| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十九話 少年期②



「あっ、このお菓子新発売されるんだ。へぇーまじか、こんな昔からあるものだったのか」

 昼食を食べ終わった一服時。俺は頬杖をつきながら、目の前に映し出される映像に感心していた。もともと現代っ子の俺にとってパソコンやテレビがない生活は考えられなかったが、そこは地球より技術の進んだミッドチルダ。全く問題なかった。

 普通に家に端末があったし、インターネットのような情報サイトも見られる。しかもパソコンのような箱型の機械ではなく、空中に画面を映し出してどこでも操作ができるのだ。使い方も意外に簡単で、母さんが俺たち用の端末をインストールして教えてくれたため、今では俺も当たり前のように使える。

 そういえば子どもがネットを使うのはよくない、って教育的な問題が日本にはあったな。こっちでは端末を使うことに早く慣れるべきという風潮があったおかげで、こうして幼いころから使うことができる。やっぱり機械と一緒に暮らすのが当たり前な魔法文化圏だからなのかね。子どものためのセキュリティーも高いから、親も安心なのだろう。

「なんだか久々に食べたくなってきたな…。またお店に顔だしてみよ」

 俺はメモ帳に店の名前を書き、お菓子の名前も書き込んでおく。ずっとこの先、施設の中で缶詰め状態にはならないだろうし、お出かけできるようになったらいけばいいだろう。前にお土産で買ってきた「柿○ー」も好評だったしな。せっかくだからみんなの分もお願いしておこう。


「あ、お兄ちゃん。何見てるの? ……『ちきゅうや』?」
「うおっ、アリシア」

 後ろからにゅっと覗き込んできた妹に驚く。さっきまでアリシアはお絵かきをしていたので、俺はネットで時間をつぶしていた。妹は気になったからこちらに来たのだろうが、俺はとっさに先ほどまで見ていた画面のアクセスを切る。それを見たアリシアがムッとむくれた。

「あー! どうして見せてくれないの!?」
「アリシアにはまだ早いの。コアな世界はまだ見ないで、健全に成長したらいいから」
「お兄ちゃんは見てた!」
「お兄ちゃんはもうどっぷり影響されているからいいの」
『マイスター泣きますよ』

 うっさい、コーラル。俺はすでに20年以上浸かっていたから今更なんだよ。

 ちなみに、『ちきゅうや』はクラナガンにあるこじんまりとした店舗のことである。たまたまネットで調べていたらここのサイトを見つけて、それ以来よく覘いている。現在原作から20年以上前だからなのか、どうやら俺が生まれるよりも前の時代の品物や情報が手に入る。俺にとって懐かしい品々も多く、日本のものも多く取り揃えられているのだ。

 しかし俺にとっては故郷の思い出でも、妹は違う。下手に異文化を真っ新な子どもに教えると、変な化学変化を起こすかもしれない。もし妹があの店の影響受けて、「ホワッチャァー」とか言い出したり、漫才スキルを身に付けだしたら俺は泣くよ?

 しかし、ちょっと失敗したな。今度から妹がそばにいるときは見ないようにしよう。あの店、本当にマニアな人が趣味で色々取り入れて作ったようなところだから。


「むー。見せてくれてもいいのに」
「ごめんって。それに、今日はせっかくお姉さんが魔法見せてくれる日なんだからさ。むくれない、むくれない」

 ちょっとご不満らしいアリシアをなだめながら笑いかける。さすがに目の前で画面を消すのは失礼だったかもしれない。顔の前で手を合わせてぺこぺこ謝っておいた。

「そういえば、コーラルもリニスも一緒に見に行くんだっけ」
『そりゃ行きます。僕は一応魔法の補助器具ですよ。しかも、うまくいけば魔法の練習にますたーがもっと興味を持ってくれるかもしれない。僕の負担も減るかもしれない大チャンス到来なのですよ!』
「にゃふ」
「リニスはただの暇つぶしみたい」
「家族だけど、もうちょっと隠せよ。言葉濁そうぜ、君達」

