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東方守勢録

作者:ユーミー
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第一部
  第一話

 世の中には常識人が知らず、決して侵入することができない世界がある。そこに住む者たちはその世界を『幻想郷』と呼び、彼らなりの日常を日々過ごしていた。
 この世界の特徴は、忘れ去られたものが外の世界からやってくることだ。それゆえに住んでいる者も人間だけでなく、妖怪・幽霊等ばらばらだ。妖怪は時に人間を襲い、人間は命を守るために妖怪と戦う。聞いただけではかなり危険な場所かもしれないが、それでも彼らは恐怖におびえることなく生きていた。
 だがそんな幻想郷にも、平和な日々がいつまでも続くとは限らない。
「さがせ!まだ近くにいるはずだ!!」
 外の世界と隔離されているというのに、この世界にはない軍服をきた兵士がぞろぞろと走っている。ある人は茂みの中を、ある人は木の後ろを探しては次から次へと草や花を踏み潰していった。
「くそっ!まだそんなに時間がたったわけではないのに!」
「隊長!このままでは作戦領域から離れてしまいます!」
「ぐっ……総員捜索やめ!作戦領域に戻るぞ!」
 隊長が命令を下すと、兵士は一斉に捜索を中断し来た道を引き返し始めた。隊長は一人悔しそうな表情を浮かべながらもその場を去っていった。
 踏み荒らされた森林の中を、そよ風がスゥっと流れ込んでくる。そのなかでさっきまで誰もいなかったはずの木陰で、一人日傘を差した金髪ロングヘアーの女性が彼らの後ろ姿を見ていた。
「……」
 険しい表情をした女性は彼らが見えなくなるのを確認すると、日傘を閉じフゥとため息をついていた。
「あいつらが来て約半年といったところかしら……幻想郷の住民で対処できるって思ってたけど……そろそろ限界みたいね……」
 女性は右手を前に出すと、その指先から空間に小さな亀裂を入れ始めた。亀裂はそのまま裂け、その間からは幻想郷とは違う別の世界の風景が広がっているようだ。
「……違う」
 なにかが気にくわなかったのだろうか、女性は小さく呟くと裂け目を開閉し始める。その後も開けては同じように呟き、一度閉じてはまた開けて呟く。同じ動作が永遠と続き時間だけが流れていった。
「ちが……!」
 閉じようとした裂け目をあわてて開きなおすと、女性はまじまじと裂け目の中を見つめる。そこに映っていたのは、学生服を来て建物の窓から外をぼんやりと見つめる少年の姿だった。黒髪で軽く整えられた感じの髪型からしていまどきの若者と言った感じだろう。
 少年は静かに外を見つめ、誰かに話しかけられたときは振り向き楽しそうに話をしている。素人から見るとただの若者にしか見えない。
 ただ、女性はその少年をみて笑みをこぼしていた。
「これは……女の勘かしら。それとも長年の経験ってやつかしら?」
 女性は裂け目を閉じると、再び日傘を差し目の前に大きな裂け目を作り出した。裂け目の中は、さっきとはうってかわって気持ち悪い世界が広がっている。所々にはなにかの目玉のようなものもあり、つい入るのをためらってしまいそうな世界だ。
「さて……この選択が吉とでるか凶とでるか……どっちにしろこれしか手はない……か」
 女性はそう呟くと同時に裂け目の中に入ると、後ろを振り返ってあたりを見渡し静かに裂け目を閉じた。


「俊司!そろそろ帰ろうぜ」
「ん……ああ」
 窓の向こうをぼんやりと眺めていた少年は、声をかけられてしぶしぶ席を立つとかばんを手に取り教室を後にした。
 少年の名は『里中 俊司』。
 周りの少年少女と同じ、市内の高校に通うごく普通の学生である。成績優秀・スポーツ万能で趣味はゲームとサバゲー。数々のスポーツ系大会で優秀な成績を残し、校内だけでなく地元でもちょっとした有名人となっている。本人にとっては別に特別なことをしているわけではないらしく、あまりすごいという自覚はないらしいが。
「いや~最近お前大会ばっかで……帰り一緒になってなかったよな。」
「ああ。結構いそがしかったしな」
「俺も俊司みたいな能力あればな~」
「別に得するようなものじゃないけどな……」
 うらやましそうな顔をする友人に少し呆れながらも会話を続ける。いつも通りの会話でなにもおかしいところはない。日常と呼べる時間をただ普通にすごしているだけだった。
 その後ろでは奇抜な服装をした女性が見ているにもかかわらず。
「じゃあな」
「おう」
 いつもの曲がり角で友人とわかれ再び歩き始める。小さいころから見慣れていた住宅地を通り、自分の家へと向かっていた。
(……あれ?)
 ふと目をそらした瞬間、視界に入ってきたのはいつもなら気にならないはずの薄暗い路地だった。へんな気分にかられたわけでもないし、もとより路地が好きとかっていう変な趣味を持っているわけでもない。なぜ気になったのかわからず、俊司はその場に立ち止まりその路地をじっと見つめた。
(こんな路地あったっけ……?)
疑問に思いながらも路地の中に入りはじめる。別に少し見に行くだけならかまわないだろうと思っていた。

