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レンズ越しのセイレーン

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Mission
Mission5 ムネモシュネ
  (7) 次元の裂けた丘(分史)~????

 
前書き
 人事は尽くした。だから天命が下った。 

 
 ヘリオボーグの丘に到着した一行。
 ジュードたちは断界殻や次元の裂け目の話をしているが、ユティには必要ない情報だったので、適当にぶらぶらして過ごした。

(ユリウスにはここに来るってメールしたけど、上手くブッキングできるかしら。クロノスとの戦い方を心得てるユリウスが戦列に加わってくれれば心強いんだけど)

 しつこくGHSの筐体を開け閉めするが、メール受信箱は相変わらず0件。ユティたちが未知との遭遇を果たすのが先か、援軍が着くのが先か。ユティは珍しくじれったい気分だった。

「! ねえ、あれ!」

 レイアが上空を指さした。
 その先で、2個の青いオーブが陣を形成し、中にヒトガタを作り上げる。灰色の長髪と獣耳。浅黒い肌があらわになった。

「髪の長い精霊!?」

 こちらを冴え冴えと見下ろす目の虹彩は純金。瞳孔は細く、ネコ科の獣を思わせる。服装こそ白と黒のコントラスト。だがよく観察すれば、四肢にあるべき手や足が存在しない。

「ユティ、こいつ、あれだよな」
「うん。アレ。間違いない」
「二人とも、あの精霊が何か知ってるの?」
「知ってる。――時空の精霊クロノス。クルスニクに骸殻を与えた、カナンの地の、番人」
「時空の精霊!?」
「クロノス!?」

 今までにないプレッシャーだった。大精霊ならアスカを見たが、あれはケージ越し。実際に相対した大精霊の威圧感は半端ではない。ここにいる面々は――あの人たちは、こんなモノと渡り合ってきたのか。

 すると、エルが一人、丘の突端まで走っていって叫んだ。単独行動を咎める暇もない。

「カナンの地がどこにあるか知ってるの!?」

 クロノスは答えない。代わりにエルの足元に精霊術の方陣が浮かび上がる――無慈悲な黒球がエルを襲う。

 丘の突端が爆発した。砂煙が晴れるのを待つ。
 エルは無事だった。ルドガーが骸殻に変身し、クロノスの攻撃を双剣で防いだのだ。
 しかし、ルドガーはその場に膝を突く。骸殻が強制解除される。

「「ルドガー!!」」

 ユティは急いで駆けつける。エルがルドガーに寄り添う。ユティも反対側からルドガーを支えた。

(ただの骸殻だとここまでダメージを受けてしまうの? 『鍵』持ちの能力者となしの能力者じゃ差があるとは聞いたけど、ここまでなんて聞いてない)

「クルスニクの一族。飽きもせず『鍵』を求めて分史世界を探り回っているのか」

 睥睨。まさにその表現がぴしゃりと嵌る目で、クロノスはこちらを見下ろしてくる。

(かくなる上はワタシが骸殻をまとうべきか。ワタシの力をもってすればクロノスの権能を無効化して、純粋な実力勝負に持ち込める。でもそれは『鍵』が二人いるイレギュラーな事態を作り出す)

「貴様らも時空のはざまに飛ばしてやろう。人間に与する、あの女マクスウェルと同じようにな」
「マクスウェル!?」
「ジュード、落ち着いて!」

 ジュードから今まで感じたことのない闘気を感じる。ジュードはすでに手甲を両手に嵌めて臨戦態勢だ。

(……やるしかない。彼らだけじゃ勝算は限りなくゼロ。時間稼ぎに徹しさえすれば、逃亡の算段は立つ)

 ユティもショートスピアを取り出し、構える。
 どちらにせよ一度は大精霊との実戦経験が要る。さもなくばこの先、ルドガーが生き残るなどできやしない。特に人間に容赦がないクロノスが相手では。

 クロノスがユティたちと同じ足場に降り立つ。ユティはエルとルルに岩陰に隠れろと告げた。エルは反駁せずすぐにルルと走っていった。
 ジュードは拳を、レイアは棍を、アルヴィンは銃と大剣を、ルドガーは双剣を、それぞれに構えた。
 人間5人vs大精霊1体の死闘の火蓋が、切って落とされた。




 何分、いや何十分戦っただろうか。短くも長くも感じられた戦闘を経て、ユティたちは満身創痍だった。息を切らし、膝を突く者もいる。
 対照的に、クロノスには傷一つ付いていない。あれだけ攻撃を与えてノーダメージ。

(やっぱり出し惜しみせず力使えばよかったかも)

