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不可能男との約束

作者:悪役
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ラッキーは無罪

 
前書き
予想外も偶には良いものだ

配点(ラッキースケベ)
 

 
ぬぅ、と熱田は呻きながら、はて、どうしたもんだぜ、と結構微妙に悩んでいた。
目の前にいるのは弘中・隆包。
今、絶賛鍔迫り合いをしている最中である。
そこはいい。
それは、自分が望んだ状況なのである。
それはいいのだが

立花・誾がなぁ……

ぶっちゃけ、実力もしくは興味云々なら弘中・隆包の方が興味がある。
まぁ、それは副長と第三特務という上位役職者としての当たり前の事実であるから、別におかしなことはない。
だけど、俺はこの前、どんな理由があろうとなかろうと立花・誾の夫である宗茂を斬っちまったのである。
そうなると、最低限の行いとして、彼女と相対するのが筋というものではなかろうか、と苦手な考えるという事をする。
現実時間では一秒にも満たない時間で、結論がピンと出た。

あ、じゃあ、目の前にいるおっさんを叩き斬ってから、相手すればいいんじゃね?

だから、そうした。








衝撃が腕の中で暴れる。

ぐぉ……!

呻きは年上の意地で絶対に外には出さないと隆包は思いながら、バットの軋みを聞く。
既に、零距離で鍔迫り合いをしていたのだが、目の前の剣神は少し手を引いて、スペースを開け、こっちの拍子抜けを誘った所で改めて刃を振り下ろしに来た。
それにより、一瞬気が抜けたせいで、腕への衝撃は深刻だった。
しかし、次に来るのはさっきまでの重量が消えた事による腕に伝わる浮遊感みたいな物。
何かと思う暇もない。
目の前の剣神が剣から手を放しているのである。
視界と体感速度はスローに切り替わる。
手を離し、しかし、さっきの剣戟の衝撃で浮かび上がろうとしていた剣を再び、剣神が握る。それも、どちらかと言うと持ち上げる様な持ち方で。
そして、一歩前に出ると同時に剣をくんとてこの原理で押すと、それはアッパーみたいな剣戟に変化した。
冷や汗が浮かぶが、スウェーバックで、何とか避ける。
顎に冷たい切っ先が振れる感触に内心で口笛を吹きたくなる感情を収めていると、目の前が光が咲いた。
思う間もなく光が爆発であるという事を体で理解しながら、体は吹っ飛んだ。








その光景を房栄は唾を飲み込んでみていた。

……竜族みたいに加速器爆発を起こせるの!?

あの八俣ノ鉞の出来る事の範囲はかなり広そうである。
とは言っても、力自体は竜族のよりも当然小さく、精々接近戦による衝撃を与えるレベルである。
現に、視線の向こう、タカさんは無事であった。

……あの瞬間にバットを顔面に持って行って、そして後ろに転ぶように力を抜いて、爆発の衝撃波に乗ったみたいね、と。

だから、吹っ飛び方はバックステップみたいに飛んでいる。
あれならば、次の動きにも対応できるはずであると思い、視線を動かす。
視線の先は激突してきた武蔵の輸送艦の方。
そこに乗っているのは、武蔵の副会長と姫とその手に持っているのは

悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)!」

ある意味で、大罪武装として一番シンプルで強力な悲嘆。
それの上位駆動を放とうとしている。
射線は空いているし、ここにいる武蔵の副長達は自力で何とか出来るだろうという判断を持っているからだろう。
どちらも気にしていない。
というか、気にする気がないのかもしれない。二人とも何だか物凄い楽しそうな顔で武器を振り回しているので、正直関わり合いたくない。
武蔵はあんな危険人物が大量にいるのだろうか。
そんなのに世界征服などされたらいろいろと困ると結構真剣に考えて、声を上げる。

「フーさん! 出番よ!」










正純の視界にまた新しい人物が見えた。
艦橋屋上に烏帽子型の帽子を頭に乗せ、眼鏡をかけた女性が立っていた。
誰だという疑問が、自分の中の知識にアクセスして、立っている人物の正体を口に出して確認する。

「三征西班牙アルカラ・デ・エナレスの副会長のフアナか……!」

「八大竜王の一人と言わなかっただけ、マシと返しましょう」

落ち着いた知的な声を姿からイメージされた声にぴったしだな、とどうでもいいことを思いながら、しかし、視線は違うものを見た。
それは、ファナの手に握られている長剣である。
奇怪な剣であった。
白と黒のまるで、骨でできたような表装を持つ巨大な武装。
それと似たような武装を私は知っている。
今、恐らく持ち主を除いて、一番近い所に私はいるのだから。

大罪武装(ロイズモイ・オプロ)か!」

「Tes.嫌気の怠惰(アーケディア・カタスリプシ)。既に展開済みです」

余りにもぞっとするような事実を平淡な声で語られたから、逆に冷静になれたが、やはり、焦りの感情が混ざってしまう。

……不味い……!

