯向かう息子に愛想を尽かし、自らの手で処分せんと訃堂が刀を持つ手を振り上げ八紘に振り下ろした。

 その瞬間、翼の纏うシンフォギアから眩い黄金の光が溢れ出す。

「止めろぉォォォォッ!」
「ぬぅっ!?」
「つ、翼ッ!」

 黄金の光は翼と八紘の2人を包む。思わず怯んだ訃堂だったが、構わず手にした刀を振り下ろした。だが振り下ろされた刃は何かに弾かれその衝撃で訃堂自身も後ろに下がらされた。

「な、何が……!」

 訃堂が見ている前で、徐々に眩い光が収まっていく。

 そこに居たのは、形状を変えたインナー姿の翼と、花の蕾の様なバリアフィールドに包まれた翼と八紘の姿であった。イグナイトモジュールに代わる様にシンフォギアに搭載された新たな機能、アマルガムである。翼はアマルガムを展開する事で、訃堂の凶刃から八紘を守ったのだ。
 あわやと言うところで窮地を脱した2人の様子に、援護しようと身構えていたキャロルもホッと胸を撫で下ろす。

「全く……肝を冷やさせてくれる」

 キャロルが安堵していると僅かに拘束が緩んだのか、未来が抜け出そうと暴れ始める。それに気付きキャロルは視線を未来へと戻すと糸をしっかりと巻き付けた。

「おっとと、お前は大人しくしていろ。案ずるな、傷付けはしない」

 洗脳されている未来にキャロルの言葉は届いていないだろうが、構わずキャロルは未来に語り掛ける。

 その間に翼は守り切った八紘を離れさせていた。

「お父様……もう大丈夫です。ここは危険なので、早く離れて」
「翼……」
「大丈夫です」

 重ねて大丈夫と言う言葉を口にする翼に、八紘も彼女を信じてその場から離れた。訃堂はその光景を忌々し気に睨み、バリアフィールドごと翼を切り裂こうと手にした刀を構えた。

「下らぬ……下らぬッ! そのような甘い考えで、防人になれると思うてかッ!」

 訃堂にとって防人とは、人を止めねば辿り着けない境地の様なもの。故に、甘さを捨てきれず愛だの何だのと口にする翼の在り方は到底認められるものではなかった。

 先程までであればその気迫に圧倒されていたであろう翼は、しかし今はその気迫を柳に風と言わんばかりに受け流していた。

「なれます……例え人を止めずとも、歌で……想いで、防人として在り続ける事は出来ますッ!」
「何をッ!?」
「何故なら、私はずっと傍で見てきた。想い一つで奇跡すら起こし、大切な者を守り通した人達の事を……!」

 翼がそう言葉を口にし、右手を突き上げると彼女の体を包んでいたバリアフィールドが花開く様に展開。形状を変えたエネルギーが七支刀の様な形になったかと思えば、更に形状を変化させて片翼の様な刀に変化させた。刀は青い炎を纏い、翼はその刀を振り下ろす。振り下ろされた刀からは炎が伸び、訃堂はそれを刀で受け止めるも攻撃に全てのエネルギーを費やしているアマルガムの一撃は重かったのか受け止めきれず大きく下がらされた。

「くぅ……!?」

 一旦仕切り直そうと離れて刀を構え直す訃堂。だが彼が再び刀を構えた瞬間、刃が粉々に砕け散る。

「我が命にも等しき群蜘蛛がッ!?」

 これまで魔法やシンフォギアの攻撃を跳ね返してきた刀も、全てのエネルギーを攻撃に費やしたアマルガムの一撃には耐えきれなかったらしい。寧ろよく今まで耐えられたと言う所ではあるが、ともあれこれで訃堂は唯一の武器を失った。残されたのは弦十郎をも超える超人的な肉体のみ。

 そんな状態の訃堂に、翼は容赦なく跳び上がってからの大上段からの振り下ろしを放った。さしもの訃堂でも、生身でこれを喰らえばただでは済まないどころか命を落としてもおかしくないであろう。
 それを本人も察してか、あろうことか訃堂は避けたり防ぐ素振りを見せるどころか自らもろ肌を脱ぎ開いた胸を翼に斬らせ、自身を討たせようとした。

「この国に必要なのは、防人ではなく護国の鬼ッ!」

「儂は死んで、護国の鬼とならんッ!!」

「そして、お前も――――!!」

 訃堂の狙いが弦十郎には分かった。彼は敢えて翼に自身を討たせる事で、彼女を護国の鬼として完成させることにあった。幾ら口では歌で守ると嘯いても、血縁をその手で討ちその手を血で汚したとなれば彼女は一生下ろす事の出来ない十字架を背負う。その十字架の重みで、訃堂は翼を非情に徹しさせようとしていたのだ。

 それに気付いた弦十郎は翼を止めようとするが、訃堂との戦いで負ったダメージの所為で上手く体を動かす事が出来ない。彼に出来る事は、訃堂に刃を振り下ろそうとしている翼に手を伸ばす事だけであった。

「翼、止めろ……! ダメだ、お前が……!」
「待つんだゲン」
「兄貴、何故ッ!?」

 翼を止めようとする弦十郎に対し、八紘はそんな彼を逆に宥めた。何故翼の父であり彼女の背を押す八紘が自分を止めるのかと弦十郎が言葉を失っている間に、翼の振り下ろした刃は訃堂を唐竹に切り裂かんと振り下ろされ、迫る炎の刃に訃堂は狂気の笑みを向けていた。