 本当に自由気ままだな。心の声だだ漏れじゃん。そこは相棒だからとか、ちょっと興味があったからとか当たり障りのないこと言えるだろうが。

『じゃあ、そういうますたーはなんで魔法見たいのですか』
「え、砲撃とかビームが見たくて」
『そこは魔法の勉強がしたいからって言いましょうよ』

 あ、俺も大概だったか。



******



「とりあえず、景気よく砲撃を一発お願いしまーす!」
「どっかーん!」
「君達本当に砲撃好きだね!?」

 結論、俺は素直に生きることにした。

 だって派手でかっこいいじゃん。「リリカルなのは」の代名詞といえば、まずは砲撃でしょう。原作で思い出されるのは、元気玉のような巨大砲撃に、ゲートオブホウゲキみたいにファイヤーしたり、トリプルふるぼっこブレイカーをぶちかましたりしていたし。うん、普通にやばい。

 そういえば、俺もコーラルをデバイスとしてもらった当初は砲撃魔法使おうとしたな。まぁやろうとした瞬間、わけわかめな数式に頭痛起こしてごろごろ転がったけど。さらに母さんに、いきなり砲撃魔法なんて使おうとしないって怒られた。さらにさらに、まだ英文喋りで、感情の起伏もそこまでなかった頃のコーラルにすら、「oh, no…」と残念な子を見るような感じで言われたよなー。

 ……うん、忘れよう。黒歴史っていうものは封印するものだ。

「先に言っておくけど、危ない魔法は見せません。砲撃はしません」
「えぇー。それじゃあ砲撃以外の他の魔法といえば、検索魔法とか転移魔法とか封印魔法とか?」
「アルヴィン君の魔法の知識ってすごく……」
『変ですよね』
「そう変、じゃなくて。待って、今のなし。変はなしで。えっとこう不思議な方向に…。うぅ……」

 お姉さん、そんな頑張ってオブラートに包もうとしなくていいよ。偏っている自覚はあるから。家が開けっ広げな連中ばっかりで、もう慣れているから。コーラルはもうちょっと遠慮を覚えてほしいけれど。それにしても、俺の中の原作の魔法知識がいまいち活躍しない。そっちの方が俺としては不思議だ。


 さて、飛び立つお姉さん阻止事件から数日。ついにお姉さんが魔法を見せてくれる日になりました。なんでも、母さんとお姉さんとで話し合って、いろいろ今日のことを決めてくれたみたいだ。本当にありがとうございます。

 母さんにもふざけたりせず、真剣にお勉強させてもらいなさい、と言われた。アリシアと一緒にしっかり返事をして、今日も管理局へ行く母さんを見送った。妹は好奇心旺盛なところはあるけど、約束したことは頑張って守ろうとする子だから、そこらへんは俺も信頼している。

 それとコーラルは俺の隣で浮きながら、様子を見守っている。リニスもアリシアの足元で毛づくろいをしながら、静かにしている。夏の日差しも少し前に比べると収まってきたが、それでも庭に注ぎ込まれる太陽の熱気を肌で感じるな。

「テスタロッサさんとお話ししてね。今日は魔導師としての基礎的な魔法についてのお勉強も、一緒にしようと思います」
「魔法の基礎?」
「えぇ、そうよ。それでは、早速問題です。魔法を使うときに大切なことは何かな?」
「むぅ?」

 どうやらさっきお姉さんが言った通り、本当にお勉強形式で進んでいくみたいだ。普通にパパッと魔法を使っているところを見せてくれるのかなって思ってた。でも、こっちの方が俺たちのためにはなるか。

「んー、魔力?」
「なるほど。アルヴィン君は?」
「はっ、理数だろ」
「……なんでそんな投げやりに」
『お気になさらないで下さい。現在進行形でも悩んでいる古傷が疼いているだけですから』
「うっせ、自称デバイスのくせに…」

 ―――ますたーの回避率が微妙に上がっている!?
 ―――ふっ、俺も成長しているんだ! その程度の突撃ではリニスの閃光を毎度受けている俺に届くはずがなかろう!!