こんな状況での切り札としては間違いなく最上の切り札である。
効果はどうなるかは解らないし、効果範囲も解らない。
ただ、今までの例だけで見てきたのは教皇総長の淫蕩の御身とこの悲嘆の怠惰。
どちらにも当てはまる例と言うならば、通常駆動は対人能力であり

上位駆動は対軍能力だ……!

そして、ここにいるのは集団。
そうでなければ、切り札たり得ない。
故にそれは起きた。

「くっ……!」

胸部を圧迫される圧力に覚悟を持っていなかった正純は息が一瞬詰まる。
その圧迫に瞬間的想像で死をイメージしてしまい、ぞっとしたが、数秒経って、それ以上締め付けられない事に気づき、ようやく胸元を見る。
青白い光の輪が、束縛するみたいに胸部に装着されている。
見れば、周りの皆も同じらしく、だが、その束縛される場所が違う。

「……っ、嫌気という事か……」

つまり、そういう事なのだろう。
自分に対して、余り好きではないとか、そういう部分に対して嫌気が空間に束縛するように働く。
見たところ、全員無事という事から、殺傷能力はないらしい。
その事に内心、安堵を得るが

「くっ……! まさか、最近頭の髪が後退しているのを気にしているのをこんな場面で公開することになるとは……!」

「な、何だこの両足全体にかかる束縛は……! ま、まさか、俺の嫌気が短足であることを責めているのか……!?」

「や、やべぇ……きょ、今日、鏡で見て気になった眉毛の形に嫌気の束縛がかかって、もっとファンシーな眉毛の形になってしまったぞ! しかも、それだけで動かなくなるって言うのはどういう事だ!?」

「だ、大丈夫ですわ! ほ、ほら、正純……わ、私達は別に、む、胸が無い事で僻む様な小さい器じゃないですわよね!?」

安堵の後にいらん物を見せられたせいで、一気に頭が冷えた。
というか、ミトツダイラ。私を巻き込むな。
とりあえず、元気そうで何よりだ、と適当に思いながら、視線を直ぐ傍に向けると、感情は一瞬凍結された。

「……ホライゾン!?」

彼女の姿は最早、ほとんど見えなくなったと言うと言い過ぎだと思われるかもしれないが、それくらい私達とは比ではないくらい束縛されていた。
体の全箇所が嫌気という光に束縛されている。
凄惨な光景と言ってもいい姿に、味方はおろかかけた本人であるフアナも少し驚きの表情を浮かべていた。
しかし、こちらがそれを見ているという事に気付いたのか、すっと表情を消して、そして語った。

「成程……感情はおろか、記憶や体の全てを奪われた喪失の姫……故に何もかもが"足りない"と、そう思っているんですね」

その言葉が頭の中で事実であると計算したが故に正純は唇を噛んだ。

そんなのは……!

誰にでもある事だろうと、言う所だが、彼女の場合は失った物が多すぎる。
元々、武蔵はそういった人間が集まる所ではあったが、だからと言って、ホライゾンは少々特殊過ぎる。
どうすればいいか解らなくて、しかし、何とかしてやりたいと思い、正純は彼女を束縛している光に手を伸ばして何かをしようとした。

「───」

すると、ホライゾンの口から、しっかりとした苦鳴が漏れる。
それに気付き、慌てて、正純は手を引きながら、原因を知り、すまないと内心で謝る。
自分に対する嫌気を他人にいきなり知られ、比喩表現無しに触られたのである。
明かす覚悟も資格も持っていないかもしれない相手が、それを触れたのである。痛いに決まっている。

……だが、どうする!?

