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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
ジパング
  オロチとヒミコ

 翌朝。私は重い瞼をなんとかこじ開けて目を覚ました。朝の光がいつもより眩しく感じる。
 昨夜、あのあと急いでヒイラギさんの家に戻り、ヤヨイさんが来る前に布団にくるまって眠ろうとしたが、二人のやり取りが何度も頭の中で再生されて寝付けず、結局ほとんど一睡も出来なかった。
「おはよー、ミオちん。……って、どしたの!? その目のクマ!?」
「おはようシーラ……。大丈夫、ちょっと寝不足なだけだから」
 昨夜のことは誰にも知られてはならない。私は極力いつも通りに振る舞った。
「おはようございます、夕べはぐっすり眠れましたか?」
 突然後ろから現れた声に、私はビクリと肩を大きく震わせた。振り向けば、先に起きていたヤヨイさんが私たちを起こしにすぐそばまで来ていた。
「ヤヨイさん、いつからそこに!?」
「いや、さっきからずっといたよ? やっぱミオちん大丈夫じゃないんじゃない?」
 ヤヨイさんの気配にすら気づかないなんて、やっぱり寝不足は危険だ。そういえばアープの塔に向かう道中も、ユウリに寝不足だったことを指摘されたっけ。
「おう、お前らも起きてたのか」
 と、そこへ、ナギとユウリもやってきた。昨日ヤヨイさんに告白された張本人は、彼女を前にしても平然としている。だが、対するヤヨイさんも思いの外落ち込んでいる様子はなく、昨日と変わらずユウリと接している。
 うーん、私の取り越し苦労なのかな?
 なんだか昨夜一人で考え込んでいたのが馬鹿らしくなってしまった。そもそも第三者の私があれこれ考える理由などない。
 貴重な睡眠時間を無駄にしてしまった、と後悔していると、ふとユウリと目があった。すると彼はこちらに近づくなり、私の三つ編みを引っ張ってきた。
「痛っ!!」
「今日はいつにもまして間抜け面だな。ちゃんと寝たのか?」
「うっ!?」
 どうしてこういうときばかり目ざといのだろう。けど、正直に言うとユウリ達を覗き見してたのがバレてしまうので、私は咄嗟にごまかす。
「ちょ、ちょっと昨日の戦闘の余韻がまだ残ってて、なかなか寝付けなかったんだよ」
「お前にそんな繊細さがあるとは思えんが?」
 うう、なんで今日はこんなに意地悪なの? それともまさか、昨日のことがバレてる!?
 なんて危機感を抱いていたら、突然ナギが神妙な顔をしながら、労るように私の肩に手を乗せてきた。
「わかるぜ。オレも昨夜オロチと戦う夢を見たからな」
「え、それって予知夢!?」
 またオロチと戦わなければならないのか、と思い、咄嗟に私は口を挟む。
「いや、今日のは普通の夢だ。お前も昨日の戦い、自分じゃ納得できなかったんだろ?」
 あ……!
 昨日のオロチとの戦いは、けして自信を持って倒したとは言えない結果だった。正直、イグノーさんの賢者の杖の力がなければオロチは倒せなかっただろう。
 忘れてたわけじゃないけど、ヒイラギさんやヤヨイさんのいる前ではオロチを倒した英雄として振る舞いたかったという気持ちはあったので、ここにいる間はあまり戦いのときのことは考えないようにしていたのは事実だ。
「う、うん……」
 まさかナギもそう思っていたとは思わず、改めて昨日の自分の戦い方がフラッシュバックされる。
「ナギちん、それってあたしにも言ってるよね?」
「は?」
 予想外の声が返ってきたのは、シーラだった。
「結局賢者になってもあたしが一番役立たずだったし。お祖父様の杖がなければ回復すら出来ないダメ賢者だし」
「そんなことないよ! シーラの分析がなかったら、私たちなにも出来ずにオロチにやられてたよ!」
「そーだぞシーラ! お前の呪文があったから、オロチをあそこまで追い詰めることが出来たんだぜ」
「……」
 すかさず私とナギがフォローを入れるが、シーラ自身が納得できず、口をへの字に曲げている。
 そこへ、今まで黙っていたユウリが苦々しげに口を開いた。
「今回はなんとか勝ったが、課題も残る戦いだった。特に一番問題なのは、全体的なレベル不足だと俺は思う」
 その言葉に、私たちは沈黙で返す。それはすなわち、肯定を意味していた。
「魔王の城に向かう前に、レベルを底上げした方がいい。この件が落ち着いたらレベルを上げられる場所を探したいと思っているが、どこかいい場所を知ってるか?」
 ユウリの目は真剣だった。そして、今までなら一人で決めて一人で勝手に行動することが多かったが、今回は皆の目を見て意見と提案をしている。ユウリも気づいているのだろう。今のままでは魔王を倒せないことに。
「はいはーい!! それなら絶好の場所があるよ!」
 勢いよく手を上げたのはシーラだ。それに倣ってナギもうんうんと頷く。
「確かにあそこが一番手っ取り早いな。お前が遊び人だったときもメチャクチャレベル上がってたし」
「え、二人は行ったことあるの?」
 私が尋ねると、シーラはニヤリと笑った。
「ふっふっふ。道案内は任せてよ☆」
「??」
 何やら意味深な発言に、私とユウリは思わず顔を見合わせたのだった。



