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蒼き夢の果てに

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第1章 やって来ました剣と魔法の世界
  第2話  タバサと言う名の少女

 
前書き
 第2話を更新します。
 

 
「どうも初めまして。武神忍と申します。取り敢えず、見ての通り、式神使いと言う存在なので、今後とも宜しくお願いします」

 一応、当たり障りのない挨拶の後に、少し頭を下げる俺。……なのですが、俺自身が使い魔になった経験などないですし、挨拶も交わした事がないのに何故かキスだけは経験させられた相手に、どうやって対処して良いのか判らない、と言うのが正直な気持ちなのですが。

「タバサ」

 俺を少し見つめた後、必要最小限の言葉のみで答えを返す蒼い少女。メガネ越しの、暖かなとは表現し辛い視線に、情けない事に少し怯んで仕舞う俺。

 それにしても……。何故か、愛想も何もない返事が返されましたけど、俺が何か彼女の機嫌を損ねるような事をしたでしょうか。
 そう考えながら、タバサと名乗った少女を、それまでよりも少し感知の精度を高めた上で見つめ直す俺。
 ……いや、そんな記憶はないですし、そもそも、そんな不機嫌な雰囲気を彼女が発している訳でも有りません。

 ……だとすると、この対応が、デフォルトの彼女の対応と言う事なのでしょうか。

 それに、もうひとつ違和感が有ります。
 それは、彼女の口から自らの自己紹介が為されたはずなのですが、それが、どうも彼女の姿形と一致しない点。

 これは、俺に対して彼女が本名を名乗ったと言う訳では無く、魔法名か何かを名乗ったと考えるべきでしょうか。

 ただ、これも仕方がない事ですか。俺の方も真名を名乗った訳ではないから、この部分に関してはお互い様と言う事ですから。

「そうしたら、俺は一体、何の仕事をしたら良いのでしょうか?」

 しかし、何時までも怯んでいる訳にも行きません。それに、真っ直ぐに俺を見つめている彼女の視線は、俺に言葉を続ける事を要求しているような気もします。
 そう考えてから、最初に為すべき質問を行う俺。但し、本来ならば、この質問は契約を交わす前に為すべき質問だとは思うのですが。
 もっとも、この部分に関しては、契約時にもっと詳しい説明が為されるかと思っていた俺の方にもかなりの非が有るので、そう強く主張出来る事でも有りませんが。

 それで、使い魔としての仕事で、俺の式神たちの例で言うのなら、彼ら、彼女らの仕事は多岐に亘っています。……なのですが、その中でも一番大きいのは退魔師としての俺の戦闘補助と言う御仕事。
 俺自身が前衛型の退魔師ですから、俺の式神達の役割は、魔法による援護などが主となると言う事ですね。

 しかし、ここは魔法学院で、現在はその魔法使い達の最初の使い魔を召喚する通過儀礼の最中。
 つまり、このタバサと言う名前を名乗った少女は、おそらく魔法使いとしての階梯は高いとは思えません。多分ですけど、入信者程度だと思います。
 そんな魔法使いに、本来なら早々強力な使い魔などを呼び出せはしません。

 それが証拠に、周囲にいる生徒達が呼び出している使い魔も、魔獣や幻獣と呼ぶよりも、愛玩動物と言った方が良いと思うレベルが多いように思えますから。

 まして、最初の使い魔なのですから、それで充分だと思いますしね。
 しかし、それにしては、彼女は俺のような妙な存在を呼び出して仕舞ったのですが……。

「先ず、わたしは貴方の能力を知らない」

 初めて、タバサと名乗った少女から、名前以外で意味の分かる言葉が聞けた訳なのですが……。
 それにしても、妙にぼそぼそとした小さな声で話す女の子ですね。その上、呪文を唱えていた時よりも更に抑揚の少ない平板な口調。

 もっとも、そんな細かい事については、今のトコロどうでも良い事ですか。それに、彼女の言う事は正論。俺の能力を知らないで命令をする訳には行きませんしね。
 おそらく、この魔法学院の使い魔召喚の儀式はランダム召喚。何が出て来るかはお楽しみ、と言う非常にアバウトな物なのでしょう。