見たところ、この大罪武装に死角はない。
敢えて言うならば、効果範囲外からの狙撃。
だが、狙撃メンバーのナルゼは今、黒嬢(シュバルツ・フローレン)を修理中故に裏方に回ってもらっているし、ナイトは今、視界に移る中

「だ、大丈夫……! な、ナイちゃん、ガっちゃんの攻めくらい平気なんだからね!? むしろ、ドンと受けるんだからね!?」

などと、発狂タイム中だったので無理だろう。ってか、捕まっているし。
どうでもいいけど、何故下腹部を束縛されている。
とりあえず、無理であるという事実。
他の魔女(テクノへクセン)の学生達でも、効果範囲外からの狙撃など流石に難しいと思った方がいい。
そもそも、どこまでが効果範囲外なのかどうかが解らない。
対処方法は、簡単に言えば自分に嫌気などがない人は、この効果を受けないのだろうけど。

……でも、そんな人が……

いるのか、と内心で呟こうとした時にふと、前を見た。
そこにいるのは、昔、三河の時の友人である本多・二代。
何で、彼女を唐突に見たのだろうかと疑問したのだが、答えは直ぐに判明した。
彼女はまるで、おや? という顔で辺りを見回していたのである。
明らかに、嫌気の怠惰の上位駆動の束縛を受けていない証拠であった。










立花・誾はある意味で愕然とした。
目の前にいる武蔵副長補佐の本多・二代。
普通なら、おかしい所はないと判断するところなのだが、今は逆におかしいところが無い方がおかしいのである。

何でこの女には嫌気の怠惰が効いていないんですか……!

いや、理由は大体推測できる。
というか、嫌気の怠惰に対応できる手段はそれしかない。
だから、目の前の侍女も普通に考えればそれなんだろうけど、つい、聞かなければいけないというよく解らない義務感に急き立てられ、

「あ、貴女は自分の体とか、そういった物に嫌気とか持っていないんですか!?」

その言葉にむっ、とこちらに反応して、ようやくこっちを見た。
まだ、周りがどうして動けなくなっているのかが解っていないようだが、ようは頭が足りていないのかと思った。
というか、フアナ様の話をちゃんと聞きなさい。
そこで、ようやく質問の内容を理解した侍女は胸を張って

「拙者! 別に自分の体とかに不満などないで御座るからな!」

この女は……!

いや、別に悪い事ではないのではあるが、何というかこの馬鹿女にこう言われると何故かちょっと癇に障るというかなんというか。
いやいや、別に私は自分の体に嫌気など持っていない。
他の女性と較べたら、それは鍛えられていてごつごつとしているかもしれないが、武家の女としてそれは逆に誇りですし、それに宗茂様は私を綺麗ですよと褒めてくれるので、つまり、それは私の人生は勝利しているという事確定という事であり、そして、それならば、もう少し宗茂様はアドリブを増やしていただきたいと思うのだが、こう、もっと情熱カモン……!
そう思ってたら、目の前の侍女が小首を傾げていたので、わざと咳をして、空気を変える。
そして、つい思った言葉を口に出す。

「……自分は未熟ではないという事ですか?」

「む? いや、拙者は未だ未熟者であって、修行不足で御座る。例えば、ここの筋肉とかもう少し着いて欲しいで……」

すると、その部分に嫌気の怠惰の光の輪が生まれた。
おっ、と言う言葉と共にもう何も思うまいと思い、周りを見る。
すると、もう一つ驚きを得た。

……武蔵副長がいない!?

あの副長も馬鹿かと頭の中の冷静な部分がそう告げて来たが、気にしない。
問題はこの場にいないという事はどういう事かという事だ。

……フアナ様が危ない!

見れば、隆包副長も周りを見回して、探しているが見つからないようで、視線がこちらを見てお前が探せと言うアイコンタクトを受け、頷く。
いないのはあの、剣神固有の消える体術。
特務クラスどころか副長クラスでさえ効くあの体術は厄介を通り越して恐ろしいというものがある。
だからこそ、そんな危ない体術はここでネタをばらさせてもらおう(・・・・・・・・・・・・)
そう思い、誾は息を止めた(・・・・・)
そして、改めてフアナ様の方を見ると───呼吸どころかすべての生命活動が一瞬停止したかのように思えた。
何故かと言われれば、それはフアナ様の左隣に全裸がいたからである。









全員が鈍い汗をかいた。
何かを言おうとして、酸素を求め、喘ぐように呼吸をして、しかし言えない者がほとんどであった。
何かを言うべきだ、とそれは解っているのに、何を言えばいいのか解らなくなっているという謎の状況である。
そこでフアナの方に動きが発生した。
左手を上げたのである。
その理由は敵味方両方が察した。
恐らく、この嫌気の怠惰で武蔵が動けなくなっている所を、打者たちによる集中打撃で、武蔵に強烈なダメージを与えるという、酷く当たり前の戦術を行おうとする合図を出そうとしているだけなのだろう。
だが、一つ重大な欠陥問題がある
左隣には全裸がいるという事である。
全員が全員、心が一致したと確信した。

何故、全裸でそこにいる……!