 ヒイラギさんの家で食事を頂いたあと、私たちはヒミコ様の屋敷に向かうため、腰を落ち着ける間もなく彼女たちに別れの挨拶をした。
「この度は本当にありがとうございました。これからは二人で一緒に生活することが出来ます」
 家を出る間際、ヒイラギさんとヤヨイさんは家の前で私たちを見送ってくれた。
「こちらこそ、泊めて頂いて助かりました。食事も美味しかったです。ありがとうございました」
 私がお礼を言うと、二人は笑顔で返してくれた。
 これからは昼間でも堂々と二人で過ごすことが出来るようになったということで、ヒイラギさんも最初に会ったときより随分と晴れ晴れとした顔をしていた。
 ヤヨイさんもどこか吹っ切れたような様子でユウリの方を見つめているが、当の本人は知らん顔。いや、どちらかというと意識的に視線を合わせないようにしているように見えた。
 二人に別れを告げ、私たちは早速その足でヒミコ様の屋敷へと向かう。しかし屋敷に近づくにつれ、何やら物々しい雰囲気を感じるようになった。
 屋敷のすぐそばまで向かうと、数人の人だかりが出来ていた。その中でユウリは、切羽詰まった顔であちこち走り回っている女性に声をかけた。
「随分騒がしいが、何かあったのか?」
 声をかけられた女性は、ユウリを一目見て一瞬赤くなったが、すぐにはっとなり、慌てて説明した。
「実は、昨日からヒミコ様が行方不明なんです!」
「えっ!?」
 私は思わず声を上げたが、質問した本人であるユウリはまるでその答えを想定していたかのように冷静だった。そしてさっさとこの場を去ろうとした女性を引き留めると、
「俺たちもヒミコを探している。何か手がかりがあるかもしれないから、屋敷に案内してくれないか?」
 そう言って、真摯な表情で見つめた。その様子が彼女にとって魅力的に映ったのか、彼女は顔を赤くしながらも素直に頷いた。
「わ、わかりました。ではこちらへ……」
 女性はすぐに屋敷へと私たちを案内してくれた。どうやら彼女はヒミコ様の侍女の一人らしい。たまたまなのか、それともユウリが彼女を最初から屋敷の関係者だと見抜いていたのかわからないが、とにかくすんなりと屋敷に入ることが出来た。
 屋敷の中は、外以上に騒然としていた。廊下をバタバタと走る音や、ヒミコ様の所在を尋ねる声、見つからない苛立ちから来る怒号などが聞こえてくる。
「あっ、あなたたちは!?」
 入るなり私たちに気づいてやってきたのは、昨日私たちを案内してくれた侍女だった。生け贄として旅の扉に入った私たちが再び目の前に現れるとは思いもしなかったのか、目を白黒させている。
「詳しい話はあとだ。ヒミコは今も行方不明なのか?」
 侍女はユウリの姿に混乱しつつも、今はそれどころではないといった様子で短く頷く。