 そう言う意味で言うなら、当たりハズレも大きいと思うのですが、こんなシステムで大丈夫なのでしょうかね。

 普通の魔術結社の場合の最初の使い魔召喚は、先達が呼び寄せた使い魔と契約を行うだけなのが一般的なのですが。
 まして、召喚円を使用しないと、呼び出した魔物が凶暴なヤツだった場合、制御に失敗して召喚士自身が生命を落とす危険性も有ります。

「そうやったな。それやったら先ず、式神使いの能力から説明しようか」

 一応、他所に行きかかった思考を無理矢理軌道修正を行い、そうタバサに対して告げる俺。そして、先ほど召喚されたまま、俺に付き従っているアガレスとウィンディーネの二柱(ふたり)を指し示す。
 それに、この世界の使い魔召喚の危険性については、後にタバサか、それともコルベールのオッチャン……この呼び方は、自らの主人の魔法の先達に対して失礼に当たりますか。コルベール先生に聞いてみたら良いだけですか。

「式神使いと言う能力は、タバサさん達が行っている使い魔契約と同じモンや。
 俺が連れている式神は八柱。えっと、最初に召喚したのはソロモンの七十二魔将の内の第三席魔将アガレス」

 尚、俺がそう説明した時に、タバサから少し驚いたような雰囲気を感じたのですけど……。
 しかし、表情に関してはまったく変わりなし。おそらくは、喜怒哀楽をあまり表に出さないタイプの人間だと言う事なのでしょう。但し、心はちゃんと反応していますから、問題はないとは思いますが。

 それに、そんな疑問も後回しですか。先ずは、ここで出来る程度の俺の能力の説明を済ませてから、こちらの疑問に答えて貰っても遅くはないでしょう。
 そう思い、俺は最初に女性騎士姿の魔将アガレスを紹介する。

 アガレスも、俺の紹介に合わせて、目礼だけでタバサに挨拶を行った。

 う~む、矢張り、こう言う対応に成りますか。少し素っ気ないような気もしますが、彼女は魔界の公爵で有り、同時に騎士でもある魔将。自らが認めた存在以外には、大体このような態度で臨む魔将と言う事に成ります。
 ただ、タバサとは先ほど直接会話を交わしていましたし、その時に、彼女自身から何らかの挨拶を行っている可能性も有るとは思うのですが。

「彼女の能力は先ほど示したように、あらゆる言語の教授。当然、他にも有るけど、こんな他人の多くいる場所で話してよい内容ではないから、今は勘弁して欲しい」

 それで、実際、戦闘に際して彼女の能力は大きい物と成ります。今は通訳を頼む為に実体化して貰っていますけど、本来は、彼女の能力を俺が直接行使するような方法になります。

「その隣に居るのが、水の精霊ウィンディーネ。彼女は、全ての水を統べる存在や。
 まぁ、基本的には、さっきも示した通り治癒魔法を得意としている」

 俺の紹介に合わせて、ウィンディーネの方は優雅に中世の貴族風の礼を行う。
 尚、彼女の姿形は、水を思わせる蒼い長い髪の毛に、少し冷たい雰囲気のする表情。スレンダーな肢体をもった蒼と銀に彩られたアール・デコ調のアンティーク・ドレスを纏う清楚な女性と言う雰囲気です。
 ……って言うか、目の前の少女がそのまま大人になると、こんな女性に成ると言う、未来形のような女性と言った方が判り易いですか。

「その他は名前だけで勘弁して貰おうかな。第四席ハルファス。第二十四席ハゲンチ。第七十席ダンダリオン。それに、炎の精霊サラマンダー。大地の精霊ノーム。風の精霊シルフ。
 以上の八柱が現在の俺の式神達や」

 但し、同時に現界させられる数は十二柱まで。つまり、現在連れている全ての式神を現界させても、俺の能力的にはまったく問題がないと言う事になりますか。

「それと日本刀が扱えるかな。俺の師匠が剣術を得意としていたから、明確な流派は定かではないけど有る程度の基本は叩き込まれている」

 まして、それで無ければ、対悪魔戦闘で前衛など出来る訳が有りません。
 もっとも、最初は竹刀を振るだけを何カ月もやらされたんですよね。相手に向かって打ち込むなんて、とんでもない、と言う雰囲気で。