 ―――猫パンチ

「『ごめんなさい…』」
「にゃー」
「どうぞ続きをお願いしますって」
「えっ、あ、はい。あれ? 猫だよね。あれを鎮圧したの、猫が。というか今さらっと猫の言葉理解してなかった? あれ?」

 俺たちが復活したころには、お姉さんはなにかを悟ったように儚げな笑顔で、もういっか、とうなずいていた。


「それでは気を取り直して。魔法を使う際に大切なのは、まずはイメージ。あれこれ考えるよりも集中することが一番必要なのです」
「えー、理数じゃないの?」
「確かに知識も必要だけど、正直魔法を使うだけならデバイスさえあれば基礎知識がゼロでも発動はできるの。でも当然危険だし、細かい制御もできない。だけど逆に言うと、イメージがしっかりあれば発動できてしまうわ」

 そりゃある意味危険だな。そういえば、原作でなのはさんって魔法の知識ゼロだったんだよな。レイハさんやユーノさんがいたとはいえ、あれだけの魔法が使えた。才能も集中力もすごくて、頭もよかったからできたことなのかな? 才能は仕方ないとしても、小学3年生に集中力や頭で負ける俺って…。

「そこまで俺はできないのかよ」
『ますたーの場合安全装置がかかっていますからね。構築や制御方法をしっかり覚えれば上達できますよ』
「イメージが大事なのに理数で本当に魔法が使え、……安全装置?」
『え、言ってませんでしたか? ますたーは魔力量が多いですから、万が一制御に失敗して暴発を起こしたら大変です。だから基礎の知識や構造をちゃんと把握したうえでしか発動できないように、僕はプログラムされているのですよ』

 知らなかったよそんなの!? え、つまりそれって制御や構築の仕方がしっかり出来れば、問題なく俺は魔法が使えるってことか。砲撃魔法も撃てるってことか。

『なので、知識関係頑張って勉強してくださいね』
「あ、やっぱり結局そこに戻るのね。一応聞くけど、その安全装置って外せないの?」
『外せますけど、外しませんよ。マイスター達がますたーのために作ったものですから』

 その答えに俺もしぶしぶうなずくしかない。なのはさんの時は、俺のような安全装置はなかったのだろう。レイハさんを介して魔法を撃つ。おそらくインテリジェントデバイスであるコーラルなら、なのはさんのようにできないことはないと思う。

 でも、それはやはり危険なのだろう。原作の時は本当に緊急事態だったし、なのはさんの魔力のコントロールがすごかったおかげもある。ユーノさんもレイハさんもなのはさんをいつも支えていたし、なによりもなのはさんは必死に強くなろうと努力をしていた。

 でも、俺にはそこまで危険をおかす必要性はどこにもない。魔法が使えたら便利だろうし、自分も家族も守ることができる。だけど、それは今じゃなくても問題はない。安全にゆっくり時間をかけてもいいのだ。急いで強くなる必要なんてない。

 それはすごく…、すごく恵まれていること。


「ん、わかった。まぁ頑張ってみるよ」
「魔法は慌てず冷静に。アリシアちゃんも忘れちゃだめよ?」
「はい!」

 こうして、俺たちの魔法に触れる日々が始まっていった。



******



 魔法お披露目会 その1 「デバイスについて」 


「それでは、初級の魔法を見せたいと思います」
「あ、それお姉さんのデバイス?」
「あれ、デバイスって宝石じゃないの? えっと、こんにちは」

 ある程度の魔法のさわりを教えてもらい、いよいよお披露目会になった。お姉さんはポケットからカード状の鉄の板のようなものを取り出す。アリシアはデバイスをコーラルぐらいでしか見たことがなかったから驚いているようだ。あと挨拶をしてみても返事が返ってこなくて、不思議そうにしている。

 どうやらお姉さんが取り出したのは、ストレージデバイスみたいだ。インテリとは違って人工知能がないため、意思はない。その分魔法の処理速度が速く、誰でも使えるため普及率は一番高い。最も一般的なデバイスだな。アリシアにそんな風に教えてあげると、感心したように声をあげた。

「でも、魔法は早く使えるけど、コーラルみたいなデバイスの方がいいんじゃないの」
「いい物といえばそうよ。でも作るコストが高いし、使い手も選ぶから難しいのよ」

 妹は疑問に思ったことはすぐに質問する。わからないことは素直に教えを乞うというのは大切なことだ。周りが大人ばかりだったから、その辺は自然と身につけていったのだと思う。