「は、はい。昨日あなたたちを湯殿へと案内したあと、ヒミコ様は祈祷部屋でお祈りをしていたんですが、それからしばらく経っても部屋から出て来なかったんです。そしたら急にオロチが部屋から現れて……」
 そこまで言って、侍女は突然言葉を詰まらせた。まさか、ヒミコ様はオロチに襲われたんじゃ……。
「その祈祷部屋を見せてもらっても構わないか?」
「あ、はい! ですが、オロチによって部屋はほぼ壊滅状態になっていますが……」
 それでも構わない、と一言言い放つと、ユウリは彼女を強引に引き連れた。
 途中、屋敷の関係者がすれ違うが、皆私たちのことなど気にしていないようだった。一応オロチを倒したところを見た人もいたはずだが、オロチを倒したことよりヒミコ様がいなくなったことの方が、この屋敷にとって重大な事件のようだ。
 そして案内されたのは、昨日初めてヒミコ様に会った場所の奥の部屋だった。この部屋が最も被害が大きく、木製のカーテン——侍女の説明によると『御簾』というらしい——も壊されて、だらしなくぶら下がっている状態だ。けれどそのお陰で、その奥にある部屋がよく見えた。
 剥き出しとなっているその部屋を覗いてみると、壁には至るところに白い紙や木の葉や枝などがぶら下がっている。白い紙には見たこともない文字が長々とかかれているが、この国特有の文字なのか全く読めない。この光景を見てここが『祈祷部屋』だと侍女に教えてもらわなければ、何の部屋なのか皆目検討もつかなかった。
「ヒミコはこの部屋から出てないのか?」
「は、はい。途中あなた方を迎えに一時ここを離れたときに他の者に任せましたが、誰もヒミコ様がこの部屋を出るところを見ていませんでした」
 部屋からは出ていないのに、部屋には人がいた痕跡がない。この矛盾した事態に、私たちは首を捻った。
 するとユウリは、部屋の隅にある本棚に目を留めた。そこに並べられているのは本というより、数枚の紙の束を紐で閉じたような簡易的なものであったが、この国では割とポピュラーなものだと言うのが雰囲気でわかる。
「それはヒミコ様の私物です! みだりに触れたりすれば神罰が……」
「あんたらはヒミコを神か何かだと思ってるのか?」
 振り向き様に言い放ったユウリの言葉に、制止の声を上げた侍女の動きが止まる。
「他人と違う力を持っているとしても、彼女は人間なんだろ? なら神罰なんて関係ない」
 ユウリは本棚に目線を戻し、何事もなかったかのように目の前の本に手を伸ばす。
「それに、彼女を見つけたいならそんな下らないことを言ってる場合じゃないだろ。少しでもいなくなった手がかりを探す方が大事だろうが」
 彼の最もな意見に、私も頷いた。そして、彼が手に取った本をパラパラとめくり始めると、皆こぞって覗き込んだ。
「これって……」
 そこには、ヒミコ様自身が書いたと思われる手記が記されていた。

