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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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第97話:シグナム2等空尉


ゲイズさんに会い、姉ちゃんが意識を取り戻した日から数日、
俺は日常業務に忙殺される日々にあっさりと引き戻されていた。
捜査関係での6課の役割がひと段落したこともあって、グリフィスの補佐が
再び得られるようになったとはいえ、忙しい状況には変わりなく、
この日も朝から本局で行われた隊舎再建についての会議に出席し、
アースラに戻ってこられたのは昼すぎだった。

戻ってくる途中の店で買ってきたパンをかじりながらメールを
チェックしていると、来客を告げるブザーが鳴った。
俺がどうぞと返事をすると、陸士の制服をきっちりと着込んだ
シグナムが入ってきた。

「失礼するぞ」

シグナムはそう言うとゆったりとした歩調で俺の前まで歩いてくる。
俺はくわえていた菓子パンをあわてて咀嚼してシグナムの方へ向き直った。

「悪いな、会議の前に呼び出したりして」

俺もシグナムもこの後来月の予算についての会議に出席する予定なのだが
どうしてもその前にシグナムと話しておきたくて俺はシグナムを呼び出した。

「いや、いい。で、話とは?」

単刀直入に本題をきり出してきたシグナムに対して、
俺はソファを指さしながら声をかける。

「まあ、座れよ」

シグナムは小さく頷くと副長室の隅にあるソファに腰を下ろす。

「コーヒーでいいか?」

「私はいい」

シグナムはそう言ったが俺は2人分のコーヒーをカップに入れて
ソファへと向かう。
2つのカップをテーブルの上に置いてシグナムの向かい側に座ると
シグナムが俺の顔を軽く睨んできた。

「私はいいと言ったはずだが」

「まあ飲めよ。この前本局からの帰りに新しいコーヒー屋を見つけてさ。
 そこで買って来たんだけど、うまいぞ」

「・・・私はコーヒーがあまり好きではないのだが」

「いいから」

おれが少し強めにそう言うと、シグナムはしぶしぶカップを口に運ぶ。
一口飲んだ瞬間、シグナムの眉間にしわが寄った。

「・・・苦い」

自慢のコーヒーだったのだがシグナムの口には合わなかったようで、
少し口をつけただけでカップを置いてしまった。

「そうか・・・。それは残念」

俺はそう言って自分のカップを手に取ると先ずその芳醇な香りを味わう。
そして口に流し込んで少し渋みの強い味を楽しんでから飲み込んだ。

「こんなにうまいんだけどなぁ・・・」

俺はそう言ってカップを置くと気分を入れ替えてシグナムの目を見る。

「で、本題なんだが」

俺の言葉でシグナムの顔は真剣な表情に変わる。

「来月の補給要求についてなんだけどな・・・。なんで平時半年分もの
 カートリッジの補給が必要なのか説明してくれないか?」

俺がそう言うとシグナムの表情が険しさを増す。

「どういう意味だ?」

「多すぎる。一度に2000発はさすがに無理があるだろ」

とげのある口調で言うシグナムに向かって俺は淡々と自分の見解を告げた。

「それはゲオルグも判っているはずだろう。あの戦いを経たことで
 6課の、特に実戦部隊の戦略物資はほとんど底を突いている。
 有事への対応を考えれば在庫量の回復は必要だと思うが」

「それは理解できる。でも、それは他の部隊だって同じだ。
 カートリッジの生産量にだって限りがある以上、
 要求量を100%満たすのは無理だ。
 他の部隊への補給を止めてでも6課にカートリッジを回さなければならない
 理由があれば別だけどな」

俺がそう言うと、シグナムは少し考え込むように目を伏せる。
その間に俺はシグナムに向かってたたみかけた。

「それに、シグナムも知ってると思うが来年3月で6課が解散することが
 正式に決定した。そんな部隊に優先的に物資を回す理由はないだろ」

「だからと言って有事への備えを怠るわけにはいかん」

再び目を開いたシグナムは断固とした口調で自分の主張を繰り返す。
この愚直さは俺も嫌いじゃないが、今に限って言えば少し苛立ちを覚える。

「なにも補給をゼロにしろとか平時の平均並みにしろって言ってるんじゃない。
 多少減らせないかと言ってるんだ」

「具体的には?」

「750だ」

実際、俺の本音としては訓練の継続に最低限の必要量。
つまり、平時の平均消費量に多少色をつけた程度に抑えたいところだが、
さすがにそれでは俺自身も不安なので通常の2カ月分強の補給量というのが
俺自身がはじき出した数字だった。

