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蒼き夢の果てに

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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第3話  桃花

 
前書き
 第3話を更新します。
 

 
「さてと。そうしたら、この木が良いですか」

 俺は、かなり気楽な雰囲気で、少し離れた位置に立つ紅と蒼の少女に対して、そう話し掛けた。

 人の手が入っている。つまり、下草を刈ったり、小枝を払ったりして、ある程度の風通しと、陽光を維持している生命力に溢れた林の入り口付近に立つ樹木に片手を触れながら……。
 尚、その台詞だけを聞くと、まるでその場に有った木を無作為にチョイスしているような気楽さで選んでいるように聞こえるのですが、実は、術の効果が判り易い木を選んでいます。

 先ず、俺には樹木の種類を知る仙術が有ります。更に、望みの樹木を探す仙術も持っています。この術を行使して、現在は花を付けていて、更に判り易い果実を実らせる木を探して居たのです。

「それでは、この木に来年の花を咲かして御見せ致しましょうか」

 少し、眩しげに梢に咲く濃い桃色の花を見上げた後に、ゆっくりと二人の観客の方を顧みて、そう舞台劇の台詞めいた口調で二人に語り掛ける俺。

 尚、現在は少し散り際と言う雰囲気なのですが、未だ十分に花を咲かせている桃の木を前にしての、かなり意味不明な言葉。
 春の午後の日差しと、散り際の桃の花びらが相まって、この一角はかなり長閑な風景を演出しています。

「あたしには、未だ花が咲いているように見えるんだけど。
 この状態で、どうやって、花を咲かせるって言うの?」

 キュルケ、とタバサに呼ばれた赤毛の少女が、俺に対して当然の疑問を口にした。
 但し、この台詞は彼女の発した雰囲気から察すると、悪意の籠った言葉では有りません。純粋に疑問を口にしただけ見たいですね。

 尚、タバサの方は何も口を挟もうとはしませんでした。おそらく彼女に関しては、必要最小限の言葉しか口にしないタイプの人間と言う事なのでしょう。
 彼女の今までの対応がずっとそうでしたから。この判断で間違いないと思います。

「ええ、確かに花が咲いています。ですから、私がこれから咲かそうとしている花は、現在咲いている今年の花などでは無く、来年咲く予定の花を咲かせるのです」

 右手は未だ幹の部分に触れたまま。そう、ヤケに丁寧な口調で告げる俺。

 これは、俺の持っている仙術で行う事が出来る他に、アガレスの能力を使用しても行えます。つまり、色々と小細工が出来ると言う事です。
 俺の属性は木行。樹木や草などは俺の気と相性が良い存在。その存在を操るのは、そう難しい事では有りません。

 おっと、術を行使するその前に。

【これから、少し無理をして貰うから、俺の霊力を渡すな】

 桃の木に対して、右手で幹を触れてから、接触型の【念話】を送る俺。
 それに、せっかく咲いている花を散らせて、更に来年の花を咲かせるのですから、これは当然、必要な処置だと思いますしね。

 つまり、これから行うのは、桃の木に最初の段階で霊力を分け与えて、次に一年分の成長を短い間に行い、そして来年の花を咲かせた後に、もう一度、桃の木を癒すと言う、三つの仙術を行使すると言う事に成ります。

「それでは見ていて下さい」

 ゆっくりと、たったふたりの観客に対して、そう告げる俺。

 その刹那。辺りの雰囲気……いや、辺りと言うよりも、桃の木から感じる雰囲気が変わった。
 ゆっくりと、しかし、ふたりが見ている目の前で、次々と散って行く花びら。
 そして、明らかに増して行く緑の勢い。

 そう。現在は、桃の花が咲いている季節なのですから春。それも、三月末から四月頭ぐらいだと思われるのですが、何故か、この桃の木だけが葉などの勢いから、初夏を思わせる雰囲気を感じさせ始めた。

 花の季節から新緑の季節へ……。

 やがて、ふたりの観客の見ている目の前で徐々に季節は移ろい、見事な果実を付ける桃の木。
 そして……。

「ハルファス。せっかくやから桃の果実を集めるから、籠を用意して貰えるか」

 一度、術の行使を止め、桃の木の時間を通常の空間と同じ流れにしてから、俺はハルファスにそう告げた。
 それに、せっかく付けた桃の実です。これは、この桃の木に取って自らの分身で有り、未来への希望。仇や疎かにする訳には行きません。