疑問に一番比重を置いたのは何故全裸の部分であり、その次がそこにいるという何とも状況的に合わない比重だが、間違ってはいないと全員が再び確信する。
いや、この際全裸なのは許そう。
だが、場所がファナの左隣と言うのが頂けない。
そう───そのままでは気付いていないフアナの手が振り下ろされる時に股間にジャストフィットしてしまうという計算結果があるからである。
一番近くにいるベラスケスも口をあんぐり開けて、何かを言おうという意思が意味が解らないという疑問に押しつぶされている状況である。
ごくりという誰かの唾が鳴る音が聞こえた。
そして、フアナは腕を振り下───

「待てーーーーーー!!」

敵味方関係なく、叫び声をあげたのでフアナは驚きで、手の動きを止める。

「何ですか? 敵どころか味方まで声を上げて……今は戦闘中なんですよ。ちゃんと、真面目にやってください」

「フ、フーさん? そ、その意見は今、結構哲学的にも同意したいんだけど、と、とりあえず、後ろ! 後ろ、見てくれないかな、と!」

「後ろ?」

右手の方から後ろを見、確認するフアナ。
当然、右側から後ろを見れば、左側にいる全裸は死角に入って、見る事は叶わない。
だからと言うように、疑問顔でフアナは

「……何もないじゃありませんか」

「うんうん! そうだね! でもね、フーさん! 不味いのは逆! 逆がそれこそ大罪級に危険なのよね!」

「逆?」

言われ、少しの間、何かを悩むような間を空け、そして、ああ、と丸で何かを理解しましたと言う風に頷き

「私の嫌気の怠惰が、味方にかかるのではと言う心配ですか? 私が使っているので、それはないと思いますが……念には念をという事ですね? 解りました。書記、下がってください」

そして、突然にフアナは左の手を後ろに振った。
あ……! と皆が叫ぶが時すでに遅し。
ギュムっと柔らかい物を掴む時に発せられるような音がフアナの左手の方から発せられる。
は……? とそこでようやく異常に気付いたフアナは左手の方を見る。
そして、そこにいるのが全裸の時点でフアナは思考停止。

「───おっと、悪いな。それは、俺の"リアル派"だ」

全員がその台詞に半目になって睨むが、全裸は無視した。

「いやー。やっぱ、ほら? 俺ってさぁ、高い所が好きだからさぁ。ここまでいそいそ登ってきたんだけど、何時、隠密道具の効果が解けるかというスリルがもーーたまんなかったぜぇ」

武蔵全員が一度、全員で視線を逸らして、そして表示枠の方を見る。

『おい、誰だ! あの馬鹿を自由にさせた奴は!? いや、億歩譲って自由なのはいいが、あいつに服を脱がさせる自由を与えんな!』

『普通なら、これ。市民に服を脱がす事も許さない鬼政治家の言葉に聞こえるけど、馬鹿相手だとまともな意見に聞こえるわねぇ』

『ククク、ねぇ、貧乳政治家? その場合、風呂入る時とか寝間着に着替える時とか、どうするわけ? やっぱり、メイドよろしく着替えさせるの!? ご、ご主人様ぁ~ん! だ、駄目、そんな勝手に着替えないで~~!! あん! 着替えテクニャン! とか!?』

『あ? そん時は洗濯機にあの馬鹿事、ぶち込めばいいだけだろ?』

『正純! 正純! 結構、いい空気を吸い過ぎですわ!!』

現実逃避している表示枠を見て、役に立たない事を理解し、そして、結局事態を見守る事を選択肢で選んだ。
というか、あの中に入れる勇気がなかった。

「お! あんたチームベラスケスの社長だな!? すんげぇ! 俺、マジで運が良いぜ!? アンタの所のエロゲはよく買ってるけど、俺の親友向けにもうちょい巨乳ヒロイン増やしてやってくれね? あいつ毎回、アンタのが出る度に「乳をもう少し増量してくれ……!」って叫んでんだよ」