「馬鹿な!それでは要求量の半分以下ではないか」

ピンク色の眉毛を吊り上げて、どこが多少かと言わんばかりに
シグナムは声を荒げる。

「でも通常量の2倍以上だぞ。これでもギリギリの線だ。
 だいたい、あの戦いの直前にあった2100発以上の在庫だって
 半年かけてやりくりしながら確保したんだぞ。
 それを一気に回復させろなんて無茶にも程があるとは思わないか?」

俺がそう言うと、シグナムは気圧されたように弱気な表情になる。

「それは、そうだが・・・」

それでも簡単には折れないあたりはさすがはシグナムだ。
俺はあまり使いたくなかった伝家の宝刀を抜くことにした。

「それに、はやてだって俺の出した数字が妥当だと認めてる」

「な・・・」

俺の言葉にシグナムは一気に顔色をなくす。
シグナムははやてへの忠誠心が4人の中でも特に強い。
それはヴォルケンリッタ―の長としての責任感の表れなのだろうが、
この際は利用させてもらうことにする。

「いいな、シグナム」

俺が念を押すようにそう言うと、しばらくあってシグナムは小さく頷いた。
罪悪感を覚える光景ではあるが、やむを得ないと俺は自分を納得させる。
そのとき、俺の時計が小さな電子音を立てた。
時刻を見ると会議の始まる5分前だった。

「おっ、時間だな。行くか」

「・・・ああ」

シグナムらしからぬ弱々しい声で帰ってきた返事を聞いて、
俺は自分のカップに残ったコーヒーを一気にあおると、
デスクに戻って端末を小脇に抱える。
少しうなだれたシグナムを伴って通路に出ると、会議室へと向かう。
ちらりと後ろを振り返ると、少し肩を落としたシグナムが
視線を下に落として歩いているのが目に入る。
あまり見たことのないシグナムの様子に俺は思わず声をかけた。

「なあシグナム」

俺が声をかけるとシグナムはゆっくりと顔を上げた。

「何だ?」

「苦いの苦手なのか?」

何を言っているのかわからないという顔をしているシグナムに俺は話を向ける。

「コーヒー、飲めなかったろ」

俺がそう言うとシグナムはああというように少し天井を見上げると頷いた。

「そういうわけではないのだが、コーヒーを飲む機会が少なくてな。
 どうも慣れんのだ」

苦笑しながらそう言ったシグナムに、俺はシグナムが連絡役として
聖王教会との行き来を頻繁にしているのを思い出した。

「シグナムは教会に行くことが多いもんな」

「ん?それがどうした?」

俺が突然違う話題を振ったのでシグナムはワケが判らないようだった。

「いや、教会っつったらたいてい紅茶が出てくるイメージだからさ」

俺の言葉にシグナムは腕組みをして考え込むように目を閉じる。
その間も会議室に向かう歩みは止めていないのだが、
なんとも器用に他の隊員をよけて行くのを見て、いったいどうやっているのかと
不思議に思ってチラチラと見ていると、ふとシグナムの目が開かれた。

「そうだな。思えば主はやてが管理局入りする前から教会には
 頻繁に出入りしていたから、そのせいかもしれん」

そう言うとシグナムは遠い目で通路の前のほうを見た。
その表情はどこか遠いところに思いをはせているようにも見えた。

「はやてが管理局に入る前からってことは・・・相当前だよな」

俺がそう尋ねるとシグナムは小さくうなずいて俺のほうを見る。

「それで教会との連絡役はシグナムがやってたのか・・・。
 しかし、そんなに教会とのつながりが強いってことは、
 いずれはシグナムも聖王教会に入るのか?」

そう尋ねるとシグナムは少し考えてから首を横に振る。

「さあな。先のことは判らん」

「でも、半年もしないうちに6課は無くなるぞ。
 そのあとはどうするつもりだ?」
 
「とりあえずは元の部隊に戻る。その先は考えたこともないな」

「そっか・・・」

俺はシグナムの返答に一言だけ返すと、会議室につながるドアに手をかけた。

「さてと、それじゃあ会議だな」

「ああ」

そう言って小さくうなずくシグナムを先に通すと、
俺は皆が待つ会議室へと足を踏み入れた。



「さて諸君、我々機動6課は今危機に瀕している」

俺は席を立つとそう言って会議室の中にいる面々の顔を眺めた。
会議室にはフォワード隊と交替部隊の代表として出席しているシグナムのほかに
各部門の運営を担っている代表者が顔を並べていたが、
どの顔も俺の言葉に対して不思議そうな表情を浮かべていた。
俺は正面を向いて再び口を開く。

