ボーイズ・バンド・スクリーム
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第18話 テレパシー
前書き
こんばんは!今回はLittle Blue boXのテレパシーという曲をタイトルにしています。ガルクラも曲からタイトルを取っているのでオマージュ的なやつですね。アニメ、ダンボール戦機の主題歌ですが、それを抜きにしても良い曲ですので興味があれば是非聴いてみてください!
「はー、めんどいなあ…」
「おい、1ページも進んでねぇぞ」
「あっ、生徒会長ー。お帰りー」
「元だって言ってるだろ」
とある日の夜。春樹はアパートの自室で大学生らしく課題のレポートに勤しんでいた。否、正しくは苦戦していた。瑞貴は日課の走り込みに出ていたが帰ってからも彼のレポートは一文字たりとも進んでいなかった。そんな中、インターホンが鳴る。
「こんな時間に誰だ?珍しいな。俺が行ってくる」
「へーい」
瑞貴は玄関に向かう。そっと扉を開けると桃香が俯きがちに立っていた。瑞貴の姿を見るや否や倒れ込むように抱きついてくる。彼は咄嗟に彼女を受け止めるが、ランニングから帰って来たばかりでありシャワーも済ませていない。即座に彼女を身体から引き剥がす。
「か、河原木っ?ちょっと離れてくれっ…!」
「うっ…私に触れられるの、そんなに嫌か?」
「違うって!その…走って来て汗かいてるからっ!」
「全然、大丈夫だけど?ごめん…ちょっと話、聞いてくれない?」
「お、おう…」
瑞貴が距離を取ろうとするとショックを受けたのか桃香はさらに俯き加減になる。今にも泣き出してしまいそうだった。
「えっ、河原木来たの?あー、俺ちょっと出るわー」
「ごめん、工藤…」
「いいって。じゃあな」
春樹は玄関まで来て2人のシリアスな雰囲気を察したのか外へ出てくれる。
「うっ…うぅ…」
「河原木?泣いてんのか?何があった?」
「ピュー!」
「よう、モモか…励ましてくれてるんだな。ありがとう」
瑞貴はハンカチで桃香の涙を拭いながら、優しい口調で話しかける。オオマシコのモモも彼女が来て喜んでいるようだ。一生懸命に元気づけようとする健気な姿が愛しいと桃香は思った。涙が止まったところでリビングに移動し、桃香の話を聞くことにした。
長野の諏訪でライブをした時の話だ。桃香がそのライブを最後にバンドの引退を宣言し、仁菜がライブの最中に予備校をやめると宣言。そのことが原因で彼女たちは言い合いになったらしい。ルパと智が加入し、周りがプロを目指す空気感の中、桃香は自身の音楽が本当に通用するのか疑問に思った。ダイヤモンドダストを脱退した過去がフラッシュバックし、またバンドを失うことを恐れている。
「本当は私だって音楽を続けたいっ!でも、怖いんだよ…あのバンドを背負って、やっていく覚悟が私にはない。ダイヤモンドダストがメジャーデビューする時だって私は脱退した。みんなでおばあちゃんになるまで、続けようって…言ってくれてたのにっ…!しかも瑞貴の好意に甘えて、こんな夜遅くに押しかけて。私にそんな権利はないのにっ…ライブ前だって結局、酒に溺れてっ…最低だ。最低の女だっ…私は!」
「ちょっとストップだっ、河原木っ!思考が悪いほうに行っちまってる…本当に最低なやつは反省なんかするわけないんだから。人間は誰でも過ちを犯す。自分を貶めるな」
「ははっ。でも白石?お前だって…こんな酒クズの臆病者、嫌だろ?」
俯き加減で暗い話をする桃香。瑞貴は、彼女の手を両手で包み込みながら話しかける。
「嫌なもんか。お前がうわばみだろうがそうでなかろうが、お前が河原木桃香であろうがなかろうが、俺はお前に惚れている。高校生の時のお前は可愛かった。今のお前は綺麗だ。河原木、俺がどんな気持ちか分かるか?こうやって俺を頼って話しに来てくれるのが凄く嬉しいんだよ」
「い、言ってることが滅茶苦茶なんだよ…どんだけ好きなんだよ?お前の親父と変わらないアル中女だぞ?自分の感情に負けて酒に走ってるんだから…」
「それでも俺が惚れた女なんだよ、お前は。やっぱり最後は河原木に笑っていて欲しいってエゴかもしれない。さすがに身体、壊してまで酒は飲んで欲しくないけどさ…お前の笑顔が好きだから。河原木桃香は初恋だった人で、憧れの遠い存在で、ダイヤモンドダストは魂の次に大事なものだ」