「お、おう……」

あの冷静そうなベラスケス書記もかなり驚いているらしく、そんなボケーとした声しか、出せていない事に敵味方関係なしに使えない! と思考で叫ぶ。

「というわけでさぁ、その大罪武装、俺にタダでくれね? それ、ホライゾンの感情だから、必要なんだよ」

そうして、一歩。
トーリがフアナの方に不用意に踏み込む。それに対して、フアナは条件反射で一歩下がる。
まだ、脳は今の状況を理解していないようだが、体は理解しているのだろう。
それが、全裸に一歩詰め寄られたからなのか、大罪武装を奪われるという危機から出たのかが周りからは理解できないのだが。
しかし、トーリからしたらそれは拒否のポーズと取ってみたのか、それ以上進まずにうーーんと数秒唸り、そしていきなりぱーっと笑い

「よっしゃ! じゃあ、親友! その大罪武装! 俺のた・め・に、奪い取ってーーーーーん!!」

「気色悪いこと言ってんじゃねーーーーー!!」

突然の言葉とともにフアナのほんの二、三メートル上空に熱田・シュウが現れた。






何時の間に……! という思考が頭に浮かび上がるが、その前の全裸事件が原因でファナは未だに思考回路がまだ停滞している。
そのせいで、目の前の光景がまだ現実であると認められていない。
つまり、まだまる他人事のように感じているのである。
剣神と自分の距離はほんの二、三メートル。
ここまではどうやら八俣ノ鉞のブーストでここまで飛んできた、ここで強襲という事なのだろう。
姿が見えなかったのは、恐らく例の消える体術。
そして、嫌気の怠惰の束縛を受けていないという事は、かなり開き直った馬鹿だという事なのだろう。
全てにおいて危険な存在だとぼーっと考えたが、それはいけないと内心で自分のイメージに張り手を食らわす。

ここで嫌気の怠惰を取られたら……!

三征西班牙へのイメージ低下は避けられないものになる。
ただでさえ、衰退を背負っている三征西班牙。
そして、今回の襲撃はこちらからの奇襲であり、むしろ、優位を持って戦いに来たというのに、それによって大罪武装を奪われるという事になれば、諸外国から舐められることは必定である。

そうなったらあの人を助けることが……!

あの人のことだから、きっとただ笑って、大丈夫だよ、などと言ってこちらを誤魔化すかのように慰めると思う。
そんな笑いを見たくないのだ。
誤魔化しの笑ではなく、ただ

別にどこにでもある……そんな普通の笑みを……あの笑みを……

再び見たいからここに立っているのである。
それを自分のミスで

失くす気なんてありません……!

そう思い、気を取り戻し、無駄でも後ろに下がろうとして、剣神の体勢が変わった。
今までは、空中にまるで跳ねたかのような姿勢で、大剣を下に構えていたが、大剣を振り回し、自分の背の後ろに置き、左腕を前に出す。
そして、いきなり口を開いたかと思うと

「眼鏡委員長巨乳……! その胸、揉ませてもらうぜーーー!!」

一瞬で無理解の世界に叩き込まれ、そして、何故か感情とは別に目尻にじわりと涙が込み上がってきた。

あ、あれ……?

駄目ですよフアナ。
貴女はもう十分に大人なのです。それなのに、公衆の面前で涙を見せるだなんて、大人であり女でもある自分はしちゃ駄目ですよ。
でも、何故か込み上がってくる涙は止まる様子がない。
そして、目の前には物凄いいい笑顔をした変態が迫ってこようとしている。
自分はこういう存在をどういうのかを知っている。
勿論、ただの知識であり、そんな人物とは幸運にも出会った事はないのだが、まさか、こんな重要な戦場で出会うことになるとは思いたくなかった。
嫌だ、離れたい、近づきたくないという思いが増大し、しかも、さっきの全裸によるストレスもあって遂に臨界点に達してフアナは口を開けて、怯えを隠さずに叫んだ。