「確かにスカリエッティの攻勢を鎮圧し物理的な危機からは解放された。
 だが、今我々を襲っている危機はある意味でそれ以上に深刻なものだ」

真顔で俺がそう言うと、会議室の中にいる全員の顔が少し引き締まる。
心配そうに近くの者と小声で会話を交わすものもいる。

「今われわれを襲っている危機。それは・・・」

俺はそこでいったん言葉を切って会議室の中をもう一度見まわした。
室内にいる全員が息をのんで俺の顔を見つめていた。

「予算不足だ」

俺が鷹揚にそう言うとそれまで張りつめていた室内の空気が一気に弛緩した。
あるものは呆れたような目を俺に向け、またあるものは力が抜けたように
会議机に突っ伏していた。

「脅かさないでくださいよ、副部隊長。何事かと思ったじゃありませんか」

1人がほっとしたような笑顔で俺に声をかける。

「脅かしでもなんでもない。我々は予算不足による危機に瀕している」

俺はそう言って部隊の物資在庫を表す表をスクリーンに映しだした。

「JS事件、とくにゆりかごをめぐる戦いにおいて6課は予備分も含めて
 ほぼすべての物資を使い果たした。
 今はわずかに残った物資でなんとか部隊を維持できているが、
 それもあと1カ月ほどが限界だ。
 まあ、それは諸君が一番良く分かっていることだろうが」
 
俺がスクリーンを指し示しながらそう言うと、会議室に居並ぶ顔が縦に揺れる。

「特に実戦部隊であるフォワード部隊と交替部隊の物資は
 ほぼ底を尽きかけている。そうだな?」

シグナムに向かってそう問いかけるとシグナムは黙ってうなずいた。
そのとき、一人が手を挙げて立ち上がる。

「では、本局に予算の増額を要求すればよろしいのでは?」

俺はその発言をした3尉の方に目を向ける。

「確かに。だが我々が予算不足に陥っている理由はそれだけではない」

そう言葉を返すと俺は新たなグラフをスクリーンに映し出した。
それは先月の6課の支出構成を示すグラフだ。

「見ての通り、6課の通常予算のおよそ50%がアースラの維持費に流れている。
 これは金額にして普通の隊舎維持費の10倍以上だ。
 さらに、通常予算の増額を申請しようにも、
 すでに隊舎再建の工事を申請してしまったからな。
 工事費用は本局持ちとはいえ結局のところ大本の財布が一つである以上、
 6課の通常予算増額に応じてもらえる見込みは極めて薄い。
 すなわち、我々は現状の予算規模でなんとか部隊を
 維持していかなくてはならない」

俺がそう言うと会議室の中はしんと静まり返った。
何人かは小さなうめき声をあげながら頭を抱えている。

「つまりこのまま何の対策を打たないままでは、
 通常の半分程度の予算で部隊を運営しなければならないうえ
 物資の補充も進めなくてはならないというわけですか・・・」
 
整備部隊の曹長が言ったその言葉に俺はうなずきを返すと、
ふたたび会議室の中を見回した。

「当然そんなのは不可能だからな。我々としては何か対策を立てねばならない。
 そこで俺の案を示そうと思う」

俺はそう言うとスクリーンにここ数日かけて練った費用削減案を映し出す。

「まずは、代用隊舎であるアースラの維持費用だな。隊舎としての
 機能を維持するのに必要な最低限の機能は残さねばならないが、
 次元航行艦としての機能をそのまま維持する必要はない。
 そこで、補助動力装置と索敵装置以外の戦闘機能の維持をやめようと思う。
 これによってアースラの維持費用は現状の50%程度まで圧縮できる」

部屋の中を見渡すとほぼ全員が納得したようにうなずいていた。
そんな中で一人の手が挙がる。

「ですが、航行機能が喪失してしまってはいざ解体するときに
 困るのではないですか?
 解体は本局の次元航行艦ドックでないとできませんよね?」

「アースラの解体は今の場所で行う。これについては運用部とも
 交渉して決定済みだ」

手を挙げたメカニックの一人は感嘆したように俺のほうを見る。

「よく運用部が納得しましたね」

「そこはそれ。人徳ってやつだよ、部隊長のな」

俺が茶化してそう言うと会議室の中は一瞬笑いに包まれる。
が、シグナムを見るとどこか遠い目をして考え事をしているようだった。

(さっきのが後を引いてんのか?)

