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鋼殻のレギオス 三人目の赤ん坊になりま……ゑ?

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第一章 グレンダン編
シキという武芸者
  知り合いは選べない【微リメイク】

 
前書き
リメイクという名の手抜き修正……五分で終わったという。

 

 
 荒廃しきった世界、レギオスという箱庭の中で生きる人類。なぜ彼らが地上から移動する都市へと住処を変えたのか、それは汚染物質と呼ばれる。現在もなお世界を包み込んでいる害ある物質である。
 だが、汚染物質だけであるなら人々はレギオスを動かす必要はない。だが、人々はそうしなければ生きられないからだ。
 この世界を人間に変わって収めた、現在の地上の覇者……汚染獣。
 彼ら以外の生物は汚染物質に耐え切ることができない。汚染獣は汚染物質に耐えるだけでなくそれを栄養の糧とする、まさに常識を超えた存在であった。しかし彼らは汚染物質だけでなく肉も食べる。地上にはすでに汚染獣以外は死滅している。では肉とはなんなのか? 答えは簡単だ、人間である。
 そして数多くの都市が汚染獣の強靭な肉体によって滅ぼされ、食い尽くしされた。
 それもそのはずだ、三十分で肺が腐り死んでしまう人間と汚染物質を栄養とする汚染獣、どちらが強いと問われれば汚染獣としか言い様がない。
 だが、過酷な世界に適応するように不思議な力に目覚める人々がいた。それが武芸者である。剄と呼ばれるエネルギーを持った彼らを天の恵みと讃えた人々はその力を崇拝するまでに至った。
 汚染獣と武芸者、その二つは殺し殺し合う、どちらかが滅ぶか、世界が滅ぶその日まで。


 シキとレイフォン、二人の才能を見出し、そして戦う術を教えたのは孤児院の責任者であり小さな道場を開いている、熟練の武芸者デルク・サイハーデンであった。
 二人の才能は凄まじい、いや超越と言っても過言でないほど異常であった。デルクの技術を吸収し、反復し、昇華させる。凄まじい成長スピードでデルクを抜くのはそんなに遠い未来ではなかった。
 それに膨大な剄が二人には備わっていた。剄の総量が多いというのはそれだけ長く戦えるということだ。武芸者との戦いでは技量が拮抗していても、剄の量で勝負が決まることがよくあるものだ。
 デルクは純粋に喜んだ。なぜなら自分の代で終わると思っていたサイハーデン流を継承させても問題ない人材が同時に二人も現れたのだ。それに息子の成長を喜ばない父親がいるはずがない。
 だが、同時に負い目も感じていないわけではなかった。
 幼い彼らが強くなった理由はその才能だけではなく、自分のうまいとは言えない孤児院の経営を思ってのことだとわかっているからだ。
 デルクはそれを気に病んで、二人のどちらかを後継者にしようとは思えなかった。自分のせいで息子たちが傷つき、それでも孤児院のために金を稼いでくる。その上、自分の思いを押し付けるようなことは出来ない、そうデルクは思っていた。
 孤児院の隣にある小さな道場にポツンと置かれている鋼鉄錬金鋼、代々サイハーデン流を継承する際に渡す錬金鋼である。
それを渡すことができる日が来るのか、デルクはそう思いながら今日も孤児院の子供たちの面倒を見る。が、今日はデルクにとっても孤児院にとっても嬉しい日であった。


 いつも喧騒が絶えない孤児院だが、今日は二割増しに忙しかった。

「シキ、次は?」
「えーと焼豚? 作り方わからねえ!!」

今日も今日とて千人衝を使いながらシキは大量の食材を調理していた。ルッケンスの者が見たら滂沱の涙を流し嘆くだろう。しかし、猫の手も借りたいくらい今日の孤児院は忙しかった。

「シキ! 食材切れたよ!」
「姉さん、こっちに入れて!」
「どれに!?」

 リーリンが綺麗に切った色とりどりの野菜をボウルに入れながら困惑の声を上げた。
とりあえず、手前にいたシキに渡すと目に見えないスピードでボウルに入っていた食材を投げ、その隣に鍋を持ったシキがキャッチする。
 別のシキが化錬剄で鍋を熱しながら、もう一方の手でデザートを作り始める。
 台所は戦場とはよく言ったものであり、それだとシキはたった一人のコック(ワンマンアーミー)だろう。