 ハルファスより手渡された籠を手に宙に浮かぶ俺。本来、桃の実は虫などの害にやられ易い物なのですが、現在の、この木の付けた実に関してそれは有り得ない。
 何故ならば、自然の法を歪めて、この木だけの時間を進めた結果、実った果実です。そこに、害虫が付く時間などは有りませんからね。

 桃の実を集め終わった後、再び時間を進める。
 真夏を思わせる桃の木。何故か、照りつける強い日差しと、木陰の作り出す涼を感じさせる。

 そして、少し物悲しい秋が終わった後にやって来るのは冬。

 すべてを終わり、そして、次の始まりに備える季節。

 一枚、更に一枚と葉を落とし、本当に来年に備えるかのような桃の木。
 そう。本来は有り得ない事なのですが、そこから何故か、寒々とした真冬の雰囲気。まるで小枝に積もった雪さえも感じさせていた。

 やがて、季節が移ろい……。

 再び巡り来る始まりの季節。
 一輪、一輪と咲き始める桃の花。そして……。

「これが、お嬢様の御所望の私の魔法です」

 濃密な桃の香りを漂わせる淡い色彩に包まれた空間の真ん中で、やや芝居がかった仕草で終幕の台詞を口にする。そして、その後に中世のヨーロッパの貴族のように。もしくは、舞台の上の一人芝居の俳優のように一礼を行う俺。

 たったふたりの観客の為に。

 今年二度目の満開を迎えた桃の木を背にして。

 呆然とした雰囲気のふたり。
 但し、見た目から呆然としている様子が簡単に判るキュルケと、雰囲気以外は先ほどまでとまるで変わりがないタバサ、と言う妙な取り合わせとなっていたのですが。

 場を少しの静寂が包む。次の展開は、俺でも無ければタバサでもない。もうひとりの登場人物によって為されるべき。
 そう、情熱の色を持つ、今一人の少女によって……。

 キュルケが居住まいを正し、改めて俺を視る。
 但し、先ほどまでとは雰囲気が少し違う。おそらく、この時に初めて俺と言う存在を認めたのでしょう。

「先ほどは無礼な物言いをして、真に申し訳有りませんでした。
 私は、キュルケ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。ゲルマニア辺境伯の娘です」

 優雅に貴婦人が行うような礼を見せるキュルケ。しかし、ミニスカートでは少し雰囲気が合わないとも思うのですが。

 それに、ふたつ、妙な事を言いましたね、彼女。

 ひとつ目は、ゲルマニア。俺の記憶が確かなら、ゲルマニアとは、ローマ帝国に置けるある地方を指し示す名称だったような記憶が有ります。確かドイツ辺りの事だったかな。
 つまり、そんな国は、俺の知っている限り存在してはいない、と言う事。そうかと言って、ゲルマニア一帯を支配している辺境伯って言うのも、領地としては巨大過ぎると思います。
 少なくとも、伯爵位では収まらない。……と言うか、大公でも無理ですか。

 そして、もうひとつは、

「辺境伯と言うのは、伯爵と公爵の間の位の事ですか?」

 こちらの方は、実際の言葉にして聞いてみる俺。

 もっとも、そんな爵位は現代社会には残ってはいません。それに、侯爵と言う爵位も存在していて、辺境伯と言う爵位には侯爵ほどの格式が認められなかったような気もしますね。もっとも、うろ覚えの知識でしかないから、はっきりとはしないのですが。

 ……? もしかして、この世界は、マジで中世の貴族社会が続いている世界なのですか?

「東方には、辺境伯は存在しないのでしょうか?」

 この世界的に言うと、かなりマヌケな俺の質問に対して、彼女に取っては、おそらく至極もっともな疑問を返して来るキュルケ。

 矢張り、貴族制度が維持されている世界。もしくは、次元移動と合わせて、時間移動まで行って、俺が元居た世界の同一時間の平行世界ではなく、過去の時間に相当する平行世界に召喚された可能性が出て来たと言う事ですか。
 それとも、俺が生まれてからずっと暮らして来た世界からはかなり遠い平行世界で、貴族社会が続いている、更に魔法の存在する平行世界に召喚されたのか。

 どちらにしても、この雰囲気では簡単に帰る事は出来そうもない事は判りました。

「私の暮らしていた国でも、かつては華族制度。公・候・伯・子・男の五つの爵位は存在して居りましたが、現在では全て廃止され、それが例え旧華族の家柄の人間で有ったとしても普通の人として扱われて居ります」

 一応、そう答えて置く。もっとも、これは事実なのですが。

 しかし……。
 成るほど。これで、俺の家系が嘗ては武士と言う騎士階級で有ったと言った時に、評価が多少変わった理由が判ったような気がしますね。現実に貴族階級が支配する世界なら、身分と言う物は非常に大きいはずです。

