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蛮人と思えば

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第六章

「本朝の文字も使った歌じゃ」
「そうした歌をですか」
「今からですか」
「うむ、謡ってよいか」
 また彼等に確認を取る。
「そうしてよいか」
「ではお願いします」
 使者が清正にはっきりと答えた。そしてだった。
 清正だけでなくそこに居並ぶ日本の者達が全て一首ずつ書いていく。一人が書くと筆と紙を次の者に渡し受け取った者も書いていく。そうして清正の周りにいる者達が全て書いてからだった。
 清正はその和歌を書いた紙を使者に差し出してからこう告げた。
「どれも拙い歌じゃがな」
「皆様で書かれましたが」
「これを連歌といってな」
「連歌ですか」
「本朝では和歌をこうして一人ずつ続けて謡っていくこともするのじゃ」
 それが連歌だというのだ。
「それを戦の陣地でもするのじゃ」
「そうなのですか」
「その連歌を書いたものでよいか」
「はい」
 ここでも頷く使者だった。
「それでは有り難く受け取らせてもらいます」
「それではな」
 こうして明の者達は清正の漢詩と彼等の和歌を受け取った。そのうえで後は捕虜の交換等について話し清正の前を去った。その間日本軍は怪しい動きは全く見せず陣の出入り口まで清正が見送りに来た程であった。
 李達はそうした日本軍の陣地から彼等の陣地に帰った。そこでようやく素性を戻しそのうえで士官達に対して述べた。
「態度はな」102
「何も無礼なところはありませんでしたね」
「確かに荒いところもありましたが」
 陣中を見るとそうした者もいるにはいた。だが、だというのだ。
「ですがそれでもです」
「我が軍よりむしろ礼節がありますな」
「ましてや朝鮮のあの両班達とは全く違います」
「比べものになりません」
 今彼等がいるこの国の官吏かそれになる資格のある者達なぞ言うまでもないというのだ。
「しかも詩もよかったですな」
「本朝の詩も詠みましたが」
「それもですな」
「よいものでした」
 このことも認められる。そのうえだった。
「まさか詩を誰もが続けて瞬く間に書いていくとは」
「実にさらさらと書いていましたが」
「あの国の者達はそうしたことまでできますか」
「字を書けるだけでも相当だというのに」
「誰もがああして詩をすらすらと書ける」
「凄いものですな」
「どうやら」
 ここで李は言った。
「あの者達はただ強いだけではない」
「学もあり品もある」
「そうした者達ですね」
「少なくとも蛮人ではない」
 これは確かだというのだ。
「むしろ李朝の高慢なだけの両班よりもよいやも知れぬな」
「ですな。そしてだからこそ手強い」
「頭もあるからこそ」
「この戦、かなり激しい戦になる」
 李は日本の強さは頭からもくるものとわかりこうも言った。
「頭のよい剛の者程厄介な者はおらんからな」
「ですな。この戦い性根を据えていきましょう」
「侮ることなく」
 部下達も真剣な面持ちで李の言葉に頷く。彼等の学からその頭のよさ、具体的には兵法そのものへの素養も見抜いたからだ。
 挑戦半島での日本軍と明軍の戦いは熾烈を極め明軍は二十万の大軍で僅か一万の日本軍、島津義弘率いる薩摩の軍勢に破れたこともある。とかく日本は強かった。
 そしてその強さの源は武勇だけでなく学もあった。明の者達はこのことを誰よりも思い知ることになり彼等の強さを忘れなかった。この戦役での日本軍の強さは歴史にも残っている。


蛮人と思えば   完


                            2012・9・23 
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