「姉さぁああああん! 時間は、時間は大丈夫!?」
「な、なんとか……あぁ、もうなんでこんな日に皆、寝込んでいるのよ!!」

 リーリンとシキは涙目になりながら、現在休んでいるレイフォンやその他料理ができる大人たちに向かって叫ぶ。
そして涙目で白と黒の入り混じった髪の毛の頭を押さえている少女がビクリと体を震わせた。
 時間は大体、三時間半前に遡る。


「うん、綺麗だよ、ルシャ姉」
「ありがとね、シキ、着心地が最高だね」

 孤児院では一人の女性がウェディングドレスに身を包んでいた。純白のドレスで質も良い、ひと目で結構な値段がするとわかる代物だった。

「たまにはこうやって金を使わないとねぇ」

 実際、孤児院にこんな上等なドレスを買う金はない……のだが、度重なる汚染獣の襲来と連続した武芸大会、そして個人的なアルバイトのおかげで資金に余裕があったのだ。
 ならばたまには豪勢しようとシキが提案し、レイフォンも笑顔で同意した。
 その甲斐あって、ルシャは上等なドレスに豪勢なご馳走まで食べられることになったのだ。家族思いの弟に泣きそうになるルシャだったが、なんとか堪える。泣くのは自分の性分に合っていない。

「でも、まさかルシャ姉の結婚相手がルイメイさんだったとは……後で不意打ちするか」

 シキは遠い目でルシャを見る。ルシャは舌を出しながらいたずらに成功した子供のような仕草を見せた。
 ルイメイ、本名をルイメイ・ガーラント・メックリング、グレンダンの武芸者の到達点である天剣授受者の一人で、シキとは知り合いであった。

「まぁ、彼はギリギリまで秘密にしておいてくれって言ってたしねえ」
「ルイメイさん……今日、一回くらい殴ってやる」

 錬金鋼を持って、暗い顔をしながら不気味に笑うシキ。ぶつぶつとルイメイへの文句を呟いていた。シキには男女の感情などまだ理解できないし、ルイメイには妻がいたはずがあるのだからその人とはどうなったのかと一言文句を言わなければ気がすまなかった。

「さて、私はこれから親父さんとルイに会ってから、ここに戻ってくるけど……大体三時間くらいで戻ってこられるはず」

 シキは渋々とだが頷いた。ルシャは頭を撫でながら手のかかる弟に笑いかけ、部屋から出ていった。
直後、孤児院の子供たちがキャーキャー言いながらルシャのドレスに興奮した声が聞こえた。シキはポスンと床に座りながら、頬膨らませる。目には若干だが水滴がついていた。

「ルシャ姉のバカ、ルイメイさんのバカ……」

 目の水滴に気づいたのか、シキは顔を膝にうずめながらそれを隠そうとする。
 だが水滴の量はどんどん増え、嗚咽が止まらなくなってしまった。いくら強くても、シキは九歳の子供、大好きな姉がいなくなることに耐えられなかったのだ。幼い兄弟たちやリーリンやレイフォンの前で泣きたくないから、ここで泣く。

「ばか、バカァ! 幸せに、ならなきゃ、許さな、いぞ」

 泣き声で途切れ途切れになっているが、シキは静かに二人を祝福した。
 が、そこで誰かが部屋に近づくのが聞こえた。知らず知らずの内に内力系活剄を使っていたのか、シキは気がつくと全身に剄が回っていることに気づいた。すぐに顔を拭いて、わざと化粧品を落とす。化粧品が落ちて涙目になっていたという設定だ、これで完璧と思った瞬間、その人物は部屋に入ってきた。
 シキはそれを誰かと認識した瞬間、思いっきりむせた。