 ……と言う事は、あの契約のくちづけは、マジで貴婦人により俺を騎士に任じる、と言う意味も込められていた可能性も有ると言う事ですか。しかし、同時にこれは厄介な状況だとは思うのですが。
 西洋風のイカサマ臭い、名目上だけに存在する騎士道とやらを実践させられる可能性が出て来たと言う事ですから。

「それは、私の家系の士族……騎士に近い家系も同じです。士族の出身で在ろうとも、そこに違いは有りません」

 もっとも、未だに世襲制がまかり通っている部分も色々と有るのですが。例えば、政治家の子供は政治家。医者の子供は医者。エトセトラ、エトセトラ。
 これは、とある国の、ちょび髭の伍長さんの言うように、世界の二極化が進んでいると言う事なのかも知れないな。持つ者と持たざる者と言うように。

 おっと、現代社会に関しての考察は、今は意味が有りませんでしたか。

「それでは、改めてお願い致します、異国の騎士シノブ。
 我が親友、タバサの力に成って上げて下さい」

 キュルケはそう言いながら、少し頭を下げた。そして、その彼女の言葉は、彼女の心からの言葉で有る事が、俺には感じられた。
 これはキュルケが、俺の能力を完全に認めてくれたと言う事なのでしょう。

 但し、未だに良く判らない部分が有るのですが……。

「そう言う約束でタバサと使い魔契約を結んだ訳ですし、そもそも、一度交わした契約は、簡単に反故には出来ないのです。私は特に。
 それに、実はこの国の使い魔契約の仕組みも良く判らないのですが……」

 俺の式神と同じ仕事なら戦闘メインなのですが、最初の使い魔召喚を行ったばかりのタバサと言う名前の少女に、そんな生命の危険が伴う戦闘が有るとも思えません。
 それに以後の生活に関しては、タバサが面倒を見てくれると言う約束ですから、俺が心配する必要はないと思うのですが……。

 オマケとしては、ヒモ生活に多少の憧れと、漢の浪漫は感じていますしね。

 ただ……。使い魔契約を交わす際に、羊皮紙に記された契約内容を詰める作業が有ると思っていた俺の方が悪いのですが、ほぼ不意打ちに近い形で使い魔契約が為されて仕舞い、覚悟をまったく伴わない、中途半端な使い魔がここに誕生して仕舞ったのですよ。
 これは、多少、問題が有ると思いますよね。

「そもそも、基本的に、この国の魔法使いの使い魔とは何を為せば良いのでしょうか?」

 最初からかなり疑問だった質問を行う俺。

 その俺の質問を聞いた直後、何故か……。いや、これは当然か。

 当然のように沈黙に支配される空間。おそらく、俺のあまりにも初歩的に質問にふたりが呆れ……。
 その桃の香と、春の陽光に支配された空間で、時計の秒針だけがゆっくりと進み続けた。

 そして、

「先ず、使い魔には主人と視覚や聴覚を共有する能力が与えられるわね」

 一応、生活習慣が違う遠方の国から召喚されたと言う、俺の話を信じてくれたのでしょうね。この、あまりにも初歩的な質問に対して、キュルケが答えを返してくれる。
 但し、多少、呆れたような雰囲気が漂って来ているのですが……。

 もっとも、これは仕方がない事だと思うのですが。何故ならば、これから色々と質問を行う心算だった矢先に、突如、キュルケが乱入して来て、余計なイベントをクリアーする事を要求された訳なのですから。

 ……しかし、視覚や聴覚の共有ですか。

 厳密に言うと、これは不可能な事では有りません。
 但し、こんな場面で話しても良い内容ではないのも事実。タバサ一人にだけなら告げられる内容と言った方が正しいですか。
 まして、これは、おそらく俺とタバサの間に、俺の方から霊道を開く必要が有ります。

 これは、おそらくは主と従の入れ替え。俺の見たヴィジョンを、タバサの方に送る、と言う作業に成ります。
 つまり、俺の見た映像や聞いた音を全て彼女に送る訳では無く、取捨選択を俺が行った上で、彼女に送ると言う方法なら存在していると言う事。

「それは難しいですね」

 一応、キュルケにはそう答えて置きますか。確かに彼女はタバサの親友だと自らも、そしてタバサの方からも認識される存在です。ただし、俺の能力を全て教えて良い相手でも有りません。
 俺に取っては、キュルケとは主人の親友でしかないのですから。