 それでも、師匠にしてみたら異常に早く素振りだけを繰り返させる段階を卒業させた心算らしいですから、とてもではないけど、現代日本に住む人間とは思えないメンタリティの持ち主だったと言う事なのでしょう。

 本当に、何時の時代の剣豪の修業なのでしょうか、と言うレベルの稽古でしたから。

「日本刀?」

 黙って俺の説明を聞いていたタバサが、日本刀と言う単語のトコロに引っ掛かったらしくそう聞き返して来た。
 確かに、知らなくても不思議ではないですか。ここは西洋風の魔法世界らしいから、日本刀がない可能性も有りますね。

 そう思い、少し目の前の蒼い少女。俺の主と成ったタバサと言う名前の少女を見つめてから、周囲に視線を移す。其処には、春の穏やかな陽光に包まれた野原が広がり、魔法学院の重要な通過儀礼。使い魔召喚の儀が続けられていた。

 う~む。しかし、どう説明しましょうかね。現物を見せるのは……簡単なのですが、流石に彼女以外のギャラリーが少々ウザイのですが。

「俺の暮らしていた国独特の武器で、優美な反りを持った片刃の剣の事なんやけど……」

 先ずはそうやって、言葉のみで説明を試みてみる俺なのですが。
 ……って、流石にこんな説明では判る訳は有りませんか。案の定、タバサからは納得したような雰囲気は流れては来ませんから。ならば、これは仕方がないですか。
 本来ならば、彼女の能力は、出来る事ならば衆人環視の中では披露したくはないのですが。

「ハルファス」

 ただ、現状では止む無しですか。そう思い、仕方がないので、三体目の式神を召喚する俺。

 尚、表面上は先ほどまでと変わった様子は見えないのですが、タバサと名乗った少女からは、明らかに興味が有ると言う風に感じる気を発っせられています。
 ……しかし、何故に、そこまで自らの感情を制しなければならないのかが判らないのですが。

 もしかすると、心を常に平静に保ち、激しい感情に乱される事なかれ。と言う戒律でも存在しているのでしょうか。彼女の魔法か、それとも家系に。
 まぁ、その辺りの事情についても、もし必要だと感じたのならば後で直接聞いてみたら良いだけの事ですか。

 先ほどの二柱の式神達と同じように空中に浮かぶ召喚円からド派手な演出と共に現れる、一人のゴージャスタイプの女性。

 金髪碧眼。見事な双丘を持ち、緑色の胸当てを装備。腰には武骨な機能性のみを重視した、一切の虚飾を取り払った長剣を差す。更に、右足だけが何故か生足状態のパンツスタイル。そして、見た目からはハイヒールの方が似合うと思うのですが、何故か踵の低いブーツタイプの靴を履いた女性が現れていたのだった。

 ただ、彼女の背中には明らかに鳥を思わせる羽が生えていたのですが。

「翼人?」

 召喚されたハルファスを透明な表情で見つめていたタバサがそう聞いて来た。成るほど。この世界にも、ハルファスの同族に当たる存在は居ると言う事ですか。

「ソロモン七十二魔将の一柱。魔将ハルファスや。彼女は、元々ハルピュイア族の女王やから、背中に羽が生えた女性の姿で顕われる。
 その職能は、主に物資の調達」

 もっとも、この説明はかなり彼女の能力の過少報告に成ります。彼女は、ルシファーに従ってヘブライの神と戦った創世記戦争の兵站部門を取り仕切った存在。普通に流通している物で、彼女に調達出来ない物はない、と言う存在です。
 但し、そんな詳しい説明を、タバサ以外の人間に聞かせる訳にも行きませんから。