「修行してください! シキ様!」
「なんでお前がいるの!? クララ!!」

 シキがクララと呼んだ少女は、孤児にしては来ている物が上等すぎた。
子供らしい半ズボンを穿き、真っ白な半袖シャツを着ているが明らかに材質が先ほどのウェディングドレスの材質と同様か、それ以上だった。髪の毛は女の子らしく後ろで括ってポニーテール。だが髪の毛の色が奇妙だった。全体的な色合いはシキと同じ黒なんのだが、その中に白い髪の毛が混ざっていた。
シキも不思議に思っているが、これが彼女の自毛であり染めたりしていない。もっともこの歳で髪を染めるほど、彼女は頭がお花畑ではないことを明記しておく。

「シキ様、先ほどドレスを着た女性がいたのですが……あれ? シキ様どうしたんですか? 頭なんて抑えて」
「お前のせいだよ、この万年戦闘狂い娘」

 頭痛に似た鈍い痛みを感じたシキは頭を抑える。目の前にいる彼女が自分の都市では上流階級、それも支配層の人間とは思いたくはないのだ。
 彼女はグレンダン三王家の1つ、ロンスマイア家が長女、クラリーベル・ロンスマイア。シキにアルバイトを依頼している一つ年下の少女である。
 王家の人間であり、本来ならばシキはそれ相応の態度を彼女に取らなければいけないはずなのだが初対面が問題だった。三年前の初対面はこうである。

『あなた強そうですね、戦ってください』
『は?』

 その後、嬉々として襲ってきたクララをシキは戸惑いながらもコテンパンにした。今、シキが過去に戻れるなら、過去の自分の行いを修正したい。当時、そんな身分だと知っていたらそうしなかった。
それからというものシノーラもそうだが、なぜかコテンパンにしたはずのクララにも付き纏わることになった。
 随分前にレイフォンとも戦わせて興味をそらそうとしたのだが……。

『シキ様に殴られた時、あぁ、この人なら強くしてくれると確信したんです。ですからレイフォンさんではなくシキ様がいいんです』

 シキが誤って、拳が出てクララを吹き飛ばしたのは仕方ないことだろう。殴られて確信とか、なんて悪夢? そうシキは思いながら、クララの誘いを断ってきたのだが彼女の祖父に訓練のアルバイトを頼み込まれた。
一度は断った。だが、直後提示された金額に釣られて首を縦に振ったのが運の尽き、一週間に一回、クララとの訓練をすることになったのがつい最近の出来事である。

「むぅ、女性にそんなこと言うなんて失礼ですよ、シキ様」
「胸膨らめてから言えよ、ガキ」

 シキはぶっきらぼうにそう言うと、クララは頬ふくらませながら断固抗議する体制に入った。この時期の女の子は背伸びがしたい年頃なのだ。

「ふん、シキ様だって男らしくないくせに」
「なん……だと?」

 轟ッ! とシキの体から剄が溢れ出る。膨大な剄がクララを威圧するが、怖気づくどころか嬉々として受け入れていた。

「最っ高です! あぁ、今すぐやりましょう! すぐにやりましょう! ハリーハリーハリー!!」
「あぁ、もうなんでこんなと戦ったんだろ」

 シキは再度頭を抱えた。黙っていれば一級の可愛らしい少女なのだ、口を開けば残念なことに戦いの事しか言わないので、将来大丈夫かと心配している。
 とりあえず、クララをあしらいながら部屋から出てリビングに行くとリーリンがあたふたとしていた。何度か往復するとシキに気づいたのか申し訳ないように顔を伏せながら、シキに言う。

「シキ、ごめん。食材足りないの」
「……ゑ?」
「大変ですね。あっ、リーリンさん手伝いますよ」

 リーリンの言葉に固まるシキ、クララはマイペースにリーリンの手伝いを申し出ていた。リーリンはクララの正体を知らないのか、適当にボウルを渡して手伝わせていた。

「ね、姉さんや。確か、俺とレイフォンが大量の食材を買ったと思うんだが?」

 結婚式の前日に大量の食材を買い込んだことは、シキは覚えている。しかしリーリンは首を振りながらこういった。

「ルイメイ様が食べる量が足りないんだって」
「ホント、あのおっさん一度殴り合いしたほうがいいよな?」

 こめかみをピクピクしながらシキはニコニコ笑う。リーリンとクララが揃って動きを止めて冷や汗を書く。シキが本気で怒ったときはニッコリと笑う時だと知っているからだ。よく見ると目が笑っていないのがものすごく怖い。