「それなら、使い魔は、主人に必要な物を集めて来る能力を持っている可能性も有るわ。例えば宝石とか貴金属とか。後は薬草の類などをね」

 視覚や聴覚の共有など、人間……それも男女間では必要ないと思ったのでしょう。その点に関しては何も言わず、更にキュルケはそう続けた。

 ふむ。それぐらいの事ならば……。

「ノーム」

 本日、四柱目の式神を召喚する俺。
 毎回毎回同じような登場方法と成るのですが、カードから写し取られた召喚円とノームを指し示す納章が大地に写し取られる。
 そして、次の瞬間に顕われる大地の精霊ノーム。尚、俺が式神契約を交わしているノームと言うのは、所謂、ドワーフ系の姿形を持ったノームです。小さな身体なのですが、がっしりとした身体つき。手先が器用で、髭に覆われた顔。後は、ハンマーやオノが良く似合いそうな雰囲気の精霊と言う事です。

「俺の式神。大地の精霊ノーム。彼になら、集められない宝石や貴金属は有りません」

 俺は、タバサと、ついでにキュルケにそう説明する。
 そして、続けてノームの方に向き直り、

「ノーム。すまんけど、明日の朝までに集められるだけの宝石を集めてくれるか。
 報酬は前払いの金で支払うから」

 そう言いながら、懐から何の変哲もない財布を取り出し、中から数枚の金貨を取り出してノームに手渡す俺。
 尚、この財布は、普通の財布と言う代物では無く、壺中天(コチュウテン)と呼ばれるモノと同じ原理を使用したモノで、見た目よりは多くのお金や、貴金属を収めて置ける便利な財布で有ります。

 それに、基本的に式神使いですから、式神を増やす為には、交渉用に金やその他の宝石の類は有る程度の数は持っていなければならないので、こう言う宝貝を師匠に貰ったのですが。
 ……ちなみに、自分で製作する事は未だ無理です。

 いや、今のままでは一生無理ですか。故郷に帰らない限りは、未だ教わっていない神火の扱いや八卦炉の作成方法など、宝貝(パオペイ)作成に必要な知識を得る方法がないのですから。

 俺の依頼に対してひとつ首肯いた後、足元から大地に消えて行くノーム。
 その様子を見ていたタバサと、そして、キュルケからまたもや驚いたような気が発せられた。

 ……って言うか、ふたりとも大したものですね。流石に、駆け出しとは言え、魔法使いは魔法使い、と言う事ですか。
 ノームクラスでも、ちゃんと実体として捉えられる目を持っていると言う事なのですから。

 レベルの低い式神は、普通の人間には見えないものなのです。そもそも、受肉している存在ではなく、魂魄のみの存在ですから。
 西洋風の表現で言うとアストラル・ボディと言う存在ですか。

 しかし、このふたりに関しては、少なくともノームクラスまでなら、自分の目で確認する事が可能と言う事でした。もしかすると、現状でも幽鬼に属する連中さえも視認する事が可能かも知れませんね。

 つまり、ある程度の魔法使いとしての才能は有していると言う事なのでしょうね。

「そうしたら、最後は魔法使いの護衛なんだけど……。その点に関しては問題無さそうね」

 何か、呆れた……と言うか、やや羨望に近い雰囲気を発しながら、キュルケが俺の方を見つめてから、そう話を締め括った。
 もっとも、羨望の眼差しを受けても当然かも知れませんが。
 少なくとも、キュルケが召喚した火トカゲよりは小細工が得意ですからね。

 一応、人間体ですから、手と口が使えます。それに、あまり優秀ではないけど、ヘルメットの台の代わりではない頭と、銀紙を丸めて突っ込んである訳ではない眼。それに、メガネを掛ける為だけに使用する訳ではなく、ちゃんと他人の言葉を聞く事の出来る耳も持っていますから。

 おっと、イカン。少々、思考がずれたな。
 それにしても……。まぁ、確かに普通に考えたら、魔法使いが呪文を唱える間の護衛が、使い魔の重要な仕事に成るとは思いますが……。

「この国は、魔法使いが火トカゲを連れて歩く必要が有るほど、危険に満ち溢れているのですか?」

 この部分もかなり疑問だった部分。
 そもそも、ルーン魔術を操る魔法使いに早々危険な事などないと思うのですが。
 第一、呪文の高速詠唱は、戦いの場に赴く魔法使いに取っては必須ではないのでしょうか。

