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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第二部 黒いガンダム
第五章 フランクリン・ビダン
  第二節 人質 第三話(通算88話)

 
前書き
カミーユは絶望した。
機微を解さない父に。
状況を把握できない母に。
ジャマイカンの揶揄に激昂する自分に。
そして、選民意識の塊に。君は刻の涙を見る―― 

 
  カミーユはじっと力を蓄えていた。いや、蓄えるしかできなかった。

 エマに宛がわれた下士官房へ案内されてから、かれこれ一時間が経っている。何もすることがないというのは、今のカミーユにとっては辛かった。使命感に駆られて焦っているとも言える。エマにそのことを指摘され、待機を言い渡された。元々の作戦通りであるため、文句の言い様もない。

「……」

 監視カメラのついた室内は、営倉よりましではあったが、迂闊に独り言も呟けない。できるだけ普段と変わらぬようにしなければならないが、焦燥感に煽られてじっとしていられなかった。空手の型でもやってみようかとも思ったが、警戒されることはやめた方が無難だと判断した。

 結局、焦りを抑えるためには、ベッドに横たわるしかないと、身動ぎもせず、じっと壁を見つめて時間の過ぎるのを待つ。

 (そろそろ一時間経つ……よな)

 エマは今頃、人質の居場所を突き止めている筈だ。計画通りノーマルスーツは手に入ったろうか。ノーマルスーツを着てバイザーを下ろしてしまえば、覗き込まない限り、誰だか判らなくなる。この作戦成功のためには欠かせない装備だった。

 (先に俺だけでも……ノーマルスーツを手に入れといた方が……いいかな?)

 確かに時間の短縮にはなる。しかし、行き違いになってしまっては、作戦が台無しになってしまう。やはり、エマの戻りを待つしかなかないのだ。作戦の変更は、実行不可能になってからでも遅くない。

 苛々して、親指の爪を噛んだ。子供のころからの癖だった。お節介なユイリィに、この癖をよく叱られたものだ。たかが数年前のことなのに、ひどく懐かしい気がした。

――プシュッ

 軽いエア音がして、ドアが開く。照度の低い部屋の中に光が射し込んだ。ノーマルスーツの影が伸びる。

「カミーユ少尉、行くわよ」

 エマだった。
 その声を、最後まで聞かずにベッドから跳ね起きたカミーユは、差し出された濃紺のノーマルスーツを受け取った。すかさず、両脚を突っ込んで袖を通す。無重力下で着なれているお陰かスムースに収まる。ヘルメットの装着はエマが手伝った。

――お父様はここの右隣の士官区に、お母様は反対側……左舷よ。

 エマはヘルメット同士を付けてカミーユに現状を報せる。これはMSの『お肌の触れ合い会話』と同じ原理である。接触回線ならば盗聴の危険はないからだ。

――それと、スクワーム少尉とメズーン少尉の家族は《アレキサンドリア》には居なかったわ。
――じゃあ、別の艦に?

 カミーユはとっさに作戦の変更が必要なのかという顔をした。カミーユたちが一度脱出してしまえば、もう一度再潜入を試みることはできないだろう。《ガンダム》ならば僚艦に着艦するのも難しくはないが、《アレキサンドリア》から通報を受けた段階で脱出は困難になる。

――いいえ、僚艦に移乗もしてないわ。どうやら、マークされていたのはメズーン中尉とあなただけだったみたいね。あとは、スクワーム少尉のご家族は捕まらなかったか、ね。

 メズーンの関係者としての人質と想定していたから、ランバンがマークされていないという可能性は考えもしなかった。

 つまり、メズーンとは違う理由でカミーユがマークされていたということになる。

――俺……?

 カミーユは言葉を失った。自分は特別な人間ではない。当たり前にいる普通の人間なのだから。理由に心当たりのないカミーユは、エマに問い掛けようとして、制された。

――今は詮索をしている場合じゃないわ。カミーユはバイザーを下ろして私の後ろについてきて。

 エマの言う通りだった。

 詮索はあとでもできる。だが、時間を無駄にすれば作戦の成功確率は低下するのだ。ヘルメットの両わき――丁度耳のところを軽く押すとバイザーが下りる。顎のところにある安全錠を掛けることで、バイザーの開閉をロックする仕組みだ。戦闘中の衝撃などでバイザーが開いてしまわないようにという用心である。気密については頚のうしろにあるファスナーとマジックテープが減圧で完全吸着するようになっていて、原則他人に確認してもらうことになっていた。アストロノーツ――宇宙作業員やパイロットたちが二人一組なのはこの原則があるからだ。

 監視カメラはエマが細工して、三十秒前の映像がリピート流れるようになっているということだが、だからといって安心はできない。急がなければならないのだ。カミーユは、自分がベッドに寝ているように見せ掛けて、部屋を出た。

――先ずは、フランクリン大尉よ。

 気持ち的には母親だけにして、父親を置き去りにしたい気分だったが、そうもいかなかった。黙って頷いたまま、エマに従う。

 フランクリンの部屋はカミーユが案内された下士官区とは違い、士官区にあった。一応フランクリンはティターンズの大尉であり、一般将校でいえば中佐相当待遇である筈だが、さすがにティターンズとはいえ艦内の部屋などに特権を適応できるほどの余裕は設計上できなかったのだろう。

「フランクリン大尉、エマ・シーンです」

 礼儀正しく外からインターホンを使うエマをみて、カミーユは育ちの良さを感じつつも、こんなときに――と思わないではなかった。が、言い合う時間こそ惜しい。

――プシュッ

 ドアが開いてフランクリンが姿を見せた。 
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