俺はシグナムの様子を気にしながらも話を前に進める。

「次に補給物資の調達だ。これは単価が決まっているから量を減らすしかない。
 そこで各自にあげてもらった補給物資の要求だが俺のほうで勝手に
 数字をいじらせてもらった。それがこれだ」

俺はそう言って補給物資の調達量を示した表をスクリーンに映し出した。
刹那、先ほどまで笑い声をあげていた面々の表情が固まる。

「最優先すべきは部隊員の生命と健康の維持。このために必要な
 食料品類についてはほぼ予定通りの数量を調達する。
 が、それ以外、具体的にはカートリッジや携帯糧食などの戦闘部隊の装備、
 あとはヘリの燃料なんかについては大幅に削減させてもらう」

俺が話を終えて席に着くと、とたんに不満が噴出した。
議論が白熱していくなか、普段であれば積極的に発言をするシグナムが
相変わらず黙りこんで虚空を見つめているのを見つけた。
今日の議題に関しては事前に調整していたから積極的に
議論に参加する必要もないだろう。
だが、普段ならこのように収拾がつかなくなりそうなときには、
その場を収めるべく口を出すはずなのに今日に限っては心ここにあらず
といった体でただ黙って座っている。
俺は議論に参加しながらも、そんなシグナムが気にかかって仕方がなかった。



会議が終わって出席者が会議室を出て行っても、シグナムは自分の席に
座りこんだままだった。
俺は端末をパタンと閉じて小脇に抱え込むとシグナムの席に歩み寄った。

「おい。もう終わったぞ」

そう声をかけるとシグナムはハッとしたように俺の顔を見上げた。

「あ・・・ああ。すまん」

シグナムはそう言ってのそのそと立ち上がる。

(らしくねえな・・・)

とぼとぼと会議室を出ようとするシグナムの背中に向かって俺は声をかけた。

「なあ、シグナム」

「・・・なんだ?」

ゆっくりと振り返ったシグナムに向かって俺は拳を突き出した。

「時間があるならちょっと模擬戦やらないか?」

俺の言葉にシグナムは目を丸くしながら小さくうなずいた。

「いいだろう」



なのはに訓練スペースの使用許可を取ってから俺とシグナムは
訓練スペースに向かった。
日も傾いた時間、少しオレンジがかった空の下で俺たち2人は
それぞれの騎士甲冑を身にまとい、
訓練スペースの真ん中で向かい合っていた。
俺はレーベンを構えるとシグナムの方に目を向ける。
シグナムもレヴァンテインを構えて俺に目を向けていた。

「はじめるか」

「ああ・・・」

俺が声をかけるとシグナムは小さく頷きながら短く答える。
直後、俺はシグナムに向かって地面を蹴った。
上段から振りおろしたレーベンをシグナムはレヴァンテインで受け止める。
そのまま俺をはじき返すと、上半身をねじるようにして
横殴りにレヴァンテインを振ってくる。
俺はレーベンを立ててシグナムの斬撃を受け止める。
甲高い金属音とともにレヴァンテインとレーベンがぶつかり合い、
俺の足が地面の上を滑る音が小さく聞こえた。

(ちっ・・・)

俺は心の中で舌打ちすると、後ろに飛んでシグナムとの距離をあける。
そしてモードリリースするとシグナムの方を睨みつけた。
俺の行動に面食らったのかシグナムは目を丸くして俺を見つめていた。
そんなシグナムに向かって俺は声をかける。

「なんだよ、その腑抜けた攻撃は。真面目にやれ!」

「・・・私は真面目にやっている」

無表情にそう言ったシグナムに向かって俺は強い目線を向け続ける。

「は!?んなわけないだろ。お前が本気なら俺が正面からお前の
 攻撃を受け止めきれるわけねえよ。
 お前は俺の事なめてんのか?烈火の将が聞いてあきれるぜ。
 こんなのやってられるかよ。やめだ!やめやめ!!」

俺はことさら強い口調でそう言うと肩をすくめ首を振りながら
シグナムに背を向けた。
次の瞬間、背後からザッという地面を蹴る音が聞こえ、
俺はレーベンを緊急起動して振りかえり、
襲いかかってくるであろう斬撃に備えた。

「・・・撤回しろ」

俺の目の前には鬼の形相で俺に切りかかろうとするシグナムの顔があった。

「何をだ?」

そう尋ねる間にもシグナムはレヴァンテインに込める力を強めてくる。
俺はじりじりと後ろに押し下げられていく。

「私を侮辱したことをだ」

シグナムは俺を押しつぶさんばかりにレヴァンテインを
俺に向かって押しつけてくる。
受け止めたレーベンに込める力を少しでも緩めようものなら
そのままレヴァンテインに切り捨てられそうな危うい
力のバランスを保ちながら、俺はシグナムを睨みつける。