「レイパー……!」

瞬間、熱田の剣に加速の光が伴い、疾走し、フアナと激突しようとした。








「いきなり、何、問題発言かましてやがる……!」

余りの台詞に思わず、加速の後に叫んでしまう。
そして、胸を狙っていた左腕はそのまま貫手で相手を気絶させるつもりで放ったのだが

「……んん?」

左手が何かに包まれている。
うむ、まるで人肌のごとく暖かく、マシュマロを超えるような柔らかさ。
間違いなく、オパーイである。
いや、だが……

なーーんか、ちょっとちっせぇ気が……

いや、別にこれはこれで大きい。
少なくとも、アデーレよりは五倍くらいでかいオパーイである。うむ、実に研鑽されているオパーイだぜ。
だが、俺ビジョンで見た眼鏡委員長系の胸は、これよりももう少しでかいはずであると揉みながら、ふと自分が何故か目を瞑っているという事実に気付いた。
はて? 何で俺は戦闘中に目を瞑るという愚行をしているのだろう。
まるで、これでは現実から逃避しているように思えるじゃねーかと思い、普通に目を開ける。
すると、至近距離に顔があった。
しかし、想定した顔とは違い。眼鏡をかけていない。
というか、別人である。
お? と思い、改めてその顔を確かめてみると、何と立花・誾の顔であった。そして、俺の剣の方は彼女の双剣によって抑え込まれていた。
これはどういう事だ、と数瞬考えた結果、熱田は納得いく答えを脳内で思い浮かべることが出来たので、それをそのまま言う事にした。

「イリュージョンって奴か……!」

揉みながら答えを叫んだ瞬間、目の前に鉄の十字架が出現した。
おおう? と思い、ちょっと近づきすぎて、何か解らなかったので、ちょっと焦点を合わす為に、少し、顔を引いてみると、それは砲であった。
何故こんな所にこんなんが浮いてんだと思うが、それはこちらの顔面を捉えたまま逃さない。
そして、ようやくと言った調子で、目の前の女がぷるぷると震えながら、目じりに若干涙を溜めながら、何だか、さっきよりも凄い殺気を滲ませて

「……この変態を穿ちなさい……十字砲火(アルカブス・クルス)!」

そして、撃たれた。








その時、武蔵の学生と三征西班牙の学生は幾つもの動きを一瞬で見た。
熱田は撃たれた瞬間に、双剣で阻まれていた大剣の刃の方を開き、スラスターを作動させ、ほんの一瞬の間合いを開け、そこに砲弾がぶち込まれ、スラスターの勢いと手首の動作で剣を砲弾の間に持っていき、壁とする。
そこに、砲弾の連続射出がぶち込まれ、一気に四発が大剣に当たり、しかし、本人には当たらずに防いだという表情を浮かべた熱田に背後から矢型砲弾が迫り、結果として空中で五回転くらいしてから熱田は地に落ちた。
皆は暫く真顔でその光景を見ていたが、次の瞬間にむくりと起き上がった剣神を見て、とりあえず、無かった事にした。

『おい、智! 戦闘中に何しやがんだ!? 出来れば、もう少し揉んでいたかったんだぜ!?』

『浅間法廷で、裁判した結果、シュウ君は即刻死刑と言う結果になったので、結論から言えば私が正義なんです』

『おやおやぁ? 副長? 何なら、お金をくれたら逆転してあげてもいいんだよ? でも、相手がアサマチだから相場の倍になるけどねー』

『というか、君はどうしてそこで頭を狂わせたんだ。理由を言ってごらん? あ、元から頭が狂っていたから? それなら、僕にもどうしようもない……』

『け、結論速いぞ眼鏡! 俺は目の前に巨乳があったから、ただ揉もうとしただけだぜ!? 誓って疚しい気持ちはなかった!』

『逆にそれはそれで失礼なんじゃないんですかねー?』

こいつら……と思わず頭を抱えたくなるが、今はどうしようもないのでぐっと我慢する。
すると、遂に眼鏡委員長巨乳も現実を見始めたのか、きゃあ系の悲鳴を上げて、トーリを殴り飛ばしていた。
その先に点蔵が出て来ていたので、そっちは問題ないだろうと思い、無視した。
どうやら、相手しないといけないのは目の前に現れた女に変更になったっぽいっし。
とっ、と軽い音と共に目の前五メートル先に立花・誾が降り立った。
軽い音である。
幾ら、目の前の女の体重が軽いとしても、あんだけ巨大な義碗と双剣を持っていて、艦橋からここまでは二、三十メートルくらいの高さである。
それなのに。苦どころか、まるで、階段を一歩降りてきたかのような気軽さである。
姿勢制御とバランス感の賜物だろう。
目の前の女が決して、隆包のおっさんよりも弱いなんて決めつけは出来ないという証である。
とりあえず、目の前の女も四発ぶち込んだから少し、冷静になったようなので会話を試みておく。