——◯月✕日、晴れ。今日も村の外であいつが暴れている。村人達が手を出せない中、私は自分の素性を明かせないまま、村人たちをだまし続けている。

 これは、本当にヒミコ様の日記なのだろうか? 文章から感じる彼女の人物像と、昨日見た彼女の言動とでは、同一人物とは到底思えない。
 すると、突然シーラが頭一つ分身を乗り出して日記を凝視している。なにか気になることでも見つけたのだろうか。
「ちょっと待って。この部屋の壁に貼ってあるお札みたいなのに書かれてる文字は読めないのに、なんであたしたち、この日記が読めるんだろ?」
『——あ!!』
 確かに、この日記の文字は普段私たちが使っている言葉で書かれている。この国の人ならこの国で使われている文字を使うのが普通ではないだろうか?
「なあ。あんた、この文字が読めるか?」
 ユウリが侍女に日記を見せる。けれど彼女は眉をひそめる。
「すみません。異国の文字は私には読めません……」
「そうか」
 予想通りの反応だと言う風に、ユウリは再び日記に目を移した。私たちも再び頭を突き合わせると、次の行を読み進める。

——そんな自分に辟易している。早く自由になりたい。私がヒミコではなく、本当はアンジュだと言うことを、誰かに打ち明けられたらどんなに楽だろうか。

「アンジュ!?」
 想定外の人物の名に、私は思わず声を上げる。
「アンジュって、確かサイモンの仲間の一人だったよな?」
「そ、そうだった気がする」
 ナギが確認するように私に問う。その答えに驚きのあまりついどもって答えてしまった。
 つまり、ヒミコ様は本当はサイモンさんの仲間のアンジュさんってこと!?
 頭の整理が追い付かない中、一足先に次のページを眺めていたシーラが声を上げる。
「ねえ皆、ここ読んでみて」
 彼女が指差した文章を、黙読する。

——◯月△日、雨。とうとうあいつは村の家畜を襲うだけでは飽きたらず、村人を喰ってしまった。しかもあいつは、その喰った人間の能力を取り込むらしい。これ以上あいつを野放しにしてしまえば、この村だけでなく、ジパングと言う国そのものが滅びてしまう。折角魔王討伐の旅を終えて、国を守ろうとヒミコとして生きてきたが、我慢の限界だ。サイモンや仲間と共に戦って得た経験と知識を生かして、この国に巣くう膿を取り除かなくてはならない。

 この内容からでも、アンジュさんがヒミコとしてこの地を守ろうとしていたのがわかる。けれど、『あいつ』っていうのは、もしかして……。
「あいつってきっと、オロチのことだよな?」
 ナギに先を越され、思わず私は彼を見上げる。しかしそれは既に皆が気づいていたことだった。
「うん。それでこの内容だと、オロチは喰った人の能力を取り込むって書いてあるよね。てことは、あの強さは人を喰い続けた結果、あれほどの強さになったって訳だよね」
「あの魔物の本来の強さではなかったと言うことか」
 そうは言っているが、シーラもユウリも、納得しきれない顔をしている。例えそうでも、言い訳じみた形にはしたくなかった。
 先の展開に一抹の不安を抱きながらも、ユウリはさらに次のページを開く。

——◯月□日、晴れ。突然私のもとに、蛇のような顔をした男がやってきた。屋敷を訪れたその男は、いかにも不気味な笑みを浮かべて私を舐め回すように見ている。人払いをして欲しいと頼まれ、私と男の二人になった途端、男は人の身長ほどの大きさの大蛇へと姿を変えた。それはこの国の膿である、オロチそのものであった。
オロチは人の姿を借りたばかりか、言葉まで話した。しかも、私に交換条件まで出してきたのだ。
『これ以上村を襲われたくなければ、生け贄を出せ。若くて美しく、清い身体の女が良い。あれは上質で、喰えば力も漲る。お前も上質ではあるが、いささか年を取りすぎた』。そう言ってオロチは下卑た笑いを浮かべた。この場で呪文でも放とうかと思ったが、オロチの力を警戒した私は、渋々要求に応じてしまった。それから、村の娘を生け贄に出さなければならないと言う、地獄の日々が始まった。

『……』
 皆、黙ってはいるが、心の中は私と同じ気持ちだろう。このときから、生け贄を出すという風習が始まったのだ。これから先のことを考えると、胸が張り裂けそうになる。

——◯月☆日、曇り。もう我慢できない。私はヒミコとしての最後の仕事をしようと思う。あいつの力はこの国の人間たちだけでは太刀打ちできないほど強大なものになってしまった。しかしそれは総て、判断を怠った私の責任だ。私がケリをつけなければ。
あいつの棲みかはわかっている。この国で一番高い火山の洞窟だ。私の力で旅の扉を作り、あいつに奇襲をかける。これが最後の賭けだ。
だがもし私がこの世にいなくなったら、この国はいずれあいつに乗っ取られるだろう。人間に姿を変えられるあいつならば造作もないことだろう。ただ生け贄を欲している以上、国を滅ぼすようなことはしないはずだ。それでもこの国にとっては化け物に支配された地獄と化すだろうが……。
しかしもしこの文字が読めるほどの知識のある者か、この国を訪れるほどの度量と力のある異国の者がこの本を手に取ることがあったら、我が民を救って欲しい。ヒミコとして民の目線になって生きてきて、彼らには国を捨ててでも生きて欲しいと私は願っている。もしそれを叶えてくれるのならば、この部屋の隠し部屋にある宝を好きなだけ持っていって欲しい。頼む、私の遺志を、どうか継いでくれ。