「なら力づくでやれや」

俺がそう言うと、シグナムは少しの間目を閉じてから、キッと目を見開いた。

「・・・よかろう。後悔させてやる」



・・・30分後。
俺は力を使い果たして訓練スペースの地面に横たわっていた。
空を見ると、もう日は沈んでちらほらと星が見え始めていた。
カツカツという足音が近づいてくるのに気が付き、そちらを見るとシグナムが
ゆっくりと歩いてくるのが見えた。

「・・・まいった。やっぱりシグナムには勝てないな」

俺がそう言うとシグナムは俺を見下ろす位置に立った。

「お前に負けてなどいられん。烈火の将としてはな」

そう言ってシグナムは仰向けに寝転がる俺のそばに腰を下ろした。

「ところで、なぜ急に私と模擬戦をやろうなどと言い出したのだ。
 暇でもあるまいに。
 しかも、わざとらしく私を挑発までして」

俺の隣に座ったシグナムは俺の方に目を向けながらそう問いかける。

「なんでそんなことを聞くんだ?」

「お前らしくない行動だからな」

逆に俺が問いかけると、シグナムは俺から目をそらすことなく
まっすぐに見つめてそう言った。

「挑発したのは単純にお前が本気を出してないのがムカついただけだよ。
 それよりもだ・・・」

俺はそこで一旦言葉を切るとシグナムの方に顔を向ける。

「今日はいったいどうしたんだよ。会議中も黙りこんでさ。
 シグナムのほうがよっぽどらしくなかったぞ」

そう尋ねるとシグナムは夜空を見上げて小さく息を吐く。

「私は主はやてと常に共にあろうと努めてきた。たとえ物理的な距離は離れても
 心だけはな。
 だが、今日お前と話した時に私の考えと主はやての意見が
 食い違っていることが判った。
 それが私にはつらくてな・・・」
 
「それであんなにしおらしい態度だったってのか」

俺は身を起こすとシグナムの隣に腰をおろし、小さく首を振った。

「別にあの程度の意見の食い違いはあって当然だと思うけどな」

「お前にとってはそうかもしれんが、私にとってはそうではないのだ」

シグナムはそう言って訓練スペースの先に広がる漆黒の海に目を向ける。
その表情は真剣そのもので、シグナムがはやてとの意見の食い違いを
いかに深刻な問題として考えているかを表しているようだった。

「少し前にはやてと話したんだけどな、はやてはお前やヴィータたちを
 自分が縛り付けてるんじゃないかって結構本気で悩んでたんだよ」

「だが、私たちは夜天の書の一部でその主は主はやてなのだ。
 縛られるのは当然だ」

「でも、少なくともはやてはそれを望んでない。お前たちには
 自分や夜天の書に縛られることなく自分の思うように
 生きてほしいとはやては思ってると思うぞ」

俺がそう言うとシグナムは小さく首を振る。

「それは・・・私も理解している。だが、私たちが夜天の書の
 防衛プログラムであることは変えようのない事実だ」

「確かにな。でも、それがお前の生き方を縛る理由になるのか?」

俺の言葉にシグナムは呆れたと言わんばかりに肩をすくめて首を振る。

「あたりまえだ。夜天の書の主を守るようにプログラムされているのだから」

「なら、さっき俺を殺さんばかりの勢いで俺に向かってきたお前はなんだ?
 俺は別にはやてを害そうとしたつもりはないぞ」

「それは・・・お前が私を侮辱する言葉を吐くからだ」

「だろ。それはほかの何にも縛られることのないお前自身の感情じゃないか」

俺がそう言うとシグナムは目を丸くして俺を見つめていた。

「それは・・・」

「俺はお前の友人としてそういう感情を大事にしてほしいと思う」

「だが・・・」

「あと、はやての友人として言わせてもらえば、はやての言葉に
 従うだけじゃなくて厳しい助言もしてやってほしい。
 たとえあいつの考えとは対立してても
 それが道理にかなってるならな」

俺はそう言うと立ちあがって傍らに座りこむシグナムを見下ろす。

「ま、お前にはお前の未来があっていいだろ。それが常にはやての
 進む道と重なってなきゃいけない理由はないさ」

シグナムは俺の言ったことをかみしめるように少しうつむくと、
急に立ちあがって俺の方を見た。

「お前の考えは判った。主はやての思いもな。私も考えてみることにしよう」

そう言ってシグナムはわずかに口の端を持ち上げて微笑んだ。

 
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