「護国の鬼よぉぉぉぉぉぉッッッッ!!」

 訃堂に向け振り下ろされた刃。だがその刃は、あと数センチで訃堂を切り裂く寸前でピタリと止まった。刀が纏った炎が僅かに訃堂の髪の先を焦がしたが、彼が受けた被害はその程度である。その事に訃堂はらしくなく呆けた声を上げた。

「――――は?」

 訃堂が呆けている前で、刀が纏う炎は消え黄金の刃までもが消失した。見れば翼はシンフォギアを解除し、一息つくと穏やかな目で訃堂の事を見ていた。

「……何のつもりだ?」
「私は……護国の鬼にはなりません」

 真正面から訃堂の言葉に否を突き付ける翼。まるで見逃されたかのような状況に、訃堂は怒りに震え彼女に詰め寄りその細首を掴んだ。

「ふざけるでない……! ここまでやって何故分からぬッ! 貴様は鬼とならねばならぬのだぞッ! そうしなければ、誰がこの国を護ると言うのだッ!!」

 訃堂の悲願は翼を自分の理想とする護国の鬼として完成させる事であった。彼女はまだ若く、未来もある。そんな彼女が国を護る為の鬼となれば、この国の未来は安泰だ。例えその為にどれだけの犠牲を払う事になろうとも。

 だが現実には、訃堂の策は悉くが失敗に終わり、翼は犠牲による守護ではなく他者を愛しその愛の力を持って守護する事の強さと尊さを学んできた。そんな彼女に屍の上に立つ守護者は酷く醜く、そして悲しい存在にしか映らない。そんなものになるつもりは毛頭なく、そしてそうならずとも”護る”と言う事は出来ると言う確信を彼女は抱いていた。

「私が……私達が護ります。国も、民も……愛する全てを」
「そのような事……出来るものかァァァァッ!!」

 夢物語の様な翼の理想に、訃堂が激昂し隠し持っていた拳銃を抜き引き金を引こうとする。だが翼はその手を素早く取ると、背負い投げて地面に叩き付けそのまま押さえつけた。

「ぐっ!? こ、小癪な……」

 上から翼に押さえ付けられ、身動きを封じられる訃堂。本来であれば容易く振り解ける筈だが、何故だか訃堂はそのまま翼に押さえ付けられてしまう。
 自身の下で藻掻く訃堂に対し、翼は変わらず穏やかな目を向け続けていた。

「お爺様……あなたが思うよりも、人が人を想う力はずっと強い。私はそれを間近で見てきたから分かります。故に、私は鬼にはなりません。鬼にはならず、歌で愛するこの国と民を護る防人となります。それが……私の目指す防人です」

 揺らぐ事のない信念。それを目にした訃堂は、一瞬翼が見上げるほどの大きさになったように錯覚した。確かに見上げてはいる状態だが、そう言う物理的なものとは違う。翼の存在そのものが大きくなったかのように錯覚して、訃堂は一瞬言葉を失った。
 だが彼にも譲れない信念はあった。その信念に従って訃堂は尚も抵抗しようとして、直後にその体を無数の細い糸で縛られ身動きを封じられた。

「ぬぅっ!? こ、これは……!?」
「キャロル?」

 翼が顔を上げれば、そこではキャロルが訃堂の方に手を向けて伸ばした糸で彼の体を拘束していた。

「全く……動けたなら早くこっちに来てほしかった」
「すまなかった。言い訳をするなら、あの老人が思いの他手強かったのでな」

気付けば、訃堂との戦いで傷付いていた筈の輝彦が何時の間にかキャロルの傍に居て、彼女と共に未来を魔法の鎖で拘束していた。訃堂相手には力不足であった魔法の鎖も、キャロルとの共同であれば未来を拘束する事は不可能ではなかった。そしてキャロルの負担が減った分、彼女はリソースを訃堂の方へと向ける事が出来たのである。

 とは言え同じ超常の力である魔法の鎖を引き千切った訃堂であれば、キャロルの極細の糸も引き千切ってしまう危険は大いにある。しかし輝彦が復帰できたのであれば、当然だが弦十郎もまた完全とは言えず復帰できるのは少し考えれば分かる事であった。

「ここまでだ、親父」
「司令ッ!」
「翼……よくやった」

 傷だらけになりながらも、弦十郎はキャロルの糸で拘束された訃堂を翼に代わり押さえつける。彼は翼が感情に流される事無く、護国の鬼となる事を拒みそれでいて防人として人々を守ろうとした姿を素直に称賛した。彼から見れば、今の翼は既に立派な防人であった。

「親父、アンタの負けだ」
「くっ……」

 万策が尽き、手札も失った。流石の訃堂も抵抗する意志を失ったのか大人しくなり、動かなくなった彼を弦十郎が引っ張る様に立ち上がらせた。

 ここに漸く、風鳴総家での戦いは終わりを迎えるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第244話でした。

本部2度目の襲撃ですが、今回はあまり多くは描写しないつもりです。一応必要な所は描くつもりですが。

翼と訃堂の決着はこのようになりました。原作では訃堂に操られて八紘を失うなど悲惨な目に遭った翼でしたが、本作では八紘を護り自身の防人としての在り方で訃堂に立ち向かいました。翼の心の支えである奏が健在で、共に歩み続けた結果心の強さを得た感じです。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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