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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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魔法絶唱しないフォギアAXZ編
  やっと言えたその言葉

 S.O.N.G.本部潜水艦の医務室には、患者を安静に休ませる為のベッドを備えた病室の他にも必要な設備が充実している。今も尚目覚めぬハンスが居る集中治療室は勿論、必要とあれば病や大怪我の治療なども行える手術室まで。

 その手術室から2人の人物が医務室へと移動してきた。今やこの本部の医務室の長となりつつあるアリスと、戦いにおいて装者達と肩を並べる魔法使いの1人である透だ。
 透は落ち着いた様子で医務室にある椅子に腰掛け、アリスは手を清潔なタオルで拭いながら彼に水を注いだコップを手渡した。

「お疲れさまでした。どうです? 何か違和感は?」

 受け取ったコップから水を一口飲んで喉を潤した透は、アリスからの問いに無言で首を左右に振った。頑なに無言を貫くその姿勢にアリスは思わず苦笑してしまう。

――『お楽しみ』は彼女の為に……と言う事でしょうか?――

 アリスが小さくクスクスと笑っていると、徐に部屋の扉がノックされる。ふと顔を上げて時計を見れば、予め伝えておいた時間ピッタリである事に透も笑みを浮かべた。2人は医務室から直接手術室まで移動していたので部屋の外の様子を見てはいないが、きっと彼女は予定の時間よりずっと早くからこの扉の前で待っていたに違いない。

 逸る気持ちを抑えて待ち続けていた彼女をこれ以上待たせる訳にはいかないと、アリスはノックの主に聞こえるよう大きめの声で入室を促した。

「どうぞ。開いてますから」

 アリスからの返答に、部屋の扉が開かれる。部屋の扉は自動のスライド式なので開く速度は一定の筈なのだが、この時ばかりは何故かゆっくりと開かれたような気になった。その理由は扉の向こうで待っていた1人の少女の様子が原因なのだろう。

「と、透……?」

 その少女……クリスは、扉が開くと恐る恐ると言った様子で部屋の中を覗き込んできた。不安と期待が綯い交ぜになったような表情で顔を部屋の中に入れ、椅子に座っている透の事を見る。普段の雰囲気と打って変わってまるで小動物の様な彼女の姿に笑みを深めつつ、透はゆっくりと”口を開いた”。

「”クリス”……」
「ぁ…………」

 その口から紡がれるのは、彼の心をそのまま形にしたような透き通った声。嘗て理不尽な悪意により失われ、二度と戻る事はないと思われていた声が再び彼の口から放たれた。記憶の中にあるままの声がクリスの鼓膜を、そして心を震わせた。

「ぁ……ぁぁ……!」

 言葉では言い表せない感情が胸の奥から湧き上がり、涙となって零れ落ちる。大粒の涙を流しながら、クリスは喉と手を震わせながら透に近付いた。

「と、透……透ぅ……!」
「うん……クリス……やっと、言えるよ」




「……久し振り!」




 気付けば透も涙を流していた。フィーネの屋敷で再会してから、ずっと言葉にする事叶わなかったその一言。心で通じ合いはしたが、それでも何度か夢想した互いの言葉を耳で聞くという何気ない、だが失われてしまった筈の普通の事。
 それが今漸く帰ってきた。それは即ち、本当の意味で透が夢を追いかけられるようになったという事に他ならない。それはただ単に怪我が完治したと言う事以上の歓喜となって、2人の心を満たしていた。

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 喜びと感動を抑えきれないクリスが、透に抱き着き大声で泣いていた。透はそんな彼女を受け止めつつ自分も涙を流し、アリスは暫く2人をそっとしておこうと静かに部屋を出た。

「明星女史」
「あら……」

 アリスが部屋を出ると、そこには翼が佇んでいた。否、翼だけではない。響に奏と言った、元二課組の装者達が揃っていたのだ。
 どうやら彼女達も何だかんだで心配と期待でジッとしていられなかったらしい。或いは期待と不安で足が動かなくなったクリスを、3人掛りで背中を押した可能性もあった。
 それを態々問い詰める程アリスも野暮では無かったので、彼女らがここに居る理由を態々聞いたりはしなかったが。

「透君の事なら大丈夫です。処置は無事に終わり、今はクリスさんと久し振りの会話を楽しんでいるでしょう」
「会話……してる余裕があるのか?」

 先程アリスが部屋から出てくる時にも、大音量でクリスの泣き声が廊下に響いていた。それが悲壮さを感じさせるものではない事と、アリスの様子も合わせて奏達は中がどうなっているのかが容易に想像できた。正直、暫くはクリスも泣き続ける事になり、会話どころでなないだろうと思われる。まぁそれも仕方ないだろう。何しろ失われたと思っていた透の声と夢が帰ってきてくれたのだ。普段強気な態度と口調で誤魔化しているが、生来は優しく感受性豊かなクリスである。感動と歓喜で暫くはあのままだろう。