「……まぁいいや、で? 足りない食材はどのくらいあるの」
「あぁ、レイフォンにも買い出しに行かせたからね。えーと……」

 リーリンが言った食材の量を聞いて、グレンダンにシキの怒鳴り声が響き渡った。


「おっさん、この豚肉痛んでるからちょっと安くしてよ」
「か、勘弁してくれぇ!」

 そして少しでも安くするために、シキは所々に文句をつけながら食材を買う。シキが担当しているのは肉である。適当な店に入っては値下げ交渉をしているし、武芸者の優れた視力でダメ出しをしていくものだから、肉屋にとっては堪ったものではなかった。
 結局、シキとの駆け引きに負けた肉屋が大幅な値下げをして買い物が終わった。ホクホク顔のシキと青い顔で伝票を打っている店員。これ以降、シキは悪魔の少女としてグレンダンの肉屋に語り継がれることになるが、そんなもの関係ないように値下げ交渉をするシキの姿がなかったりあったり……閑話休題。
 買い物をして大分すっきりしたシキ、だがこの出費で大会などの賞金が消し飛んだのであんまり喜びたくないというのが本音である。だが、お祝いということで目をつぶることにする。

「ん? なんだシキじゃないか」
「……うげぇ」

 シキは心底嫌な顔をしながら、前から声をかけてきた青年を見る。
 長い銀髪を後ろで結び、顔に見える微笑は女性を魅了することだろう、そしてその服の上からでもわかる鍛え上げられた身体、感嘆するほど美しい美青年だが、実態はクララ同様、あるいはそれ以上の戦闘狂いである。

「そんなに嫌な顔をしないでくれよ。さすがの僕でも傷つくよ?」
「白々しい、というかいつぞやみたいに外縁部までふっ飛ばしますよ?」
「出来ればもう一度戦いたいね。油断していたとしても、この僕と一時とはいえ拮抗したんだからね」
「……サヴァリスさん」

 サヴァリスとシキは同時に臨戦態勢に入る。身体中に剄を巡らせ、即座に動けるように身体を温める。
 言っても無駄なのは長い付き合いでわかっているし、逃げても追いかけられるだけだ。
サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス、最年少の13歳で天剣授受者になった男であり、シキがもっとも嫌っている人間で、今まで戦った中でもっとも危険だと思う人物である。

「いいね、さすがはシキだ。九歳だとは思えないよ」
「サヴァリスさんだって最年少天剣授受者の記録持ってるでしょ」

 拳を握りながらシキは構える。錬金鋼がないという状況だが、最悪でも片足でも奪う覚悟をする。
しかし予想とは違いサヴァリスは笑いながら、臨戦態勢を解く。シキは訝しげにサヴァリスを見る。

「だけど、本気じゃない君とやっても楽しくはない。確か、今日は結婚式なんだろ? 無粋な真似はしないさ」
「いつぞや、クララとの訓練中に割って入ってきてこてんぱんにしたよね? あなた」

 やれやれといった風に肩をすくめるサヴァリス、それを見て渋々だが構えを解くシキ。
戦わないとしたのなら一刻も早くここから立ち去りたかった。サヴァリスといると、なぜか嫌な感情しか出てこないのだ。
 急いで通り過ぎようとするとサヴァリスは手の平を打ちながら、シキに話しかけた。

「あぁ、そうだ、シキ」
「なんですか? 姉さんが待ってるんだ」
「今度の天剣授受者選定式に出てみないか? 君は一応参加資格を持っているんだしね」

 眉毛を曲げてシキは、サヴァリスを見る。魂胆はわかっていた。

「どーせ、天剣持った俺と戦いたい。そんなところでしょ?」
「それもあるけどさ……君は天剣授受者選定式に出る敵と戦いたくないのかい?」

 そうサヴァリスに言われた時、シキは興奮したことを自覚して小さく舌打ちをする。まるで自分は戦闘が大好きな戦闘狂のように感じてしまったからだ。
 シキはそれを心の奥底にしまいながら冷静に言葉を口にする。