 一応、かなり省略した形では有るけれども、そうタバサに説明した後に、ハルファスの方に向き直る俺。
 そうして、

「ハルファス。すまんけど、日本刀を用意して貰えるかな。銘は無銘で充分やから」

 そう依頼する。それに、戦闘に使用する物でもないですから、銘のある有名な代物を準備して貰う理由もないでしょう。
 まして、この世界の科学のレベルによったら、今日の内に色々なモノを調達して来て貰わないとマズイ事になる可能性もゼロでは有りません。ですから、それまでの間は、出来るだけ霊力は温存して置きたいのですが。

「無銘の刀で良いのだな、シノブくん」

 俺に一振りの日本刀を渡しながら、確認するかのようにそう聞いて来るハルファス。
 当然、こんな物で、時代劇宜しく、相手をバッタバッタと斬り倒して行く心算などないのでこの無銘の日本刀で充分。

 そう思い首肯いて答える俺。

 ハルファスから受け取った黒塗りの鞘を抜き放ち、優美な波紋を浮かべる刀身を見つめる俺。機能性と、そして、芸術性を併せ持った武士の魂が、春の日の陽光を反射して、その煌めきに少し目を細めた。
 鞘から抜き放たれた刀身は大体、七十センチぐらいと言うトコロですか。ハルファスに調達を頼んだ刀ですから、無銘ですが、それなりに実用に耐える代物と言うトコロなのでしょうね。

「これが日本刀と言う武器や。少し特殊な工程で作られる剣やからこの国には無いかも知れないけど、キレ味なら他のどんな剣よりも優れているはずやで」

 一度、タバサに指し示すように、抜き身の日本刀を見せた後、再び鞘に納めてから、その日本刀をタバサに渡す俺。
 もっとも、これは無銘ですから、日本刀の中で言うとそれなりのキレ味に成るとは思います。
 多分、ですけどね。

「貴方は、何故、この武器を持っていない状態で召喚されたの?」

 日本刀に興味が有る、と言うよりは、突如、無から有を生じさせたハルファスの能力の方に興味を持ったようですが、その部分については何もたずねて来る事はなく、タバサはそう聞いて来た。尚、その言葉、及び発している雰囲気などから、どうも、この()は新しい知識を得る事に対する欲求は、かなり旺盛なタイプの人間のように思えますね。
 それに、自らの使い魔の能力を知る上では、この質問も必要な事でも有りますか。

 しかし、そうかと言って、

 そら、アンタ、現代日本で本身を腰に差して自転車を走らせていたら、お巡りさんに捕まって仕舞いますがな。
 ……などと答えても理解してくれる。訳はないですよね、おそらくは。

 それならば……。

「先ず、俺が住んで居た国は、法律によって武器の携帯を禁止されている国や。
 この日本刀と言う武器を持って大通りを歩いていたら、間違いなくお巡りさん……衛士によって捕まる」

 一応、ギャグは抜きの真面目モードで答える俺。
 それに、普通は銃刀法違反で捕まりますから、これで間違いないはずです。

「そして、武器を普段から携帯していなくても大丈夫なぐらいには、治安も良い国と言う事でもある」

 尚、先ほどのタバサの言葉と雰囲気から、この国、もしくは世界は、武器の携帯もせずにウロツケないほどの危険に満ちた世界である可能性も出て来たとは思いますね。コイツは、ちょいと厄介な状況かも知れません。

 もっとも、俺には別の魔法のアイテム。宝貝(パオペイ)が有りますから、官憲に捕まる危険を冒してまで本身を持って街の中をウロツク必要はないのですが。
 それに、官憲の方でも、それなりの部署に就いている人間ならば、俺のような存在が居る事も知っています。

 何故ならば、警視庁にも。神社庁にも。そして、防衛庁にも、対悪魔用の組織は存在して居り、それぞれの組織が、それぞれ勝手に自らの権益を主張しながら、退魔行為を行っているのですから。

 もっとも、俺が宝貝などと言う摩訶不可思議な魔法のアイテムを所持していると言う事に付いて明かすのは、ここでは無理でしょう。ここは少し人間(他人)の数が多すぎて、宝貝を所持しているなどと明かせる訳は有りません。ある程度、自分の能力に関しては、隠して置いた方が良いと思いますから。

「タバサ、あたしも使い魔の召喚に成功したわよ」

 突然、背後から接近して来た、大きな赤い何かがタバサに抱き着いた。
 ……これは、赤毛の女の子?