 比較的しっかり立てていたユティは、ちら、と後ろをふり返る。人が来る気配はない――まだ。

「番人っていうより番犬ね、アナタ」

 唐突な挑発に全員がユティに注目した。クロノスは訝しげに眉根を寄せる。
 ユティはふらふらと仲間より前に進み出た。

「そんなにカナンの地にクルスニクを…人間を入れたくない? 辿り着けって勝手な審判用意したの、そっちのくせに、2000年も邪魔して、ほんっと粘着質。アナタこそ人間みたい」
「……よく吠える。かく言う貴様こそ犬畜生ではないか」
「犬で結構。犬は首だけになっても敵の喉笛に食らいつく誇りを持ってる。アナタみたいになりふり構わないケダモノとは違うもの」
「我をけだものと呼ぶか、人間」
「そう聞こえなかったかしら。耳が悪いの? それとも頭が悪いの?」
「逆だ、人間。貴様の舌と頭が愚かなのだ。救いがたいほどにな」

 クロノスの掌から紫暗の球が放たれた。ユティは避けられずスピアで受けた。当然、押し負ける。ユティは吹き飛ばされ、仲間の中に逆戻りした。

「か――は――っ」
「ユティ、しっかり!」
「この馬鹿! 何でわざわざ自分から攻撃されに行くんだ!」

 アルヴィンがユティを抱え起こした。ほかでもないアルヴィンの腕だが、堪能する余裕はない。クロノスはすでに二射目の準備を終えている。

「皆さん!」

 丘を駆け登ってくるのはローエンとエリーゼだった。満身創痍の自分たちと、浮遊する大精霊を見比べ、二人揃って蒼然となる。

「来ちゃだめぇ!」

 エルが叫ぶと同時に、クロノスが闇色の光線を放った。ルドガーがエルとルルを抱き込み、ほかの者は身を竦めた。

(ここまでか!)

 ユティはポケットから夜光蝶の懐中時計を取り出――

「ユリウスさん!?」
「――え」

 クロノスの光線を防いでいる男がいた。攻撃の余波でなびく白いコート。骸殻の影響で変化した紺青の双剣。

(間に合った……)

 メールでここに来るとユリウスにはあらかじめ知らせていた。アスコルドとは距離とダイヤの壁があったが、近場ならユリウスは必ず来ると踏んでいた。ルドガーを一刻も早くクランスピアから引き剥がしたいと切望しているのはユリウス自身なのだから。

「ルドガー! 時計を――お前の!」

 ルドガーは慌てたようにポケットから真鍮の時計を出し、ユリウスに差し出した。
 ユリウスは金時計を持つルドガーの腕を掴むと、骸殻の段階をクオーターから一気にスリークオーターに上げた。
 双剣が闇色の大球を遠くへと弾いた。すると、球は弾けて暗い穴を開けた。

「ルドガー!」
「え? …うわ!」

 ユリウスは骸殻も解かないままルドガーの手を引いて、『穴』まで走っていって飛び込んだ。

「逃げるが勝ちだぜ!」

 最も判断が速かったのはアルヴィンだった。アルヴィンはエルを左腕に抱え、右手でユティの手を掴んで走り出した。続く、ローエンとエリーゼ。

「ルルも!」
「「分かってる!」」

 ジュードとレイアのぴったり息の合った返事を最後に、ユティは『穴』に飛び込まされた。
 脳をサイダーに入れたような鮮烈な不快感。ユティはアルヴィンの手を離すまいとしがみつく。覚えているのはそこまでだった。 
 

 
後書き
 ここはほとんど原作の流れ通りだったのでちとつまらなかったです。
 実はユリウスさんが来れたのはオリ主が居場所をお知らせしてたからー、っていう程度ですね。

 オリ主ちゃんは骸殻を使うのをとてもためらっていますね。何故かってーとイレギュラーの自分がさらに二人目の「鍵」として活躍して事態をもっとイレギュラーにするのが怖いから。あらかじめ与えられた情報からずれるとシナリオをコントロールしにくいから。
 改変狙いのオリ主の辛いとこですね。変えなければいけないのだけど変えすぎるとどこかが大きく食い違ってしまう。オリ主ちゃんの骸殻もそれです。

 次回はついに分史ニ・アケリア、分史ミラさん編に突入します。兄弟の関係に何かしら変化を与えたいです。ユリウスとアルヴィンの元幼なじみ組もvv

【ムネモシュネ】
 「記憶」を神格化した女神。「名前をつけること」を最初に始めたとされる。
 ゼウスとの間に9人のムーサ(ミューズ)を設ける。 
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