 改めて部屋を見て笑みを浮かべるアリスに対し、響は彼女の手を取り自身も感謝と喜びを露にした。

「あの、ありがとうございます! 透君の喉を治してくれて」

 響からの混じりけの無い感謝の言葉に、アリスは照れ臭そうに、そして何処かバツが悪そうに頬を掻きながら答えた。

「いえ……本当は出会って直ぐに処置を施したかったのですが……」

 あの頃は輝彦もこんなに長く濃密な関係になるとは思っていなかった。なので情が移ったり必要以上に自分達の情報が渡ったりしないようにと非情に徹し、結果として治す手段はあるのに手を出さないという対応を取らされ続けていた。その事をアリスは恥じ、申し訳ないと言う思いをこの日まで抱き続けてきた。
 だがそれももう終わりだ。これからは本当の意味で彼らの力となる。その証の第一歩として、アリスは透の喉の治療を行ったのであった。

「ハンスの治療でもう離れられなくなってるんだから、今更って気もするけどな」
「ちょっと、奏……」
「あぁ、いや、ゴメン義母さん。別に悪気があって言った訳じゃ……」
「いえ、奏さんの仰る通りです。彼らには悪い事をしました」

 透に対し治療を施さずにいた事を、アリスも大分悔いているらしい。奏の何気ない言葉にシュンと肩を落としたアリスに、奏もしまったという顔になって頭を掻く。

 そこで部屋から透とクリスが出てきた。2人共大いに泣き腫らしたのか、目が赤くなっておりクリスに至ってはまだしゃくりあげながら鼻をすすっている。透はそんな彼女を支えながら、改めてアリスに頭を下げた。

「アリスさん、本当にありがとうございます。お陰でこうして、またクリスと話が出来るようになりました」
「あ゛り゛、がど……う゛ぅ゛……、グスッ!」

 まだ涙が収まらないのか、クリスの目から涙が零れ落ちる。透がそれをハンカチで拭っているのを、奏達は温かい目で見ていた。

「良かった~、透君が喋れるようになって」
「うむ。これで今までより円滑に意思疎通が出来るようになったな」

 透との意思疎通はこれまで基本的にペンとメモを用いた筆談であり、非常時には魔法を用いての筆談も交えていた。それでも何とか意思疎通は出来ていたが、やはり思いを言葉にするのとは全く違う。書かれた文字では感じられない温かさがあった。

「すみません、透君。今まで、不便な思いをさせてしまって……」
「いえ、仕方のない事です。お2人にも事情があったのでしょうし」
「それでも、です。こちらの事情など、言い訳にもなりはしません」

 義理堅い性格なのか、アリスも頑として譲らない。このままだと謝罪と許しの堂々巡りとなってしまいそうな雰囲気を感じ取った奏は、2人の間に入って間を取り持った。

「はいはい、そこまで。義母さんも透も、もういいだろ? ほら、クリスももう泣き止めって」
「うるぜえッ! 別に、泣いてなんか……グスッ」
「分かった分かったから。それより、透が喋れるようになった事を伝えたい相手が他にも居るんじゃないのか?」
「あ、そうだ透ッ! 早くおじさんにも教えないとッ!」
「うん! それじゃあアリスさん、本当にありがとうございました!」

 透は改めて頭を下げると、クリスと共にその場を離れていった。恐らくは航に声が戻った事の報告に向かう為だろう。息子の声が失われた事を悲しんでいた彼も、透の声が戻った事を聞けば喜ぶに違いない。

 そんな事を考えつつ、翼は現代医療では不可能と思われていた透の声を取り戻したアリスの手腕に舌を巻いた。

「それにしても、見事なものでしたね。まさか本当に北上の声を戻すだなんて」
「元々私が結社に参加したのも、錬金術を交えた人体の治療技術を極めたいからでしたので」
「へ~、そうだったんだ」
「何か理由でもあったんですか?」

 初めて耳にする、アリスのパヴァリアへの参加理由に素直に興味を引かれる奏。一方響は、アリスの様子から何かを感じ取ったのか首を傾げた。普通の医学ではなく錬金術に頼ろうとしたという事は、それ相応の理由があると気付いたのだろう。それにいち早く気付く事が出来る辺り、やはり彼女は馬鹿ではあるかもしれないが愚かではない。

 意外と聡い響からの問いに、アリスは苦笑すると口元に指を当てて答えた。

「それに関しては、またその内に」

 はぐらかすようなアリスの言葉に、響は納得いかないと言いたげに唇を尖らせた。

「むぅぅ~、了子さんと言い大人の女の人って何でこんなガード硬いんだろ」
「響さんも大人になれば分かりますよ。さ、私はそろそろ仕事に戻りますので、皆さんも戻ってください」
「ほら、立花」
「は~い」
「それじゃあ義母さん。あんまり無理するなよ?」

 響は翼に背中を押され、奏はアリスに手を振りながら離れていく。それを見送ったアリスは、彼女達の姿が見えなくなると、心から安堵したように大きく息を吐いた。

「”今度は”……ちゃんと正しい事に私の知識が役に立てられましたね」

 誰に言うでもなく呟かれたその言葉は静かに廊下に消えていき、次いでアリスは気合を入れるように自らの頬を叩くと踵を返して自身の工房へと向かっていくのだった。 
 

 
後書き
ここまで読んでいただきありがとうございました!

アリスの治療により、透の声が復活しました。これでこれからは筆談描写を入れずに済みます。
この透の治療の話は前々からやりたかった事の一つでもあります。

アリスがパヴァリアに参加した経緯は錬金術による医療を修める事が目的でした。そんな彼女が何故輝彦と共に結社を抜ける事になったのかは、XVにも関係する事なので今は伏せておきます。

次回はガルド絡みの話。今回とは打って変わって緩い感じの話になりそうです。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。 
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