「じゃあ、コーラルって実はすごかったんだ」
「うにゃぁ…」
『やっと、やっと理解してくれましたか。「実は」とか「うそぉ」みたいな響きが聞こえた気がしますが、そうなのです。すごいのです。僕は高性能なデバイスなのです!』

 そんな感極まらなくても。俺も一応、コーラルがすごくハイテクなものだって自覚はしているんだよ。よく忘れるだけで。

「そっか。インテリジェントデバイスってすごいデバイスだったんだね」
「そうね。人工知能があるからこその強みもあるから」

 お姉さんもアリシアの勉強熱心な姿にうれしそうだ。

「だから、ゲームも一緒にできるし、目覚まし時計にもなるし、リニスの遊び相手にもなるんだね!」
「そうそう。道具袋にもネタ貯蔵機にもビデオカメラにもなるし、画像撮ったり編集するのも楽だし、いくらブン投げても壊れないしな。デバイスすげぇ」
「それはもはや使い方が違うッ!?」


 魔法お披露目会 その2 「魔法について」


「これが『アクティブプロテクション』よ。防御系統の魔法で、発動も早く、なによりも魔力消費が少ないのがメリットね。初級魔法の始めの方で習うはずよ」
「あっ、コーラルがよく使っている魔法か」
「わぁ、きれい。触ってみてもいい?」
「大丈夫よ。でも強く押したらだめだからね。これは攻撃してきた相手を弾き飛ばすものだから」

 お姉さんの目の前に展開された魔法陣。淡い光を放ちながら空中に浮かんでいた。俺も感触が気になったので、みんなと一緒に触ってみる。すると確かに手のひらが押し返されるような感覚が魔法陣からあった。これが魔法なのかー。

「うわぁ。すごいね、リニス!」
「なぁう」

 アリシアの隣でリニスが防御バリアを爪でカリカリしている。ちょっとかわいかった。

「はッ、待てよ。俺もこの魔法を習得したらリニスに勝てるんじゃね? あの猫パンチの嵐を無効にできるんだから」

 俺はリニス攻略法に光がさしたような感じがした。そうだよ、防御魔法だよ。いくら俊敏性や反応速度を持っていたとしても、相手の攻撃が受けつけなくなるのならいくらでも対策はできるじゃないか!

 しかし、そんな俺の様子に、コーラルが残念そうに告げてきた。

『あ、それやめた方がいいですよ』
「え、なんで。今更ねこ相手に魔法使うなんて、っていう考えはとっくに卒業したぞ」
『ますたーお忘れですか。ますたーが今考えたことをすでに実行した存在を』
「すでに? ……あっ」

 俺は思い出し、頬が引きつる。そう、すでにリニス相手に魔法で立ち向かった勇者は存在したのだ。そして、いまだにその成果が見られていない存在を俺は知っている。俺は無言で、爪でバリアをカリカリしているリニスに視線を向けた。

「……突破してくるのか、防御魔法を」
『突破してきます。確かに防御魔法の中では耐久力が低いとはいえ…』
「猫パンチが魔法に勝る世界って」

 魔力を高めて出力を上乗せしていけば破られなくなると思う、というコーラルの助言。世界って色々理不尽だよね。魔法が使えるから万能というわけではないとよくわかった。あははは、やっぱりちゃんと努力が必要なんだねー。


「はい。それじゃあ、おしまいにするよ」
「はーい。そういえば、さっきの魔法陣は緑色だったけど、防御魔法は緑色なの?」
「あ、それは俺にもわかる。確か魔力光って言って、個人で色が違うらしいぞ」

 妹に言われて気づいたが、確かにお姉さんの魔力光は緑色だったな。これは昔ネットで見たことがあるから、1人1人色が違うのは間違いない。なのはさんはピンク色で、ユーノさんは緑色。母さんは紫色だったし。

「あと確か魔力光の色で性格判断とかもできたんだよな」
「占いみたいだ」
「へぇ、そんなのがあるんだね」
『ますたーってこういう知識はよく知っていますよね』

 こういう知識ってなんだ。あんまり役に立たないってことか。事実だけど。

「お兄ちゃん。私も自分の魔力光見てみたい!」
「んー。コーラル、できる?」
『魔力光を知るだけでしたらすぐにできると思いますよ。デバイスを稼働するときに、生体情報を取り込みますから。魔力光はリンカーコアと同色なので、波長を読むぐらいでしたらすぐにできます』
「「おぉー」」