 えっと、俺が経験した戦闘で言うなら、呪文の高速詠唱と、ついでに精神力切れ。つまり、戦闘中の霊力切れを防ぐ事は魔法使いに取ってのイロハのイ。初歩の初歩でした。
 ですから、魔法は一発の威力がデカいけど詠唱に時間が掛かったり、精神力の消耗が激しかったりして、一日に一発しか使用出来ない魔法だけしか持っていない魔法使いは、戦いの場では魔法以外の技術を磨いていない限り役には立たなかったのです。

 もっとも、研究者型の魔法使いなら、戦いの場に出て来る事もないので、その範疇には収まらなかったのも事実なのですが。

「確かに街中では危険な事は少ないわね。でも、街道から外れたり、その場所が辺境だったりした場合、危険な魔獣や亜人。それに盗賊などの類と遭遇する可能性も少なくはないわ」

 キュルケが至極当たり前のような顔をしながらそう答えた。
 但し、その言葉に対して、タバサの方が何か言いたげな雰囲気なのですが。

 おそらく、この部分に関しては何か理由が有るのでしょうね。多分、ここでは話せない内容に当たる理由が。

 それに、キュルケの台詞の中に有った、危険な亜人と言うのは……。

「もしかして、鬼。オーガやトロール。狼男や吸血鬼がこの国には居る、などと言う話なのでしょうか?」

 そう言えば、使い魔を召喚し終わった生徒の中にも、魔獣や幻獣に分類される使い魔は存在していました。
 そして、あれらが、俺のように異世界から召喚された存在だと言う保証は何処にも有りませんでしたか。

「なんだ、知っているんじゃない」

 最初と違い、ひどく馴れ馴れしい態度でそう答えて来るキュルケ。

 ……って言うか、魔物の種類を知っているのと、この世界の治安のレベルを知っているのとでは、意味が違うと思うのですが。

 まして、俺の居た地球世界の裏側にも、確かに、先ほど示した異種と言う存在はいましたよ。ですが、街道、現代の日本語的に表現すると主要幹線道路から少し離れたぐらいで、そんな連中に出会うような世界では無かったですし、食人種の連中も、全てが人類に取っての敵と言う訳でも無かったのですから。

 もっとも、彼女達の目の前にも、既に一人存在していますけど。但し、俺は食人種ではないのですが。
 まぁ、今は自分の事は、何処か高い棚の上にでも放り上げて置いて、

 例えば吸血鬼の場合なら、歴史の早い段階で人を襲うよりも共存すると言う方向に舵を切った為に、今の地球世界の医学や科学が急速に発展して来たのです。
 まして、鬼は隠れ里のような物を形成してひっそりと暮らしている者達も居ますし、完全に人と同化して、自らの出自すら知らずに暮らしている者も少なくないですし。

 俺自身も、そう言う一族の裔でしたから。

 しかし、社会の構造が貴族社会で、辺境に魔獣や亜人が棲んで居て、盗賊が横行している世界。
 これは、俺が当初、想像していたよりも、はるかに危険な世界の可能性が出て来たと言う事ですか。

 そう思い、更に質問を続けようとした瞬間、ある意味、危険な世界に相応しい巨大な音が聞こえ、そして、それに相応しい衝撃波が空気を震わせたのだった。

 
 

 
後書き
 魔法の解説の続き。

 尚、主人公は、この第3話の段階では、ハルケギニアの魔法知識は有りません。
 つまり、彼は、ハルケギニアの魔法も、精霊と契約を結んだ上で、精霊の能力を借りて発動させる精霊魔法だと思っています。

 コモンマジックは、一種の超能力です。
 その理由は、自らの精神力のみで発動する魔法ですから。
 マジック・アローはサイコ・ブラスト。ブレイドはサイコ・ソードと呼ばれる超能力系統の攻撃呪文だと思われます。

 召喚系の魔法については、ハルケギニアのルールに縛られる特殊な魔法ですから、解説は差し控えさせて頂きたく思います。

 次。第2話で言及されていた、主人公が所属していた退魔組織とは、水晶宮(竜宮)の事です。
 官が運営している組織は、陰陽寮に端を発する組織から、旧幕府系……つまり、国津神系の組織(明治維新の際に、新政府に取り入る事が出来なかった連中)。そして、西洋の魔術結社などが色々と存在する世界だと思って貰えたら間違いないです。

 もっとも、異世界の人間が、この物語に直接関わって来る事は……。

 現代社会関連の話は、その内に公開する予定の『ヴァレンタインから1週間』(仮題)の方に関わる設定です。更に、この話の主人公は、『蒼い夢の果てに』の異世界同位体。

 それでは、次回タイトルは、『爆発魔法の使い手』です。
 
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