「よぉ、立花・誾でいいんだよな? 旦那の敵討ちかい?」

「まさか」

こちらの軽口に首を振って答える立花・誾。
お? と少し、目の前の女に対する認識を変える。
てっきり、返して下さいなどと言うから、夫の敵を討ちに来たとかいうので来たのかと思ったが、これは完全にこっちが相手を舐めていた。
こりゃ、人を見る目ないな、とどうでもいい事を考えつつ、とりあえず、会話をまだ続けてみる。

「ほう? じゃあ、復讐以外に俺を狙う理由は何だよ?」

「無論───夫の復権を」

「ああ……返してっていうのはそういう意味かよ。そりゃまた」

前向き思考な事で、と内心で呟きながら、こいつは敵だと改めて認識し直す。
単純に武蔵の敵になるとか言う認識ではない。
俺の疾走を邪魔することが出来る障害としての敵と言う認識。
それは何も理由だけじゃない。

「てめぇ……俺の歩法を見破りやがったな……」

「Tes.と、自慢したい所ですが、見破ったことによって逆に貴方の実力が疑いようがないという事を証明してしまって素直に喜べませんが」

そりゃどうもって言いたいが、俺としてはそれで斬れていないので、別に嬉しくない。

「貴方の歩法とやらは、言うだけなら簡単ですね……簡単に言えば、貴女はこの場にいる全員からズレたという事です」

どういう事だ、と周りの疑念が空気に伝わり、立花・誾はその空気に頷きながら、こちらから視線を外さない。

「簡単な所から言えば、視覚から。そして全知覚、全タイミングから貴方は周りから解らないようにズレているのです」

一息。

「一つ一つは小さい隙間なのでしょうが、それらが全て噛み合った時に、貴方は知覚外へ抜け、誰にも認識できなくなる」

そして

「それに対抗する手段はただ一つ───ならば、自分も何時もの自分からズレるのみです」

故に息を止め、何時もの自分とは違う心拍数に変わり、目を見開き、自らからズレた。
そう答える立花・誾の台詞に俺は普通に感心した。
確かに、その通りである。

「ま、そん通りよ。でもな。こんなのはただの手品だぜ? 周りの奴らを多少驚かせる。そんな程度の技だ。別に、誇るもんじゃねーだろ?」

「戯言を……貴方はこんな相手の癖やタイミングを熟知しなくてはいけないものを、初対面の相手に対して、しかも、この場にいる全員の全てからズレた。正直に脱帽物です」

「それで、諦めるのかよ?」

「それこそ、まさか」

瞬間、立花・誾の姿が一瞬大きく見えた。
無論、錯覚である。
単純に立花・誾という存在の圧力が増しただけである。その事に、口が勝手に笑おうとするのを我慢するのに大変である。

「諦める? たかが、技一つ、知覚外に消える力を知ったから? 成程、確かに凄いですね。貴方が宗茂様を倒した相手と理解していても、純粋に武人として賞賛します。しかし、その程度で諦める等と、こちらを見下すとは……訂正を願います」

それは

「私達は西国無双、立花の姓を持つ武家の者です。それが、たかだか剣神などという存在に対して脅えるなんて言語道断。無双の名を遊びと思っては困ります」

「───上等だ」

余りにも素敵な言葉に敵であり、いい女であるという認識に変える。
道理で、立花・宗茂が格好いい男なわけである。
じゃなきゃ、この女に失礼だというものである。
うちの女衆といい勝負である。
というか、こうじゃなきゃいけねえ。
神に対して刃向おうって奴は、神に対して唾を吐く程度の傲慢くらい持ち合わせてもらわなければ困る。
牙がない獣なんて狩っても腹の足しになどならないのである。

「そこまで言うならペラ回さずにかかってこいよ立花・誾。ぶった斬ってやんよ」

と、本来なら言っておきたい所なのだが。
生憎だが、どうやら今回は時間切れだったらしい。
少々、はしゃぎ過ぎたぜと別に後悔せずに思わずに、顎コンタクトで立花・誾にそっちの方を見てみろよと示してみる。
そこには、嫌気の怠惰の上位駆動から、解放されたホライゾンが悲嘆の掻き毟りを放とうとしている姿であった。