 日記は、ここで終わっている。最後は殴り書きに近い筆跡で、だいぶ切羽詰まっていたのが見て取れる。日記がここで終わっていると言うことは、ヒミコ様、いやアンジュさんは——。
「本物のヒミコ様は、もう亡くなってたんだね」
 抑揚のない声で、私は呟いた。彼女はおそらくこの日記を最後に、オロチと対峙して、そして命を落とした。けれどその後もヒミコ様はこの国を守る巫女として村人達から崇め奉られている。それはなぜか——。
「ああ。おそらくオロチがヒミコを喰って、ヒミコの能力を取り込み、自らヒミコになりすまして生け贄を喰らい続けていたんだろう。日記から察するに、オロチは取り込んだ相手の能力だけでなく、外見や記憶、知識も自分のものに出来るみたいだったな」
 だからオロチはヒミコ様として振る舞うことが出来た。ヒミコ様と接触したときに男性の姿をしていたのも、その男性を喰ったからだろう。
 それならばオロチを倒したときに見た本物のヒミコ様が現れたのも納得が出来る。オロチの中にいたヒミコ様の魂が、オロチが死んだことによって解放されたのだろう。だから彼女は天に召されたのだ。
「謎は解けたけど……、なんだかもやもやする結末だね」
 シーラの目には、深い悲しみの色が滲んでいる。それはナギやユウリも同じだった。私も、どうしようもない辛さと閉塞感で胸が苦しかった。
「とりあえず、オロチは倒せたんだ。ヒミコの願いは果たせたんじゃないのか?」
 ユウリの一言に、全員が弾かれたように顔を上げる。
「……はは、そうだよな。オレたちはヒミコの願いに応えたんだ。空にいるヒミコ……いやアンジュも、本望だと思うぜ」
「うん……、そうだよきっと」
 私は自分自身に言い聞かせるように、天を仰いだ。きっとアンジュさんは、今ごろほっとしているだろう。でなければあのとき、微笑んだりなんかしてないはずだから。
「うん、もう生け贄を出さなくていいんだもんね」
 私たちの言葉に、シーラも納得したようだ。
「あ、あの……、先程ヒミコ様は亡くなったと仰っていましたが……?」
 戸惑いを隠しきれない侍女の問いに、皆が一斉に振り返る。そういえば案内されてから、ずっと近くにいたんだった。
「ああ。今まであんたたちが崇めていたのは、ヒミコになりすましたオロチだった」
 低い声で、ユウリはきっぱりと言い放つ。侍女はその言葉を理解した途端、唇をわなわなと震わせた。
「あ……、ああ……!」
 ショックのあまり声も出せない侍女は、逃げ出すようにこの場を走り去ってしまった。
「まあ、そうなるだろうな」
 ナギが予想していたかのように逃げ出す侍女の後ろ姿を目で追いながらつぶやいた。
「だが、どのみちこの国が乗り越えなければ行けない問題だ」
「ユウリちゃん!?」
 日記を懐に入れるなり踵を返すユウリを、シーラは呼び止める。シーラはユウリが何をしようとしているかいち早く気づいたようだ。
「きっと皆、信じてくれないと思うよ?」
 その言葉には、ユウリの身を案じる思いも込められているように感じた。その瞬間、ユウリが何をするつもりか私にも理解できた。
「アンジュの願いに応えた以上、この国の行く末を導くのも俺たちの責任だ」
 落ち着き払った声で答えるユウリの目には、彼なりの覚悟の色が宿っていた。仲間として、その覚悟に私も応じなければならない。
「そうだね。この国の真実を、私たちがこれから伝えなきゃ」
 それがこの国を案じていたアンジュさんの遺志だから。
 ナギも頷くと、シーラに視線を移す。シーラも諦めたように小さく息を吐いた。
 そして、気持ちを一つにした私たちは、屋敷の外のざわめきが最高潮に達したころ、この部屋を後にしたのだった。

 
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