 その背後ではさっきの女性が不適な笑みを浮かべていたいもかかわらず……

 路地の中はじめじめとした湿気に覆われているわけでもなく、涼しいそよ風が心地よく流れていた。しかしそれ以外に気に留めるようなものなどなく、ついには行き止まりを示す壁の前に来ていた。
(やっぱ……なにもないよな?)
 目の前にある壁を凝視しても、別に路地が気になったという理由なんて見当たらない。不思議そうな顔をしたまま俊司はフゥと息を吐くと、そのまま路地を出ようと振り返った。
「なんでこんなところが気に……!?」
 歩き出そうとした俊司はピタリと動きを止めると、驚いた表情で目の前を見つめていた。
「里中……俊司くんね?」
 そこにいたのはさっきまで俊司たちを尾行していた女性であった。
 金髪でロングヘアー。おまけに日蔭の多い路地でも日傘を差していて、服装はかなり奇抜で正直にいうとへんてこ。どこからどう見ても怪しい女性が、路地の真ん中で行く手を阻むように立っていた。
 完全に思考が止まってしまった俊司は、ただ呆然と女性を見ている。このとき初めて軽率な考えで路地に入ったことを後悔した。
「……どうかした?」
 何もしゃべらないままの俊司を不思議に思ったのか、女性は笑みを浮かべたまま声をかける。その声でやっと我に戻った俊司は、何も変に思うことなく問いかけに答えた。
「いえ……あの、そこどいてもらってもいいですか?」
「いや……て言ったら?」
「!?」
 女性の言葉は明らかにおかしいと思えるくらい変だった。明らかに常識人ではないし、言動からしてこちらに何か危害を加えようとしているのだろうか。背中に悪寒を走らせながら、俊司はそう考えていた。
「大丈夫よ。別に誘拐とかそんなものじゃないから」
「……」
「あらあら、どうしたものかしら……」
何もしゃべらず固まってしまった彼を、女性は不思議そうに見ていた。警戒心をMAXにして女性がへんな行動を起こさないように警戒していく。女性もそれに気づいているのか、あるいは初々しい反応を楽しんでいるのか、時より面白そうな顔をしていた。
「フフッ警戒してるのかしら?まあ外の世界にはこんな格好してる人なんて……いないものね?」
「なにが目的だ……悪いけど、あんたにかまってられる暇はないんですけど」
「へぇ……」
 試しに強気の態度を見せながらそう言ってみると、女性は何かに感心したように少し驚いた表情を見せた。俊司はまだ落ち着かないままの脳内を無理やり動かし、徐々に思考を取り戻し状況を整理し始める。
(一体なにがしたいんだ……?まったく意味がわからねぇ)
 見た目からしても二十代くらいのきれいな女性だ。三十代から四十代くらいのガラの悪い男や、露出度の高い女が出てくるならまだしも、二十代とこの服装からして犯罪の匂いなんて見受けられない。目的なんてわかるはずがなかった。
「じゃあ、簡潔に用件を伝えたほうがいいのかしら?」
 目的を離さないと考えていた女性だったが、何を思ったのか急に自分からその話題に触れ始めた。簡単に言えるということは、それほど悪いようなことではないのだろうか。内心驚きっぱなしの俊司だが、相手のペースに飲み込まれないよう表情に注意すると、静かに口を開いた。
「……どっちでも」
「そう、じゃあ先に聞くけど私の服装に見覚えはあるかしら?」
(服装?)
 確かに少し奇抜な服装だと思っていたが、気に留めていなかった。と言うよりかは言われて初めてきちっと確認したくらいだ。見覚えがあるかと聞かれ、少し記憶の中を探りながら彼女の服を見ていく。
 女性の服装は全体的に紫と白を基調としており、頭には白く変な帽子をかぶっている。そして手にはなんの変哲もない日傘が握られていた。正直見覚えがあるわけがない。そう思うはずだった。
「……!?」
 ある記憶にぶち当たった瞬間、俊司の思考はまた音をたてて途切れた。別に普段外に出ている時の記憶の中にあったわけではない。彼がたどりついていたのは、ある画面に映った一人のキャラクターの記憶だった。
「あら、なにか思い当たったのかしら?」
「……いや、どうせコスプレかなにかだろ?」
 一瞬おどろいた表情を見せた俊司だったが、非常識な事があるわけないと変な考えを振りほどき、もっともらしい事を口にする。それを聞いた女性は少しこまった表情を見せていた。どことなくやっぱりかと言いたいみたいだった。
 少し間がひらきお互い出方をうかがい始める。少し何かを考えるそぶりを見せた後、女性は何かいい案を思いついたのか、変な笑みを浮かべながら口を開いた。
「そうね……じゃあどうやったら私を『八雲 紫』と認めてくれるのかしら?」
 そう言うと女性は再び笑みを見せながら、俊司をじっと見つめていた。
 
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