悲嘆の掻き毟りが放たれる数秒で、全員の動きが連続で瞬発された。
起きた事は、まずは艦事態の動きであった。

「垂直下降ーーー!」

房栄の指揮の言葉により、艦が下降しようとするが、艦橋の方は輸送艦が喰らいついているために、後ろだけが下がるという状況変化しか起きなかった。
そこに次の動きが生まれる。
艦橋に乗っているトーリと点蔵が、救いに来たマルゴットの箒に飛び移り、脱出をしていった。
そして、掻き毟りの砲が放たれる刹那。
更なる動きがまた生まれる。
弘中・隆包とベラスケスは聖譜顕装を発動させ、武蔵学生は防盾の術式を発動させ、三征西班牙の野球部員が砲撃を発動させ、そして、房栄の道征き白虎が駆け

十字砲火(アルカブス・クルス)!」

立花・誾は十字砲火を剣神に牽制として放ち、道征き白虎の方に駆けようとした。
剣神はそんな妨害は当然として駆けた。
狙いは右脇腹と、左足。
その狙いを強化された視力で即座に読み取り、彼はまず右脇腹の方を避ける事にした。
一歩。
ほんの少し左側に寄る。それで、右脇腹の一撃は意味のないものに処理された。
そして、最後に飛んできた弾には合わせる為に、右足の踏切に力を何時もよりも加える事で、飛翔に近い、疾走をする事により無理矢理合わせた。
ほんの、二、三メートルの滑空ではあったが、タイミングを合わせるという意味では丁度いいという場所を踏みしめ、そして左足で砲弾を踏みにじった。
丁度、脛辺りを狙っていた砲弾は強化された剣神の踏み潰しに耐えられずに、破壊の結果を残した。その事に、誾は自分の援助は難しいという事を悟り、この剣神をそっちの手助けに行かせないという事に専念すると心に決める。
そこで、全ての出来事が関連付けられた。
まず、最初に完成した動きは武蔵の防盾を生み出す行為。
しかし、そこに両の聖譜顕装が力を示し、全員の力と速度が半減されるが、問題ないと思い、構えようとしたところに、三征西班牙の野球部の砲弾が突き刺さる。
人体の下の方。つまり、股間部だけを狙った砲撃に、武蔵学生の女生徒は男子を犠牲にする事によって助かった……と叫び、全員が慄く。
そこに、遂に悲嘆の怠惰の掻き毟りが走る。
当然、そこに旧代と新代の両方の節制がかかる。大罪武装とはいえ例外ではないという事である。
しかし、それこそ悲嘆が、そんな事は知った事ではないと掻き毟りを走らせる。
威力こそ、減衰できているが、それでもまだ艦橋を破壊する力を有している。

「行くよタカさん……!」

「おう……!」

道征き白虎の"道"に乗り、掻き毟りに対して正面から突っ込む房栄と隆包。
共に武装には流体光の光が灯っている。
両の肩とバットと灯っている場所は違うが、どちらも流体に干渉する力を発揮している。
長震動破砕の武装と守りの要の武装が掻き毟りの群れに激突した。
最初に激突したのは隆包のバット。
振り方は典型的なスイング。
既に生涯で何千何百何万何億振るったか解らない型。
染み付いた手順は体を最適な方に当て嵌める。
体が型を作るのではなく、型に沿って体がそうのように勝手に動いてしまうのである。
一撃を入れたら、瞬間的に足首に力を籠め、左に流れそうな体を押し止め、体重を右にかけ、逆にスイングをする。
後はその連続をくれる。
打撃の重連奏。
結果は目の前に黑の光が千切れ、花と散る光景であった。
全員がよっしゃ! とガッツポーズを取った後に、止めとしての声。

『左右通信用教会塔破損……環境中央部などは無事です!』

わ……! と声が広がる響きが生まれるが、結果として隆包のバットは損傷が激しく、真ん中ら先が消えている。
道征き白虎にも爪の抉りが多々ある。
どちらも、無事とは言い難いが───瞳に力がまだ籠っている。
そこに荒れた息を吐いている房栄が息を整える事もせずに、突撃の叫びを放とうとした瞬間、違う声が遮った。

『皆様───これより、武蔵は重力航行に移行します───以上』

直後、武蔵と言う名の巨竜は姿を輸送艦ごと消した。








 
 

 
後書き
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