「俺は姉さん達を守りたいだけです」
「そうかい? 君と僕は――――似ているように思えたからね」

 瞬間、シキの身体がブレた。
 サヴァリスは心底嬉しそうな顔をして構える。そして二人は同じ技をまったく同じタイミングで繰り出した。
 外力系衝剄の変化、剛力徹破・咬牙。
 天剣級の二つの衝剄と徹し剄がぶつかり合い、地面がめくり上がる。幸い、人通りがなかったから被害はじめんだけで済んだが、人がいた時など想像したくはない。
 普段のシキでは考えられないほど冷静を失っていた。サヴァリスは本当に楽しそうに笑っていた。

「――冗談にしても笑えませんよ?」
「それは済まなかった。だけど。また実力を上げたね。今のは少々危なかった」

 よく見ると二人の手は血だらけになっていた。シキは不思議と痛みを感じずにいた。

「まぁいいさ、出る出ないは君の勝手さ。でもいいのかい? 本当に」

 出たくないと言ったら嘘になる。おそらく、今回の天剣授受者選定式では空位である最後の天剣の所有者が出てくる。過去の大会で女王であるアルシェイラは都市内外問わずに強いものを天剣として取ってきた。
 噂を聞きつけて強い武芸者が来るかもしれない。そうなったとき、自分が見てられるのか? そうシキは自問自答した。

「それに君は孤児だ。孤児が天剣授受者なんてことになったら、孤児の現状を打破できるかもしれない」
「なっ!?」

 卑怯だ、そうシキは思った。つねづねシキはそれを考えていた。一武芸者ではまったく皆取り合ってくれない。が、もしも天剣授受者になれば……。

「……」
「つまらない話をしたね。この地面は僕が直しておくよ。じゃあね、シキ」

 そう言うとサヴァリスの姿が消える。いや、違う膨大な剄を足に収束させて飛んだだけだ。呆然と立ち尽くすシキ、その姿は迷子になった子供のように見えた。
 シキは気づけなかった。いや気づきたくなかったのだ、シキがサヴァリスに抱いた感情は……同族嫌悪なのだから。


「ただいま……」

 適当な布で傷口を覆って、活剄で傷口を無理やり塞ぐ。
 レイフォンと比べても異常なほど膨大な剄のおかげで回復に回せる剄などいくらでもある。孤児院に着く頃にはすでに皮が再生され、後は中の内出血さえ治せば完璧に治る。
 だが、シキの頭の中ではグルグルとサヴァリスとの会話が繰り返し再生される。だからだろうか、いつもなら気づくものに気づかずに床にあった「誰か」を踏んづけてしまった。

「な、なんだ――――はっ!?」

 踏んづけたものがなんなのかわかるとシキすぐに後方に下がり、周りを警戒する。
なんと倒れていたのはレイフォンだった。顔色が悪く、すぐに立ち上がることができないということがよくわかる。そして周りを見るとレイフォンと同じように、年上の兄、姉たちが倒れていた。
 シキは思った、誰かの襲撃かと。そこで帰ってきたシキに気づいたのか、レイフォンが咳き込みながらシキの服を掴んだ。

「し、シキ」
「レイフォン! 大丈夫か、おい、レイフォン!!」
「りょ、料理に……ゴフッ」
「料理がどうした? おい、レイフォン!!」

 吐血しながらレイフォンが再度倒れこむ。それを見てシキは警戒度を最大まで引き上げる。レイフォンほどの実力者をここまで一方的にやられるとは考えられなかった。
 ふと足元を見ると黒いナニカが転がっていた。それは腐臭を漂わせながら孤児院全体に匂いが広がっていた。

「……」

 嫌な予感がした。ものすっごい嫌な予感がした。
 案の定、台所からはリーリンの声とクララの泣き声が聞こえた。シキはため息をつきながら台所に広がっているだろう地獄を予想した。