 そして、その赤毛の女の子の後ろに赤い大きなトカゲが、その巨体に相応しいのそのそとした鈍い動作で付き従っていた。

「コイツは火トカゲ、とでも言うんかいな」

 突如、タバサに抱き着いて来た赤毛の女の子に関してはスルーして、彼女に付き従う赤いトカゲに対してツッコミを行う俺。

 え~と、大きさはコモドドラゴンには少し届かないぐらいでしょうか。アイツは確か三メートルほどの大きさに成ったはずですから。それと比べたら多少は小ぶりと言う感じです。
 ただ、何故かシッポの先がチロチロと燃えていますから、火行に属する幻獣で有るのはほぼ間違いないでしょう。

 俺がその火トカゲらしき生物を興味深げに見つめていると、件の赤毛の女の子が、初めて俺の存在に気付いたように、少し俺を見つめてから、

「タバサが東方より召喚した騎士と言うのは貴方ね」

 ……と、そう聞いて来る。相変わらず、タバサに抱き着いたままなのですが。

 見た目は赤い長い髪の毛。腰の近くにまでは有るように見えます。背は俺とそう変わらない雰囲気ですから最低でも百七十は有りますか。ついでに非常にメリハリの有る身体つきをしているのですが……。

 この娘も魔法学院の生徒で、本日、通過儀礼の使い魔召喚を行っている魔法使いなのでしょうかね。俺の蒼い御主人様と比べたら、どう見ても、四、五歳は違うように見えるのですが……。

 それで、このタバサに抱き着いたまま俺を見つめる赤毛の彼女が口にした、東方より召喚された騎士と言うのは、俺の事で間違いないのでしょうけど、最初に適当に答えた事に少し問題が有ったのかも知れません。
 確か元士族だと答えたはずなんですが、何故か、騎士に成っていますから。俺は、西洋的な騎士道なんて言うインチキ臭いものの信奉者ではないですよ。

 おっと、もしかすると、ほんの一握り、本当の騎士が居た可能性も有りますか。
 若くして、更に無名の内に死亡した騎士ならばね。

「騎士では無くて、元武士の家系で現在は式神使いやけどね」

 思わず、少し、否定的な言葉を口にして仕舞う俺。

 確かに、ここがヨーロッパ圏に属する地方ならば、騎士とか貴族とかの出身と言うのはかなり重要なはずです。ですから、他人の評価には、そちらの方から入るのかも知れないのですけど、俺に取っては、そんな事はどうでも良い事。
 まして、今は現実の世界。ファンタジー……小説のアーキタイプのひとつ、貴種漂流譚ではないのですから、他の世界での家系がどうだったかなんて、大して意味がないとは思うのですが。

 おっと、イカン。自己紹介が先でしたか。悪態はそれから後でも良かったな。
 その理由は、俺の立場はタバサさんの使い魔ですから、挨拶ひとつマトモに出来ない使い魔では、彼女に必要のない恥を掻かせる事と成ります。
 それは、流石にマズイでしょう。

「初めまして。武神忍と申します。以後、宜しくお願いしますね。
 ファミリーネームが武神で、ファーストネームが忍です」

 そう、改めて居住まいを正した後に、赤毛の女の子に対して自己紹介を行う。
 ただ、矢張り少し猫を被り損ねたとは思いますけどね。もっとも、これについては仕方がないですか。それに、別に俺は愛敬を振りまく為にやって来た訳ではないのですから、これでも十分だと思いますよ。

 まして、この世界に来たくて来た訳でもないのですから。

 そうしたら、件の赤い女の子は……。
 相変わらずタバサに抱き着いたままですか。
 しかし、何故か、俺を値踏みするような視線で見つめて居る赤い髪の女の子。

 ……って、何故に俺が、初見の女の子に値踏みされなけりゃアカンのですか。

 ……って言うか、こんなトコロでアホな子の振りをしても仕方がないですか。
 この赤毛の女の子は、所謂、タバサの保護者役みたいな存在なのでしょう。そう言う人間関係は結構有りますから。