「初恋だったって?今は違うのか?もう、愛してくれてないのか?」
「そっ、それは…」
「そうだよな…もう昔の話だもんな…」
瑞貴にとって桃香は確かに初恋“だった”。叶わない恋だと自身に言い聞かせて自分の気持ちに蓋をした。言葉の綾だが、過去形にされては終わったものだと思われても不思議はないだろう。
「違う!俺はっ…!お前が遠くに行っちまって自分の気持ちを殺そうとしたんだっ!高嶺の花だから叶うはずがない。あいつは上京して夢を叶えたんだって…でもっ!俺はっ…い、今でも河原木が好きだってっ…!会ってからも気持ちはっ、消えなかったからっ!だからっ!」
「白石…ありがとう。こんな私を好きでいてくれることには本当に感謝してる。それでも私は怖いんだよ…バンドを続けていくのが」
「分かるよ」
「そ、そんな簡単に!お前に私の何がわかるんだよっ!」
桃香は怒りを露わにする。この苦悩は自分にしか分からない。他人には理解できないものだと瑞貴を遠ざけるが、それは彼女なりの強がりのように見える。本当は誰かに理解してもらいたいのかもしれない。
「落ち着け河原木。全部は分からない。曲作りの苦労も、元プロとしての苦悩も俺は知らない。けど少なくとも俺は白石大介の孫だ…音楽で生きていこうとする限り、どこにも逃げ場はない。プレッシャーを背負いながらもロックバンドのボーカルとして俺の、俺たちの音楽で実力を認めさせたい」
「私には…できない。そんな重荷を背負うことは…バンドを背負うなんて。私は1度、脱退して勝負から降りたんだ」
「なあ河原木?その重荷って分け合えないかな?」
「えっ?」
「俺だって怖いさ。バンドのリーダーだってメンバーから言われて、メディアに晒されれば白石大介の孫としてプレッシャーをかけられる。楽器の才能は皆無だし、ひとたび歌えば演歌ロイドって散々揶揄される。今だってライブ後に吐いたり、夜眠れなかったり…重荷に晒されることは苦しいけど現実だ。怖すぎて逃げ出したくなることだって何度もあった。だからさ…俺が尻込みしてたらケツを蹴り上げてくれ。お前が怖かってたら全力で抱きしめて背中を押すから…そういう関係じゃ、駄目か?」
「駄目、じゃない、けど…」
バンド内でリーダー扱いをされているのは桃香も同じだった。初めは高校の同級生と始めたバンド。学園祭のライブでは会場に入りきらないほどの人が押し寄せた。SNSでも話題を呼んでいた。ガールズバンドの革命。そんな風に言ってくれたスカウトを信じて上京。ダイヤモンドダストはメジャーデビュー目前となったが、桃香は脱退してしまった。
その後、仁菜、すばる、ルパ、智と出会う。彼女も元ダイヤモンドダストとして周りからはリーダーのような扱いを受けている。桃香は音楽にのめり込むほど、いつかまた繋がりを失ってしまうのではないか。はたして本当に自分の音楽は通用するのか。そんな気持ちが押し寄せ恐怖心に変わる。恐怖と向き合う覚悟やバンドを背負う覚悟を持つことは容易ではない。
「ついつい仁菜に嫌味を言ってしまう。あいつは眩しすぎるんだ。私が好きだった頃の私でさ…何事にも全力で。退路を立って目標決めなきゃダメだって予備校を辞める決意までして。なのに私は仁菜に怒って喧嘩ばかり…ほんと、スレた嫌な大人になったよ」
「そういうお前も好きだよ」
「なあっ!?だから、そういうこと軽々しく言うなよ…」
「本気だっつってんだろ」
「白石。お前はこんな私にも言葉を尽くしてくれるんだな。押しかけて悪かった。もう帰るよ、ありがとう。気持ち、だいぶ楽になった」
「待てよっ!」
急に思い立ったように立ち上がる桃香の手首を瑞貴は掴んだ。なんとなくだが、いまの彼女はどこか危うさを感じる。表情も曇ったままだ。
「今のお前を放っておけるかよ…泊まっていけ」
「けど迷惑じゃ…」
「春樹なら、また金清のとこ泊まりに行ったよ。どうせ俺とお前がワンナイトするとか勝手なこと吹聴してるって」
「あいつ〜!」
「ピュイ!ピュイ!」
「モモ…」
「モモも喜んでるみたいだ。泊まってやってくれ」
「わ、わかったよ」
その後、桃香の強引な提案で2人が同じベッドで背中合わせに寝たのは想像に難くなかった。
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