『わ、悪気はなかったんです。ただ料理作りたくなって作って、皆さんに食べてもらったら……ひぐっ!?』

 といった直後、クララはシキからの拳骨を受けた。悪気がなくても、食中毒が起きていたのだ。ルシャたちに着いて行ったのが幸いしたが、もしも子供たちが食べれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
 リーリンもシキが買い物に出かけた後、足りない調味料を買いに出かけていたので、台所には誰もいなかったらしい。その間にクララはあの暗黒物質を作ったらしい。
 クララへの説教は後回しにして、シキは大至急料理を作っていた。
リーリンも補助に回っていたがさすがにまだ九歳である子供の体力では大量の調理には耐え切れなかったのか、今はリビングのソファに眠っていた。

「じ、時間がない!!」

 時計を見るともうすぐデルクたちが帰ってくる時間だった。ほとんどの料理はテーブルの上に配膳している、後は最後の料理を作るだけだった。
 その時だ、玄関の扉が開いて子供たちの話し声が聞こえてきたのは。シキは頬に汗を垂らしながら仕上げの作業に入った。


 クララの料理を食べて、人生最大のダメージを受けたレイフォンは気力を振り絞って立ち上がった。今日は大事な家族が人生最高の喜びを得る日だと思っているからだ。
 汚染獣との戦い以上に身体に剄を流し、なんとか玄関までたどり着く。そして扉を開けると通りの向こう側にデルクや子供達、そして巨漢に抱えられたルシャの姿が見えた。
 その巨漢こそルシャの結婚相手である、天剣授受者のルイメイ。一回だけ戦場で見たことがあるから見間違いはないとレイフォンは思った。
 身体がガタガタと震える、腹は苦しげに鳴り、今でもトイレに駆け込みたい衝動に駆られる。それをレイフォンは精神力で封じ込める。

「る、ルシャ姉さん! おめでとう、ご飯できてるよ」
「あぁ、ありがとレイフォン。ほら、ルイ、この子がレイフォン、滅茶苦茶強いんだよ」

 ルシャを抱えながら、少しだけ頬が赤くなっているルイメイはレイフォンを一別すると、ほぉと感心したように声を出す。レイフォンの体から出ている剄の量の多さに驚いているのだ。

「いい剄を持ってんな、坊主。将来が楽しみだ」
「あ、ありがとうございま……ッ」

 足がふらつき、倒れそうになるがなんとか踏ん張る。
 その様子を訝しげに見るルイメイやデルクだったがレイフォンは愛想笑いで誤魔化す。そして扉を開けて、子供達やルイメイを案内する。
 その時、台所からシキがエプロン姿で出てきた。そしてルイメイを睨んだ後、抱きかかえられているルシャの姿を見て、口笛を吹く。

「お姫様抱っこだっけ? 幸せそうじゃん、ルシャ姉」
「あっ、る、ルイ! 下ろせ! 今すぐに下ろせ!」

 指摘されると恥ずかしかったのか、ルシャは顔を真っ赤にしながら手足をバタバタとさせるがルイメイは逆にニヤリと笑いながら、さらに強く抱きかかえた。
 周りの子供たちもシキの真似をして、ヒューヒューと吹けない口笛をしながら二人を冷やかした。恥ずかしがりながらルシャもルイメイも笑顔だった。

「ちょっと早いけど……ウェディングケーキのご登場―!」

 シキがそういうと大きなお皿を持ったクララが出る。シキが千人衝で持ってもいいのだが、サヴァリスとの戦いの怪我が治癒しきっていないのでクララに任せたのだった。
 普通のウェディングケーキにしては小ぶりなケーキにはこう書かれていた。
 【結婚おめでとう いつまでもお幸せに】
 シキは恥ずかしがりながら、二人の結婚を祝福し、出来上がった料理を食べ始めた。

 後日、今回の料理事件に懲りてなかったクラリーベルがティグリス相手に料理を作って、危なく黄泉の国に送りそうになった事件が起きたため、シキのアルバイトが一週間に一回から料理を含めて二回になったのは完全に余談だ。
 
 

 
後書き
ルイメイを幸せにしたかった、ただそれだけでこの話を書きました。
一応、シキとサヴァリスが戦ったらサヴァリスが勝ちます。純粋に経験の差で負けてます。
レイフォンとシキの技量は互角です。まぁ、圧倒的に剄の量が違いますが。
では次回から天剣編にいきます!! 
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