 それで、その庇護対象のタバサに妙なムシが(たか)ったのですから、値踏みするような視線になったとしても、これは仕方がない事。少々の事は素直にスルーするに限ります。

「え~と、そうしたら、シノブは東方の騎士……元武士とか言う家系だったみたいだけど、貴方の魔法の系統とクラスはどれぐらいなの?」

 その値踏みするような視線の後、赤い女の子がそう問い掛けて来る。

 ……但し、この言葉には少しの違和感が有りますが。

 先ず、何故、騎士ならば魔法が使えるのかが俺には判りません。

 確かに、俺自身が使い魔を連れていますから、西洋風に言うと使い魔を連れているのは魔法使いです。故に、俺に魔法が使えると思ったとしても不思議では有りません。
 ……なのですが、先ほどの言葉は魔法使いに必要な常識に囚われない多様な価値観を持つ、と言う部分には少し欠けた思考だと思います。

 そして、次のクラスと言う言葉。

 階梯。と言うのなら判るのですが、クラスと言うのは聞いた事が有りません。
 ちなみに、西洋の魔術結社に入信している訳ではないので、俺は階梯などを持っては居ません。

 尚、蛇足ながら、俺のクラスは二年四組だったのですが、そんな事を聞きたい訳ではないと思いますし。

 それに退魔師としても、昔の陰陽寮に端を発する賀茂氏族系の一族が支配する組織とは、まったく違う組織の末端に繋がる構成員ですから。どちらかと言うと互助会のような側面が強い団体でしたからね。

 それで、最後は、おそらく人種差別的なモノになると思います。
 俺が名乗ったのに、彼女は未だ名乗らない。使い魔風情に名乗る名がないのか、それとも俺が有色人種だからなのか。
 それとも別の理由が有るのか。
 それからすると、先ほどのコルベール先生は人間が出来ていたと言う事ですか。

 はっきり言うと、この場で俺のサラマンダーを召喚して、彼女の神火にて、この火トカゲをあぶり焼きにしてやりたいトコロなのですが、流石に、それでは喧嘩腰過ぎますか。

 まぁ、これは仕方がないでしょう。ここは異世界。そして、ここでは、これがルールと言う事だと思います。
 それに、魔術に関わる者は、自らの魔術結社以外の魔法使いを受け入れない者も結構います。ここでは、俺のようにルーンを唱えない魔法使いは異端な存在になるのかも知れません。

 ならば、郷に入れば郷に従う。これが、角を立てない生き方ですね。

 そして、当然のように俺は魔法……タオは使用可能です。俺の師匠と言うのは剣術の師匠と言う訳では有りません。タオ……仙術の師匠。つまり、仙人と言う存在です。

「そのクラスや系統と言う表現が良く判りませんが、お嬢様が、私めの魔法をご覧になりたいと仰られるのなら、喜んで御見せ致しましょう」

 恭しく映画や演劇でお馴染みの中世貴族風の礼を行いながら、口ではそう答える俺。但し、火トカゲに対して、

【頭が高いぞ、下郎。鱗有るモノの王たる俺の前で、平伏せねば、どうなるか判っているのか!】

 ……と【念話】で一喝を行う。更に続けて、

【キサマの主の罪は、キサマの罪。よって、俺の許しが有るまで、ずっとそこで平伏し続けていろ】

 コイツが火トカゲ。つまり、龍族の端に連なる存在なら俺の命令には絶対に服従する。俺と言う存在は、そう言う存在ですから。
 ……人間に擬態した龍。それが、俺の正体。
 もっとも、かなり中途半端な存在で、残念ながら、擬態した姿のままでしか活動する事が出来ないのですが。

