ボーイズ・バンド・スクリーム
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第16話 未完成交響曲
前書き
こんばんは!今回はワンクラのライブ回です!ワンクラの作曲風景も書ければいいのですが、いつになるやら…それではどうぞ!
新木場のライブハウスにて。今日は仁菜、すばる、ルパ、智の4人でONES CRY OUTのライブを見に来ている。ちなみに桃香は夜勤だ。仁菜とすばるはルパと智から先日、一緒にバンドをやっていかないかとスカウトを受けたばかりである。本日は交流を深めたり他のバンドのライブを見て勉強したりという目的で集まっていた。
「ああ〜、瑞貴さん!早く会いたいですっ!」
「落ち着きなさいよっ、まったく…」
「えっ、ルパさんって瑞貴さんのこと好きなの?」
「なんか白石大介の大ファンなんだって。瑞貴さんとも何回か会ってて気に入っちゃったみたい」
「ふんっ、瑞貴には並とビールの女がいるでしょう?何股する気よ」
「いや、並とビールって…」
智はルパが瑞貴に夢中なのが面白くないらしい。吉野家で並とビールをいつも頼んでいる女と言えば河原木桃香のことだ。瑞貴の初恋相手でもある。瑞貴は口調が荒くなる時はあるものの、真面目で温厚そうなので何股もする甲斐性はおそらくないだろうと仁菜は考えていた。
(えっ、でも私…瑞貴さんに可愛いって。う〜、思い出したら恥ずかしくなってきた)
「ニーナどうしたの?いきなり顔を両手で覆ったりなんかしてさ」
「ほっときなさいよ。もとから変じゃない」
「ひどいよ、智ちゃん!」
今日も智の棘の出し具合は絶好調だ。心なしか仁菜には冷たい。
「まあまあ。そういう智ちゃんはワンクラのベースの人、俊哉さんだっけ?気になってるんじゃないの〜?」
「なっ?!ちっ、違うからっ!わたしと目の色が同じだったから…」
「ふ〜ん?アー写、見た感じだけどイケメンだもんね〜?」
「アンタもいい加減にしなさいよっ!」
智は耳まで真っ赤になりながら、すばるに烈火の如く怒っている。ルパは満面の笑みで様子を見守っている。ダメだこりゃ、と仁菜は思った。
「皆さん、こんばんは!ONES CRY OUTだよっ!略してワンクラっ!今日はこれだけ覚えて帰ってくださいっ!ここっ、テストに出ますっ!」
観客の間でどっと笑いが起きる。MCをする少年は、にかっと笑った時に見える八重歯と逆立つ茶髪が印象的だ。顔は人懐っこい子犬のようだがイケメンの部類だろう。歳は10代だろうか。仁菜は自身やすばると歳が近いように感じた。
「出ーへんわ、アホンダラ。このウルトラかしましデラックスドラマーは健斗。俺はベースの俊哉や。よろしゅう」
俊哉が健斗に横槍を入れた瞬間、女性陣の黄色い声が上がる。高身長の瓜実顔がステージによく映えるのだろう。この2人のやりとりはバンド内では既定路線のようだ。
(むっ…なんか面白くないわね)
智はどうしてか胸のあたりにムカつきを覚えた。俊哉が人気なのは良いことのはずなのに彼女にとっては面白くない。
「ウルトラかしましデラックスっ?!俊哉さん今日もキレっキレっやん…」
「エセ関西弁やめえや!しばくぞコラっ!」
「うわ〜ん、いつものパワハラだよ〜!助けて〜、瑞貴お兄さん!」
「はいはい、みんなの前でじゃれない」
瑞貴が仲裁に入ると再び黄色い声が上がった。彼はそつなく他メンバーの自己紹介をこなしている。短髪のキーボードは春樹。桃香と瑞貴、そして春樹は同じ高校の同級生だったらしい。そしてマッシュルームヘアーの少年、金清。桃香いわくギターはプロ顔負けの腕前だそうだ。
「それでは今日は新曲からいきます…酷く、奏でる」
ピアノの激しい旋律を皮切りにギターが唸り、ベースが歪み、ドラムが響く。瑞貴の歌い方は“汚い”。喉を締め、わざと嗄れた声で歌っているのだろう。曲がライブハウスというフィールドを駆け抜ける。そしてサビに入った。嗄れ声から一点して裏声を使いながらのクリーンな歌声だ。曲のテンポも少し緩やかになっている。ロックというより初期エモに近いのだろうか。ライブを意識した曲ではないが、最高に盛り上がっている。
瑞貴の今までのボーカルは抑揚があるものの高低差やその他の表現があまりなく「演歌ロイド」などと揶揄するネットの声があった。それを意識しての新曲だったのだろう。仁菜は彼の気迫にボーカルとしての矜持を見た気がした。
「っ…はあはあっ…どうだ?俺たちの、限界にっ…挑戦しようと…思って、さ。ライブでっ、絶対にアンコールされても2回やりたくない曲を作ったんだ…うん、やっぱりやりたくないっ!つ、疲れた…けどっ、お前らの前で歌のは清々しいよっ!最高だっ、お前らっ!」
「おおー!」「瑞貴さーん!」「エロいぞー!」
「はあっ、はあっ…おいっ!褒めてんのかっ、それっ!」
バンドメンバーは全員、1曲目の終わりとは思えないぐらい消耗している。瑞貴の汗の量も凄く肩で息をしている。このままライブが続けられるのか仁菜は彼が心配になった。
「まだまだっ!こっからだっ!ついて来れるよなっ!?」
仁菜の心配は杞憂に終わったようだ。瑞貴の気迫が会場を飲み込んでいく。アルバムにある既存の4曲はスムーズな流れで奏でられていく。新曲から盛り下がることもなくライブは続いていた。
「もうネタ切れだっ!こっからは虎の威を借りるぜっ!」
瑞貴の言う虎の意を借りるとはカバーをやるという意味らしい。いつもの言い回しなので観客が「カバー来るぞー!」と叫んでいる。
6曲目は9mm Parabellum Bulletのモーニングベル。7曲目は新川崎(仮)の声なき魚。
「おおー!」
瑞貴から新川崎(仮)に曲をカバーしていいかとの断りがあり、桃香を含めてメンバーは快諾していた。曲の完成度は付け焼き刃のものではなく非常に高い。カバーではあるが、ベースとキーボードの加わった曲の完成系を生で見るのは仁菜にとって良い刺激になる。
「これは俺の親友、春樹が好きな曲です。マイナーな曲だけど凄く優しい歌声だから是非、本家も聞いてみてほしい」
8曲目はONE OK ROCKのCONVINCING。英詞と日本詞が折混ざり、さらさらと水のように曲が流れていく。
「英語の発音、良いよね?」
「うん。そりゃあ、ね。瑞貴さん、上智大学の英文科らしいよ。いずれは本場のUKロックを勉強しに行きたいんだって」
「そうなのっ!?夢があるって凄いね」
「それでは最後の曲です。聞いてください…アザレア」
これまでのアップテンポから一転してミドルテンポへ。どうやらラブソングのようだ。瑞貴はこれまでで1番優しい顔をしている。曲のタイトルから考えても桃香のことを歌った曲だろう。観客の反応も良く、特に女性陣はうっとりした表情を浮かべている。仁菜たち一同は自分たちも負けてられない、と瑞貴たちのライブを見て思うのであった。
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