 結果から言うと、本当にすぐにわかった。アリシアは明るい水色で、俺は暗めの藍色らしい。フェイトさんが金色だったから、アリシアも同じ色なのかと思っていたけど違うんだな。母さんは紫色だけど、家族全員青系統だったみたいだ。うーん、それにしても藍色って原作に誰かいただろうか。


『というか地味に、ようやく杖の状態になれたのが僕はうれしい』
「……そういえば、杖にしたのって何年ぶりだったっけ」
『どうせ僕の稼働シーンなんて需要ないですからいいですよ。一人で感動を噛みしめておきますから』

 ……ごめん、なんか。正直、全然気にしてなかった。



******



「今日は楽しかったね」
「そうだな。あー、すっかり遅くなっちまったな。母さんもう帰ってきてるかも」

 あれからお姉さんにお礼を言って、解散することになった。お姉さんは家の途中まで見送りをしてくれて、そこでお別れをした。さすがに1ヵ月間も過ごした施設の中で今更迷うこともない。寄り道せずに帰ることを約束したので、こうしてまっすぐに歩いている。

 今日を過ごしてみて思ったけど、魔法ってかなり奥が深い。実際に自分が魔法を使う立場になってくると本当にそう思う。魔法の1つ1つに積み重ねられてきた重さ。威力や範囲の決定に簡略化などの構成。そして、どれだけ安全に配慮されているのかもわかった気がする。


『2人にね、これだけは覚えておいてほしいの。魔法を使うときのこと』

 非殺傷設定の魔法についての話になった時、お姉さんが話してくれたこと。俺がこの世界で魔法を使うことに忌避感をあまり感じなかったのは、非殺傷設定というものがあったからだ。戦いの力を持つ魔法だけど、人を殺さないですむ。酷い怪我を負わせることもない。管理局が魔法をクリーンな力だという理由も、納得できる部分はある。

『すごい魔法だよね。だけど、絶対に使い方を間違えちゃだめだよ。この魔法はね、平和のために作られた魔法だから。昔は戦いばっかりして、魔法で傷つけ合うことしかできなかった時代があって。そこから変わろうって、頑張った人たちがいて、一緒に魔法も変わっていったの』

 怖くなったわけじゃない。だけど、魔導師になるのならちゃんと魔法の勉強をしようと思った。少なくとも、中途半端な状態で使っていいものじゃない。将来は次元世界をぶらぶらすると決めている。勉強はあんまり好きじゃないけど、できる範囲はやっておかないといけないと思った。

『迷信かもしれないけど、魔法には思いがこもるって言われているわ』
『思い?』
『うん。私はね、思いを込めて、誰かに伝えることができる魔法を使える人が、魔導師って呼ばれるんだと思う。私はそんな魔導師を目指していきたいな』

 難しいんだけどね、って照れくさそうに笑ったお姉さん。その込められる思いがどんなものになるのかはわからない。誰かを救う思いになるのかもしれないし、誰かを傷つける思いになるのかもしれない。それでも、思いがあるのならぶつけ合える。分かり合えるかもしれない。

 なんか難しいし、混乱するけど、俺は魔導師なんだって胸を張れるようにはなりたいと思えたんだ。


「ただいま。母さん帰ってるー?」
「ただいま。先に見てくるよ。行こ、リニス」

 アリシアは履いていた靴を脱ぎ、リビングへとパタパタと小走りで向かっていった。リニスも妹において行かれないようについていく。

 2人の姿が見えなくなり、俺もいそいそと靴を脱ぐ。脱いだ靴を並べていると、母さんが履いていった靴が置いてあるのを見つけた。ということは、もう家に帰ってきていたってことか。

『今日はお疲れ様です、ますたー』
「あぁ。コーラルもありがと」
『いえいえ。それよりどうですか? 少しは魔法に興味を持っていただけましたか?』

 声を弾ませながら聞いてくるコーラルに、俺は微妙に目をそらした。なんか認めたくないが、コーラルの最初の思惑通りに進んでしまった気がしないでもない。実際になんとなく使いたいという気持ちから変化はあった。たぶん悪くない方向に。