 つまり、龍体となって全能力を行使する事は不可能と言う事。
 但し、そんな事など今は関係ないですし、そもそも、そこまでの危機に陥る事もないとは思いますが。

 さてと。そうしたら……。
 赤毛の少女の召喚した火トカゲから視線を外した俺が、視線を上げ周囲を見渡す。

 辺りは、草原。つまり、草が生えている地と言う事。ただ、すく近くには、雑木林が有りますね。
 ならば、あの仙術が行使可能ですか。

「それでは、あそこの雑木林の入り口まで着いて来ていただけますか」

 そう言ってから、恭しくお辞儀を行う。
 それに、大体五十メートルぐらいですから、そんなに離れている訳では有りません。

 そう思い、タバサの隣に立って、彼女の歩を進めるペースに合わせながら進む俺。
 しかし……。

「どうしたの、フレイム。何故、あたしの言う事を聞かないの」

 しかし、後に続くはずの赤毛の少女が、何故か着いて来てはいません。一切、動こうとしない自らの使い魔の前で途方に暮れているから、なのですが。
 もっとも、この状況は、俺としては当然だとは思っているのですが。彼女と、あの火トカゲがどのような使い魔契約を交わして居るのかは判りませんが、種として持っている特性を捻じ曲げるような契約ではないと思いますから。

 もし、そんな契約ならば、悪い点に関しては改善される事と成りますが、良い点も捻じ曲げて仕舞う可能性が有ります。
 流石に、そのような契約を結ぶ訳がないでしょう。

 突然、それまでゆっくりとだが歩を進めていたタバサが立ち止まる。まぁ、赤毛の少女が付いて来ないのだから、これも当たり前と言えば当たり前の事なのですが。
 但し……。

「キュルケ。キュルケ・ツェルプストー」

 何故か、俺の事を真っ直ぐに見つめながら、彼女がそう言った。そして、更に続けて、

「彼女の非礼はわたしが謝る。だから、許してやって欲しい」

 これまでほとんど話す事の無かった彼女からの謝罪の言葉が発せられた。

 ……気付かれたか。ただ、俺が怒っている事を簡単に気付いても不思議でも何でも無い状態なのは確かなのですが。
 何故ならば、彼女。タバサやコルベール先生。そして他の式神達に対する態度と、あの赤毛の少女に対する俺の態度に差が有り過ぎましたから。

 しかし……。

「それは、言う相手が違うと思うんやけどな。彼女……キュルケ嬢の非礼な態度を俺が怒っているとして、それを、タバサさんが謝るのでは、彼女の態度が以後も変わる事はないと思うぞ。
 おそらく、彼女は、俺が何に対して怒っているのかすら判っていないからな」

 但し、それを俺が直接態度で表現したり、口にしたりして仕舞うと角が立ちます。そして、タバサに迷惑が掛かる事と成るでしょう。ですから、俺と同じ使い魔の立場の、あの火トカゲに罰を与えた訳なんですよね。

 つまり、本来ならば俺に対して彼女、タバサが謝るべきでは無く、キュルケに対して自己紹介を促すような言葉を掛けるのが正しい選択肢だったと言う事だと思うのですが……。

 もっとも、時、既に遅し、でしたけどね。

「確かに、人種差別的なモンは何処にでも有る。まして、ここにはここの身分制度と言うモンが有るやろう。
 せやけど、俺は客人(マレビト)や。今のトコロはここの身分制度の外に位置する存在。ならば、客人に対する扱いは、客人に相応しい扱いと言うモンが有ると思うんやけどな」

 それに、言いたくはないけど、俺は拉致被害者。一応、タバサの立場を考えて使い魔契約を結んだけど、それにしたって、この部分に関しては俺の好意以上の意味はない。
 あの場で、自分の権利を強硬に主張して、あの場にいた全員に責任を取らせる選択肢さえ、俺には存在していたのですから。

 おっと、この思考は少し問題が有りますか。俺が、自ら判断して、この少女の使い魔になったのは事実です。こんな考え方をしている事をこの生真面目そうな少女に気付かれたら、この娘を少し傷つけて仕舞う事に成ります。
 悪いのはこの娘ではナシに、ここの使い魔召喚魔法のシステムの方。そして、こんな魔法を進級試験に使用する魔法学院のシステムの方。

 しかし。其の君を知らざれば其の左右を見よ。其の子を知らざれば其の友を視よ。と言う言葉が有ったと思いますけど、このふたり。タバサとキュルケには、それが当てはまるのでしょうかね。

「まぁ、今回は許しても良いかな。それに、自らが非礼な態度で臨んでいる事を自らが知らない限り、意味は無いとも思うし」

 それに、このタバサと名乗った少女が、意外と人間に対する観察眼を持っている少女だと判っただけでも今回は満足すべきですか。
 確かに、俺が怒っている事は見抜けたとしても、それとあの火トカゲの様子が変わった事を関連付けて考えられるか、については別問題。
 つまり、彼女はその程度には柔軟な思考を持っている事が判った訳ですから、それだけでも良しとしますか。

【フレイム。今回は、俺の主から許してやって欲しいと頼まれたから特別に許す。動いて良い】

 それに、一度許すと言ったからには、過去の罪で罰する事は無くなると言う事。だがら、この問題はこれで幕引き。
 但し、新しい罪を犯せば、それに対して新たな罰が発生する。もっとも、キュルケの場合は、俺の事を試している可能性と、本当に身分の差から自己紹介を行っていない可能性の、ふたつの選択肢が有るとは思いますけどね。

 それに、その判断については、俺の魔法……仙術を見て貰ってからの対応で判断しても遅くはないでしょう。

 そう思ってから、再びタバサの方を見つめる俺。何故なら、雑木林の方に向かって歩を進めるか、それとも、そのキュルケの方に進むかの二択かと思われた彼女の行動なのですが、彼女はそのどちらでもない、第三の選択肢を選んだのですよ、ここで。

 そう。俺を真っ直ぐに見つめたまま動かないと言う選択肢を。

 晴れ渡った冬の氷空(そら)を思わせる瞳に、少し気圧される……と言うか、照れて、思わず視線を在らぬ方向に向けて仕舞う俺。
 そうして、

「タバサ」

 短く、再び自らの名前……いや、おそらくは、魔法名を俺に告げて来る彼女。更に、

「タバサさんではない。わたしを呼ぶ時はタバサで充分」

 別に気負う訳でも無く、ましてや、不機嫌な様子でもなく淡々と続けた。それまでと変わらない、彼女独特の話し方で。
 成るほど。まぁ、理由はよく判らないけど、そう呼べと言うのなら、以後はそう呼ぶとしますか。

「そうしたら、タバサ。質問が有るんやけど、構わないか?」

 一応、キュルケが動き出したから、彼女が近くに来る前に聞いて置く必要が有る内容ですから。
 俺の問いに、タバサがコクリと首肯く。ふむ、これは肯定の意味。

「何故、騎士ならば魔法が使えるんや。俺の居た場所では魔法は一般的なモンやない。秘匿された技術やった。騎士だから、と言う理由で使えるようなシロモンではないんや」

 多分、この質問は非常に初歩的な質問と成ります。
 そして、可能性として高いのは、この世界は魔法が使える事が騎士階級に要求される最低限の能力、と言う事。

「騎士に成るには魔法が使える事が条件」

 タバサがそれまでと同じ口調で簡潔に答えた。
 成るほど。予想通りの答えですね。ならば、最初の俺の適当な受け答えが、俺が魔法を使える存在だと思われた理由なのでしょう。

「確かに、俺の居た場所では魔法は一般的ではない」

 世界の裏側には確かに存在しますが、残念ながら表面上は存在していない事に成っています。
 但し……。

「タバサが召喚した俺は、間違いなしに異世界の魔法使いや」

 
 

 
後書き
 キュルケの対応が少し妙なような気もしますが……。
 その理由は第3話で明かされます。少なくとも、性格の改変を行っている訳では有りません。
 ただ、原作小説内でも、彼女は、才人に対して、自己紹介は行っていないとは思いますが。

 もっとも、隣で、キュルケ、キュルケと喧しいくらいに騒ぎ立てているピンク色の御主人様が居たから、自己紹介の必要はない、とキュルケ自身が感じた可能性が高いとは思いますが。

 それでは次回タイトルは、『桃花』です。

 追記。
 私は小説などでは、基本的には与えられた情報を疑って見るようにしています。
 そして、そうやって現れた矛盾点を補正する事に因ってこの物語は成り立っています。
 
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