「……ちょっとはね」
『そうですか。それはよかったです!』

 本当にうれしそうなコーラルに、まぁいいかと俺も笑みを浮かべた。玄関の靴を並び終え、屈みこんでいた身体を起こす。そこまで長くない廊下をコーラルと一緒に歩きながら、俺たちもリビングへと足を運んだ。


「とりあえず、魔法のことはもう少し後な。憂いごととか全部終わってからだ」
『そういえば、もう1ヵ月以上経ったのですね。向こうもそろそろ尻尾をつかんでいそうです』
「そうだな。たぶん近いうちに、きっと終わる」

 俺は歩を緩めることなく、母さんとアリシアの待つリビングの扉を開ける。するとそこには、毛布が1人で歩いていた。文字通り、茶色の毛布がのそのそと動いている。俺と同じぐらいの膨らみとそれに続く小さな膨らみを見ながら、俺はコーラルに映像記録をお願いしていた。いやだって、なにこの面白い絵。

「何してんの。アリシア、リニス」
「あ、お兄ちゃん」
「みー」

 俺の呼びかけに毛布から妹の顔と、鳴き声が出てくる。毛布に埋もれていたからか、アリシアの髪がところどころもさっとしていた。それにしても、毛布お化けごっこをするのならお兄ちゃんも誘いなさい。アクロバティックな毛布技を見せてやろう。

「その毛布、アリシアには大きすぎると思うぞ。もう少し小さい方が引きずらなくて済むのに」
「むー、でも。お母さんに合いそうなのがこれぐらいしかなかったもん」
「え、母さんの毛布お化け?」
「お化け!?」

 いや、お化けになっているのアリシアだから。そんな毛布にくるまって怖がらなくても。妹が小さいころに、日本の奥ゆかしい怪談話をしたのがまずかったのか? さすがに全年齢対象の内容を聞かせたけど。話のネタがなくなったから、つい話しちゃったんだよなー。

 うん、完全に原因俺か。小動物みたいにぷるぷるしてる。


『ますたーはもうちょっと自重しましょうよ。アリシア様も大丈夫ですよ。毛布、マイスターにかけてあげるのでしょう』
「うー、うん」
「かけるって、あぁなるほど」

 妹がまた顔を出してうなずく。俺も周囲を見回して、ようやくアリシアの行動に合点がいった。それから毛布の後ろ側を俺も手に持ち、アリシアと一緒に毛布を運ぶ手伝いをする。前方の方はコーラルとリニスが先導してくれた。

 転移を使って持っていくのが一番手っ取り早いのだろうが、それはやめておいた。アリシアが頑張って毛布をここまで持ってきたんだし、最後までやらせてあげるべきだろう。


 俺たちはソファに身体を沈めている母さんのもとへと向かい、そっと毛布を広げた。いつもならそろそろ晩御飯の支度をしなくてはいけない時間なのだが、俺たちは母さんを起こそうとする気にはならなかった。今日は久しぶりに出前でもいい気がするな。

「冷蔵庫の中も日持ちしそうなものばっかりだし大丈夫かな。よしアリシア、デリバリーで探してみるか」
「それじゃあ、久しぶりにここにしようよ」
「お、これか。シーフードデリならすぐ届けてくれるしな」
『それでは、2時間ぐらいしたら起こしてあげましょうか』
「なぁう」

 アリシアと端末の画面を見ながら、今日の晩御飯について話し合った。できればある程度消化にいいものを選んでおいて、母さんが起きたらみんなでメニューを改めて見合うことにする。一応ここも届いた品物はチェックされるが、出前はOKなんだし問題はないだろう。

 リニスも魚介類系のサイドメニューがあるためご機嫌そうだ。母さんは起きたらびっくりするかもしれないな。でも疲れているときぐらい、楽をしたっていいじゃん。困ったように「仕方がないわね」って微笑む母さんがすぐに想像できて、アリシアと一緒にくすりと笑ってしまった。

「お疲れ様、母さん」
「お疲れ様」

 ゆっくりと俺たちの時間は、世界は回っていく。だけど、こんな風にいられる時間を俺はずっと大切にしていきたい。変わるものも、変わらないものもずっと。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